状況を冷静に把握して、行動を起こしたのは、モモンガの方が先だった。
――焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。
かつて存在したメンバーの言葉を思い返し、モモンガは現実を受け入れた。
「問題か。ああ、問題だ。何しろ、GMコールが利かなくなっているのだからな」
不可解なことが起こった。それを理解した以上、即座に対策を練る必要がある。
己はギルドマスターである。メンバーの目の前で無様をさらすことは許されない。ゆえに、彼はまず一手を打つ。
「お許しを。無知な私には、GMコール、なるものが何を意味するか、理解することができません。ご期待に添えられぬ私に、どうぞ挽回の機会を頂きたく思います。どうぞ、何なりとご命令を」
「……よい。責めるつもりはない。それより、緊急事態だアルベド。すぐに動かねばならぬ」
NPCを相手に、会話ができている。この驚異的な事実に驚く余裕を、すでにモモンガは持ち合わせていない。
ただ事実に向き合って考察し、理解し、様変わりした世界の法則を掌握する。その必要に駆られていた。
「セバスと、プレアデスを動かす。この場に呼んでくるのだ。良いな?」
「仰せのままに」
命令には忠実だった。アルベドはモモンガの言葉の通りに、退室して行動に移った。それを遠目に確認して、彼はようやくウォン・ライに声をかけた。
「大丈夫ですか? ウォン・ライさん」
「あ、ああ。うん。大丈夫ですとも。――いささか妙な気分ですが、私は確かにここにおります」
「……良かった。この状況で一人だったらと思うと、ぞっとしますよ。どんな失敗をやらかしたか知れない」
仲間がいたから、モモンガは踏ん張れた。有り得ない、と思考停止せずに即座に手を打てたのは、まさにそのおかげであった。
ウォン・ライは、まさに『そこにいる』という仕事を成し遂げたのである。だから、モモンガは感謝した。彼が今、間違いなくこの場に、ナザリックに居てくれたことを。
「これは、現実ですかな」
「そのようです。……口も動いていますね。グラフィック……というか、現実そのままの存在感がありますよ。我々は今、この大地に生きている。そう言っても良いでしょう」
理屈はわからないが、仮想であったものが、実現してここにある。
分身に過ぎなかったキャラクターが、今では自身そのものだ。これを夢の一言で済ませられるほど、モモンガは楽天家でも悲観論者でもなかった。
「それはまた、なんとも。実に重い現実ですな。気持ちが躍るようです」
「剛毅ですね! ……私は表面は取り繕っていますが、今にも倒れそうですよ。目に飛び込んでくる情報を整理するだけで精いっぱいです」
「良いではありませんか。弱音を吐けるだけ、余裕がある証拠です」
モモンガとしては、そこまで余裕を持っているつもりはない。
だがウォン・ライはそれを余裕という。腑に落ちぬ、という感情を読み取ったのであろう。続けて彼は語った。
「本当に余裕がないときは、言葉さえ出なくなるのです。落ち着きもなくなり、弱音を吐く暇もなく忙しなく足を動かすもの。……モモンガ殿は、どっしりと構えておられる。それは余裕というものです」
「虚勢という線はありませんか?」
「張り通した虚勢は余裕と変わりません。張り通しなさいませ。それが君主というものです」
それでも不安ならば、とウォン・ライは付け足した。
「私が居ります。ここに。ナザリックの赤鬼が、この場に控えているのです。何を恐怖する必要がありますか」
「――ああ」
「私と貴方が居て。完敗などした覚えがありますか」
過去の栄光と言えば、そうであろう。今と昔は違うと、言えばそのままに終わるであろう。
だが、モモンガは肯定した。それは、彼にとっても誇るべき栄光であったから。
「ありませんね。不覚はとっても、きっちり復讐は果たしました」
「臣下の者共が、そろそろ戻ってくる頃合いでしょう。――ギルドマスター。アインズ・ウール・ゴウンは、ここに健在です。何も恐れることはありません」
二人だけでも、ギルドは存続しうる。
ウォン・ライはそう言っている。他のあらゆるものが敵対したとしても、ここに我等の絆は不滅である。
