ナザリックの赤鬼   作:西次

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 活動報告の方にも、色々と書くようにしました。
 進行状況なども載せているので、興味のある方はどうぞ。


第十章 街に目を向けて

 カルネ村の事件が終息した、その次の日。

 早くもナザリックの首脳陣は動いていた。外の世界へのつながりが見えた以上、とにかく行動を起こすのは確定事項。方針は定まっているから、詳細を詰めるのみだった。

 

「報告を」

 

 モモンガの求めに応じて、アルベドは各種報告書を取り出した。いずれも、数分前に完成した、最新の情報である。

 まず提出されたのは、捕虜の尋問に関する記述だった。これはウォン・ライが自ら作成しており、出来上がったものを最優先に持ち込んできたので、アルベドらもまだ見ていない。

 

「――達筆だな」

 

 手書きの原稿は、書き手の性格が表れる。モモンガの目には、すっきりと見やすく、それでいて美しく整った字が映っていた。内容も簡潔で平易だから、わかりやすい。

 読み手にとって、こうした気遣いは好印象である。営業畑のモモンガは、事務方との繋がりは薄いが、立派な書類を書く人は、だいたい高学歴だったり出世頭だったような覚えがあった。

 一語一句、間違いなく綺麗に字を書くというのは、案外難しい。相応の訓練が必要とされるものだが、これは流石に官吏の一族の末裔、と褒めるべきだろう。

 他の報告書も軽く流し読むが、こちらはデミウルゴスからの近況報告や、セバスからの周辺地形の調査関係など、急を要しないものばかりである。

 

「尋問の結果に嘘がないとしても、裏を取って確認しておきたいものだ。となると、国家の内部に入り込む必要があるが――」

「物理的に入り込むなら、八肢の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を送り込むのも手かと。力量に差があるのなら、あれらに任せても相応に結果を出すでしょう」

「……いや、そこまで先走ることもない。腰を据えて、長い目で見るとしよう。まずは近場から探っていきたいが――さて」

 

 手が足りない現状、はっきりした言い方は難しい。上位者の威厳を保つことを考えるなら、失敗は極力犯したくないとも思う。

 目下、最大の関心はナザリックの対抗勢力となりうる存在――近隣諸国の、具体的な内情である。そうした意味でも、捕虜の尋問は重要な仕事だった。

 ただ、今すぐに良い成果が認められるものではないし、情報を引き出し終えた後は、いかに処理するかが問題になる。面倒な話だが、あまり長く飼い続けるのも考え物だ。

 

「ウォン・ライが戻り次第、相談するとしよう。彼にもいろいろと、苦労を掛けてしまうな」

 

 彼の過去については、まだ聞けていない。顔を合わせると、どうしても詮索の言葉が出なくなるのだった。

 

――そのうち聞こう。そのうちに。急ぐようなことじゃないさ。

 

 優先すべきは、目の前の情報である。まず注目すべきは、スレイン法国の内情に関すること。大雑把で、ニグン個人に依存するものだが、意味はある。

 隊長として、相応の地位にあったのだから、法国の戦力分析には一定の評価を与えられよう。

 一国の国力を測るとなれば、たった一人の情報源など取るに足りぬ。だが、特定の分野の長からの、嘘偽りなき反応から得られたものである。

 分析のとっかかりとしては、悪くはないだろう。ニグン自身については、今後思想教育を施して、ナザリックへの忠誠を刷り込むとのことだった。

 

――物騒な単語に聞こえるが、ウォン・ライのことだ。きっと上手くやるだろう。

 

 不安はなかった。彼に無理なら、デミウルゴスやアルベドでも不可能であろう。人間に関することでは、ウォン・ライの右に出る者はいないと、モモンガは確信する。

 他の兵どもに関しても、おいおい調査を行うとのことだった。可能ならばカルネ村の一角を借りて、和やかに話し合い、情報交換に近い形で試みたい――とのことだったが、どうなるか。

 一兵卒の情報など、たかが知れているのではないか、と思わぬでもないが……ウォン・ライが自ら望んだことである。意味はあるのだろう。

 

「考えることは多いが、悩むばかりで委縮していては、何も得られんだろうな。ならば、わずかでも光明を見出そうとして、動くことは正しい……か」

 

 希望的観測だが、巧遅より拙速が正しいと信じた。ウォン・ライもそう思ったからこそ、行動を求めたのだろう。

 モモンガは今でも憶病な己を自覚しているが、小さなリスクは許容できる。個人的な興味が本題とはいえ、冒険者として外に出ていくことも、そのリスクのうちだった。

 

「しかし、よろしかったのでしょうか? カルネ村との折衝は全て、ウォン・ライ様が担当なさるとのこと。――人と接する心構えはしておりますし、認識は改めました。私が行って話をつけてもいいのでは、と思いますが」

