ナザリックの赤鬼   作:西次

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第十八章 王国への楔

 

  

 ウォン・ライらが外交に精を出していた頃、セバスらのチームもまた活動していた。

 王国内での行動中、何かしらの厄介に巻き込まれたらしい。その事実を聞いた時、モモンガは楽観的だった。

 

――セバスがナザリックを見限るなど、ありえないことだ。

 

 裏切り、反逆。そうした悪徳とは無縁な男である。創造主との相似点を見つければ見つけるほど、セバスに対する疑いなど消えていく。

 女性一人拾ったからと言って、何だというのか。詳細を聞いてみれば、どうと言うこともない話である……と、モモンガは思いたかったのだが。

 

――済んだこととは言え、守護者たちの前で演出させられたのは、どうもな。

 

 助けた女性を殺させるような、質の悪い演出をさせたのは、流石に悪いと思う。本気で殺させるつもりがなかったのは確かだが、セバスの心情を考えればどうにもバツが悪い気がした。

 守護者たちが納得するために。同僚の間で疑いの感情を蔓延させないために――と、名分は確かにあるのだが、感情的には罪悪感を覚えてしまう。

 

――いい加減、外部の人間に対して寛容になるように、何かしらの対策をした方がいいのか。でも、実際信用できるかどうかは別問題だし。……やりすぎないように言うだけでも、意味はあるのかな。

 

 ツアレニーニャ、という少女を抱え込むこと自体は、何ら問題ないとモモンガは考えていた。その扱いについては、一般メイドと同等の地位で良かろうが、慣れるまでは配慮がいるかもしれぬ。厄介ごとには違いないが、この程度は飲み込んでみせねば上司として格好がつかないとも思う。

 不利益をナザリックに持ち込む可能性もないではないが、その時に至ってから考えても遅くはないだろう。だがそうでない限りは、無力な人間を一人かくまうくらい、容易いことである。

 

――それはそれとして、モモンとして冒険者家業にも、力を入れていきたいところだ。世界を知る上でも、自分の目で確かめるべきことは、多くある。

 

 レクリエーションとして、単純に楽しい、というのもあるが。

 ナザリックの中で指示を飛ばすだけでは、致命的な齟齬が生まれかねない。実地で現場を知ることこそが、モモンガには重要に思えた。

 自身の才覚が、凡庸であると理解しているからこその結論である。椅子に座りながら、情報だけで全てを正しく推理できる知能があれば、別なのだろう。だが己はそこまで頭が良くはないし、そうなりたいとも思わない。

 自ら活動し、実感を得てこその人生ではないのか。書の知識だけではなく、生の体験から生きた知識を得ればこそ、現実的な対策を練れるものであろう。

 理想と現実が対立したとき、現実の方が間違っているのだと。……そのような、愚かな勘違いはしたくないのだ。

 

――別段、仕事を急ぐべき理由もない。ゆっくりやっていけばいい。問題があれば、デミウルゴスなりウォン・ライなりが指摘してくれるだろうしな。

 

 モモンガは、現時点でも割とお気楽な思考を維持することが出来ていた。

 突発的な事故、事件は起きるかもしれないが、自分たちなら何とかやっていけるという確信があり、皆の助けがあればどうにかなるだろうという楽観もあった。

 後々の出来事を勘案すれば、まさにモモンガは幸運の星の元に生まれていたと言えるだろう。

 環境によって精神的な余裕を持つこともそうだが、周囲の人間関係に恵まれるのは、実に重要なことであるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガはモモンとして活動するように、ウォン・ライも色々な役割を己に課している。そして、そんな彼がデミウルゴスと行動するのは、比較的珍しいことであろう。

 少なくとも、この世界にやってきてからは、初めてのことと言ってよい。その発端を考えれば、過剰戦力ではないかとデミウルゴスは主張したが――。

 

「王国の王女とやら――ラナー、と言ったか。彼女に興味がわいたのは、お前だけではないということだよ」

 

 セバスからの情報を検討するうちに、王国には風変わりな王女がおり、注目に値する実績も有していることが分かった。

 彼女の提言により行われた施策は、実際に有効であったことが示されている。その事実を突き止めたデミウルゴスは、これは利用に値する駒だと考えていた。

 ウォン・ライがこれを知りえたのは、セバスからの情報の精査に、彼自身も加わっていたからである。

 他者に任せることを厭うわけではないが、ウォン・ライは己にはあらゆる責務があると自任している。ナザリックの活動の全てについて、彼は一つ残らず把握しておきたかったのだ。

 実際デミウルゴス主導の計画については、あらゆる部分で、はぐらかすことを許さなかった。何より、モモンガへの報告を怠ってよい問題ではないと判断したからだ。

 

「しかし……ウォン・ライ様は、リザードマンとの件でも充分に働かれました。カルネ村についてもよく気にかけておりますし、我々ナザリックの者たちに対しても、日々細々と声を掛けてくださいます。時には、一対一で語り合って緊張やストレスを緩和してくださっている。この上、さらなる仕事を積み重ねられては、心配にもなろうと言うものです。我々に委任する仕事を増やしてくださっても、よろしいのではありませんか?」

 

 他でもないデミウルゴスの、奉仕を義務にして幸福とする者の言葉である。無下にしたくはないが、容易にうなずける言葉でもなかった。

 ウォン・ライは、ナザリックの内外を問わず、良く人と会い、話をしている。それ自体が仕事ではないかと思われるほど、時間を費やしてもいた。

 守護者はもとより、知性あるNPCとは制限を設けずに一通り語り合っていた。時間の合間を上手に使って、その一人一人に声を掛ける。仕事ぶりを褒め、忠誠心を称賛し、心の不安を丁寧に取り除いていく。

 彼にとっては日常的な作業に過ぎないが、対するNPC達にとっては恐れ多いことでもある。だが、ウォン・ライは決して妥協しなかった。時間に余裕がある(彼にとって二十四時間勤務は苦行に入らない)、今だからこそ出来ることだから。

 

――幸福であれ。私たちは、そう願う。そのために必要な事であれば、我々は何でもしよう。ただの言葉で済むのなら、一つの行動で済むのなら、何でそれを躊躇しようか。

 

 お前たちは、きちんと私たちに必要とされているのだ――と。被造物が、造物主にそのような言葉を掛けられて、安心しない者がいるだろうか。

 

 しかし、そこまでの慈悲を主人から掛けられてしまっては、費やす労力の負担を案ずるのも、奉仕する種族にとっては必然である。そうしたデミウルゴスの懸念を払うかのように、ウォン・ライは笑顔で答えた。

 

「大丈夫だ。世の中には、仕事を与えれば与えた分だけ、精神的に充実していく者もいる。私がそうだし、お前もそうだろう。――モモンガ殿も、ある意味ではこれに含まれる。だから、心配などしなくていいのだよ。別段、お前たちが頼りないとか、任せられないとか言う訳ではない。私がそうしたいから、そうしているというだけなのだ」

「……失礼いたしました。ならば、これ以上は申しません。話を戻しましょうか」

「そうしてくれ。遠慮されるよりは甘えられたいし、頼りにされたいものだ。私も、モモンガ殿も、常にそう思っている」

 

 ウォン・ライの発言である。ならば、仕える者として、その発言をそのままに受け止めるだけだ。

 甘え方については、デミウルゴスやアルベドのような智者であるほど、ひねくれた形で表れてしまうが――これは、愛嬌として受け止めねばなるまい。

 

