剣技を極めた剣神(仮)   作:葛城 大河

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少しやり過ぎたかもしれない。だが、後悔はないっ‼︎




第三話 妹=騒動の種

何故、こうなったのか? 黒鉄一輝は、窮地に立たされていた。目の前には、恐ろしい程の形相をした『紅蓮の皇女』が睨んできている。そして、もう一人。背後に夜叉を従えている少女が、薄く笑っていた。笑っているが、その瞳は怖いぐらいに色がない。気の所為か、少女の周囲にパラパラと氷結が散っている。

 

 

助けを求めようと、周りにいる生徒達に視線を向けると、誰もが顔を逸らす。それはそうだ。誰が好き好んで、厄介事を引き受けてくれるのか。

 

 

(…………あぁ)

 

 

彼はもう一度、思う。如何して、こうなった? 今、目の前でステラと睨み合う一人の少女。銀髪にショートカットをした少女は、昔と少しも変わらない。変わった所は、身長ぐらいだろうか? 自分に良く懐き、何時も後ろから着いて来ていた事を思い出す。そして伐刀者(ブレイザー)としてのランクも高く、家の中でも期待されていた。なのに────

 

 

(…………拝啓、前世の父さん、母さん。今世では、楽しく生きています。そして貴方達に重大な報告があります。貴方達の息子は、つい先程、妹にファーストキスを奪われてしまいました)

 

 

届かないと分かっていても、言わずにはいられなかった。要は、物凄く混乱していた。前世を含めても初めてだったのに、それを実の妹に奪われるなんて。凄く悲しい気分になる。しかも、ただのキスではないのだから、ショックも大きかった。改めて、ステラと言い争う銀髪の美少女を見る。

 

 

銀髪の美少女の名は、黒鉄珠雫。一輝の正真正銘、血の繋がった妹である。

 

 

彼はこうなった経緯を、ゆっくりと回想するのだった。

 

 

 

 

 

 

早朝。黒鉄一輝は何時ものランニングをしていた。距離は、往復で五十キロだろうか。それを息を切らさずに、少し汗を掻くだけですませている彼は、一体、なんと表すべきか。しかし、今日のランニングは、いや、数日前から少し一輝の環境は変わっていた。ゴクゴクとスポーツドリンクを飲んでいると、ぜぇぜぇと荒い息を上げながら、一人の少女が汗だくになりながら走ってきた。

 

 

「えっと、大丈夫か? ステラ?」

 

「だ、だい……じょ……ぶよ……この、くらい」

 

 

いや、大丈夫じゃないだろ絶対と胸中で思った。ヨレヨレと倒れこむ少女は、今噂の『紅蓮の皇女』。ステラ・ヴァーミリオンである。あの模擬戦の後、二人は寮での事を話し合い、一緒に住む事が決まって、鍛錬する程に仲良くなっていた。その時に、一輝はさん付けではなく、ステラと呼ぶようになったのだ。

 

 

まぁ、すぐ後に奴隷やご主人様と揉めたのだが、省略しよう。一輝は座り込んだステラに、喉が渇いただろうと思い、自分の手に持つ水筒を差し出した。

 

 

「ステラ。ほれ、飲んどけ」

 

「うぇっ⁉︎」

 

 

しかし、彼女の反応がおかしかった。突然、顔全体を赤らめると、俯き出して、なにやらゴニョゴニョと呟き始める。なんだ? と首を傾げて疑問に思いながらも、なんとか呟かれた言葉を拾った。

 

 

「…………え、えっと、その……か、間接キスになるし」

 

「あぁ、成る程な」

 

 

そして聞こえた言葉に納得する。間接キスか。やはり、女の子は、そういうのが気になるのか。これは一緒に鍛錬して気付かなかった自分のミスだなと思った。

 

 

「悪いなステラ。そこまで、気が回らなかった。男が口を付けたのじゃ、嫌だよな。待ってろ、この近くに自動販売機があるから、買ってくるよ」

 

 

謝ってから、視線の先にある自動販売機に足を向けようとすると、そこでステラが慌てて呼び止めた。

 

 

「ま、待って。別に嫌とは言ってないでしょ‼︎」

 

「え? だけど…………」

 

「い、良いから、それを寄越しなさいっ‼︎」

 

 

