今後の出来や展開、更新など何一つ安定したものはありませんが、皆様の応援と自身の渇望を裏切らぬよう努力していきたいと思います。
さて、今回は原作においても重要なスタンスにいる原作の人物が登場しますが、ぶっちゃけほぼオリキャラ化してます;原作では亡くなっているようですが、ここではこの作品独自の展開や過去の改変・設定追加と言った諸々の事情から『彼』には現役として活躍してもらおうと思います。
そういう作者も、ようやく原作を三巻まで読み終えたところ。しかし他は未だ入手できずOTL
今回の『彼』に関しては確信犯としての改変ですが、『これはおかしいだろ』という点がございましたら遠慮なくご指摘くださいませ。
それではどうぞ。
人は弱い。生まれながらにして弱く、成長し成熟してなお弱い。
母体という至福の揺り籠から外界へ産み落とされた赤子は、世界の光に肌と目を焼かれ、その極めて脆弱な身体を世に晒す。その身は親や回りの人間の庇護があって、初めて成長を遂げられる。
物知らぬ白痴の赤子は様々な情報を見聞きし学び覚え、知識を得る。余りにも限定された法則や規範の知識を。そうしていく内に、人が幾百幾千の月日を懸けて築いた、欺瞞と矛盾の文化の中で成熟して行く。
斯くして一人の人間として世に放たれる人間は、しかし余りにも脆く、愚かで、弱い。
苦難よりも安易を選び、一時の快楽を求めて過ちを犯し、辛い現実から目を逸らして己の殻に引きこもる。
逃竄・妥協・堕落――人の世から、それらが失せた
そして同時に、理想を見る。そのいずれにも染まることの無い、どこまでも正しい存在に、本当は己もなりたかったのだと。
しかし、もはやそれを目の当たりにする資格は無く。
堕落に身を委ねた者は、その理想に目を焼かれ、そこから背を向けるか、嫉妬の怨嗟を上げるしかない。
――しかし、あるいはそれを超克できたならば、その者は『強者』への道程を歩めるかも知れないね。
さあ、
† † †
あの異界の月夜での、この世においてたった二人の人間しか知り得ない邂逅より後。
黒鉄 統真は、彼の魔人に指摘された己の『瑕』を考察した。それこそ、その日は一睡すらせず。
別室で寝ている一輝を起こさないよう、隠密の如き静かな動きで、とりあえずは家にあるだけの書物を持ち出して、記憶にある限りの当て嵌まる内容を読み耽り、反芻し、それらを元に考察する。
桜がいつも通り統真達の世話の為にやって来た頃には、もはや瞑想状態だった。
――『弱さ』とは何か。全ては、ただその問いの答えを得るために。
統真がこれまでの生において『弱さ』と定義したもの自体はいくつもあるが、それは統真自身の『弱さ』には当て嵌まらない。それらを『弱さ』と定義しているからこそ、統真はそうならないように常に努めているのだから。
ならば、『生まれながらの強者』と指摘された彼が、『弱さ』を『知る』のではなく『理解する』には、どうすればいいのか。
その『弱さ』に当て嵌まる行い――妥協や堕落を実践する? 論外だ。そもそも、行動だけを実践しても意味が無い。この求道は、『そんな弱さに走らなければならない意志』を理解できねば意味が無いのだから。
しかし結局、一人で悩み続けても答えは出なかった。
なので、黒鉄 統真はここで一つ、『初心』に戻ることにした。
それは――――
「お前達。『弱さ』とは何だ?」
「え?」
「は?」
他者に聞くこと。
教わり、自分なりに調べた。考察も重ねた。それでも分からない。ならば、他者に尋ねるしかない――それが、昔ながらの統真の学習プロセスだった。
もっとも、歳を取るに連れて統真の知能が格段に上昇、黒鉄家に引き取られてからは学習のための環境もすっかり充実し、肉体や伐刀者としての鍛錬に些か重きを置くようになったので、『尋ねる』のプロセスにまで至ることは
そしてそれが、本日再び顔を見せた。
「えっと……兄さん、それってどういう……?」
「言葉通りの意味だ。『弱さ』――『