「話を戻すとして――そうだな。王女の件だが、未婚の女性の元に男二人で訪問するというのは、あまりに不躾だ。威圧感を過剰に与えてしまうし、王国の文化には詳しくないが、嫁入り前の娘には個人的にも配慮がいると思う。慎重さが求められる対話でもあるのだ。……形式を、整える必要があるだろう。デミウルゴスはどう思う?」

 

 そもそも非公式な訪問自体が無礼――といえば、それまでだが。それでも、最低限の線は守るべきだと、ウォン・ライは考えていた。

 

「はい。……そうですね。では、私はあえて席を外しましょう。智者が必要であるならば、アルベドが最も適任であろうかと思いますが――。いえ、ウォン・ライ様が見極めるために、女手が必要だというのであれば、誰を連れて行っても良いかと思われます」

 

 デミウルゴスは、考慮を重ねたうえで、お望みのままにという態度である。そういうことであれば、ウォン・ライも人選に遠慮はせぬ。

 

「ならば、やはりアルベドだな。その姫君は、智者なのだろう? ならば、相応の相手を連れていきたい。その場では気が乗らないかもしれんが、交流を続けていけば何かしらの意見は持つだろう。彼女の見解には、期待していきたい所でもある」

「結構なことですが……どの程度の知性を有しているか、正確なところは計りかねます。それを計りに行くのが、今回の目的と言えばそうですが」

「――しかし、デミウルゴス。お前が注目するに値するだけの知性を、その者は有している。私も同感だ。ならば、態勢は万全に整えておきたい。……たとえ、相手がただの人間であったとしても」

 

 油断は許されない、とウォン・ライは付け加えた。この世界における絶対的な強者、その自負を持つならば、悪い意味での傲慢さは不要である。

 上に立つ者として、目下の面倒を見てやることは義務であるが、ただの義務に過ぎないからと言って、手を抜くことは許されぬ。

 麦の穂一つ、文章一つ、あるいは何某かの感情であっても。見逃して、身内に不利益を与えるようなことがあっては、上位者としてのメンツが立たぬではないか。

 

「では、そのように。アルベド不在の間は、私がナザリックの守りを担当いたします。どうぞ、気兼ねなく訪問なさってください」

「――お前にそう言われるのも、なかなか違和感のあることだ。部屋への立ち入りを許すのは、所有者の権利と言うものではないか?」

「件の姫君の許可は、すでに取り付けてあります。――ナザリックから、『ラナー王女の利用価値』を計りに行く、と通知しておりますし、時刻も決めております。ウォン・ライ様は、ただ訪問されるだけでよろしいのです。今さら相手が誰であろうと、あちらも拒みは致しますまい」

「利用価値、とはあからさまだな。――言い回しを工夫したかね?」

「はい。計ると同時に、利益も与えようかと。もし眼鏡に適えば、ナザリックの統治下において、地上における一国の王に等しい地位を与えること。働き次第では、いくらかの財貨を使わせてやれることも、通知しています」

 

 そのうえ、人払いは万全を期し、結果にかかわらず事を露見させないことも保証している。もちろん、この全てはモモンガに事前の承認を得ていた。ウォン・ライが知り得た情報を、共有せずに済ませるという選択肢はあまりない。これもまた、例外には含めるべきではないだろう。

 さりとてモモンガには、事前の調略について、対案を示せるほどの知識などない。だから、やりたいならやってみればいい、くらいの軽い気持ちで返していた。

 

「改めて言うべきではないかもしれんが、完璧だな。ラナーとやらも、生きた心地がするまい」

「どうでしょう。情報を精査するに、ただものではありますまい。相応に肝も据わっているものと思われます」

 

 公開されている情報から、あらゆる関係を精査された上で、自室にまで接触してくるような――恐ろしい、悪魔の言葉である。ラナー王女も、これならば不安を通り越して、諦観の域に達するほかない、とウォン・ライは予測する。

 どのみち、必要なことは、すでに整えてあるのだ。デミウルゴスは、いろんな意味で手抜かりのない男であった。

 

「事前の準備は万端と言う訳か。流石だ、デミウルゴス。その手腕を、私は称賛しよう」

「ありがたいお言葉です。――して、刻限まで手持ちの情報を整理したいのですが、よろしいですか? 訪問後の対話において、情報の正確さは非常に重要です」

「齟齬があっては困る部分だ。願ってもない。……何より、ラナー王女を見定めたのは、お前だ。その本人の口から、改めて必要な事柄を聞いておくことは、実務的な意味でも重要なことだと判断する」

 

 アルベドの外出許可を、モモンガから取っておくことも、ウォン・ライは忘れなかった。

 彼は『いちいち気兼ねしなくてもいいのに』と、事後承諾で構わないと言っていたが、これはケジメなのだとウォン・ライの方から念を押して伝えていた。

 

――モモンガ殿、貴方こそがナザリックの主なのだ。主であればこそ、知るべきことは知るべきなのだ。

 

 ウォン・ライの席次は、あくまで二番目である。主席はモモンガであるべきで、そこに疑問を差しはさむ余地などない。

 であればこそ、報連相は必須だろう。もちろん、間に合わない事情があれば別だが、現状はそれを許す程度の時間もある。

 下準備を終えた後、ウォン・ライは時間を置かずに即座に行動した。先方への連絡は済ませてあるから、動ける状況ならば躊躇う理由はない。

 

「さて、行こうか」

「はい。御供いたしますわ」

 

 モモンガへの報告も済ませて、ウォン・ライはアルベドを伴い、王都へと赴いた。隠ぺい工作に関しては、惜しみなく行っている。

 レベル100勢が本気で痕跡を消しにかかれば、少なくとも格下に覚らせぬ程度の防備は張れる。ラナーとの面会において、この処置は完璧に施されていたといってよい。

 

「お初にお目にかかります。ナザリックより参りました、ウォン・ライと申します。こちらは秘書のアルベドです。ご挨拶なさい」

「……アルベドと申します。今後とも、よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ。ご丁寧な対応、恐れ入ります。ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。どうか、ラナーとお呼びください。……遠慮は、なさらないでください。強者には、強者にふさわしい態度と言うものがあるのですから」

 

 そして、ウォン・ライは王国の化け物と対面する。

 才覚においては、人間種の規格外。アルベドやデミウルゴスに匹敵しかねないほどの、巨大な才能の塊。それがラナーという少女を表すのに、相応しい冠であると言えよう。

 

 そして、ウォン・ライこそは中華の申し子である。この両者の邂逅に意味があるとすれば、異なる世界同士の比べ合い、ぶつかり合いにこそあるだろう。

 だが、その初めにおいて、お互いの態度はやわらかであり、話す言葉も終始穏やかだったのは、両者の文化レベルの高さを物語るものであったろう。

 

 

 

 

 

 

 ウォン・ライはノックの仕方は元より、入室の仕方から挨拶の仕方、椅子までの移動と座り方まで。それら過程の全てにおいて、ラナーが感心するだけの礼法を行ってみせた。それらの作法は王国の流儀に従っており、『対等の相手』に接するためのものであった。

 

――ラナー王女のために、下調べは行っている。反応を見るに、失敗はしていないようだが、さて。

 

 王国側に合わせた配慮を行っていると、彼女ならは覚ってくれるはずだ。ならば、ナザリックを無頼・野人の類ではないと確信してくれよう。ここまで理解してくれてこそ、話し合う価値もあるというものだった。

 