我慢しなくても、と言葉を繋げる前に、ステラが一輝の手から水筒を奪い取って勢い良く飲み始めた。さっきまでは、嫌そうにしていたのに、なんだこの変わりようは? 転生して前世の記憶を持っていても、やはり、女の子の心が分からないと悩む一輝だった。

 

 

ステラの飲む姿に苦笑してから、空を見上げる。そんな彼の表情には隠しようがない笑みが浮かべられていた。スポーツドリンクを飲んでいたステラは、それを横眼で見て、水筒を口から離すと、尋ねる。

 

 

「なんか、嬉しそうね」

 

「やっぱり、分かるか?」

 

「えぇ、顔に出てるもの。なにか、良い事でもあったの?」

 

「まぁな。今日、妹が入学してくるんだよ。四年も会ってなかったから、嬉しくてな」

 

 

四年。あの家から出る時、泣きそうな顔をした妹を思い出した。思えば、随分と可愛がったものだ。前世の頃には、妹など居なかったから、彼は物凄く喜んだ。それに妹だけが自分に対して、普通に接してくれた。そんな嬉しさもあって、いっぱい可愛がった。時には、悪さをした時に叱ったりもしたが。まぁ、その際に他の大人達に殴られたのは、今では良い思い出である。

 

 

というより、まだ小さな少女にペコペコするなど、大人としては如何なのだ、と疑問を浮かべざるをえない。そんな感じで、妹と暮らしていた。ぶっちゃけ、一輝は溺愛していたと思う。初めて出来た妹を、溺愛しない兄など居ない。別に彼はロリコンでも、シスコン(本人はそう思っている)でもないが、まだ幼かった妹に「お兄ちゃん」と呼ばれた時は、危うくもう一度、死を体験しかけた程だ。

 

 

アレは兵器だ。そんじょそこらの力では、傷を与えられないと自負していた自分ですら、気を抜けば倒れ伏しただろう。だがもう妹は「お兄ちゃん」と呼んでくれない事を思い出すと、肩を落とした。何時の間にか、呼び方が「お兄ちゃん」から「お兄様」に変わっていたのだから。そんな懐かしい記憶を呼び起こしていると、隣に居たステラが、何故かジト目を向けていた。

 

 

「…………ねぇ、その妹さん。血が繋がってないとか、そういう設定じゃないでしょうね?」

 

「なんだよ設定って。ちゃんと、血の繋がりがある、ごく普通の血縁兄妹だよ」

 

 

漫画やアニメじゃないんだから、とこの世界の事を一旦、忘れて答える一輝である。その発言に、何故か安心した表情をステラは浮かべた。

 

 

「なら、良し」

 

「…………えっと、一体、俺はなにを許されたんだ?」

 

 

女心は分からない。ステラの言葉に、?を大量に浮かべる少年だった。二人の周りに咲く、桜の木に風が吹いて、まるで新入生を招待するかのように桜の花弁が舞った。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『破軍学園』。一年一組の教室にあるモニターに、クラッカーから破裂した音が鳴った。そして、マイクを持って眼の下に大きなクマを作った女性が、明るく言う。

 

 

「新入生の皆さ〜ん。入学おめでと〜う。皆さんの担任、折木 有里(おれき ゆうり)で〜す。担任を持つのは初めての、ピチピチの新米教師なの。ユリちゃんって呼んでね?」

 

 

彼女の言葉に、後ろのモニターにユリちゃんの文字が現れた。

 

 

「えっと、今日の授業はありませんが、先生から七星剣舞祭についてのお話があります」

 

「…………なんか、疲れる先生ね」

 

「確かにそれは同意だけど、面白くて良い先生だぞ」

 

 

そう言って一輝は、有里を見た。彼女のお陰で、この学園に入学出来たようなものなのだ。

 

 

「みんな、理事長先生が入学式で言っていた事を覚えてるよね〜」

 

 

教室内に居る生徒達を見て、彼女はそう言った。覚えているに決まっている。何故なら、昨年まで能力値で、七星剣舞祭の代表を選抜していた制度を今年で廃止にしたのだから。今年からの代表の決め方は、実にシンプルなものである。全校生徒参加の実戦選抜。つまりは、戦って勝った上位六名が、代表になるという事だ。

 

 

新たに有里の後ろにあるモニター画面に、『学内戦来週開始』の文字が打ち込まれた。試合の日程と相手は、生徒手帳にメールで送られる事を有里が説明すると、ステラが手を上げた。

 

 

「先生」

 

「ノンノン。ユリちゃんと呼んでくれないと、返事して上げないぞぉ?」

 

