ナザリックの赤鬼   作:西次

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 読者の皆様方にお詫びいたします。
 投稿が遅れたのは、ひとえに筆者の怠慢が原因です。申し訳ございません。

 どんなに遅くなっても、私がこの物語を投げ出すことはないと、それだけは明言させてください。





第十七章 棍棒外交・後編

 模擬戦までの準備期間、リジンカンは飲んで過ごせばいいし、コキュートスは努力を尽くせばいい。

 モモンガも息抜きを兼ねて冒険者家業をしているが、ウォン・ライは仕事の時間である。

 期間もいくらか延長して、丸三日間もリザードマンとの詰めの協議が行われ、最終的な合意がなされた。

 

「では、これで最終合意とみなしてよいかね?」

「……うむ、問題ない。リザードマンの族長として認めよう。ここに、模擬戦に関する合意は、全て締結されたものと判断する。一応、当日の開始前に再度条項を読み上げるが、ここに至って問題は起こらぬだろう」

 

 二人は十分話し合っていた。少なくとも、シャースーリューはそう思っていたし、まさか当日になって反故にされるとも思えなかった。

 連日のやり取りの中で、それくらいには、ウォン・ライのことを信頼するようになったともいえる。

 

「スケルトンの一体とも戦ったが、確認しておく。あれが標準と考えて間違いないな?」

「はい。あれと同格のスケルトンを30体、戦場に送り出すことになっています。この点に間違いはないと確約いたします」

「――もし、違反したとみなされた場合。この話はなかったことにさせてもらう。そうだな……例えば、アレが本当に一体だけ混ざっていて、他は高レベルのスケルトンになっているとか、そうした不正があればナザリックの誠意を疑わねばならない。もちろん、装備だけ桁違いに高品質にする、と言うのもなしだぞ」

「わかっております。私は、主命を受けてここにおります。ゆえに、そのような稚拙な詐術は用いません。我がナザリックの名誉にかかわることです。そのためにこの条件について――お互いに読める言語で表記し、記録として残しておくのですから」

 

 再確認は念入りに行われた。

 

1.リザードマンが10人、ナザリック側が30体のアンデッドによる模擬戦を行う。

2.30体のアンデッドは全て同格のものを用意し、過剰な重装備は行わない。

3.上記の戦力以外は用いない。もし断りなく追加した場合は、模擬戦を中止する。

4.どちらかが全滅するか、敗北を認めるまで続行する。戦意を失った相手への追撃を禁じる。

5.戦後は被害確認と負傷者の治癒に当たり、休息の時間を作る。

6.死者がいた場合は葬儀を行う。これはナザリック側も協力して、互いを尊重した形で行う。

7.反省会を行い、ナザリック側が多大な被害をもたらした場合は、被害の補填を保証する。

8.すべての作業が終了した後、リザードマンとナザリックの間で友好関係を樹立する。

9.具体的な共同声明は協議の後に発表する。共同声明は周辺部族にも通知して周知させる。

10.お互いに納得するまで話し合うことを確約する。

11.協議が終了し、お互いが同意するまで、共同声明を発表してはならない。

 

 

 要約して記せば、以上の項目となる。この時点で、リザードマンに対して対等な扱いをするつもりがないことがわかるだろう。

 だいたい一方的に、ナザリック側が配慮する内容になっているのだが、シャースーリューはこれを当然のことと考え、他種族から、他部族から見てどう映るかなど考えていない。ウォン・ライの話術の妙であろう。この程度の配慮は当たり前だと、話の流れで持って行ったのだ。

 

――後日。他国との外交の際、ナザリックがリザードマンに対し、いかに国交を築いたか。この世界の者たちは、研究するだろう。

 

 その時のために過程を明らかにして、公開しておくのは有用だ。他国が今回のナザリックの外交を理解した際、どのように解釈するのか。実に興味深いではないか。舐められるか、慎重さを評価するか。いずれにせよ、外交官としての話のタネにはなるだろう。

 

 ちなみに、これ以前の話し合いも文章として保管され、共同声明と同等の扱いとなる。――要するに、望めば誰でも閲覧できると言うことだ。

 個人的な思惑を別にしても、過去の成果をきちんと残しておくことは、外交において重要なことである。いかに話し合い、いかに決めたのか。後世の人々が参考にするためにも、これは必要なことだとウォン・ライは思っている。

 細々な規定は他にもあるが、些事と言ってよい。モモンガに報告する際は省いてよかろう。

 

――交流を通じて、リザードマンの現状は把握した。鞭も飴も適度にやれるだろう。

 

 被害の補填は最初から行うつもりなので、すでに見積もりは行っている。

 威圧が過ぎれば恐怖を生む。恐怖が過ぎれば反抗を生む。程よい畏怖に留めて管理するには、恩恵も同時に与えねばならない。

 友好という言葉はあくまでも名目、お互いの差を理解させ、わきまえさせて初めて成果と言える。

 

――悟られぬ程度には、援助の上乗せをしてもいい。こちらの援助がいかに大きく、離れがたいものか。理解した頃には、全てが終わっているよう。調整するのも、この分では難しくあるまい。

 

 名目とはいえ、本気で友好的な態度で接しておかねば、容易く見破られるもの。哀れみも優越感も、決して表に出してはならない。主従の鎖をつけるのは、今しばらく様子を見てからになろうか。

 勘所は、これまでの交流でおおよその部分はつかめた。後は現場で接しながら修正していけば、大きな失敗はしない自信がすでにある。

 過程はどうあれ、リザードマンは屈服の上に畏敬させ、支配の口実を仕立て上げねばならぬと、ウォン・ライは思い定めていた。

 

「模擬戦の開始は明後日だ。それまでは準備を整え、英気を養わせよう。俺たちの方はこれで問題ない」

「我々としても、問題はありません。当日を楽しみにしております」

 

 シャースーリューは気負いもなく、いたって自然体であった。ウォン・ライも、それに応えるように朗らかだった。お互いにリラックスして話し合えたと、満足するほどに。

 緊張感はすでにない。意識の差はあったとしても、峠は越したと、両者は理解しているのだ。

 

「時間が出来た分、暇になるな。まあ、これまでのいきさつを考えれば、これくらいの休養は当然だろうが」

「シャースーリュー殿にとっては、外交など、慣れぬことであったでしょう。心中お察しいたします」

「からかってくれるなよ? 膝を突き合わせて、それなりの時間を共に過ごしたのだ。ちょっとは気を許してくれてもいいだろうに」

「あいにくと、そこまで気を抜くわけにはまいりません。油断して無礼を働けば、ナザリックの誠意が疑われます。何より……」

 

 主命でございますれば、とウォン・ライは一礼して答えた。

 この際、ウォン・ライはリザードマン種自体にも、シャースーリューやザリュースに対しても、悪感情や優越感は微塵も感じていない――ことになっている。

 

 感情の引き出しを数多く持つのが、優れた交渉人の特徴である。共感も理解も、相手の立場をおもんぱかって、はじめて成立する。思いやりが優越感に変わっては元も子もない。見下すような視線に、案外ヒトは敏感なのだ。

 

――悲しいかな、気を許すほどの仲になるには、世代をいくらか隔たねばなるまい。

 

 そして、優しさは弱者に強く働きかける感情であると、わきまえねばならない。

 友情は、対等の相手にこそ成立する。ウォン・ライは、彼らに対する思いやりの情を持つことは出来ても、心からの友情を築くつもりは全くなかった(口先では友情を語ることもあろうが)。過ぎた庇護や博愛は、格下の相手にするものであろう。

 とはいえ、援助物資に関しては、必要な時に必要なものだけ、水準を満たす程度に提供するのが重要だ。行き過ぎれば警戒され、及ばなければ恨まれる。まこと、ヒトの感情ほど複雑なものはない。

 

「そもそも、あなたほどの強者が、俺たちとの友好を望むというのも妙な話だがな」

「そうは申されましても、私どもの強さ、というものを、まだ見せてはおりません」

「見ればわかる強さもある。学識、雰囲気、立ち居振る舞い。洗練されていればいるほど、無学な者には大きく見えるものだ」

 

 単なる世辞ではない。シャースーリューの言葉には、羨望も含まれていた。自身には決して習得できない礼法、その貫録と教養の確かさは、自然な身振りにこそ現れる。当たり前のようににじみ出るウォン・ライの品位は、彼の劣等感を刺激したらしい。

 

「私自身に優れた部分があったとしても、それは私一人の力ではありません。周囲の助け、良き環境があってこそです」

「それはわかる。だが、俺たちには、俺には、そうした機会がなかった。もちろん、最初は師事もしたが……超えてしまえば、自分だけで自分を磨かねばならなかった。先達のいない中、自身の強さを追求することは、思いのほか厳しかったよ」

「お察しします」

「……いや! 結構だ。余計な話をしてしまったな、所詮は愚痴に過ぎんというのに」

「であればこそ、放ってもおけません。リザードマンは、これからのナザリックにとって、盟友となるかもしれない相手。その族長が悩んでいるのであれば、相談に乗るのも私の職務です」

 

 職務、とウォン・ライは言った。同情ではない。仕事にかかわりがあるからこそ、干渉するのだと主張する。決して同情ではないのだと、強調するように。

 盟友と、生涯の友人は、違うものである。盟を誓う同胞はいくら居てもいいが、刎頸の交わり(その友の為ならば首を刎ねられても悔いはない、という間柄)を交わすなら、今生においてはモモンガだけでいい。それが正しいのだと、ウォン・ライは思う。

 