モモンガはそう受け取ったし、それで正しかった。だから、アルベドと彼女が引き連れるセバス達と向かい合っても、何らストレスを感じることなく、ごく自然に主として接することができた。
「よく来てくれた、我が僕たちよ」
友人の格が、そのまま本人の格に直結すると見なされる文化がある。友人を己と同格の存在にまで引き揚げてしまう人物もまた、同時に存在する。
そして、ウォン・ライはそうした文化の国に生まれ、そうした人間として育っていた。モモンガが最初から支配者としての核を持てたのは、この手の幸運に恵まれたからだと、そう言えるのかもしれない。
モモンガはセバスとプレアデスに情報収集を命じ、一息ついた。
とりあえず敵襲を受けているわけではないのだから、周辺地域への偵察は、最初の一手として無難なところであろう。
『モモンガ殿』
「――何か?」
『いえ、
ここが現実である以上、急いで情報を確認せねばならない。そして、NPCの動向を観察するうえでも、自らの情報は秘匿しておくべき。
何もアルベドらが裏切るなどと、本気で考えているわけではないが、NPCの主として、相応の振る舞いというものがあるだろう。
そうした縛りを意識せずに、素のままで話し合える状況は、モモンガに精神的な余裕を与える。本人としても、小心で臆病な己を自覚しているだけに、
『後で、時間を作りましょう。今は、アルベドの目がありますので』
『わかりました。では、とりあえずこの場を収めますね』
アルベドは命令を望んでいる。連れてきた者たちは仕事を与えられたが、己は如何にすべきか。彼女は、モモンガの言葉を待っていた。
「アルベド、近くに」
「――は」
傍に来たアルベドを、モモンガはあえて無遠慮に触れた。肩に手を置いただけだが、それでも肉感的な彼女の感触が、掌に吸い付くように感じられる。
「ん――」
「驚いたか? いや、負の接触を解除するのを忘れていたな。すまない」
「いえ、これは栄誉ですわ。モモンガ様に直接触れられることは、私の喜びです。……それに、この程度であればダメージのうちにも入りません。どうか、お気になさらず」
試し、である。あえて無礼を働くことで、忠誠心をみるつもりであった。
だが、結果は予測以上。何気にフレンドリーファイアが解禁されているらしいことも、この接触で理解する。その上で、アルベドは敵意どころか心酔の情を向けてくれているのだから、彼女の忠誠はそのままであるはず。
ユグドラシルと同じ仕様であれば、NPCはプレイヤーを裏切ることはない。だがここではどうか。
人格があれば、自由意思もある。そうした存在を縛り付けることに、モモンガは人としての感情から、違和感を覚えてしまう。現実では人を使った経験がないのだから、その想いは当然でもあった。
この確認は、相手の忠誠を図ると同時に、己の認識を改めるための儀式に近かった。すなわち、ギルドマスターとして生きたNPCを統率する覚悟を、この時モモンガは自覚せねばならなかったのである。
「そうか。……今は、もうよい。下がって、外に出た者たちの帰還を待て。防衛に関しては、基本は一任する。だが、異常があれば報告せよ。現状、情報がそろうまでは慎重に動かねばならぬ。侵入者があれば、まず警告し、相手の反応を見よ。出来る限り友好的に接触し、私の下まで連れてくるのだ。たとえ暴力的な手合いでも、処理できるものならば、生かして捕らえることを重視せよ」
「了解しました。では、これにて。――ご用命あらば、いつでもお呼びください」
そうして、アルベドは一礼して去った。モモンガは密かに安堵して、息を吐く。
「緊張しました。でも、何とかやれるもんですね」
「はは。いや、様になっておりましたぞ。モモンガ殿には、支配者の風格というものがあるようで」
「よしてくださいよ。一営業マンに何を期待してるんですか」
「もちろん、ギルドマスターであることを期待しておりますよ。今でも、貴方は我々の長だ。元よりわかっていましたが、こうして現実のものとして認識すると、何やら感慨深いですな」
ウォン・ライは少し雰囲気が変わったようだった。
少しだが、生き生きとした印象を受ける。先ほどより元気になったと、そんな風に見えた。