「……一日の間に一体何があったんですか、貴方は……」
唐突な質問を朝から口にする統真に、一輝はそう問い返すしかなく、詳細な説明を足した統真の再びの質問に、桜は頭を抑える。
「知人にそうした旨を指摘されたのでな。俺なりに一晩調べて考えてもみたが、どうにも分からん。だから訊いているのだ」
「誰ですかその知人。ちょっと連れて来てくれませんか、人の主に妙なこと吹き込むなと言いつけておきたいんで」
「所在は知らん。気づいたらいつの間にか来ている奴だ」
「一輝さんこれからはウチで暮らしましょう。変質者が出没する家に一輝さんを置いておくなんて出来ません!」
「さ、桜さん落ち着いて!」
割と本気の目で言う桜を、一輝が必死に落ち着かせる。それを、発端である統真は桜の淹れた茶を飲むだけで口は挟まない。
変質者といえば確かに変質者であると言えるので、統真も別段否定はしなかった。彼にしては珍しく、どうでもいいことでもあったので。
「……まあ、その変質者の素性は置いておくとして。一体何の会話をしたらそんな質問をするようになったんですか」
「俺は生まれつき強いらしい」
「……はぁ」
「…………」
桜の問いにあっさりとそう答える統真だが、流石にそれだけでは桜も要領を得ない。得ようが無い。
一輝は一輝で、兄の言葉に静かに耳を傾けている。
「曰く、俺は『強くなった』のではなく『最初から強い』だけだったらしい。俺には俺なりの努力への自負や矜持がある以上、それをそのまま鵜呑みにする気はないが、指摘された上で省みてみれば成程、そう思える部分もある。俺は『弱さ』に当て嵌まる事柄を定義しそれらを振り払ってきたが、そもそも己を『弱い』と感じたことはなかったからな」
肉体、能力、精神――それらのいずれにおいても、統真自身は「自分が強く在れるよう努力したからこうなっただけ。だから誰でもなれる程度のもの」と認識していた。
しかしその大前提を彼は
故に、他者に尋ねることにしたのだ。自分が『生まれながらの強者』であるのなら、そうではない、『弱さ』を克服して『強くなった者』、あるいは『強くなろうとしている者』に。
そして、その第一の白羽の矢を立てられた弟と従者は、と言うと――――
『…………』
何とも言えない表情をしていた。特に桜が辟易気味である。
ああ、
ここ一年以上ご無沙汰だったから油断していたが、まさかここで再発するとは。
そう、桜は胸中で嘆かずにはいられなかった。
『これ』とは、愚直なまでの統真の疑問追求のことである。基本的には学んだら即座に覚えて応用まで利かせる統真だが、彼でも完全無欠という訳ではなく、一回では分からないことはある。しかし彼はその場で『問い直す』のではなく、教わった知識を基盤に、自ら調べ、考察する。それでもなお分からないと、そこで改めて知識を与えた教師や周りにその疑問をぶつけるのだ。自分が調べ考えた事柄と共に。
この統真流追求プロセス、その余りの熱心さと容赦の無さから、黒鉄家が手配した精鋭の家庭教師らが揃いも揃って裸足で逃げ出したらしい。まあ、世間一般で言うところの必要知識はとっくに身に着けていたので、問題は無かったらしいが。
そして桜も、この洗礼を受けている。
彼女の場合、学問やそういったものではなく――悲しいことに、純粋学歴なら統真は既に桜の遥か先を行っている。言っておくが断じて桜が劣っているのではなく、統真が優秀すぎるだけである――、主に人間模様や感情面での事柄だったが。
――代表例として、こういうものがあった。
『桜。恋は人を強くするというが、具体的にはどういう仕組みだ? 頷けなくはない、いい言葉だとは思うが、実感できていないものをそのまま受け入れる訳にもいかん』
生憎と、恋愛はおろか初恋すらしたことのない桜にそんなものが分かるはずも無く、しかし「訊きたいことがある」と言われた段階で「どうぞどうぞ、年上の私に何でも聞いてください!」などと気軽に請け負ったのが運の尽き。