「悩みを言えば、応えてくれるのかな?」

「――主命の範囲内であれば。今回は、友好が目的です。物質的な支援はまた別の話として、口頭での受け答えなら、いくらでも応えられます」

「あくまでも個人的な話だ。種族の長としての話ではないから、そう堅苦しくとらえなくてもいいが」

「ならば、ウォン・ライが個人として、盟友たるリザードマンに答えましょう。何なりと、ご相談ください」

 

 こういう言い方をすれば、相手も受け入れやすい。メンツを立ててこその名目である。

 ウォン・ライは、感情の厄介な面を痛いほど理解していた。実感として知っているから、利用もまた容易い。

 

「やはりやめておこう。心惹かれるが、そうした馴れ合いは戦いの後にした方がいい」

「なるほど、戦いの後であれば、馴れ合いは拒まぬと。言質は取りましたゆえ、後で反故にされては困りますぞ?」

 

 ウォン・ライは、微笑んで言った。老紳士の穏やかな態度は、大きな度量を相手に感じさせる。まさしく、中国的大人らしい雰囲気がそこにあった。

 こうした言い方をされれば、シャースーリューの方もあえて拒むことはできぬ。苦笑して受け入れた。

 

「手厳しいな。いちいち指摘されるほど、俺は交渉下手か?」

「なんの。シャースーリュー殿は、まだ若うございます。何より、厳しく指摘するのは、それだけ見込みがあるからですよ」

「若い、か。長老どもから言われたときは、いくらかの侮蔑が感じられたものだが、貴方の場合は本当に真心から言ってくれているとわかる。……格の違い、というやつかな。まったく、たまらんよ」

「心配も過ぎれば、相手にとって負担となる。悪気があってのことではありますまい。私が格別なのではなく、格の違いを理解できるほど、貴方自身が成長したのだと、そう捉えるべきでしょう」

「――なるほど、そういう見方もある、か。いや、きっとそれが正しいのだろう」

 

 あれこれと言葉の隅をつつかれては、気分を害するのがふつうである。

 だが、ウォン・ライは度々フォローするように、嫌味なく励ましてくるものだから、シャースーリューも毒気が抜かれるようだった。

 

「若者の成長は、年寄りにとっては何よりの楽しみです。多少うるさく言いたくなるのは、己のような失敗や苦労をさせたくないという、老婆心から来るもので、決して悪気はないのですよ。……若者がこれを理解するのは、難しいかもしれませんが」

「そうでもないさ。ウォン・ライ殿のように言葉を尽くしてくれたなら、俺にだって理解はできる。誰だって、それは変わらんだろうさ」

 

 何より、耳に入る言葉、『声』がいい。温かみがあって、それでいて威厳のある声だ。鬼種の大きな姿と合わせてみれば、遠い記憶にある父の姿を、思い出すようであった。

 本気で交流を考えてもいいかもしれないと、そう本心から思うようにもなっている。

 明後日の模擬戦の結果がどうあれ、リザードマンはナザリックに対し、友好関係を持つことになるのだろう。

 未来の形が、少しずつ見えてくるようであった。もちろん、見ているモノの違いはあるだろうが――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リジンカンとコキュートスは、模擬戦の段取りを検討していた。当然のように、ウォン・ライからも情報は共有しているので、そこに齟齬はないはずだった。

 

「と、いうわけで難儀な話になった訳だが」

「何ガ難儀ナノダ? 普通ニ戦ッテ勝チニ行ケバイイ。ソウデハナイカ?」

 

 たった30体とはいえ、運用しようと思えば方法はいくつもある。それを検討するために話し合うのだが、まずは前提を整理せねばなるまい。

 

「そうでもない。今回、俺たちに求められているのは、そこそこの勝利。あるいは惜敗だ。圧倒的な勝利は求められていない」

「ドウシテ、ソウナル? ナザリックノ初戦ダゾ。快勝シテシカルベキデハナイカ」

 

 コキュートスは、その点を疑っていない。戦う以上は全力で勝つべき。それ以外の道があろうかという。

 しかし、リジンカンは知恵者らしく理屈をこねる。親父殿の意図はこうだ、と言わんばかりに。

 

「具体的な話をしようか。俺たちが模擬戦で圧勝……つまり、ほぼ無傷で相手を皆殺しにしたとする」

「フム、最善ノ結果ダナ」

「そうでもない。――この世界の常識というか、まあ、なんだ。普通、同胞を一方的に蹂躙した相手とは関わり合いになりたくない、と思うのが人情というものだろう。負けさせるにしても、一矢は報いたような気分にさせてやりたいな」

 

 事前に話し合いを行って、納得ずくでの戦いのはず――とコキュートスは主張したが、リジンカンは困ったように苦笑して、説いた。

 負けず嫌いはそうそう降参しないし、戦士は誇り高いものだ。死ぬまで戦い続けるような手合いばかりでは、皆殺しという結果もなくはない。被害が皆無とはなるまいから、多少なりとも相手をおもんぱかってやりたいと思うのだ。

 

「感情は、理屈じゃない。嫌なものを嫌と感じるのに、たいした理由はいらんよ。仲間を殺した相手と友情を築くのは、きっと大層難しいことじゃないのかね?」

「……ウム。理屈ハワカッタ」

 

 どこか、皮肉っぽい言葉の響きである。ともあれ、ならばどうすべきか、コキュートスにはわからない。

 そして、彼が悩むような問題に、助言をするのがリジンカンの仕事である。

 

「手加減ガデキヌ、トハ言ワヌガ……。自ラ刃ヲ振ルウナラ、ヤリヨウハアロウ。ダガ指揮ニ専念セネバナラヌ状況デ、ホドホドノ線ヲ見極メル自信ナドナイゾ?」

「その為の俺だ。まあ聞け。親父殿がペテンにかけてくれたおかげで、こっちは多少有利な状況で戦える」

「……ドウイウコトダ」

「親父殿は、嘘をつかずに相手をだましたってことだよ。スケルトンは30体もいる。すべての装備を軽装でまとめることもないだろう。リザードマンに見せたのは、曲剣と小盾を装備した一体のみ。残りの29体の編成について、考えてみようじゃないか」

 

 シャースーリューたちは、軽装のスケルトンしか知らない。あまり過剰な重装備は反則と見なされかねないから、そこはどうにかやりくりするべきだろう。

 

「まず、軽装を主体とするのは確定だな。一番数が多い奴をサンプルにした、といえば名目もたつ」

「スルト……ソウダナ。軽装歩兵12体、長槍兵10体、弓兵8体。コレクライガ妥当カ?」

「重装でなければ問題ないだろうから、木製の大盾を持たせた奴を守備に置くのはどうだ? 上手に運用すれば、弓兵を守れる」

「イヤ、大盾で動キノ鈍ッタ兵ハ、全体ノ行動ヲ阻害シカネン。……ソウダ、騎兵ヲ使ウトイウノハドウカ。低レベルノ、スケルトン・ライダーが居タハズダ」

「うーん、難しいかもしれんが。まあ、騎兵は馬と兵で二体分の枠にすれば、容認してくれるかな」

 

 一度考えがまとまれば、案は次々出てくるものである。二人はアレコレ話し合いながら、結論へと向かっていく。

 

「とりあえずアレだ。軽装歩兵10体、長槍兵8体、弓兵6体、騎兵3体(骸骨馬と騎乗するスケルトンで6体と計算)。これで一度、闘技場で何度か試合でもやってみよう」

「ワカッタ。リジンカンハ、状況ニ応ジテ助言ヲ頼ム」

「軍師としての初仕事だな。まあ、いくさは準備が一番大事とも言うし、大いに励んでやるとしよう。……その分、本番ではサボるかもしれんが許せよ」

「口ノ減ラン男ダ。トニカク、仕事ヲシロ。後ノコトハ、後ノコトダ」

 

 話はついた、と考えるべきだった。とすれば、次は実践して結果を吟味し、反省と改善を続ければよい。

 時間が許すまで、コキュートスとリジンカンの二人はこれに集中した。

 あまりに集中し過ぎていた為か、模擬戦の直前まで試行錯誤していたのである。それこそ、当日の挨拶に出るまで、ぎりぎりの線を模索し続けていた。勤勉というほかない。もっとも、そのおかげで指揮も練度も、最低限の線までは整えられた。

 

――さて、万事上首尾に終われば言うことはないが。親父殿の計算を狂わせても、良いことは何もあるまいよ。

 

 ところで、コキュートスは肝心な部分について聞き逃していた。惜敗が許されて、惨敗が許されない理由について。

 それはある種おぞましい理由がついて回るのだが、幸運なことに彼は気づかずに済んだのである。これだけは上手く誤魔化せたな、とリジンカンはひそかに安堵した。

 

――リザードマンの連中を追い込んで、負傷の度合いから正確な戦闘力を計るのはもちろんだが、惨敗して死体が手に入らないのは、ひどくまずい。資源としての有用性を調べるなら、これは絶対に確保しておきたいものだ。正規の手段で、疑われることなく持ってこれるなら、その方がいいのは違いないからな。

 

 リジンカンは、人知れず肩をすくめることで、親父殿の残酷さを実感する。

 あの人は、これをわかった上で慈悲深い態度を崩さず、当人に対して誠実そのものの振る舞いで接することができるのだ。

 『悪を隠して善を揚げ、その両端を執って、その中を民に用ゆる』――中庸の行いとは、中間をとることではない。極端な方法であってもためらわず、状況に応じた最善の手段を取ることを言う。個人によって解釈に違いはあるが、リジンカンはそう解釈している。

 善を愛し悪を憎むのは人の性だが、最も良い手段が悪性を含まないとは限らない。そして悪性を含む手段が、善なる結果を呼び込むこともあるだろう。

 

