ナザリックの赤鬼   作:西次

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第三章 現実への自覚

 状況を冷静に把握して、行動を起こしたのは、モモンガの方が先だった。

 

――焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。

 

 かつて存在したメンバーの言葉を思い返し、モモンガは現実を受け入れた。

 

「問題か。ああ、問題だ。何しろ、GMコールが利かなくなっているのだからな」

 

 不可解なことが起こった。それを理解した以上、即座に対策を練る必要がある。

 己はギルドマスターである。メンバーの目の前で無様をさらすことは許されない。ゆえに、彼はまず一手を打つ。

 

「お許しを。無知な私には、GMコール、なるものが何を意味するか、理解することができません。ご期待に添えられぬ私に、どうぞ挽回の機会を頂きたく思います。どうぞ、何なりとご命令を」

「……よい。責めるつもりはない。それより、緊急事態だアルベド。すぐに動かねばならぬ」

 

 NPCを相手に、会話ができている。この驚異的な事実に驚く余裕を、すでにモモンガは持ち合わせていない。 

 ただ事実に向き合って考察し、理解し、様変わりした世界の法則を掌握する。その必要に駆られていた。

 

「セバスと、プレアデスを動かす。この場に呼んでくるのだ。良いな?」

「仰せのままに」

 

 命令には忠実だった。アルベドはモモンガの言葉の通りに、退室して行動に移った。それを遠目に確認して、彼はようやくウォン・ライに声をかけた。

 

「大丈夫ですか? ウォン・ライさん」

「あ、ああ。うん。大丈夫ですとも。――いささか妙な気分ですが、私は確かにここにおります」

「……良かった。この状況で一人だったらと思うと、ぞっとしますよ。どんな失敗をやらかしたか知れない」

 

 仲間がいたから、モモンガは踏ん張れた。有り得ない、と思考停止せずに即座に手を打てたのは、まさにそのおかげであった。

 ウォン・ライは、まさに『そこにいる』という仕事を成し遂げたのである。だから、モモンガは感謝した。彼が今、間違いなくこの場に、ナザリックに居てくれたことを。

 

「これは、現実ですかな」

「そのようです。……口も動いていますね。グラフィック……というか、現実そのままの存在感がありますよ。我々は今、この大地に生きている。そう言っても良いでしょう」

 

 理屈はわからないが、仮想であったものが、実現してここにある。

 分身に過ぎなかったキャラクターが、今では自身そのものだ。これを夢の一言で済ませられるほど、モモンガは楽天家でも悲観論者でもなかった。

 

「それはまた、なんとも。実に重い現実ですな。気持ちが躍るようです」

「剛毅ですね! ……私は表面は取り繕っていますが、今にも倒れそうですよ。目に飛び込んでくる情報を整理するだけで精いっぱいです」

「良いではありませんか。弱音を吐けるだけ、余裕がある証拠です」

 

 モモンガとしては、そこまで余裕を持っているつもりはない。

 だがウォン・ライはそれを余裕という。腑に落ちぬ、という感情を読み取ったのであろう。続けて彼は語った。

 

「本当に余裕がないときは、言葉さえ出なくなるのです。落ち着きもなくなり、弱音を吐く暇もなく忙しなく足を動かすもの。……モモンガ殿は、どっしりと構えておられる。それは余裕というものです」

「虚勢という線はありませんか?」

「張り通した虚勢は余裕と変わりません。張り通しなさいませ。それが君主というものです」

 

 それでも不安ならば、とウォン・ライは付け足した。

 

「私が居ります。ここに。ナザリックの赤鬼が、この場に控えているのです。何を恐怖する必要がありますか」

「――ああ」

「私と貴方が居て。完敗などした覚えがありますか」

 

 過去の栄光と言えば、そうであろう。今と昔は違うと、言えばそのままに終わるであろう。

 だが、モモンガは肯定した。それは、彼にとっても誇るべき栄光であったから。

 

「ありませんね。不覚はとっても、きっちり復讐は果たしました」

「臣下の者共が、そろそろ戻ってくる頃合いでしょう。――ギルドマスター。アインズ・ウール・ゴウンは、ここに健在です。何も恐れることはありません」

 

 二人だけでも、ギルドは存続しうる。

 ウォン・ライはそう言っている。他のあらゆるものが敵対したとしても、ここに我等の絆は不滅である。

 モモンガはそう受け取ったし、それで正しかった。だから、アルベドと彼女が引き連れるセバス達と向かい合っても、何らストレスを感じることなく、ごく自然に主として接することができた。