とりあえずその場は誤魔化して乗り切り、後日友人から借りた恋愛小説やら漫画やらを片っ端から読み耽って何とかギリギリ納得の行く答えを提示できたことから、それで終わりを迎えられたのだが。
なおその際、「しかしやはり実践は必要か」などと口走り、通っていた学校の女子に交際を申し込もうとしたのを桜が必死に止めたり、更に付け加えるなら、何故か一番身近な自分に矛先が向かないことを桜が腹立たしく思ったりもしたのだが――まあ、それは置いておこう。
どうやら、それがまたぶり返したらしい。こうなると徹底して追求するのが黒鉄 統真だ。彼自身では妥協が無い。周りが何とか納得のいく答えを示してやるしかないのだ。
……しかも「自分は『弱い』ということが分からないから、『弱い』とはどういうことなのか教えてくれ」とは。本来ならそんな変化に喜びたいくらいなのに、この展開では今の桜は頭を抱えるしかなった。
「そういう次第だ。思い当たる節があるなら教えてくれ」
「……あぁ、もう……分かりましたよ。私に答えられることならお答えします!」
「うむ」
どの道、行動に移している時点で後の祭り。こうなった以上は、彼に納得のいく答えを提示するか、より彼の興味を引ける問題を与えるしかないのだ。それとて時間稼ぎにしかならないが。
「…………」
そんな二人の傍らで、一輝だけは一人沈黙を保ち、何かを考え込んでいた。
そうしてその日の統真宅は、朝からして普段以上の騒がしさから一日を始めることとなった。
ちなみに。
結局、桜の経験談でも納得が出来なかった統真はそれからも――――
足を運んだ道場にいた
「王馬、お前に一つ訊きたい」
「何でしょうか、兄上!」
「お前にとっての弱いものとは何だ」
「兄上以外の全てです!」
「……そうか」
「あっ、待ってください兄上! 稽古を! 稽古をつけてください兄上ーっ!」
同じく道場にいた黒鉄の門弟達に――しつこく絡んできた弟は一撃で沈めた――、
「お前達」
「と、統真様!?」
「ど、どうされましたか。ここ最近来られなかったようですが……」
「お前達は自分の弱さを知っているか」
「は? いや、まあそれは……」
「と、統真様の足元にも及べない身なのですから、もちろん……」
「……分かった」
屋敷の使用人や女中に、
「おい、お前達」
「ヒィッ!?」
「と、統真様!? な、何か失礼を……ど、どうかお許しください!」
「……いや、何でもない。行け」
『は、はいぃっ!!』
挙句には、
「おい、親父殿」
「……統真、朝から何の用だ」
「訊きたいことがある。何故お前は弱いのだ」
「――――」
昨夜帰ってきたばかりの父親(不仲)を訪ねては面と向かってそう言い放ち、朝っぱらからその胃袋にダメージを与えたりしていた。
ちなみに、厳だけ断定調だった理由は――身から出た錆としか言い様が無い。
† † †
「で……結局、納得のいく答えは見つからず、ここにも尋ねて来たと」
「恥ずかしながら」
「君は時折、本当に歳相応の子供みたいになるね」
朝の鍛錬を終えた統真は、しかしその日も日下部家を訪れていた。理由は言うまでも無く、『弱さ』への答えを得るためである。
そんな彼に、食卓のテーブルを挟んで向き合うように座っているのは桜の母・桃歌だった。彼らしいといえば彼らしいその理由に苦笑気味である。
「『弱さ』か……残念ながら、私の答えも桜とさして変わらないだろうね。
それに、伐刀者であることを放棄した私は君にとっての『逃竄者』になるのではないかな?」
「ご冗談を。貴女は自らの人生と選択に誇りを持って生きている。そんな貴女の何を貶せと言うのだ。
己の問いに空虚な答えを得るために他人を貶めるほど、俺は堕ちてはいない」
「くっくっ、そう言うと思ったよ」
案の定だったらしい統真の返答に、桃歌は愉快気な笑みを零した。
「そこ、もう少し静かにしてください。今一輝さんがお昼寝してるんですから」
「やれやれ、お前にそんなことを言われるなんてね。一輝くんの面倒を見ている内に母性にでも目覚めたのか?
