駒王町の外れにある廃れた教会にて、二人の金色の髪を持つ少女が教会内部の掃除に勤しんでいた。
ヒビ割れた壁なんかはどうしようもないが、埃や目に見えるゴミは袋にまとめて詰めている。埃っぽさがなくなっただけで、ある程度だが見栄えは良くなっていた。
「アーシア、それをここに運んでください」
「えっと……ここ、ですか?」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、トルコ石のような瞳を持つ少女――ジャンヌはアーシアに向けて優しく微笑む。
祭壇の裏に供えられている鏡から入ってくる太陽の光を背にしているからか、アーシアにはまさしくジャンヌが神のご加護を受けた『聖女』のようだと顔を赤くして見惚れてしまった。
思わず呆けて、その場で立ち止まってしまう。そんな風にぼーっとしているアーシアの顔を覗き込み、心配そうに眉根を寄せてジャンヌは口を開く。
「……大丈夫ですか? 少し、横になった方が」
「っ! い、いえいえとんでもないです! し、主の見ている場所でそんな……!!」
瞳を潤ませながら、わたわたと手を振るアーシアにジャンヌは微笑ましいものを見たような顔をしながら、
「ふふっ。大丈夫ですよ。そんな事でお怒りになるほど、神の器は小さくありません」
そう口にした。
「そ、そうですか?」
「はい」
その優しい声音に、アーシアは心底安心したのか。瞼がゆっくりと閉じられていき、身体がふらつき始める。
「あ、れ……?」
「やはり疲れが溜まっていたみたいですね。アーシアさん、後は私に任せてゆっくりしてください。残りの作業は一人でもやれますので、ご安心を」
「えと。それじゃあお言葉に甘え……」
言葉を言い終わる前に、アーシアはプツリと糸が切れた人形のように意識が途絶え、ジャンヌの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
そんな彼女の背を親が子を安心させるかのように撫でた後、ジャンヌは教会に設置されている長椅子にアーシアを寝かせる。
そこでふうっ、とひと息。
首の関節を鳴らし、背を伸ばす。
辺りに誰もいない事を確認してから、やがて独り言をブツブツと呟き始めた。
先ほどまでの凛とした姿は何処へやら、今時の女子高生のような気怠げな雰囲気を突然に醸し出し、その場にへたり込んだ。聖女にあるまじき(?)姿である。
「はあ、疲れた。アーシアは働き者すぎよ。暗示まで使っちゃうなんて」
アーシアのような純情少女に暗示を使った事に、そこはかとない背徳感を感じたジャンヌ。
少しだけ申し訳なさそうな顔をした後、直ぐに切り替えたかのようにひとみに闘志を燃やした。
「それにしても、まさか教会にいる組織の下っ端があの雌豚だなんて……!! 私が一思いに殺してあげようかしら?」
ふふふ、と黒いオーラを漂わせながら。しかし一誠の言葉を思い出しそのオーラは霧散させる。
『武力行使は、最終手段だ。なるべく組織との亀裂は少なくしたい。奴等の目的と、アーシアに関する情報を最優先に集めてくれ。……勿論、身の危険を感じれば真っ先に呪符を使って戻ってくることだが』
「……どうもきな臭いわ。何もなければいいのだけれど」
◆◇◆
あの後すぐに自宅に帰った一誠だったが、やはりアーシアの件が尾を引いていた。
「……」
この土地は『組織』が蜘蛛の糸を張り巡らせている。アーシアのような単独行動を取っている『
なら何故一誠はアーシアを勧誘、ないしは保護しなかったのか。
答えはアーシアが教会の関係者だと判明したからだ。一誠率いる『セフィロト』は、『組織』に関する情報を大まかにだが掴んでいる。
その結果、『組織』は教会にも根を張っていることを把握していた。
駒王町の外れの教会に関しては既に教会としての機能を失っている場所だと認識しており、放置していたのが……アーシアが派遣されたという事は、読み不足だったのだろうか。一誠は自分の思慮の浅さに、溜息を吐くしかなかった。