「便宜を図って下さって、ありがたく思います。この機会を無駄にしないことは、ラナーの名において、保証させていただきます」

「ご配慮、痛み入ります。ウォン・ライの名において、ラナー王女に相応しい態度で臨むことを確約いたします。――ですから、あまり気兼ねせずに。気楽に話を進めようではありませんか」

 

 ウォン・ライは人間の姿を取っているのだが、まさに教養ある老紳士という風体であり、セバスのそれと比べても遜色なかった。彼は微笑んで語り掛ける様は、いかなる人物であっても、邪険にはしがたい雰囲気を醸し出していた。

 傍に侍るアルベドも、空気を読みながら丁重にやったものだが、あくまでウォン・ライに追従する形で、度が過ぎない程度の加減がなされている。

 彼女にとっての上位者は、ウォン・ライであってラナーではない。その意思が、態度となって表れていた。当然、ラナーはこれをとがめることは出来ないのだ。

 

「では遠慮なく。正直に言いますが、私に見定めるだけの価値を見出してくれたことは、光栄だと思います。――しかし、意外ですね。もっと、上から目線で接されると思っていましたのに」

 

 挨拶と自己紹介を一通り終え、今回の趣旨について確認すると、ラナーはそう言って微笑んでみせた。

 あからさまに、『そうしても良い』と彼女は言ってきている。初見からここまでよくぶっこんで来たものだと思うが、ウォン・ライは緊張を崩さずに、あくまで丁寧な態度のまま、ラナーに接した。

 

「ここまでの過程において、ラナー殿は我々が貴方を下に見ていない、と。そのように思われるのですか?」

「そうではありません。ただ、もう少し高圧的に来られることも、覚悟しておりました。私には抵抗する力がありません。言いなりになるしかないのですから、利用されるだけ利用されて、捨てられることも。考えたくはありませんが、可能ではないのですか?」

 

 どうも、ラナーは互いの関係に疑問をもっているようだ。確かに、信頼を置くためにはそれなりに手順が必要になる。

 ウォン・ライは、まずは言葉でなだめるところから始めた。

 

「なるほど。それは確かに可能です。……しかし、お互いに幸福になれる道があるなら、それを取るべきでしょう。搾取するばかりでは、成長はありません。未来を見据えるならば、ただの一人の人間とて、おろそかに接してよいとは思いません。集団として見るのではなく、個人を見る。そうしてこそ、人間は自らの価値を認め、尊重されているという自覚を持つ。そうではありませんか?」

「肯定します。それは実に素晴らしいことです。……ウォン・ライ様の見解はわかりました。そちらのアルベド様にも、意見をお伺いしたく思いますわ」

「私の意見、ですか。――さて」

 

 アルベドの役割は、そこにいること。女性の部屋に、たとえ老人とは言えど、異性がただ一人で入り込むのは礼を失する。非公式な訪問であるのだから、せめて同性の秘書を共に連れて行き、気休め程度でも安心感を与えるのが配慮と言うものであろう。

 アルベドはただ穏やかに微笑んでいるのみだが、それだけでも何となく場が華やぐ。

 後ろ暗い感情を緩和するくらい、華のある存在でいること。飾りの役割を果たすうえで、まさに彼女は最上の働きをしたと言える。

 この後の発言を除いては、であるが。

 

「せっかくですが、この場においては不要でしょう。どうぞ、お構いなく。ウォン・ライ様とご歓談ください」

「あら。嫌われてしまいましたかしら」

「まさか。ただ私は秘書として、陰に徹するよう、心掛けているのです。個人的におしゃべりに興じたいなら、またの機会に致しましょう」

 

 アルベドに出来るのはそこまでで、積極的に口を出そうとまでは思わない。何より彼女は、ラナーを計ると同時に、ウォン・ライも計っている。彼が如何に接し如何なる結論を出すか。興味深いからこそ、観察に徹しているのだ。

 

「失礼しました。どうか、お許しください。……いつもは、これほど頑なではないのですが、外に出ることが滅多にないものでして。緊張しておるのでしょう。ラナー殿がご不快であれば、詫びさせます」

「いえいえ、お気になさらず。……しかし、この調子では話題が尽きてしまいそうですわね。何か、面白い話があればいいのですけれど」

「では、私からひとつ、よろしいですかな?」

「はい。どうぞ」

 

 ウォン・ライが提案する。ラナーは、笑顔で続きを促した。

 

「仮定の話をします。ただこれは、お互いに理解を深めるための、思考実験と考えていただきたいのです」

「具体的には?」

「もしラナー殿が大金を得た場合、何に使いたいのか。もし権力を得たら、どのようなことをしたいのか。いかなる人物を登用し、いかに使うのか。それをお聞きしたく思います」

 

 ラナーは頭を傾げ、考えるようなそぶりを見せた。ウォン・ライの意図を計るのに一手間。

 そして一呼吸分だけ目を閉じて、ゆっくりと、まぶたを開く。この動作を済ませる間に、考えをまとめて口を開いた。

 

「その問いに、答えることは出来ます」

「ラナー殿は、聡明なお方でありますな。そのうえ、情報通でもあられるのか」

「……狡い人。私の、何もかもを知りたいとおっしゃいますのね? 想い人にすら見せたことのない、私の本性を、理解されたいとお望みになられる」

「はて、そこまで深い問いでありましたでしょうか。私はただ、もしもの話を持ち出したにすぎません」

 

 ウォン・ライにとって、この質問は初戦の牽制に近い問いであった。

 ラナーの交際関係は、調べられる限りのことは調べてある。王女の小遣いの範囲内で、どのような投資を行い、誰に分け与えたかも知っている。

 それでいて、誰からも恨まれる様な搾取を行っていなかったことも、把握していた。だからこその前述の問いである。

 

「誤魔化されませんよ。――資本の使い方は、私が何に価値を見出し、何を優先しているかを表してしまう。権力の振るい方は、私の能力の適性を示すでしょう。法を重視するか、良心を優先するか、あるいは我欲のままに振る舞うか、いずれにせよ人格が出るものです。……人物の登用に至っては、他者の才能を見抜く洞察力が明確になりますし、さらにそれを組織する方法まで述べるとなると、私の器量をそのまま表現することになりましょう。これら全てを語ってしまっては、私は私自身を構成する、おおよその部分をさらけ出してしまうことになります。違いますか?」

 

 ラナーの言い分に、ウォン・ライは理を認めた。才女と言う評判も、こちらの分析も、正しかったことが証明された瞬間である。

 自覚したことを、言葉にする。それを他者にわかりやすく伝えることは、それだけで才と言える。

 利用価値のある存在だと、彼は認めた。その上で、こう答える。

 

「はい、違いません。何分、田舎で生まれ育った者ゆえ、教養も少なく礼法も充分には収めておりませぬ。――無作法、お許しあれ」

 

 ウォン・ライは頭を下げた。この謝罪には、アルベドの方が驚いて、顔色を変えたほどである。

 声を上げるほどの無様はさらさなかったが、アルベドにとって、ウォン・ライが上位者であることは疑いの余地がない。そうした彼が、明らかに弱者であるラナーに対して、丁重な態度で非を認めたのである。

 強者が、弱者に媚びるような。ありえない光景を、目の当たりにしているようだった。

 

