……………いやほんとごめんなさい。
「―――ふむ」
自室の中央に座している不気味な機械を眺めながら、学生服に身を包む少年―――兵藤一誠は顎に手を当て不遜に笑っていた。
並行世界観測装置。
それがこの装置の名称だ。
アザゼル率いる堕天使集団―――『
某白い悪魔を量産出来るほどの科学力を持つ彼等でさえも、これの製造には手を焼いたという。
というより。
「……確か、まだ未完だったか。とはいえ、この外装には心踊る」
一誠が口にした通り、これはまだ未完だった。
それ故に破棄しようとしていたらしいアザゼルに待ったをかけたのが一誠である。
なんていうか、こう、機械のフォルムが琴線に触れたのだ。普段お目にかかることのできない近未来的な装置というのは少年の心、しいては中二病の心をくすぐってしまう。
セフィロトも外の世界以上の技術力を誇るが、しかし『
何はともあれ、とりあえず一誠は現在これ以上なくワクワクしている。部屋の大部分を占めているため寝るスペース以外無くなったが、そんなものは瑣末な事だ。
親に見つかったら説教される可能性には触れない。
「……男子高校生という身分を持つには、この室内は些か殺風景だと思い始めていたが故に」
訳すとこれはあれだ。うん。インテリアなのだ、と一誠は自分を納得させていた。
「―――さて、」
タッチパネルに触れると、立体にウィンドが浮かび上がる。
「お、おお……。おお……!」
その簡易オプションだけで、一誠の眼は危ない感じになっていた。魔方陣とはまた異なる、こう、こう……!!
「流石は組織の技術開発局、とでも言っておこうか。くくっ、」
言葉こそ挑発的な雰囲気を伴っているが、しかし一誠の顔は完全に純真無垢な子供のそれである。目をキラキラと輝かせながら、彼は機械に手を触れていた。
おそらく桐生達でさえも、「……いやまあ、これくらいは許してやろう」と思ってしまうであろうほどに綺麗な笑みである。
それから暫く、立体画面を楽しんでいた一誠だったが。
「……む」
突如展開された押すな、と赤く記されたスイッチに、その手がピタリ止まる。
「……ふむ」
先ほどまで浮かんでいた笑みも鳴りを潜め、静かにそれを見ていた。
『相棒』
と。
そこで、己の内から重たい声が響く。
いつになく真剣な声音に、一誠は黙って耳を傾けた。
『それには触れない方がいいだろう。厭な予感がする』
「ほう」
神さえ屠る龍が警告を促す。
その意味を、一誠は正しく認識する。
だがしかし。
「……ふむ」
だがしかし、一誠は既にスイッチを押していた。
『……』
「……」
『……』
「……」
空間を満たすは、物理的重量を伴っているのではないかと思わせる重い沈黙。
深海がごとき圧迫感は、そのまま世界を侵食しそして―――
『なにをしてるんだ、相棒ぉぉぉぉおおおおおお!!』
ドライグの叫び声と共に、空間が震撼する。
光の粒子に、一誠の体が包み込まれていく。
「……まこと。まことに、不思議な事もあるものだ……。何故か……何故かだが、このスイッチを見た途端『押さねばならぬ』という強迫観念に駆られた」
『まるで意味がわからんぞ!?』
「俺とて分からん。ただこう……兵藤一誠という名を持つ存在は、スイッチを視界に入れれば押さなければならない。そのような曖昧な……だがしかし確かな認識が脳裏を過ぎった瞬間。この人差し指がスイッチに吸い寄せられるかのようにひとりでに―――」
『相棒ぉぉぉぉおおおおお!!』
「名は魂を表す。如何な俺であっても、根源たる魂には抗いようが―――」
言葉を言い切る前に、眩い閃光が室内を満たした瞬間―――兵藤一誠は、己の意識を手放した。
◆◆◆
―――いったいなにが起きた。
「おはよーっす桐生」
軽く手を挙げて普通に自分の名を呼ぶ友人に、桐生は動揺を隠すことができなかった。
普通に。そう、『普通に』である。
普通とは最も遠い地点のひとつの上でタップダンスを踊っている友人には全く馴染みのない普通である。
「……あんた誰よ?」
ゆえに、自然と口からそんな言葉が出ていた。
対する友人(仮)は不審そうに眉をひそめる。
「……いやいや冗談キツイぜ。俺だよ俺、イッセーだよ」
この少年の言葉は嘘ではないのだろう、と直感的に思った。
だが、違う。
決定的になにかが異なっている、とも思った。
掛け違えたボタンのようとでも言うのだろうか。違わないけれど違う。
そんな自分でもよく分からない認識で、彼女は少年を見据えていた。
そして、そんな件の少年はと言えば。
「……もしかして、過去に来ちゃったか? いや、あり得ない話じゃないな。ロスヴァイセさんや部長も、時間に関する魔法はポピュラーなもののひとつって言ってたし。けど、凍結はともかく逆行となると……もしかして、国際大会にかこつけて邪龍がまた。いやけど、あいつらはリゼヴィムと違って―――」
―――わ、私の知らない間に……一誠は新しい中二病を患ってしまっていた……!?
