※字下げしない方が見やすいという判断のもと字下げは行っていません。
「フ、ハ……」
日の沈む夕暮れ時。光と闇が混ざり合う、表と裏が交わり合う、現実と幻想が交差するその時間帯。駒王町にある公園、そこには二つの人影があった。
ひとつは学生服を着た少年のものだった。茶色がかった髪を無造作に片手で掴み、顔の半分を隠すかのような態勢で口角を吊り上げ笑う少年からは、只ならぬ雰囲気を感じる。
もうひとつの影は、少女のものだった。少年とは別の学校のものと思える制服に身を包み、服がはちきれんばかりのプロポーションにすらりと伸びた肢体を持つ美少女。すれ違う男性皆が振り返ってしまいそうな容姿を持つ少女であるが、背に生えた翼は明らに異常な空気を生み出していた。
片や、普通の少年。
片や、人外の少女。
どちらが危険かと言われればまず間違いなく後者だと取るだろうが、ふたりの様子から優位に立っているのは明らかに少年だと窺えた。
やがて少年は悠然と両腕を広げ、まるで胸に飛び込んでくる最愛の恋人を待ち構えるかのようなポーズを取る。笑いは止まらず、寧ろ一層愉快そうな哄笑を上げた。
「フ、ハハハハッ!!!」
少年の笑いに、大地が震撼した。空間が彼の感情に呼応するかのようにビリビリと伝播し、少女の肌を粟立たせる。
その少年の顔にあらわれている色は歓喜。喜色の色を滲ませ口角を釣り上げた状態で、心の底から彼は笑っていた。
そんな彼の異様で威容な雰囲気に、少女は身が竦む。
先ほどの出来事も相まってか、顔は青褪めていき少年の特殊な雰囲気に呑み込まれていく。
「な、何者なのあなたは……」
――人間如きに。
その言葉は少年、しいては人間を見下す言葉。
しかし、少女の顔を見れば少年という存在を恐れているのは一目瞭然。
つまり、これはただの強がりとプライドの形骸でしかなかった。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、少年の視線は少女へと向けられる。
「――素晴らしい。いや素晴らしいと言っていいのか、まあ詮なきことだ。何分、確証はなかったんだ。けどこの目で拝めるとはな、これで確信したぞ『組織』の使いよ」
笑いを止め、しかし微笑みを浮かべながら少年――兵藤一誠は目の前にいる少女に語りかける。
そして、それを見た少女のなかにあるのは得体の知れないものに触れたかのような恐怖心だ。震え上がる少女の様子を見て、肩を竦めながら一誠は言葉を続ける。
「そう怯える必要はないさ――と言っても無理はないか……。何せ俺には神をも殺すという伝説のドラゴンが封印されているからな。暴走を危惧したから、組織から君が派遣されたわけだろう?」
だが、とそこで少年は目を細め少女――レイナーレを指差す。
少年の纏う空気が、変わる。冷徹で冷酷な視線がレイナーレを射抜き、彼女の心体を圧迫していく。
「秘密裏に殺すならともかく、ぬかったな『組織』よ。色仕掛けというのは確かに有効だろうが、あまりにも杜撰だ。そして、俺は貴様らの行動を理解はするが報復をしないわけではない」
そう言った直後、まばゆく神々しい赤い光が、一誠を包み込みその場を照らす。
「ぐっ……!?」
レイナーレは思わず腕を顔の前に交錯させ、その光を遮ろうとする。しかし太陽かくやと言った光は結界内部を覆い尽くし、夕暮れだというのに昼間同然の明るさとなった。
やがて徐々に光が収まっていき、そのことを察知した目を開けたレイナーレの視界に入ったものは赤い籠手をつけた一誠の姿だった。
「龍の籠手……? ちがっ――ッ!まさか」
レイナーレの驚愕といった様子に満足したのか、一誠は大きく頷き自慢気に告げる。
「『
♦︎♦︎♦︎
兵藤一誠は中二病である。中二病とは、とある書物で言われているようにこの世界で最もバカと呼ばれる存在たる中学二年生がかかる事の多く、かなり厄介で後々に『黒歴史』と呼ばれる禍々しい闇の病気である。