ああ、頼むから少年趣味になど走ってくれるなよ。馬鹿者とはいえ娘に引導を渡すのは忍びない。父さんに」
「だだだだ誰がショタコンですか誰が! 私は純粋な気持ちで一輝さんの面倒を見ているんです! 人間として当然の感情なんです! っていうかそこ父さんじゃなくて私に申し訳なく思うところでしょうが!?」
「静かにしなさい、一輝くんが起きるだろう」
「うぐぐぐぐっ……!」
今日もメニュー通りの鍛錬を終えた一輝が、溜まっていた疲労を我慢できず日下部家で昼寝をしており、それに毛布を掛けて見守りつつ抗議する桜と、そんな桜を窘める桃歌、一人瞠目して思案に耽る統真――それが日下部家の本日の風景だった。
「おや。随分と大所帯なんですね、今日は」
そこへ、今の襖が開けられ、萌黄色の浴衣を身に纏った、些か顔色の悪い男性が姿を現す。
「父さん」
「あら、あなた。起きても大丈夫なの?」
「ええ、今日は調子がいいようなのでゴホゴホッ!」
「あぁもう、無茶をするから!」
「うぅっ……すみませんね、桜」
如何にも病弱な風体のその男性――桜の父親であり桃歌の夫である、日下部家の家長・
「やあ統真くん、いらっしゃい。お久しぶりですね」
「お邪魔をしている、ご尊父。身体の方は大丈夫なのか?」
「ええ、本当に今日は調子がいいんですよ。統真くん達も来ていますし、僕もお話に加わりたくて」
「全く。父さんはもっと身体を労わってください」
「はい……」
娘の小言に父親は項垂れ、そんな様子を見て微笑みながら、妻は新しく淹れた茶を三人にそれぞれ配った。
そうして場が一旦落ち着くと、居間の座布団に座りながら爽滋が統真を見据えた。
「さて――それでどうしましたか? 統真くん。何やら悩み事のようですが」
そう切り出した爽滋に、統真は軽いため息を吐いて首肯する。
「相も変らぬご賢察、恐れ入る」
「……父さん、本当にどんな勘の良さをしてるんですか」
「む、失礼ですね桜。この程度、相手の顔を見れば分かりますよ」
「いや、あの鉄面皮で分かれというのは――――」
日下部 爽滋。伐刀者でもなんでもない一般人だが、人の内心を鋭く察するその『目』は、統真も嘆息するほどのものだった。
「なるほど、『弱さ』ですか……凡そ今までの統真くんとはかけ離れた問いですね」
これまでの経緯を簡略かつ的確に要約して説明すると、顎に手を当てながら爽滋はそう述べた。
桜が統真の世話役になったことから日下部家は彼と関わることが多くなり、爽滋も例外ではなかった。特に、仕事柄人間模様やその心理に造詣のある爽滋との対話は、肉体の鍛錬に偏り気味の統真にとって非常に在り難く有意義なものであり、関わる回数は母子と比べれば少ないものの、その濃さは劣るものでもなかった。
「しかし、『生まれながらの強者』とは……僕個人として否定したいところですが――貴方に関してとなると、そう簡単には言えませんね」
「…………」
そう言う爽滋の顔を、統真は何気なしに見る。
日下部 爽滋という人物は、生まれつき身体が弱い上に先天性の病を得ており、幼少は元より、成人してからも床に伏せることが多かったらしい。そんな彼は、それでもかそれ故か勉学に人一倍力を入れ、独学で学業を修了した程の秀才である。
成人してからは、その身の上から小説や論文の寄稿で生活に不自由しない収入を得ていたが、桃歌と出逢い彼女が爽滋に強く惹かれたことから結婚し、今に至っている。病気療養の為に以前ほどの執筆は行っていないが、某文学雑誌には時折彼の名で作品や論文が載っていたりもする。
統真自身は桜によって引き合わされるまでは、その名もそうした実績も知り得てはいなかったのだが、今では時折、未寄稿の書き溜めを読ませてもらったりしている。
――閑話休題。
「元来、人は弱くして生まれるもの。生まれつき病弱な僕が言うと些か滑稽ですが、しかし事実、生まれながらに強い人間などこの世にはいません。誰もが始めは脆弱に生まれ、そして周りの助けを得て少しずつ強くなっていくのですから」
「……ああ、道理だ」
それは正しく、昨日まで統真が信じて止まなかった、当然の人の理。己とてその例外ではない――そう、思っていたのだが。
