ナザリックの赤鬼   作:西次

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第二章 再会する二人

 ウォン・ライがナザリックに足を踏み入れるのは、丸々一年ぶり、と言ってよいだろう。

 その間、所属したギルドがどうなっているのか、確認することすら出来なかった。だから、何ら変わりのない様子を見て、安心したというのが本音であった。

 

――いや、確認できなかったのではなく、しなかったというべきだな。

 

 数分ログインするだけでは味気ないと見送り続けて、いつしか記憶の片隅に追いやっていたのは自分である。今日がサービス終了日だと知ったのさえ、ログインする直前であったのだから、己の愚かしさは救いがたい。

 この最後の日に、最良の友人であるモモンガと会えたのは、この老人に対する運命の慈悲、とでも表現するべきであろうか。

 

「お久しぶりです、モモンガ殿」

「……ああ、こちらこそ、お久しぶりです。ウォン・ライさん」

 

 円卓の部屋にて、二人は出会った。そして骸骨のギルドマスターは、暖かく自分を迎えてくれた。

 恨み言の一つや二つは耐えるつもりでいたが、そうした想定をしていた己を後ろめたく思うほどに、モモンガは友好的だった。

 

「お変わりないようで、なにより。この一年、息災でありましたか?」

 

 周大鸞はここにはいない。ウォン・ライという赤い肌の鬼がまず口にしたのは、友への気遣いであった。

 

「ええ。……ええ、元気でしたよ。もしかしたら、今が一番、元気かもしれません。本当に、よく来てくださいました」

 

 はばかりながら、友として。これ以上の歓待があるであろうかと、ウォン・ライは言葉にしないまま、静かに感謝した。

 ロールプレイを思い出すように、装備した眼鏡を触るフリをする。まるで眼鏡を直すような動作をして、ここでの己を再確認した。

 

――しばらくぶりだが、やはりこの外見は上手くできているな。自画自賛も許されよう。

 

 ウォン・ライは、赤鬼と呼ばれたことがある。実際、赤い肌の鬼種であり、非常にごつごつした筋肉オバケで、二メートルを超える体格は他者を威圧させかねないほどである。赤い装束は鋼色の金属で補強され、大型の武骨な手甲は、彼が無手の凶手であることも表していた。

 事実、その手で人間種を屠ったこともある。武器をもって倒すより、直接手で触れて壊す方が、性に合う気がしたのだ。だからこそ、『ナザリックの赤鬼』という名で、ギルドと共に勇名をはせたのである。

 

「ご心配をかけたようで、申し訳ない。最後の日になって、ようやく戻ってこられました」

「いえいえ、お互いに都合もあるのです。こうして来てくれただけでも、私は嬉しいですよ」

「それでも、筋は通させていただきたい。今まで会いにこられなかったこと、申し訳なく思っております。どうか、お許しください」

 

 だが、その眼には知性の光があった。声も野太いが穏やかであり、発音もゆったりとしていて心地よいほどだった。現実として、一つ一つの所作も洗練されている。

 椅子に腰かけるにも、頭を下げるにも、意外なほど雑に感ずる所がない。ふとした無意識の動きにも、下品な部分がないのだ。本来、巨躯を動かす場合はそうした細かい動作が難しいはずであるのに。

 足運びの一つ一つ、手の伸ばし方、目線の動かし方など、どれもがすっきりと線が通っているように清潔で、上品だった。あきらかに、相応の教育を受けて染みついた者の動作である。

 脳筋らしい外見の巨漢が、こうも流麗に礼の作法をわきまえて、完璧に動いているのを見ると、違和感を覚えるはずである。しかし、それでいて自然に受け入れてしまうのが、ウォン・ライという鬼の不思議さであった。

 これはある意味、ユグドラシルの製作スタッフの優秀さを示すものと言えるだろう。ウォン・ライは周大鸞全盛期の肉体的動作を、完全に再現できているのだから。

 

「いえ、そんな後ろめたく思う必要はないですよ。私だって、他に優先するものがあればそうしていました。ただ、自分にはここしかなかった。だから、どうしてもこの場所を維持したかった。それだけなんですから」