 

「よく来てくれた、我が僕たちよ」

 

 友人の格が、そのまま本人の格に直結すると見なされる文化がある。友人を己と同格の存在にまで引き揚げてしまう人物もまた、同時に存在する。

 そして、ウォン・ライはそうした文化の国に生まれ、そうした人間として育っていた。モモンガが最初から支配者としての核を持てたのは、この手の幸運に恵まれたからだと、そう言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 モモンガはセバスとプレアデスに情報収集を命じ、一息ついた。

 とりあえず敵襲を受けているわけではないのだから、周辺地域への偵察は、最初の一手として無難なところであろう。

 

『モモンガ殿』

「――何か?」

『いえ、伝言(メッセージ)の確認です。このやり方なら、我々だけで、内密に話ができますな』

 

 ここが現実である以上、急いで情報を確認せねばならない。そして、NPCの動向を観察するうえでも、自らの情報は秘匿しておくべき。

 何もアルベドらが裏切るなどと、本気で考えているわけではないが、NPCの主として、相応の振る舞いというものがあるだろう。

 そうした縛りを意識せずに、素のままで話し合える状況は、モモンガに精神的な余裕を与える。本人としても、小心で臆病な己を自覚しているだけに、伝言(メッセージ)を有効活用できるなら、それに越したことはなかった。

 

『後で、時間を作りましょう。今は、アルベドの目がありますので』

『わかりました。では、とりあえずこの場を収めますね』

 

 アルベドは命令を望んでいる。連れてきた者たちは仕事を与えられたが、己は如何にすべきか。彼女は、モモンガの言葉を待っていた。

 

「アルベド、近くに」

「――は」

 

 傍に来たアルベドを、モモンガはあえて無遠慮に触れた。肩に手を置いただけだが、それでも肉感的な彼女の感触が、掌に吸い付くように感じられる。

 

「ん――」

「驚いたか? いや、負の接触を解除するのを忘れていたな。すまない」

「いえ、これは栄誉ですわ。モモンガ様に直接触れられることは、私の喜びです。……それに、この程度であればダメージのうちにも入りません。どうか、お気になさらず」

 

 試し、である。あえて無礼を働くことで、忠誠心をみるつもりであった。

 だが、結果は予測以上。何気にフレンドリーファイアが解禁されているらしいことも、この接触で理解する。その上で、アルベドは敵意どころか心酔の情を向けてくれているのだから、彼女の忠誠はそのままであるはず。

 ユグドラシルと同じ仕様であれば、NPCはプレイヤーを裏切ることはない。だがここではどうか。

 人格があれば、自由意思もある。そうした存在を縛り付けることに、モモンガは人としての感情から、違和感を覚えてしまう。現実では人を使った経験がないのだから、その想いは当然でもあった。

 この確認は、相手の忠誠を図ると同時に、己の認識を改めるための儀式に近かった。すなわち、ギルドマスターとして生きたNPCを統率する覚悟を、この時モモンガは自覚せねばならなかったのである。

 

「そうか。……今は、もうよい。下がって、外に出た者たちの帰還を待て。防衛に関しては、基本は一任する。だが、異常があれば報告せよ。現状、情報がそろうまでは慎重に動かねばならぬ。侵入者があれば、まず警告し、相手の反応を見よ。出来る限り友好的に接触し、私の下まで連れてくるのだ。たとえ暴力的な手合いでも、処理できるものならば、生かして捕らえることを重視せよ」

「了解しました。では、これにて。――ご用命あらば、いつでもお呼びください」

 

 そうして、アルベドは一礼して去った。モモンガは密かに安堵して、息を吐く。

 

「緊張しました。でも、何とかやれるもんですね」

「はは。いや、様になっておりましたぞ。モモンガ殿には、支配者の風格というものがあるようで」

「よしてくださいよ。一営業マンに何を期待してるんですか」

「もちろん、ギルドマスターであることを期待しておりますよ。今でも、貴方は我々の長だ。元よりわかっていましたが、こうして現実のものとして認識すると、何やら感慨深いですな」

 

 ウォン・ライは少し雰囲気が変わったようだった。

 少しだが、生き生きとした印象を受ける。先ほどより元気になったと、そんな風に見えた。

 