「それは統真くん、貴方も同じはずだ。生まれを思い出して――などというのは馬鹿げていますが、貴方が記憶する限りの最も古い思い出を想起してみてください。
そこには、少なくとも貴方を育ててくれたお母君がいたはずですよ」
「無論だ。忘れはしない」
「そう。そうした点で言えば間違いなく、貴方もただの人。
しかしまた同時に、『貴方』という人間が
貴方が、人の努力や不屈をこの上なく愛しているのは知っていますけど、ね」
「それが『瑕』か」
「その知人の言に拠るならば。そして残念ながら、それは少なからずの事実なのでしょうね」
既に語り合いは統真と爽滋の二人だけで成り立っており、桜と桃歌は静かにそれを見守っている。
「では、今度は『弱さ』という定義を考えてみましょうか。
統真くん、貴方にとっての『弱さ』とは、
「克服し、乗り越えるべきものだ」
「でしょうね。確かにそれは正しい――ただ……恐らく、貴方は『正し過ぎる』のでしょうね」
「…………」
「その知人の言葉に倣ってしまいますが――厳然たる事実として、多くの人は君が望む程には強くあれない、ということですよ」
爽滋という人物の人柄をそれなりには知っているため、昨夜のように静かな激昂などはしない統真だが、それでもその言葉に顔が険しくなる。
自己の『瑕』は認識できるようになっても、それにより『人という可能性』を見限るようなことは、許容し難いものだった。
「安易な道に走らず、誘惑や快楽に負けず、常に自分を鍛え、努力を怠らず、物事に真剣に取り組む――それらは正しく理想です。しかし哀しくも、多くの人にとって理想とは、『極めて困難』だからこそ理想でもあるのです。
そういう意味では統真くん、貴方はその理想を、正しく己が身を以て体現しています。貴方にとっては為して当たり前の在り方や行動も、貴方を取り巻く多くの者にとっては『自分達では成し得ない理想の強さ』に他ならない。
そして、人はその理想に焦がれはしても、そこから余りにも遠い己に挫折し、結果安易な道への妥協や、受け入れたくない現実からの逃避・堕落を冒してしまう。自覚していようが、いまいが、ね。
――これが、普遍的な『弱さ』の一例でしょうか」
一通り喋った爽滋は、桃歌が新しく淹れた茶を口に含む。
一方で、爽滋の言葉自体は問題なく理解できる統真だが――――
「……駄目だな。少なくとも今の俺には、そんな考えは理解も許容も出来ん」
首を横に振り、否定の言葉を出すしかなかった。
昨日と変わらず。知識としては認識できても、経験による理解には遠く及べない。故に実感は無かった。
「でしょうねえ。僕の言葉くらいで解決できるなら苦労はしないでしょう。
……ふむ。それに、統真くんについて語るなら、やはり『その道』の大先達にお伺いした方がいいかも知れませんね」
「む」
「え」
そう爽滋が提案すると、統真と桜は共に表情を大きく動かした。
「あの、父さん。それってつまり――――」
「ええ、『裏山』のお二人ですよ。つい昨日、
あの『お二人』なら、答えとまでは行かずとも何か良い言葉を教えてもらえるかも知れませんよ。
貴方だけでなく、この子にとってもね」
そう言いながら、すぐ隣で寝ている一輝の髪を優しい手つきで梳く爽滋。
そんな二人の姿を見ながら、桜は複雑そうな顔をし、統真は険しい表情を浮かべていた。
† † †
黒鉄 一輝は、少々困惑していた。今の彼は統真と桜に連れられて黒鉄家の裏山を登っている。
しかし一輝の困惑の理由は、今の現状そのものではなく、その現状に至るまでの展開にこそあった。
朝の鍛錬を終えると、統真の要望でまた日下部家に赴いたのだが、その日はやたら眠気を誘われた一輝は、桜の勧めもあってそのまま寝てしまった。目を覚ますと、視界には少し痩せ気味な男性が笑顔で一輝を迎え、桜の父親・爽滋であると紹介された。慌てて居住まいを正して挨拶すると、そのまま昼食となった。
それから後、親しげに語りかけてくる爽滋といくつか言葉を交わしてから黒鉄家の離れに戻り、剣の稽古や勉強を行うと、ちょうど日が傾き始めた頃に統真から「出掛けるが一緒に来るか?」と問われ、二つ返事で同行し今に至っている。