 陽中に陰あり。陰中に陽あり。まさにこの世は複雑である。リジンカンは酒が欲しくなったが、これから大仕事が控えていると思えば、それもはばかられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 模擬戦当日。モモンガは自らあいさつに出向くのが筋だろう、と主張したが、ウォン・ライが『ことが終わってからでよいでしょう』と論じたため断念した。 

 上役はもったいぶることも職務のうちである。もっともらしく、絶妙なタイミングで姿を現すのも大事な役目だ。リザードマンたちの心を折る、という意味でも重要である。

 だから、決戦の場には彼は居ない。ナザリック勢は外交官ウォン・ライと主将たるコキュートス、それに軍師役のリジンカンとスケルトン兵30体。付け加えるなら、クレマンティーヌがおまけのようにくっついていた。彼女の武装は解いているため、平服である。

 外見は、小奇麗で洒落た町娘と言っても通るほどだ。とはいえ、流石にリザードマンたちは場違いな人間の雌を目にして首をかしげたが、あえて問わなかった。戦いを前に、余計なことに気を回す余裕はないのである。

 

 さて、対してリザードマンはシャースーリューはもちろんとして、この日のために集った精兵10名。それが全てである。

 族長自身が10名の中に入ることを危惧していたが、そうした事態にはならなかったのは喜ぶべきだ。

 しかし、養殖漁業の責任者たるザリュースが入っているのは、どうしたことか。彼は欠くべからざる要人ではないのか。

 

「どうしても、と言われては、弟の申し出を断るのは難しい。肉親のたっての願いだ。無下にするのは心苦しくてな」

「――なるほど」

 

 ウォン・ライとシャースーリューは、模擬戦前の打ち合わせを行っている。戦力についてはお互いに問題ないと確認した。戦士七名、狩人の弓兵三名。ザリュースが中に入っていることを予測できなかったのは、ウォン・ライの落ち度というべきか。

 シャースーリューの方を見やれば、いくらか微妙な面持ちで頭をかいていたが、少なくとも表面上は不満を出していない。

 二体分計算とはいえ、騎兵はやりすぎだったかもしれないと、今さらのように思う。こちらも多少の無理を押しているのだ。相手をとがめることはできない。

 空気を変えるために、さしあたっては、当たり障りのない世間話から。

 

「わかります。弟の懇願というものは、兄としてはやりづらいものですからな」

「わかってくれるか」

「もちろんです。私も、弟のわがままには色々と振り回されました。暴力で上から押さえつける方法もあるのでしょうが、私の肌には合いませんでした。なので言葉と態度だけで示してやったものですが、案外そちらの方が堪えるようです」

 

 言い聞かせても聞き入れないときは、外界の厳しい現実を突き付けてやったものだと、ウォン・ライは述べた。暴力こそ振るわないが、叱る時は常に道理を説き、徳を説く。

 怒りの感情は、時に不条理であり非合理である。それを幼い頃から知っていた彼は、自身のそれを抑え、相手に感情の是非を自覚させることがいかに大切か、よく理解していた。

 

「厳しさも、優しさであると。それを理解できる身内には、遠慮するべきではないでしょう。当人がその愚かしさに気づいていない場合なら、なおさらです」

「……少し、意外だな。ウォン・ライ殿は身内に甘いと思っていたが」

「本人を駄目にするほど甘やかしはしません。人は、怖くない相手の言うことは聞かないものです。真剣さのない曖昧な態度には、誰も誠実さを認めません」

 

 ただし、厳しくした後はたくさん褒めて、自信を与えてあげること。出来れば一緒に遊んであげて、愛情を示すこと。これだけは、忘れてはいけないとウォン・ライは力強く言った。

 

「根源にあるのは、愛です。叱り方も褒め方も、相手を思いやって行わねばならない。肉親であればこそ、真摯に向かい合って、成長させてやらねばならないのです。ましてや感情のままに怒ったり、明らかな失態など弟に見せるべきではないでしょう。長者としての風格、上に立つ者としての見本となること。――それが長兄の義務であり、責任というものであります」

 

 自身の過去を思い返すように、ごく当たり前のように自然な口調で言うものだから、シャースーリューの方が面食らった。

 

「それが長兄の義務というなら、辛いな。俺とて、兄としての気負いを感じぬわけではないが……そこまで厳しい姿勢は持ったことがない。正直、頭が下がる思いだ」

「気負いを自覚しているなら、充分と言えましょう。大丈夫です。ザリュース殿は、貴方の苦労を理解しておりますし、何より貴方の期待に応えようとしている。それで、いいではありませんか」

 

 ウォン・ライは、この件を良い話でまとめるつもりだった。

 そのついでに、リジンカンらのある種アコギな振る舞いを誤魔化すつもりである。目論見は成功したようで、模擬戦の始まりまで、お互いに悪い空気にはならずに済んだ。

 

 

 

 

 

 

 模擬戦の直前、お互いに顔を見せあい、改めて協議した内容を確認する。

 といっても、リザードマン側はともかく、ナザリック側から挨拶が出来るのは、ウォン・ライの他にコキュートスとリジンカンがいるのみであったが。

 コキュートスの外見は、他種族を威圧するのに十分なものであったが、傍のリジンカンの軽薄な態度が、それをいくらか和らげていた。ユーモアの通じる相手であれば、過剰な緊張もほぐれるというのもの。

 

「コキュートス、ト言ウ。今日ハ、スケルトン共ノ指揮官トシテ参加スル。ヨロシクタノム」

「俺はリジンカンだ。今回は助言役として来ている。……硬くならず、気楽に行こうじゃないか」

 

 クレマンティーヌもリジンカンの側にいるのだが、視線を背けたまま口を開かなかった。

 シャースーリューは、これを無視できる立場ではないので、一応は問いたださねばならない。

 

「族長のシャースーリューだ。……それで、そこの彼女は?」

「クレマンティーヌという。色々と気難しい女性だが、気にしないでやってくれ。彼女は見ての通り人間だが、ナザリックでは一定の地位にある。――俺たちは、種族の差異で差別しない。その証明と、彼女自身の勉強のために連れて来たわけだ。壁の花にするのももったいないから、後で負傷者の救護でもさせようか」

「……ちょっと、勘弁してよ」

 

 『リジンカンの持ち物』という立場は、一定の地位と言ってよいものか。

 とはいえ、この図々しい主張をあえて否定する声はなかった。肩書のない人間種など、今のナザリックでは餌にしかならぬのだから。

 シャースーリューは、そうした事情など分からぬが、リジンカンの言葉は素直に受け止めた。武装していない人間に対してまで、警戒するのも馬鹿らしい。

 

「この度は、模擬戦のためにナザリックからよくぞ来られた。――我々の戦士たちについて紹介してやりたいが、彼らは気持ちが高ぶっているようでな。……代表者に挨拶をさせよう」

 

 正確には、よそ者に対する不信感と困惑から、前に出ることを拒否しているのであろう。そうした様子が見て取れたから、ウォン・ライもリジンカンも苦笑するだけだった。

 コキュートスは、最初からそうした者どもを相手にしようとも思わない。だが、挨拶に来た代表者に対しては、興味を持ったように視線を向けてみせた。

 

「俺の名はザリュースだ。模擬戦での部隊長を任せられている。……公式の場の作法など分からぬから、無作法があっても許してほしい」

「いいとも。気楽に、と俺は言ったしな。――よろしく」

「ヨロシク、タノム」

 

 無造作に歩み寄って、リジンカンはザリュースと握手してみせた。こうした態度が友好的に見えるのは、こちらの世界でも同じらしい。この瞬間だけ、場の雰囲気が和らいだ気がした。

 

「非礼はお互い様だ。だろ? ……ザリュースか。確か、魚の養殖の責任者と聞いた」

「そうだ。つたない作りだが、生け簀を管理している。今回の報酬に、その手の技術も含まれているのだが」

「ああわかっているとも。その点は問題ない。このリジンカンが請け負おう」

 

 お前が請け負う前に、すでに話は決まっているのだと、ウォン・ライは横から口をはさみたくなったが、抑えた。

 今の主役は模擬戦の参加者である。後方で待機している者は、黙っている場面だった。

 

「しかし、生け簀の管理人が死んでは問題だな。……もしもの時は、蘇生させることを考えるべきか?」

「そうしてくれ。いや、俺も弟が志願したときは同じ危惧を抱いたものだが、そちらも同感なら話が早い」

 

 ザリュースの方が答える前に、シャースーリューが口を出した。失言とも言えぬ言葉だが、被害の拡大を防ぐためなら、これくらいの反撃をする気骨のある男である。

 

「兄者……」

「言うな。お前は目の前のことに集中しろ」

 

 ザリュースとしても、兄の言葉を否定するわけにもいかぬ。自分だけが特別扱いとは。不本意ではあったが、沈黙を守った。

 

「ではそうしよう。コキュートス、いいな?」

「……マア、イイダロウ。模擬戦ノ件ハ、最後マデ我々ニ決定権ガ託サレテイル。今後ノ展開ニ差シ障ル可能性モアルナラ、否トハ言ウマイ」

「そこは単純に快諾しておけ。俺が確認を取ったということは、そういうことだぞ?」

「ワカッタ。……ワカッタカラ、ソノ意味アリゲナ、胡散臭イ笑ミハヤメロ」

「いやいや、俺は嬉しいとも。物分かりのいい友人をもって、俺は幸せだ。今は敵でも明日には味方になるのだし、身内同士は仲良くするものだ。そのために出来ることを、俺は惜しむつもりはないからな」

