グラウンドが抉り取られ、半壊した校舎を空中から見下ろしながら、ヴァーリは鎧の下で笑みを浮かべていた。
鎧越しにもピリピリと感じられる、竜の波動が素晴らしく心地良い。
羊水に浸る胎児のような安心感。戦闘狂で、歪んだ価値観を持つヴァーリにとって、殺意はこれ以上ない喜びを感じられるものだ。
「いいぞ、兵藤一誠。禁手を使わずして、いまの一撃を耐えるか」
手心を加えたとはいえ、禁手状態のヴァーリの一撃を喰らって無傷な存在などそうそう存在しない。
だが、赤龍帝はそれを成し遂げた。それだけで、ヴァーリにとって赤龍帝は価値あるものだ。
埋もれた瓦礫の隙間から溢れ出す赤いオーラの光に、ヴァーリは嬉々としながら身構えた。
爆音と共に、瓦礫が散弾が如く弾け飛ぶ。
己を封じていた瓦礫が退けられ自由の身となった一誠は、一瞬でグラウンドの中央へと躍り出た。
制服は所々破けているものの身体には傷一つなく、一誠の常人離れした耐久力を物語る。
コキッと首を鳴らし、身体の調子を確かめ、彼は普段以上に感情の読み取れない顔付きで、頭上で白銀のオーラを銀翼から迸らせているヴァーリへと視線を向けた。
「……?」
その視線を受けたヴァーリが覚えた感覚は、とてつもない違和感。
ちぐはぐになっているような、自分と一誠の思惑が全くもって見当違いな位置に存在するかのような、そんな奇妙な感覚。
絶対零度の視線がヴァーリを射抜き、彼の身体の動きを鈍らせる。
(……なんだ、彼の魔眼の力か?)
突如自身に襲いかかった怠慢感の理由として、一誠の持つ魔眼が原因なのではないかと推測する。
一誠の右眼は血のような鮮やかさを持つ真紅の色をしていて、それが一種の魅了の効果を生み出しているのではないか、と。
カラコンにそんな効果があれば世の中はカラコンで溢れるだろうが、戦闘にしか悦を見出せないヴァーリはカラコンなどという俗物を知らない。
更に、一誠は赤龍帝だ。赤き龍を宿す少年の瞳が赤い色をしていれば、警戒せざるを得ないだろう。
故に、ある意味一誠の意図しない策略と言っても過言ではないのだ。結果だけ見れば。
「……」
「……」
ヴァーリは動かない。一誠も動く気がない。
戦闘は自然と膠着状態に陥り、束の間の空白の時間が生まれる。
そのタイミングで、ヴァーリと一誠の戦闘を観ていたサーゼクスが言葉を漏らした。
「……アザゼル。流石に『白龍皇』の行動は問題ではないか?」
今回ヴァーリがした事は、「俺はもう田中君を殴ったりしません」と先生の前で宣言した少年がその場で田中君を殴った暴挙に等しい。
一誠が帰宅しようとしたその瞬間に、不意打ちで攻撃を仕掛けたのだから当然である。
サーゼクスは鋭い視線で、ヴァーリを射抜いていた。
全身からは赤と黒の混じり合った『滅びの魔力』が漏れ始め、空間に亀裂が走りだす。そんなサーゼクスの余りにものバケモノっぷりに、近くで見ていた曹操が顔を引き攣らせながら距離を数メートル程とった。
「……まあ、アイツは戦闘狂だからな。ここはアイツにとっては極上の晩餐だ。なんたって魔王に熾天使、
頭をガシガシと掻き、アザゼルは哀愁すら背中から漂わせながら溜息をつく。
そもそも、アザゼルはヴァーリが突撃する前に止めようと動きだしていた。それが出来なかったのは、
「説明しろよ、『
「……ゲオルグだ」
そう。アザゼルがヴァーリに制止を促そうとした瞬間、アザゼルは彼の持つ神滅具の力で動きを拘束されたのだ。
如何にアザゼルといえど、ゲオルグ程の魔法使いが意識の外から上位神滅具を使えば逃れる事は出来ない。
ゲオルグの意図が掴めず、アザゼルは思わず舌を打つ。
「安心してくれ。今回の件で俺たちが貴方がた
「――――ッ! おまえ、
「……これでその反応ということは、堕天使総督殿はイッセーのアレに気付いていたのか?」