「もしかして、楽しんでますか?」

「生きていることを楽しまず、何を楽しむというのです。モモンガ殿はアンデッドですが、こうして現実に存在するのですから、生きているといって良いでしょう。されば、この不可解な現状に対応しつつも、同時に娯楽として堪能したほうがよろしい。さあ、次の一手はいかがなさる?」

 

 お気楽に聞いてくれる、とモモンガは溜息をつきたくなったが、ついにセバスからの伝言が飛んでくる。

 その内容はと言えば、周辺の地形が変わっているばかりか、植生まで変化しており、ユグドラシルではありえない環境となっているらしい。真剣に、考慮すべき事態である。

 

「……本当に元気ですね。うらやましい。さてと、セバスから報告が来ました。ちょっと難しそうな事態ですし、呼び寄せて詳細を聞きましょう。――ウォン・ライさん」

「はい。では、そのように」

 

 ウォン・ライはうなずいて、うやうやしくモモンガの傍に侍り、セバスの帰還と報告を待った。

 彼はごく自然にそうしたから、モモンガもつい普通に流してしまった。あの呼びかけは、『一緒に報告を聞いて、それから考えましょう』という程度の意味でしかなかったのだが、相手はそうとわかって意図を外してきた。

 

――何か、一歩。線引きされたような気がする。アレ? 俺なにかやらかした?

 

 別にウォン・ライを部下にしたつもりもなければ、降格(という言い方はおかしいが)したわけでもないのに、彼が臣下の礼を取るのを良しとしてしまった。

 

「ええと、ちょっとツッコミが遅れましたが、そこまで他人行儀にしなくてもいいんじゃないかなーと」

「さあ、現実を生きるNPCが帰ってきます。相応の態度を取らねばなりません。よろしいですな?」

 

 微妙な違和感を抱いても、NPCを前に不審な行動をとるわけにもいかないのも確か。ともあれセバスの情報を検討せねばならない。

 

――守護者を集めるのは、それからにするか。

 

 大勢で情報を吟味する方が、考察には有利であろう。

 だが現状、どこまで守護者の能力を信ずればよいのか、いささか微妙なところである。忠誠心はもう、いちいち気にする方が馬鹿らしいので、気にしないとしても。

 それからしばらくして、セバスがやってきた。顔色は変わらないが、心なしか表情が硬い。

 

「さてセバス。お前の報告を聞こう。出来れば、お前自身の雑感も添えてな」

 

 モモンガは、NPCの設定を詳細に理解しているわけではない。

 その設定の中に致命的な弱点が潜んでいたとしても、コンソールが開けなくなった今、確かめる手段もない。

 だからこそ、この場面で絶対的に信頼のおける相手。すなわち、ウォン・ライの見解をまず参考にするべきだ。そのうえで、己が身の振り方も考えようと、彼は思っていた。

 

 

 

 

 

 ウォン・ライは、モモンガほど事態を悲観的にはとらえていない。

 油断しているのではない。現実感を失っているとか、知能が低下しているという理由でも、無論ない。

 

――戦場では、情報があいまいで頼りにならんことや、目的の情報自体が逐一変化し続けることも、ままある。

 

 ユグドラシルでの戦いも、そうであった。万全の状態で戦闘を始められることは、まずない。

 不完全な部分をいかに補うか。いかに手持ちの札を活用するか。運用する側の裁量次第で、不利な状況からでも、優位に持ち込むことは出来るものだ。

 ゆえに、焦りは禁物。合理的な思考さえあれば良い。

 

「ふむ。聞く限りでは、ナザリック自体が、どことも知れぬ未知の大陸に、転移したような感覚を受ける。セバス、お前の感想はどうだ?」

「――はい。そこまで深く探ったわけではありませんが、まったく異質の舞台に立った、という感想を抱きました。我々が異質なのか、ここが異常なのか。わかりませんが、異常事態が起こったというのは、事実であるようです」

 

 NPCは、ユグドラシルでも大っぴらに表を出歩けない存在である。基本的に拠点防衛用のためか、ナザリックの領地である地表のわずかな所までしか出ていけない。

 それゆえ世界の形に、そこまで造詣が深いわけでもなかろうが、漠然とした違和感を覚えたのは確かであるようで――。報告を受けているうちに、彼なりに困惑している様子が伝わってくる。

 

