赤龍帝は中二病【完】   作:吉田さん

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完結したのに更新とか舐めてんのか!?と思われるかもしれない。けれど、僕は番外編が書きたかった!!

てなわけで番外編です。この話に続きはないです。
タイトル通り、一誠くんが普通に中二病です。
赤龍帝の籠手を発動する事なく、曹操らと会う事もなかった一誠くんだったらのお話です。

最終回を読んでいない方は、一度これの前のお話に目を通してくださいまし。


Extra Stage
【番外編】もしも一誠が普通に中二病だったら


「フ、ハ……」

 

日の沈む夕暮れ時。光と闇が混ざり合う、表と裏が交わり合う、現実と幻想が交差するその時間帯。駒王町にある公園、そこでは一人の少年が仰向けに横たわっていた。

 

彼を中心に血の水溜りが広がっていく。彼の身体が、徐々にかさを増す血の海に埋没していく。

 

そんな、誰もが目を逸らしたくなるような、まさしく絶体絶命の状況で、しかし少年の口元は弧を描いていた。

眼光は猛禽類が如く爛々と輝いており、気が狂ったかのような哄笑をあげる。

虫の息だというのに、少年の命は風前の灯火だというのに。これ以上なく、少年は愉快そうだった。

 

ゆっくりと、ぎこちなく、少年は左手を天にかざすように持ち上げる。

油をさしてない歯車のように、少年の動きは鈍っていた。

しかし少年は気に留める事なく、真っ赤に染まった自身のの左手を恍惚とした表情で眺めていた。

 

「血……俺の、血か」

 

少年の沽券のために言っておくと、彼は別にマゾヒストではない。

痛みを快楽と悦にすり替えるような、特殊な性癖の持ち主などでは毛頭ない。当然痛いし、口を動かすたびに苦悶の表情を浮かべながら血の塊を吐き出している。

 

だが、それでも少年は嗤っていた。

 

風穴の開けられた腹の部分を右手で愛おしそうに摩り、無理やり殊更嬉しそうな表情を浮かべて少年は口を開く。

 

「つまり、今のは実際に起きた事なのか……っ!」

 

アドレナリンが分泌され始めたのか、少年の顔から苦悶の色が消え去る。

 

「ハ、ハハハハッ!!」

 

少年は笑う。自分の命はここで知ると分かっていながら、少年はそれに悲観する事なく笑い続ける。

 

何故なら少年は――――

 

「やはり、やはり俺は……!!」

 

少年は、中二病なのだから――――。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

少年――兵藤一誠は特別な人間だ。

 

生前はシュトゥルム・パンツァーと呼ばれる世界支配を目論む秘密結社のS級戦士として活躍。

数百万人もの人間を鮮やかな手口で殺しに殺しまくった。まさに裏を生きる人間。

 

だが、ある日を境に彼はその姿を裏の業界から消す事となる。

 

その境となった理由は、一誠の見つけた『賢者の石』が原因だった。シュトゥルム・パンツァーの目的である、『賢者の石』を見つけた一誠はその身を潜めたのである。

 

何故なら、彼は元々スパイとしてシュトゥルム・パンツァーに潜り込んでいたからだ。故に、組織の目論見を砕かんと一誠は姿を消した。

 

しかし、来る日も来る日も一誠を追う組織の魔の手は止まらない。

ある日よりSSS級戦士まで送り込んでくるようになり、ついに一誠はその身に『賢者の石』を封じ、その命を投げ打った。

 

そして、現在。兵藤一誠は兵藤一誠として転生を果たした。

その身に、『賢者の石』を残したままに。

 

一誠はこの『賢者の石』を守りぬかなければならない。

さもなくば人類はおろか世界が『組織』に滅ぼされる事になるのだから。

 

 

 

 

 

 

――というのが、兵藤一誠の作り出した設定である。

そんな荒唐無稽な事実はありはしない。兵藤一誠はどこにでもいる、少しイタイだけの学生だった。

 

制服のブレザーを肩掛けにし、左手には浅黒い包帯が巻かれているが、彼はどこにでもいる少しイタイだけの学生なのだ。そう、少しである。

 

「ふっ。相変わらず暢気そうで羨ましい限りだ」

 

教室の扉を開くと同時にそう言ってのけた一誠に、しかし誰も見向きもしない。あまりにありふれた光景故に、皆が一誠を意識の外においていた。

 

その事に気付かぬままに、一誠は壇上へと躍りでる。

顔には不遜な笑みを貼り付け、傲然とクラスメイトを見下ろした。

 

