赤龍帝は中二病【完】   作:吉田さん

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そして時は動き出す

例えるならば、学校の体育館のような場所。

総勢五百人は超えるだろうほどの少年少女が列を成した状態で集められたそこは物音一つなく、シンと擬音が付きそうな状態で静まり返っていた。

普通、人間がこのような集団行動をとった場合ざわめきの一つや二つあるものだが、彼らは皆が皆閉口しており、真剣な眼差しを壇上にいる少年へと送っていた。そんな彼らの様子を列の先頭で見守っている青年――曹操は流石だなと苦笑を漏らす。

 

この軍隊と見間違えるほどの統率性は、別に特殊な訓練やらをこなした結果だとかではない。ただただ自然と、彼らは口答えもせずにこの場で待機しているのだ。一人の少年の圧倒的なカリスマ性が、それを可能としていた。その件の少年は壇上にて目を瞑り、腕を組んで佇んでいる。

 

彼が発する空気は、まさしく戦場のそれ。抜き身の刀のような鋭い雰囲気が、それを如実に表していた。

 

何時如何なる場所場合でも、少年は臨戦態勢に入れるのだろう。いや、もう既に臨戦態勢とすら言えるかもしれない。予期せぬ奇襲が来ようと、彼は一切の隙を見せる事なく対処に当たる事が出来るだろう。そんな彼を臆病者だと嘯くような輩は、ここにはいない。

 

頂点に立つものとして、彼は当然の事を行っているだけだ。勝って兜の緒を締めよとは少し違うかもしれないが、トップが油断と慢心に満ち溢れていれば、下の者達も油断と慢心が生まれるかもしれない。それは一誠は勿論、曹操や他の幹部としても望むところではない。

 

その事を、皆が理解している。

 

まあ、彼の実力はこの場にいる皆が認めるものというのもあるだろうが、と。曹操がそこまで考えていると少年の双眸がゆっくりと開かれた。

 

「諸君、よくぞ集まってくれた」

 

声を張り上げたわけでもないのに、一誠の声は室内に響き渡る。何の力も籠めていないというのに、彼の凛とした声は自然と彼らの頭のなかに入っていく。

 

「今日集まってもらったのは他でもない――――『組織』が、動き出した」

 

瞬間。ざわりと、一誠の言葉に静まり返っていた室内がざわめき始めた。

 

組織。名前だけは皆知っているものの、その全貌を知る者はこの場には一人しかいない。その一人は、ちょっとした事情で全貌を明かす事が出来ない。結果として彼らのなかでは誰もその正体を知らない。自分たちのような脅威から世界を守るための秘密結社になっていた。

 

「……ついに来たか」

 

やがてざわめきは収まり始め、室内は物音一つない空間に戻り始める。

曹操も固唾を飲んで、一誠の言葉に耳を傾けていた。

 

「これを見て欲しい」

 

一誠後ろにあるモニターに、画像が表示された。そこに映っているのは『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を展開させた一誠と、それを見て顔を青褪めさせている黒髪の美少女。

 

「何か気付いた者は?」

 

一誠の言葉に、一人の少年がおそるおそると手を挙げた。一誠は彼に視線を向け、頷く事で発言の許可を出す。

 

「えっと……カラスのような翼が生えてます」

 

「そう、その通りだ」

 

ニヤリと口角を上げ、一誠は驚愕の事実を口にする。

 

「おそらく、組織の尖兵は我々と同じ能力者だ」

 

「「「――――ッ!?」」」

 

その言葉に、この場にいる者全てが息を呑んだ。そんな彼らを無視し、半ば興奮した様子で一誠は言葉を続けていく。

 

「いや、正確には少し違うかもしれない。僅かながら波長がずれていた。おそらくは人工的に我々のような力を得たのだろう」

 

「人工的に、ですか?」

 

「そうだ。我々のような能力者に対抗するには、同じ能力者をぶつけるのが手っ取り早い。というよりむしろ、能力者同士でなければ戦闘にすらならない。組織としては世界を崩壊させかねない我々能力者全てを、管理下に置きたいところだろう。となるとこれは、当然の帰結と言える」

