あ、イッセー出ません。
駒王学園高等部旧校舎。新校舎から少し離れた場所に聳え立っているその校舎の正面玄関の真正面には、三人の少年少女がいた。
桐生、松田、そして元浜。
校内一の中二病として学園で一、二を争うほどの有名人である兵藤一誠の数少ない親友達。
彼等が兵藤一誠をなんとか闇の中から救い出そうと奮起している姿は、生徒達にとって見慣れたものであると同時に、美しい友情であるが故か感慨深いナニカを感じる物だという。
何せ、中二病である。
普通、中二病を拗らせた人間と好き好んで付き合う人間は少ない。誰もが率先して縁を切るだろう。
最終的に、中二病は同志とも呼べるような中二病患者くらいしか中二病とは付き合えないものだ。
だが、彼等は
例え一誠が、ぼっちな奴を見つけると同時に『ふっ。まさかこんなところで同じ能力者を見つけるとはな』などと宣い不敵に笑い出す奴だとしても。
例え一誠が、スーパーの半額弁当争奪戦という如何にもな行事で二つ名を持っているとしても。
例え一誠が、『左手が、疼く……っ!!』などと言って何処からか取り出した玩具の籠手を装着していたりしても。
例え一誠が、ノートに謎の詠唱らしき文字の羅列を書き連ねていたとしても。
彼等は決して、兵藤一誠を見捨てない!!
特に松田と元浜の二人は一誠のために行動する清廉さからか、エロ二人組という悪印象が緩和されていたりもする。二人は一誠に夢中で気付いていないのが何とも言えないところだが。
閑話休題。
三人の顔付きは、まさしく戦場へと赴く歴戦の戦士のそれ。平和な日本の学校に通うような人間が、発していい空気ではなかった。
身に纏う覇気は並大抵のものではなく、子供が見れば間髪入れずに泣き出すだろう。彼等の視線が見据えるのは、果たしてなんなのか。
「……ふう」
先頭に立つ桐生は、これから行う事への緊張をほぐす為か、軽く息を吐く。
――これが、一誠を救うための一手になり得るかもしれないのだから。
「……松田、元浜」
「ああ」
「ふっ、任せろ」
確認するかのように呟いた桐生の言葉に、松田は頬を緩ませながら力強く頷き、元浜はメガネをくいっと上げてニヒルに笑う。
そんな彼等の決意を背中から感じ取ったのか、桐生もまた不敵に笑みを浮かべた。
「はっ。学園の二大美女だかなんだか知んないけれど。これ以上イッセーの中二病を悪化させられたらたまらないわ」
「おうよ!」
「今日ばかりは、グレモリー先輩や姫島先輩。そして我らがマスコット小猫ちゃん相手だろうと煩悩は持つまい」
いざ――そう意気込みながら、彼等は
オカルト研究部、部室。そこに足を踏み入れた桐生達がまず始めに覚えたのは明らかなる中二病感だ。
部屋の内装は外国の貴族――それもどこか時代錯誤なものを感じさせるものだった。
それはまだいい。ていうかなんの問題もないだろう。
注目すべきは、照明ではなく蝋燭を使って部屋を明るくしている点。所狭しと描かれた魔方陣は言うまでもなく、壁際にあるテーブルの上のチェスの盤がまた何とも中二病感を掻き立てる。
確かにオカルト研究部と言われればこういうイメージが湧くが、それはあくまでも漫画の世界くらいのものだろう。現実に実践しようなどと思っても実行に移す人間は早々いないはずだ。
唖然とする松田元浜をおいて、桐生は思わず内心で舌を打つ。
(本当に中二病なのね)
僅かながらの希望的観測ではあったのだが、桐生はリアス達が一誠をからかうために口裏を合わせた可能性も考えていた。
たまにいるのだ、そういう輩が。中二病である事を面白がり、ファッション中二病をして勝手に盛り上がる輩が。テンションの上がるイッセーを見て嘲笑う屑共が。
それを見て、腹の煮えたぎるような想いをした回数は多い。
余談だが、一誠に絡んだファッション中二病はその悉くが後に『一誠さんは中二病じゃなかった』とか言い出すが、彼等はなにを見たのだろうか。中二病は感染するのかもしれない。ミイラ取りがミイラになるわけにはいかない。桐生は身を更に引き締めた。
この部屋を見る限り、オカルト研究部の面々は程度の差はあれど、間違いなく全員が中二病なのだろう。あくまでも推測だが、神話が実際に存在するとか考えているタイプだ。
独自の世界観を構築し、それを現実と混同してしまう一誠とは微妙に異なるタイプ。
神話である以上独自の世界観以上にそのイメージは強固となり、綻びが生じにくい。それはつまり中二病が黒歴史となる切っ掛けである『俺は頭おかしいんじゃないか』という目覚めが起きにくいという事だ。