「いや、アルベドはなるべくナザリックの運営に集中してほしい。よくよく考えれば、お前を外の業務につけては、内部の仕事がとどこおったとき、迅速な対応が取れなくなる。勤務体制や警備の見直しで、しばらくは様子を見てもらいたい部分もあるしな。……万一に備えるなら、アルベドが内勤、ウォン・ライが外勤という体制が一番だと思うぞ」

 

 カルネ村と今度、どう付き合っていくか。その点も重要だ。おろそかには出来ぬからこそ、もっとも信頼できる人物を派遣した、と言える。

 先日は上手くいったが、外部との付き合いは、モモンガの悩みの種である。友好的に接したいところだが、文化、常識の違いは大きい。

 タブーが分からぬ以上、こちらも慎重に対応する必要があろう。つまらぬ争いを起こして、情報源を失っては馬鹿らしいではないか。ウォン・ライが気にかけている様子もあるし、現に彼に任せている。上手くいけば良いのだが……今は、待つしかない。

 他にも、細かな点はいくらも思いつく。色々と頭に懸念が浮かぶが、自分だけで抱えても仕方のないことでもあった。

 

――悩ましい。休息を含めて、冒険者として出立するのは、一日くらい遅らせてもいいな。それにしても。

 

 人化した彼の姿を、モモンガは思い浮かべた。ウォン・ライの顔つきは、どこかで見覚えがあった。何で見たかは、微妙に思い出せないが……ともかく。

 彼自身、有名人であることには、自覚があるらしかった。ユグドラシルが終わる直前の会話を思うに、本名を知れば、自分でも知っている人物なのかもしれない。

 チュウ・ダーランと、実名らしきことも聞いた。ただ、どんな字で書くかはわからない。中国のピンインと、日本語の読みとでは、響きが異なる。

 まして、同音の漢字もあることを考えれば、独力で正しい本名に行き着くのは、難しい気がした。この程度なら、正面から聞くのもいいか――と、思考が脱線しかけたところで、アルベドが口を開く。

 

「他にもご懸念などがありましたら、どうぞ遠慮なく。私で良ければ、モモンガ様の思考を整理する手助けをしたく思います」

「――ああ、助かる。まずは、この件についてだ」

 

 そうして、モモンガは一つ一つの報告書を確認するように、アルベドと検討を始めた。

 ナザリックの隠ぺいを含めた、警備体制の再確認。地勢や植生の面から見た世界の考察、捕虜の装備や能力からみられる国家の技術面について。

 

「情報をまとめた限りでは、外の世界は思ったほどの脅威ではないようです。油断は戒めるところとしても、卑屈になることはないでしょう。――モモンガ様は、思うように行動なさるべきです」

「警備は万全。周囲の状況を把握した以上、攻めこまれても容易には落ちぬ態勢は整えたつもりだ。……積極的に動くことを、ためらう状況ではないか。さて、すると出ていく前に、出来る限り内部の処理を終わらせておこう」

 

 些事も含めれば、モモンガが決定すべきことは多かった。中には判断しづらいものもあったが、形だけでも方針を定めておかねばならない。

 後々変更は出来ると思っても、組織の長に収まるというのは、こうも面倒なものかと改めて認識した。

 

――早く冒険に出てみたいものだ。ナザリックは大事だが、期待の重みが辛くなることも、ないではないしな。

 

 冒険者としての旅立ちは、モモンガにとって息抜きの機会でもあった。それが待ち遠しくなる程度には、彼も仕事漬けで過ごしたのである。

 

 

 

 

 

 

 昔の話だが、ウォン・ライはその気になれば丸二日、四十八時間ぶっ続けで仕事をすることができた。会議への移動時間などを含めると、五十時間を超えることさえあったが、当然そんな無茶の後は、ひどく心身が疲労する。

 翌日は仕事の能率が落ちるし、いいことはない。――しかし、仕事中毒の人間に、そうした忠告は無意味であった。もう、今となっては懐かしい過去の話である。

 生前から激務とは親しい付き合いをしており、頭も体も酷使することには慣れている。流石にナザリック内では、そこまで彼個人が処理すべき案件などないが、外向きの業務に関しては別だ。

 運営の方針を定めるのも、冒険者となって出向くのも、モモンガの役目。アルベドらは内務を担当する。よってウォン・ライが担うべきは、ナザリックに最も近しい外部――すなわち、カルネ村との折衝であった。

 これは外交、と言い換えても良い。それだけ、重要な仕事でもあるからだ。

 

「なんというか……意外ですね」

「そうかな?」

 

 ウォン・ライは、先の騒ぎで救出した少女――エンリと、適度に会話を挟みながら手を動かしていた。

 村長との話し合いは終わっており、交渉の結果として、ナザリックと村の関係はビジネスパートナーとして、協力し合うことになった。

 ナザリック側は、村の復興と発展のために、いくらかの人材と資源を提供する。カルネ村は情報の提供を引き続き行い、外部との交流の窓口となるのだ。もちろん、必要とあらばちょっとしたお願いも聞いてもらうことになる。