 

 リザードマン兄弟の葛藤など、どうでもいいとばかりに軽い口調。ナザリック側にとって、この程度の案など取るに足らぬこと。

 そもそもこの二人は、すでにザリュースらを殺す算段を付けたうえで、戦いの展開次第では蘇らせることも決めている。よって、このやり取りも戯れの余興でしかなかった。

 それはそれとして、事務的な手続きも進めなくては始まらない。お互いに、必要事項を述べて確認する。

 

「今一度、模擬戦の参加者と、勝敗の判定、その後の流れまで確認しておきたい」

「イイダロウ」

 

 勝敗の判定も戦後の打ち合わせも、すでに最終的な合意を得ていた内容を読み返すだけなので、これは問題なく終わった。いよいよ、開始である。

 

「ではこれより、模擬戦を行う。準備はよろしいか!」

 

 お互いに距離を取り、合図を待つ。ウォン・ライが戦場の外から、響く様な声で言った。

 二呼吸ほどの間を置き、号令。

 

「……開始ッ!」

 

 開戦の鐘が鳴らされる。声以上に響いたそれは、まさにリザードマンの森を戦場に変え、これから墓場にも変えるであろう。

 その始まりの合図が、ここに放たれたのである――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初撃は順当に、射撃によって行われた。

 リザードマンたちは、日常的に狩猟を行う狩人の部隊から選抜し、3人もの射手を加えている。その射撃の勢いは、雨のように――とはいかずとも、まばらな雹の様にスケルトンどもを打ち据えた。

 

「前進!」

 

 コキュートスの声が響き渡り、兵はゆっくりと前に進んでいく。指示通りに動くことを躾けられたアンデッドどもは、余計なことはしない。歩けと言われれば、応戦の直前まで進み続ける。

 前衛の軽装歩兵は、小盾を構えて矢に備えていた。降りそそぐ矢を受け止めるには頼りないが、いくらかは弾けるし、そもそもスケルトンに通常の矢は利きが悪い。

 小走りに迫ってくるスケルトンどもを、リザードマンの前衛は受け止めざるを得なかった。そして、骨の弓兵が弓に矢をつがえる。

 

「射ヨ!」

 

 対して、リザードマンたちは8体分の弓兵の射撃を、いちいち防がねばならない。弓矢は共通のものを使っているから、その点では優劣はないのだが、骨と生身との間には比べようもない差が存在する。

 スケルトンは、射手として狩人ほどの熟練しているとは言えぬが、無視できるほど弱い射撃でもない。戦士たちは手練れ揃いであるにしても、無傷でしのげるのはザリュースくらいのものだ。

 

「恐れるな! 祖霊の加護を信じろ!」

 

 ザリュースの怒号に、リザードマンたちが奮起する。そして応戦。肉薄して殴り合えば、体の強靭さに差がある以上、リザードマンの方に分がある。

 だがそれも、一対一でまともに打ち合えば、の話。スケルトンの軽装歩兵が、リザードマンたちと接触する直前、その背後から長槍が伸びてくる――。

 

「同士討ちを恐れぬか!」

 

 身体の構造上、スケルトンに刺突攻撃は有効打になりにくい。訓練が行き届いていれば、骨の隙間から攻撃を通すことすらできよう。

 だからといって、味方を巻き込む恐れのある攻撃を、躊躇わずに繰り出せるとは思わなかったが。

 軽装のスケルトンと戦いながら、合間に繰り出される長槍の刺突をかいくぐるのは、なかなか面倒なことである。ザリュースはこれも完璧にしのいだが、他の前衛が少しずつ負傷し、押されていく。

 一刺しでは深刻な傷にはならずとも――二度三度と、かすり傷を増やしていけば、体力は削がれ気力も萎えていく。

 まだまだ戦意は衰えていないし、リザードマンの射手たちも懸命に撃ち返してくれてはいるが、数の差はいかんともしがたい。

 

「正面バカリニ、気ヲ取ラレテ良イノカ?」

「いかん!」

 

 外野で見守っているシャースーリューが、思わず声をあげる。戦いに集中している彼らに、聞こえるわけはない。だが、視界の外から迫るものを確認できたとすれば、同様に声をあげたであろう。

 

「数は少ないが、犠牲者なしでしのぐのは難しいぞ?」

 

 さて、どうする? と、リジンカンは暢気につぶやいた。軍師役であるはずだが、もう完全に観客気分だった。

 

「――来るか、ええい!」

 

 ともあれ騎兵突撃である。ザリュースも騎兵を目にした時から、いずれこうした機会はやってくるものと、覚悟していた。絶望的というほどではないが、戦力としては脅威である。早急な対応が求められた。

 三体のスケルトン・ライダーが、交戦中のリザードマンたちの横っ腹を食い破ろうと迫りくる。

 骨だけとはいえ、突撃の速度と重量は侮れない。防がれずに直撃すれば、リザードマンの戦士を肉塊にするには充分であったろう。

 

「そこは退け! 俺がやる!」

 

 ザリュースが対応できたのは、単純に余裕のある者が彼だけであったこと。

 実戦経験が豊富であり、戦場においても視界を広く持ち続けていたこと。

 なにより、隊長の地位を任された、責任感によるものが大きかった。兄の信認を裏切るわけにはいかぬ、という気負いが、彼に無茶を選択させた。

 

氷結爆散(アイシー・バースト)

 

 馬蹄の響きに気づいたリザードマンたちだが、うっとおしい軽装歩兵と、長槍兵の連携に対応しながら、間近に迫るスケルトン・ライダーの面倒までは見られない。

 ザリュースは強引に割り込んで、突入する先頭の騎乗兵に全力の一撃を叩き込んだ。

 

「ほう!」

 

 その瞬間をとらえたリジンカンは、思わず感嘆の声をあげた。

 冷気の奔流が、騎乗兵を襲った。その勢いに飲み込まれ、先頭の一体が馬ごと崩壊。残り二体も勢いを殺されて離脱。結果として突撃は失敗した。

 氷結爆散と呼ばれる――その大技は、日に三度しか使えない。しかし、一度で危機を切り抜けたのだから、後二度はしのげる計算になる。

 もっとも、ナザリック側はそんな事情など知らない。だから、ザリュース個人の技量か武器の特殊効果ととらえ、警戒を強めた。

 

「仲間のためにわが身を犠牲にする覚悟がなければ、失敗していたろう。いや、なかなかに思い切りがいいな! ――魅せてくれる」

「……くだらないね。自分の命より大切なものがあるもんか」

 

 観戦していたクレマンティーヌが、吐き捨てるように言う。しかし、これにはリジンカンがたしなめた。

 わかっていないな、と前置きをして上で言う。

 

「ああいう姿勢が、人望を生む。身を挺して仲間を守る精神が、群れでの発言力を強めるものだ。――子供がいれば、そうした資産を相続することもできる。あの人の子供だから、という言葉は、案外説得力があるものさ」

 

 自身の命より優先すべきものがある。そうした姿勢が生むものを、リジンカンは決して軽視しない。自分がそうであるからこそ、なおさらに。

 ザリュースが家庭を持つことがあれば、後世においても、今日の戦の活躍が意味を持つことになろう。

 もっとも、事態は二人の思惑とは全く別に、進んでいく。闘争は激しさを増しながら、終結へと向かっていった。

 

 

 

 氷結爆散(アイシー・バースト)を使い切ると同時に、最後の騎兵が倒れた。いや、倒させたというべきか。ザリュースの消耗を狙って、騎兵との一対一を強要する指揮を行ったため、彼も適当にいなすことは出来なかったのだ。

 これで、リザードマンたちは騎兵突撃を恐れずに済むようにはなった。だが、言ってしまえばそれだけの話で、数の不利はまだ健在。ザリュースらはすっかり劣勢へと追い込まれている。

 

「何人動ける! 戦える奴は声を挙げろ!」

 

 叫び声をあげた者は、六人。四人はすでに血だまりに伏した。手当どころか、生死の確認すら難しい。

 何しろスケルトンの射手はまだ多数が健在であり、こちらは前衛を削って騎兵と十名ばかりの歩兵を落としただけ。攻め続けなければジリ貧であることは明らかだが、このままでは勝利は難しい。

 

――いや、勝つ必要もないのか。しかし勝つつもりのない戦い方では、惜敗すらつかめないだろう。

 

 ザリュースはそう思う。相手になめられぬだけの力を示し、リザードマンの地位を確かなものにする。ここで攻め手を緩めれば、より悲惨な未来が待っていることだろう。

 ナザリックという、見知らぬ勢力に従属させられない程度に、せめてある程度は対等な関係を作るために、ここで命を張るべきなのだ。結果として敗死しようとも、意地を見せられればそれで良いのではないか。

 

「戦え! 命ある限り! 我らの戦いに群れの存亡がかかっているぞ!」

 

 戦いの果ての死であれば、いかなる結果であれ、祖霊も納得されるであろう――と、ザリュースは考える。そうでなければ、我らの生にも、死にも、意味などなかったことになる。

 無為な死など認められない。フロスト・ペインを握りしめ、スケルトンどもへと立ち向かう。

 

 結論から言えば、コキュートスの采配は、指揮としては拙いものであったといえよう。時折はさまれるリジンカンの助言も、模擬戦においてはそこまで大きな影響は与えなかった。

