ナザリックの赤鬼   作:西次

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 ちょっとまだ見直しが十分でない気がしますが、待たせすぎたとも思いますので、取り急ぎ投稿させていただきます。

 何かしら問題点があれば、気兼ねなくご指摘ください。


第十一章 冒険者として

 ウォン・ライは、申し訳なさそうにうつむいていた。何しろ、勝手な都合で部下のプランを却下するのだから、気が重くなって当然である。

 捕虜の扱いは、モモンガとの話し合いで決めてしまった。もともと、人間牧場の採用には慎重を要すると思っていたから、即決することはまず無理であったろう。

 しかしそれらはこちらの都合。デミウルゴスは、真面目に完璧な牧場の絵を描いてみせたというに、今は我慢しろと言わればならぬ。

 

「お気になさらず。また改めて、機会をうかがえばよいこと。ウォン・ライ様が心を痛めるようなことではありません」

「いや、お前の努力を無にした。それは確かだ。……すまない。捕虜の連中は、あまり大々的に使いつぶすことができなくなった。ほかの使い道を見出してしまってな。悪いと思っている」

 

 デミウルゴスは、捕虜の数を考慮して、穴のない繁殖計画と牧場経営を、書面で立案してみせた。つがいの作り方から、箱の規模まで詳細に詰められている。

 組織の経営と維持については、ウォン・ライも一家言ある身であるが、彼のそれは文句のつけようがなかった。もちろん、倫理的な――人道的な見地からいえば論外だが、悪魔の論理はどこまでも効率のみを追求する。

 

――モモンガに相談できることではない。心労はなるべく減らしてやりたいし、草案段階なら握りつぶしても言い訳が聞く。……実行に移すとなると、報告せんわけにもいかなくなるからな。

 

 そしてナザリックの利益がすべてに優先する以上、単純に慈悲やら情けやらを示すわけにもいかない。愛すべきギルドマスターは、それが有効と理解したなら、不快であっても許可するだろう。そして、自らの決断を嫌悪しても、皆で決めたことだからと我慢するに違いない。

 わずかな心労でも、積み重なれば悪影響は出る。ウォン・ライは、モモンガの精神を荒ませたくなかった。せめて段階を追って、成長させていくべきだと考えていた。

 嫌なことを先送りにしただけ、と言われれば、そうであろう。それでもモモンガには、適応のための時間が必要なのではないか。

 

「牧場という規模を維持するには、どうしても数がいる。しかし残りの捕虜を丸ごと実験的に消費するのは、今となっては都合が悪くなってしまった。下手に潰してしまえば、柔軟な運用ができなくなるからな」

「お二人が話し合って決めたことです。私に異論などありましょうか」

「――すまない。せっかく有用な計画を立ててくれたが、今は見送らせてくれ」

 

 ウォン・ライは、改めて頭を下げた。その顔には苦渋がにじみ、心痛を思わず察してしまいそうな、悲痛な雰囲気が感じられる。

 だからこそ、むしろデミウルゴスは焦ってしまった。この程度、何ほどのことではないのに。悪魔の頭脳からすれば、今回の件自体がお遊びのようなもの。ご破算になったとて、痛手はないのだ。

 それを、『部下の楽しみを奪った』くらいの軽い話で頭を下げられては、恐縮するばかりである。

 

「そのような……こちらこそ、お許しください。私から、勝手に申し上げたこと。そこまでに気にかけてくださっているなら、もう少し融通の利く計画にすべきでした」

「いや! お前は完璧だった。どのような仕事でも、完璧にこなしてみせる。それがデミウルゴスという知者の価値なのだ。――控えめにやろうなどと、考えてはくれるな。お前は、そのままでいい。何ら負い目を感ずることなく、これまで通りいい仕事をしてくれればいい」

 

 デミウルゴスの牧場は、書面において完璧だった。非の打ちどころがなく、完全に、無駄なく、効率的かつ現実的な地獄を生み出すところであった。

 まさに、完璧すぎたといってよい。あらゆるものを使いつぶし、余すところなく利用しつくす計画は、完成度が高すぎたために些細な狂いさえ許されていなかった。

 これは彼なりの完璧主義の表れであろう。それだけ力を入れて、貢献したかったに違いない。目に見える成果を出して、役に立っているという実感を得たいのだろう。

 

――そうした心情も見えるから、一概に切って捨てることもできぬ。うっぷんをたまらせるのは、よろしくない。『先送り』という形で希望を持たせねば、彼とてやり切れぬ思いをするだろう。

 

 計画だけを見るなら、彼自身の運営能力と、捕虜全員を十全に使い切る状況さえ整っていれば、問題なく機能したに違いない。

 優秀な男であるのは確かであった。だからこそ、自らの力を認めてもらいたい気持ちも、人一倍強いのだろう。これを無下にするばかりでは、やる気をそぎかねない。何かしらのフォローが必要だと、ウォン・ライは考える。

 

「いえ、こちらも急ぎすぎました。熟慮して、案を練り直せばよいことです。今しばらくの時間を、いただけますでしょうか」

「ああ、もちろんだとも。――無理はしないようにな」

 

 計画の修正は、おそらく容易であろう。当初予定した規模と範囲を狭めて、そこそこのものを作り直すことはできる。

 ただ、その時になってまた修正が入ってやり直し、では面目が立たぬ。少々のアクシデントが起こっても問題ないよう、入念に準備しておきたいと、デミウルゴスは考えた。そのためにも、様子を見る時間がいる。

 そうした意思を、ウォン・ライの方も感じ取ったのだろう。ねぎらうように、付け加えて言った。

 

「……仕事続きで、疲れているだろう。今日一日は休暇を取るのはどうだ。差し迫った仕事もないことだし、気分転換も、たまにはいい」

「そうですね。――お言葉に甘えさせていただきます」

 

 デミウルゴスは、決して反感を抱いたわけではない。ただ、残念には思っているから、気分を切り替えたい気持ちはあった。

 ウォン・ライの言葉には、温情が感じられた。失望されているのではなく、ただ案じられている。そうした気遣いも理解できているから、彼の心にしこりはない。

 

「急な休みができると、時間のつぶし方に困るものだ。……実務を離れて、趣味に興じるのも手だ。その気があるなら、私の方から一つ貸し出そう」

「は、それは……?」

「なに、ただの余興だ。休めと命じたのだから、それなりにリフレッシュしてもらわねば、意味がないだろう? いい話だと思うがどうかな。貸し出すのは、先日の人間だが」

 

