モモンガはともあれ、事態の把握に努めた。ぺテルのパーティが無事だったのは何よりだし、ンフィーレアも傷一つない。その結果だけでも、まずはリジンカンの働きを褒めねばならなかった。
ちょっとしたことからリイジーと出会ったモモンガは、自然な流れで彼女の自宅へと招かれたのだが、帰宅してみればこの通り。リジンカンがここにいてくれたことは、バレアレ家にとっては幸運であったろう。
「何がどうなったのかは、わかった。結果として、女戦士の方は逃がしたと」
「俺が全部片付けたら、モモン殿が活躍する余地がなくなる。悪い判断ではなかったと思いますがね」
バレアレ家で二人は話していた。本当は、もっと落ち着いた場所で話したかったのだが、事態が事態である。リイジーはこの街では結構な重要人物であり、その家で騒ぎが起こったとなれば、どうしても大事になる。
――込み入った話は、他人に聞かれると困るんだが。
モモンガは警戒を解かなかった。再度の襲撃が、いつあるかわからぬ。そのうえ、外部の者に話を聞かれていると思えば、うかつな言葉は口には出せない。
家の外にナーベラルを待機させているから、異常があればすぐにわかるだろうが――気を許せる状況でないことは、確かであった。
ともあれ、概要を聞き出したモモンガは、当座の対応を迫られている。撃退したとはいえ、ンフィーレアの安全は、いまだ保障されていない。帰宅までの護衛は果たしているが、このまま去っては、なんとなく仕事をやり残したような気分になる。
――無視できないわけではないが、どうにも、な。重要クエストを放置するようで、もったいない気がする。
これからの行動が、今後の展開に大きく影響するものだと、彼はなんとなく察していた。熟考の上で、決めねばなるまい。改めて、リジンカンと向かい合う。
「現場の判断だ。それを悪いとは言わないが……なんというか、お前の方は大丈夫か?」
露骨に見逃したようだし、不審に思われてたりはしないか――と、モモンガは暗に問うた。大丈夫か? とはそういう意味であり、お互いに正確に力量を把握しているからこその質問である。
「ぺテルのパーティは、誰も彼もが気持ちがいい連中だ。この点は、モモン殿にも同意いただけると思う。……助けてくれた相手に、余計な疑念など持ちますまい」
リジンカンは、その意図を理解して答えた。モモンガは満足そうにうなずいて、さらに一言。
「どこまで見せた?」
「飛刀を数本。一足飛びに数人斬った。――モモン殿が危惧するようなことは、何も」
不要な手札は見せていない、とリジンカンは答えたのだ。ただの軽戦士としての力しか見せていないと。
とすれば、敵はリジンカンの力を過小評価した可能性が高い。飛刀は彼にとって切り札には違いないが、奥の手は複数持つのが基本である。油断させていれば、それらが刺さる機会もあるだろう。
「手ごわい相手か? お前が本気になるほどの」
「いいや? 半分眠りながらでも、あしらえる手合いでしょうな。あの女は、たぶんこの国ではそれなりの使い手だろうと思うが、脅威とはいいがたい。お任せくださるなら、適当に処理しておきますがね」
「状況次第だ、何とも言えん。……ぺテルらとは、話をしなくてもいいのか?」
人格的に信が置けるとしても、これからどう付き合っていくかが問題だ。モモンガとしては、あまりズブズブの関係にまで持っていきたくはない。
何といっても、そこまで深い付き合いをする余裕はなかろう。一連の事件は突発的だが、街にとっては大きな問題になる気がした。
そうした大事を目の前にして、しがらみを増やしたくないというのが本音である。いざという時は見捨ててもいい。距離感としてはそれが最適だと、彼は考えていた。
しかし、リジンカンはどうかとモモンガは思う。もし、この盟友の息子がひいきをしたいというなら、無茶を聞く用意はあった。
「言うまでもないでしょうよ。まあ、ここは藪をつついて蛇を出す、なんてことになっては間抜けというもの。距離感をもって、適切に対応するのが一番では?」
「……確かに。ならば過剰に心配することでもない、と私も同意しよう」
リジンカンは、気遣い無用と答えた。ならばよし、とモモンガは頭を切り替える。
何よりも今は情報がほしい。接触したらしい女戦士には逃げられたが、死体はいくらか残っている。
遺骨は語る、という。現代日本ではただの比喩に過ぎないが、この世界においては実際に可能なことであろう。
すでにギルドの手に渡って処理の最中だが、出し抜こうと思えば不可能ではない。
――しかし、それがリスクであることに変わりはない。それを冒すのは、最後の手段としよう。
モモンガはまだ思考に浸りたいところであったが、ここはバレアレ氏の家である。まずは家長である祖母の出方を見たい。そちらに目を向けると、祖母と孫は話し合っている最中であった。
「ンフィーレアや、怪我はなかったかい? 妙なことをされたりは?」
「大丈夫だよ。……みんなが、守ってくれたから。ああ、でも、ギルドへの説明はどうしようか。どうにも僕自身を狙ってたみたいで、死んだ相手も色々怪しいところがあるとかどうとか」
今日と明日は、ギルドの職員が調査と警戒に当たってくれるらしいとも、ンフィーレアは言った。祖母のリイジーは、それを聞いても安心した様子はない。どうにも、彼自身を狙ってきたという点が気がかりらしい。
「ふん! 楽しくない話だね。どこのどいつかしらないが、よからぬことを考えている奴がいて、よりにもよってわしの孫を標的にしてるときた! 逃げた奴がいるってことは、まだ事態は解決してないってことじゃないか。……嫌な予感がするよ」
何はともあれ、備えが必要だ――と、リイジーは不機嫌そうにつぶやいた。そうして、彼女の目が行く先は、孫を守ってくれたという冒険者たちに向く。
ぺテルらのパーティは、まだこの場にとどまっていた。なんとなく、仕事をやり残したような気がして、解散する気になれないのだろう。誰も彼もが、深刻そうな面持ちである。
――ちょと目を離したら、もうくつろいでいる。ここが他人の家だってわかっているのか?