「もしかして、楽しんでますか?」
「生きていることを楽しまず、何を楽しむというのです。モモンガ殿はアンデッドですが、こうして現実に存在するのですから、生きているといって良いでしょう。されば、この不可解な現状に対応しつつも、同時に娯楽として堪能したほうがよろしい。さあ、次の一手はいかがなさる?」
お気楽に聞いてくれる、とモモンガは溜息をつきたくなったが、ついにセバスからの伝言が飛んでくる。
その内容はと言えば、周辺の地形が変わっているばかりか、植生まで変化しており、ユグドラシルではありえない環境となっているらしい。真剣に、考慮すべき事態である。
「……本当に元気ですね。うらやましい。さてと、セバスから報告が来ました。ちょっと難しそうな事態ですし、呼び寄せて詳細を聞きましょう。――ウォン・ライさん」
「はい。では、そのように」
ウォン・ライはうなずいて、うやうやしくモモンガの傍に侍り、セバスの帰還と報告を待った。
彼はごく自然にそうしたから、モモンガもつい普通に流してしまった。あの呼びかけは、『一緒に報告を聞いて、それから考えましょう』という程度の意味でしかなかったのだが、相手はそうとわかって意図を外してきた。
――何か、一歩。線引きされたような気がする。アレ? 俺なにかやらかした?
別にウォン・ライを部下にしたつもりもなければ、降格(という言い方はおかしいが)したわけでもないのに、彼が臣下の礼を取るのを良しとしてしまった。
「ええと、ちょっとツッコミが遅れましたが、そこまで他人行儀にしなくてもいいんじゃないかなーと」
「さあ、現実を生きるNPCが帰ってきます。相応の態度を取らねばなりません。よろしいですな?」
微妙な違和感を抱いても、NPCを前に不審な行動をとるわけにもいかないのも確か。ともあれセバスの情報を検討せねばならない。
――守護者を集めるのは、それからにするか。
大勢で情報を吟味する方が、考察には有利であろう。
だが現状、どこまで守護者の能力を信ずればよいのか、いささか微妙なところである。忠誠心はもう、いちいち気にする方が馬鹿らしいので、気にしないとしても。
それからしばらくして、セバスがやってきた。顔色は変わらないが、心なしか表情が硬い。
「さてセバス。お前の報告を聞こう。出来れば、お前自身の雑感も添えてな」
モモンガは、NPCの設定を詳細に理解しているわけではない。
その設定の中に致命的な弱点が潜んでいたとしても、コンソールが開けなくなった今、確かめる手段もない。
だからこそ、この場面で絶対的に信頼のおける相手。すなわち、ウォン・ライの見解をまず参考にするべきだ。そのうえで、己が身の振り方も考えようと、彼は思っていた。
ウォン・ライは、モモンガほど事態を悲観的にはとらえていない。
油断しているのではない。現実感を失っているとか、知能が低下しているという理由でも、無論ない。
――戦場では、情報があいまいで頼りにならんことや、目的の情報自体が逐一変化し続けることも、ままある。
ユグドラシルでの戦いも、そうであった。万全の状態で戦闘を始められることは、まずない。
不完全な部分をいかに補うか。いかに手持ちの札を活用するか。運用する側の裁量次第で、不利な状況からでも、優位に持ち込むことは出来るものだ。
ゆえに、焦りは禁物。合理的な思考さえあれば良い。
「ふむ。聞く限りでは、ナザリック自体が、どことも知れぬ未知の大陸に、転移したような感覚を受ける。セバス、お前の感想はどうだ?」
「――はい。そこまで深く探ったわけではありませんが、まったく異質の舞台に立った、という感想を抱きました。我々が異質なのか、ここが異常なのか。わかりませんが、異常事態が起こったというのは、事実であるようです」
NPCは、ユグドラシルでも大っぴらに表を出歩けない存在である。基本的に拠点防衛用のためか、ナザリックの領地である地表のわずかな所までしか出ていけない。
それゆえ世界の形に、そこまで造詣が深いわけでもなかろうが、漠然とした違和感を覚えたのは確かであるようで――。報告を受けているうちに、彼なりに困惑している様子が伝わってくる。