 ニグンとか言ったが、そんな名札は忘れて遊んでよい、とウォン・ライは言った。物足りないなら、度が過ぎない範囲で、つまみ食いも許すと。

 さしたる気負いもない、穏やかな声である。子供におもちゃを投げ与えるように、赤鬼の態度はあっさりしたものだった。

 

「遊びがいのある玩具をいただき、ありがとうございます」

「壊さなければ、どんな楽しみ方も許そう。気兼ねなく、休養を取りなさい」

 

 ウォン・ライは微笑んでいた。残酷なことを口にしているとわかっていて、なお笑った。

 そして、デミウルゴスも感謝の意を笑顔で示した。悪魔の笑みはどこまでも邪悪に見えたが、鬼の笑みには相手への慈しみ、身内への愛情が感じられるほどだった。

 

「ならば存分に。今日一日は、弄り回すことにいたしましょう。――なるべく、長く楽しめるようにした方がいいですね」

「ああ、教育に協力してくれるなら、願ってもない。ナザリックに早くなじめるなら、その方が彼のためでもあるだろう。――苦痛を感じる時間は、短いほど良い。デミウルゴス。君にその気があるのなら、彼に自らの幸福を実感させてやりなさい」

 

 残酷なまでの冷淡さと、あたたかな情愛を同時に抱いて矛盾しない。中立の属性も、見方を変えればどこまでもおぞましくなる。

 その例として、ウォン・ライほどふさわしい者は、他にないであろう。彼はどのような残虐な行為の後でも、変わらない笑顔で子供たちを愛せる人物であった。

 

「はい、了解いたしました。――まこと、あれは幸福です。ナザリックにおいて、至高のお方に気にかけられるほど、幸せなことは他にないのですから」

 

 デミウルゴスは、心から享楽に浸るつもりだった。愉悦の感情が、笑みを凶悪なものに見せる。

 ウォン・ライは、それを許した。彼にとっては、この程度の邪悪は何ほどのことでもない。必要な悪は許容するのが、その男の倫理であった。善行を行うのと同じ感覚で、ウォン・ライは悪行を成してしまえる。

 

 生前、彼は二十二世紀の中国という、暗黒大陸を導いた指導者でもあったのだ。それほどの偉業を成した男が、単純な聖人君子であるわけがない。

 愛情に満ち溢れていることと、外敵に対して非情であること。心優しいことと、残酷であること。それらの両立を、彼はまさに体現していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慎重さにおいて、モモンガはそれなりに気を使っているつもりであった。

 油断していたつもりはないし、臆病さは常に心の中にある。だが、どこかで傲慢であったのだろうと、彼は思い知らされた。

 

『文字が読めない、というのは結構面倒なもので、周囲に知られれば侮られて不利益を招く。そして文字が分からなければ、依頼書から適切なものを見つけるのは難しい。なら、人を介して依頼を得ればいいわけで――どうにか、事前に話をつけられました。リーダーとして、対応をお任せしますよ』

 

 言語の違いという事実に打ちひしがれたモモンガは、頭を抱えるところだったが、リジンカンの伝言によって、気持ちを切り替えることができた。彼はいつの間にか姿を消していて、ちょっとした商談を成立させたらしい。その行動力は称賛に値するし、短時間に話をまとめる交渉力は、モモンガにとってもいい意味で予想外である。

 

――状況に迷っていたから、この申し出は渡りに船というもの。まったく、よくぞ優秀な義息を持ってくれたと、感謝すべきだな。

 

 冒険者組合に来て、さてどのような活動をすればいいかと、依頼書に目をやってみた。するとどれもこれも、モモンガに解読できる文字ではなく、独自の言語でつづられている。

 手に負えないとわかると、ナーベに助けを求めたが、彼女も読めない様子であった。だから、リジンカンが早々に手を回してくれたのは、彼にとって幸いであったといえるだろう。

 

『びっくりするほど的確な行動だな。……よく気づいてくれたと褒めたいが、話がうますぎる。どうやって依頼を調達した?』

『昨日のうちに、組合には顔を出しておりましてね。あれこれと冒険者を観察して、適当な能力があって、適度に困りごとがありそうな連中を見定めておきました。――伸びしろがあって、ある程度の稼ぎを必要としながらも、後一歩が足りない手合い。その中でも人格が良さそうで、協調性のあるパーティを選んだつもりです。ま、気楽に接してやってください。悪いようにはならんでしょう』

 

 彼は用意周到だった。単独行動によって、いち早く広く活動していたから、この手の問題にも気付けたのだろう。そして即座に対応してみせ、利益を呼び込んでくれた。

 話の中には、手柄を強調するための、いくらかの誇張もあろう。だがモモンガの求めるフォロー役として、十分な成果である。このリジンカンの才覚は、どこから来ているのか。

 

 華僑の商才は、日本人にも有名である。もしかしたらウォン・ライは、やり手の企業家で、リジンカンにもその才能が受け継がれているのかもしれない。詳細な設定まで把握していないモモンガは、とりあえずそのような解釈をすることにした。

 

「貴方がモモンさんですね? 私はペテル・モークと申します。フェイさんから、話を聞きました。何でも、凄腕の戦士であるとか」

「――さて、こちらの冒険者の水準はまだ把握していないので、何とも。しかし、それなりに経験は積んでいるつもりです。足手まといには、なりませんよ?」

 

 リジンカンが連れてきた冒険者たち。そのリーダーらしき男から声を掛けられる。

 紳士的で、礼儀をわきまえた人物らしかった。これなら、モモンガとしても対応しやすい。漆黒の剣、というパーティを名乗った者たちは、それぞれに自己紹介する。

 名前と顔を覚えるのは、モモンガの得意分野である。初対面でも親しく接して、警戒心を解くこともまた、経験豊富な分野であった。

 ちょっとした話し合いの中でも、相手への敬意を忘れずに応待すれば、より踏み込んだ話がしやすくなる。経験則として、モモンガはそれを知っていた。日本の社会人として、それも営業として職歴を重ねてきたことは、無駄ではなかったらしい。

 

――こちらの把握していない分野、その内容は確実に理解しておくべきだ。機会は逃さないようにしないとな。

 

 会話の最中に、生まれながらの才能――タレントについても知れたのは、思わぬ僥倖であった。他にも知らなければならないことは、いくらでもあるだろう。

 