いつのまにか、リジンカンだけは、気楽そうに椅子に腰かけていた。適当にくつろいでいる様子で、緊張など少しも感じられない。図々しさもここまで極まれば、逆に感心しそうになる。
彼は、机に置かれていたティーポットを手に取り、直接口に持っていって、流し込むように茶を飲んだ。野蛮で無作法な動作であるはずだが、リジンカンがやると妙に格好がついてしまうから不思議であった。様になっているから、見とがめるものもいない。
――イケメンは得だな、まったく。
モモンガが世の理不尽を嘆いている隙に、リイジーはぺテルらに話しかけていた。内容はと言えば、襲撃されたときの詳細について。
耳を澄ませて聞いたが、やはり注目すべきところはなかった。これからどうしたものか――と軽く考えをまとめようとしたが、ふいにリイジーと目が合った。
「……ん?」
リイジーは、モモンガとリジンカンを往復するように視線をやり、それから考え込むように目を落とし、うなった。
一呼吸して、ため息を吐いてから、彼女ははっきりとした足取りでモモンガの方へ歩みだす。
「仕事を受けてくれないかね。ギルドを通さず、個人的に」
「個人的に? ……報酬は」
「弾んでやるさ! そうさな、前金で金貨三十枚。成功報酬でさらに五十枚。悪い話じゃないと思うがどうだね?」
さっさと話を進めたい、とばかりにリイジーは早口で薦めた。
セールストークとしては褒められたものではないな、とモモンガは内心で批判したが、受ける受けないは別のこと。あえて焦らすように答える。
「まずは内容を聞いてみないことには、な。護衛任務であれば、期間を指定してほしいものだが」
「護衛は頼まない。別の奴を雇うからね。――フェイとおぬしは、同じパーティと聞いたが?」
「……ナーベを忘れてもらっては困る。それで三人パーティだ」
フェイ=リジンカンと頭の中で結びつけるのに、一瞬の間が必要だった。自分は役者には向いていないな、などとモモンガは思う。
「そうだね、悪かった。重要なことだよ。……頼みたいのは、事態の解決だ。期限は切らないが、なるべく早く始末をつけてほしい。わかってくれるね?」
「孫が心配なのはわかる。――が、なぜ私たちに? 実績のある他の冒険者に頼むとか、別の選択肢があるはずだ」
モモンガには、一連の事態を収拾する手がある。本気で取り組めば、解決も可能と見積もっている。とはいえ、そこまでするからには、報酬がただの金貨というのも味気ない話であった。
せっかくの機会である。バレアレ家の薬師としての力を、どうにかこちらに取り込めないか。相手は弱みを見せた。それに付け込もうとするのは、営業職の職業病というべきかもしれない。
ともあれ、専属の生産職はナザリックにとっても大きな力になる。ユグドラシルとは、まったく別系統の技術なのだから、世界を知る上でも研究する価値があった。
「私たちの何を見込んで、そこまで評価してくれているのかな? 戦闘能力は、なるほど、確かにとびぬけているという自負はある。だが、今回は敵を捕捉して、目的を確かめねばならない。そうしなければ、安心できないだろ? ――我々は、調査能力に秀でているように見えるのかな?」
モモンガなりの探りである。目の前の老女は愚か者か、それとも賢者か。
助ける価値のある人物であれば、才覚を見せてほしかった。
「わかっていってるんだろうね? ああ、わかっているよ。クレマンティーヌとやらを、フェイは煽りまくったそうじゃないか。たぶん、執着されてるよ。……あの手の女戦士は、復讐に時間をかけないはずさ。手札がそろい次第、すぐ仕掛けてくる。違うかい?」
兜がなく、人面をさらしていれば、モモンガが苦笑したことに気付いたろう。
まさに、それこそが要であった。モモンガ自身も経験のあることだが、敗北を認めないまま撤退した相手は、即座に反撃の用意に移る。
聞いた限りでは冷静さを失っている様子であるし、こちらの手の内も把握していないとくれば、明日か明後日にでも復讐戦を挑んできてもおかしくない。
ただし、それはよほど相手が感情的で、自制心に欠けていることが前提になる。
「そう思惑通りに進めば良いがね。……願望が多分に入っているし、いずれにせよ調査能力がなくては難しい話だ。難度が高く、時間的な区切りも曖昧。不可能とは言わんが、それでも私に頼むのか?」
復讐を考えたとしても、冷静になって距離を取る、準備に時間をかけるというパターンもある。
それならそれでナザリックの手勢を総動員させればいい話で、いずれにせよ早々に決着がつくことだ。リスクさえ許容すれば、依頼を全うすることに不安はないと、モモンガは確信する。
それでもあえて、リイジーの本意を探り続ける。短い付き合いで、彼女がこちらにどのような印象を抱き、いかなる確信を得たのか。下手な演技を自覚している身としては、ぜひ知っておきたい。
「難しい理屈があるわけじゃない。……ただごとじゃない気がするのさ。だから、一番頼りになりそうな相手に頼んでいるんじゃないか」
「私たちが? もっと高ランクの冒険者がいるはずだぞ? 金に糸目をつけないなら、この街で最上級の冒険者を雇えばいい」
「――そいつらがおぬしらよりアテになりそうなら、そうしたろうよ。報酬が少なかったかね? 金貨はこれ以上出せんが、薬草やらポーションの現物で良ければ譲ってもいい。どうか、受けてくださらんか」
『わかった、話を取り下げる』と言われても、こちらに被害のない話だし、地道に仕事を積み重ねるのもいいだろうと、モモンガは割り切っていた。
だから、リイジーが粘り強く交渉する気でいたことは、結構な驚きであった。冒険者たちを信頼していないのか、あるいは独自の分析の結果、分が悪いと考えたのか。やはり、詳細はわからない。
「……ふむ」
「追加で、今後は特別に安価で薬を売ろう。どうかね? ……あの高品質のポーションを補充するアテがあるのなら、不要かもしれんが」
それでもできる限りのことをしようと、老女は言った。
リイジーの目は、不安に揺れているようだった。断られたらどうするか。その心配が主であるのだろう。……そこまで見込まれている理由は、やはりわからない。
「あの特別なポーションを持ち、賢王さえ従えるおぬしだ。わしが知る限り、おぬし以上の冒険者のアテなどないよ」
「なるほど、私にとっては何でもないことだが、そうか。強さの証明としては、あれで充分か」
「充分すぎるほどさ! で、受けてくれるんだね?」
モモンガにとっては、それが強さの証明になるという自覚が薄かっただけに、リイジーの答えはあらためて現状を認識させた。
我々は強者に見えるらしい。ならば、それらしく、最大限こちらに都合の良いよう持っていくだけのこと。
情報弱者、という表現が許されるなら、ナザリックだって弱者になる。弱い者は、選択肢を選べないものだ。
そして今現在、力を求めてあえいでいるリイジーは、モモンガにとって弱者である。無体に思われない程度には、譲歩を求めようと思った。
「――前金はいらん。成功報酬だけでいい。だが、いくらか値を吊り上げさせてもらおう。……ああ、金や現物の話じゃない。ちょっとしたお願いを聞いてほしいだけだ」
「聞こう。どのようなお願いだね?」
「カルネ村に移住して、そこで薬師として働いてほしい。私の友人で、フェイの父親にあたる人物が、そこを気にかけている。……腕のいい薬師がいれば、村の人々も喜ぶだろう。結果として、私の友も安心する。私はその友に、自らの善行を誇れる。精神的な満足感も、報酬に付け加えてほしいと、これはそういうお願いだよ」
断られれば、それまでだ。実際、善意だけのお願いではないから、無理には言えなかった。
ナザリックに近いカルネ村なら、監視も行き届く。折に触れて気にかけてやれば、恩義で縛ることも可能かもしれない。
そうして、将来手札の一枚にでもなれば成功だ。多くは求めないが、手近なところにこの世界の技術職を置いて、作成技術の奥義の一端でも掴めれば、とりあえず今はそれで良し。
「――いいよ。移住に手間はかかるけれど、無理ってほどじゃないからね」
「助かる。では、頼もう」