件の少年はと言えば、なにやら真剣な表情で顎に手を当てて考え込んでいた。
桐生が思わず戦慄するのも、無理もない話だろう。
(……いやけど、設定とはいえ私たちを『知らない存在』とするかしら?)
同時に、やはり拭えない違和感に首を傾げる。
一誠なのだが、一誠ではないというか。
頭が混乱でショートしそうではあるがしかし……。
「なあ、桐生信じてもらえないかもしれないけど……。いや、桐生なら大丈夫か。未来でも悪魔を信じて―――」
「……へえ」
とりあえず、自身を勝手に中二病にカテゴライズしたこの愚か者には、制裁を加えなければならないだろう。
おおよそ人体が鳴らしてはいけないであろう音を辺りに響かせながら般若がごとき表情を顔に貼り付け、彼女は大地を踏みしめた。
◆◆◆
「ほーう。お前さんが並行世界の赤龍帝か」
「『並行世界の赤龍帝か』じゃないわよ!」
駒王学園オカルト研究部部室にて、アザゼルは気の抜けた声でそう言った。
アザゼルの軽い様子に、リアスは頭を抱えながらヒステリックに叫び声をあげる。
「並行世界の赤龍帝と赤龍帝が入れ替わったなんて超弩級の案件よ!?」
「あのリア―――じゃなくて部長。そんなよそよそしくしなくていいですよ? イッセーって呼んでくれたら……」
「落ち着け。今回の件。落ち度はどっちかってえと
「なるわよ! 並行世界とはいっても赤龍帝……赤龍帝よ!? なにが起きるか……」
「……この世界の俺は、なにをしたんだ?」
顔は同じで名前も同じ。
だというのに認識も、人間関係も、記憶も異なるというのは、いささか以上に不思議な感覚を覚える。
部室のソファで縮こまりながら、一誠は彼らの会話を聞いていた。
アザゼルに声をかけられた時。思わず号泣して抱きついたのが割と恥ずかしい。
「まっ。大丈夫だろ。さっきも言ったが―――セフィロトの連中がもうすぐここに来るし。話を聞く感じじゃ、並行世界の赤龍帝は俺たちと良好な関係を築いてるそうじゃねえか」
「あっ、はい先生。先生には色々教わりましたし。部長……あー、えっーっとリアス・グレモリーさんの『
「……先生、か。赤龍帝が俺に敬意を込めて先生って……。しかも、きちんと俺らを認識している。やべえな、なんか涙が」
「ていうか並行世界の私は何者なの!? 赤龍帝を眷属にしたの!?」
どうやら、この世界の自分と自分はかなり異なるらしい。
一体どのあたりで分岐したのか、気になるところである。
―――と。
「どうやら来たようだな」
「ああ。……キミが、並行世界のイッセーか」
「ゲオルグ……!?」
現れた黒いローブを纏った男に、自然と顔が強張る。
アザゼルから「こっちの赤龍帝の仲間が来る」と伝えられていたとはいえ、流石に驚愕と警戒をせざるを得なかった。
―――得なかったが。
「……その様子では、並行世界の俺とイッセーはあまりいい関係とは言えないようだな」
沈痛な面持ちで、絞り出すようにそう口にした青年を見て。
一誠は己の内に生まれていた負の感情が氷解していくのを感じた。
些か不用心であるとは思うが、何故かそう感じたのだから仕方がない。
気まずさゆえに視線をやや逸らしながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「あー。いやまあ、気にすんな。向こうとこっちは違うからさ」
「……そうか。気遣い痛み入る」
やはり不思議だな、と思う。
けど、たまにはこういうのもアリなんじゃないか、とも思った。
同時に、自分達の世界でもきっかけがあれば彼らと手を取り合えたんじゃないか? とも。
そんな風にぼんやりと思いを馳せていると、「こほん」と場の空気を変えるよう咳払いをしたゲオルグが真剣な眼差しをこちらに向けながら口を開いた。
「ひとまず、イッセーには俺たちのアジトに来てもらいたい」
「…………分かった」
「その上で、申し訳ないが頼みがある」