「話は分かりました。討伐依頼を行うから、戦力の増強として、我々の力を借りたい。そういうことですね?」

「はい。フェイさんは報酬は折半でいいとおっしゃっていましたが、リーダーはモモンさんでしょう? 問題はありませんか」

「それで結構です。お互いに冒険者として、対等な付き合いが出来るのなら、それが一番いい。どうぞ、よろしくお願いします」

「いえいえ、漆黒の剣のリーダーとして、こちらこそよろしくお願いします。モモンさんは、装備からして只者ではない様子ですし、ナーベさんは第三位階まで魔法が使える。フェイさんはよくわかりませんが、お二人と組んでいる以上は、優秀な戦士なのでしょう。期待させてもらいますね」

 

 相手方のリーダーであるペテルは、和やかな雰囲気を維持したまま話を進めた。社交的で、他のパーティとも上手く接する術を心得ている。

 いかにも中堅どころらしい冒険者である。彼らをモデルとして、冒険者のレベルを測るのもいいとモモンガは考えた。力量はもちろんだが、知識、教養なども付き合う内に引き出しておきたい。

 冒険者には相応の振る舞いというものがあり、生まれ育った文化の差異もあるだろう。そうした日常的な分野は、なるべく早く知るにこしたことはないのだから。

 

「こちらは、もう準備を済ませてあります。モモンさんがよろしければ、これからすぐに動きたいと思っているのですが」

「いくらか、食料の補充が出来ればと思っています。手持ちが少し、心もとないので」

「ああ、それならさっき、フェイさんが手配していましたよ。なら、心配はいりませんね」

 

 食料など必須ではないが、カモフラージュのために、多少は必要だろうと思っていた。

 だがリジンカンは、そこまで気を使ってくれたのかと、思わず彼の方を見やる。

 

「カウンターに用意してくれてるんで、ちょいと取りに行ってきます。すぐに戻ってきますから、それから出立ということでよろしいですな? モモン殿」

「ああ、そうしよう。――漆黒の剣の皆も、それでいいかな?」

 

 彼らの方も、否やはない。決まることが決まったのなら、後は出立するだけだが……。

 

「あ、ちょっといいですかね、モモンさん」

「はい。ルクルット……さんでしたね。なんでしょう?」

「お三方はどんな関係なんでしょうか! 特にナーベさんとの関わりについて詳しく!」

 

 ルクルットの問いは、お決まりの社交辞令から、一歩踏み込んだものである。

 お互いの素性を知るのは大事なことだが、詮索嫌いの人間はどこにでもいるもの。紹介した以上のことは、あえて聞かないのも、付き合いのうちに含まれるものだが――。

 しかし、あれこれと情報を一方的に引き抜いて、こちらは何も語らない、では不公平もいいところだ。そうした負い目は、モモンガの心に良くないものを残す。

 

「……仲間です」

 

 モモンガは、相手の意図を知るために、あえて一言だけ答えた。それで義理は果たしたと思うことにする。ここからどこまで突っ込んでくるかで、ルクルットとやらの器量も知れる。

 共に行動する相手、その性格を知るための、彼なりの手管であった。だが、そうした思惑などぶっちぎって、ルクルットは言う。

 

「ナーベさん! 貴女に惚れました! 一目ぼれです、付き合ってください!」

 

 鼻息の荒さから、ジョークでないことは一目瞭然であった。これにはモモンガも一瞬、思考が止まった。

 ここではむしろ、ナーベラルの方が臨機応変に対応できた、と言える。

 

「黙れナメクジ。舌を抜きますよ?」

「ありがとうございます! 友達から始めるということでいいですね!」

「死ねウジムシ。誰が友人になるって? その挑発的な目をスプーンでくり抜いてやりましょうか」

 

 適切な対応であったかどうかは、さておき。ともかくナーベラルは拒絶した。ならばモモンガとて、その意思を尊重したいと思う。

 とりあえずこの場を収めようと、モモンガは口を開こうとしたが、それより先にぺテルの方から詫びてきた。

 

「仲間が、ご迷惑をかけます。申し訳ありません」

「いえ、こちらこそ。……ナーベ、そこまでにしておけ」

「ルクルット、強引に迫るのはよくありませんよ」

 

 リーダーの声を無視するほど、二人の物分かりは悪くない。

 ただ、それは自重したという意味であって、気持ちを入れ替えたというわけではないのだ。ルクルットは露骨な視線をナーベラルに向け、彼女もまた蔑みの目で彼を見ている。

 困ったものだと思いながらも、何とか折り合いをつけるしかないか、とモモンガはあきらめた。どうせ、そう長い付き合いにはなるまい、と思ったから。

 

「さ、こちらも準備は整ったぞ。物資は買い足しておいたから、あとは出発するだけかな? モモン殿」

「ああ、リ――、フェイ・ダオ。お前を待っていたところだ」

 

 頭を悩ましていた時に、頼もしい従者が帰ってきたと、モモンガは安心する。気休めに近いが、彼が間に入ってくれれば、ナーベラルの態度も軟化するのではないか。

 それくらいの期待をしてもいいだろうと、なんとなく彼の方を見やる。すると、心得ましたとばかりに微笑んで、リジンカンはナーベラルに声をかけた。

 

「どうしたナーベ、せっかくの美人がもったいない。しかめっ面よりは、無表情の方がお前らしいぞ」

「……貴方には関係ないでしょう」

「そう怒るな。口説かれるのは仕方ない。美人だからな、お前さんは。――どうだルクルット、うちのお嬢様は綺麗だろ?」

「おう、これまで見たことがないくらいに美人だ! まったく、よく紹介してくれたよ!」

 

 ルクルットの元気のよい返事に、思わずナーベラルはリジンカンを責めるような目で見た。

 この結果は貴方のせいかと、問うような視線であった。

 

「おいおい、紹介までしたつもりはないぞ。彼女が大層な美人だとは言ったがね。――気難しいから、付き合うのはあきらめろ」

「そりゃないぜ。いい女を口説いて何が悪い。無理強いしてるわけでもなし」

「これから、一緒に仕事をする仲だ。焦ってがっつくほうが印象が悪い、だろ? ……ま、本当にその気なら時間をかけることだ」

 

 ルクルットとリジンカンは、友人のような、気安い会話を続けていた。

 その態度にいら立ちでも感じたのか、二人の会話に割り込むように、ナーベがつぶやく。

 

「フェイ。私はソレに付き合うつもりなど、これっぽっちも! ……ないのですが」

「無視したければそうしたらいいし、目障りならはっきり言ってやればいい。ナーベ、美人として生まれたなら、男のこうした態度には慣れろ。――そのうえで、羽虫には羽虫なりの習性やら道理やらがあることも、理解できるようになったらいい」

