赤龍帝は中二病【完】   作:吉田さん

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禍の団は犠牲となったのだ……。中二病の犠牲に、な。


中二病は火種を撒く

それは、一瞬の出来事だった。

褐色肌の女が会議室の中央に現れると同時に、一定の実力に満たない者達の時間が停止した。

更に校庭に次々と展開される魔方陣から、幾百にも及ぶ黒いローブを纏った魔法使い達が現れ出で、駒王学園を取り囲むかのように空中で待機する。

それらを背景に、褐色肌の女――カテレア・レヴィアタンは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。

 

「……カテレア」

 

「御機嫌よう、サーゼクス。私たちのはほとんどが『禍の団(カオス・ブリゲード)』に協力することに決めました」

 

その言葉に、サーゼクスとセラフォルーが苦虫を噛み潰したかのような面持ちになる。

手は強く握りしめられ、爪が食い込んでいるのか血が床に滴っていた。

 

「今の世界など、必要ありません。一度我々は世界を滅ぼし、そして構築します」

 

それらを鼻で笑いながらそう口にし、カテレアは赤い籠手を装着した状態で顔を俯け事態を静観している少年――兵藤一誠の方へと顔を向ける。

カテレアから一誠の表情は窺えないが、気にする事なくカテレアは言葉を紡いだ。

 

「赤龍帝、素晴らしい頭脳でした。是非、我々と共に新世界創造の礎となっていただきたいものですが」

 

カテレアの言葉に、『セフィロト』を除く面々が思わず息を呑む。

 

「あなたがたの目的は確か神器使いの権利の確保、でしたか。これから創造する新世界には神器使いなど不要だと考えていましたが――――気が変わりました。あなたがたならば、我々の同志足り得るでしょう」

 

妖艶さすら醸し出す笑みを浮かべるカテレアに、しかし一誠の反応はない。流石に不審に思ったのか、カテレアが更に言葉を掛けようと思った――その時、

 

「……んな、ものが」

 

ポツリと、一誠が言葉を漏らす。訝しむカテレアなど気にもとめず、一誠は言葉を続けていく。

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んな、ものが……。こんなものが、レヴィアタンだと? ただの、道化じゃないか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

空気が、凍りついた。

 

カテレアから表情が消え去り、彼女を中心に空気が冷え込んでいく。

 

だが、一誠がそんな空気の変化に気づくことない。中二病が自分の世界に入り込んだ時、自分以外の有象無象を気にすることなんてあり得ない。

彼はわなわなと震えながら右手で顔面を覆い、言葉を続けていく。

 

(ふざけるな。ふざけるなよ……っ!! 俺だって、俺だって魔方陣に悪魔の紋章を飾りたいのに……っ!! こんな、こんな三下が、こんな三下がゲオルグより優秀な魔術師(メイガス)だとでも言うのかッ!? こんな、テロリスト如きが!?)

 

一誠は激怒した。必ず、かのレヴィアタンを名乗る不届き者を粛清すると決意した。

一誠は裏の世界を知らぬ。一誠は、ただの中二病である。特別な力を持ち、自分の中で構築した世界でだけで過ごしてきた。だからこそ魔方陣に関しては、人一倍敏感だった。

 

「――図に乗るなよ、偽りのレヴィアタンめが。貴様がレヴィアタン……終末の怪物だと? 笑わせる、笑わせるぞ! 俺だって、俺だってぇぇぇええええ――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ゲオルグは本気で頭を抱えた。

一誠の中二病を矯正しなかった故の悲劇が今、現実となった。

一誠の言葉を、一誠の語る意味で真に理解出来ているのは、おそらく自分だけだろう。堕天使の総督あたりにはシンパシーを感じるが、流石に一誠の魔方陣への拘りまで読む事が出来る筈がない。

 

かつての自分が一誠に向けて言った「優秀の百乗くらいの魔法使いじゃないと悪魔の紋章を魔方陣に組み込む事は不可能」的なニュアンスの言葉が悔やまれる。

 

一誠は知らぬ事であるが、カテレアは正真正銘のレヴィアタンである。レヴィアタンの血を引くモノホンのレヴィアタンである。

そして彼女は、自らの地位を血筋でもないくせに奪ったセラフォルーを憎んでいる。つまり自分がレヴィアタンである事にこれ以上ない誇りを持っているのだ。

 

そんな彼女が、「お前は贋作だ」などと直球に告げられたらどうなるか。しかもそれが、内心では下等種族だと見下しているような者が相手ならば――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギチリッ、と。カテレアの歯を噛み砕く音が、会議室に鳴り響いた。

次いで、彼女は般若をこの世に体現したかのような形相を浮かべ、汚泥が如きオーラをその身から溢れさせる。

一誠の言葉は、カテレアにとって禁句だった。中二病だからなどという言い訳は通じないし、そもそも彼を中二病だとカテレアが理解しているわけがない。

地雷を踏み抜かれたカテレアはその怒りを抑えることなく、自身の力の糧とする。

 