 村長は、終始申し訳なさそうな顔をしていた。受け取るばかりで、恩を返せていないと思い悩んでいたのだろう。そうした道徳をもった相手だと理解できたから、ウィン・ライの方はむしろ安心したのだが。

 以後もたびたび話し合うことになるが、これからもカルネ村とは良い関係を築いていける。そうした確信を持った以上、実務的な事柄で、彼が処理すべきことは当面ない。

 だからこそ、エンリと他愛もない会話も楽しめるというものだが……。

 

「いえ、本当にびっくりしました。――糸紡ぎ、上手いんですね」

「困窮した時期が長いものでね。こまごまとした仕事は、たいてい出来るようになってしまったよ。機を織るための糸は、どこでも入用だったからな。……貧しい農村では、女だけではなく、男も糸を紡ぐことがあった」

 

 ウォン・ライは、器用に糸車を回しながら、細く糸をより合わせていた。糸紡ぎとは、収穫した綿花を加工し、糸にしていく作業のことである。

 この仕事は、素人がすぐに出来るような簡単なものではない。誰でもはじめは、糸が均一につむげず、太かったり細かったりする。不慣れな者はすぐに糸を切らしたり、回転する紡錘に引っ掛けてしまうことさえあるのだ。

 その点、彼は玄人らしい腕前を見せた。ウォン・ライが紡ぐ糸は均一で細く、長い。上手に糸車を回し、右手で引っ張って糸を送る。その手つきはまさに、長年の経験がなせるものであった。

 

「少人数の村で衣食を充実させるのは、本当に難しいことなのだ。そこに男女も、身分の違いもない。誰も彼もが手足を動かし、その日をしのいでいく。……エンリ。私がこうした雑事に長けているのは、それだけ貧しく生きたということであり、お前たちと同じような働きをしてきたという、何よりの証なんだよ」

 

 エンリの妹のネムが、興味深そうに彼の糸紡ぎを見ていた。妹の方は、こうした複雑な仕事はまだ不慣れであるらしく、羨ましそうな様子がうかがえた。

 

「どうやったら、そんなにうまくできるの?」

「実践だ。それしかない。――とにかく、昼も夜も糸を紡ぐ努力をするんだ。私は上達が遅い方で、何度も乳母にあきれられたよ。勉強をしながら、弟たちの面倒も見て、日々の生活を営んでいくのは、実際苦労したものだ」

 

 しみじみと、苦労をにじませながら。しかし、穏やかに微笑んで、ウォン・ライは語った。

 辛苦の中にあったのは、事実なのだろうと、エンリは思った。だが、決してこの人はそれを嫌に感じたことはないのだと、そんな印象を抱かせる表情だった。

 仕事そのものを愛しているというより、実際に人々に尽くすことに意義を感ずる。そうした人種を、彼女はこれまで知らなかった。

 この人は、思ったより自分に近しい人で、親しく付き合える人なのだと、エンリは直感で悟った。だからこそ、素朴な疑問も口に出せる。

 

「弟さんが、いたんですか?」

「ああ、二人。といっても、かなり年が離れていたから、息子のようなものだな。それなりに問題はあったが、とても優秀な弟たちだった。……ああ、心配はいらない。どちらも私よりは長生きするだろうし、もう孫もいる歳でね。だから、気遣いはしなくていい」

 

 家には、少女が二人いるだけだった。先日の惨劇の影響は、まだ村に影を落としている。

 彼女らには、保護者がいない。両親は犠牲になって、親類も残らなかった。エンリとネムには、お互いしか頼るべきものが存在しないのである。

 ウォン・ライは、それが不憫だった。多少なりとも、関わったものとして。いくばくかの繋がりを持とうと、こうして家事を手伝っている。下心もないではないが、まずは尽くすことを彼は考えたのだ。

 

「エンリは、機織りは出来るかね?」

「あ、はい。人並みには」

「それは良かった。私にできるのは糸紡ぎだけで、機織りは乳母に任せっきりだった。だから、そちらは手伝えそうにないんだよ」

「いえ! 大丈夫です! ……これだけでも、充分助けになりましたから」

 

 糸紡ぎだけで、機織りができないというのは、一貫性に欠ける。だが、エンリは奇妙には思わなかった。

 こんな人に乳母がいたなら、きっと機織りにまで時間を割かせようとはしないはずだ。

 彼には、彼にしかできない、特別な仕事がいくらでもある。だから、こんな些事につき合わせることさえ、本当は許されないのだと、彼女は思う。

 エンリも糸車を回して、二人はそれから一時間ばかり、黙々と仕事を続けた。下処理をした綿は、あらかた糸にしてしまった頃に、外からお呼びがかかる。

 

「親父殿――と、お仕事の邪魔をしてしまったかな?」

「ちょうど、一段落と言ったところだ。リジンカン、わざわざ迎えに来てくれたのか?」

「ああ、報告の伝言は受け取っていたらしいが、モモンガ様は心配性らしい。帰りが遅れるなら、迎えに行ってやれとのことだ。……親父殿には、無用の心配だと思うがね」

 