「そうかい、もう解決したつもりになったのかい。……わからない人だね。ああ、でも、アテにはさせてもらうよ」
こじれなかったのは幸運だった。モモンガは、報酬についてこれ以上何も言わなかった。
さらに吊り上げることもできるだろうが、悪感情を持たれては元も子もない。長い付き合いになる可能性を考えれば、ここは引くべき。
リイジーもそうした気遣いを理解したのか、あえて繰り返さなかった。それが礼儀であることを、彼女もまたわきまえていたのだ。
クレマンティーヌは、自分が逃げ出したとは思っていなかった。ただ勝負を預けただけ。
そう思わねば、この感情をいかに処理すべきか、相当迷ったであろう。彼女は奇怪な性癖と狂人たる資格を備えていたが、常識をわきまえ、己が力量をわきまえる知性は持っていた。
ただ、基本的に楽観主義者であり、傲慢でもある。自分の力を高く評価しているからこそ、他人の強みを過小評価しがちになる。
――ともかく、近接すれば勝ちの目が見える。飛刀さえしのげば、どうにでも料理できる。
そうした認識が、そもそもの間違いと気づかない。リジンカンは冒険者フェイ・ダオの仮面をかぶっているが、脱ぎ捨てる気になればいつでも殺せたのだ。その気配をわずかにとらえながらも、気づかないふりをして強がっている。
目を背けていることを自覚せず、見るべきものを直視せずでは、この先も暗かろう。
リジンカンが彼女の盲目さを見たならば、それもまた可愛さと評価するであろうが、残念ながら彼はここにいない。
「こっちの手駒は、拠点に待機してたカジッちゃんの弟子が十数名。肉壁に使えるほど、信頼関係なんてあるわけないし。――さて、どうしたもんかな」
内心は熱い想いで煮えたぎっているが、口にする言葉は極めて現実的であった。
実際、強敵と相対するには不安要素が大きい。クレマンティーヌは、フェイ・ダオという偽りの仮面すら見抜けていないが、正面から殴りかかるのは分が悪い。それだけは、認めていた。
「……足りないなら、よそから持ってくるしかないか」
彼女は合理的な手段を取る。手持ちの手札を有効に使うため、手段があるなら躊躇わない。
カジットが残していった、弟子どもを見やる。この程度の輩でも、生贄くらいには使えるだろう。
帰ってくるなりカジットについて聞かれたものだから、正直に話したのだが。あの弟子連中は、ぶちぶち文句を言ってきた。
戦場では弱者は死ぬのが道理。その道理を、クレマンティーヌは実践してみせた。二人ばかり寸刻みにしてやると、すぐに大人しくなった。宝珠の行方がどうのと言っていたが、彼女には興味のないことである。
カジットが持っていただろうから、もう当人の死体と一緒に処分されているとみるべき。価値のあるマジックアイテムだったらしいから、これを戦力の低下と見れば、なるほど。惜しいと言えば、惜しくはある。
――まあ、代用できなくもないでしょ。ちょうどいい餌が手近にあるから、使いつぶせば戦力になるよね?
カジットはもはやいないが、エ・ランテルに死を振りまくという目的にも、変更はない。彼らには彼らの覚悟があり、ネクロマンサーが死を恐れて逃げるなど、笑い話にもなるまい。
そもそも、彼らが所属する結社が、とんぼ返りを許さない。そうした連中の心理をつつけば、成果を出すための犠牲くらいは許容するはずだ。
ズーラーノーンの使徒として、誇りもあれば自負もある。他者を蹂躙してこそ、悪党というものであろう。
――下っ端を何人か削れば、高レベルのアンデッドも用意できる。内輪もめの種をちょっと投下すれば、後は勝手につぶし合うでしょ。
ここで時間をかけられるほど、クレマンティーヌは堪え性がない。すみやかに想いを遂げるためならば、何でもしよう。もしまだ躊躇う奴がいるなら、三人目の惨殺死体ができるだけだ。
この場に、クレマンティーヌに敵う者はいない。彼女は、意思を通そうとすれば、どこまでも強引に進めることもできるのだ。
「死体も物資も、有効活用しないともったいないしね。……あいつ、自分のために人がたくさん死んだって聞いたら、どんな顔するだろう」
そのときを楽しみに思いながら、クレマンティーヌは妄想に浸った。
後先など考えてはいない。ただ刹那的な気持ちに殉じられるほどには、彼女は狂っていたのだ。
人目を避けるように、モモンガは路地裏へと移動した。周囲に目のないことを確認して、リジンカンとナーベに向かい合う。
「人目はありません。仕掛けるならば、今かと」
「ナーベに同意する。さっそく動かれるかね? 早いに越したことはないから、その判断を俺は支持するよ」
モモンガは、やる気になっていた。ここまでくれば、どこまで本気を出すかが問題になる。
自分の手札を惜しまず使うか、ナザリックの総力を結集するか。ただ敵の拠点を探り出すことを目的とするなら、後者が一番早い。
「即座に探索行動に移る。私が探る間、周囲の警戒を頼むぞ」
しかし、少なからず手の内を見せることにもなりかねない。敵の看破能力にもよるであろうが、目端の利く手合いがいれば、禍根を残すことにもなろう。それは流石に避けたかった。
――だから、自分の力だけで解決するのが一番いい。魔法の用意はある。これでどこまで迫れるか、実験と考えればちょうどいい難度だ。
スクロールの在庫は、うなるほどある。一枚や二枚は惜しむものではなかった。補給のあてはまだないが、使うべき時に躊躇っては、何のための在庫かわからない。
モモンガは、どちらかと言えばケチな質だが、ここぞという場面で消費を厭うのは誤りだとも理解していた。ユグドラシル時代も、消耗を惜しんで判断を誤り、痛い目を見た経験がある。同じ間違いは犯すまい。
「物体発見……だけでは、難しいかもしれんが、やりようはある。軽戦士で、若い女性。細剣を得物としている、と。これだけわかれば、かなり絞り込める」
探索自体は、情報系の魔法を駆使すればどうにでもなる。一定距離内の戦士職を探すものを使って、特定の種族と性別、レベル範囲を探る。そうすれば、必ずハマる相手がいるはずだ。
相手は、この地域においてはずば抜けたレベルであろう。その一味がいると仮定すれば、不自然に集中している部分が極めて怪しい。
これでも不足であれば、さらに追跡しても良い。スクロールを大盤振る舞いすることになるが、モモンガは必要経費と割り切っている。
粛々を作業を進めながら、モモンガは片手間にリジンカンを見やった。
「フェイ・ダオ」
何かしら、憂いを帯びたような顔をしているので、呼びかけてみる。部下の心情を慮るのも、上司の役目だと思ったからだ。
「何か?」
「……違和感のある呼び名だが、それはいいとして。女を手にかける覚悟はあるか?」
リジンカンの冒険者名は、もう普通に口に出せるようになっている。違和感はあっても、しゃべるときにぼろを出さない程度には、慣れたつもりだった。
それはそれとして、気がかりな部分を口に出す。あの女戦士を見逃したのは、個人的な感情が大いにあったからではないか。
彼は、客観的に見ても大層な色男である。そうした疑念が生まれる程度には、紳士的でもあった。だから、モモンガはあえて覚悟を問うことにした。
「特別な理由がない限り、女は殺さない主義でしてね。まあ、モモン殿が望むのであれば、主義を曲げるのも致し方ありませんが」
「無理にとは言わない。どうせ、雑魚が取り巻いているだろうしな。――私が決着をつける。構わないか?」
「気遣い無用。……どうぞ、お望みのままに」
うやうやしく、リジンカンは一礼した。芝居がかっているが、彼は大根役者ではない。舞台ならばよく映えるだろうと思えば、そのイケメンっぷりにも感嘆したくなる。
「ならば、よい。だが、もし万が一、機会があったら容赦はするな。好みの女であっても、必要とあらば手にかけよ。……あくまでも、万が一だが」
「――わかりました。では、機会がありましたら、そのように」
一応、念を押した。嘘など吐くような男ではないと、モモンガは思う。やるといったなら、彼はやるのだ。それが男というものではないか。
「良し、特定できた。早々に向かって潰すのが、無難ではあるが」