「ならば、感謝を。――ナザリックを守ってくれて、ありがとうございます。私が生きた証が、ここにはある。貴方と共にこの世界を堪能できたことは、私の人生で数少ない幸運であったと、本心から思います」

 

 この円卓に、今は二人だけだった。かつては四十一人いたギルドメンバーは、皆何かしらの理由で引退し、すでに現役ではない。この孤独の中、一人奮闘してナザリックを維持していたモモンガに対し、感動の念を禁じ得なかった。

 

――だからこそ、皆が貴方をギルドマスターに推したのだ。貴方以上、このギルドを愛した人はいないから。

 

 あからさまな態度は、逆に気持ちを覆い隠すであろう。控えめに接することが、逆に強く気持ちを伝えることもある。ウォン・ライとなった周大鸞は、感動を押し殺しながら、穏やかな声で応えた。

 

「感謝されるなんて、どうも慣れませんね。でも、そう言ってくれると嬉しいですよ。今日まで頑張ってきて良かったと思います。……ウォン・ライさんは確か、病気療養でしたっけ。でも、元気になられたようで、良かったです」

 

 実際には、治療を諦めて死を受け入れる段階に入っているのだが、口にすべきことではあるまい。再び眼鏡の位置を直すフリをして、何も答えずにごまかした。

 

「ああ、なんというか。いけませんね、どうも。……話したいことは山ほどあったはずなのに、今は何をお話ししてよいやら、上手く――言えません」

 

 モモンガの心情を、どう推し量ればよいのか。その心の複雑な感情を、彼は口にできないでいる。

 もちろん、ウォン・ライにはわかっている。彼がうまく言葉にできないときは、自分が応えるのだ。それが、己の役割でもあったから。

 

「私は、この場所を愛しています。モモンガ殿、貴方には及びませんが、ここでの思い出は、私にとって生涯の宝だ」

 

 まずは称賛、次に共感。想いを同じくし、価値観を同じくする。

 そうしてようやく、真意を話せる。

 

「貴方と、出会えてよかった。メンバーの皆と出会えて、楽しかった。二度と戻らない黄金時代。それでもあの時、あの人たちと共に戦い、共に喜び、達成感を分かち合った日々は、私たちにとって人生の大きな財産でした」

 

 モモンガは、頷きながら聞いていた。肉体があれば、どんな顔をしていただろうか。

 

「私と出会ってくれて、ありがとう。この世界で、一緒に生きる相手として――私を選んでくれて、ありがとう。……最後になりましたが、モモンガ殿。ユグドラシルが終わっても、ここでの記憶は、決して死んでも忘れません。貴方がいたから、私はここにいる。その感謝を、伝えさせてください」

 

 もっと言うべきことはある。謝罪すべきだと思う気持ちもある。言葉を尽くしたいと、切に願う。

 それでも、これ以上は蛇足であろう。言葉は、大切に使うべきだ。無駄な装飾を凝らして、真意をぼやけさせてはいけない。ただ正直に、己の感情だけを述べた。

 だからこそ、であろうか。モモンガは、ウォン・ライの友は、ただ感謝の言葉を口にした。

 

「礼を言うのは、私の方です。私こそ、ギルドの皆と出会えて、共に遊べて、本当に良かったと思っているんですから。……ああ、いけませんね、うん。ここがリアルなら、泣いているところですよ」

 

 お互いに、しばらく言葉もなかった。その沈黙も、心地よかった。かつての自分に戻ったようで、気負いもなく接することができると、二人はようやく思う。

 それから、何時間も彼らは語り合った。話題は尽きぬほどあった。途中でログインしてきたメンバーも交えて、最後の時を楽しむ。

 

「皆さん、帰ってしまいましたね」

「ええ、彼らには彼らの生活がある。皆が現実世界でも、良き人生が送れることを願いますよ」

「寂しくは、ありますが……そうですね。そうでなければ、いけませんね。ああ、お時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫、終了の強制ログアウトまで、付き合えますよ」