しかもオカルト研究部というある種の同業者団体であるため、『これが普通なんだ』という誤った認識から抜け出す事は尚更難しいだろう。
更に神話の信仰者というものは時として盲目な信者にもなる得る。他者の意見に聞く耳を持たず、自身の信じる事だけを世界にしてしまう。
これは難易度が高い、と。そう考えているうちに桐生達はオカルト研究部副部長――姫島朱乃に促され、中央に設置されているソファに腰を下ろす。
高級品なのだろう。家のソファとは段違いだ。やはり金持ちか。財力のある中二病は骨董品なども集め出し、イメージを固めていくため厄介極まりない。
思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
そんな桐生達の様子を気にする素振りもなしに、朱乃がお盆に置いた紅茶をテーブルに並べていく。
少し時間が空いたので辺りを見渡せば、部室の端っこで学園のマスコット搭乗小猫がお菓子を頬張っている姿や、学園の貴公子木場祐斗が壁に背を預けながら片手で読書を嗜んでいる姿が見受けられた。
前者はともかく、後者は完全に中二病である。
一人静かに壁際で読書している僕かっこいいとか思っているんだろう。桐生他二人は憐れみの視線を送った。
それをどう捉えたのか、木場から三人に向けての笑顔が向けられる。
まさか、
「……」
それらから目を離し、桐生は真正面に座り、妖艶な笑みを浮かべているリアス・グレモリーを正視する。
松田と元浜が顔を赤くするが、まあ流石に仕方のない事だろうだと諦める。リアスや朱乃の胸に目がいっていないだけマシだろう、と。
「桐生藍華さん。で、いいのかしら?」
「ええ。グレモリー先輩」
流石にアポなしでオカルト研究部に乗り込むほど桐生達も愚かではない。ていうか、アポなしで中二病の巣窟に飛び込んでホームアーロン的な展開になったら笑えない。
「それで、今日はお・願・いがあるとのことだけれど」
どこか嬉しそうに『お願い』の部分をヤケに強調して発音するリアスに、桐生はどこか既視感を覚える。具体的に言うならば、頼られた時の
「……私たちの要求は、ひとつです」
意を決し、桐生はその内容を口にする。
「――兵藤一誠と、関わらないでください」
瞬間、
沈黙が、オカルト研究部部室を支配した。
♦︎♦︎♦︎
桐生の発した言葉に、オカルト研究部部室の気温が下がる。
先ほどまでの穏やかな静けさとは違う、嵐の前の静けさのような静寂が部室を包み込む。
木場祐斗は目を瞑って本を閉じ、塔城小猫がお菓子を取ろうとしていた手をピタリと止め、姫島朱乃の口元から一切の笑みが消え、リアス・グレモリーから厳しい視線が三人に向けて送られる。
突然の空気の変化に、松田と元浜が戸惑うなか、桐生だけは気丈な様子でリアスをキッと睨み返した。
「もう一度言います。イッセーとは関わらないでください」
「理由は?」
「貴方たちと付き合い始めれば、イッセーが取り返しの付かないことになるという判断の
そう。これ以上一誠が中二病患者と共にいる時間を長くすれば、もはや彼は自分たちの手に負えない究極の生命体へと至ってしまう。
そんなことになれば、一誠の人生は転落の一途を辿るしかない。中二病を雇う会社など、存在するのだろうか。
面接の際に「特技はなんですか?」と尋ねられ、「世界を救う事が出来ます。あと、封印術を少々。ライバルとの来るべき対戦のために特訓していたりもしますんで、力には自信があります」などと答える莫迦を雇う物好きが存在するのだろうか。
あるわけねえだろ。
もはや隠す必要もない。とばかりに桐生は直球でリアスに返答した。
「……取り返しの付かない、ね」
取り返しの付かない。
その言葉をリアスは言葉に出さず脳内で反芻する。
兵藤一誠――つまり、赤龍帝。
おそらく相当な強者である彼の戦略的価値は計り知れず、そうでなくても『
目の前にいる少年少女は、赤龍帝の友人だとリアスは認識している。
学校で共に語らっている姿は、微笑ましいものだった、と。
そんな彼女達が兵藤一誠の裏をどこまで知っているのかは判らないが、自分たちに接触してきたという事はある程度知り得ているのだろう。
悪魔。それも現魔王の妹でこの土地の管理者である自分に、「赤龍帝と関わるな」などという超弩級な契約を結ぼうとする。
対価はおそらく彼女達の魂にまで及ぶだろう。しかしそれでも、彼女達はそれを分かっていても兵藤一誠を救い出そうとここまでやって来た。
