9月18日
丹波・多紀郡、今は篠山城がある小さな丘陵
主人公
その篠山藩の中心になったのが、小さな丘陵の上に築かれた篠山城で、私達が今いる所になる。
「固い城ですな」
「ええ」
篠山川という加古川に通じる川を挟んで東南東の方の平地にも、その更に奥の山の上にも多くの旗と白い煙がたっていた。
忠正殿と一緒におにぎりを食べながら見ていたけど、試しに当たってみた時と感触は変わらず、三好軍が手間取るのをありありと実感していた。
「それにしても剣術お見事でしたな」
「ありがとうございます。多人数相手の実戦ははじめてでしたけど、なんとか活躍出来ました」
「剣術の他に様々な武術を取り入れた……」
「天然理心流です」
「そう、それ。それをこの老いぼれも学びたいとーー」
「それは、あたしが先だ!」
まだ幼げな声に振り向くと、乱戦の中で一際目立っていた親子の子供の方が、朗らかな笑顔で立っていた。
宗矩って呼んでも良いぞ! と、言ってくれた
「あたしが先に京で会ったからな!」
宗厳様からも「よろしく頼みます」と言われた彼女の頭を撫で、たらーんとしてきた彼女に癒されながら、今後の予定をたてていく。
城を落としてからの大まかなスケジュールを考え終わり、まだ宗矩の頭を撫で続けたいので膝立ちのまま、忠正殿の方に振り向く。
そして、撫でていた右手の袖がキュッと掴まれた。
「撫でてくれぬのか?」
………………まだ! 死なない訳にはいかない!
後ろでガハッという声? 音? が聞こえてきたけど、今は、ビクッとした宗矩を抱き締める事が最優先!
「ふわぁ」
…………連れ帰ってもいいですか? 駄目ですか……。
「注進! 注進!」
1人でしょんぼりとしていると、若い声が坂をあがってきた。
「行こ?」
「はい!」
お姫さまだっこをしながら、馬を走らせてきた若い女性が入っていた本陣の中に入る。
そこでは、軍議をしていた霜台様と長頼殿に、姫武将が平伏している所だった。
「なんだ? 矢賀が駆けつけてくるとは」
凛々しい声で長頼殿が問い掛けると、顔の横に差し出された水に目もくれず、赤く腫らした瞳で矢賀と呼ばれた姫武将は長頼殿を見る。
「しゅ、守護代様が! 八木城で!」
がらがら声で叫び、矢賀さんは咳き込む。
「
徐々に青ざめていく長頼殿を見ながら、忠正殿が教えてくれた丹波の主要な城の事を思い出す。
八木城……丹波の南東にあり、今は無い亀岡城からは北西にあるその城は、筑前守様から丹波攻略を任された長頼殿の拠点であり、正統な丹波守護代でもある長頼殿の義父の内藤備前守国貞殿の居城のはず……。
「守護代様が謀反人に討たれっ、城を奪われましたっ!」
そして、長頼殿がこれでもかと攻める前の夜の宴会でのろけていた夫がいる城でもあるはず。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月18日
丹波・桑田郡 八木城
現在では京丹波と呼ばれている地域には、2つの大きな川が中央を流れ、それが交通路になったり、恵みの水の源になったり、時には暴れん坊になる。
その川達を見下ろせる所に建った城は、戦略的に重要な城となるのだが、それは攻める方も重々わかっているのでその城達を落としていく。
そして、その中で苛烈な攻撃に耐え抜いた城が、堅城と呼ばれ、この丹波の拠点の1つとなるのだが……。
「絶景だと思わぬか、政勝殿」
「確かに」
この日、城主が戦によって強制的に変わった。
先代の城主にして丹波守護代・内藤国貞から、細川家に全てを捧げる
城内部の者達を内応させ城主を殺害させたために、城は組織的な抵抗は出来ずあっという間に彼らの大軍に落とされた。
「後はここから京へだな」
「ええ。そのために黒井城を
「くくく。あやつのあわてふためく様子が見てとれるわ。朽木と連絡をとってから、明日に出るぞ」
「はっ」
年上の元成が部屋を出てから、政勝は視線をある方向へ向け、口角をあげながら呟く。
「父上の敵、とらしてもらうぞ」
三好政長の3男・政勝の思いもひとしおである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
過去 6月13日
摂津・西成郡 江口城
その日、淀川と神崎川が三方を囲い、それが天然の要害になっていた城にこもる細川晴元は、すがるような視線を北東の方に向けていた。
昨日は近江北部の朝妻城主である新庄直昌が単独で晴元の救援にやって来たが、あえなく討ち取られた。しかも、それによって敵の士気が否応なしに上がり、逆にこちらは下がった。
「全てはあの時から失敗であったか」
晴元にとっては、救援に失敗した直昌も、彼を派遣した六角も、そして敵さえも攻める気は起こらず、その分を自分に向けていた。
自分に忠実に従い、細川家中の権威を高めていた三好元長。阿波で縮こまっていた時から、高国を打ち倒し、政権を樹立するまで共にいてくれた彼に、やったことは『にゃんこう宗』を使っての殺害だった。
政長の遺児であり目の前の敵達の総大将である三好長慶は堺から阿波に戻り、たった1年で自分達が収束出来なかった『にゃんこう宗』の暴走を止めるまでに回復していた。
「太平寺に舎利寺……」
度々対立する事はあっても、長慶は父の敵である自分を支えてくれていた。
だが、自分は長慶を心の底から信頼する事が出来ず、そして彼の力を過小に評価して、そしてこんな結果を招いた。
「川舟を 留て近江の勢もこず 問んともせぬ 人を待つかな」
ぽつり、と隣にいた三好政長が呟いた。
それから11日後。
長慶は総攻撃をかけ、兵糧が切れかけていた江口城は落城する。彼の
そして、山崎にいた六角軍を見て、更に精神的に打ちのめされた後、支えられるように近江へ将軍らと逃げた。