 

 夜も更けて、今もナザリックにいるのは、モモンガとウォン・ライの二人だけになった。この一日、ユグドラシルのために捧げようとモモンガは思っていたから、苦痛はない。

 ウォン・ライもまた、今日が人生最後の日だと悟っていたから、生を実感できる今が長く続くことを望んだ。だが、それもまた、日付が変われば終わってしまうのだ。

 

「最後ですからね。何か、記念になることをしたいものです。どうでしょう。一緒に、玉座の間まで行きませんか。別れを惜しむなら、あそこが一番いい」

 

 ウォン・ライは同意した。元より、拒否するつもりなどない。

 モモンガは、我がままの少ない人だった。和を尊ぶ人である。その人の頼みを断るほど、彼は情の薄い鬼ではなかった。

 

 

 

 

 

 モモンガは思う。もし、一人でこの時を迎えていたら、どうなっていたかを。

 やけを起こしていたかもしれないし、むなしさを抱えたまま、納得できない感情を処理するのに、相当手間を食っただろう。

 その程度には、己の感性の面倒くささを自覚してはいるのだ。ことさらに卑下するつもりはないが、自分は凡庸な人間で、理性と感情が衝突すれば、感情を優先したくなる。

 

――だからこそ、人間的によくできたメンバーたちには、敬意を表してきたし、それはこれからも変わらない。

 

 最後の日に、この場に来てくれた方々には、感謝してもしきれない。最後の時を共にするウォン・ライには、特に強くそう思う。

 

「ウォン・ライさんは、初めて会った時のこと、覚えていますか」

「覚えていますよ。お互い、始めたばかりの頃で、いろいろ苦労しましたな」

「ログインする時間を合わせて冒険したのも、遠い昔のことのようです。よく考えたら、私がユグドラシルで一緒にいた時間が一番長いのは、ウォン・ライさんじゃないですかね」

「おそらく、そうでしょうな。いや、ここまで長く縁が続くとは、人との関わりは面白い。だから人生は素晴らしい、そうではありませんかな?」

「まさに。含蓄がある言葉は、さすがに年長者、という感じがしますよ」

 

 玉座の間に着くまでも、話がやむことはなかった。惜しむ気持ちは同じだと、共感する者同士である。もっとも、意味合いは違う。

 モモンガは、ゲームが終われば友人と会えなくなるかもしれない、と思って話している。

 ウォン・ライは、もうすぐ死を迎えると理解して、人生を惜しんで話している。だから、伝えたいことを残したまま、終わらせたくないと思っていた。

 

「無駄に長く生きているだけですがね。まあ、苦労の多い人生ではありましたが」

「そういえば、年齢については聞いたことがありませんでしたね。職業については、中国で個人事業を営んでいる、と聞きましたが。事業の方は、順調ですか?」

「まあ、順調かと。しかし、私はもう引退して後進に席を譲ったつもりなのですが、いろいろ相談が舞い込んできて困ります。生涯現役、といえば聞こえはいいのですが、おかげで落ち着いて療養もできないありさまで――と。余計なことですね、これは」

 

 中国共産党は、営利企業ではないが、そこに所属する以上は公務員といって良い。周大鸞は役職こそ退いたが、除名はされていないので、いまだ党員であることは確かであった。

 そして政治を事業と考えれば、そこそこ順調になのではないかと思う。表現は微妙だが、嘘ではない。

 だが、モモンガが気になっているのは、もっと別の部分だ。

 

「お体は……まだ、悪いんですか?」

「大丈夫ですよ。気にしなくていいほどには、状態は落ち着いています。だからこそ、ログインしたのですから」

「そうですね! いや、良かった。ここでの付き合いは終わりでも、現実でメールのやり取りだけでも続けられたら、と思うんです。……ご迷惑かも、しれませんが」

「光栄ですよ。――ですが、そうですね。難しいかもしれませんが、可能なら連絡を入れますよ。ユグドラシルの運営を通じて、になると思いますが、その時は少し、びっくりするかもしれません。これでも、現実ではそれなりに有名人のつもりなので」