「……ふ、ふふふ。ここまで侮辱されたのは、生まれて初めてですよ赤龍帝……ッ!!」

 

そんなカテレアの変化に呼応するかのように、一誠からも赤いオーラが漂い始めた。赤と黒のオーラがひしめき合い、空間がミシミシと軋んでいく。

 

「煩い。俺もお前に侮辱された気分だ……ッ!!」

 

そして、一誠にとってカテレアの展開した魔方陣は地雷だった。自分では天地がひっくり返っても出来ない(らしい)事を、平穏を脅かすテロリスト如きが平然と為すだと? と。

 

顔面を覆っていた手の指を這わせ、一誠は右目に付けていた眼帯を外す。当然、眼帯で隠されていたその瞳が露わとなった。――赤く光る魔眼(カラコン)。それが衆目に晒され、皆が戦慄するなか、サーゼクスとアザゼルは何を思い出したのか血の塊を口から吐き出した。

 

「……ッ! サーゼクスさま!? まさか、敵襲が!?」

 

慌てて駆け寄ろうとするグレイフィアを、サーゼクスは手で制する。

戸惑うグレイフィアだが、サーゼクスは「問題ない」の一点張り。何故と思い、そしてふと頭に浮かんだ一つの回答。サーゼクス(とアザゼル)が吐血した直前に、ここでは何が起きていた?

 

そんなグレイフィアの内心を見透かしているかのように、一誠は口を開いた。

 

「ふっ。この魔眼の解放による余波で、この空間が消え去るのをその身を盾とし防いだか。流石は組織の長だ」

 

怒りに身を任せてしまうとは俺もまだまだ青いな、などと宣いながら一誠はくつくつと笑い自分に酔い始める。

それは、今の現象は俺がうっかりやってしまったものだと白状したような言葉。

勿論一誠の魔眼はただのカラコンのため、そんな大それた効果はない。

けどサーゼクスとアザゼルがめちゃくちゃ素晴らしいタイミングで吐血してくれたため、実際に魔眼が発動した事にしたのである。中二病だから仕方がない。

 

だが、一誠は中二病であると同時に赤龍帝である。ならばドラゴンと契約を交わしていればその瞳が特殊な効果を持っていてもおかしくない――と、裏の者達が考えてしまうのは仕方のない事だろう。

ミカエルやグレイフィアは彼の言葉を真に受け、まさに慄然といった様子で一誠の魔眼を見つめていた。

 

「舐めるのも大概にしていただきましょうかッ!!」

 

その空気の緩みを隙だと思ったのだろう。カテレアが魔力をその手に収束させ、一誠に向けて放とうとする。

 

「……甘いな」

 

――が、その瞬間。カテレアの視界が、ブレた。

 

「な、あっ……!?」

 

驚愕に目を剥くカテレアの視界には、自身の顔面を掴みながら校舎から飛び出す漢服を纏った青年――曹操がいた。

曹操は余裕を感じさせる笑みを浮かべながら、カテレアに向かって宣言する。

 

「悪いけれど、イッセーと戦うのにあなたでは力不足だ。それに、おそらくイッセーと戦うべき相手は他にいるだろう」

 

銀髪の少年が浮かべていた好戦的な笑みを、曹操は脳内に浮かべて苦笑する。

その笑みが癪に障ったのか、カテレアが曹操を振り解こうとするが、

 

「……というわけで、俺が相手だ」

 

その前に、カテレアの身体は体育館へと叩きつけられた。

抵抗する間もなく、カテレアは曹操に投げ捨てられたのだ。着弾と同時に体育館の壁が崩壊し、彼女の身体が瓦礫に埋もれる。

 

「こ、の……っ!!」

 

瓦礫を魔力で吹き飛ばし、這い出たカテレアは曹操を鋭く睨む。いつの間にか地面に降り立っていた曹操が、槍を振るい砂塵が舞う。

 

「『セフィロト』が一柱、曹操。又の名を《魏武帝》――参る」

 

「……ッ!」

 

堂々と言い放つ曹操と怒りに激昂したカテレアが今――激突した。

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「ちっ。魔法使いがワラワラと湧いてきやがる」

 

あの後なんとか復活したアザゼルが、覚束ない足取りで半壊した校舎から外の光景を眺めていた。

魔法使いがその手を翳し、そこから展開された魔方陣よら迸る閃光。それらが校舎を覆う結界に衝突し、反動でか空間が振動する。

 

「……アザゼル。その、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫じゃねえよ」

 

そう、大丈夫じゃない。あんなイタイ魔眼(カラコン)を見せつけられて、中二病卒業組が平然としていられるわけがない。

出来の悪い過去の自分を鏡で見せられて、平然としていられる人間がどれ程いるだろうか。少なくともアザゼルは平然としていられる男じゃなかった。

 