なお、一輝は手ぶらだが、統真と桜はそれぞれ手に風呂敷包みの重箱を持っており、何かと聞いたら「日下部のご母堂の差し入れだ」とのことだった。
「兄さん、どこに行くの?」
「知人のところだ。少々尋ねたいことがあってな」
「しりびと……?」
「またそんな余所余所しい言い方して。暦とした血縁でしょう」
「血縁……?」
統真と桜の会話に、一輝は首を傾げる。血縁と言うことは一輝にとっての血縁と言うことになるのだが、この裏山にそんな人物がいるのだろうか。
「そうとしか言えまい。英雄としての過去における偉業は尊敬に当たるだろうが、人となりに関しては別だ」
「貴方くらいですよ、大英雄にそんな険しい意見の出来る子供なんて」
「……英雄?」
その表現が気にかかる一輝だが、そこから先を考えることは出来なかった。
何故なら――――
「――おおぉ~~~~いっ!!! 遅かったじゃねぇかぁ、さぁくらぁ~~!! 待ちくたびれたぞぉ~~~!!!」
「ッ!?」
「だ~、もうっ! こんな山中で叫ばないでくださいよ、御爺様!! 下まで声が響くでしょうがっっ!!」
「お前も喧しいぞ」
雷鳴の如し――そう思えてしまう程の、脳天まで響く大声が一輝達の耳に届いたからだった。
その声に桜が返事をやはり大声で返し、隣にいた統真は律儀に突っ込むが、一輝は急な出来事にどぎまぎするしかなかった。
「に、兄さん?」
「案ずるな。少々喧しいが、害は無い。恐らくな」
「いや、まあ気持ちは分かりますが、人の曽祖父を有害無害で語るのはやめません?」
「曽祖父……?」
今一つはっきりしない状況に一輝が首を傾げるが、「行くぞ」と行って統真が手を差し伸べてきた。少し戸惑いながらもその手を握り返して、ちょうど声のした方角に歩いていくと――――
「家……?」
林の奥にポツリと建てられた、純和風の家がそこにあった。
そして――――
「おぉ! 来たなぁ、坊主ぅ!! でけぇ方もちっこい方も揃って、良く来たぁ!」
「何でお前が家主面してるんだよ、ここは俺の家だぞ」
三人を出迎えた、二人の人物。どちらも髪が白くなって顔には皺のある老年の男だった。
片方は、この時の一輝は知らない概念だが、派手な着物を身に纏った所謂『傾奇者』の様相を呈しており、手には古風な瓢箪まで持っている。江戸時代にでもいそうな風体である。髭は一見伸ばし放題のようで、その実ちゃんと揃えられてはおり、見苦しさと言うものは感じられなかった。
その人物は瓢箪を握る方とは反対の、空いている手を大きく振り回し、三人を豪放な笑いで出迎える。
そしてその人物の斜め後ろで、そんな様子に呆れているもう一人の老人。
こちらは落ち着いた濃緑色の着物を緩やかに身に纏っており、胸元にはサラシを巻いている。そうした服装のためか、すぐ傍の傾奇者とは真逆の落ち着いた印象だ。
ただ、こちらも歳の為に白く染まった髪と髭をしているが、それなりに伸ばした髪は一括りにして肩越しに前へ垂らしており、何より特徴的なカイゼル髭が印象的だった。
一輝の覚えている限りではそのどちらにも見覚えは無く、これまでの『血縁』・『英雄』・『曽祖父』といった単語を思い浮かべてみるが、終ぞ当て嵌まるものはなかった。
そうしている内にも統真達に連れられて、一輝は二人の老人の前まで来ていた。
老人達の前まで来ると、そこで統真は一輝の手を放し、居住まいを正すとしっかりした礼と共に挨拶をする。
「お久しく、ご老体」
「ったく、相変わらず可愛げのない奴だ。こりゃあ厳の奴が腹を痛めるのも良く分かる」
「俺は俺が為すべきことをしているだけだ。それで身体を壊すならあの男が軟弱なだけだろう」
「お前と会って以来、
「おぉいリョウ! 見ろぉ、ウチの桜はまた一段と技量良しになったぞぉ!? どうだぁ、今の内に曾孫の嫁として唾でもつけとくかぁ!?」
「煩せぇよ酔っ払い、酒でも飲んでろ」
「いい加減にしなさいこの酔っ払い!」