なんにせよ教会に属しているアーシアは、『組織』が抱えこんでいる能力者である可能性が極めて高い。
「
彼がよくシミュレーションに使っている機体(ゲームではない、断じて!)のパーティーでも、
組織の全容は把握していないものの、世界を裏から支配しているであろう彼らの総勢は数えるのも馬鹿らしくなる程のものだろう。となると、回復役というものは幾ら存在してもまだ足りない筈だと一誠は見ていた。
仮にアーシアが『組織』の者だと仮定すれば、招き入れた途端に『セフィロト』の情報が『組織』に知れ渡ってしまう。それは即ち、全面戦争の幕開けと言っても過言ではないだろう。
「……」
だが、どうしても、一誠の脳裏から彼女の事がこびりついて離れない。
彼女はごく普通の優しい少女に見えて、その実垣間見せる“闇”が、一誠の不安を掻き立てる。
深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗き込む。
不幸というものは人によって千差万別。他人にとっては呆れるような事でも、当人からしてみれば一大事なんてのはよくある話だ。
幸せな家庭というものは皆似たような形をしているが、不幸な家庭はそれぞれの不幸な形を成している。
故に一誠が光だと断定した世界が、彼女にとっても同様に光の世界だとは限らない。
自室に足を踏み入れつつ、一誠は思考を巡らせる。
――さて、どうしたものか。
何れにせよ、教会の偵察には向かわなければならないだろう。
教会に紛れ込んだとして、違和感のなさそうな人物はいたかと携帯電話を取り出しリストを眺める。
余談だがこのリスト、進数で暗号化されている。総勢五百人ものリストを、だ。やはり無駄にハイスペックな中二病である。
一誠曰く、数字の羅列かっこいい。
これにはセフィロトの皆が深く賛同し、勉学が嫌いな者達も数学を博士課程を修めた人間程度には取得してしまった。やはり無駄にハイスペックである。
普段は頭を抱えるゲオルグも、数字の羅列かっこいいは同意だったらしい。おそらく彼が魔法使い故に、理論立ててられた物を好む傾向があったからだろうが。
♦︎♦︎♦︎
『では第数えるのも馬鹿らしくなった回幹部定例会議を行う』
『はいはーい。私から重要な発表がありまーす♪』
曹操の言葉を皮切りに、金色の髪の少女――ジャンヌがにこにこしながら口を開く。
『イッセー。今度の日曜日にデートしま――』
『おい、誰かこの色ボケを追放しろ』
『ちょっ――』
間髪入れないヘラクレスの言葉の直後、無情にもディスプレイには《ジャンヌさんが退出させられました》の文字が映し出される。
その光景に、誰も何も言わない。もはや彼らにとって、彼女の強制退出は見慣れた光景だった。
『……闇を生きる俺に、女など不要』
因みに退出させたのは一誠である。一誠の脳内は、『女子と一緒にいるのは恥ずかしい事である』な地点から一切成長していなかった。
中二病に、羞恥心はない。そのせいで歯に浮くような台詞を連発し、数多の女性を無自覚に落としてきた一誠。しかも中二病だからか、心の機微に敏い。自分に好意を持ってくれている女性の把握は完璧である。
だが悲しいかな、彼は女子と付き合うのは弱い男だみたいな固定観念を備えているタチの悪い男だ。
更にキスなんてしよう者なら、石像のようにフリーズしてそのまま再起動に一週間以上かかる純情な少年。
これは数少ない中二病になった事による弊害と言えるかもしれない。恋する乙女、ジャンヌの未来は真っ暗だった。
さて、そんなこんなで会議は続く。
『やはり、必殺技の開発に勤しむべきだと俺は考えるが』
『流石イッセーだ。漢ってもんを分かってる』
『必殺技、か』
必殺技、漢なら一つや二つ持っていなければ恥ずかしい事極まりない。持っているのが当然とされている。