 

とはいえ新たな能力者を生み出すのは本末転倒な気もするがな、と肩を竦めて一誠は苦笑した。

その言葉に、皆が黙り込む。驚愕の事実に、誰も彼もが言葉も出ない。

そんななか曹操はただ一人、顎に手を当て思考していた。

 

(人工的な能力者、か。そういえば以前能力者のシステムを研究し、何かを製造している節があるという報告が出ていたか)

 

「何れにせよ、近いうちに向こうがコンタクトを取りに来る可能性は極めて高い。交渉の際ある程度此方側が優位に立てるよう、引き続き鍛錬と情報収集を続けてくれ」

 

そう言うと、一誠は大仰に両手を広げ――――

 

「我等が未来に栄光あれッ!!」

 

「――――」

 

――――瞬間、爆発的な歓声と拍手の嵐が巻き起こる。

あちこちで『イッセー!』コールが鳴り響き、そんな彼らに手を振り笑顔を振りまけながら、一誠は舞台裏へと退場していった。

 

「いやあ、流石イッセーだぜ」

 

「あれがカリスマ性ってヤツよね」

 

「かっこいいー!」

 

曹操と同じく列の先頭に立つ者――幹部陣も惜しみない拍手と賞賛を送っていた。かくいう曹操も、柄にもなくテンションが上がっている。

 

「……」

 

そんななか、ただ一人。曹操らと同じ幹部陣のなかでただ一人。眼鏡をかけた青年――ゲオルグだけは「違う、そうじゃない。いや、表面上は間違ってないけど根本的なところが致命的にずれている……っ!!」と膝から崩れ落ちたが気にしないのが華だろう。

 

一誠率いる能力者集団――『セフィロト』は今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

学校から身を潜める(サボタージュする)こと早数日。彼は気分転換にと家の外を散策していた。

サンサンと照らす太陽の光が、憂鬱となりかけていた一誠の気分を晴らしていく。

勿論監視の目はないと判断した上での外出である。流石に監視の目のなか散歩するほど脳内お花畑ではない。ここ数日で一誠の無駄にハイスペックな頭脳が、勘違いを突き進んでいく様子にドライグが寝込んだりしたが詮なき事である。

 

「……ん?」

 

そうして歩いている事早数時間、街の中で一誠は奇妙な人物を見かけた。

奇妙、と言ってもそれはこの場所においての話であり、場所によっては普通な格好ではあるのだが。兎に角一誠にしてみれば見慣れない格好の人物だった。

太陽の光を反射する眩い金色の髪に、透き通ったきめ細やかな白い肌。そこはかとなく幼い印象を受ける顔立ちだが、それにしても美少女と言えるだろう。

宗教心に疎い日本という国で、修道服というのはこれ以上なく目立つ。しかし、何故だか彼女には修道服がこの上なく似合っているなとぼーっとしながら眺めていると、

 

「〜〜〜!?」

 

なにやら奇妙な声を上げながら、金髪美少女はその場で転けた。その拍子に少女の被っていたヴェールが吹き飛び、一誠の足元に落ちる。突然の事に頭がフリーズしたのも束の間、一誠は慌てて金髪美少女の元へと駆け寄る。なぜだろうか、彼は彼女の前では何かこう、慌てないといけない気がした。

 

「ッ!?」

 

そして近づいた事で気付いたが、彼女は転んだ拍子に修道服がめくれたせいで瑞々しい太腿が露わとなっていた。太陽の光に照らされているからか、その輝きはとてつもない神秘を伴って一誠を襲う。顔が茹で蛸のように真っ赤になり、声にならない声を出しながら一誠は金髪美少女の身体を起こした。

 

「Thank you for your consideration」

 

外国人さんであるという一誠の予想は正しかったようで、彼女の口から紡がれた言語は日本語ではなかった。清々しいまでのネイティヴ発音である。

 