ガシッと気が付けば彼ら二人は手を固く握っていた。
中二病により苦労を受けたものだけが、結ぶことの出来る揺るぎない絆。種族の垣根を悠々と越え、彼らはいま、魂の友となったのだ。
「良かったぜ。これから『セフィロト』と話し合うときに、毎回毎回赤龍帝みたいなやつといると胃が爆発するとこだった」
「俺としても、思いを打ち明ける事の出来る存在を得れてありがたい」
「……赤龍帝とかに、説明出来なかったのか?」
「既に、遅かったんだ……!!」
「もういい、休め」
涙を流しながら拳を固く握り締め、絞り出すようにそういうゲオルグに、アザゼルは全てを察した。
察したが故に、彼はゲオルグの肩をぽんと叩き、彼に労いの言葉をかける。
その言葉に、ゲオルグは救われた気がした。
この五年以上もの仁義なき戦いに、初めて意味を見出せた気がした。
この日、ゲオルグは、初めて心中を吐露し、年甲斐もなく、アザゼルの胸のなかで、泣いた――――。
「それで、なんの意図があって俺を止めた?」
時間にして約数分後。ゲオルグとアザゼルは静止した二天龍へと視線を向けながら会話を再開した。
一応サーゼクスもいるが、完全に蚊帳の外である。彼は何かな乗り遅れてしまったのだ。
友達を友達に紹介したら、友達と友達が自分の知らない話題で盛り上がって、自分がいらない子になった時のような顔をしながら、サーゼクスはアザゼルとゲオルグの会話に意識を向けていた。
ゲオルグは眼鏡をくいっとしながら、アザゼルの疑問に答える。
「イッセーには発散してもらう必要があったんだ」
「発散?」
「ああ」
思わず訝しげな声をあげてしまうアザゼルに、しかしゲオルグは平静に首肯する。
よく見ればゲオルグの額には汗が垂れており、事の重大性を悟らせた。
「……イッセーは、中二病だ」
「……」
「中二病は、己の中で作った『設定』の世界で生きている。そして、不幸な事にイッセーのなかの『設定』は現実でも適用される場面が
能力者と言う名の神器使いに、組織と言う名の悪魔堕天使天使などの三大勢力。
一誠としては『○○の乱』感覚で述べた
「いまのイッセーは、極めて危険だ。アイツは妄想の世界と現実を混同しているが、それでも俺たちが訂正しようと思えば訂正出来る状態にあった」
「……」
「だが、こうも立て続けに妄想が現実と化すのはマズイ。こうしているいまでも、アイツの中の世界は更新され続けている。ミカエルの疑問も、先のレヴィアタンの末裔の声も、アイツには届いていなかった。――このままでは、イッセーは妄想の世界に生きてしまう」
手元の魔方陣で動く数字を見ながら、焦り始めたゲオルグに、アザゼルは真剣な眼差しを赤龍帝に向けながら問うた。
「……そうなったら、どうなる?」
アザゼルの言葉に、ゲオルグは、
「――世界の理が、中二病の妄想に改変される」
ただ一言。残酷な真実だけを、明確に示した。
♦︎♦︎♦︎
ゲオルグの言葉に、アザゼルは己の喉が一気に干上がっていくのを感じた。
額に汗を滲ませながら、アザゼルはおそるおそるといった風に口を開く。
「マジか?」
「事実だ。あの状態になったイッセーの妄想は、留まることを知らない。もし、このままのイッセーを放置したとしよう」
「……」
「そして、イッセーが
「……」
「――それで、終わりだ。世界はイッセーの『設定』が適用された世界になる。そうなれば俺たちはゲームでいうところの、NPCさ。普段のイッセーが禁手するなら問題ないが、このまま放置していると俺たちは永遠に夢の中に彷徨う事となる」
「……おいおい。『
「……
「……」
「だが、妄想が進み切ってタガの外れたイッセーなら話は変わる。本来の能力である『倍加』で『妄想』を極限まで高めたら。それこそ夢幻と無限しか抗えないだろうな」