因みに一誠は既に数十を越える必殺技を開発しているが、まだ足りないらしい。そしてこの会話、会議を始めた頃から毎回出される話題だが誰も飽きる気配がなかった。
『……』
黙りを決め込んでいる青年、ゲオルグを除いて。
『どうしたゲオルグ、相変わらずノリが悪いぜ?』
『……』
ヘラクレスの棘のある言葉にも、ゲオルグは何の反応も示さない。彼は自宅で頭を抱えている。
そも。
ゲオルグが何故このような中二病集団にいるかと言われれば、なし崩し的にとしか言いようがなかった。
かつての彼は自分がかのゲオルグ・ファウストの子孫である事を知り、もうなんていうか色々とハッチャケていた。ある意味その頃は、なるほど、中二病だったかもしれない。
後に彼は三大勢力やらの知識を詰め込み、みるみると実力を伸ばしていった。
そんな彼を見込んでか、ゲオルグはその辺りに一誠と曹操よりスカウトされた。
――お前の力が必要だ、我々と共に未来を切り開こう。
スカウトの相手が赤龍帝と聖槍の持ち主だと知り、当時の彼は何の考えもなしに承諾したが、それが悪夢の始まりだったとしか言いようがない。
一誠も曹操も、裏の事情を殆ど知らなかった。ていうか、ゲオルグは一誠達のいう『組織』が三大勢力を指しているなんて思いもしなかった。
『組織』が三大勢力を指しているのだと気付いた頃には時既に遅し、『セフィロト』は盛り上がり今ここで真実を話そう者なら袋叩きに遭うこと間違いなかった。袋叩きに遭わずとも、《空気読めないやつ》とレッテルを貼られるに違いない。
魔法使いの家系であるゲオルグが、悪魔やらの事情を知らない筈がない。
魔法使いとはそもそも、悪夢と契約をし研究に勤しむ集団なのだから。ましてや祖先はゲオルグ・ファウストである。知らなかったらお前帰れレベルのものだ。
まあ結局のところ、ゲオルグはストレス性の胃痛に苦しんでいた。
と、必殺技について語ること三時間。ようやく一誠が話題を切り替えた。
同時に、ジャンヌの入出が許可される。
『珍しいな、イッセーが一度退出させた者をその会議の内に入出させるなんて』
曹操の言葉に、一誠は事情があるとだけ答えた。
『ジャンヌ』
『つーん』
『……ジャンヌ』
『……』
『……ジャンヌ。お前に頼みたい任務がある』
『…………なによ』
一誠から直々に任務を出されるのは珍しいからか、恋する乙女のセンサーは滅多になさそうな機会に敏感に反応した。
『フッ。なに少し潜入捜査を、な』
◆◇◆
「○○教会より配属されました、ジャンヌと申します。今日からよろしくお願いします」
オルレアンの聖女、ジャンヌ・ダルク。教会への潜入捜査には、確かにこれ以上ない人選と言えるかもしれない。
事実、
「か、かのジャンヌ・ダルクのご子孫様と共に働けるなんて……!! か、感激です!!」
アーシアがキラキラとした瞳でジャンヌを見つめていたし。
「……ふーん。まっ、いいわ」
一誠を襲った雌豚(ジャンヌ目線)もジャンヌから溢れる聖なるオーラに当てられたからか、教会から派遣されたと疑う事なく受け入れてしまった。ただまあ、
(……ちょろいわね)
計画通り、と。笑みを浮かべる彼女はとても聖女とは思えない黒い顔をしていた。
余談だが一誠がジャンヌを抜擢した理由は実力とアーシアと同性だからという理由であり、あまりジャンヌの聖女云々は関係なかったりする。
Q.ジャンヌヒロイン?
A.イチャイチャしないからヒロインというのか微妙。
そもそもジャンヌからアピールしようにも一誠は全力でスルーするし周りに邪魔されるしもはやお察し。
Q.アーシアとジャンヌから危険な香りがします。
A.タグにないからお察し。
ただプロット時点ではこんな感じになるはずじゃなかった、どうしてこうなった。
Q.あれ、教会の神器持ちと言えばあの二人が……。
A.教会にスカウトは出来ません。
Q.外道神父は?
A.(´・_・`)