統真はカイゼル髭の老人と、桜は傾奇者の老人とそれぞれ対しており、いずれもそれなりに気心の知れた間柄らしく、遠慮と思えるものは見られない。
そんな様子を、しかし初対面となる一輝は呆然と見守るしかなかった。
――するとそこで、統真と向き合っていた老人が、一輝に視線を向けた。
「――っと、悪いな小僧。放って置いちまって」
「お、こいつかぁ? 坊主が世話始めたっつうちっこい坊主は」
「え、あ、その……いえ……」
初対面の二人に距離を感じさせない接し方をされ、一輝は戸惑いのために口篭ってしまう。
「んだぁ? 随分となよなよしてんなぁ。まあいい、飲め! こいつを少し掻っ喰らやぁ一瞬で大胆にぐふぉっ!?」
「人の弟に何を飲ませようとしている」
「子供に何飲ませようとしてるんですかこの酔っ払い!」
そんな一輝にこともあろうに酒を飲ませようとする老人を、統真は容赦なく肘打ちを叩き込み、桜も追撃で脳天に手刀を叩き込んだ。
「全く……えーっと、とりあえず紹介しますね、一輝さん。
この、年甲斐も無い言動が目立つ、だらしのなーいお爺さんが、恥ずかしながら私の母方の曽祖父、大鳥 雷峨です」
「ててて……おぉい坊主。桜のはともかく、おめぇの一撃は洒落にならねえんだから、もう少し年寄りを労われよ……。
あと桜よぅ。大好きな爺ちゃんを、だらしないだの恥ずかしながらだの言って誤魔化すこたぁねえだろ? アレか、今流行りのつんでれって奴か」
「何か戯言ほざいてますけど、基本酔っ払いの発言なんで無視して大丈夫ですから。
後、またお酒とか飲まされそうになったら大声で叫んでくださいね? お姉さんがいつでもどこでも駆けつけますから」
「は、はい……」
「おいおい、桜……おめぇ、まさかそんな年下が好み――――」
「
「さーてそろそろ飯にでもするかぁ。お、こりゃあ桃歌の差し入れか!? っしゃあ、摘みも手に入ったし飲むぞぉ~!」
割と本気で怒気を込めた桜の脅し文句に、傾奇者の老人・雷峨も露骨に話題を逸らし、統真と桜が持ってきた重箱を持ってさっさと家の中に入っていってしまった。
そんな様子に、呆れたと言うよりはもう慣れてしまったと言わんばかりの溜息を吐きながらも、桜は言葉を続ける。
「えーっと、それで、こちらの方は――――」
残ったもう片方の老人を紹介しようとすると、それを統真の声が遮った。
「黒鉄 龍馬――俺とお前の曽祖父に当たる男だ」
「――え?」
そんな思いも寄らなかった発言に、一輝が固まってしまったのは、仕方の無いことだろう。
「おい小僧、もう少しマシな紹介は出来んのか……」
「何か問題があったか、ご老体。的確な紹介のつもりだったが」
「ああ、お前さんが俺を敬っていないってことはよぉっく分かったよ」
「人が紹介しようとしたのをぶった切っておいて、それですか……」
率直と言えば率直だが、あまりにも簡略化された紹介に、そんな紹介をされた老人――黒鉄 龍馬が呆れ、桜も肩を落とすしかなかった。
そんなやり取りを呆然と見ていた一輝だが、その幼い頭脳でも、これまで与えられた情報が繋ぎ合わされて自ずと答えに辿り着く。
統真と一輝の共通する血縁――つまりは黒鉄家。
黒鉄家の英雄――即ち、大戦の英雄サムライ・リョーマ。
そして目の前の老人こそ、その当人たる黒鉄 龍馬。
――全てを理解した一輝は、
「えぇぇぇぇぇーーーーーーっ!?」
ただ、そう声を上げるしかなかった。
† † †
近代日本の大英雄サムライ・リョーマ――彼の
大戦当時、枢軸国に加担したが為に連合国の熾烈な砲火に晒された大日本帝国を、戦友たる英雄達と共に守り抜き、更に大戦後期に勃発した
――そんな、想像だにしなかった人物との唐突な邂逅で混乱の極みに陥っていた一輝だが、とりあえずは兄の「落ち着け」という一言で何とか静かになり、そのまま三人と共にその家――この裏山に建てられていた黒鉄 龍馬の自宅に上がっていた。
そして――――
「さぁくらぁ~! 摘みがもうねえぞぅ、次頼むぅーっ!」
「いい加減にしてくださいこの飲んだくれが! 私達は貴方の酒のお世話をしに来たんじゃないんですよ!?」
「だぁっはっはっはっ、細けぇことを気にすんなよぅ!