ゲオルグが懸念しているのは、そこだ。
妄想と現実の区別が完全になくなり。最高にハイな状態の一誠による、過剰に妄想力を倍加してからの禁手の真価を発揮する。
ただでさえ中二病の妄想は強固だ。更にイッセーの場合。なまじ本当に異能を持ち、設定と世界の相互関係が存在するが故に、その強固さは単なる中二病のそれとは一線を画す。
本当に厄介な病だと。ゲオルグは本気で思う。
そしてそれ故に、下手に『設定』亀裂が入って中二病が黒歴史になっても危険だ。羞恥心によって暴走した時に、止められる気がしない。
そんなゲオルグの言葉に、アザゼルは顎に手を当て、
「……
吐き捨てるように、そう口にした。
「兎にも角にも。取り敢えずイッセーの妄想を止めるにはなんらかの要因をもってイッセーの思考を遮る必要がある」
「……それで、ヴァーリとの戦闘か?」
アザゼルの言葉に、ゲオルグはゆっくりと頷いた。
「そうだ。運命の好敵手との戦い。ある意味妄想に嵌まりそうだが、あれでいて、イッセーは真摯な男だ。やるとなれば真剣に向き合ってくれるだろう」
そんな外野の思惑などさぞ知らず。一誠とヴァーリは睨み合う。
睨み合う、といっても一誠の視線には侮蔑と失望が籠められていて、ヴァーリがそれに戸惑いを見せているようなものではあるのだが。
一向に進まない状況に痺れを切らしたのか、ヴァーリがマスクを外して口を開いた。
「何故、
「……」
一誠からの視線が弱まった……気がした。少なくとも、ヴァーリには。
いっそこのまま無関心になってしまうのではないかと思う程に、一誠から表情が抜け落ちていく。
(……っ)
それは、困る。ヴァーリは兵藤一誠と血の滾る戦いを繰り広げたいのだ。
それなのに、向こうのやる気が見えなければなにひとつ面白くない。
どうすれば一誠のやる気を出せるのか、ヴァーリは思索を巡らせる。
「……兵藤一誠。俺と戦わないのなら、この学校を半分にしてみせるが?」
『Half Dimension!!!』
手元を校舎へと向け、実際に校舎を半分にしてみせる。
空間が軋み、結界に亀裂が走るが、ヴァーリにとってはさしたる問題ではない。
だが、半分になった校舎を見せても一誠の興味なさげな様子は変わらない。寧ろより一層ヴァーリへの関心を失ったようにすら感じる。
まさかの事態に、気が付けばヴァーリは声を荒げて叫んでいた。
「……ッ!! 天龍を、ヴァーリ・ルシファーを、舐めるなッ!!」
手のひらを一誠へと向け、魔力弾を放とうとする。――その時だった。
「……」
ピクリと、一誠の眉根が動いた。
何かが琴線に触れたのだろうか。ヴァーリは自分の発言に、一誠の興味を引きつけたであろう言葉に思い当たる。
「そう、
そう言いながらヴァーリは悠々と両手を広げ、背中から幾重もの黒い翼を生やす。
両手を広げ、白銀に輝くオーラを纏いながら、常闇のような翼を広げたのだ。――その姿は、まさしく
一誠の瞳に、光が宿る。ヴァーリの口走った単語の中に彼の琴線に触れるものまであったからか、一誠の中の何かが弾けた。
(能力者は人間の持つ異能。だというのに能力者が、ルシファー? 彼は人間にしか見えない。ならばルシファーの名を語る紛い物……? いや、違う。これは――――)
「……そうか、おまえは混血児だな?」
「そうだ」
一誠がその答えに辿り着いた過程は、妄想でしかない。
だが、答えは一致した。現実と虚構が、一致してしまった。
本来ならば妄想は進行するだろう。進行し、結果世界は一誠の思うがままのものになるのだろう。
――だが、今回の一誠は妄想を
好敵手が名乗りを上げ、研究に研究を重ねた一誠をしてカッコいいと思わせるポージングをとったのだ。
これに答えずして、なにが『赤龍帝』か。なにが神をも殺せし龍を宿した、選ばれた人間かッ!!