 エンリの家に、颯爽とした青年が突如現れる。リジンカンが、見栄えのする男であったためか、エンリは思わず彼に目を奪われた。

 恋をした、というのではない。ただ、目を引き付けるだけの何かが、この青年にはあったのだ。それは純粋な魅力とも、魔性の性質ともつかぬ、例えがたいものである。

 

「あの、その……ウォン・ライさん。この方は?」

「私の息子だ。血はつながっていないが、家族であることに違いはない」

「にしては、他人行儀な所があって、困り者だが。――やあ、お嬢さん。親父殿が世話になった。礼を言おう」

 

 リジンカンは、頭を下げて謝意を示した。エンリはただ恐縮するばかりだったが、彼の方はあくまでも気軽に接する。

 

「まあ、なんだ。付き合ってくれてわかったと思うが、うちの親父殿は仕事中毒でね。とにかく働きたがる。……どうせ無理を言って、糸紡ぎをさせてもらったんだろう? なら、やはり感謝すべきだ」

 

 リジンカンは、視線をウォン・ライに向けて、意味ありげに片眼をつむった。

 そういうことでいいかな? と、言外に指摘されているようで、義父としては複雑な気持ちになる。

 

「まったく。口の減らぬ子だ」

「親に似ず放蕩ばかりの子で、悪いとは思っているさ」

 

 リジンカンは、笑みの表情を崩さなかった。他愛のないやり取りさえ、好ましい。そうした雰囲気が感じ取れるから、誰も彼に悪感情は抱けなかった。

 どこまでも陽性の空気を振りまく男であり、いい意味でも悪い意味でも衆目を引き付ける青年でもあった。そういう意味ではトラブルメーカーに近いが、ここではそれも役に立った。

 

「お兄ちゃんも、糸つむぎ、できるの?」

 

 ネムが、無邪気にそういった。リジンカンに、糸紡ぎが出来るかどうか。それはウォン・ライにもわからない。

 

「……親父殿」

「ああ! やってみるか!」

 

 だが、微妙な顔で見返してくる彼の様子から、経験なしとウォン・ライは見た。

 よって、こちらとしては良い笑顔で勧めるしかない。

 

「ちょ」

「うむ。ではこちらに来い。一から教えていこう。ネムも一緒に見てみようか」

「はーい!」

 

 リジンカンは何か言いたそうにしていたが、ネムが楽しそうな表情をしているのを見て、あきらめた。

 今、この少女の笑顔を引き出せるなら、道化を演ずるのもよし。そうした決意ができる程度には、彼は思いやりのある青年であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、帰りが遅れたと」

「うむ。悪いとは思ったが、これも一興と思ってな。リジンカンには割を食わせてしまったが」

 

 ウォン・ライは帰ってモモンガと顔を合わせると、まずは弁解から始めた。悪意があって遅れたわけではないと、言い訳をしたのである。

 

「俺は構わないんですがね。……結局、糸紡ぎはまともにできなかったんですが」

「ネムは笑っていたな。あれなら、あの幼子の方が上手いぞ」

「糸車なんてものに触ったのは、初めてなもので。作成用のスキルがないんですから、紡げなくても仕方ないでしょうよ。アルベド辺りは、上手くやるかもしれませんが」

 

 口調は恨みがましいが、リジンカンは苦笑していた。笑い話に出来るなら、そう悪い方向には転がるまいと、モモンガは判断する。

 スキルがないのであれば、どちらにせよ特別な効果のない、ただの糸だろう。モモンガは器用な方ではないから、少しだけ羨ましく思った。

 

「まあ、過ぎたことは良い。それより、これからのことだ、リジンカン」

「はい、モモンガ様。なんなりとご命令を」

「お前には、これから私の供をすることになる。ナーベラルもだが、彼女とは顔を合わせたか?」

「いいえ。彼女は美人過ぎて、自分から近づくにはとても恐れ多いもので――と。それを言えば、ナザリックの女性陣全てがそうですが」

「……そうか。なら、ここで会わせておこう。ナーベラル」

 

 モモンガの声に応えるように、プレアデスが一員、ナーベラルが目に見える位置へとやってきた。この展開を読んで、待機させていたのであろう。こうした細やかさは、彼独自の感性によるものである。

 といっても、たいした理由があるわけではない。一緒に仕事する者同士、事前に打ち合わせの一つでもどうか、と思っただけだ。

 

「御前に」

「ナーベラル。事前に伝えていた通り、お前は冒険者のナーベとして、私と共に旅立つことになる。その際、このリジンカンも供をすることになった。――三人パーティだ。仲良くやるように」

 

 モモンガは、上司として振る舞うことに慣れていない。とりあえずそれらしいことを言って、場をつないだ。あとは、二人で何とかしてくれるだろうと期待して。

 