 

人差し指を上げて言う有里先生に、ステラは顔を引きつらせる。だが、言わないと返事をしないと告げられたので、仕方なく言う事にした。

 

 

「…………ゆ、ユリちゃん」

 

「は〜い。なぁに、ステラちゃん?」

 

 

名を呼ばれた彼女は、すぐに反応して尋ねた。それに気になった事を聞くステラだ。

 

 

「全部で、何試合ぐらいするんですか?」

 

「ん〜? 一人、十試合以上は軽くかかるかなぁ? 三日に一回は、必ず試合があると思ってくれて良いよぉ〜」

 

 

その試合回数の多さに、周りの生徒達が不満を口にした。呟かれる不満の声に、有里は続けて笑顔で言った。

 

 

「やりたくない人は、棄権しても大丈夫。成績に影響したりは、しませぇん。だけどねぇ、誰にでも平等にチャンスがあるって、とっても素敵な事だと、先生は思うよぉ。だから、是非、がんばって」

 

 

誰にでも平等。その言葉が、一輝に響く。やっとここまで来た。この一年、ある妨害(・・・・)の所為で、授業を受けさせてもらえず、留年した。しかし、今年には妨害はない。後は、学内戦で代表になり、七星剣舞祭の道を突き進むのみ。魔導騎士の立場を手に入れる為に、駆け抜けるだけなのだから。

 

 

そしてモニターに『全力全開』の文字が現れて、有里先生は言った。

 

 

「それじゃぁ、皆。これから一年、全力全開でがんばろ〜う。は〜い。皆で一緒に、えいえいおーぶはぁッ…………⁉︎」

 

 

拳を頭上に突き上げた瞬間。有里は口から盛大に吐血して、倒れ込んだ。突然の事態に、ざわつく教室である。しかし、一輝だけが、彼女の体質を知っているが故に、頭を抑えていた。

 

 

「ゆ、ユリちゃん⁉︎」

 

「やっぱり、こうなったか」

 

 

隣でステラが驚いて立ち上がるのを尻目に、彼は深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

一輝とステラは血を盛大に吐いた有里先生を、医務室に連れて行った。そこで、一日一リットルは吐血する体質だとか、有里と一輝が入学式での出会いを語ったりと、去年の事で少し疑問を覚えたが、一輝達は医務室を後にした。

 

 

「……………ねぇ、去年は残念だったって?」

 

「去年? あぁ。授業が受けれなかったっていう、つまらない話だよ」

 

 

二人が廊下を歩いていると、有里が言っていた一言が気になっていたステラが、聞いた。それに笑って答える一輝だ。

 

 

「俺が入学するまでは、能力値の基準はなかったんだ」

 

「え? それって如何いう…………」

 

 

まさかの言葉に驚いた彼女は、何故いきなり能力値基準になったのかを聞こうとすると、物凄い勢いで一人の少女が走ってきた。

 

 

「黒鉄せんぱーいっ‼︎」

 

「…………えっ⁉︎」

 

「なっ………⁉︎」

 

 

そのまま、腕に絡まるように抱き付いてきた。突然の事に二人は驚愕の表情を浮かべる。しかし、一輝達が驚いているのに気にせずに、少女は語りかけてきた。

 

 

「やっと、先輩とお話ができる〜」

 

「な、ななななななにやってるのよ⁉︎ イッキっ‼︎」

 

「なんで、そこで俺に言うんだよ⁉︎」

 

 

言う相手が違うだろ、と彼は叫んだ。改めて腕に抱き付く少女に、眼を向けてみる。眼鏡をかけた可愛い少女だ。彼女は上目使いで名乗りを上げた。

 

 

「私、同じクラスの日下部 加々美(くさかべ かがみ)です。先輩のだーいファンなんです」

 

(お、おぉ〜。む、胸が、胸が柔らかいよぉ)

 

 

ファンという言葉など耳に入らず、抱き付いている所為で押し付けられている胸の感触に、内心で変な声を漏らしてしまう。胸が押し付けられる度に、横に居るステラの機嫌が何故か悪くなって行くが、今の彼には見えていない。すると、加々美は言葉を続けた。

 

 

「見ちゃったんです。こないだの模擬戦。最後らへんは、全然見えませんでしたが、先輩、強いんですねぇ」

 

「い、いや、そ、その別に」

 

 