彼女達は自分たちと関わる事での兵藤一誠の今後を憂い、自分たちにこれ以上兵藤一誠と関わってほしくないと思っているのだろう。
ただ一人の友人のために、悪魔の根城と言っても過言ではないオカルト研究部に『赤龍帝』無しで乗り込むど、正気の沙汰とは思えない。
が、そんな事は些細な事だ。
美しい友情だと思うし、リアスとしても彼女達の在り方は感嘆するものがある。
しかし、だからと言って「はいわかりました」と言えるような軽い問題ではない。
「彼はもうこちら側の奥深くまで入り込んでいるわ。それこそ、取り返しの付かないほどに」
「……っ。あなたに何が」
「彼は赤龍帝よ? そして、彼は私たちの存在を以前から窺知していた。調査の結果神器使いの波動も彼の近くから確認されている。……ここから表の世界に完全に戻るのは、ほぼ不可能よ。私たちの傘下に入れとまでは言わないけれど、如何に彼が強くてもなんらかの後ろ盾がないと危険とすら言えるでしょうね」
そう言うリアスの口調からは、嘘を言っているような様は感じられない。本心を隠す事なく告げているのだろう。
それはつまり、リアスの中で設定が真実と化しているということ。
一体どれほど強固な独自の世界観を構築しているというのか、桐生は戦慄した。そんな桐生を視界に収めながら、リアスは言葉を続ける。
「言っておくけれど、あなた達も危険なのよ? いつ誰に狙われる事になるか……」
ああ、もうだめだ。
桐生は達観した。リアスのこの言葉はまさしく一誠が好んで口にする「俺に関わるな。組織に狙われるぞ」と同じである。目の前の先輩は、邪気眼系中二病の素質も兼ね備えていたのだ。
会話が成立しているようで成立していない。桐生は頭を抱えたくなる。
「……頼む。グレモリー先輩」
「イッセーを、イッセーを元の世界に返してくれ……っ!!」
「あんたたち……」
煩悩を捨て去ったのか、土下座するかの勢いで松田と元浜はリアスに頼み込む。
松田と元浜の魂の懇願に、桐生が感動を覚え、リアスが困ったような笑みを浮かべた。
「私にはどうしようもないわ。確かに私は魔王の妹よ? でもね、私なんかでどうこう出来るような存在じゃないのよ、彼は」
今後世界が彼を中心に動き出すかもしれない。
そう締めくくり、リアスはそれ以降口を閉ざした。
「無理、だったな」
「ああ。まさかグレモリー先輩達があそこまで中二病に毒されているとは」
日が暮れた頃に、桐生達は旧校舎を後にした。
帰り際に『あなたの願い事叶えます』とデカデカと記され、魔方陣が描かれた胡散臭いチラシを貰ったが、当然のように近くのコンビニで捨てた。中二病勧誘なんて笑えないにも程がある。
自称魔王の妹である。自称魔王の妹とお近づきにはあまりなりたくない。
この学園の有名人は中二病しかいなかった。改めて痛感した事実に、思わず拳を握りしめてしまう。
「……諦めないわよ」
しかし、この程度で諦められるものではない。
この程度で諦めるのなら、彼女達は一誠の友人なり得ていない。
虚構と真実が織り交ぜられ、掛け違えたボタンだというのにそれが新たなファッションとして洋服革命を起こすようなこの世界で、果たして彼等は一誠を救えるのか。
「松田、元浜。次は生徒会よ!」
「ああ!」
「イッセーじゃないが、中二病による支配から学校を救うぞ!」
彼等の戦いは、まだ始まったばかり――――。
桐生「イッセーが(中二病から戻れない的な意味で)取り返しのつかない事になる」
リアス「もう既に(赤龍帝的な意味で)取り返しのつかない事になっているわ」
桐生「イッセーが(中二病的な意味で)取り返しのつかないですって……!?」
リアス「彼は(赤龍帝的な意味で)こちら側に深く入り込んでいるわ」
桐生「イッセーが(あなた達の脳内設定謂わば中二病的な意味で)そっち側に入り込んでいるですって……!?」
これ修道服姿のアーシアいたらまたカオスな事になりそうです。形から入る系中二病だと!?みたいな笑
Q.あれ、木場くんが聖剣みたのに爽やか!?
A.まあ神器の聖剣ですしね。原作でも神器の聖剣について触れられた瞬間はキてましたが、写真の実物見たときほどではなかったですし。
原作2巻最後以上原作3巻序盤以下のキレ具合(適当)
イッセーくんがいないせいで写真見れないからね、ジャンヌの聖剣で伏線回収させるしかなかった(´・_・`)ユルセ。
…今更だが主人公無口じゃない勘違い物って勘違いタグを付けてていいのだろうか。