突然何かに目覚めたとか言い出した友人がいた場合は全力で止めるべき病気である。
さて、この病。普通に時間が経てば治る病である。というのもこの中二病という病気はフィクション、ファンタジーな世界を渇望しすぎたゆえにそういう『設定』を無理やり捩じ込み「自身は特別で一般人にはそれがわかってない」とかそういう都合のいい解釈をしているのだ。
彼らのなかではあるときは『悪の組織』が存在し、あるときは人間たちを虐げる『人外』がこの世を闊歩し、あるときは『囚われの姫君』が白馬の王子様を待ち続けている。
そんな修羅の世界で中二病患者は過ごしているのだが、先ほど言ったようにこれはあくまでも彼らの『設定』である。詰まる所普通ならばそんな世界はなく、彼らは現実を知り大人になって行くのだ。
――しかし、悲しいかな。世界というのは時に無情で残酷である。
兵藤一誠という少年は悲しい事に『持っていた』。とある日に近所にあるドラ○もんでよく見かけるような空き地で一人、『ぼくのかんがえた最強の呪文』を右手を力強く振り下ろしながら叫んだのだ。
その瞬間に、光り輝いた彼の左腕には『赤い籠手』が現れた。
『
それを見た一誠は狂喜乱舞し、龍っぽい形をしているからと、好きなアニメの必殺技の名前、『ドラゴン波』を叫んだ。
その瞬間に彼の左腕にある籠手からビームじみたものが発射され、目の前あったドラム缶が弾け飛ぶ。
そしてそれを見た一誠は歓喜に身が震えたのと同時に不安にもなった。「この力は世界の脅威になるうるのでは?」と。
彼は特別になったが周りは違う。
両親はもとより友人も大切な、掛け替えのない宝なのだ。それが害される事など、決して許される事ではない。
そんな彼はそれを境に以前にもまして「俺に近づくな。『組織』に狙われるぞ」という台詞を連発するようになる。
余談だが、後に一誠は似たような人間を発見し『
♦︎♦︎♦︎
駒王学園。都内にある私立の進学校。二年ほど前までは女子校だったゆえか現在は共学なのだが男女比は当然のごとく女子が多い。
そんな学園の、とある騒がしい教室で、一人静かに瞑目している少年がいた。
――兵藤一誠。整った顔立ちに、茶色い髪はワックスで整えられている。制服はブレザー、カッターシャツ共にボタンを全て開けており、なかから赤いシャツが見えている。俗に言うチャラ男のような出で立ちだが、どこか気品というかそういった類のものが感じられあまりチャラいという印象を受けない。
「おーっす、イッセー」
「今日も早いな」
そんな彼に話しかける人物が二人。
松田と元浜、兵藤一誠の親友である。彼らの声を聞いた一誠は静かに彼らの方へ顔を向け、その目を薄く開いた。
「松田、元浜。お前たちはまだ、無事なようだな。……前から言ってはいるが俺には近づかない方が身のためだ。今こうしている間にも結界を避けて仕掛けられていた爆弾が作動し学校ごと破壊されないとも言い切れないんだぞ?」
「いやいや、相変わらずだけどわけわかんねえよ」
「なに、朋友を心配するのは当然のことだろう? 俺の身は案ずるな。自慢ではないが、俺は神だろうと殺せる」
一般人というかそっち系の方々が聞いても頭上にはてなマークを浮かべるか、もしくは顔を引きつらせて避けられるような一誠の言葉。
しかし彼らは全く動じず、それどころか一層笑みを浮かべて一誠に更に一歩近づく。
「そんな事よりイッセー! これを見よ」
「っ! そんな事だとお前たちは――む?」
一誠の机の上にドサッ! という音をたてながら元浜はブツを置く。そしてそれを見た一誠の目が大きく見開かれた。
「こ、れは……」
「フハハハハッ!! 喜べイッセー!! 今日は祝杯を上げる時ぞ!!」
バカな……。と一誠は声を震わせながらそれを手に取る。
――それは、○Vだった。