故にアザゼルは大丈夫じゃない。だが、その返答は短絡的思考だったと言わざるを得ないだろう。

 

「っ! アザゼル、あなたは休んでいてください」

 

ミカエルの視点では、アザゼルはこの空間が消し飛ぶのをその身を盾として防いだ満身創痍な男である。

故にアザゼルの言葉に血相を変え、ミカエルは彼に詰め寄った。

戸惑うアザゼルを余所に、ミカエルはロープでアザゼルをがんじがらめにして横たわらせる。

おそらく無理して動くであろうアザゼルに対してのミカエルなりの優しさなのだろうが、すれ違いもここまでくれば恐ろしい。

 

「うおおおおおいっミカエル!? てめえ……って、なんだこれ!? スレイプニル?! ちょ、俺が解けないって相当なんだけど!?」

 

「さて、誰が魔法使いに対処するかですが……」

 

アザゼルを無視して顎に手を当て思考するミカエルに、一人の少年が歩み寄った。

 

「僕がやるよ。僕の能力はちょうどいいしね」

 

レオナルド。中二病の恩恵である逞しい妄想力により、神器の力が凶悪になりすぎてしまった少年である。

爆音のせいで無理矢理起こされたのか、顔を膨らませて少し不満気な表情だ。

それを知るはずもないミカエルは、「ではお願いします」と微笑ましげに了承してしまう。

 

「いっくぞー! 【魔獣創造《アナイアレイション・メーカー》】ッ!!」

 

レオナルドの言葉と同時に、駒王学園の校庭を常闇のような黒い影が覆った。

突然の事に、思わず動きが硬直してしまう魔法使い達。

ローブに隠れていて顔は見えないが、内心で戸惑っているのは明らかだった。

 

「……おいおい」

 

レオナルドの言葉に出てきた神滅具の名前に、アザゼルは事態を察知したのか冷や汗をかく。

空間が震え、濃密な重圧が結界内を埋め尽くす。徐々に影は一つの形を形成していき、やがて見るものが竦み上がる一つの幻想種へと至った。

幻想種――全長三十メートルは優に超えるだろうドラゴンが、駒王学園校庭に顕現した。

 

「なっ……」

 

「な、なんだこれは!?」

 

絶句する魔法使い達をギョロリとした眼球で見渡した怪物は息を大きく吸い込み、

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーーーーーッ!!!」

 

直後鳴り響いた絶叫が、校庭を蹂躙し尽くした。グラウンドは大きく捲り上がり、木々が根元から折れては吹き飛んでいく。空間がビリビリと振動し、伝播した咆哮が魔法使い達を粟立たせる。校舎も揺れ動き、既に崩壊寸前となっていた。

 

(中二病に創造系神器って、神は采配ミスを犯したと言わざるを得ねえ……!!)

 

顔を引き攣らせながら内心で口にしたアザゼルの言葉は、まさしく真を突いているのだろう。

 

ドラゴンに付き従うかのように次々と生み出される異形を眼下に収めながら、レオナルドは高らかに言い切った。

 

「『セフィロト』が一柱、二つ名を《造物主(ライフメーカー)》――レオナルド。いっくよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

そして、これは全くの偶然による産物ではあるのだが。

 

「おう、おうおうッ! 一人相手に寄ってたかって、全くもってムカつく野郎共だな」

 

「き、貴様はだれだ!?」

 

駒王学園旧校舎オカルト研究部に、その漢は現れた。

 

「ゲオルグが残してた魔方陣に触れてみりゃまさか、こんな場所に出てくるとはよ」

 

「し、質問に答えろ!」

 

筋骨隆々な体躯をより一層膨らませ、その漢は名乗りをあげる。

 

「『セフィロト 』――ヘラクレス。二つ名はねえ。強いて言うなら、ギリシャ神話最大の英雄ってのが二つ名か?」

 

唖然とする魔法使いを傲然と見下ろしながら不敵な笑みを浮かべ、彼は蹂躙を開始した。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

まさに頂上決戦。

『セフィロト』と『禍の団』による戦闘は、魔王クラスの実力者が貼った結界内部を大きく揺るがす。

各首脳陣がそれぞれの戦いのゆく見守るなか、一誠の視線は一人の少年へと向けられていた。

 

「……」

 

「……」

 

猛禽類が如く獰猛な視線を爛々と輝かせ、一誠へと視線を定めながら、白銀のオーラを迸らせている少年――ヴァーリへと。

 

 

 




アザゼル「中二病なのか中二病じゃねえのかはっきりしろ」
一誠「……? 中二病とは、なんだ?」

駆け足気味でお送りいたしました!
次回、一誠くんが作中最初で最後の戦いを繰り広げます!そして文字数にもよりますが完結です……!



感想欄に続々と集まる中二病達。世界の破滅は近い……ッ!!

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