「おやめください。……本当に、ひどい人。私がそれほど、与しやすい相手に見えますか。これでも、王国でも屈指の頭脳を持っているという自負はありますのよ?」

「失礼を重ねること、お詫びいたします。どうか、ご寛恕ください。――貴女の賢さ、頭脳の素晴らしさは認めましょう。ですから重ねて、ご無礼をお許しください。……先ほどの問いについて、詳しくお答えいただけますか?」

 

 ウォン・ライは、ラナーの言葉を否定しなかった。ひどい、という部分も、与しやすい、という評価も。

 彼にとって、才気闊達で異能とも言うべき知性を持つ彼女は、厄介な相手とはなりえない。あらゆる意味で『ばけもの』など、人の海で泳いでいれば、嫌でも目に付くものだからだ。

 生前の彼――周大鸞は、親しく付き合った友だけでも三百を超え、直接ねぎらった相手は万に届く。影響を与えた人数ともなれば……間接的なもの(部下の部下、友達の友達、著作に触れた人々など)も含めれば、億という単位にすら及ぶであろう。

 

――見極めはこれからだが……彼女の複雑さは、才気と環境によるものが大きいように思う。一度で見切ることは出来まいが、繰り返せば見えてくることもあるだろう。

 

 彼にとって、ラナー王女はただ才能が希少で、感性も平民とはいささか異なっているというだけの、年相応の少女に見えた。わざわざ思うところを述べて、『わかっているんだぞ』と自己主張するあたりは、微笑ましくさえある。

 現時点で、ウォン・ライの見立てが的確であるかどうかは、さほど重要ではない。大事なのは、よく相手を見ること。対話をあきらめないことだ。

 きちんと関心を持っていると伝え、付き合い続けていく覚悟を見せることが、何よりの楔となる。

 

――あきらかな上位者を前にして、ここまで忌憚なく言葉を尽くせるのだから、やはりただものではあるまいが。

 

 単なる少女は、悪魔的な手段で自室に乗り込んできた偉丈夫に対し、平静では居られまい。不敵に言葉を紡ぎ、気後れせず言い返す。これこそまさに彼女の才気の発露であり、器量の表れとも取れよう。

 まさに規格外の存在であることは認めるが、同時に少女らしい部分も確実に存在するはずである。問いに即答せず、引き延ばしてこちらの対応を吟味するなど、可愛いらしい真似をするのがそれに当たろう。

 人生を人の海に揉まれたウォン・ライは、人を見る目を外さなかった。回数を重ねれば、さらに盤石である。

 結果として、長年の経験が、極まった才能を凌駕する。そうした事例を、現実のものとするのだ。

 

「ウォン・ライ様。……大金を用いる事業。権力を活用して得る、あるいは与える影響と予測される様々な結果について。そもそもの前提として、仕事をするためにどのような人物を引き上げて、頼り、任せるか。ええ、私はその全てを開帳することは出来ますわ」

「情報が有用であるならば、対価は惜しみません。見返りは十分に。ここが投資のしどころだと、わきまえておりますとも」

 

 ウォン・ライは、自らに恥じない行動をしているだけだ。自分だけではなく、モモンガを含めたナザリックの全てを背負っているという自覚がある。だからこそ、常に全力を尽くしているのだ。

 しかし、ラナーにとっては不思議だった。目の前の男が、どうしてここまで下手に出るのか。この世界の一般的な価値観、客観的な視点を持つからこその疑問である。

 

「見返り……? 私への、報酬の用意があるとおっしゃる?」

「はい。なるべく適正な価格で支払いたく思います。価値ある情報には、金銭を支払う。当然のことでしょう」

 

 傲慢に振る舞わないのはわかる。それは優雅ではない。礼として、美しくないからだ。

 だが、自発的に懐の中身を明かす必要はあるまい。与えるのは、搾れるだけ搾ってからでもいいはずだ。

 上位者は下位者の財産を管理し、これを思いのままにする。場合によっては、その身体や命までも。それが力の本質ではないか。

 王国の貴族はそうしてきたし、ラナーも弱肉強食が自然の摂理だと思う。だからこそ、不思議だった。ウォン・ライは、この摂理に反逆しているように見えたから。

 

「金銭、対価ですか。しかし所詮は口先だけのこと。それに投資などと」

「払うに値する。私は、そう考えます。才ある者が、自らの力を証明する。その能力を惜しみなく開帳してくださるのなら、何も与えずに帰ることなどできましょうか。まして、貴方には実権がない。自らの言葉、個人的な魅力だけを頼りにしなくてはならない。今、ラナー殿は全力で、本気で語っておられるのです。ならば、そこに敬意を表すべきでしょう。でなければ、礼を欠いてしまいます」

 

 ウォン・ライは余裕をもって、懐の広さを見せつけたが、対するラナーは、やはり不思議な気分だった。

 言葉にしようとしても、明確な表現が難しい。もやもやした感情など、恋以外にはないと思っていたのに。

 彼女の程の才をもってしても、ありきたりな言葉を口に出すのがせいぜいだった。

 

「敬意に、礼、ですか」

「まさに、礼です。建前は重要です。おろそかにすれば、取り繕う必要さえない相手だとして、軽蔑するも同然ではありませんか。私は、相手が誰であっても、軽蔑などしたくはないのです」

「……尊重するからこその、礼であると。主観的な規範に過ぎませんが、だからこそ、相手に響くもの。ええ、良くわかりました」

「恐縮です、ラナー殿。お互いに分かり合い、尊重したいと、私は思います。そのために必要な事ならば、断固として妥協はいたしません」

 

 理解されている。理解してくれようとしている。そうした確信を得ることが、どれほど快いことか。ラナーは、生まれて初めての経験をしていた。

 ウォン・ライは、これまで表立って評価されてこなかった、己の才を見定めている。前述の問いを、正しく答えられると確信しているのだ。

 そうでなければ、どうしてわざわざ自ら出向き、問おうとするだろう。真摯に向かい合おうとするだろう。ラナーは察しのいい娘であったし、だからこそ推察できる事柄については、正しく分析できたのだ。

 端的に言うならば、彼女は絆されたのである。

 

「この世は、なんと無情な事でしょう。私は、王の娘として生まれてしまいました。女は女らしく、政略の駒になってしまえばいいと。そう言われることもあります」

 

 だから、であろうか。突拍子もなく、こんな言葉まで発してしまう。

 問いへの答えではない。そう思って、詫びようとする直前、ウォン・ライの方から口を開いた。

 

「女性の、女性らしい美しさというものは、確実に存在します。そして、男が政治に参加する女性に対して、嫉視交じりの非難を行うことも、また充分にありうることでしょう。……ですが、才に男女の区別はなく、法の前にはすべてが平等であるべきだと私は思います。まして個人の能力などは、身分性別の違いに左右されず、公平に評価されねばならないでしょう。私が貴女に実務の話題を投げたのは、確かな答えを返してくれると思っての事なのです」

 

 ウォン・ライは、ラナーの他愛のない一言に、真摯に応えた。年上の、分別ある大人が、ただの少女に正面から向かい合って、その能力を認めてくれている。前向きな評価を語ってくれている。

 ただの王女として生きてきた彼女には、新鮮な経験である。恋心とは別の意味で、心が震えるのを彼女は自覚した。

 目の前の老人は、初対面の相手である。自身は、そこまで軽薄な精神を持っていたのか。いやそうではないはずだと、ラナーは己を鼓舞し、言い返した。

 