「では、よろしくお願いします。リジンカン様」

「ああ、よろしく。――これからはナーベ、でいいのか? とすると、俺も偽名を考えるべきなんだろうが」

 

 リジンカンは頭をかしげて、考えている様子であった。

 偽名というものを、リジンカンは好かない。己に偽るところなし、と言えるほど潔白な性質でもないが、名というものはこれで結構、重いものだ。

 特に対象が自分自身となれば、なおのこと。それを見越して、ウォン・ライはあらかじめ考えていた。

 

「フェイ・ダオというのはどうだ? お前にふさわしい偽名――いや、称号のようなものだが、ぴったりではないかと思う」

飛刀(フェイダオ)か。……なるほど、流石は親父殿だ。確かに、俺に相応しい」

 

 リジンカンは、懐の短刀に手を伸ばし、触れる。彼にとっての切り札がそれであり、短刀による一撃必殺の投擲術――すなわち、『飛刀』こそが、リジンカンの真価といって良い。

 それを己の名とするならば、これ以上のものはないだろうと、納得する。

 

「では、そうしよう。ナーベ、これからは俺のことをフェイと呼ぶといい」

「はい、フェイ様」

「様はいらん。俺はまあ、確かにお前よりは強いが、目上の立場になった覚えもない。呼び捨てで頼む」

「……わかりました、フェイ。ウォン・ライ様の御子息に対して、不敬でなければいいのですが」

 

 俺は義理の息子で、後継者でもなんでもない――と、リジンカンはナーベラルに言い聞かせた。不敬でも不遜でもないから、気楽に接してくれ、と拝み倒すように。

 どこかしら、引っかかる部分もないではないが、ウォン・ライとモモンガは安堵した。とりあえず、二人の仲は良好である。これならば、仕事をする上で支障にはなるまい。

 

「まずは、お互いを知ることだ。これまでは、交流もさほどなかったろう。準備……というほどの準備もいるまいが、二人で相談でもしながら、外出用に装備を整えておくように」

 

 モモンガは、両者にそう命じた。結果として適切な準備ができなかったとしても、直前に指摘すれば修正は容易である。重要なのは、ナーベラルとリジンカンが、共同で作業することに慣れることだ。

 

「数時間ばかり、余裕を与えよう。時間が余ったら、一杯やってもいい。――娯楽を共有するのは、親睦を深めるのに最適だろう」

 

 せめて、連帯感を持つという意味でも、共に作業することを覚えさせてやりたかった。彼にとって、ナザリックの者たちは皆身内であり、友人の子供同然である。細やかに気を使ってやりたいと思うのは、当然の心理であった。

 とはいえ、干渉し過ぎではあるまいかと、モモンガ自身思わぬでもないが――。

 

「はい。では、仰せの通りに」

「了解しました。ナーベの付き添いは、お任せください」

 

 ナーベラルもリジンカンも、あっさりとこれを受け入れた。ナザリックに所属するものとして、あたりまえの態度である。

 わずかな反発さえ感じさせぬ、完璧な礼を見せられると、モモンガも毒気を抜かれた。そのまま二人が退室するところを見送って、ウォン・ライに向かい合う。

 漠然とした不安は、まだ心の内にある。否定も肯定もしづらい、微妙な感情は、ここで吐き出してしまうべきではないか。彼はためらいながらも、自身の懸念を口にした。

 

「……上手くいくと思うか?」

「リジンカンのことならば――冒険者フェイ・ダオを演じるのに、不安はあるまい。ナーベラルの扱いについては、今ここで心配しても始まらんだろう」

 

 モモンガは気がかりだったが、始まってもいないうちから気を揉んでも仕方ない、という意見には賛同できる。

 

「そうだな、それはそれとして。……村との折衝は、どんな感じだった?」

「何事もなく、無難に収まったとも。詳細については、本日中に報告書をだそう。――ああ、村の人々とも少し接してみたが、相手方の感情は悪くない。ナザリックの領地にするつもりなら、時間をかければ可能だろう」

「……魅力的な提案だが、カルネ村は王国に所属している。表だって従属させるのは下策だ」

 

 モモンガは、現状そこまでのものは求めていない。ウォン・ライとて本気で言っているわけではあるまいが、提案するからにはすでに検討しているのだろう。その上で可能と、彼は言った。

 

「この世界に名を刻み、我々が生きた証を残す。――その目的を達成することが、最優先だ。今のところ、領土拡張などは考えていない。今後、必要になるかもしれんが……その時はその時だ」

 

 モモンガは、曖昧な言葉で濁した。領土を得てしまったら、統治を行わねばならぬ。そこまでの負担は、負いたくなかった。いずれしなくてはならないとしても、気構えをする時間が欲しかった。

 だが、村との関係が良好であれば、打てる手筋も広がる。いずれ立ち寄る機会もあろうし、その時にそれとなく村の様子を探るのも良い。

 