「プレアデスには、そのまま周辺を探らせて、常時情報をやりとりしております。半日頂ければ、さらに詳細な情報を収集できるものかと」

「そうだな。……いや、もうよい。彼女らを戻らせよ」

「よろしいのですか?」

「いまだに襲撃を受けていない。安全に探れている、という現状が把握できただけでも収穫だ。これ以上は、守護者たちと検討してからにしよう。ウォン・ライさん、それでよろしいですね?」

「――ええ、それが最善かと」

 

 モモンガは、ここで一旦打ち切らせた。実際、彼の言葉の通り、その事実そのものが収穫である。ここが全盛期のユグドラシルなら、高レベルのプレイヤーが不審な動きをすれば、数分とたたずに何かしらのリアクションを受け取るものだ。

 ウォン・ライは、彼の判断の正しさを認めた。そしてモモンガもそれを感じ取って、話を進める。

 

「では、セバスよ。各階層の守護者たちに通達せよ。この玉座の間に集合するように、とな。――ただし、全員がそろってから入室するように」

 

 その際、己に伝言で伝えるよう命じた。守護者たちが集まるまでの間、ウォン・ライと話し合っておきたかったし、心の準備というものも必要だったからだ。

 

「了解しました。各階層を回り、守護者に召集をかけます」

「急がずともいい。だが、もし手を離せぬ事情があれば、その旨をこちらに伝えるようにな」

 

 なるべくゆっくり来てくれ、とは言えないモモンガだった。

 内心では冷や汗をかくような想いであったが、セバスの退室を確認してから、ようやく一息ついた。

 呼吸など必要としない身でありながら、心理的な要因から、溜息をついたつもりになる。その精神の圧迫感を解放するつもりで、彼はウォン・ライに話しかけた。

 

「……どうしましょうか」

「このまま流れに乗るのが良いでしょう。今のところ、悪くない展開になっていると思います」

「しかし、まるで何も見えない状況です。情報は入ってきましたが、それが示すのは、つまり、その――」

「ナザリックは素晴らしいところですな。現実感が伴うと、こうも違って見えるものかと、感動します。暇が出来たら、見て回りましょう」

 

 ウォン・ライは努めて明るく言った。そんな、わかりきったことを確かめる必要性を認めなかったし、彼の不安を取り除く方を優先すべきだと思ったから。モモンガの不安をかき消すように、さらに言葉をつづける。

 

「外の環境にも興味が出てきました。美しい自然がここに残されているというのなら、それをながめるだけでも、心が癒されましょう」

「……そうですね。そうでしょうとも。失礼。奮起したつもりでしたが、気弱になっていたようです」

「よくあることです。人の心は、うつろい易い。新たな事実に直面するたび、心が悲鳴を上げることもあるでしょう。――だから、恥じることがありません」

 

 何より、とウォン・ライは改めて言った。

 

「アルベドに対して、即座に毅然とした態度を取られたではないですか。私は、そこまで機敏に対応できなかった。貴方は、私には出来ぬことを、やれるお人です。……自信をお持ちください」

 

 モモンガには、自信を持ってもらわねばならない。その必要性を、彼は認めていた。

 これから現実となった世界で、このナザリックと共に生きていくのならば、組織の秩序を重んじねばならぬ。

 ナザリック内の序列を乱してはならないと、ウォン・ライは固く心に誓った。ギルドマスターとしてモモンガを頂点にいただき、己はその下で働くことを、早くも受け入れたのである。

 

――さりとて、性急に覚悟を求めても、彼の精神によくない。徐々に詰めていくのが良いか。

 

 ウォン・ライは周大鸞であった。彼は創業者であり、守成を知る人である。その経験が、ここで自分は彼の下風に立つべき、と判断させた。そして、彼には確実に資質がある、とも。

 

「自信、ですか」

「そう。元々、このギルドを治めていたのは、モモンガ殿ではありませんか。これからも、それを続けていくというだけです。実績があるのですから、何も問題は起こらないでしょう」

「ゲームと現実は違いますよ」

「はい。そして、ここが現実です。――おわかりでしょう?」

 

 モモンガは傍目にもそれとわかるほど、動揺している様子だった。しかし、ウォン・ライは逡巡を許すつもりはなかった。

 

「ギルドマスターを演じ続けろと、そうおっしゃるのですか?」

「演じる? とんでもない。自然のままに振る舞えば、よいのです。思い出してください。貴方は四十一人がそろっていた時も、よく考え、よく接して、ギルドを維持していたではないですか。これは、その延長ですよ」