「正しい答えを期待していらっしゃると? ――的外れな回答があれば、どうなさるのでしょう。私は所詮、世間知らずの王女に過ぎないのですよ?」

「私は、ラナー殿を過小評価しません。過大評価もまた、致しません。ですから、気兼ねなくお答えください。与えられた情報は、貴女の許可なく、私的に運用することはないと明言させていただきます。……適切でない答えがあれば、それもまた後程考慮いたしますが。おそらく、酷い齟齬は生まれないものと確信していますよ」

 

 そしてウォン・ライは、ラナーを一個人として尊重すると明言した。能力に対しては疑問すら抱いていないらしい。

 彼女は、隠しきれない笑みを浮かべた。作り笑いでない、本物の笑顔だった。おそらく、飼い犬以外には、見せたことのない種の笑顔を。

 

「やはり、ウォン・ライ様は、わるいおかたですわ」

「重ねて、非礼を詫びまする。――ご容赦ください」

 

 化け物の様に見られることさえある、自身の才能を正しく把握しながら、決して恐れずに正当に評価してくれている。

 理解される充足感、それを得られるような感覚は、彼女をして生まれて初めてというほかないものであった。

 ラナーは、ウォン・ライを見定めるつもりだった。お互いに、値踏みをし合う関係であるはずだった。だが、どうしたことだろう。

 まるで男性的な魅力を感じていないのに。伴侶としての適性とは別に、異性を求める感覚を、女の性は持っているのだろう。ラナーはうつむいて、こう言った。

 

「……お父様だったら」

「うん?」

 

 すぐに顔をあげて、彼女はしおらしくも語る。そうしたラナーの対応は、おそらく飼い犬ですら見たことはないだろう。

 

「いえ。その。……お父様は、私をそこまで評価しませんでした。国王としてみれば、王女は貴族派閥に対する餌、あるいは外交の一手段としての価値として見るのが第一。娘を慈しむ心がなかったわけではないのでしょうけれども。……私と正面から向かい合って、言葉を尽くそうとは、ついぞなされませんでした。それが、今になって外部の方が、私を認めてくれるという。これは、運命の皮肉と言うべきなのでしょうか?」

 

 気が緩んだのか。あるいは、急展開による思考のエアポケットが、彼女にそうした言葉を選ばせたのか。

 深層の心理の、本人すら自覚しない心の底で。もしかしたら、父性を求める少女の願望が、そうさせたのかもしれない。

 能力は別として、今だ思春期の女の子に過ぎないラナーは、幸運だった。

 繊細な少女の一面を前に出しても、怯まずに受け止めてくれる。そんな強大な父親が、都合よく目の前に存在していたのだから。

 

「ラナー殿」

「はい」

「父親を。国王陛下を、大事になされるがよい。言葉を尽くさぬうちから、あきらめるものではない。私は――」

 

 顔を厳しく引き締めながら、ウォン・ライは、ゆっくりと。噛み含めるように言った。

 

「この場に、ナザリックの代表として。――ラナー王女を、外交の対象に選び、今後の誼を通じるために、参りました」

「……承知しております」

「はい。どうか、父御をないがしろになされぬように。国王としての利用価値はもちろんですが、血縁からは逃げられぬものです。逃げられぬなら、いっそ使い潰すくらいの気持ちでぶつかるがよろしい。本当に娘を愛する父親なら、決して無下にはなさらぬでしょう」

 

 その上で――不満があれば、聞きましょう。そのように、ウォン・ライは応えた。

 他者にすがる前に、子供ならばまず親に甘えよ、と言う。分別ある、立派な大人の言葉であった。当たり前で、ごく自然な常識を語ったに過ぎない。

 だが、それを王女の前で言った人は、彼以外に誰もいなかった。そうした言葉を引き出すような、正直に素の己をさらけ出させる場を整えた者も、ウォン・ライ以外にはいなかった。

 

「頼りにして、よろしいのですね?」

 

 ラナーは、『誰を』頼りにしたいのか。もっとも大事な部分を明らかにせず、ただ問うた。

 

「父親は、娘を愛するもの。母国は、国民を慈しむものです。そうであるべきで、それ以外であってはならない。もし、在り得てはならない結果になってしまったら……お互いに、不幸なことではないかと思います」

 

 ウォン・ライは、父親を頼りにせよと、言外に答えた。

 それに対し、ラナーは視線を背けて言った。

 

「でしたら、きっと私は不幸な娘ですね。――いえ、努力する前から、不幸だと嘆くべきではない。そのように、おっしゃられるのですね」

「ご理解いただき、ありがたく思います。……せめて、機会くらいはお与えください。そうでなくば、不憫と言うものでしょう」

 

 ラナーは、微笑んだ。安心からの笑いであり、あきらめからの笑いでもある。

 ともあれ、前述の問いには答えねばならぬ。彼女はとうとうと語り、必要な事柄は全て答えてみせた。

 人材に関する諸々のこと。内政への批判、外交のまずさについても色々。必要以上のことも、あるいは漏らしてしまったかもしれないが――もはや、形振りを構っている場合ではない。

 

「聞けば聞くほど、なるほどと思います。……いや、王国にも人材はいるものですな」

「見るべきものは少ないですが、確かに利用価値はあります。殺して排除するよりは、生かして使った方がいい駒は、これくらいでしょうか」

「わかりました。ならば、それらの人材は慎重に取り扱いましょう。間違っても殺さぬよう、部下に徹底させます。――次に、こちらから提供する資本についてですが」

「今はまだ不要です。時期尚早ですし、私としても失敗はしたくありません。……時機を見て、そちらの都合に合わせることにいたしますわ」

 

 二人の語りは長くなった。時間的な工作すら必要になったが、その甲斐はあったと言えよう。

 隠ぺいも含めて、アルベドが担当した。聞くべきことは聞き、判断の材料はすでにそろっている。ならば仕事の補助に回るのも、己の務めであろうと考えたのだ。

 ウォン・ライは、そうしたアルベドの対応を当然のように享受した。ねぎらうのは後でよい。

 

「一応の見解は述べましたが、最重要人物は、私の兄である第二王子、そしてレエブン候です。最悪、その他は代替できますので。――ああ、重ねて申し上げますが、クライムは私のですからね。何かの間違いでも、危害を加えてもらっては困ります。この点は、特に考慮していただけるものと、信じていますわ」

「了解しました、ラナー殿。……お疲れさまでした。ナザリックは、貴女の身分を保証します。以後の支援も、私の権限の範囲で行いましょう。それくらいの価値はあると、判断しました」

 

 ウォン・ライの最大の権限と言えば、すなわちモモンガへの直言を意味する。

 モモンガが彼の申し出を拒否することは、ありえない(不利益なことはそもそも意見しない)ので、この段階に至れば、実質全ての要求を受け入れることと同義である。

 とは言っても、ウォン・ライの目は厳しい。権限の範囲と一口に言っても、その内容は幅広く。まして書面にすらしない口約束では、多少ケチっても文句を言われる筋などない。

 

「ただし、先行投資として、です。無条件に負債を引き受けるわけではないと、ご理解ください」

「わかっております。はしたない真似は致しません。――失いたくない人脈ですもの。無茶を押し付けるつもりなど、毛頭ありませんわ」

 

 ラナーは、心を許し始めていた。嘘の自分を見せる必要はなく、正直なありのままの己を見せることが、彼に対する礼儀である。そのように、ウォン・ライの人柄を理解していた。彼女の規格外と言える才能は、早くも最善の行動をとるように自らを動かしている。