クレマンティーヌと、その一味はモモンガの目を逃れること能わず。廃人PCの手管から、素人が逃れることの方が難題というもので、彼女に非があるとは言えまい。
ともあれ、捜索は完了した。潰そうと思えばすぐにでも可能な距離である。ただ、そこまでの確信が得られるのならば、欲が出てくるものだ。
――なるべく、いいタイミングで戦えないか。よからぬことを企んでいるのは確かだし、ある程度街に被害が及んだ方が、名声を高めるには良いかもしれない。
仕掛けてきてから、一網打尽にする。そうした図面を頭の中に思い描く。
彼我の実力を照らし合わせれば、一石二鳥の策を練りたくなる状況である。さりとて、敵の動きが想定内に収まる保証はないから、モモンガとしては欲をかきすぎるのも良くないとは思う。
「どうしたものかな。利益を優先するか、安全を重視するか。悩ましいところだ」
こうしたときに、対等の相手が欲しくなるのだ。ナーベラルにしろ、リジンカンにしろ、忌憚なく話し合うのは難しそうな気がした。彼の方はかなりカジュアルな態度を崩していないが、決定的なところで一線を引いている。モモンガは、それを見抜ける程度には、洞察力があった。
恐縮して意見にも遠慮が出る、というのでは興ざめだ。ウォン・ライの都合がつくなら、相談したい。
監視の目を残しておくとして、今夜にでも時間を作るべきだった。敵側に動きがあれば、いつでも出られるように、気構えだけはしておいて。
――やれやれ、緊張を維持するのも楽ではないな。まったく、冒険者って、こんなにきっつい職業だったのか。
今日のところは取り越し苦労に終わったが、油断してよい状況でもなかった。一旦ナザリックに帰還して、ウォン・ライと話そう。
「まあまあ、仕事が首尾よく終わったなら、とりあえずはよろしいでしょう。即座にどうこう、と切羽詰まっているわけでもなし。気楽に行こうじゃありませんか」
「……そうだな。息抜きに、一晩くらいは余裕を見てもいいだろう。監視は怠らない、という前提ではあるがね」
できれば、くつろいで話したかった。リジンカンほどの図太さを持たないモモンガとしては、自室で酒と肴でも並べて、気楽に話し合えたら最高だと思いながら。
モモンガは、ナザリックに帰還してウォン・ライと面会すると、すぐに人化することを
息抜きを欲していたのは確かである。まさか自分の心を読んだわけでもあるまいが、彼なりの思いやりだと思えば、受け入れるのが礼儀だろう。
どうせなら、自室で話し合いたい。そうした意向を伝えると、ウォン・ライは快く同意してくれた。
「若いころは、機会があれば逃さず弟たちに振る舞ったものだ。純粋な小麦の焼餅は貴重だったが、正月や二人の誕生日には、親族がどうにか工面してくれてな。――生地を作るのは苦手だったが、焼くのは上手いと褒められたこともある。世辞だったとわかっていたが、それでも嬉しかった。みんな、本心から喜んでくれていると、理解できたから余計にな」
焼きたての、湯気を立てた焼餅を口に入れて、慌てながらも顔をほころばせる家族の姿は、今でも鮮明に思い出せるとウォン・ライは言った。
中国の焼餅とは、小麦粉をねって伸ばして焼いただけのものだが、これはこれで地方や家庭によってレシピが異なるもので、いわゆる中国の家庭料理といってよい。
ぐるぐる巻いてから適当な大きさにちぎり、円形に整えて天火で焼き上げる。この工程は同じだが、油や塩などを塗ったり、発酵させるかさせないかで違いもあり、ネギやゴマを混ぜるものもある。
「せっかくだから、色々と種類をそろえてもらった。お気に召してくれたら、幸いなのだが」
小さなテーブルに、席が二つ。そして、まさに湯気を立てた様々な焼餅が、山ほど皿に盛りつけられていた。酒も強いものが用意されている。焼餅にはこれが合うのだと、ウォン・ライが勧めたのだ。
「アルコールには弱い方じゃないが……食べきれるかな。まあ、こんな体で満腹感をうんぬんするのも妙な話だが」
「構わないとも。いくらか残してくれる方が、私としてはもてなせた気分になる。弟たちは健啖だったから、めったに残さなかったがね」
「弟……そういえば、家族については、深く聞いたことはなかったが」
「――ああ、私には過ぎた弟たちだった。二人とも事業をよく手伝ってくれたし、よく私を励ましてくれたよ。家族のつながりは、私にとって救いそのものだ。誰にとってもそうだろうが、暖かな家庭ほど、安らげるものはないんだ」
モモンガは、その光景を想像しようとして、自分の両親を思い出しそうになった。両親との思い出は、もはや遠い。今さら思い返したところで、痛みを覚えるだけであろう。
「羨ましいな。……一人っ子だったから、兄弟がいればいいのにと、何度思ったことか」
「それは辛いだろう、家族は多い方がいい。――私にとっては、中国の人民すべてが家族だ。民族や地域の違い、文化なり習慣なりの相違など、私には些細なことにしか思えなかった。そうあるべきで、そうでなくてはならないと信じている。……だから、孤独感など覚えたことはなかったよ」
人は、人にまみれて生きるべきなのだと言いつつも――抱え込んだ分、苦しいことも多かった、とウォン・ライは付け足した。
微笑みの表情は崩れなかったが、その眼は遠くを見るようだった。きっと、口にする以上に、辛いことがあったに違いないと察せられる。
後悔もあったろうし、罪悪感もあったかもしれない。モモンガは付き合いが長いだけに、彼の雰囲気から気持ちを読み取ることも、それなりにはできた。
ウォン・ライが遠くを見るような目をしたら、過去を思い返しているのだ。そして彼が他人の心の傷に向き合う時は、相手を安心させるために、柔らかに微笑むのが常だった。
「抱え込みすぎるのも、かえって辛いんじゃないか?」
「なんの、それ以上に喜びも大きくなる。恋をした、結婚した、子供が生まれた。その子供が、今度学校に行くという。自分の子供にしては出来がいい。将来が楽しみだ――などと、広く仲間内で話すんだ。すると、他の誰かがじゃあ、うちの子と婚約しないか、なんて言い出す。あんたは信用できるし、家族になれたら嬉しい、と笑い合う。そうして人の和が大きくなって、誰もが誰かを思いやるようになって、愛情を向け合うようになる。尊いものを共有するようになる。……こうした過程を見守るのは、何とも言えない快感だよ。少しずつ、家族が大きくなっていくんだ。それらが続くと、どんどん世界が優しくなっていくように感じて、私は本当に嬉しかった」
ウォン・ライの眼が、本当に優しく見えるから、モモンガは見とれてしまった。
赤鬼も同様に人化していたから、壮年の
「だが、それでは足りぬのだ。身内だけで固まって、他人を異物と見るようでは泰平は遠い。まず家族、次に村、そして広く都市の人々にまで共感の意識を拡大する。教育し、衆の徳化を目指して、皆を大きな一家だと理解させるんだ。……五族共和はただのスローガンだったが、私はそれを拡大解釈したいと思った。そして、人民はお互いに思いやり、共に幸福を追求していかねばならないと、本気で思っている。人々は多すぎて、手が届かなくなることがあったとしても。けっして、努力をやめてはならない。他の誰でもない、私の家族たちのために、私はいくらでも力を尽くそう。身を削ってでも、いくらでも働いてやろう、と思う」
しかし結局、自分はそれにどこまで貢献できたか、怪しいものだ。理想は理想だと、ウォン・ライは言った。自嘲するように、額に手をやって頭を振ったが、やはり顔には苦い感情など表さない。
この人は、どこまで自分を犠牲にしてきたのだろうと、モモンガはふと考えた。そして、どんな立場にいた人なんだろうかと疑問に思う。
もしかしたら、思った以上に権力に食い込んだ人なのかもしれない。中国の大企業の社長などであれば、政府に顔がきいたり、政治に影響をもたらすこともあると、聞いたことがあった。
そうした人であったなら、多少は責任を感じるものだろうか。モモンガには想像するしかなかったが、自分が感じたのことのない義務感を背負ったのは、間違いないと理解する。