キョロキョロと(せわ)しなく視線を動かすが、しかし、悲しいかな。男としての本能が、そうさせるのか。つい、上から腕に挟まる双丘に眼が止まってしまう。

 

 

(桃源郷は、ここにあったのかっ…………‼︎)

 

 

ふにふにと、弾力のあるお胸様に触れる度に、顔が緩んでしまう。

 

 

「私、新聞部を創ろうと思ってて、先輩に記念すべき第一号を飾って欲しいんです‼︎ でひ、取材させて下さい」

 

「しゅ、取材って、そこまでする程の事じゃあ」

 

 

一輝は頭を掻いて、周りから殺到する視線に冷や汗を流した。入学式が終わった直後もあってか、周りには新入生や学年が上がった上級生など、数多くの生徒達が残っていた。そして、こんだけ騒げば、注目が集まるのは当然と言える。少し、男子達の嫉妬の視線があるのは気の所為だろうか?

 

 

「良かったじゃない。新学期早々にモテモテで。取材受けて上げたら如何ですか? 先輩」

 

 

すると、黙っていたステラが憤然とした表情を浮かべて、歩くのを開始して、先に進み始めた。冷めた瞳で向けられた事に、一瞬にして覚醒した一輝は、このままでは変な誤解をされると思い、ステラに手を伸ばす。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、下さい‼︎ ステラさんっ⁉︎」

 

 

何故か敬語で呼び止めて、叫んだ。なんとかしないと、新学期早々、女の子にちょっかいを掛けているという噂が飛びかねない。というより、このままにしたら、ルームメイトなので気まずい。だが、伸ばした手は虚しく空を掴んだ。逆に加々美に引っ張られる。

 

 

「見出しはもう決めてるんです。脅威の伏兵、黒鉄一輝。噂の天才騎士に白星。如何ですか?」

 

「その話は、また今度で‼︎」

 

 

自信満々に言う彼女に、一輝は抱き付いている腕に手を触れて、ゆっくりと剥がすと、逃げるようにステラの元に走った。彼のすぐ後ろで「あっ、先輩待ってくださいよ」と声をかけられるが、誰が待つものか。変な噂などが流されたら、堪ったものじゃない。無視して走る、その時だった。

 

 

「────漸く見つけました。お兄様」

 

「……………え?」

 

 

とても、そうとても懐かしい声が耳に届いた。思わず足を止めて、一輝は声の主を探す。顔を動かし、数多く居る生徒の中から一人の少女を探し当てる。柱にもたれ掛かるように立つ銀髪のショートカットをした少女。背が伸びて、変わっている所もあるが、忘れる筈がない。

 

 

「…………珠雫」

 

 

新たな女の子の名前に、前を歩いていたステラが鋭い形相で振り向いた。銀髪の少女は、ゆっくりとした足取りで一輝の前まで歩いてくる。そんな少女の姿を見て、周りの生徒達がざわついた。『深海の魔女(ローレライ)』という単語が、生徒達に飛び交う。しかし、生徒達の声など聞こえていないのか、それとも意図して無視しているのか、少女はニコリと一輝に笑みを浮かべた。

 

 

「お久しぶりです。お兄様」

 

「珠雫‼︎ 随分と綺麗になったな‼︎ この後、会いに行こうと思ってたんだけど、珠雫の方から来てくれるなんてな。探させて悪かったな。まだ、人も多いし大変だっただろ?」

 

「いえ、私が待ち切れなかったのです。………お兄様が近くに居ると思っただけで、胸がキュンとなり、いても立ってもいられませんでした」

 

 

頬を染めて濡れた瞳を向ける。もう、その視線は兄妹に、兄に向ける視線ではない。流石の一輝もその視線に思う所があった。なにかおかしいと。だが、彼は気付くのが遅れた。遅れたが故に、この次に大変な眼に会う事となる。

 

 

「お兄様」

 

「…………え?」

 

 

ごく自然に一輝に珠雫は詰め寄る。そして彼は押し倒されて、背中に後ろにあった柱がぶつかった。次の瞬間。珠雫は躊躇なく一輝の唇を奪った。

 

 

「はっ⁉︎」

 

「あっ‼︎」

 

「んむ─────っ⁉︎」

 

 

それを見ていた二人の少女は、それぞれ対照的に驚いた。ステラは、まるであり得ないものでも見たように絶句し、加々美は良いネタを見付けたと眼を光らせた。そして周囲の唖然とした雰囲気である。突然、公衆の面前でキスをすれば当たり前だ。しかも、話からして兄妹同士なのだから、驚愕度は高い。だが、それだけでは終わらない。