「モモンガ殿がそう言われるなら、そうしよう。現状維持、ということで決まりだ。……しかし、我々はすでに王国に戦士長という知己を得た。そして、一端ながら力を証明してしまった。いずれ面倒に巻き込まれることは、覚悟しておいてくれ」

 

 そう言われて、ニグンらのことにモモンガは思い至る。捕虜の扱いはウォン・ライに任せていたが、最終的な処分をどうするのか。ここで明確にせねばなるまい。

 

「気になっていたんだが、捕虜をどうする? 情報を集めたら、用はないだろう。すっぱりと処分しておくか?」

「モモンガ殿は果断なお方だ。もちろん、その手が一番後腐れがない」

 

 ウォン・ライは微笑んだ。ごく自然に残酷な手段を受け入れるのは、彼の心にも悪性が存在するからか。

 しかし、善性もまた同時に内包している。だからこそ、彼は改めて口を開いた。

 

「だが、法国にハッタリをかましてやりたいなら、いっそ全員帰してやるのも手だ」

「……手の内を見せるのか? 兵が帰れば、当然事情聴取される。情報の流出が問題だが、それをどう防ぐ?」

「死人に口なし。洗脳したうえで蘇生制限をかけ、帰国の直後に自爆テロでも起こさせてやるのが、一番の脅しになるだろう」

 

 この世界に死人を生き返らせる術がある以上、口封じも楽ではない。楽ではないというだけで、手段があるのは幸いであるが、モモンガは躊躇した。

 道徳的な配慮ではなく、そこまで手を尽くすようなことだろうか? という疑問を抱いたからである。テロが成功するとは限らず、ニグンらが捕縛されてしまえば、洗脳の実態やら何やらが明るみになってしまうかもしれない。彼は、それを心配した。

 

「難しいな。成功率は未知数だし、失敗が怖い」

「本気で脅すつもりなら、それくらいはするべきだ。それが嫌なら、スパッと殺して『見せしめ』にした方がリスクもない。――ハイリスクハイリターン、ローリスクローリターン。モモンガ殿なら、どちらを選ぶね?」

 

 その手の二択なら、モモンガは後者を選ぶ。序盤から賭けに出るのは、彼の望むところではない。

 だが、こうした言い方をしておきながら、ウォン・ライは最後に一言付け加えた。

 

「ただ、中間の策もある」

「……ほどよい提案があるなら、そちらの方が良さそうだな。言ってくれ」

「うむ。隊長のニグン、ただ一人を洗脳する。彼に忠誠心を植え付けて操縦し、残りの兵士を引き連れて王国に投降させるのだ。一人に集中する分、手間が省けて済むし、確実性も増す。そして近場の王国なら、監視の目も届きやすい」

 

 モモンガは、思考に時間を掛けねばならなかった。ウォン・ライの意図を理解しかねたのだ。

 

「……洗脳と軽く言うが、魔法でも使うのか。魅了や支配の状態は、解除されてしまえばそれで終わりだぞ」

「そんな無粋なことはしないとも。――手を尽くして説得すれば、きっと彼もわかってくれるだろう。その点は、自信を持って保証しよう」

「そんなに簡単にいくものかな? 人の心は頑強だぞ」

「柔よく剛を制す……と、言うのは適当な表現ではないかもしれないが、ご安心を。中華の闇は、あらゆる文化を侵食する。見事、彼の心を私の色に染め上げてみせましょう」

「――そ、そうか。うん、わかった。疑わないでおこう。……で、洗脳して、兵どもを王国に売るのか。結果として、我らは何を得る?」

 

 モモンガは深く考えないことにした。中華の闇、と言われれば、何でも納得できそうになるから不思議である。

 だが、それは別としても、ナザリックに得るところがなくてはならない。ウォン・ライは、何を狙っているのか。彼はそれが知りたかった。

 

「これは、時期を見測らねばならん。今すぐ、というものでもない。……主目的はガゼフの暗殺だが、法国が謀略を以て帝国を陥れ、互いに争わせようとした、その確実な生き証人たちなのだ。ニグンの身分は確かで、自らの所属と目的を証明する手はいくらでもある。となれば、その証言にも重みが出てくるものだ」

「なるほど。……悪事が証明されてしまえば、法国に対して、王国と帝国は憎悪を向ける。結果として、法国は大きなペナルティを負うことになる」

「外交上の妥協を迫られるだろう。妥協しなければ、二国から宣戦布告される危険がある。そこまでいかなくとも、断交の可能性は少なくない。敵の出方をみるという意味では、有用ではないかと思う」

 

 三つの勢力が存在する、というのが要点である。法国は悪を成した。王国は被害を受け、帝国は名誉を失うところであった。

 敵の存在が団結を生むとすれば、悪役の法国は孤立せざるを得ない。ナザリックは二国に恩を売って、法国を殴りやすい状況に持ち込めるのだ。

 