ここで過去を追及してみようか、とモモンガはふいに思ったが、切り出すより先にウォン・ライが言った。
「いかんな。年を食うと、無駄に話を長くしたくなる。――さ、どうぞ」
「あ、はい。……ん、いただこう。思えば、純粋な小麦なんて、すごい貴重じゃないか。美味そうだ」
もっとも、ここでは貴重ともいえぬ。調達しようと思えば、これからいくらでも手に入るものだろう。質に差はあろうが、自然食品自体はありふれたもので、それをこうして口に入れられる幸福を、モモンガはありがたく思った。それを可能にした盟友にも。
だから、焼餅の味に満足してしまって、言い出すのに時間がかかってしまった。
「そうだ、話したいことがあったんだ」
「何でも聞こう。遠慮なくいってくれ」
ウォン・ライは、姿勢を正して、話を聞く態勢になった。
そうして、モモンガは自らの考えを述べた。前の仕事にケチがついたこと。クレマンティーヌという女戦士のこと。今後の対策諸々について。
一通り聞いて、ウォン・ライは応えた。
「モモンガ殿の判断に、問題はないと考える。現状、相手の行動を待ってから動いても、十分間に合うだろう。ここらで一つ、最良の時期を見据えて、冒険者モモンの名を知らしめる――というのはいい判断だ」
「そうか。なら、良かった」
ウォン・ライは机に置いていた両手を合わせてから、指先をそろえて、こう答えた。
これは彼の癖のようなもので、熟考した上での返答だとわかる。頭を使わずに、ただ同意したわけではない。
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。彼は、面倒さから逃げるような、不誠実さとは無縁である。
ちゃんと考えてくれている。その証拠に、いくらかの意見も追加してくれた。
「問題があるとすれば、想定外の被害が出た場合、冒険者モモンへの評価も微妙なものになる、ということだ。……兵士や冒険者の死者は、仕方がないとしても。街の住人に被害が出ないのが、もっとも良い。この部分を完璧にこなせれば、モモンの名は周辺に鳴り響くだろう」
「そうだな。わかりやすい異常が現れて、街に脅威が迫る。そこを颯爽と解決してみせるのが、理想的だろう。同意する」
「あと一つ。敵の情報も得るべきだ。女戦士を生け捕りにするか、殺しても遺体を確保して、ナザリックに持ち込むことを考えよう。情報源はいくらあってもいい。この世界に悪の組織があるというのなら、そちらの事情も詳しく知りたいものだ」
ウォン・ライは人差し指を立てて、そう言った。表情は真面目だが、堅苦しさはない。
どんなに厳しい状況でも、口調と態度で、柔らかな印象を人にあたえる。彼はそうした人で、だからこそモモンガも遠慮なく頼れるのだ。
「ありがとう。相談してよかった」
「何をいまさら。第一、モモンガ殿の対策案は完全だった。私は全くの同意見だと言っただけで、さしたる貢献はしていないさ」
「いや、メンバーの同意を得られた。それだけのことが、ギルドマスターにとっては嬉しいことなんだ。……ああ、すまん。いまさらの話だな、確かに」
しんみりした気分になるのは、それだけ自分が寂しがっている証拠なのか。
モモンガは、少しナザリックから離れただけでも、この場を恋しく思うようになったらしい。その理由はといえば、言うまでもないだろう。
「ああ、そうだ。格下の他人だが、混合パーティでクエストに挑むというのは、結構新鮮な体験だったぞ。わかっていたことだが、やはり異なる文化の相手と接するのは刺激的だな」
「――そうだろうとも。人が人と接する以上、摩擦は避けられぬ。……だが、それ以上に喜ぶべきことだ。新たな他人を知り、新たな身内を増やしていく。人々が共感を得て、手を取り合う様は、何よりも美しいことだと、私は信じているのだよ」
「そうは言っても、相容れない人種はいるものだぞ? 例えば、何事につけ、物騒な手段を持ち込むようなやつがいる」
「しつけて飼いならす余地があるなら、それもまた楽しみだ。――どうにもならぬとあれば、排除する覚悟もいるがね。ああ、しかも幸いなことに、我々は強者であるらしい。強者は手段を選ぶことができる。素晴らしいことであるとは、思わないか?」
「まったく同感だとも。……いや、わが身の幸運を実感するよ、本当に」
モモンガは、焼餅を一つ手にとって、口に運んだ。ゴマ油の香ばしさと、小麦粉の食感を楽しんで、以後は他愛もない歓談に浸った。
――待っていてくれる人がいるっていうのは、いいものだな。一人暮らしが長かったから、余計にそう思うよ。
また一つ、いい思い出ができたな、と。モモンガは、今の幸福を感じずにはいられなかった。
そして、唯一の仲間と杯を重ねる。前は、ここまで酒に強くなかったはずだと思いながら、今の境遇を感謝した。
評価して、理解してくれる人がいる。仮想ではなく、現実にいてくれる。それがどれほどの励みになるものか、モモンガは実感せずにはいられないのだ。
準備だけは整えていたから、モモンガは初動を外さなかった。敵の拠点が墓地であり、アンデッドを戦力として用いていることもわかっている。数も多く用意されているのだから、よからぬことを企んでいるのは確かだ。
そして、大規模な戦力を運用するということは、目的も相応に大きなものと考えるべき。エ・ランテルの街を占拠、あるいは破壊するか、いずれかの国に戦争を吹っ掛けるか。それくらいの事態は想定しておいて、しかるべきであろう。
――そして、リイジーの依頼を果たす意味でも、ここで活躍する意味はある。首魁はあの女戦士で間違いない。わかりやすく脅威として現れたのだから、恩義を感じてもらわねばな。
アンデッドの総数は、遠目から確認するだけでも、千は居る。街を出て墓地へと斬りこむならば、それまで相当な数を屠ることになるのは明白。
モモンガは、死肉にまみれる覚悟を決めた。
「そろそろ行くぞ。準備はいいな」
「はい、いつでもご随意に」
「好きなように動いてください。俺たちは、モモン殿に付いていくだけですよ」
ナーベラルとリジンカンが、傍に控えている。露払いを任せるのに、不安はない。
低レベルのアンデッドなど、いくら居ようがモモンガにとっては烏合の衆に過ぎず、鎧袖一触に打ち破ることは容易い。だが、街の冒険者にとってはどうか。
数そのものが、絶望として映るであろう。何しろ、街の守りの要たる、衛兵が怯えているのだ。門を叩き続けるアンデッドの群れを前に、慌てて救援を求める様は、どうしたって無様に見えた。
――おっと、人死にはなるべく少ない方がいいのだったな。
ものは考えようで、無様をさらしてくれているからこそ、モモンガの活躍も映える。
それに人間を見下すのはよくない。自分はたまたま力を持っているから、余裕をもって対応できているのだ。
ナザリックが存在しなければ、己は果たして、どこまで動けたのか。
「低レベル相手は、やはりつまらんな」
思考を打ち切って、モモンガは目の前の敵を屠る作業に入った。街の門を飛び越え、死体どもを眼前にとらえる。
わかりやすく人の目に映るように、迅速に門に張り付いていたアンデッドを潰した。
文字通り、剣の一振りで砕いたのだ。右手で一振り、左手で一振り。それだけで、数体のスケルトンが骨屑になった。
「興を削ぐには早いですな。まだまだ、黒幕が控えているんですから。まあ、多少なりとも歯ごたえがあればいいかと、その程度の期待に留めるのがよろしい。どうせ、貴方に敵うものなどいないんだ」
「――フェイ。モモン……さんに対して、いささか不遜な言葉遣いではありませんか? 今少し、丁重に」
「ナーベ、お前は固すぎる。もう少し態度を柔らかくしろ。モモン殿は、もっと乱暴な態度でも文句など言いやしないさ」
二人とも、モモンガに追従して門の前に立っている。
従者たちの会話に、モモンガは混ざれなかった。返答に困ったというのもあるし、実際にナーベは気安く接してくれた方が、楽ではないかとも思ったからだが。
しかし、雑魚とはいえ見られていることを意識しての戦闘である。緊張を隠すためにも、口数は少ない方がよい。
――数だけ多い、というはやはり考え物だな。賢王の奴もつれてくればよかったか?