 

 

いきなり、妹にキスされた事に思考停止した一輝は次の瞬間に、覚醒した。ちゅるり、と珠雫の舌が口内に侵入してきたのだから。

 

 

「ん、んむぅぅぅぅぅぅッッッ⁉︎」

 

「………ちゅる……んぅ……ちゅぷ……れろ………」

 

 

濃厚な、濃厚なキスが数秒以上、続けられてやっと、ステラが我に戻った。

 

 

「な、なにごと────っ⁉︎」

 

「キタァ────っ‼︎ スクープ‼︎ スクープ‼︎ スクープ‼︎」

 

 

二人の反応の後に、生徒達も我に戻る。すると、濃厚なキスをしていた珠雫は、ゆっくりと唇を離した。ツゥ、と銀の橋が一輝と出来上がる。対して一輝は、心ここに在らずといった具合に呆然とした。いや、良く見れば小さく「は、初めてが、妹。しかもディープ」などと呟いている。

 

 

「ずっと、お会いしたかった。お兄様に触れたかった」

 

「え、う………珠雫」

 

「お兄様ぁ」

 

 

呆然と妹の名前を言うと、珠雫は甘い声を吐いて再度、唇を近付けようとして、

 

 

「ちょ、なにもう一回、やろうとしてるのよぉっ⁉︎」

 

 

勢い良く少女の襟首が後ろに引っ張られた。引っ張った人物は、これでもかと顔を赤らめたステラである。そんなステラに、邪魔されたのが気に入らなかったのか、ジロリと視線を投げると言った。

 

 

「邪魔をしないで下さい。久しぶりに会った、兄妹のスキンシップを」

 

「兄妹で、そんな激しいスキンシップがあってたまるかぁ⁉︎」

 

「それに外国では、誰もがやっている事ですよ?」

 

「あ、あたしの国では、兄妹でそんなキスしないわ‼︎」

 

「他の国でも、しないと思いまーす」

 

 

珠雫の言葉に、すぐさまステラと加々美が否定の言葉を投げかけた。しかし、彼女達の声に耳を貸さずに、珠雫は愛おしそうに一輝の頬に手を触れてから言葉を紡いだ。

 

 

「お兄様。今まで会えなかった四年分の愛おしさを考えれば、私達にとって、夜のまぐわいですら、ただの挨拶」

 

『そんな訳あるか────ッ‼︎』

 

 

衝撃的な発言をする珠雫に、ステラや加々美を含めた周りの生徒達が同時に叫び声を上げた。まさかの一致団結だ。

 

 

「っていうか珠雫‼︎ 如何したんだよ⁉︎ なにがあった⁉︎」

 

 

四年前の妹の姿を脳裏に思い浮かべて、あまりの変わりように叫ぶ少年だ。そして、彼女は自身の胸に手を置いてから言った。

 

 

「私は別になにも変わってはいませんよ? お兄様に出会ったあの時から、この思いは変わりません」

 

 

美しい笑みを浮かべて、また顔を近付けようとする珠雫に、ステラが叫んで体を持ち上げ、一輝から離れた所に投げる。

 

 

「やめなさ────いっ‼︎」

 

「きゃっ⁉︎」

 

 

小さな悲鳴と共に、珠雫は投げられ、ステラは一輝に詰め寄った。

 

 

「しっかりしなさいよ‼︎ なに、流されそうになってるのよ‼︎」

 

「あ、わ、悪いステラ。凄く助かった」

 

 

自分でも流されそうになっていたと自覚していた為、助けてくれたステラに礼を言う。と、投げられた珠雫がステラに視線を向けて呟いた。

 

 

「貴女が噂のステラ殿下」

 

 

それに二人は声のした方向に顔を向けた。と、同時に一輝は硬直する。珠雫が周りにアイスダストを発していたからだ。しかも、眼が笑っていない。

 

 

「何故、私達兄妹のスキンシップを邪魔するのですか」

 

「邪魔するに決まってるじゃない。こんなスキンシップは、おかしいもの‼︎」

 

「それは私とお兄様が決める事です‼︎ 貴女には関係ありませんよね?」

 

「……………うっ」

 

 

キッパリと言われた言葉に、思わず口ごもる。しかし、ステラは負けじと叫んだ。

 