 ザリュースらの奮闘はそれから最後まで続き、傷を負った仲間を支え、倒れた者の盾となりながら、リザードマンは勝利を勝ち取った。

 スケルトンらは全て砕け散り、残っていたのはザリュースただ一人。それも立っているのがやっとという有様で、全身の傷は即時の治療を要するほどであった。

 倒れた戦士たちのうち、重傷者が六名。そして戦死者が三名。

 シャースーリューは仲間の死を確かめると、目を伏せて悲しんだ。長としては、遺族への保証も考えねばならないだろう。

 今後のことを考えれば、ウォン・ライとて思うところはある。同情とて、ないとは言えぬ。

 

――それを含めて、これからの話し合いが大事になる。さて、おおよそは思惑通りだが。

 

 事前の話し合いを参照してみればわかるだろうが、勝者を優遇するような条件は含まれていない。

 模擬戦に勝ったからと言って、ナザリック側はそれを理由に手加減してやる義務はないということだ。

 

――もっとも、あからさまに指摘するつもりはない。勝利は勝利。それは尊重する。尊重した上で、こちらも下風に立つつもりはないのだ。

 

 一種悲壮感さえ漂う現状で、ウォン・ライは冷徹に思考を展開させていた。彼の仕事は、これから始まるといってよい。

 もっとも、それはリジンカンとて同じことでもあるのだが――。

 

 

 

 

 

 

 治癒できるものは治癒し、死んだ者はひとまず遺体を清めて安置している。

 葬儀への段取りもつけねばならないが、まずはお互いに反省会を行わねばならぬ。主要な面々――シャースーリュー、コキュートス、リジンカン。そしてウォン・ライの四人が集って、腰を下ろした。

 何気にクレマンティーヌも、リジンカンの傍の樹木に体を預けており、話を聞く態勢になっていたのだが――。

 

「クレマンティーヌ、ちょっと治療の手伝いに行ってやれ。応急処置くらいなら、心得はあるだろう」

「ええ? 本気で? ……どうしてもって言うんなら、仕方ないけど。貸し一つだからね」

「わかったわかった。さ、行ってこい」

 

 クレマンティーヌの返答に苦笑しながら、リジンカンは頭を外交用に切り替えた。他種族である人間が、手当てを行うのだ。異邦人を受け入れるタイミングとしても、こちらのスタンスを知らせるうえでも、これが最善の方法であると考える。

 

 反省会の会場は、地べたに薄い敷物を敷いただけの、粗末な席である。だが、おろそかにはできぬと、ナザリック側の三名は気合を入れている。

 ただ一人、リザードマン側の権益を代表するシャースーリューも、同様の緊張を持っているに違いなかった。

 

「負傷者は確認しましたが、すぐ周囲の被害状況も確かめたいと思います。よろしいですかな?」

「異論はない。始めてくれ」

 

 ウォン・ライの言葉に、シャースーリューが同意する形で、話は始まった。

 流れ矢や斬り合い、踏み荒らした湿原への破壊行為など、環境への被害は最低限であることが確認された。これは、自然に放っておけば回復するであろう。

 

「指揮した甲斐があった、というものだ。そうだろう? コキュートス」

「……マア、ソウダナ。全ク気ニシナカッタ訳デハナイ、カ」

 

 追記として、わざわざ環境への被害まで考えて立ち回っていた、とリジンカンはうそぶいた。

 そこまで気を回していたのか怪しいものだ、とシャースーリューは指摘したかったが、自分から空気を悪くすることもないだろうと思い、反論はしなかった。

 

「環境への被害はともかくとして、ナザリック側の被害は、スケルトンの全滅。ただし、これは考慮しなくて結構です」

「貴方の言葉をそのままに受け取るなら……我らが被害を補填する必要はない、ということだな?」

「もちろん、この件についてリザードマンを非難することはないと、確約いたしましょう。このウォン・ライの名に懸けて」

 

 ウォン・ライは、シャースーリューを真正面から見据えて答えた。胡坐をかいているが、声にも動作にも偽りは感じられない。

 真摯な態度を正しく受け取れるくらいには、シャースーリューも誠実に向き合っていた。信じよう、と短く答えを返す。

 

「では、問題はこちら側への損害の補填だな? どの程度保証してくれるか、改めて明言してほしい」

「まずは、死者に対する盛大な葬儀を約束します。リザードマンの共同墓地に、一回り大きな墓標の用意を。それから、奮闘をたたえる弔辞を石碑に刻んで寄贈いたしましょう」

「――ありがたい。ただ、一つ提案がある」

「何でしょう」

 

 シャースーリューが提案するという。ウォン・ライは、拝聴する姿勢で向き合った。

 

「ザリュースが生き残ったことは、知っているだろう。事前に彼の蘇生の保証をもらったことも、覚えていると思う」

「はい、確かに」

 

 ザリュースは今、治療を受けている。ウォン・ライが自ら手を施せば、即座の復帰も可能であったろう。

 だが同族による治療を望んだため、ここでの話し合いに参加することは出来なかった。時間はかかるだろうが、それはそれで本人の選択というものだ。

 

「この際だ。そちらの太っ腹な態度に期待したい。彼が生き残ったことで、蘇生の保証は浮いた形になった。……死者のうち、一人を無償で生き返らせることを承知してもらいたい」

「シャースーリュー殿、それとこれは、まったく別の話では?」

「そちらの好意を無駄にしたくない、という話だ。先ほどの保証の話をあいつが知れば、ザリュースは自分が死ぬべきだったと、そう思い悩むことになるかもしれん。自害するほどではなかろうが――今後の業務に支障が出るかもしれん。勝者であり最後まで生き残った、名誉ある戦士への敬意として、どうかお願いしたい」

 

 シャースーリューは、決死の覚悟でものを言っている。眼光と視線の真剣さで、ウォン・ライにはそれがわかる。

 

「あいつの命は、並みの戦士の三人分の価値はある。本当は、三人分の蘇生を要求したいところだが、そちらの顔も立てねばならんからな。一人の蘇生で妥協しようじゃないか」

「最後ニ立ッテイタノハ、ソチラノ代表ダ。勝者ノ要求トイウノデアレバ、考慮ニ値スルガ……」

「まあ、そこまで堅苦しく考えずとも、あちらさんの要望だ。素通しでいいんじゃないか?」

 

 吹っ掛けている自覚は、本人にもあるのだろう。シャースーリューは自覚していないだろうが、額に脂汗がにじんでいる。

 それでもコキュートスとリジンカンは、異論はないらしい。これに対し、ウォン・ライは和やかに、微笑んで返した。

 

「わかりました。そうしましょう。……人選はそちらが?」

「ああ、そこの、そうだ。左側の……彼を頼む。彼は、狩猟班の狩人だからな。戦士階級の奴らとは違って、無理を言って参加してもらったんだ。せめて蘇生させてやって、報いてやらねば言い訳できん」

 

 シャースーリューが指さした遺体については、これで処遇が確定した。

 逆に言えば、残り二体については、ナザリックが葬儀に関わる形で自由に扱えるわけである。

 

「ならば、残り二名の葬儀について、話し合いましょう。先ほどの墓標と弔辞は前提の確認です。具体的な手順について、決めておかねばなりません」

「ああ、葬儀は共同で行うんだったな。そちらのスケルトンはどう弔えばいい?」

「残骸はこちらで処分しておきますので、お気になさらず。――そちらもお疲れでしょうし、お任せください。差しさわりがなければ、おおよその葬儀の段取りも、こちらで済ませておきましょう」

 

 ウォン・ライは、事務的な口調で言った。あまりにもあっさりと言ったので、シャースーリューの方も流されそうになってしまった。

 だが、思い直す。リザードマンは生身の仲間が亡くなった。だがナザリックは使い捨ての駒が壊れただけで、人的被害など皆無というべき。雑な扱いから、それが読み取れる。

 ならば、もっとこの理不尽に対して、怒るべきではないのか。

 

「……ありがたい話だが。いや、それは困るな。遺族を無視して勝手にすすめられては、しこりが残るだろう」

「もちろんです。あくまで、我々はお手伝い。ですから、明日は遺族も立ち合いの上で葬儀を行いましょう。ただし、今夜は遺体を我々にお預けいただきたい」

「それはあまりにも、無体な扱いではないか。我らの反感を買いたいわけではあるまい」

「ご懸念はごもっとも。ただ、以前より我々の文化には、理解を示していただけたはずです」

 

 どういうことだ、そんな覚えはない――と、シャースーリューは抗議した。

 ウォン・ライは、厳かな表情のまま、穏やかに指摘する。

 

「『死者がいた場合は葬儀を行う。これはナザリック側も協力して、互いを尊重した形で行う』――事前に確認したことです」

「つまりは、我々の意見も尊重してくれるのだろう? ならば」

「はい。お互いに尊重をする。……先ほど、私はシャースーリュー殿の立場を鑑みて、一歩譲りました。一つ譲った以上は、一つ譲ってもらう。そうしてこそ、対等の関係、尊重し合う関係が生まれるのではないですか?」

 

 シャースーリューは、言葉に詰まった。言われてみればそうである。しかし、と食い下がることは出来ようが、この老獪な紳士にそこまで強く出る気にはなれなかった。

 譲り合うという言葉は、思ったより大きなものだ。正面から否定するのが、はばかられるほどに。――これを覆しては、どこでしっぺ返しが来るかわからないのだから。

 

「誤解なきよう申し上げますが、遺体は一晩預かるだけです。改めて体を清めたのち、お返しすることを約束します」

 

 そこで、ウォン・ライが一歩引く。丁重に扱うから許してほしいと言われれば、拒むのは難しく思えた。

 

「……何のために、我らの仲間の遺体を持っていくんだ? あなた方にとって、価値あるものではないだろう」

「価値のあるものです。これは、明言しておきます。リザードマンの遺体、それも戦って死んだ『勇者の遺体』は貴重です」

 