 

 男は馬鹿だから、美人が多少つれなくしたところで、それも魅力だと勝手に納得するからな――と、リジンカンは軽く言い放った。ルクルットも、笑ってそれを肯定した。

 

――リジンカンは言葉とは裏腹に、ナーベラルの想いをくみ取っている。巧みにルクルットの視線をさえぎったり、彼女の目に彼が映らないよう振る舞って、緩衝材の役割を果たしてくれている。

 

 モモンガとして意外ではあったものの、リジンカンは確かに、自らを推すだけの能力を持っている。ナーベラルの強烈な排他性も、彼のおかげで、少しは大人しく演出できただろう。これだけでも連れてきて正解だったと、思わせるほどである。

 

「ところでモモン殿、追加で依頼が入ったようだ。競合するような内容ではないので、同時に受けて構わないと思うが、どうか」

「まずは、話を聞こう。その依頼人とやらは?」

「こちらだ。いや、受付嬢から、ちょっと話を聞いてね。……俺も確認したが、相応に訳ありだ」

 

 断るのはよしたほうがいい、とモモンガにだけ聞こえる声量で、リジンカンは言った。

 どういうことか、モモンガは頭をかしげざるを得なかったが、疑問はほどなく氷解する。

 

「ンフィーレア・バレアレと申します。モモンさんに依頼をお願いしたく思います。……どうか、僕の話を聞いてください」

 

 宿屋で冒険者を吹っ飛ばした件が関わっていると聞いて、モモンガは自省せざるを得なかった。

 そして薬草の採取と警護の依頼と、ンフィーレアが薬師であること。それを聞いて、色々と思うところがあったが、考えるのは後回しにした。

 色々と振り返って考察すれば、気づくことはあるだろう。だが、まずは依頼人と仕事を共にする者たちに、誠実に接するべきだった。それが、モモンガの人としての感性であり、彼なりの矜持でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターの討伐と護衛を兼ねて、モモンらと漆黒の剣はカルネ村へと進路を取った。

 村に向かうのはンフィーレアの事情だが、途中で森の周辺を経由するため、モンスターとの遭遇を期待できる。首尾よく討伐数を稼げば、一挙両得と言えるだろう。

 効率よく依頼をこなすための知恵であるが、実力がなければ不可能といってよい。ただ今回、戦力は十分そろっているという自負があった。

 

『伝言も含めて、外にいるうちは、俺のことはフェイ・ダオで通してください。いちいちリジンカン、と呼び直すのも面倒でしょう』

『では、私のこともモモンと呼べ。外では、冒険者として徹底するつもりだからな。ナーベラルのような、妙な呼び方をしてしまうのも、されるのも結構だ。……ついでに、敬語もいらん。ナーベラルは気性的に仕方あるまいが、お前とは対等に接したほうが、むしろ自然に見えるだろう』

 

 ナーベラルの態度は、彼女だから許される、という感覚的な部分が大きい。モモンガとしては、リジンカン――いや、冒険者フェイ・ダオには大いに期待したく思うのだ。

 

『これまでも、ずいぶんと気安く接していたつもりですがね?』

『外では、伝言を通じても普通に話してくれていい。こういうことは、徹底したほうがいい結果が出るものだ』

『まあ、努力しますよ。敬うよりは、親しみたいというのも本音でして。……ただ、ある程度、丁寧に接する分には許容してください。結局、主従の序列が乱れてしまっては、本末転倒ですんで』

 

 妙なところで遠慮するものだ、とモモンガは思うが、これも彼なりのけじめというものだろうと受け入れる。

 身内同士の内緒話もそこそこに、相手方のリーダー、ぺテルの方からも話しかけてきた。移動中、馬車の中は手持無沙汰で、周囲の警戒ばかりやってはいられない。

 装備品のチェックは事前に済ませておくものだから、ここはむしろ、同行者との交流を深めて、連携を取りやすくするというのが無難な手であるのだろう。

 いくらかの基礎知識や、近隣諸国への雑感、ついでに魔法や戦闘の技術について軽く話し合ったあと、ぺテルは神妙な面持ちで問いかけてきた。

 

「モモンさんは、冒険者になってどれくらいになりますか? 知識は浅いように見受けられますが、場慣れしている風でもある。ああ、気に障ったなら申し訳ないのですが――」

「……王国に来たのは最近です。登録したのは昨日なので、まあ、なったばかりといってもいいのですが。ただ、こちらに来る前は、あれこれと経験を積んできています。足手まといにはなりませんよ」

「――なるほど、他国で活躍されていた、というわけですか。いや、装備からしてただものではないと、思っていたところです。鎧といい、大剣といい、並みではありません。目利きが利くほうではありませんが、それでも相当高価なものだとわかります」

 

 モモンガとしては、そこまで高位の装備を持ち出したつもりはない。見栄えするように、相応のものを見繕ってはきたが――本気で全力戦闘を行うつもりなら、さらに豪勢な武装を持ち出してきていたろう。

 それをあえてしなかったのは、この国における、常識的なレベルに合わせたからだった。情報不足なので不安はあったが、ぺテルの反応を見る限り、うまい具合にちょうど良くできたらしい。

 

「そうですか。しかし、私は自分などよりも、さらに凄い戦士を知っていますよ」

「モモンさんより、ですか。世の中は広いですね。上には上がいる。当たり前のことですが、頂点は遠い。……自分たちは、果たしてどこまで力を伸ばせるのか。たまに不安になりますよ」

 

 ぺテルは、視線を馬車の外にやった。遠くを見るような視線だが、警戒している風でもない。

 何か、気に障ることを言ってしまったろうかと、モモンガは不安になった。が、ここでリジンカンが口を挟む。

 

「難しいよな、強くなるっていうのは」

「……フェイさん」

「強くなればなった分だけ、責任が増える。できることをやらなかったと、責められることもある。少しでも保身に走ったら、それだけで非難されることもあるんだ。……強くなりすぎるのも、困り者だと思わないか?」

 

 モモンガは驚いた。彼が思ったよりも神妙な表情で言うものだから、何があったのかと勘繰りたくなるほどだ。

 厳しい、苦い表情である。飄々とした、いつもの態度からは、想像しにくい顔つきだった。

 さほど深い付き合いではないモモンガでも、この発言が本心からのものだとわかる。それだけの感情が込められているのは、なにゆえか。

 