 

 それは楽しみだ、とモモンガは応えた。ウォン・ライは運営を通じて、自身の正体と、己の体の具合について、詳細に伝えるつもりだった。そう手間はかからない。今からでも、ちょっとした時間があれば済むことだ。

 楽しみにしてくれているのに、悲しませてしまう。それが、後ろめたかった。玉座の間に着いても、後味の悪さは消えてくれなかった。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓最奥にして、最重要箇所。玉座の間の扉が開かれた。

 荘厳なる内装の見事さを、いかにして言葉で語ればよいのだろう。無理に月並みな言葉で表すよりは、ただ鑑賞して楽しみ、率直に称賛するのが誠実であろうか。

 

「おや」

 

 だが、内装よりも見事なものがある。純白のドレスに身を包んだ美女が、そこにはいた。

 その容姿の美しさを語るのは、玉座の間の荘厳なる様を語るより、なお難題だった。彼女の創造主であるメンバーは、この一点をもって、日本屈指のデザイナーと言い切ってよいであろう。

 

「アルベドか。彼女は、いつもここに詰めているのですか?」

「ああ……玉座の間に誰もいない、というのはいささかアレかと思いまして。特に今日は最後の日ですし、この場で過ごすことは決めていましたから、事前に呼んでおきました」

 

 NPCの纏め役である彼女だからこそ、この場に留まることが許されている、という一面もある。

 メンバーを除けば、このナザリックの頂点に立つ存在なのだ。ゆえにNPCの代表として、共に最後を迎えるに相応しい相手だろう。

 

「玉座が寂しいまま、というのは悲しいでしょう。アルベド一人だけでも、ここにいてくれれば、いくらか華やかになりますな」

「華やかですか。……そういう見方も、できますね。別に意識したわけではありませんが」

 

 奥の階段をのぼり、モモンガは玉座の前に立つ。ウォン・ライも傍に控えていた。

 モモンガはうかがうように視線をウォン・ライに向ける。彼がうなずいてから、ようやく玉座に腰を掛けた。

 

「気づいてみれば――もう残された時間は、十分ばかりですか」

「やり残したことがあれば、やりきってしまったほうが、よろしいでしょう」

「そうですね。……では、せっかくですし」

 

 出来ることで、思いつく限りのことは、すでに済ませている。心残りはあれど、これ以上はもはや未練であろう。

 よって、思いつきでこの場にいるアルベドの設定などを見てみた。最後を共にする以上、何かしらの感慨を持って、彼女と別れたかったから。

 

――長い。

 

 が、そういえば彼女を想像したメンバーは、相当な凝り性であったことを思い出す。 

 詳細なプロフィールを細部にわたって把握するのは、今や困難であった。しかし、流し読みでもいくらかは理解できる。

 そうして、最後の一文に目をとめて、これはないだろうと思った。

 

――ビッチとか。いくらなんでもひどいんじゃないですかね、タブラさん。

 

 うーん、と唸りながら、モモンガはウォン・ライの方を見た。

 彼は彼で、己のNPCの設定を見直しているらしく、背を向けてコンソールをいじっている。

 相手の目から逃れている、という事情があり、最後の日にもやってこなかった、タブラという創造主に対しても思うところはあった。

 これくらいの意趣返しは許されるであろうと、モモンガは設定を書き換える。

 

――モモンガを愛している、と。

 

 NPCの纏め役であり、これほどの美人である。見境のない売女にさせておくよりは、そうした方が自然というものだろう。何かしら特別な思惑があって行ったわけではないが、これもギルドマスターの特権というもの。

 これまで行使することはほとんどなかったのだから、最後にこの程度のわがままは許されるであろうと、モモンガは割り切った。

 

「失礼、少し息子の調子を確認したいと思いまして。――当たり前ですが、変わりない様子で、安心しました」

「いえいえ、こちらも適当にいじくっていましたので、お気になさらず」

 

 ウォン・ライは当然自分なりにNPCを作成していたから、この間際で確認したくなるのも仕方がない。

 自分とは違って、被造物に愛着を持っているのだ。なら、その想いは尊重してしかるべき。

 