 リザードマンの戦士らは、普通の人間と比べて肉体的に強靭であり、『色々な意味』で価値がありそうだった。

 ウォン・ライはまったくの本心から、彼らの存在が重要であると主張した。粗略には扱わぬと、念を押して言う。

 

「我らの霊廟に招待し、その魂と肉体に敬意を払い、一夜だけ『歓待』するのです。その価値があると、私は思います。立派に戦った強者を丁重に扱い、安らぎの死を約束する。それが、ナザリックの流儀にございます」

「……そうか。敬意を表してくれるか。あなた方が遺体を連れて行くのは、そうするためだというのなら、わかった。理解を示そう。お互いに譲り合ってこその友好だ。そうだな?」

「はい。まさにそうでしょう」

 

 シャースーリューは、納得した。

 ウォン・ライは、同意を得た。

 リザードマンは、戦死者二人の遺体を一晩だけ、ナザリックに預けることになる。

 その結果について、彼らから追求されることはないだろう。ウォン・ライはそれを許すほど甘くはないし、『歓待役』を務めることになっているデミウルゴスも、行為を悟らせるほど愚かではない。

 

「親父殿」

「リジンカン、後にしてくれ」

 

 ウォン・ライは、リジンカンが何を言うかはわかっていた。彼の皮肉に癒されている暇はない。一言で切り捨てて、シャースーリューと向かい合う。

 ……ウォン・ライは、確かに敬意を表すといったし、丁重に扱うとも言った。だが、決して遺体に触れないとは言っていないし、おぞましい実験に使わない、とも言っていない。

 言葉の意味は一つしかないとしても、解釈の仕方は色々ある。尊敬の気持ちをもって遺体を弄ぶことも、残酷な行為のために丁重に取り扱うことも、決して矛盾する概念ではないのだ。

 ――そのはずだと、ウォン・ライは心の中で繰り返し思い直した。そうせねばならぬくらいには、良心の呵責を感じているらしい。何をいまさら、と割り切れば済む話であると言うのに。

 

「……ともあれ、共同声明の協議については、一晩置いてからのことにいたしましょう。休息の時間も必要ですし、何より――本日は、立派に戦ったリザードマンたちに敬意を表すべき日です。その聖体を一晩預かるのですから、おろそかなことは出来ません。あなた方の部族では、名誉ある死者をどの様に祭るのか? 参考までに、お聞かせ願えませんか」

「ああ、それなら……」

 

 問われるまま、シャースーリューは真摯に答えた。

 ウォン・ライは最後まで、紳士らしい態度を崩さなかった。リザードマンの文化を尊重し、こちらの流儀に合わせる。

 利己を偽善で覆い隠し、名分を盾に実利を得たといってよいのだが――その内情の浅ましさに、純朴なリザードマンたちが気づくことはない。お互いのためにも、それが最善であることは明らかであった。

 

 

 

 

 

 リザードマンの遺体は、ナザリックに運び込まれた後、デミウルゴスに託された。

 極めて丁重に扱うよう、リジンカンから申し渡したから、問題はないだろう。コキュートスが自ずから、直々に運び込んだのだから、意図は汲んでくれるはずだ。

 

――そうでなくとも、後で帳尻は合わせる。些事ではあるが、だからこそ全力を尽くすべきだろう。

 

 ウォン・ライもまた、ナザリックへと帰還していた。シャースーリューとの本格的な協議は、明日に行われる。

 その場には、ナザリックの最高権力者として、モモンガにも出席してもらうのだ。

 

「ええ……緊張するんですけど」

「魔王RPを継続させれば、どうにでもなろうよ。守護者たちの前で出来たのだから、リザードマン相手にできない道理はない、と。私は思うがね」

 

 モモンガとウォン・ライは、明日のための打ち合わせに入っていた。協議の流れについては、ウォン・ライが主導するのでモモンガも不安はない。

 だが、初めての外交交渉である。そんなものは、いち営業マンが経験できることではない。まったくの、未知の領域であった。

 

「不安かね」

「いや、だって、やったことないし。と言うか、一般人に縁遠いことだと思うし。……外交官ってどんな仕事するんだよ。知らないよ、そんなの……」

 

 ついにその時が来る、と思えば緊張も当然。深刻というほどではないにしろ、口調からも動揺しているのが見て取れる。

 崩れた口調からもわかるが、モモンガ本人は、自信がないのだろう。だがウォン・ライの目から見れば、それは取り越し苦労であろうと思う。

 モモンガはこれで案外、アドリブの上手な男なのである。ユグドラシル時代においても、特に重要な場面で、選択を誤ることはほとんどなかった。

 ただ人がいいだけの人物が、アインズ・ウール・ゴウンの頂点に立てるわけがないのだ。

 

「舞台はこちらで整えておく。後のフォローも私がしよう。最初は強く当たって、後は流れに身を任せれば、上手くいくとも」

「ありがたい話だが……いや、そうだな。ナザリックの代表者として、顔を出さないわけにはいかんし、何とか演技を続けていくしかないか」

 

 演技、虚栄、評する言葉は――色々あるだろう。

 だが、ウォン・ライはこうも思うのだ。モモンガにとって、それが偽りの姿であったとしても。誰かにとっては、人生を左右する偶像にすらなりえるのだと。

 そこまでの域に達したロールプレイであれば、演じる当人に称賛の光が当たったとしても、何の不思議があるだろう? 単純な言葉で、ウォン・ライはモモンガを評した。

 

「モモンガ殿、演ずることが悪いとは言わぬ。だが、貴方はもっと、自分の得意分野で攻めるべきではないか」

「……わからないな。なんだろうか、それは」

「本当の意味で、誠実であること、だよ。相互に利益を計れる相手には便宜を図り、理解をし合おうと努力する相手には、寛容になる。――鉄火場での度胸比べにおいて、誠実を第一とするノーガード戦法は、案外効果的に働くことも多いものだ」

「ええ……? ちょっと疑わしいんだが。いやそもそも、鉄火場って何?」

「博打を打つ場所、くらいの意味かな。まあ、ともあれ。日本の営業マンの質の高さは、わが国にも轟いているとも。それくらいは、アドリブで何とかなる範囲ではないかな」

「博打上手な営業マンとか、たぶん希少種だと思うんだけども。……いや、別に否定はしないが」

「なに、私もついているのだ。恥など、かかせんよ。私の全霊をもって、モモンガ殿の素晴らしさを説いて差し上げよう」

 

 気恥ずかしいのでやめてくれ、とモモンガは言ったが、ウォン・ライは笑うばかりだった。さてこれは冗談なのか、本気なのか。

 それで絆されてしまうのだから、どうしようもない。付き合いの長さが、心地よい諦めを生む。

 それならそれで、いいだろう。素直に振る舞えばいいというなら、難しく考えることもない。

 

「誠実であること、か。そうだな。リザードマンは、犠牲を出してまで、我らに好意を示したといえる。こちらの流儀に合わせてくれたのだし、今度はこちらが返す番だと見るべきか」

 

 リザードマンの遺体をナザリックに持ち込んだことで、報酬は先払いでもらっているようなもの。

 モモンガは、弱者を踏みつけにして悦に浸るような、悪い趣味は持っていない。会見の場で、いくらかのサービスをするくらいは、かまわないだろう。

 

「具体的な、協議の流れは決まっているのか?」

「あえて、事前には決めていない。こちらが主導権を握る形で進めたかったから、リザードマンの族長殿には、単に協議を行う、としか伝えておらんよ。こちらとしては――モモンガ殿の登場で、度肝を抜いてやる。そこから、なるべく精神面を圧倒したまま、共同声明の草案作りまで進めておきたい」

「それはいいな。初見で一発、連中を驚かしてやるなら、演出にも凝った方がいいかな」

「やり過ぎてはいけないが、相手に脅威を感じさせるくらいには、派手にやってやりたいものだ。――モモンガ殿、登場までのおぜん立ては任せてくれ」

 

 それからの話し合いは、とんとん拍子に進んだ。モモンガは外交など知らぬが、場面さえ限定してくれれば、有効な意見くらいは語れる。 

 そうやって、自分も貢献できているのだと、確信を持てるだけの仕事が出来ていた。モモンガに新たな仕事を覚えさせた後、達成感と充実感を味合わせること。

 この度の外交において、ウォン・ライがもっとも重視しているのは、この部分であった。いずれ訪れる未来の光景を、彼は想像せずにはいられなかったのである――。

 

 

 

 

 

 リザードマンの遺体は二つ。それを霊廟に祭るという口実で、一晩だけ借り受けている。

 つまり、一晩で一定の成果を得ねばならないわけだが、デミウルゴスはそれを可能とするだけの能力は持っていた。

 

「蘇生におけるレベルダウン等は、人間と変わりなし。皮をはぐ際の反応から言って、痛覚への耐性はやや上という程度。体力といい精神力といい――並みの人間と比べれば、少しは上質と言って良いかもしれませんが……」

 

 ただし、レベル的な意味で言うならば、誤差の範囲内である。カンスト勢にとっては『変わらない』とさえ言い切れるほどだ。

 そういう意味でも、アンデッド化は人間とさほど変わらぬ出来になった。つまり、現状ではリザードマンどもを『資源として』使い潰すほどの利点はない。

 少なくとも、皆殺してアンデッド化させる必要もなければ、養殖して皮をはぐ家畜とするほどの価値もあまりない。

 低級のスクロール用の皮ならば、人間でも構わないのである。デミウルゴスは、ニグンら法国の捕虜から、それを得ていた。多量ではないが、彼としてはきわめて穏便な形で。

 