「俺の親父は、それは立派な人物でね。色々なことを成し遂げて、多くの人を救った。だが、それだけ出来てしまう人だと、批判も多く受けるもんだ。『あなたなら、もっと多くの人を助けられたんじゃないか』『身の安全を図りすぎて、仕事に手を抜いたんじゃないか』……勝手だよな。あんなに強い人だからと、人々に期待されて、それで少しでも希望が満たされないと、大衆って連中は途端に非難しだす。――なあ、ぺテルさん。あんたには、あんたに見合った力ってもんがある。侮辱するわけじゃないが、自分の限界は見極めたほうがいい」

「それは――」

「幸福になることは、強くなることよりずっと難しい。焦ったり、無理をしたりして、大けがしたら何にもならないだろう? 高みを目指すのは、まあ、俺たちのような冒険者にとっては本能みたいなもんだ。――だが、身の丈に合った成長をして、そこそこの成功で自分を満たしていく。そうした気持ちを持った方が、人生楽しいぞ?」

 

 自分の父親――ウォン・ライについて、彼が語ったのは初めてのことだろう。

 モモンガ以上に付き合いの浅いぺテルに、その言葉がどこまで届いたのかはわからない。だが、自分たちを思って言ってくれている。そうした心遣いは、十分伝わったようである。

 

「お気持ちは、ありがたく。ですが、早々にあきらめたくもない。それもまた、本心です」

「ああ、そうだろう。まあ、なんだ。あまり気負うなよ。不安を持つのは仕方ないが、できることからやっていけばいい。……それなりの対価さえ用意してくれれば、俺だって協力はしてやれるしな」

「考えておきますよ。――モモンさんほどではないにしろ、あなたも腕が立ちそうだ」

 

 お互いに、何かしら通じ合うものがあったらしい。ぺテルは気分を害した風もなく、微笑んで返した。モモンガには、やはりわからないが……うまくいっているならいいだろうと、鷹揚に構えることにした。

 なんといっても、不景気な顔で黙り込んでいるナーベラルと比べたら、そちらの方がよほどいいと思う。

 

「仲間が歓談している間も、気を抜かずに警戒を続けている俺って、かっこよくない?」

「いえ、別に」

「いやいや、これでも警戒と索敵には自信があってね。これまで何度もパーティに貢献したもんだよ。な、リーダー?」

 

 相も変わらず、ナーベラルにアプローチするルクルット。その会話に引き出されたぺテルは、苦笑しながらもうなずいた。

 

「否定はしませんよ。実際、優秀だと私は思います」

「だろ? ――な、これで結構仕事はできるわけ。見直した?」

「モモンさ――ん。これを黙らせる許可をいただけますか? 具体的には、一昼夜ほど」

 

 モモンガは呆れるように頭を振って、明後日の方向へと視線を向けた。ナーベラルの人間嫌いは困ったものだが、ルクルットにも問題なしとは言えない。さりとて、これから初仕事を控えて身としては、なるべく争いを起こしたくないというのも本音だった。

 しかし、彼の浮かれた言動を止めたのは、意外にもリジンカンであった。

 

「ルクルット、少しを気を抜いたな?」

「ん? フェイか、なんだよ急に」

「気を張り詰めろ。お前なら気づいていいはずだ。――そら、あの辺じゃないか? かすかに気配がする」

 

 フェイ、という呼び名になれるのに、時間がかかりそうだとモモンガは思う。

 リジンカン――この場ではフェイ・ダオと呼ばれる男は、森の一角を指さして言った。それに従うように、ルクルットが目を細めて見やる。

 なるほど、そこには確かに不審な影があった。敵の種類と規模を見定めて、ようやく彼は自戒した。

 

「ああ、くそ、どっか浮ついてたな。……悪い」

「危険がない範囲だし、脅威とも思えん相手だから無理もない。もう少し近づけば流石に気付いたろうし、まだ余裕はある。今のうちに、準備を整えておけ」

 

 リジンカンはすでに戦闘態勢だった。上着に仕込んでいた、いくつもの短刀を差した帯を取り出し、身に着けている。彼は軽戦士であり、むろん剣術の心得もあるのだが、一番の得手は投擲術。飛刀(フェイダオ)こそが、リジンカンを一級の凶手たらしめている。

 

「剣は使わないのか?」

「まあ、今回は必要ないだろう。モモン殿は優秀な戦士だ。打ち漏らした小物を狙い撃つなら、これが一番手間がかからない」

「俺の弓と、どっちが優秀かね。――ま、お手並み拝見」

 

 ルクルットは、自然とリジンカンに好感を抱いたようだ。同時に対抗心も持っている様子だが、きっとすぐに思い知るだろうと、モモンガは思う。

 

『見せ場は譲ってくれるだろう?』

『ええ、わかっていますよ。――とりあえず、大物は任せます。小物は適当につぶしておきますので、ナーベラルと一緒に活躍なさるとよろしい』

 

 リジンカンとの伝言でのやり取りも、ずいぶんと気安くなった。しかしナーベラルとでは、まだ主従の関係を強く意識せねばならない。

 彼女の意識の問題でもあるのだが、無理に訂正させるのも酷だろう。モモンガはナーベラルと顔を合わせて、一言だけ告げた。

 

「ナーベ。気を引き締めろ、蹂躙するぞ」

「はい。モモンさ、ん」

 

 まだ反応がぎこちないが、許容範囲だろう。何より、戦闘中にボケるほど、愚かな僕ではない。モモンガは、ナーベラルを信頼すると決めていた。だからこそ、彼女に働くべき機会を与えたのだった。

 

 

 

 敵は、半分ずつ受け持つことになっている。相手は小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)だが、油断は禁物である。

 モモンガにとって、これがユグドラシルの舞台であれば、難なく倒せる存在に過ぎない。しかし、現実とゲームは違う。実際に見てみると、外見だけでも様々に個体差があり、同一個体が群れて出てくることはなかった。

 ある種の個性というものが、存在するのだろう。とすると、力量にも差があって当然。この時点で、すでに舐めてかかる気は失せている。

 

――考えてみれば、当たり前のことだが。

 

 未知のモンスターを相手にしているようで、モモンガは違和感を覚えた。実際に未知といってよい相手なのだが、かつての経験が半端に認識を阻害している。とはいえ、自覚さえしていれば、さほどの問題はあるまい。

 