「悪くないな。――ん? いや、しかしこうなると、法国との敵対が決定的になるか。別にそれが嫌なわけではないが、今から殴りに行く準備を整えるのも、面倒だな」

「モモンガ殿は、せっかく冒険に出る準備を整えたのだ。今更新たに面倒を抱えるのも、楽しくはあるまい。ゆえに当面は、情報収集を優先する。時間を置いて、調べた結果を見て、改めて判断するのはどうかな?」

「そうだな……いずれにせよ、捕虜の扱い自体が外交の手札になる、か。なら判断を急ぐことはないな。連中はそのまま、牢に置いておくことにしよう」

 

 牢の居心地は悪かろうが、それくらいの悪事は成したと思えば、モモンガに負い目はない。

 決断は済ませたのだから、保留にも意味がある。生かしておけば、後で気が変わっても、その都度対処の仕様があるというものだ。

 ウォン・ライは、決断を迫るようでいて、柔軟な対応をモモンガにすすめたともいえる。それが何となくわかるから、彼の方も苦笑してみせた。もっとも、骸骨の顔では、上手く表現できるものではないが――。

 

(はかりごと)とは、こうするものだ。いや、もちろん手管は一つではないし、最善手が何であるか、事前にわかるものでもない。それでも、何かしら感じ取ってくれたなら幸いだ」

「……面倒くさいものだ。ウォン・ライは、こんな世界を生きてきたのかな?」

「後半生に限るなら、そうだとも言える。私にとっては不本意だったが、それでも。……それでも、手段を選べるほど、私は強くなかったのだ」

 

 モモンガは、他愛のない一言のつもりだったが、彼の方はそうではないらしい。

 過去の傷を開いてしまったかと気遣う一方で、やはりウォン・ライの経歴に、強い興味を抱く。

 いずれ、はっきりさせたいと思いつつも、モモンガは準備にかかった。ナーベラルとリジンカンも、そのうちに済ませるはずだ。自分だけが遅れるようでは、沽券にかかわるではないかと、彼は急いで行動に移したのである。

 

 

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の都市エ・ランテルは要所であり、それだけに騒乱の種が絶えない。

 冒険者を多く抱え込み、軍事系統の設備が整っているから、治安は良い方であるが――それでも国境が近いため、種々のいざこざに巻き込まれる。

 バハルス帝国、スレイン法国の二国と接する境界にある以上、戦争が起これば拠点となって防衛の要にもなるのだ。王国にとって軍事的に重要な地であるのは確かだが、同時に交易の観点から見ても要所である。

 帝国と王国は公然と敵対しているが、人と物の交流まで完全に閉ざしてはいない。暗黙の了解として、節度のある付き合いが求められるが、断交するところまではなかなかいかない、というのが現状である。

 物流を担う商人の欲望と、お上に依存しない庶民のたくましさが、それを可能としていた。エ・ランテルの役人たちも、民に暴動でも起こされてはたまらないから、目に余らない限りは放置するのが常である。

 ゆえにこそ、定住せず自由に活動を行う職業――冒険者たちも、ここでは一定の地位を得ていた。彼らの武力をあてにするのはもちろんだが、他国にも容易に出ていける冒険者の存在は、各地の情報を収集役目も担っている。

 街の冒険者ギルドには、誰がどのように活躍し、いかなる結果を出したのか、その詳細な情報が積み上げられている。これを分析することで、街の有力者は多くの利益を得ているに違いなかった。

 そうでなければ、ここまでエ・ランテルという都市が繁栄するわけがなく、また王国から承認されるはずもない――というのが、リジンカンの言である。

 

「……よく、そこまで分析できたものだ」

「いやいや、多少市場で聞き込みを行って、そこらの組合の近くで安酒でも適当に飲んで粘れば、案外情報は得られるもんですよ。モモン殿は色々と忙しかったようなので、情報収集はこちらで適当にやっておきました」

 

 評価していただけるならば幸い、とリジンカンは付け加えた。実際、ここまで彼が切れ者であるとは思わなかったため、これは嬉しい誤算である。

 モモンガは宿の手配やら、面倒くさい輩にからまれたりで、気の休まる暇がなかったが……リジンカンの方は首尾よく成果を挙げてきている。

 

 彼らは宿の一室で話をしていた。安宿に過ぎないが、忍び込んで密談をするには、悪くない場所だと思う。

 ナーベラルも同席していたが、静かに控えている。恐れ多くて口が開けない、というよりは、そもそも話に割り込むつもりがないらしい。

 遠慮をしているのか、リジンカンを信頼しているからか。モモンガは確かめたく思ったが、率直にこの場で聞くのも妙な気がした。

 

「情報は確かに有用なものだった。単独行動を許した甲斐があったぞ。リジン――いや、フェイ。これからも、その調子で頼む」

「お任せあれ、モモン殿」

「モモンさん、と呼んでくれていいんだが」

「そっちはナーベの領分、ということにしておいてください」

 

 リジンカンは、冒険者フェイ・ダオとしてこの場にいるのだが、モモンガと違って宿はとっていない。その気になれば不眠不休で活動できるだけに、必要性が薄いといえば薄いのである。