「プレアデスには、そのまま周辺を探らせて、常時情報をやりとりしております。半日頂ければ、さらに詳細な情報を収集できるものかと」
「そうだな。……いや、もうよい。彼女らを戻らせよ」
「よろしいのですか?」
「いまだに襲撃を受けていない。安全に探れている、という現状が把握できただけでも収穫だ。これ以上は、守護者たちと検討してからにしよう。ウォン・ライさん、それでよろしいですね?」
「――ええ、それが最善かと」
モモンガは、ここで一旦打ち切らせた。実際、彼の言葉の通り、その事実そのものが収穫である。ここが全盛期のユグドラシルなら、高レベルのプレイヤーが不審な動きをすれば、数分とたたずに何かしらのリアクションを受け取るものだ。
ウォン・ライは、彼の判断の正しさを認めた。そしてモモンガもそれを感じ取って、話を進める。
「では、セバスよ。各階層の守護者たちに通達せよ。この玉座の間に集合するように、とな。――ただし、全員がそろってから入室するように」
その際、己に伝言で伝えるよう命じた。守護者たちが集まるまでの間、ウォン・ライと話し合っておきたかったし、心の準備というものも必要だったからだ。
「了解しました。各階層を回り、守護者に召集をかけます」
「急がずともいい。だが、もし手を離せぬ事情があれば、その旨をこちらに伝えるようにな」
なるべくゆっくり来てくれ、とは言えないモモンガだった。
内心では冷や汗をかくような想いであったが、セバスの退室を確認してから、ようやく一息ついた。
呼吸など必要としない身でありながら、心理的な要因から、溜息をついたつもりになる。その精神の圧迫感を解放するつもりで、彼はウォン・ライに話しかけた。
「……どうしましょうか」
「このまま流れに乗るのが良いでしょう。今のところ、悪くない展開になっていると思います」
「しかし、まるで何も見えない状況です。情報は入ってきましたが、それが示すのは、つまり、その――」
「ナザリックは素晴らしいところですな。現実感が伴うと、こうも違って見えるものかと、感動します。暇が出来たら、見て回りましょう」
ウォン・ライは努めて明るく言った。そんな、わかりきったことを確かめる必要性を認めなかったし、彼の不安を取り除く方を優先すべきだと思ったから。モモンガの不安をかき消すように、さらに言葉をつづける。
「外の環境にも興味が出てきました。美しい自然がここに残されているというのなら、それをながめるだけでも、心が癒されましょう」
「……そうですね。そうでしょうとも。失礼。奮起したつもりでしたが、気弱になっていたようです」
「よくあることです。人の心は、うつろい易い。新たな事実に直面するたび、心が悲鳴を上げることもあるでしょう。――だから、恥じることがありません」
何より、とウォン・ライは改めて言った。
「アルベドに対して、即座に毅然とした態度を取られたではないですか。私は、そこまで機敏に対応できなかった。貴方は、私には出来ぬことを、やれるお人です。……自信をお持ちください」
モモンガには、自信を持ってもらわねばならない。その必要性を、彼は認めていた。
これから現実となった世界で、このナザリックと共に生きていくのならば、組織の秩序を重んじねばならぬ。
ナザリック内の序列を乱してはならないと、ウォン・ライは固く心に誓った。ギルドマスターとしてモモンガを頂点にいただき、己はその下で働くことを、早くも受け入れたのである。
――さりとて、性急に覚悟を求めても、彼の精神によくない。徐々に詰めていくのが良いか。
ウォン・ライは周大鸞であった。彼は創業者であり、守成を知る人である。その経験が、ここで自分は彼の下風に立つべき、と判断させた。そして、彼には確実に資質がある、とも。
「自信、ですか」
「そう。元々、このギルドを治めていたのは、モモンガ殿ではありませんか。これからも、それを続けていくというだけです。実績があるのですから、何も問題は起こらないでしょう」
「ゲームと現実は違いますよ」
「はい。そして、ここが現実です。――おわかりでしょう?」
モモンガは傍目にもそれとわかるほど、動揺している様子だった。しかし、ウォン・ライは逡巡を許すつもりはなかった。