「モモン殿、連中とはまだ距離がある。さっそくナーベに働いてもらうのも、手でしょう。今から仕掛ければ、相当の敵を巻き込めると思いますがね」

「ん、そうだな。開戦の号砲として、やってもらうのもいいか。さて、ぺテルさん」

 

 リジンカンの提案に、モモンガは素早く答えた。ぺテルの方を見やり、声をかける。

 戦闘のタイミングを計るという意味もあるが、それ以上に自らの力を誇示する機会である。後々の宣伝のためにも、順当に段階を追って、こちらの能力を思い知ってもらわねばならぬ。

 

「はい。行きますか?」

「ええ。ナーベがまず、広範囲の魔法で敵を分断します。そちらは、分断された一方を叩いてください。こちらは、残りを担当します」

 

 ぺテルの問いに、モモンガはそう答えた。やれるという自信があったから、断言した。

 事実、ナーベラルの実力であれば――敵がユグドラシルと変わらぬ能力しかなければ、成立する作戦である。

 

「わかりました。――ご武運を」

 

 ぺテルをはじめとした、他のメンバーも臆した様子を見せない。彼らで対応できる手合いなら、まず苦戦はするまいと確信する。

 それでも社交辞令として、モモンガは一言だけ告げた。

 

「そちらこそ、ケガなどなさらぬように」

 

 彼らは、笑顔で返した。ナーベラルは無関心なまま。リジンカンは、同様に笑顔で。

 そしてモモンガは、皆の反応など確認せず、すでに戦闘へと思考を切り替えていた。

 

 

 

 

 

 当たり前の話だが、チームプレイを円滑に行うには、技能以上に信頼と経験が必要になる。ぺテルらのそれは、まさに熟練の域に達しており、絆の深さを感じさせる。

 時折援護を入れることさえ忘れなければ、ンフィーレアの護衛は、彼らの働きだけでも十分に間に合うだろう。

 実力を見るに、それなりに組んで長いのだろう。互いの呼吸をわきまえていないと、細部に不備が出るものだが、彼らにはそうした様子もなかった。

 

――いいチームだ。まあ、羨ましくなんてないが。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの絆は、今もなお断たれていない。メンバーの子供たちを率いていると思えば、なおさら気も引き締まる。

 自らも剣を振るいながら、モモンガは周囲に視線をやった。思考は戦闘を意識したまま、パーティの動向も同時に把握する。

 集中力の切り替えと、短期間に抑えた並行作業(マルチタスク)は、高レベル同士での差し合いを前提とするなら、必須の技能である。長期戦まで考慮に入れると、さらに重要度は増す。

 ユグドラシルにおいて、一級の廃人とそれ以外を分けるものは、投入した金額以上にこうした経験、技能がある。想定した戦術を有効に生かすためには、何よりも自身の能力の向上、キャラクターとしてではなく、プレイヤーとしてのスキルがものをいう。

 モモンガ自身、自覚はないことだが、彼のそれは最上級にまで研ぎ澄まされていた。リジンカンとナーベラルの様子を一瞬で見て取り、理解するくらいは容易くやってのける。

 

――当たり前の話だが、二人とも有能だ。こちらの意図をくんでくれる。

 

 ナーベラルは、開始の一発で敵を驚かせた。実際の魔法の威力だけでも、分断には充分であったが、ぺテルのパーティはそこに付け込んで強く攻め立てている。

 さりとて、敵も数だけは多い。特に小鬼(ゴブリン)は、弱い部分を見つけて攻める程度には、狡猾さもある。

 モモンガは大物の相手をせねばならぬし、ナーベラルも加減させているので、打ち漏らしはどうしても出る。放置しておけば、ぺテルらに負傷者が出ることは確実だった。

 

「かなり、やる。連れてきて正解だな」

 

 しかしリジンカンは、そうした敵の思惑を潰すように、飛刀で小鬼(ゴブリン)の喉元を貫いていった。

 手に持っていた小刀が、次の瞬間には消えている。そして同時に、敵が一体倒れるのだ。時として飛んでいった刀が、一体目を貫通して二体目を刺し殺すこともある。いずれにしろ、彼の飛刀が仕損じることはない。

 小刀を投擲する、というスタイルは、一般の冒険者にとっても奇異に映るものらしい。弓ほどではないにしろ、戦場に影響するほどの射程があり、しかも目に映らぬほどの速度で飛ぶ。

 あのパーティの中に、リジンカンの飛刀をとらえられるものはいない。小鬼(ゴブリン)にしろ人食い大鬼(オーガ)にしろ、それは同様であった。

 モモンガでさえ、戦闘の片手間では見切れなかった。それほどの技量である。

 

――腕前を確認できて安心した。あちらの援護は、任せてもいいだろう。

 

 モモンガは、人食い大鬼(オーガ)を一匹切り捨てた。味方の感嘆の声は捨て置いて、状況を見る。

 旗色は、こちらが有利だ。このまま状況が推移すれば、問題なく終わるだろう。

 ぺテルのパーティも、やや危なそうに見えた場面もあったが、リジンカンのフォローがあれば心配いるまい。

 モモンガも、歯ごたえのない相手と剣を交えるのに、飽きてきた。とすれば、そろそろ詰めに入る段階だった。

 

「ナーベ、やれ」

 

 控えていたナーベラルが、電撃(ライトニング)を放つ。後は、流れ作業のようなものだった。

 

 

 

 

 

 戦闘が終わってみれば、傷らしい傷を負ったものは、誰もいなかった。想定以上の圧勝と言ってよい。

 

「お前、すげーな。飛刀? ってやつ? 投げナイフの名手でも、あんな命中率と威力はそうそう出るもんじゃないぜ」

「いや、まことにたいしたものである! フェイ殿は投擲の名人であるな! そして、モモン殿も実に素晴らしい戦士である!」

 

 ルクルットと、ダインがまず称賛する。負傷は回復魔法で直すことができるが、節約しておくにこしたことはない。

 そうした意味でも、的確にフォローしてくれたリジンカンには、感謝したくなるのだろう。もちろん、モモンガの活躍も、それに負けないくらいには印象付けられたが。

 

「敵いませんね、どうにも。英雄とはきっと、あなた方のような、隔絶した実力を持つのでしょう」

「どうでしょう。そこまでの自覚はありませんが――」

「いえ、モモンさん。あなたの力は、立派に誇ってよいものです。それは、きちんと理解するべきですよ」

 

 リーダーであるぺテルも、メンバーに続いてモモンガらの実力に感嘆した。そこに皮肉は感じられず、さわやかな感情があるばかりである。

 