 

「か、関係なら、あるわよっ」

 

「へぇ、どんな関係ですか?」

 

 

それに対して、珠雫は冷徹な視線と共に尋ねてきた。聞かれた事に、顔を染めると、少し言い淀む。

 

 

「どんな関係ですか?」

 

 

再度、冷徹な視線と共に尋ねられ、ステラは次の瞬間。はっきりと答えた。

 

 

「イッキはあたしのご主人様で、あたしはイッキの下僕なんだからぁっ⁉︎」

 

 

その時、空気が凍った。それはもう感嘆する程に。

 

 

(な、何故、今、それを持ち出したぁ────っ‼︎)

 

 

ステラの告げられた言葉に、彼は心の中で悲鳴を上げる。もう駄目だ。お終いだぁ。今年は楽に、過ごせられないかもしれない。去年に色々な障害を乗り越えた彼は、初めて心が折れかけた。主に身内と、ルームメイトにより。横では加々美が煩く「特大スキャンダル、キタァ────ッ‼︎」と叫んでいる。そして彼は、少し涙を浮かべて、何故こうなったと考え始めた。ここから、冒頭に戻る。

 

 

ステラが口走った言葉で、凍っていた珠雫は、静かに確かめるように口を開いた。

 

 

「本当なのですか?」

 

「え? ひっ⁉︎」

 

 

か細い声で言う少女に視線を向けて、小さな悲鳴を上げる一輝だ。珠雫は眼を細めて、こちらを見ていた。怖すぎる。如何いう訳か、鍛錬で鍛え上げた筈の体が震える。そして答えない一輝に対して、もう一度、口を開いた。

 

 

「お兄様。本当なのかと、聞いています」

 

「え、えと、一応は本当かな」

 

 

そういうルールにしたのは本当の事だ。だから、つい頷いてしまった。

 

 

「うふ、うひひひひ。そうですか。本当ですか………ふひひ」

 

 

珠雫が変な笑い声をした瞬間。嫌な感覚が襲った。もう時期にここが、戦場になるような。

 

 

「待っていて下さい。珠雫が今、お兄様をこの害虫から解放して差し上げます。………しぶけ。『宵時雨(よいしぐれ)』」

 

「珠雫っ⁉︎ それは流石に駄目だ‼︎」

 

 

少女の右手に小太刀が姿を現した。これこそが、珠雫の固有霊装(デバイス)。『宵時雨(よいしぐれ)』。珠雫はソレを逆手に持つと、目の前に立った一輝に言った。

 

 

「どいて下さいお兄様。ステラさんを殺れません」

 

「いやいやいや、殺るなよ。ってか、こんな所で固有霊装(デバイス)なんか使っちゃ…………」

 

「傅きなさい‼︎ 『妃竜の罪剣(レーヴァテイン)』」

 

 

一輝が言い終わる前に、後ろに居たステラも固有霊装(デバイス)を展開した。それに驚愕して、背後を振り向く。彼女は珠雫と睨み合う。すると、突然、悪口合戦が始まり、一輝は冷や汗が噴き出した。そしてその直後、お互いの悪口によって二人は爆発した。次の瞬間。二人が激突する前に、近くに居た加々美を横抱き、所謂、お姫様抱っこした。

 

 

「え? え? 先輩っ⁉︎」

 

「しっかりと捕まってろよ」

 

 

そう言うや否や、一瞬にしてその場から離脱した。まるで瞬間移動をしたかのような速度で、忽然と姿を消す。その数秒後、盛大に爆発が起きたのだった。

 

 

そして、数時間後、ステラと珠雫が二人でトイレ掃除をしている所を見かけたとか。取り敢えずは、これで騒動は収まった。まぁ、数日程、一輝が妹にすら手を出す鬼畜野郎や、ステラ殿下を奴隷扱いする下衆、はたまた眼鏡の少女をお姫様抱っこして、部屋に連れ込むクズ野郎などと言われるようになったのだが、それは何日か掛けて疑いを晴らす事に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




という事で、珠雫ちゃんの登場回でしたぁ〜。いやぁ、羨ましいねぇ一輝君は。


原作との違い。初めて出来た妹に、喜んだ一輝が叱ったり溺愛した所為で、珠雫の好感度メーターが上限突破しました。他の原作との違いは、一輝と濃厚なキスをした所です。


では、次回はデパートの話です‼︎ また、お会いしましょう‼︎

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