 ウォン・ライは心を許すに値する人物であり、値以上の利益をもたらしてくれる存在だ。素のままの態度で多くを得られるなら、取りつくろったり、躊躇することに意味などない。

 こうした懐の深い人物に対しては、遊び心も湧いてしまう。節度を守りさえすれば、それを許してくれることも。これまでの会話から、すでに彼女は覚っていた。

 

「こちらからも、一つよろしいでしょうか」

「私にできることであれば、なんなりと」

「貴方がたが、これから王国で行うであろう工作について。詳細を明かしてくれれば、こちらで助力も出来るかもしれません。これでも、少しは動かせる戦力もありますし、無駄にはならないと思いますが、いかが?」

「……私の一存では、決められぬことです。後程、話し合うということで、よろしいですかな」

 

 よしなに。ラナーはそう答えた。

 ウォン・ライは、彼女の価値を認めた。

 ならば、後は詳細をつめるだけだった。こうして、ナザリックは恐るべき才能の持ち主を、手駒として加えることができたのである。

 実働の前に、確かな協力者を得ること。その信用と信頼を確かなものにすることは、以後の仕事をやりやすいものとする。

 あらゆる意味でも、この会合はナザリックに利すること、多大であった。それは、事後に報告を受けたモモンガも、確かに認めるところであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツアレニーニャ誘拐、その報は、モモンガに即座にもたらされた。

 彼女の保護を約束した身であるから、当然奪還にも意欲的になる。だがそれ以上に、犯人である王国の犯罪組織――八本指とも呼ばれるそれに対して、モモンガはひどい嫌悪感を抱いていた。

 

――ナザリックのメンツにかかわる事態だ。座視するわけにもいかん。まあ、自分から意趣返しに行くほどの、大事ではないだろうが。

 

 所用で出ていたウォン・ライらも、事が明らかになる頃にはナザリックに帰還しており、防備に不安はない。攻勢に出るための部隊編成は、アルベドに任せている。

 一気呵成に攻め立てて、主導権を得るのが目的である以上、セバスだけでは手が足りぬ。八本指を全て制圧するには、手数と速度が非常に重要だった。

 

 モモンガ自身はと言えば、冒険者のモモン名義に名指しの依頼を受けている。報酬の大きさから、無視するにはあまりに惜しいものであるため、彼自身はこちらに注力せねばならない。

 こちらも八本指関連の依頼であるから、モモンとしての姿で関わるならば、それも良いかと考えている。

 何より、デミウルゴスの仕込みが効いてくる頃合いだ。機会としても、ここで出向いたついでに消化できるなら、それが一番いいだろう。

 

「王国の民には痛みを我慢してもらうことになるが、まあ、八本指を摘出する大手術だと思えば、うん。何より名声を得る手っ取り早い手段であるし。――結果的に、利益を還元するなら、そこまで悪いことにはならない……かな?」

 

 感情的に、『なんか悪い気がするなぁ』という程度の感覚は、モモンガにもあるのだが。それでも上手く行った場合の利益を考えれば、この選択を放棄するつもりはまったくなかった。

 モモンとしての旅装を整え、ナザリックを出る。その心中に、不安はない。むしろ、これからの大仕事に対して、やりがいすら感じていた。

 

「こうなると、リジンカンに自由行動を許したのは早計だったか? いや、下手に押さえつければ持ち味を殺すことになりかねんし、あれはあれで良いんだろうが」

 

 それはそれとして、引っ掛かる部分がないではない。リジンカンは、自由な男である。そうした人物が、首輪もなしに出歩いている。

 彼が何か起こしたとして……さて。現状、何か不都合があるだろうか。あるとしても、押し通すしかないと、モモンガは覚悟を決めていた。

 

――デミウルゴスの計略に関して、どこまで的確に対応できるかが問題だ。王国で騒ぎを起こすことは聞いているが、結局……『最初は強く当たって、後は流れで』なんて結果になるのは目に見えている。不確定要素が多い現状、アドリブを効かせるしかないだろう。

 

 モモンガは、事前にデミウルゴスから報告を受けていた。王国を掌握するための、一段階目と言われれば、あえて拒否する理由もない。

 彼が言うには、本来ならば粛々と進めるべきことだが、ウォン・ライが必ず報告すべきだと主張したから、改めて申し出たのだと言う。

 

――『ヤルダバオト』の戦いに、都合よく乱入するまでの段取りは決まっている。その後の対応については……アレだ。それっぽい英雄ロールプレイで、どうにかするか。

 

 話を聞けば、なるほどと納得できるものではあるが。突発的に、ぶっつけ本番となっていたら、動揺を隠せなかったかもしれない。外部の人間たちに、不自然な態度を見せたかもしれない。

 そうと思えば、ウォン・ライの気遣いの細やかさに、感謝することしきりであった。何かしらの形で、お返しをしなくてはいけないと、モモンガは思う。

 これからの仕事について、彼は緊張や不安を最低限のレベルにまで抑え込めていた。それこそがまさに、ウォン・ライの最大の功績であるというべきであろう――。

 

 

 

 

 

 

 

 時はいくらか巻き戻る。

 リジンカンは、自由を許されたので、本当に自由に動くことにした。酒場を適当に飲み歩きながら、ちょっとした遊び心を満足させようと思い、動いたのである。

 具体的には、セバスの元を訪れていた。ちょうど、ツアレニーニャ誘拐が発覚し、モモンガへの報告を終え、これから八本指の拠点に突撃しようとする段階。

 まさに間際に、リジンカンはセバスと出会ったのである。

 

「ようセバス。屋敷を出るとは、今急ぎか?」

「はい。――非礼をお許しください」

「いいんだ。俺とお前の仲だ。そうだろう? ――厄介ごとなら、力になれるかもしれん。俺に、出来ることはあるか?」

 

 セバスは少し考えようとしたが、悩む時間さえ惜しいことに気付く。

 

「ついてきて、くださいますか?」

「荒事なら、存分に力になろう。女関係なら、どうだろうな。童貞の説法など、滑稽なだけであろうし――」

「急ぎます」

 

 セバスは、リジンカンに背を向けて走り去った。本来、礼儀正しい彼にあるまじき態度であったろう。

 

「そいつは悪かった。――俺も行こう」

 

 だが、リジンカン相手には、それで正解である。彼は、相手にとって本当に大事なことを尊重する。セバスの『助けたい』という想いを、リジンカンは無下には出来ぬ。無礼があったとしても、それだけ気を許してくれていると思えば、悪い気はしないものだ。

 事前情報は何もなかったが、後を追えば目的地につくであろう。そう思い、ただセバスに追従して進む。

 そうして、暗い路地の中を進む二人。目的の建物を前にして、緊張がなかったとは言わないが――思わぬ相手と遭遇したことで、リジンカンは気を引き締めた。

 

「おや、これは奇遇ですね。御二方は、この辺りに何かご用事でも?」

「セバス様……いえ、用事と言えば用事なのですが。あの建物に襲撃をかけるつもりで、ここまでやってきた次第です」

「ほう。それはまた、実に奇遇ですね。我々もまた、あそこに用があるのですよ」

 

 セバスの知り合いであるらしい。一人は少年。もう一人は、それなりに成熟した戦士であった。

 リジンカンにとっては初対面の相手であるが、別段邪険にする理由もない。セバスの知人であれば、相応の態度を取るべきだろう。

 

「俺の名は――フェイ・ダオ。セバスの友人だ。こいつほど頑強じゃあないが、そこそこ剣を使える。この場に来たのも、荒事の手伝いの為でね」

 