「頼み?」
聞き返すと、ゲオルグはリアスへ軽く一度視線を向けた後。
「―――アジトでは、人外に関しては必ず、
必ず伏せてもらえると助かる」
曰く、セフィロトには過去に神器関係でトラウマを持つ者もいるという。
そういう者達にはなるべく、メンタル面で負荷を与えたくないとのこと。
そのゲオルグの言葉に、一誠は深く考える間も無く頷いた。
これには元々自分はこの世界の人間ではないのだし、郷に入れば郷に従うべきだという意識の他に、アザゼルまでもがかなり真面目に一誠に嘆願したのも一役買っている。
並行世界とはいえアザゼルの真摯な頼みとあれば、彼を慕う一誠としては断る理由もない。これが「よーし! んじゃまあいまからちょっくら世界征服しようぜー」とかなら流石に死力を尽くしてでも止める所存ではあるが。
ただ。
「……先生にゲオルグのやつ。お腹の調子でも悪いのかな」
ただ二人がが胃薬らしきものを服用してから頼みこんで来たのは、少し気になった。
◆◆◆
―――その頃。
中二の方の一誠は。
「故に、俺は至った。真に世界を救うには、人間の内に秘められた『罪』と向き合う他ないのだと。それはすなわち―――」
余人が聞けば「妄想にもほどがある」と一蹴するであろうほどに、並行世界の一誠とやらが語る言葉は壮大だった。
同時に、嘘であってほしいと思うほどの悲劇と絶望に溢れていた。
だというのに。
「……小猫」
「……はい。並行世界のイッセー、先輩は、う、そをついて、いません……!!」
だというのに。
現実は、なんて非情なのだろうか。
気の揺らぎで真偽を判定していた小猫の涙ながらの肯定に、その場にいた面々は愕然とするしかなかった。
人の身でありながら、なんて辛い運命を背負っているのだと。並行世界の自分達はなにをしているのだと。悔しさに胸が引き裂かれるような思いに満たされてしまう。
「そんな……っ! だとしたら、なんて、なんて悲しい話なの……!?」
リアスの叫びは、この場にいた者全ての気持ちの代弁と言えるだろう。
決壊したダムのように、彼らは次々に思いを吐露していく。
「イッセーくんが、イッセーくんがどうしてそんな辛い決断をしなければならないんだ!!」
「並行世界の私は何をやっているんだ! こんな、こんな事があっていいはずがない!」
「世界創生の頃からの、地獄を見続けていただなんて……!!」
「イッセーくん! 私が、私が……!!」
「どうして、どうしてイッセーさんは笑っていられるんですか!?」
「そうです! イッセー先輩! イッセー先輩は!!」
「イッセーさまのマネージャーとして、私が並行世界のイッセーさまに……!!」
「……並行世界であっても、お前達の『輝き』には、カケラの曇りもないのだな。くく、『組織』も存外―――」
「イッセー……あなたって人は……並行世界で、全く別の軌跡を辿っていても、それでも……!!」
「……どう見ます、シヴァ様」
「キミも分かっているだろうに。―――でもそうだな……実に興味深いよ、彼。僕の眼でも、彼の歩んできたであろう道程の底を見通すことができない。いっそ底なんてなくて真っ平らと言われた方が信じられそうなほどだ。けど、赤龍帝である以上それはあり得ない。一体どれほどの深淵なのか。……赤龍帝という存在は、並行世界であろうと僕を飽きさせないね」
一誠の妄想力が凄まじすぎるために、彼の中では真偽の違いが存在していないことを気付く者は、例え並行世界であろうと早々には現れないのかもしれない。
破壊の神は真実に触れかけたが、しかしその可能性をあり得ない一蹴した。
中二病。それは神秘溢れる世界にて、実力を裏付ける要素を一つでも持つ者なら、決して患ってはいけない不治の病である。
原作イッセーが圧倒的火力で中二ワールドで猛威を振るうなか、中二イッセーは並行世界に移動できた感動からか妄想をペラペラと語り周りを愕然とさせたのであった……。