「貴様ら、人類滅亡の危機は迫っているのだぞ! 何故、普通に学校なんぞに通っている!! 明日にでもこの世界は暗黒世界に包まれ、滅ぼされるやもしれんのだぞ!? 今こそ、立ち上がる時だ! 勇気あるものは、俺に続け!!」

 

早朝。朝のHR前に、教室の前方に設置されている教卓から身を乗り出して、一誠はそう高らかに言い放った。

その声には威風堂々とした威圧感が籠められており、一種のカリスマ性すら匂わせる。

 

「おいおい。また言ってるぞアイツ」

「相っ変わらずただの莫迦ね」

「高校生にもなって中二病かよ」

「あはははっ! アホ丸出しだ!」

「浅はかなり」

「過ちの天使(エンジェル)

 

だが、一誠の声に耳を傾ける者はいなかった。

誰もが嘲笑と蔑みの視線と声を一誠に冷ややかに送り、各々自分たちのグループとの会話を再開する。

中二病に居場所なんてないのだ。若干怪しい人物の声も混ざっていたが、気のせいだろう。

 

「お、おい貴様ら! 話を聞け! この学校も今でこそ平和だが裏では組織の人間が! おい、おいっ!!」

 

「イッセー……」

 

「諦めろ……」

 

「…………ぐすん」

 

「ああ、もうっ! ほら泣き止みなさい! アイス買ってあげるから!」

 

クラスメイトに淘汰され、友人三人に泣きつく一誠。

松田と元浜が一誠の肩を叩き、桐生が一誠の好物を奢る。彼らの優しさに触れた一誠が涙を流しながら嗚咽をあげる。

 

これがこのクラスにおける、ごく普通の光景だった。

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「……くそっ、誰が中二病だ愚か者共め。勘違いしてもらっては困る。俺は中二病などではなく、事実選ばれた人間だぞっ」

 

帰り道、ブツブツと一誠は悪態を吐きながら夕暮れの照らす道を歩いていた。

 

「日は沈み、まだ日が昇るか」

 

沈んでいく太陽を見上げながら、一誠は足を進める。

 

「ふんっ。それが当たり前の光景などと思わぬ事だな。明日にでもあの太陽は堕ちているかもしれんというのに」

 

そこまで言って。

ふと、一誠は足を止めた。

 

「……不穏な風の気配がする」

 

一誠を知る者が聞けば、一誠に指をさして笑いだすだろうその言葉。

だが、一誠は気にも留めない。辺りをキョロキョロと見渡し、『不穏な風』から逃れるために地を蹴って走り出す。

 

やがて公園に差し掛かったとき、ふいに一誠は足を止めた。

体力の限界がきたのである。滝のように流れた汗を、生き抜くために必需品である《生人の血を吸いし悪夢》で拭う。

 

センスの悪いガラだと桐生に言われた事のある、曰く付きのタオルである。

一誠はそれで汗を拭くと一息。

 

「ふっ、杞憂だっ――」

「――あのっ!」

 

後ろからかけられた声に、一誠の心臓が跳ね上がった。

肩も不自然に上がったために、後ろの声を無視する事は出来ない。

動揺を悟らせぬようポーカーフェイスを気取りながら、一誠はゆっくりと振り返る。

 

――そこには、美少女がいた。

 

腰の辺りまで伸ばされた艶やかな黒髪に、鼻筋の通った端正な顔立ち。くりっとした瞳に、雪のように白い肌。

思わず呆けてしまう一誠だが、思い出したように慌てながら佇まいを直す。腕を組み、身体の重心を斜めに傾けた《カッコイイポーズ》をしてから口を開いた。

 

「ひゅっ、あびだだだぶだひひゅひゅへほ?(ふっ、こんな危険な時刻に何の用かな。お嬢さん?)」

 

悲報。兵藤一誠、女の子と喋ることに慣れていなかった。

顔からは脂汗が先ほどの比ではないくらいにダラダラと流れ、声は上ずり言葉は意味不明な言語となっている。

そんな一誠を華麗にスルーし、黒髪の美少女はガバッと頭を勢いよく下げて、

 

「私と、付き合ってください!」

 

思いの丈を、口にした。

 

「……ッ!?」

 

その一言に、一誠は一周回って冷静を取り戻したのだろうか。

汗は止まり、言語能力も取り戻す。

 

(え、まじで? 告白? 誰が、えっ俺? マジで?)