「本当に、これまで、色々ありましたね」

「ええ、本当に」

「なんだか、真剣に惜しくなってきましたよ。どうして、続いてくれないんでしょう。あの楽しかった時間が、いつまでも続いたら良かったのに」

「――それは」

 

 ウォン・ライは言葉に詰まった。

 その様子を見て、モモンガは後悔した。ありえぬことと、わかっている。それでも黄金時代を想い、惜しむ気持ちは抑えられない。

 

「俺。たっち・みー。死獣天朱雀、餡ころもっちもち。ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、武人建御雷――」

 

 メンバーの名を告げる。この場にいない者たちの名を、残らず述べる。

 

「ウォン・ライ」

 

 最後に、口にする。

 彼は顔を合わせて、一礼した。それだけで、気持ちが伝わるようであった。

 

「楽しかったんだ。嬉しかったんだ」

 

 知っております。理解していますと、肯定してくれる人がいたから、気持ちが漏れる。

 細かく頷いてくれる相手がいるから、モモンガは続けた。

 

「俺に家族はいない。現実に帰れば友もいない。この世界だけが、俺の人生の証だった。輝かしい時間があったとすれば、それはここにいる時だけだった」

 

 ウォン・ライは、自然体のままで、その言葉を受け入れてくれていた。

 憐れむでもなく、苦言を呈するわけでもなく、ただそうであろう。そうであるならば、それが正しいのだと言わんばかりに。

 

「失われる。失われてしまう。それが、なんとも不快で、悔しい。私は間違っていますか? ウォン・ライさん」

「いえ、貴方は間違っていない。いや、貴方が正しいのだ。……ここには、不変の輝きがある。それを誇るのは、間違いなく良いことなのですから」

 

 時間は迫っている。もう一分を切った。

 秒数を数える。23:59:30、31、32――。

 

「連絡、楽しみにしていますよ」

 

 周大鸞は、最後に一言だけ遺した。

 

「では、おさらばです」

 

 モモンガは沈黙している。己の中に閉じこもっていた彼に、その声が聞こえたかは知らない。

 だが、ウォン・ライは確かに自分の中から、失われていくものを感じた。それは日付が変わるのと、ほぼ同時であった。

 

 23:59:57、58、59――。

 

「……ん?」

「……ふむ?」

 

 幻想の終わり。ブラックアウトを覚悟していた二人は、同時に困惑した。

 一人は、強制排出による、現実の覚醒を得られなかったため。

 もう一人は、己の死による、現実世界からの別れを実感できなかったため。

 

「時刻は」

「……正確ですな」

 

 0:00:21。

 確認して目にした時間は、確かに終わりを過ぎたことを示していた。

 数分の延長か、タイムラグか。それを疑い、コンソールの起動を試みる。

 

「――え?」

「何が……?」

 

 コンソールが浮かび上がらないことを、二人は不審に思った。 

 何かしらの不具合かと、様々に行動を試みるが、しかしいずれも不発に終わった。まるでシステムから除外されたかのように、あらゆる電子的な感覚が失われている。

 

「何故だ?」

「……これはまた、なんとも」

 

 綺麗に終わりを迎えられないことへの戸惑いが、二人を脱力させていた。

 終わらないなら、続けるしかない。お互いに声をかけて、どうしようか協議しようと思った、その時である。

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様。ウォン・ライ様」

 

 アルベドの声が、その二人を驚愕させた。

 そして呆気にとられた彼らを前にして、まるで生きているかのように、感情と意思を感じさせる声で、再度問うた。

 

「何か、問題がございましたか?」

 

 モモンガとウォン・ライは顔を見合わせて、ほぼ同時に声を出した。

 

「これは現実でしょうか?」

「これは現実だろうか?」

 

 まさに、これが彼らの現実であり、彼らの人生の始まりでもあった。

 あるいは、再出発というべきであろうか。ともあれ、その記念すべき第一日となったことは、間違いないであろう――。

 

 

 

 

 

 

 


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