「……」
両足を肩幅より少し大きめ広げ、左手は顔と平行になるような位置へ置く。右手は腰のあたりの位置へ持っていき、しかし腰に当てることなく水平状態にピンと伸ばす。重心は気持ち左斜め前へ、右肩が少しだけ上がる事は忘れない。光る魔眼を活かすためか、指の隙間から右眼だけが見えるようになっていた。
かっこよさ重視の、この後の動きだの面倒な事は一切考えない構え。
だがしかし、ヴァーリはあれが得体の知れない『凄み』を醸し出している事を直に感じていた。
予期せぬ戦いを思い武者震いするヴァーリに向かって、一誠は堂々と言い放つ。
凛と感じさせる声で、一誠は真摯にヴァーリと向かい合う。
「我が名は、兵藤一誠!! 神をも殺す天龍、ドライグを宿せし『赤龍帝』なりッ!!」
それは、自身への楔を解き放つ最後の引き金。
妄想と現実を混同するのでなく、現実を虚構に引きずり込むと同時に自らが現実へと至る鎖。
一誠の眼が、閉じられる。
ヴァーリの口元が、歪む。
瞬間、赤いオーラが一誠を中心にドーム状に展開された。
ヴァーリと一誠のみを包み込み、世界と彼ら二人が完全に隔絶される。
「これは……っ!」
驚愕に眼を見開き、ヴァーリはその光景を目の当たりにした。
完全に外と隔離され、彼からアザゼル達の姿を見る事は叶わない。ヴァーリの動きが硬直した瞬間に、一誠は己の歌を謳いだす。
「深淵のふちに立たされた者よ――――」
刮目せよ。これが、中二病を拗らせすぎた人間の辿り着くひとつの極地。
「虚構に包まれし世界の真実へと至りし者よ――――」
妄想が高まり、されど世界に影響を与える事ない微調整を施す。
「溢れ出す万象の理――――」
一誠から放たれる圧力が増し、世界に異変が起こる。
「天を裂きし
殺風景だった世界に、歪でドス黒い宙が生まれる。
地面はなく、されど力場による足場が構築される。
「血を、生贄を捧げ――――」
そして。
そして。
そして。
そして――――。
「――――真へと至る力と成せ。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!!』
そして、世界一無駄に長い
ゲオルグ「一誠が中二病を拗らせすぎたら、妄想で世界が終わる」
アザゼル「なにそれこわい」
一誠「(ジョジョ立ち)」
ヴァーリ「かっこいい」
これがみんなを巻き込む型、無自覚ラスボス系中二病。
さりげなく夢現に至りました。今後に活かされることはありません。
おそらく物語が続くような事があれば、どこかしらで一誠くんvs他の神話勢力の形になるでしょう。
セフィロトの面々は、その時どう動くのか……!!
そして一誠の詠唱ですが。詠唱する必要はまったくなく、普通に
てなわけで、次回エピローグです。
おそらく二千文字ちょっとで終わるでしょう。
明日に投稿したいけど……どうなることやら。