 

兵藤一誠。中二病だが、内心ではわりとまともな口調をしていた。

だが、それでも一誠は中二病である。突然の事態ということも相まってか、一誠の思考は斜め上へと突き進んでいった。

 

「く、くくく」

 

一誠のくぐもった笑い声に、少女が訝しげに顔を上げる。

それを見て、一誠の笑みが一層深まった。

 

「俺を女を使って騙そうと言うか、余程組織が疲弊したと見える」

 

これが、初めてされた告白でテンパった中二病の行き着く末路である。

目をぐるぐると回しながら、一誠は言葉を続ける。

 

「油断させた隙に俺を背後から笑みを浮かべながら殺すつもりだったのだろう、組織の者よ?」

 

自分の世界に入り込んでしまっている一誠は気付かない。

少女の顔から、感情が欠落したかのように表情が抜け落ちている事に。気付かない故に、一誠は致命的な一言を口にしてしまう。

 

「そう、貴様らは危険視しているのだ。――俺の中に眠る、コイツをな」

「――へえ。気付いていたのね?」

 

先ほどと同じ少女の物とは思えない。底冷えするかのような声が一誠の鼓膜を叩いた。

思考の外の出来事に、一誠の身体が硬直する。続いて背中を通り過ぎる悪寒に、一誠は心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥った。

 

一誠が疑問の声を上げる前に、少女の身体に異変が起こった。

骨を折ったような鈍い音が響くと同時に、少女の背中から黒いカラスのような翼が広がる。

口を大きく開けて驚愕する一誠に、少女はクスクスと笑みを浮かべてその手に光の槍を生成した。

 

「気付いているわりには、波動が弱いのが気になるけれど……。そこまで協力な神器(セイクリッド・ギア)ではなかったのかしら? お気の毒さま。恨むんなら、神を恨んでちょうだいね?」

 

「な、なななな……」

 

(夢、夢なのか!? いや、やっぱり本当に俺は選ばれた人間だった!?)

 

どうやら自覚はあったようだ。

 

「最後にいい夢を見させてあげようと思ったけれど……」

 

(く、くくく。そうだ、そうだ! やはり俺には常人では計れぬ力が――――)

 

「死んでもらうわ」

 

直後、一誠の身体が後ろに大きく仰け反った。

 

「――えっ」

 

驚愕に目を見開きながら、一誠は空中に吹き飛ばされる。

手を伸ばす、しかしその手は虚空を掴むばかり。そのまま背中から地面に叩きつけられ、胸にぽっかりと開いた穴から血がドクドクと溢れ出す。

 

呆然としながら、遅れて痛みがやってくる。

 

視線を送るが、先の少女は既にいなかった。

 

夢なのか、と思えども痛みと溢れ出す鮮血がそれを否定する。

 

そして、今起きた一連の流れを思い出して――――一誠は、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

「は、ははは……っ! そうだ、やはり俺は特別な人間だったのだ!!」

 

痛みでどこか狂ってしまったのかもしれない。

だが、そんな事は関係ないとばかりに一誠は叫ぶ。

 

「くそっ! これを伝えねば、人類の未来はないというのに……っ!」

 

仕方がない、とばかりに一誠は血で魔方陣を描く。

その魔方陣は、蘇生魔法の魔方陣(デタラメ)。

やる事は簡単。生きたい、と強く願うだけの事。穴の開いた胸に手を当て、一誠は本心から生還を願い――――

 

 

 

 

――――この日、兵藤一誠は、一度死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、悪魔の召喚について語ってみようと思う。

悪魔の召喚に必要なものは、召喚の魔方陣と想いを強く願う事。

実に単純なシステムだ。単純故に、人は悪魔を召喚しやすく、悪魔も人間と契約を結びやすい。実に理にかなったシステムである。

 

今では魔方陣を描いてまで悪魔を召喚する人間は衰退した。だが、それは衰退であって零になったわけではない。

 

故に、

 

一誠の描いた魔方陣から光が溢れ出し、

 

そこから悪魔が召喚されても、

 

おかしい事では、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、兵藤一誠の物語は始まる。

 

「ふ、ははははっ!! 太陽に身を焦がれるような感覚!! そうか、蘇生魔法の末。俺はついに、闇の眷属へと至ったか!!」

 

……始まる?

 

 




本当に力を持っているわけではないせいで、一誠くんの妄想はそこまで強固じゃないです。
ある意味な勘違い街道は走るでしょうが笑

前書きにも書きましたが、これの続きを描く予定はございません。
次投稿する番外編はこれとは全く無関係のものとなっております。

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