無駄に愛らしいハムスターは、今回はお留守番だ。下手に活躍させるよりは、三人だけで功績を独占する方が美味そうだと思ったからである。
魔獣が獅子奮迅の働きをしたとしたら、そちらに目が行ってしまうかもしれない。リジンカンは軽戦士の常として、手数が多く格下を殺す術に長けている。だからこそ、モモンガも最善の結果を狙えるのだ。
「一気に突破する。ナーベは私に続け。フェイは手の届く限り、見える範囲のアンデッドを処理しろ」
「具体的には、どこまで?」
「全てだ。お前の、戦士としての力量に期待している。言っている意味がわかるな?」
おおせのままに、とリジンカンは答えた。もちろん、フェイ・ダオとしての仮面を忘れたわけではない。
冒険者フェイ・ダオはあくまで一戦士に過ぎない。だから、戦士としての力以外は見せるな、とモモンガは言外に伝えたのだ。
「行くぞ、ついてこい!」
「はい! モモン様!」
さん付けで呼べ! と応えてしまったのは、戯れであったのか、そうでなかったのか。モモンガ自身にも、わからなかった。
思いのほか、テンションが上がっていく自分を自覚していた。それが不快でないどころか、楽しみに感じているあたり――己の人間性も戻ってきているのかもしれないと、何気なく思う。
だが、そうした彼の想いとは別に、彼の行動を観察している人々にとって、これは奇跡として映った。
「……信じられない。見えるか、アンデッドの群れを、無人の荒野を駆けるように進んでいる」
「なんという……あの戦士は、いや、あの戦士たちは、どんなに強いんだ。俺たちは、夢でも見ているのか……?」
衛兵たちが、思い思いに口を開いては、畏敬と驚愕の声をあふれさせた。あれほどの冒険者など見たことがない、と誰もが言う。
そして、アンデッドたちの目標も、わかりやすい脅威たる、彼ら三人へと変化していった。もはや、街など眼中にない。この恐ろしい敵を倒さぬ限り、生者の血肉にはありつけぬと知っているかのように。
「――俺たちは、英雄の誕生を目にしているのか」
モモンガの姿は、もはや門の上からでも見えなくなった。だが、遠くから響く剣戟の音が、戦闘が続いていることを教えてくれる。
そしてリジンカンは、襲い来るアンデッドの群れを的確に間引いていく。動きの鈍さをあざ笑うかのように、ゾンビの四肢をもぎ、首を飛ばし、スケルトンの腰骨を砕く。時には飛刀を用いながら、街へ一歩たりとも近づけさせまいと、単独で奮闘していた。
「カバーしきれないなどと、文句を言っても始まらん。――さて、速度をあげていくか」
リジンカンは、不格好な鉄の直剣を手にしながら、縦横無尽に駆け回った。そして彼の働きを見た衛兵たちも、勇気を奮い立たせてアンデッドどもに対抗する。
「俺たちが震えていたら、誰が街を守るんだ!」
「たった一人に働きで負けるな! 兵の名折れだぞ!」
士気が向上し、衛兵たちの目に希望が宿る。
英雄といい、傑物という。そうした人物が、すぐ近くにいてくれているという事実を、エ・ランテルの者たちは今、明確に意識したのである。
レベル差があり、敵も特別な行動をするわけでもなく、ただ向かってくるばかりとなれば。
モモンガにとってはルーチンワークに等しい。外野がどう見ているかは別として、彼は脅威など微塵も感じることなく、中枢にまでたどり着いてしまった。
「拍子抜けだな」
リジンカンを置いていったことに後悔はない。いちいち手綱を取らねばならぬ相手ではないし、今回の側仕えはナーベだけで充分だ。
――まあ、どうとでもなるか。油断は禁物だが、理性のない雑魚が相手なら、いくらか余裕を持ってもいいだろう。
ここまで遠く離れれば、街の人々からも確認できない。途中から面倒になってきたので、手の届かないところは、アンデッドを作成して当たらせた。
そうして、モモンガは霊廟の前に立っている。ここからでも、怪しげな連中が儀式を行っている様子が見えるが、その中で際立つものが一人。
「女? ――話に聞いた、女戦士か。なるほど、あいつが言うように、美人ではあるらしい」
たった一人だけ、女がいた。外見を見る限り、聞き取った情報と相違はない。
軽装、細剣、金髪、そこそこの美人。人によっては、たまらぬほど食指を動かされるであろう、獣のようなしなやかさと凶暴さを持った、均整の取れた肢体。あの色男ならば、どのように表現しただろう。
――ま、どうでもいいことだ。レベル的にも、脅威とはいいがたいしな。
モモンガは性欲が随分と薄くなっていたから、欲望に心を乱されはしないが。
リジンカンが手加減して、見逃す気持ちになったのは、相手が美女だったからだと。それくらいは、理解できた。
「……こちらに来ます」
「ばれていたか。いや、隠ぺいしていたわけではないから、当然だが」
その気になれば、気づかれずに近づくこともできたが、モモンガはあえてしなかった。
敵の反応が見たかったというのもあるし、戦士としての己をまだ演じていたかったというのもある。
英雄モモンは戦士である。戦士であるならば、敵は真っ向から迎え撃ってしかるべき。
「聞こえたよ。――あいつはどこ?」
「飛刀の男なら置いてきた。今頃、街の外でアンデッドを処理しているだろう。……残念だったな?」
「別に。お前を殺してから行けばいいだけ。……街の外なら、すぐに向かえるし」
大した違いじゃないよ、と彼女は言った。
その不遜な態度に、まずナーベラルが気分を害す。即座に殺してやろうかと得物を構えるが、モモンガが制止する。
「よい。抑えろ」
「モモンガ様! ……ああ、いえ、その」
「許す。私のための怒りだとわかるからだ。――すべて、許そう。だから、ここは私に任せてくれ」
モモンガは、彼女の不適切な言葉を許す。ナーベラルは、憎しみを込めた形相だったが、歯を食いしばり、両手を固く握りしめて耐えている。
主であるモモンガに対して、下郎に対するような扱い。これを見過ごすことは、従者としての誇りを傷つけるようなものだろう。当の本人になだめられても、目の色には強い殺意が表れていた。
「番犬みたい。別に興味はないけど。……ああ、一つだけあった。よく、ここまで来れたね? 私たちがここにいることが、わかっているみたいだった」
「霊廟があからさまに怪しかったのは、確かだからな。不思議でもないだろ?」
「そうだね。で、お前はあいつの知り合いってことでいいんだね?」
「繰り返すが、飛刀の男のことなら、そうだ。色々と聞いてきたからな、クレマンティーヌ、と言うんだったか?」
名を呼ばれたとき、明確に彼女の顔が嫌悪にゆがんだ。お前が名を呼ぶな、と言わんばかりに。