「……ゲームの、延長……」

「はい。モモンガ殿。貴方はナザリックの支配者。死の王。異形種を統べる魔、そのものなのです。そして――」

 

 ウォン・ライは臣下が君主に対してするように、ひざまずいて礼を行う。わかりやすい形で、『私は貴方に従う』と意思表示を見せたのだ。

 

「このウォン・ライ。他の三十九人に代わって、貴方を支え続けましょう」

 

 あえて仰々しくしたのは、それだけ印象を強く与えたかったからだ。

 モモンガから『疑いの目』で見られることだけは、耐えられない。それだけは、受け入れたくないことである。

 たとえ相手にその気がなかったとしても。これが邪推に過ぎないとしても。

 それでも、服従の意を示しておかねば、ウォン・ライは安心できなかったのだ。

 

「そこまでしなくてもいいですよ! 俺は――そんな立派な人間じゃない」

「まさに。貴方はもう人間ではない。そして私も、周大鸞(チュウ・ダーラン)ではない。だからこそ、申し上げます。――どうか、ご安心を。至らぬところは、補佐いたします。ご心配なく、喧嘩の仲裁や異文化コミュニケーションには慣れておりますので」

 

 モモンガが駆け寄る前に、ウォン・ライは立ち上がって彼を押しとどめた。

 彼は変わっていない。少なくとも、己に対しては真摯に、同格の友人として接したがっているのだと、確信を持てた。それだけで、もう充分である。

 

――さあ、この大事な骸骨殿のために、働いていくとしよう。死んでからも、やりがいのある仕事に就けるとは、嬉しいことだ。

 

 モモンガは言葉を選んでいるようで、少しの間、沈黙した。

 そして、決心する。

 

「私を、補佐してくれるんですね?」

「はい。かつてのように、これからも」

「私を、ギルドマスターと認めてくれるのですね?」

「はい。これまでと変わりなく」

 

 今更のことであるが、これだけは、確認することに意味がある。二人は真剣に、応え合った。

 

「私は未熟で、頼りない男です。それでも?」

「貴方は若い。今の自分に満足できないなら、成長していけばいい。私も、協力いたしましょう」

 

 すでにレベルは限界に達しているが、そうした問題ではなく、精神的な面のことである。モモンガには、傷つきやすい現代的な青年としての一面もあるのだ。

 それを理解し、ウォン・ライも言葉を選んで言う。

 

「ロールプレイでは、完璧にこなしていたのが貴方だ。そのノリでやってしまえばよろしい」

「ずいぶん簡単に言ってくれますね。……まったく、威厳を演出する方になってみてくださいよ」

「よくわかりますとも。ですから、フォローは完璧にしてみせます。私を信じてくださいますな?」

「そうするしかないのでしょう? なら、選択の余地はありませんよ」

 

 あきれたような口調だが、本当に嫌がっているわけではない。その証拠に、モモンガの体の緊張は解かれ、リラックスしたように言葉を漏らす。

 

「――ああ、そうだった。ウォン・ライさんは、人をのせるのも、のせた人を支えるのも、得意な人でしたね。……昔を思い出しましたよ。ええ、そうだった」

 

 ようやく気が緩んだのか、雰囲気がやわらかくなった。モモンガは骸骨ゆえ表情がわかりにくいが、よく観察すれば、笑っているような様子が感じ取れたはずである。

 その時であった。セバスからの伝言が飛んでくる。どうやら、守護者が勢ぞろいしたらしい。

 

「覚悟を決めました。やってやりましょう。そう、私はナザリックが主、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、死の支配者(オーバーロード)モモンガである」

 

 ウォン・ライは微笑んでうなずくと、その傍にはべる。

 モモンガは緊張しつつも、とにもかくにも外見は威厳を保っていた。全階層の守護者たちを玉座の間に迎えた時も、ロールプレイのつもりで現実に適応してみせた。

 

「――面を上げよ」

 

 ここから、彼らの伝説が始まる。

 死の支配者に、忠実な赤鬼がいたことは、この世界の誰にとっても僥倖であったろう。

 その証拠に、不変の伝説は物語るのだ。王には宰相がいた。それはごく当たり前の存在として、最初から王に寄り添っていたのだ――と。

 


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