 リジンカンは、冒険者名義のフェイ・ダオという名を名乗った。

 それに対し、反応したのは少年の方ではなく、戦士らしい男の方だった。

 

「そこそこ、か。俺と比べたら、どっちが『使える』方だと思う?」

「あんたの方が、『上手い』だろう。俺は我流だし、そこまで体系だった剣術は持ってない。ただ、速さだけを追求する剣だから、あまり見栄えはよくないだろうよ」

 

 男は名乗りすらせずに絡んできたが、別段リジンカンは気にしなかった。

 もとより、他人の無礼など気にも留めない、鷹揚な人格であるからして。

 

「名乗るのが遅れたな。俺は、ブレイン・アングラウス。こっちの少年はクライムという。よろしく頼む」

「クライムです。――どうぞ、よろしく」

 

 こちらこそよろしく、とリジンカンは軽く応えた。重苦しい雰囲気は好きではないし、敵陣への突入を前に、後ろ向きな感情は見せたくない。

 時間は貴重だが、それ以上に協力者の存在は希少だ。いくらかの時間を使って、お互いの協調を図る価値はある。セバスもそれは同意見であるらしく、顔を見合わせると、うなずいて答えた。

 

「セバス様、我々は目的を同じくしていると、そう思ってよいのでしょうか」

「考え方次第です。あそこの無法者どもに敵対する、という意味では、確かに目的は同じと言えるのでしょうが」

「ならば! ……申し上げます。どうか、我々にも協力させていただきたく思います」

 

 ここで、自ら協力する――と申し出るのが、クライムと言う少年の性格だった。

 決して、そちらが協力しろ――と言うような、貴族らしい傲慢さとは無縁の人物である。それがわかるから、心あるものは、誰もが少年に好意を持つのだ。

 セバスも、ブレインも、そしてリジンカンも同様である。

 

「願ってもない。そうだろ? セバス」

「……ご迷惑でなければ、お願いいたします」

 

 リジンカンは、笑って受け入れた。

 セバスもまた、あえて拒否はしなかった。彼は善人だから、他者の好意を、無下にできる男ではないのだ。

 

「迷惑などと。先日の恩を返す、良い機会です」

「ならば早速、お互いに情報と目的の共有をしようじゃないか。いいだろ、セバス」

「……ええ、そうですね。そうしましょう」

 

 セバスは、さらわれた女性を確保することが目的であり、クライムらは八本指の拠点を潰すのが目的である。

 そして、敵の勢力を削り、王国の秩序を回復するという目論見に関しても、ナザリックに不利益をもたらす訳ではないから、受け入れるのは容易いことである。

 

「充分です。では参りましょうか、クライム君」

「はい。これより突入します。そちらも、お気をつけください」

 

 話し合うべきことは話し合い、共有すべき情報はお互いに交換した。ならば、後は行動するのみである。

 ブレインという男は、リジンカンをずっと警戒していたようで、視線を終始そらさなかった。不思議には思うが、今は仕事をこなすことを優先すべきだろう。

 

――まあ、後で個人的に聞けばいいさ。

 

 酒をおごるくらいの甲斐性は、リジンカンも持ち合わせている。外界の人間を知己に持つのも悪くはなかろうと、彼は軽く考えていた。

 実際には、ブレインからはかなり重い事情を吐き出されることになるのだが、それは後の話である。

 ツアレニーニャの確保。まずは、それに注力すべきであった。

 

 

 

 

 

 

 リジンカンは、セバスと共に突入した。クライムらとは別行動である。

 二人で敵の目を引き付け、クライムらが人質の救出を行うという手筈だった。

 結果的にツアレニーニャが解放されるなら、自ら救うことに固執することはないと、セバスは考えている。

 

「来たか。――お供がいるとは聞いていないが、まあいい。一人くらい、誤差ってもんだろ」

 

 わざわざ羊皮紙に書き残し、場所を指定していたくらいだから、案内役は当然いる。

 それに従って、館の中を進むセバスとリジンカン。たどり着いた先に待っているのは、さて、何であるのか。願わくば、退屈を紛らわすものであってくれと、リジンカンは思う。

 

 たどり着いたのは、広場であった。そこには、明らかにこちらに敵意を抱いている者たちがいた。

 リジンカンは、数を数えようとはしなかった。そうするに値しない者たちであると、なんとなく察しがついたからである。

 

「セバス。俺に手伝えることはあるか?」

「いえ……ああ、そうですね。周囲を警戒してください。私が雑事を片している間、もしツアレを見かけたら、教えてくださいますか」

「わかった。――さして手助けにはなれんようだ。すまん」

「いえいえ、付いてきてくれて、私は嬉しかったですよ」

 

 セバスとリジンカンは、まるで緊張感を感じない口調で、そう言った。

 周囲から見れば、ひどく気に障る光景であったに違いない。

 

「……おじいさん、貴方、なかなか強いんだって?」

 

 軽装の女が語り掛けてきた。腰にある三日月刀を見れば、彼女が剣士であることはわかる。

 

「おい、呼ばれているぞ、セバス」

「はい。有無を言わさず屠るのは、流石に非礼でありましょうか。――どこのどなたかは存じませぬが、私が強いと言えば、そうですね。貴方がたよりは、確かに強いと言えるでしょう」

 

 セバスの言い方に、女は気を悪くしたのだろう。強い口調で応えた。

 

「状況分かってんのアンタ。多勢に無勢、それにこっちは精兵をそろえてる。……ちょっとはしおらしくしてもいいんじゃない?」

 

 女の言葉には、よどみがない。本気でそうだと、信じている声だった。

 

「セバス」

「はい」

「……女が哀れだ。こいつだけは、助けてやれんか」

「無駄に抵抗しなければ、あるいは。――なるべく、考慮は致します」

「充分だとも。……無知とは、恐ろしいな。早く、あいつらに現実を教えてやってくれ。見るに耐えん」

 

 女は激怒したが、彼女は結局、名乗ることすらできなかった。

 セバスの一撃によって、昏倒させられたからだ。

 

「――これで、よろしいでしょう」

「ああ、完璧な仕事ぶりだ。警戒はやっておくから、適当に殴り倒してやればいい」

 

 これ以上、深く語る必要はあるまい。

 ただ事実を述べるならば、この場で命を長らえたのは、彼女ただ一人であったということ、それだけであった。

 

 

 

 

 雑事を済ませた二人は、ツアレニーニャの捜索に入った。これには別段、何の妨害も入らなかったので、すぐに見つかった。後はクライムたちの仕事が終われば、全てが丸く収まる。

 

「セバス。お前はその子を連れて、先に戻ると良い。後は俺がやっておく」

「……よろしいのですか?」

「よろしいも何も、それが目的だったろう? クライムとかの連中と協力するのは、本来ならば余分なことだ。余分なことは、働き者の友人に任せてくれればいい」

「働き者、ですか。……貴方には、少し、似合わないような気がしますが」

「俺のことはいい。助けた女性について、もっと気にかけてやれ。じゃあ、な」

 

 リジンカンは、さっさと踵を返して、クライムたちを探しに行く。彼の耳には、戦闘音がわずかに聞こえていた。これをたどれば、行きつくであろう。

 セバスは、背を向ける彼に一礼して、ツアレニーニャをその腕に抱き、この場を離れた。

 

「――せっかく、ここまで手間をかけたんだ。幸せにしてやるんだぜ」

 