――実力の差を自覚しながら、気軽に接してくる辺り。案外、人格者の集まりと言って良いかもしれないな。

 

 少なくとも彼らの態度から、嫉妬のような感情は感じられない。素直に感嘆し、モモンガらを称賛してくれている。

 都合がよすぎるくらいで、これも己の運なのかと、不思議に思う。

 

『いい気性の手合いです。まあ、友好的に接しておけば、こちらの実力を適当に吹聴してくれるでしょう』

『ああ、よく見つけてきてくれた。感謝するぞ、リジンカン』

『今はフェイ・ダオですよ、モモン殿。――目的地まで、まだ距離はある。もうしばらく、気を抜かずに参りましょう』

 

 もとより、油断などしてはいない。だが、後ろを振り返るようなことも、しなかった。

 危機感には敏感なモモンガだが、パーティ内に不和は感じなかった。ならば、これ以上気を使うこともあるまいと断ずる。

 

「本当に、モモンさんは『違う』んですね。……羨ましいですよ」

 

 ぺテルらの羨望を、些事と切って捨てる。モモンガは、そうした鈍感さのある男であり――別の言葉で表現するなら、ある種の残酷さを持つ人物でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 野営という未知を楽しみながら、モモンガ一行は順調に旅程を消化し、ついに目的地までたどり着いた。

 

『やっと到着だな。悠長な道程でもあったが、新鮮な経験だった。――フェイは意外と、不器用なところを見せてくれたが』

『言いっこなしですよ、モモン殿。細々な家事やら工作やらは、得意じゃないんで。戦闘以外で期待はしないでほしいもんです』

 

 そうは言うが、暇なときには木彫り細工もしていただろう――とモモンガは指摘すると、あれは自分の存在意義だからだと、彼は答えた。よくわからないが、彼の中ではそれで正しいのだろう。

 リジンカンは今も懐に、作りかけの木彫り彫刻を入れている。どこかしら女性をかたどっているようにも見えたが、ともかく完成してから感想を言おうとモモンガは思う。

 

――人当たりはいいし、食事時も危うげなく対応して、連中と一緒に盛り上がっていた。NPCの中でも、一番人間臭いな。親の影響かとも思うが、ウォン・ライはどんな設定をしたのだろう。

 

 とはいえ、今さら設定をのぞかせてほしい、とも言いづらい。どうせ長い付き合いになるのだし、おいおい理解を深めていけばいいかと気楽に考えた。

 

「あと少しで、カルネ村ですね」

 

 同行していたンフィーレアの声は、モモンガにその現実を直視させた。

 すでに一度訪れていた村だが、今は立場が違う。正体がばれないよう、慎重に行動する必要があった。

 

『フェイ、少し心配なのだが――』

『ああ、俺は一度来ていますがね。……大丈夫。あの姉妹以外には、素顔は見せていませんから』

 

 リジンカンには、村に滞在していたウォン・ライを迎えに行ったことがあり、その時のことに思い至ったのだが――。モモンガの懸念は、彼の発言でほぼ払しょくされた。

 

『村に着いたら適当に理由をつけて、雲隠れしておきますよ。また森に出る頃には馬車に入っていますんで、ご心配なく』

『そうしてくれ』

 

 彼は自由人気質である。そうした行動も、許されるような雰囲気を作って、適当に抜けてくれるだろう。そう思えば、あとは自分とナーベラルの動きが問題となる。

 へまをするつもりも、させるつもりもないが――と思考を進めたところで、パーティ内が騒がしくなった。その違和感には、モモンガもすぐに気付く。

 

「以前と様子が違う。何かあったのかな」

 

 ンフィーレアの発言を皮切りに、様々な疑問が表に現れる。かつてとは随分様子が変わったのは、確かであるらしい。

 その違和感は現実となって、パーティの行動を制限するものかと、一時は危ぶんだが――結果的に、それは杞憂に終わった。

 かつて村を救ったことが、こうした形で影響してくるとは。モモンガは驚きを感じつつも、奇妙な達成感を覚えていた。

 

――エンリという少女、なかなかやるじゃないか。

 

 ここは確かに現実で、自ら動いた結果が、誰かの運命を変えることもあるのだと。確かな実感を得たのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折あって、モモンガ一行はエンリと顔を合わせている。主として接しているのは、依頼者のンフィーレアだが、いつこちらに話題が振られるかわからない。そうした点でも、気を抜けない状況ではあった。

 問題のリジンカンだが、まさか冒険者フェイ・ダオとして顔を見せるわけにもいかず、いつの間にか姿を消している。

 

『何かあったら、伝言でどうぞ。すぐに駆け付けますよ』

『――ああ、そうしよう。言い訳は適当にしておく』

『世話をかけます。では、失礼』

 

 伝言が通じるなら、モモンガとしてはたいして問題ではない。唐突にいなくなった彼を、ぺテルらはいぶかしく思うだろうが、すでに実力は見せた。心配されるようなことはないだろう。

 ともあれ、そうして場を取り繕いながら、一行は村の中に入った。ゴブリンらの歓待は、さほど悪影響を残さず、順調に話を進められたと言えるだろう。

 

「モモンガさんに、ウォン・ライさんか。エンリが助けてもらったなら、僕の方からもお礼を言わなきゃね。いつ会えるかは、わからないけど」

「いい人たちだから、きっとンフィーレアも歓迎してくれるよ。……モモンガさんはわからないけど、ウォン・ライさんなら今日も来ているから、挨拶がしたいならすぐに会えるよ」

 

 ウォン・ライには、村との折衝をすべて任せている。一日二日で進展があるとも思っていないが、滞在中に会ってしまったら、冒険者のモモンとして接しなくてはならない。

 モモンガとしては、距離感を縮めている自覚があるだけに、改めて初対面を演出できるかどうか、不安な面もあった。

 

――まあ、何とかなるか。

 

 今からでも打ち合わせは可能であろうが、せっかく気分転換も兼ねて外に出ているのだ。その場の流れに身を任せるのも手であろうと、割り切ることにする。

 

「それじゃあ、後で挨拶にいくよ。薬草を摘んでからになるから、夕方くらいになると思うけど」

「じゃあ、空き家の掃除をしておくね。皆さんの宿も入用でしょう? 食事の手配は、こちらでしておくから。……気を付けて」

 

 エンリとンフィーレアの会話は、適当なところで打ち切られた。パーティで行動しているのだから、皆の都合もある。そもそも護衛は村までで終わりではなく、これから薬草の採取に取り掛からねばならぬ。

 リジンカンはまだ戻らない。皆にはとっさに『斥候に出ているのだろう、いつものことだ』と答えておいたが、どこまで誤魔化せるものか。

 

――あまり、ぶしつけに伝言を使いたくはないな。彼には彼なりの理由もあるだろうし、もう少しだけ待つか?