モモンガは、その反応に、『女』を感じた。罪作りな奴、とリジンカンに内心で呼びかける。自分のことは棚に上げて、あの色男を困らせてやりたいと、遊び心さえ生まれていた。
「あいつは美人を手にかけることに、抵抗があるらしくてな。私にとっては意味のないことだが、彼個人の価値観は尊重したい。美しく産んでもらった、両親に感謝すべきだぞ?」
「うるさい。不快だよ」
「と、言われてもな。自重する気はない。なぜならお前はただの障害物に過ぎず、凡百の敵役に対する配慮など、私は認めない。――抵抗するなとは言わないから、存分に戦うことだ」
モモンガは、斬りかかることでクレマンティーヌへの挨拶とする。
彼女の方もまた、迎え撃つことで返礼とした。撃ち合う剣。鋼同士が重なり合い、火花を散らす。
細剣が折れる前に、彼女の方から打ち合いを流す。一撃の邂逅の後、口を開いたのは彼女の方だった。
「なんだ、全然大したことないんだ」
「……力だけは、それなり以上だと自負しているが。いや、その細い剣でよくやる」
「馬鹿力。でも、技量が伴ってないよ。ああ、つまらない。あいつだったら、もっと楽しく打ち合えるんだろうになー」
心底残念だとばかりに、クレマンティーヌは言う。
モモンガは、自分が戦士としての技量に劣ることを、素直に認めた。なるほど、熟練した戦士から見れば、己のそれは児戯にも等しいであろう。
「だからといって、退く気はない。戦士の先達殿、その自慢の技量とやらを、ご教示願おう」
「は! 学ぶ前に死んでるよ。……お前に興味ないのは本当だし、さっさと逝ってくれる?」
彼女は、全力でかかるつもりだった。だから、モモンガもこれを幸いと、存分に学ぶつもりだった。
「そこの番犬には、相手を用意してやるよ。――嬉しいだろ?」
「ナーベ、付き合ってやれ。……私の心配は無用だ」
かつて、カジットの高弟であった者たち。彼らが命がけで作成した、スケリトル・ドラゴンが二体。霊廟から現れたそれは、その巨躯をこれ見よがしにしならせながら、モモンガとナーベラルの前に現れた。
「適当に遊びながら、街の方にまでひきつけろ。城壁の衛兵に見える位置までおびき寄せ、時間を稼げ。……そうだな、移動してから一時間も持たせればいい。攻撃をいなしながら退いて、街をかばうように動いていれば、それなりに苦戦しているように見せられるだろう」
「御意。モモン様が駆けつけてくるまで、演技を続けておきます」
クレマンティーヌを処理したら、モモンガが駆けつけて颯爽と骨の竜を斬り倒す。そうした筋書きが、もっとも美しい。うまくいくかどうかは、さておいて。
「残すのは一体でいい。だが無理は許さん。手加減が難しいと感じたら、残りの一体も遠慮なく潰してやれ。演技にも限界があることを忘れるな」
「……おおせのままに。決して、無様はさらさぬと約束いたします」
そうして、ナーベラルは距離を取った。スケリトル・ドラゴンどもも、彼女を追っていく。
どうせなら、一石二鳥を狙いたいものだ。モモンガの思惑が常にうまくいくとは限らぬが、失敗したとしても、傷は浅く済ませたい。
声望が高まるのは、モモンとナーベ、あるいはフェイ・ダオか。いずれであっても良い。それくらいの分別は、彼にもあった。
「後衛の補助があるなるともかく、一人で勝てるつもりなんだ。飛刀の男を呼んでこなくていいの?」
「勝つつもりだとも、クレマンティーヌ先生。かつて人気を博したRPGでは、経験を稼ぐのにうってつけの標的に対して、『先生』と呼ぶのが習わしだったそうだ」
ならば、それに倣うのも一興だろうと、モモンガは言った。クレマンティーヌは、やはり顔を嫌悪にゆがめたまま、無言で斬りかかる。
速度に劣るモモンガは、それを鎧で受けた。ダメージはないが、やはり前衛職の技術は侮れぬ、と想いを新たにする。
「わけわかんない。……ああ、もういいよ、どうだって。イラつくから死ねよ、お前も、あいつも」
「そろそろ、言葉を尽くすのにも飽いたか。私も、ここからは剣だけで語ろう」
一時間、戦士の経験を積む時間としては、いささか短すぎたか。いや、それはこの場限りのことだと、モモンガは気持ちを切り替えることにした。
――持ち帰れば、いつでも殴り合える。とりあえず、概要だけでも吸収できれば上等だ。
クレマンティーヌは、程なく後悔することになる。自身が誰に戦いを挑んでいるのか、きちんと理解さえしていれば、まだしも苦痛の少ない敗北を迎えられたろう。
一つ確かなことは、彼女が諸々の真実を思い知るのに、一時間もかからなかったことだった。
全てのことが、二十四時間以内に決着したと言えば、どれほど驚異的なことであるかわかるだろうか。少なくとも、街の住人たちにとっては、英雄的行為であったことは確かである。
アンデッドの討滅には思いのほか手間取ったが、リジンカンもナーベラルも、この点では過失を犯さず、完璧に仕事をこなした。
スケリトル・ドラゴンも、一体は危うげなく二人で連携して倒してくれていた。そして残った一体も、駆けつけたモモンガが一刀両断にして打倒した。
城壁で兵士たちが見守る中、適当に演出を入れながらの勝利である。英雄譚の一節としては、そこそこの出来ではないかと、当人たちも自賛していた。
――その点については、街の連中の反応を見るに、そう外れてはいないと思えるが。
ひと仕事を終えて、モモンガは宿屋の一階でくつろいでいた。周囲を見やれば、先日と変わらず、色々な冒険者たちが飲み食いしている。
――日常が戻ってきた、と言えるのだろう。一日にも満たぬ異常だったが、これを収めた我々は、望外の結果を得ることができた。これは僥倖と言って良い。
冒険者組合からの表彰やら何やらも予定されている。地位の向上、名声の流布。そうした結果に満足しながらも、冒険は始まったばかりなのだと、気を引き締める。
――あれの処分というか、処遇についても考えねばならんし。どうせ一朝一夕では片付かないんだから、ゆっくりと進めるか。
モモンガは、クレマンティーヌの遺骸をひそかにナザリックに送っていた。
リジンカンがいるなら、しばらく放っておいてもどうにかなるだろうと。念には念をと、自らナザリックまで運び込んでいたのだ。
蘇生する時期は、まだ先にしようと思っている。モモンガは街を守ったパーティのリーダーだ。あれやこれやと持ち上げられて、宣伝され、仕事も割のいいものが舞い込んできていた。
実際に仕事にかかるのは、先送りにしてもいい。しばらくは、組合に深入りするのも手だろう。
エ・ランテルは、人間関係についてはまっさらの土地であるし、上層部に人脈を作るのも重要だ。
――さて、リイジーは約束を守ってくれるようだし、幸先の良いスタートだと言える。目論見通りに事が進むのは、気持ちがいいものだな。