「睡眠状態にして、意識のないうちに皮をはぐことは出来ますし。再利用のための治療の手間を考慮すれば、そちらの方が効率はいい。結果、人間とリザードマンとの間で明確な差異は見受けられない、と」

 

 がっかりといえば、がっかりな結果である。デミウルゴスは、そこまで劇的な結果を求めていたわけではないが、リザードマンと人間との間には、それなりに興味深い違いが現れるものと思っていたのだ。

 なのに当てが外れたわけだから、愚痴もこぼしたくなる。

 

「なかなか、上手くいかないものです。いや、そもそも世界が我々の都合よく作られている訳がない。資源は有限なのだから、出来る限り有効に活用しなくてはいけませんが――」

 

 せめて、娯楽として使い潰せるような、価値あるモルモットがあればいいものを。そのような、訳体もない想いに支配されそうになったところで、彼の元に友人が訪れる。

 

「よう、デミウルゴス。忙しい所をすまんな」

「リジンカン。……いや、一通り実験は済ませているからね。後は一晩で毟れるだけ毟るよう、部下に作業を任せている段階なので、私自身はさほど忙しくないとも」

 

 現れたのは、リジンカンだった。いつものように、酒瓶を携えている。

 

「余裕があるとはいえ、仕事中なのですが」

「お前、仕事してない時間帯なんて、ないだろう。暇を見つけては、何かしらやっているくせに。――まあ、一杯やれ。これで酔うほど弱くもないだろう」

 

 オーバーワーク気味なんだから、ちょっとした休憩と思えばいいと、リジンカンは付け加えるように言った。

 ならば仕方がない、とばかりにデミウルゴスも付き合った。そうする程度には、彼に友情を感じていたから。

 

「で、どうだ。リザードマンとやらは、資源として有用か?」

 

 一杯だけ飲み干してから、デミウルゴスは答えた。この悪魔にとっては、蒸留酒でもジュースと変わらない。それでもリラックスの効果はあるのか、舌の滑りも良くなる。

 

「人間と、同程度には。差異はありますが、我々からしてみれば誤差と言ってもいい。もう少し、質の良い素材が欲しいものだが」

 

 リジンカンもデミウルゴスも、必要とあらば人道的な倫理観を無視できる手合いだ。だから、平然と他者を食い物にすることもできる。

 両者の間に差があるとすれば、リジンカンの方に若干、ウォン・ライの影響がみられることだろう。

 デミウルゴスは、リザードマンの資源としての有用性について語った。リジンカンはうなずきながら聞いていたが、あまりに感情を廃したそれは、義侠心を持つこの男にとって、いささか聞き逃せないものである。

 

「まあまあ使えるなら、悪くはないだろうよ。現状、この世界については知らないことの方が多い。足るを知る、というのも大事だぞ?」

「それはそうでしょうが、せっかくの機会。限界まで酷使して、利益を得るべきではないかね?」

「限度があるといっている。形としては、リザードマンの彼らは一時的に預かっているものだ。清めて元の場所に返さねばならないのだから、あまり無体なマネはするべきでないと思うぞ?」

 

 リジンカンは、寛容さを求めた。あまりやりすぎると、俺の不興を買うぞ? と言外に表しながら。

 

「しかし、現状の改善を進めない理由にはなりませんね。より良い結果を求めるのは、当然のことでは?」

「もちろん。――だが、その上で言うがね。リザードマンに相応の価値があるのなら、相応の扱いと言うものがある。具体的には、これからの待遇についてだな。今後を見据えているデミウルゴス殿は、いかにお考えかな?」

 

 茶化すように言うリジンカンに対し、デミウルゴスは呆れたように返す。

 

「情けをかけてほしいなら、正直にそう言ってくれないものかね」

「察しのいい友人を持てて、俺は本当に幸福だ。そこまでわかっているなら、俺の気持ちも理解してくれるだろう? いや、外交を主導しているのは親父殿だが、我々だからこそできるアプローチもある。モモンガ様も、頭ごなしに否定はなさらんよ」

 

 リザードマンに対して、慈悲を掛けろとリジンカンは言いたいのだろう。そこに意味を見出すことは、デミウルゴスとて不可能ではない。

 具体的にどうするか、そこまでリジンカンは口を突っ込むまいが、それは彼なりの期待の表れだった。つまり、デミウルゴスならば有益な提言をして、相互互恵の関係に持っていけるだろうと思っているのだ。

 

「……まったく、どうして。私と君は友人に成れたのだろうね。趣味も嗜好も、ひどく乖離しているというのに」

「だから、いいんじゃないか。皆が皆同じような考えではつまらんだろう。違いがあるからこそ興味深いし、自分にないものを相手に求める。――深謀遠慮にして、悪魔的な愉悦を好みながらも、過ぎるほどには求めない。自身の感情を完全に統御し、身内に配慮する思いやりを忘れぬ。そんなお前が、俺は好きだよ」

 

 俺には、出来ぬことばかりだからな――と、リジンカンは笑いながら言った。

 リジンカンは、デミウルゴスにとって奇妙な友人であった。理解し合える間柄であるが、わかり難い一面も偶に見せる。

 それでいて決して不快ではない……どころか、応対してみれば、ある種の心地よささえ感じてしまうのである。

 何を話しても、何を伝えても、リジンカンはありのままに肯定するだろう。耳に痛いことを言っても、感情をそのままにぶつけても、彼は笑って受け入れるに違いない。

 そうした確信を得られる間柄と言うものは、実に貴重なものだ。デミウルゴスは、リジンカンからの好意に対しては、素直に好意で返すことにしている。

 

「友人として、不足のない相手だと、私も認めているよ。――必要なデータは取れたから、もう一人くらいは蘇生して帰すのも手だ。その場合、モモンガ様が直に褒賞する形にするのがいいと思うね。遺族の前で、直々に復活させてくださるなら、強烈な印象を与えられるだろう」

「リザードマン達の奮戦に敬意を表して、さらに一名の蘇生を許す、という形か。――すると、相手方の損害は死者一名となるわけだ。その唯一の英霊殿には、格別の配慮が必要になるかな?」

「実際に外交の折衝を行っている、ウォン・ライ様から、特別の弔辞なり遺族への追加補償なりを行う形にすれば、余計にこじれることもないだろうね。――あのお方の外交手腕には、学ぶべきことが多くある。私とて外交の場で下手を打つ気はありませんが、リザードマンに対して親しみを持たれる自信など、まったくないのでね」

 

 デミウルゴスは外見にしろ態度にしろ、いかに下手に出ても、感じられる知性が鋭すぎて警戒を招きやすい。

 弱者に情けをかける、という行為に慣れていない部分もあるだろう。リジンカンの目から見ても、デミウルゴスは刺激の強い存在として映ると思う。

 

「自覚があるだけでも上々だ。――今からでも、提言するには間に合うだろうとも」

「作業を切り上げるにも、いい頃合いだね。まったく、君と話をしていると、存外に実入りも多いことに気付かされる。……狙ってやっているのだとしたら、大したものだよ」

 

 リザードマンから得られる情報も、出尽くす頃合いだろう。復活と殺害をこれ以上繰り返したところで、趣味以上の意味はない。それくらいには、仕事をしたという自負もある。

 

「ところで、最近加えたとかいう、貴方の玩具ですが」

「玩具で遊ぶほど子供ではないし、そんなものをわざわざ懐に入れたりしないさ」

「ああ、これは失礼。クレマンティーヌとかいう、人間のことだよ」

 

 穏やかな会話の中で、デミウルゴスは悪戯心がわいてくるのを感じた。最近のこの友人の振る舞いは自由に過ぎる。ここらで一つ、指摘するのも悪くないと思ったのだ。

 

「彼女がどうした」

「いえ、女性の趣味が悪いというか、何というか。貴方の性癖がわからなくなったよ。高嶺の花に焦がれるのは、もうやめたので?」

「男の悲しさだ。美人にはどうしても弱くなる。……あまり追及してくれるなよ? 俺自身、女に慣れているわけじゃないんだ」

「それはそれは、大変なことで。追及などしませんとも、ええ」

「……妙にひっかる物言いだが、まあいい。クレマンティーヌの奴、ちょっとした雑用を押し付けた貸しに、アレコレ無茶を言ってくれるから困る。少々考えさせろと、保留にしてもらっているところだ」

 

 困ったような顔で言いながらも、どこか楽しそうにも見える。リジンカンがこの困難を楽しんでいるのは、明らかだった。

 

「まあ、別にいいのですが。――仕事の邪魔にならない程度に収めるように」

「もちろんだ。俺が親父殿の仕事を邪魔するわけがないだろう」

 

 リジンカンにも春が来たか、とデミウルゴスは思う。

 素直に認めはしまいが、クレマンティーヌからアプローチがあれば、あっさり陥落するであろうことも、この悪魔には予測できた。

 

――叶わぬ恋を追求させるよりは、身近なところで収めてほしいものだよ。

 

 リジンカンのために、デミウルゴスはそう願う。どのような形であれ、彼自身の幸福を願ってやりたい。

 そう思うくらいには、この悪魔も友としての情を抱いていたのである。

 

 

 

 

 

 

 外交の場は形式が重要である。特に、互いの最高責任者が話し合う場においては。

 ナザリックとリザードマンの友好樹立のための協議、その会場にいるのはウォン・ライとシャースーリューの二人だけであった。

 リザードマンの長老たちなど、立ち会いたいなら許可するとウォン・ライは申し出ていたが、シャースーリューはこれをあえて拒否した。未知の相手に対し、非礼を働かないとも限らない。お互いのためにも、正規の参加者は少ない方がいい、と。ただ、遠巻きに協議を見守るくらいは許してほしいとも、彼は言った。