 

 薬草は、森の中に群生している。村を出ればそう遠くない位置であるが――ちょうど出入り口の付近で、ウォン・ライの姿を見かけた。

 モモンガの視界に入っただけで、挨拶するほど近い距離ではないが――何かしら、作業をしている様子だった。内勤はアルベドに任せきっているとはいえ、勤勉だなと思う。

 

「ん? リ――フェイの奴は、何をしているんだ?」

 

 よく見ると、ウォン・ライの傍にはリジンカンがいた。驚いたせいか、モモンガはつい本名を言いかけてしまった。

 村を出ても戻らないなら、何かしら策を考えねばならないところで、多少は気をもんでいたのだが……なるほど、ウォン・ライと顔を合わせてしまったなら、話が弾んで時間を忘れても仕方がない。親子なのだから。

 しかし、これではナーベラルを笑えないな、と思ったところで他の連中も気づきだす。

 

「あいつ、いつの間にあんなところに。おーい、フェイ! なにやってんだ――!」

 

 ルクルットが、声を張り上げて呼びかける。それで、リジンカンも気づいたのだろう。彼の方も、こちらに視線を向けた。

 もっとも、このパーティに気づいたのは、彼だけではないが。

 

「こんにちは。ウォン・ライと申します。息子がお世話になったようで、お礼を申し上げます」

「ああ、いや、こちらこそ……どうも」

 

 ウォン・ライは丁重に一礼した。物腰といい、雰囲気といい、無教養な庶民とはとても思えぬ。

 

「皆様方も、いずれ劣らぬ冒険者と見えます。息子はまだ未熟で、至らぬところもあるでしょう。ご指導を賜られるならば、これ以上のことはございません。――どうぞ、よろしくお願いします」

「お、おう……あ、うん。まあ、俺たちにできることなら、協力する――いや、します。な、みんな」

 

 初見でルクルットは圧倒された。礼の力は、時に人を圧倒する。一目で格の違いを自覚させるのに、礼ほどの効力を持つものはない。

 頭を下げているのはウォン・ライの方なのだが、落ち着かないのはぺテルらの方だった。人化したウォン・ライは、容貌も立派である。服装こそ村人に合わせて粗末なものだが、あきらかに高度な教育を受けた者の態度である。

 嫌味さなど欠片もなく、好意的に礼を示されているのだ。ここまで丁重に、礼を尽くされた覚えなどない彼らは、戸惑いを隠せなかった。

 

「もちろんです。冒険者の先達として、できることはいたしましょう。どうか、顔を上げてください」

「――ありがとうございます。父として、息子には大したことはしてやれませんでした。皆様に礼を尽くすことで、いくらかでもあれに良くしてくれるなら。頭を下げることくらい、何ほどのことでありましょうか」

 

 モモンガは黙っていた。この時点では、どう接してよいか、わからなかったからである。

 彼は伝言でモモンガにあれこれと話すこともできたはずだが、何もなかった。だがここでは、反応を示さないこと自体が答えになる。

 

――どう接しても、完璧に答える用意があると、そういうことだな?

 

 ならば、静かにしていようと、モモンガは思う。彼らとの会話をしばらく観察していると、ウォン・ライの傍に人が寄ってきていた。彼は彼で、村人たちに復興の工事やら耕作やらの指導をしているらしい。それもまた、援助(あるいは投資)の一環と思えば、むしろ推奨するべきか。

 頼りにされているのは明らかで、彼が指導に戻ることを期待している様子であった。これなら、あえて口を挟まずとも、話しは適度なところで切り上げられるだろう。

 そうと察すれば、口出しせず流れに任せるのが無難なところか。

 

「親父殿。そろそろ居たたまれなくなってきたから、いい加減切り上げてほしいんだが」

「そうか。――では、そうしよう。皆様、くれぐれもよろしくお願いいたします」

 

 ぺテルらのパーティは、気恥ずかしそうに挨拶して、別れた。ンフィーレアも面と向かって礼を言われたようで、少しだけ顔が紅潮している。

 

「いいお父さんですね」

「よしてくれ。過保護なだけだ。……まあ、親父殿は、俺以上に人民に甘い。別に特別、俺を愛しているわけじゃないさ」

 

 リジンカンの言葉に寂しさを覚えるのは、モモンガの洞察力が優れている証拠であろうか。いずれにせよ、口に出して確かめる勇気はなかった。

 馬車は森に向かっていく。ウォン・ライの姿も見えなくなった。人は感心するほどの相手に出会うと、当人が見えないところであれこれ語りたくなるものだ。自然と、話題は決まってくる。

 

「よくわからないけど、なんとなく、威厳のある人だったな」

「立派な御仁に見えたのである。人々に奉仕することを、心から望んでいる人なのであろう。実に楽しそうに働いて、よく村人たちに声をかけていた。人々と対等の目線で、よほどの思いやりがなければできぬことである」

 

 わずかな時間であったが、他者に感銘を与えるほどの人格を、ウォン・ライは見せたらしい。モモンガは本物の彼を知っており、付き合いも長いせいか、さほどの意識はしなかったのだが。

 

「フェイが自慢したくなるのもわかりますね。……何をしてきた人なのか。どのような人生を歩んできたのかは、理解が及びませんが――ともかく。きっと、尋常の人ではないのでしょう」

「元貴族なのかな。あの礼の作法は、教育を受けた人でないととてもできない。……王国の貴族の中にも、ああした人がいればいいのに」

 

 馬車の中が、彼を称賛する声に満ちた。モモンガも誇らしい思いだが、話に入ると余計なことまで言ってしまいそうなので、やはり口をつぐんだ。

 

――さあ、仕事だ。頭を切り替えよう。

 

 予想外のこともあったが、ンフィーレアの護衛はこれからだ。これで気を抜いていては、真面目に仕事をしているウォン・ライにも申し訳が立たぬ。

 モモンガは、今後の行動に対して、思いをはせた。英雄たる道は、これから始まるのだ。そのための手は、整えてある。

 あとは失敗しないことが肝心だと、気を引き締めた。英雄モモン、その軌跡が語られるのは、まさにここからであった。

 

 

 


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