未来のことばかりを考えて、すっかりモモンガは浮かれていた。
油断していた、と言ってよい。だから、緊急の報告があると伝言が飛んできたときは、いささか驚いた。
ウォン・ライの声でなければ、あからさまに動揺したに違いない。外にいる状態で、それはまずい。落ち着くためにナーベラルやリジンカンを置いて、一人で自室に向かう。
両者に追ってくるな、とわざわざ言い残す念の入りようで、自室に入ると力を抜いて椅子に腰かける。伝言の内容を頭の中で反芻しながら、落ち着いたところで彼に返答した。
「……もう一度言ってくれ。聞き間違いでないと確認したい」
『シャルティアが、ナザリックの制御を離れた。もう一度言おう。守護者たちは、彼女の裏切りを想定している』
「ありえない。いや、ありえないと……思いたい」
『そうだ、ありえてはならない。――実際のところ、ユグドラシルでのバッドステータス、魅了か混乱か、支配の状態に近いと見ていいだろう。NPCが一時的に離反した状態に過ぎず、そこまで深刻に見ることではない』
取り返しがつくことだ。どうにでもなる。
ウォン・ライが、繰り返すようにそういった。だから、モモンガも冷静さを取り戻す。
アンデッドの特性として、強い動揺は現れないようになっているのだが、いくらかの感情の揺れ動きは残るものだ。それをなだめるのは、実際のところ、さしたる労力ではない。
――落ち着け。シャルティアは、自ら敵に回ったのではない。どうしようもなく、その状態に陥ったと考えるべきだ。忠誠を疑うのは、事がはっきりしてからでも遅くないだろう?
しかし、発散せずため込むことも、精神衛生上悪いことだ。相手が相手なので、モモンガは気取らずに話を進めた。
「ん、そうだな。取り乱して、悪かった。……シャルティアには、確か仕事を任せていたと思うが」
『足がつかない、都合のいい強者の確保。言葉を飾らずに言えば、犯罪者の拉致だ。適当な盗賊の巣を襲撃すれば、いくらかは確保が見込めると思っていたが、思わぬ結果となった』
この世界の魔法や、武技を修めた人間を捕縛し、研究することは急務であった。ナザリックは情報に飢えており、知るすべがない領域においては、世の全てが脅威と言える。
そのため、使いつぶしても非難されない、犯罪者を狙っていた。探せばいるはずだと思い、セバスやシャルティアにその任に当たらせていたのだが。
「――いや、こちらが侮りすぎていた。この世界のレベルが低いものだと決めてかかっていた。その油断を突かれたんだ。くそ、予想できたはずなのに。……ああ、そうだ。これは俺の失敗であって、シャルティアの失態ではない。それだけは、間違えてはいけない」
モモンガは己を責めた。部下を責める前に、己をかえりみて反省する。
自分の失敗を部下に押し付ける上司が、いかに醜いか。彼はそれをよくわかっているから、常に自戒の心を忘れず、短絡的な思考だけで完結しない。
だからこそ、確認すべきことに思い至って、ウォン・ライに問うた。
「セバスは? ともに行動させていた、ソリュシャンは無事なのか?」
『大事ない。二人とも無事だ』
「良かった。もし二人にも、何かしらの被害が及んでいたとしたら……私は、適切な命令ができない、愚かな主人になっていただろう。力量に見合わぬ仕事を任せて失敗したなら、それは命じたものが責任を取るべきだ。そうだろう?」
モモンガは、不安を感じていた。自身の失敗を重く見て、自信を失いかけている。やはり己は、ナザリックの支配者として相応しくないのではと、恐ろしい疑念すらわいてくる。
だが、そうした悲観を吹き飛ばすように、ウォン・ライは努めて明るく言った。
『その通り。そして、モモンガ殿は適切な命令を伝えられた。二人は、途中までは順調に任務を遂行していたのだ。……シャルティアについては、事故とみるべきだろう。まだ詳細は明らかではないが、早急に情報を収集する』
「ああ、頼む。私は――そうだな。冒険者としての仕事は、一時中断して、シャルティアの件に集中しよう」
『小さなことでも責任を感じるのは、貴方の長所だよ。そして、即座に判断して挽回を狙いに行く強かさは、それ以上に素晴らしい長所と言える』
「私は、間違っていないか?」
『正しいとも。これからそれを証明しようじゃないか。私のバックアップでは、不安かな?』
「まさか。……充分だよ、ありがとう」
下手に手を抜いたり、手間を惜しめば、致命傷になりかねないと、モモンガは感じている。
ウォン・ライも、そうした気持ちがわかるのだろう。またナザリック内で話し合おうと答えて、伝言を終了した。
――そうだ。失敗したなら、それを上回る成功で取り返せばいい。シャルティアのことだって、手遅れというわけでもなし。事を収め次第、対策を練れば済む話だ。
弱気になった自分を鼓舞して、モモンガは前向きになった。新しい世界で、新しい事業に向かっているのだ。アクシデントはつきものである。
そう割り切って、彼はナザリックへの帰途についた。
――気楽に焼餅でもつまみながら、とはいかないが、肩の力は抜いておこう。そうだとも、失敗しない人なんていない。委縮して行動しないことの方が、きっと害は大きい。動くべきだ。
考えつく限りのことを考えて、必要な対策は全てたてよう。
もはやモモンガにとって、ナザリックは帰るべき故郷であり、そこにいる者たちはみな身内である。
身内のために骨を折るならば、構わない。モモンガは気持ちを新たにして、現状と向き合う覚悟をした。
「シャルティアは、気に病むかもしれない。終わった後のケアについても、話し合うか。ウォン・ライなら、上手に慰めてくれるだろう」
モチベーションを保つためには、首尾よく終わった後のことを考えて、気を紛らわせるのもいい。常に都合よく事が運ぶとは限らないが、夢想するのは自由だ。
そして、時に楽観的な仮定や空想は、救いとなることもある。失敗を恐れるのではなく、成功への道筋を考えること。モモンガの頭の中は、もはやそれだけに集中していた――。
悩んでは書き直す、不毛な日々はもう繰り返しません。
書きたいことを書きたいように書こう。話が停滞するくらいなら、無理にでも前に進む方がマシだと思うようになりました。
具体的には、省いて問題なさそうなところは、省略してしまうことを覚えました。
一番まずいのは、話の続きが書けなくなることですから、ともあれ先を書きたい自分としては、いくらか妥協したくなったのです。
一応見直しはしていますが、筆者はよく勘違いや見落としをするので、何かしら原作的にまずい部分があれば、いつでもご指摘願います。