これがごく普通の男子高校生なら、辿々しく英語を話すか、ジェスチャーで身振り手振り伝えるか、開き直って日本語で語りかけるだろう。

 

だが侮るなかれ、兵藤一誠は中二病である。中二病とは、兎に角カッコいいものに惹かれるものだ。故に、

 

「Don't worry. Please don't worry about me」

 

「But……」

 

「Oh,I think――――」

 

英語がペラペラと喋れるのは、至極当然のことである。外国語は話せたほうがかっこいいし、必殺技はドイツ語あたりが定番であるとは一誠の言葉だ。

 

魔法には言語を理解していなくてもどうにかなる魔法。即ち翻訳魔法があるというのに、一誠は無駄に世界に存在するありとあらゆる言語をマスターしている。古代文字の解読でさえも朝飯前だ。

そう、これはもはや中二病になった『恩恵』とすら言えるだろう。

 

――中二病に、敵はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ここから先は日本語でお送り致します。

 

「アーシア、それが貴様の真名か」

 

「はい」

 

「そうか、名乗られれば名乗り返すが世の理。――我が名は兵藤一誠、闇の世界を生きる者だ」

 

「闇、ですか?」

 

「然り」

 

きょとんとした顔のアーシアに、一誠は決まったとばかりの不遜な笑みで答える。一誠の言わんとしている事について考えているのか、アーシアはやや思案顔だ。やがて顔を上げたと思うと、向日葵のような笑顔を浮かべながら口を開いた。

 

「えっと、難しい事はわかりませんけど……闇ばかりにいたら、お身体に悪いですよ?」

 

「……」

 

アーシアの攻撃!

 

イッセーに百億のダメージ!

 

イッセーは吐血した!

 

「ぐはっ……!?」

 

『相棒ッ!?』

 

(な、なんて純粋な眼差しだ……ッ!!)

 

ドライグが呼びかけるが、一誠は胸を押さえながらアーシアから一歩後退る。彼女の純真無垢な瞳は、一誠という中二病患者に(互いにとって)無自覚的な被害を与えていた。

エメラルドグリーンの双眸が、一誠の心を引き込む。

一誠としても、このダメージがどこから来ているものなのかは理解出来ない。羞恥心や何やらを感じない一誠もとい中二病ではあるが、無自覚な暖かい眼差しには弱かった。

 

「ふ、不要だ。光などというものは、力無き者が縋り付く幻想に過ぎん。俺のような力ある者が、光などという幻想を足場にするなどあっては――――」

 

「そんな悲しいことを言わないでくださいッ! 汝隣人を愛せよ、あなたは――――」

 

「ごっ、ぷあ……!?」

 

『あ、相棒ォォォォオオオオッ!!!!???』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ。……やるではないか、アーシア・アルジェント。我が魂を、ここまで的確に傷付けるとは……っ!!」

 

「え、えーっと」

 

数分後。そこには息絶えながら膝を突く一誠と、おろおろした様子のアーシアがいた。

二人の様子から、どちらが優位に立っているのかは想像に難くない。当然、アーシアのコールド勝ちである。

 

「ふ、ふはははっ!! だがな、たとえ俺が死んだとしても、第二第三の俺が――」

 

「い、イッセーさんは三人いらっしゃるんですか!?」

 

「ぐ、ぉぉおおおおっ!?」

 

『もうやめろ! 相棒のライフはゼロだ! もう勝負はついたんだ!!』

 

ドライグの悲痛な叫びは、しかしアーシアには届かない(そもそも聞こえるように叫んでない)。一誠が意味のわからない感覚に悶えるなか、アーシアはふと視線をずらした。

急にピタリと止まったアーシアの行動を怪訝に思った一誠が、アーシアの視線の先へと顔を向けると、

 

「うえええええんっ!」

 

そこには一人の男の子がいた。地面に転んだのか、膝には擦り傷が出来ており傷口から血が流れている。

 

「……まったく。男子が泣くなというものだ」

 