「ギルドマスターを演じ続けろと、そうおっしゃるのですか?」
「演じる? とんでもない。自然のままに振る舞えば、よいのです。思い出してください。貴方は四十一人がそろっていた時も、よく考え、よく接して、ギルドを維持していたではないですか。これは、その延長ですよ」
「……ゲームの、延長……」
「はい。モモンガ殿。貴方はナザリックの支配者。死の王。異形種を統べる魔、そのものなのです。そして――」
ウォン・ライは臣下が君主に対してするように、ひざまずいて礼を行う。わかりやすい形で、『私は貴方に従う』と意思表示を見せたのだ。
「このウォン・ライ。他の三十九人に代わって、貴方を支え続けましょう」
あえて仰々しくしたのは、それだけ印象を強く与えたかったからだ。
モモンガから『疑いの目』で見られることだけは、耐えられない。それだけは、受け入れたくないことである。
たとえ相手にその気がなかったとしても。これが邪推に過ぎないとしても。
それでも、服従の意を示しておかねば、ウォン・ライは安心できなかったのだ。
「そこまでしなくてもいいですよ! 俺は――そんな立派な人間じゃない」
「まさに。貴方はもう人間ではない。そして私も、
モモンガが駆け寄る前に、ウォン・ライは立ち上がって彼を押しとどめた。
彼は変わっていない。少なくとも、己に対しては真摯に、同格の友人として接したがっているのだと、確信を持てた。それだけで、もう充分である。
――さあ、この大事な骸骨殿のために、働いていくとしよう。死んでからも、やりがいのある仕事に就けるとは、嬉しいことだ。
モモンガは言葉を選んでいるようで、少しの間、沈黙した。
そして、決心する。
「私を、補佐してくれるんですね?」
「はい。かつてのように、これからも」
「私を、ギルドマスターと認めてくれるのですね?」
「はい。これまでと変わりなく」
今更のことであるが、これだけは、確認することに意味がある。二人は真剣に、応え合った。
「私は未熟で、頼りない男です。それでも?」
「貴方は若い。今の自分に満足できないなら、成長していけばいい。私も、協力いたしましょう」
すでにレベルは限界に達しているが、そうした問題ではなく、精神的な面のことである。モモンガには、傷つきやすい現代的な青年としての一面もあるのだ。
それを理解し、ウォン・ライも言葉を選んで言う。
「ロールプレイでは、完璧にこなしていたのが貴方だ。そのノリでやってしまえばよろしい」
「ずいぶん簡単に言ってくれますね。……まったく、威厳を演出する方になってみてくださいよ」
「よくわかりますとも。ですから、フォローは完璧にしてみせます。私を信じてくださいますな?」
「そうするしかないのでしょう? なら、選択の余地はありませんよ」
あきれたような口調だが、本当に嫌がっているわけではない。その証拠に、モモンガの体の緊張は解かれ、リラックスしたように言葉を漏らす。
「――ああ、そうだった。ウォン・ライさんは、人をのせるのも、のせた人を支えるのも、得意な人でしたね。……昔を思い出しましたよ。ええ、そうだった」
ようやく気が緩んだのか、雰囲気がやわらかくなった。モモンガは骸骨ゆえ表情がわかりにくいが、よく観察すれば、笑っているような様子が感じ取れたはずである。
その時であった。セバスからの伝言が飛んでくる。どうやら、守護者が勢ぞろいしたらしい。
「覚悟を決めました。やってやりましょう。そう、私はナザリックが主、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、
ウォン・ライは微笑んでうなずくと、その傍にはべる。
モモンガは緊張しつつも、とにもかくにも外見は威厳を保っていた。全階層の守護者たちを玉座の間に迎えた時も、ロールプレイのつもりで現実に適応してみせた。
「――面を上げよ」
ここから、彼らの伝説が始まる。
死の支配者に、忠実な赤鬼がいたことは、この世界の誰にとっても僥倖であったろう。
その証拠に、不変の伝説は物語るのだ。王には宰相がいた。それはごく当たり前の存在として、最初から王に寄り添っていたのだ――と。