 誰に聞かれるとも思っていないから、リジンカンは適当につぶやいた。

 俺にはできぬことだ、と自嘲しながら。

 

「さぁて、俺は俺の仕事をするか」

 

 駆ければ、一分と掛からぬであろう。そして一旦心を決めれば、行動は早い。

 たちまちのうちに、リジンカンはクライムらの元にたどり着いた。戦闘の最中であったのは予想通りであったが、一方は一区切りがついたところであるらしい。

 

「よう、クライム少年。そっちも一戦したようだが、片付いたようだな」

「フェイ・ダオ様、ご無事でしたか。セバス様は?」

「目的は果たした。人質は救出済みで、あいつが送っていったよ。だから心配はいらんが――さて、残っているのはアレか」

 

 リジンカンは、クライムの安全を確認すると、もう一方。ブレインとその相手の方に目をやった。

 唐突に乱入してきた彼に気を取られたのか、彼らは手を止めて距離を取っていた。仕切り直す態勢になったのだが、これではどちらが優位に戦っていたのかわからない。

 

「ブレインどの、手助けは必要かな?」

「茶化すな。――いや、そうだな。俺も少々、飽きてきたところだ。代わってくれるならありがたいが」

 

 ブレインは、リジンカンの軽口に軽口で返した。彼が戦っていたのは、巨漢の武闘家である。

 ブレインとて負けるつもりは全くないが、圧倒するほど力の差がある相手でもない。ゆずって楽ができるなら、それでもいいかと思っている。

 

「なら、そうさせてもらおう。いや、ここにきてほとんど仕事が出来なかったものだからな。セバスに協力できなかった分、ここで埋め合わせをしておきたい所だ」

 

 リジンカンは、彼らの間に割り込んで、ブレインから戦いの相手を譲り受けた。

 そして、向かい合って言う。

 

「俺の名は――フェイ・ダオと言う。偽名と言うか、通称みたいなもんだが、まあ許してくれ。……お前さんの名も、一応聞いておこうか」

「いきなり割り込んできて、言う言葉がソレとは、ふざけているのか。……おい。広場にいた、俺の部下どもはどうした?」

 

 リジンカンは、鼻で笑った。名を聞いたにもかかわらず、男は答えなかったのだ。

 もとより、礼節など不要の場である。こいつは容赦しなくていい相手だと、リジンカンは判断した。

 

「セバスの奴が殴り倒したよ。みんな地べたを舐めているから、援軍は期待しないことだな」

「……馬鹿な。そこそこ腕が立つ程度の老人など、容易く殺せる戦力は備えていたはずだ!」

「馬鹿はお前だ。敵を知らず己を知らず、これでは勝てるはずがない。――どうせ、これまでの勝ちにおごって、まともに相手を見なかったんだろう? そら、納得できないなら相手をしてやる。かかってこい」

 

 リジンカンは、名も知らぬ男をあおった。さっさと終わらせたくなったから、そうした。

 この挑発に、男は乗った。そして、自らの行動の報いを受けることになるのだ。

 

「ぬかしたな。後悔するぞ。この『闘鬼』ゼロを敵に回したことを――」

「かかってこいと、俺は言った」

 

 直後、飛刀が男の喉に突き刺さり、突き抜けていった。背後の柱に突き立って、そっけない乾いた音が響く。

 男はもちろんだが、傍で見ていたブレイン、クライムらも――彼がどうやって飛刀を取り出し、投げつけたか。その瞬間を認識することすらできなかった。

 

「ア……?」

「だから言ったんだ。――馬鹿め」

 

 男は、自分の身に何が起きたのか、きちんと認識することは出来なかったろう。

 ただ、不思議そうに喉に手をやり、血に染まった手のひらを確認する間もなく崩れ落ちる。

 

「しまった。もう仕事が終わってしまったぞ。――せっかくの暇つぶしのタネだったのに。いや、長々とグダグダやるのも、それはそれで時間の浪費というものか」

 

 リジンカンは思わず天を仰いだが、覆水盆に返らず。

 玩具も壊してしまえばそれまで。セバスは帰したし、どうしたものか――と思ったところで、外野がはやし立てる。

 

「見えなかった。一体、どうやって――」

「投げたのはわかる。結果もそうだ。だが……わからない。俺は、目を離さなかった。なのに、あいつが小刀を手に取り、投げつける動作すら認識できなかったんだ。嫌になるぜ、どいつもこいつも、俺の自信を打ち砕きにきやがる」

 

 クライムとブレインの声が、リジンカンの耳に入った。

 何だ、暇つぶしのタネは傍にあったじゃないかと、彼はようやく気付く。

 

「こんなことで驚いてくれるなよ。俺はただ、飛刀を取り出して投げただけだ。別段、特別なことはしていないはずだが?」

「……いっちゃあ何だがね。王国内で、今のアレを見切れる奴はいないと思うぞ。俺が保証する」

 

 ブレインはそう言ってくれるが、リジンカンは本当に何でもないことの様に言う。

 

「そうか。まあ、どうでもいいな。――で、これからどうする。俺の方は暇が出来たから、そちらにまだ仕事が残っているなら、手伝ってもいいが」

「……生き残りの捕縛や館の探索は、こちらで兵を呼びますから、もう人手は十分です。手伝ってもらうとしたら……どうしましょうか」

「無理にとは言わんさ。やることがないなら、酒でも飲んで帰るだけだ」

 

 クライムは頭を悩ませたが、とりあえず必要がないならそれはそれでいい。リジンカンはそのまま立ち去るつもりでいたが、そこをブレインが引き止める。

 

「フェイ・ダオ。それなら、俺に付き合ってくれるか? あんたの剣に興味がわいたんだ」

「おお、いいぞブレイン。とりあえず、ここから出よう。建物の中で剣を振り回すより、屋外の方が気分がいいだろう」

 

 人目を忍ぶという考えは、リジンカンにはなかった。だから喜んでブレインの申し出を受けて外に出たのだが――。

 

「なんだ、あれは。炎の……壁?」

「壮観だな。いや、外に誘った甲斐があるというものだ」

 

 リジンカンは暢気に語ったが、ブレインの方が気が気でない。クライムも異常に気付いて、対策を練る必要に迫られた。こうなると、剣を交えるとか親交を深めるとかの話はどこかへ飛んでいく。

 

「我々は、いったん撤退し、上の判断を仰がねばなりません。フェイ・ダオ様は、いかがなさいますか」

「そうよなあ……。自由行動を許されている身であるし、お前さんらに付き合ってみるさ。自分勝手に付きまとうだけだから、報酬はいらんぞ。――それから、俺のことはフェイでいい」

「はい、フェイ様。……行きましょう」

 

 そうして、クライムらは王城へと帰還していった。リジンカンがそれについていったのは、ただの気まぐれにすぎない。

 だがこの行為が――あるいは、好意とでも言うべきものが、いかなる結果を生むのか。それはモモンガは元より、ウォン・ライすら予測できぬことである――。

 

 




 リザードマンとの共同声明の具体的な内容については、帝国との外交の際に公開しようかと思います。
 実際、ナザリックが王国との間にまともな国交を成立させられるかどうか、まだちょっと想像がつかないので。

 色々と考えながら執筆を続けていますが、何かしら突っ込みどころがあれば、遠慮なくご指摘ください。

 では、次の投稿まで、しばしのお別れです。
 よろしければ、感想などいただければ、ありがたく思います。





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