やれやれと肩を竦めながら一誠は男の子の元へと向かい、無造作に髪を撫でた。突然のことに呆然としながら、男の子は一誠へと涙を溜めたまま視線を向けた。それを確認した一誠は不敵な笑みを顔に貼り付け口を開く。

 

「いいか少年よ。男子たるもの、なによりも強くならなければならない」

 

「つよ、く?」

 

「然り。ヒーローを知っているな?」

 

「う、うん」

 

「であるならば――――」

 

一誠の言葉は、自然と男の子の脳内に響いた。水面に浮かび上がる波紋のように、彼の言葉は少年へと染み渡っていく。いつしか涙は収まっていて、男の子はキラキラとした視線を一誠に注ぐ。――それは、新たなる中二病患者爆誕の瞬間だった。

 

「さあ俺に続け、未来ある若者よ! いざっ、我が名は兵頭一誠!!」

 

「わ、わがなはたけうちけんた!」

 

「ふはははっ! いいぞ、その調子だ! 闇より生まれし漆黒の翼!!」

 

「や、やみよりうまれししっこくの――――」

 

なんと罪深いことだろうか。男の子の純真無垢なる心は、中二病という闇に侵されていく。なんかかっこいいと思ったが最後、この爽快感からは抜け出せない。子供は純粋で、そしてかっこいいものが好きだ。中二病の影響を、モロに受けるタイプ筆頭とすら言えるだろう。

 

パアッと顔を輝かせた男の子は、そのまま一誠の取る『実用性皆無だけど強そうに見える無駄にかっこいいポーズ』を学んでいく。更に『実戦向きではない無駄にモーションの多いかっこいい蹴り』も学んで、これから先は君もヒーローだ的な状態に陥っていく。

 

見る者が見れば腹を痛めてそのまま(うずくま)るであろう、その光景。しかし当人達には何の心配もなかった。だって、かっこいいのだから。かっこよければ、それは正義なのだ。

 

次々と『ぼくのかんがえたさいきょうのポーズ』を実践していく彼らはまさしく中二病。男の子はまだセーフとして、一誠は確実にアウトである。

 

だが、この場にそれを知る者はいない。アーシアも、別にこれが特段おかしな事だと思う事はない。彼らを微笑ましげな表情で見やりながら、アーシアは男の子の傷を癒していた。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

男の子と別れた後、一誠とアーシアは二人並んで歩いていた。

 

「……」

 

そこで一誠は、先ほどの光景に思考を巡らせる。アーシアの手から傷口を覆うように放出された緑色のオーラ。アーシアの性格の表れか、見ているだけで癒されるような心地になる綺麗なオーラだった。

 

そして同時に、それからは『神器(セイクリッド・ギア)』の気配が漂っていた。

 

「……アーシアは」

 

「はい?」

 

「……」

 

ゆっくりと、横にいる彼女の方へと顔を向ける。キョトンとした顔をしている彼女はどこからどう見ても、普通の女の子。光の世界に生きる住人だ。おそらく自分の仲間達とは違い、迫害やらを受けることは無かったのだろう。

 

……。

 

それならば、自分が関与する必要はない。彼女は裏の事なんて知らずにこの暖かい世界で生きるべきだ。――なのに、

 

「いや、なんでもないさ」

 

「そうですか?」

 

「っ。ああ……」

 

なのに、何か嫌な予感がする。

教会に入っていくアーシアを見送りながら、一誠は頭の片隅にあるその懸念を、拭う事が出来なかった。

 

 

 

 




〜おまけ〜
一誠「包帯を巻くのはどこがいいだろうか、やはり無難に左手……? いやそれとも片目、か?」
ゲオルグ「……何故、包帯を巻く必要があるんだ?」
一誠「かっこいいのは勿論だが、何より相手から見て死角になる部分というのは嫌でも注意を引きつける。そうする事で相手に精神的なアドバンテージを取れる、ということだ」
ゲオルグ(い、意外と考えている……だと!?)

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