 共に行動するなら、もっと人間らしい生活をしてほしいとも思うが、有能な者を縛り付けるのもよろしくないだろう。報酬として、一段落したら良い部屋の一つも用意せねばなるまい。

 

「どうも、王の権力はそこまで強くない様子ですな。ここは国王の直轄地らしいのですが、税収がどこまで国庫に入っているやら、怪しいもんです。……富裕層は、王族以上の暮らしをしている、なんて噂でも聞くくらいですから、よほど羽目を外す連中が多いのでしょう」

「そして官憲は、羽目を外す富豪を見逃している、と。商人が逮捕された、という話は?」

「聞いたことがない、そうで。……腐敗しているのは政治か、商人か。あるいはどちらもか。難しいところですな」

 

 商人の大富豪が、国家以上の財産を持つ、というのは地球でも例がある。だからモモンガもそれくらいでは驚かないが、富の独占が政治に影響を与えることを、初めて知った思いであった。

 しかし、先入観を持ちすぎるのも良くない。リジンカンの意見は邪推に近いようにも思われるし、頭から決めてかかることはないだろう。

 

「さて考察の続きですが、庶人の力が強いということは、それだけ公権力が割を食っているということでもある。冒険者は、いわば権力に従属しない暴力の塊です。それが、ここまで大手を振って歩いているのなら、王の権力とやらも知れたもんではないでしょうか?」

「……断言するのはどうだろうな。国王の懐が、それだけ大きいという証かもしれないぞ?」

「モモン殿、ここは中世です。文化的に推測するに、それくらいの水準ですよ。――で、中世において、王にとっては自分の権威と権力が全てです。それを少しでも侵すものが居れば、過剰反応せずにはいられないはず」

「――ああ、わかった。国王に力があれば、もっとエ・ランテルは締め付けが厳しいはずだと。それが出来ていないところを見るに、国王には現状を変えるだけの力がない。政府の規模が小さくなっている……ということだな?」

「おそらくは。――まあ、限られた情報で立てた、穴だらけの仮説ですがね。当たらずとも遠からず、だとは思いますよ」

 

 ガゼフの立場が、あまり強そうに見えなかったのも、それが遠因かとモモンガは察した。戦士長という肩書は立派に見えるが、権限はそこまで強くないのかもしれない。

 経済活動に介入できない政府は、小さくまとまらざるを得ない。小さいから安上がりだが、経済を民間に依存するため、財力のある者が強い権限を持つようになるのだろう。

 ただリジンカンの言う通り、これは一都市から得た雑感に過ぎない。別の地方をながめれば、また感想も変わるかもしれなかった。

 やはり、冒険者として各地を回り、実際にこの目で見る以上の方法はないと、深く確信する。

 

「似合っていますな、その黒い鎧」

「――ん? そうか」

 

 唐突な称賛に、モモンガは少し驚くが、軽く流した。

 リジンカンは、いたずらっ子のような笑みを浮かべたまま、話を続ける。

 

「今まで言いそびれていましたが、モモン殿には黒がぴったりだ。豪傑を演じるのは、難しい部分もありましょうが、実力はあるのです。実績さえ積み上げれば、皆がひれ伏すのも時間の問題というもの」

「あまり、持ち上げてくれるな。取らぬ狸のなんとやらだ」

「……失敬。しかし、追従はお嫌いな様子で、なによりです。ナーベはどうも、忠誠心が強いあまり肯定するばかりで、対応に困るでしょう。これからは、俺もなるべく同行します。期待してくださって、かまいませんよ?」

 

 リジンカンの口調は、おべっかというより、軽口に近いものを感じさせた。こびて取り入ろう、などといった勝手な欲望は感じられず、悪友の戯言のような感覚である。

 

「自信家だな。ウォン・ライとは似ても似つかないが、それがお前の良さなんだろう」

「せっかく羽を伸ばしているんですから、親父殿の話題は、しばらく置いておいてください。――では、また明日。ナーベも、もう少し話に入ろうとする癖をつけておいてくれよ? 対人恐怖症でもあるまいし、な」

 

 それだけ言って、リジンカンは去っていった。ナーベラルの小言を避けてのことだろう。実際、彼の最後の振る舞いはいささか礼を失していたから。

 

「……困った人です。明日会ったら、何と言って注意してやりましょうか」

「そうだな。ま、広い心で許してやれ。機会があったら、軽口でやりかえしてもいいぞ、ナーベ」

 

 この後も、ナーベラルはしばらく憤っていたが、モモンガはこれをなだめた。

 リジンカンは間違いなく有能であり、彼の視点から見えるものや、率直な意見は貴重であると理解したからだ。

 

 明朝、彼らは冒険者組合に出向くことになる。モモン、ナーベ、そしてフェイ・ダオ。彼らの名が歴史に刻まれるのは、これからすぐのことであった。

 

 


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