「ええか?○○はみたらあかんでこのビデオ、お父さんの宝物やから」。略して○V。順風満帆な家を一撃で家庭崩壊に持ち込めるほどの威力を誇る代物である。
それを見た一誠に電流が走る! というか、頬が赤くなる。
そんな哀れな自分の弱みを隠すように、一誠は音を超えた速度で顔を下に向けた。
「ふっ、イッセーよ。これは我らから貴様へのプレゼントだ」
「感謝して受け取れよ!」
眼鏡をくいっと人差し指で上げ、にひりと笑い告げる元浜に合わせるように、爽やかな笑みを浮かべた松田がイッセーの肩をバシバシと叩いた。
しかし、一誠の顔色は俯いており彼らには見えない。その事に若干不安になる元浜と松田。
ゆっくりと、一誠が顔を上げる。そこにあったのはいつもの澄ました顔であった。
「……松田、元浜」
「あ、ああ……」
「どうしたんだ……?」
スッ。と一誠が目を細める。
「……こんな、こんなハレンチなものを持ってきてどうするつもりだ!? 俺を謀る気か!? っ! まさか、『組織』に言い寄られたのか!? くそっ! 『組織』の奴ら一般人を巻き込むだと!? こうなったら曹操に『槍』をぶち込んで貰うしか――」
「……これは、ダメだな」
「……いつものことだがな」
松田と元浜。彼らは煩悩により一誠を中二病から救い出さんとする者たちであった。
駒王学園は、今日もテロされることはなく平和です。
放課後、さあ帰ろうかと校門を出て、沈む太陽をぼんやりと眺めながら静かに一人歩く。
そして歩くこと数十分公園へとさしかかったところで一誠はゆっくりと顔を肩越しに後ろへと向ける。
一誠の先に居たのは、腰までかかった黒い髪をした美少女。その少女は気付かれたことに驚いたのか、目を丸くし――そして顔を赤くしながら頭を勢いよく下げた。
「兵藤一誠くん!私と付き合ってください!!」
それを聞いた直後の――否、その存在を視認した瞬間から既に一誠は動き出していた。懐に仕込んである朋友より渡されていた魔方陣の入った呪符を取り出し、簡易ながら強固な結界を張り、空間を外界から隔離。人払いは勿論、かれらがいる空間は完全に独立した異世界へと変貌していた。
それを見た少女、レイナーレは驚いたような顔をした後、狂気的な笑みを浮かべた。
「……あら?あなた、既に自分のことがわかって……。ふふっ、夢を見させてあげようと思ったけれど、魔法使いも裏にいるようだし。……いいわ、死になさい」
隠していたであろう翼を悠々と広げ、手元に光の槍を生成し、彼女は一誠へと襲いかかる。――だが、その速度は彼らとの訓練をこなしていた一誠からすれば遅すぎた。一誠からしてみれば、彼女の槍の投擲など躱すまでもない。
心臓目掛けて飛んできたそれを、彼は無造作に掴み取る。驚愕に目を剥いたレイナーレを無視し、彼はそのまま槍を握り潰して霧散させた。
――――そして、物語は冒頭へと紡がれる。
一歩ずつゆっくりと、しかし確実に一誠は歩を進める。彼の放つ圧倒的な威圧感を前にしたレイナーレは、絶望に打ちひしがれてしまう。
逃げなければと頭がけたたましい警報を鳴らす――しかし、動けない。恐怖で身がすくみ、彼女は足はおろか指先ひとつすら動かすことが叶わなかった。
『Boost!!!』
十秒ごとに鳴るそれが、自身の天国へのカウントダウンのようで。レイナーレは思わず目をつむっていた。
「……死にはしないさ『組織』の者よ。ただ――」
と、そこで紅い魔方陣が彼の後ろで展開される。
「なにっ!?」
魔力を察知した一誠は視線をレイナーレから外し、その魔方陣へと向けた。目を細め、展開された魔方陣の紋様をじっと見つめる。
「……この紋様は、ゴモリーか?」
魔方陣から徐々に光が弱まり、そこにいたのは――――
「……あなたたち、私の管理地で何をしているのかしら」
警戒心を隠さない顔をした紅い髪をした少女と、それに従うように追随していた臨戦態勢の少年少女だった。
これが『赤龍帝』、兵藤一誠の物語の始まり――――。