 

――ならば、こちらも主君の登場に際し、いくらかの演出は許容してもらいたい。

 

 ウォン・ライの主張を、シャースーリューは否定できなかった。

 ナザリック側にも面目と言うものがある。模擬戦の勝敗は別として、どちらが本物の強者であるのか、お互いに理解していたからだ。所詮リザードマンなど、コキュートス一人だけでも過剰戦力なのである。

 

 会場自体は、リザードマンの集落から少し離れたところにある、あばら家だ。この日のために突貫工事で作られたそれは、はた目にもみすぼらしく、人間の建築物とは比べようもないほどである。

 だが、ウォン・ライはもとより、モモンガもそれを良しとした。かえって良いデモンストレーションになる、と。

 

「これより、ナザリックの主にして我が主君、モモンガ殿がお出でになられる。シャースーリュー殿、心の準備はよろしいか」

「……引き延ばしても仕方があるまい。いつでもいい」

 

 その当日、ウォン・ライが手はずを整え、演出の舞台を作り上げたのち、モモンガが現れた際には、リザードマンたちは大いに驚いた。

 遠目からうかがっていた者たちまで、一人残らず寒気を覚えたというのだから、側仕えとして、面識のあるコキュートスとリジンカンが居なければ、恐慌すら来したかもしれない。

 ただの驚愕ではなく、恐怖を伴った支配者の登場である。モモンガの威容は、たとえそれ以前の演出がなかったとしても、相応の風格をリザードマンらに示したであろう。

 

「ナザリックの支配者、モモンガである」

「リザードマンの族長、シャースーリューだ。――この度は、このようなあばら家まで来ていただいたこと、感謝する」

 

 シャースーリューは、レベル差を肌で感じ取っていた。モモンガの装備が、どれほど隔絶したものかはわからない。だがアンデッドとしての格が、スケルトンなどとは桁が違うことだけはわかる。

 生存本能が、こいつは危険だ、と知らせてやまない。だが、話が通じる相手であるはずだ。そうでなければ、単独で蹂躙して終わりであろうから。

 

「なに、気にすることはない。これは友好樹立のための、協議の場だ。くだらんおべんちゃら、無駄に豪華な施設など、私にとっては何ほどの価値もない。それより――これから我らと友好を結ぶ相手が、そうした虚飾を持たぬ文化であるのは、幸いだとさえ思うぞ」

「……そ、そうか。なら、お互いに話し合う障害は――ない、と。そう考えても良いのだな」

 

 守護者たちからすれば、このようなみすぼらしい場所に、モモンガを呼び出すなど許されぬ――と、気勢をあげかねない。

 しかし彼自身にとっては、肩肘を張らずにいられる分、むしろありがたくさえあった。

 

「……ふむ」

 

 だが待てよ? とモモンガは思案した。模擬戦を提案したのも、結果として敗北したのもこちらである。

 敗戦の責任者たるコキュートスとリジンカンは、傍にいる。今さら責めても致し方ないが、ここで主である己が、圧倒的弱者であるリザードマンに膝を屈しては、面倒な感情を抱かないだろうか。少しだけ、心配になった。

 まあ後で問題になってもウォン・ライが何とかするだろう、と思うことにした。責任者なのだから、それくらいの仕事は任せていいはずである。

 

「何か?」

「いや、何でもない。せっかくの機会なのだ。ざっくばらんに、本音で語り合おうじゃないか」

 

 共同声明のための場だと、モモンガも聞いてはいたが、どのように切り出していかに話を進めればいいのか。ただの営業マンにはその心得がない。

 だから自然、ウォン・ライがその役目を務めることになる。

 

「シャースーリュー殿、この協議による共同声明で、ナザリックとリザードマンの部族との間で、正式な国交が成立することになります。まずはナザリックからの物資と技術の提供を、リザードマンの方々に受け入れていただき、以後は両国間での交易が可能となること。それから、こちらにナザリックの人員が常駐する予定ですが、この認識に問題はありませんか?」

 

 ウォン・ライがそういうと、シャースーリューはうなずいた。そのうえで、物を申す。

 

「ない。――が、あらためて問いたい。この村にそこまで重要な宝があるとは思えぬ。投資……というのだったか? 施しを受け入れることは出来るが、やはり交易するほどの物品の余裕は、こちらにはないぞ」

「その点に関してですが、今はなくとも後程有用になる、と考えております。余裕も作り出せばいいだけのこと。――その認識を問題とするなら、ここで我々が話し合うべきは、リザードマンと言う部族の未来の展望について。それが主になりますな」

 

 シャースーリューからの言葉を、ウォン・ライは受け止めたうえで、都合のいい展開に誘導した。

 交易と一口に言っても、そこに含まれる分野は幅広い。今は対等を装っても、将来的には従属させることが決まっているのだ。その本心をおくびにも出さず、ウォン・ライは良かれと思って、話を進めた。

 

「モモンガ殿、私はナザリックの外交官として、対外的には貴方から権限を委譲され、あらゆる決定を任される立場にあります。それを、この場で確認させていただきたい」

「もちろんだ、ウォン・ライ。全て任せる」

 

 これはどちらかと言えば、リザードマンに対するアピールと言える。見た目にも恐ろしいアンデッドが、穏やかな紳士にすべてを任せている。そうした姿を強調することで、相手に安心感を与えるのだ。

 

「では、シャースーリュー殿。実務的な話に入りましょう」

「……お手柔らかに頼む」

 

 それからは、ウォン・ライの独壇場となる。モモンガはそれを見守りつつ、発言を求められたときに思うことを述べるだけでよい。

 たとえば、ウォン・ライはまず、こう切り出した。

 

「リザードマンと言う種族の強さ、勇気、あるいは文化とでも呼ぶべきものを、我々は理解し――なおも理解し続けようと努力しております。また、それゆえにより広い世界に乗り出して、我々とともに繁栄を享受するべきと思います」

「広い世界? ……そのような問題なのか?」

「今回協議する共同声明は、これから我々が関わっていくであろう外国に対しても、おおやけに公開することになります。国家間の共同声明とは、隠すべきことではありません。――恥じるべきことでない以上、公開して悪いことはありますまい?」

「……まあ、見られたからどうだ、と言われればそれまでだが」

 

 シャースーリューは、これから自分たちが他種族と積極的に関わっていくとは思っていない。

 たとえ物好きな人間が彼の集落を訪れても、わざわざこんな小さな集落で、文章など探したりしないだろうし、読んだところで問題視することもないだろうと思っている。

 

「我々には主要な目的が、二つあります。第一にお互いの勢力の未来のために、互恵関係を築くこと。第二にそれを他勢力に――他国に対して、我々の外交的な姿勢と立場を表明することです。そのための下準備として、こうして話し合い、共同声明を発表する必要があると考えます」

「俺にとっては、初めての経験だ。人間はどうかしらんが、リザードマンは別の部族に対して、そこまで持って回ったやり方はせんな」

 

 シャースーリューとて、対話は望むところである。自身の部族はもとより、他部族について、これから接するであろう他種族への対応について、彼らは思う様話し合った。

 リザードマンの未来についても、納得させるだけの明るい将来を説いたつもりである。いかに実現させるかも、詳細に。

 モモンガは適当に相槌を打つだけだったが、それで十分に機能した。ウォン・ライがわかりやすく、肯定だけすればいい場面で話を振ってくれたからである。

 

「とりあえず、これでまとまったか」

「はい。リザードマンとナザリックの共同声明は、これで完成したことになります。以後、他勢力と接する場合、ナザリックはもちろんですが、リザードマンの部族もこれの開示要求を拒否できません。了承願えますか?」

「ああ、それでいい。約束は守る」

 

 シャースーリューが、最後にそう言って快諾した。外交の仕事は、これで完了したことになるが、ウォン・ライはここでさらに一手を講じた。

 

「では、後日書面にして、お送りいたします。――と、共同声明の話はこれまでに致しましょう。先日の遺体をすぐにお返しして、埋葬したいと思いますが、いかがですか。遺族との別れの時間を置いてから、葬儀にかかりたいと思いますが……」

「そうだな。――そうしよう。弔辞は、俺も読む。身内だからこそ、響く言葉もあるからな」

 

 葬儀まで完了して、ようやくこの度の仕事は一区切りがつく。リザードマンは、ナザリックとの友好を、もはや拒むことは出来ぬ。

 これから時間をかけて、ゆっくりと同化させていく。その作業を想うと、ウォン・ライは気持ちが晴れやかになった。

 

――偽善、欺瞞、言い方は色々あるだろう。それでも交流を通じて育まれるものは、決して偽りではないはずだ。

 

 そんな彼の気持ちを慮れるのは、リジンカンただ一人だけだった。幸か不幸かで言えば、それは確かに幸福な事であったろう。

 

「未来志向、なんて都合のいい言葉がある。気に病む暇があるなら、建設的な行動を起こした方が、よっぽどいい。だろ? 親父殿」

「そうだな、リジンカン。……まさに、その通りだ」

 

 気持ちが通じ合う。親子の間でなされるのであれば、これほど尊いことはない。それは、誰しもが、認めるところであろう――。

 

 




 いかがでしょう。楽しんでもらえたでしょうか。
 期待通りの出来に仕上がっていたら、いいのですが。

 次の投稿の時期について、約束はできませんが……。暇を見つけては、執筆を続けていくこと。
 それだけは、確約いたします。では、また。

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