おら
「要らん」
「おぉいリョォウ! おめぇの曾孫どもぁ本当に大丈夫か!? 良いナリして酒も飲まねえぞ!?」
「お前、本当にちょっと黙ってろ」
「…………」
混沌とした状況が繰り広げられていた。
彼のサムライ・リョーマとその戦友たる益荒男『雷凰』が肩を並べているという、本来なら世の伐刀者達が仰天するような状況だが、その実態は
一輝だけは兄の庇護で、辛うじて白羽の矢から逃れており、その有様に呆然とするしかない。
ちなみに桜は、料理を振舞うために台所で善戦中だ。主に、酔っ払いの摘み作りに。
「……まあ、
改めて自己紹介と行こうか、
「は、はいっ! えっと……く、黒鉄 一輝、です! その……龍馬、さんの曾孫、です」
そう言って自分と向かい合う英雄たる曽祖父に、一輝は緊張からたどたどしくなりつつも自己紹介を行う。
「うむ。俺は黒鉄 龍馬、知っての通りお前の曽祖父――まあ、お前の親父の爺さんだ。
俺のことはあれこれ聞いているかも知れんが、英雄だの何だの堅苦しいのは苦手でな、楽にしてくれ。
「言うべきことを述べたまでのことだが」
「おう、
「は、はあ……」
そう言われて、しかし緊張の全く抜けない一輝は、そんな風に曖昧な返事で精一杯だった。奇しくもいつぞやの桜の台詞と同じである。
「だぁっはははは! お前は孫達とあんまりツラ合わせねえからそうなんだよぉ! ウチの桃歌や桜を見ろぉ、俺のことをいつでも歓迎してくれるぜぇ!?」
「あぁ、そうそう。御爺様、また父さんに無理矢理酒の相手させたら出禁にすると母さんから伝言です」
「はい……」
調子に乗って戦友を指差し笑う雷峨だが、その直後に最愛の曾孫から叩きつけられた警告に、素直に反省の色を示すという体たらくだった。
「全然駄目じゃねえか阿呆」
「バッカおめぇ、ありゃあ照れ隠しに決まってんだろうが。今頃はお台所で顔真っ赤にしてるんだぜきっと」
「おう、生い先短い酔っ払いジジイの妄言は置いておくとしてだ」
「んだゴルァ! やんのかアァン!?」
「あ? やるのか? 孫の前で恥かきたいのか、あ!? 上海での酔いどれ騒ぎの時のように、素っ裸にして晒されたいのか、あん!?」
「上等だこのヤロウ、表出ろやぁ!!」
ちょっとした言い合いはメンチの切り合いに発展、挙句に英雄同士の喧嘩騒ぎになろうとしていた。しかも魔力まで滲ませている辺り、割と本気でやり合う気のようである。
よもやの事態に、幼い一輝はその気迫に当てられて、顔を青褪めさせ硬直するしかなく――恐怖に震えたり威圧されたりしない辺りは、兄との鍛錬の賜物と言える――、そしていよいよ二人の顔が睨み合いながら近づき――――
「子供の前で何しさらしとんじゃゴルァァァァァァッッッ!!!」
「あべにゅっ!?」
「ふんっ」
「ぐぶふぉっ!?」
その事態を察知した桜の
なお、今回は龍馬も同罪と見做されたらしく、こちらは統真によって見よう見真似の稲妻落し(再現率9割以上)が叩き込まれている。
その様子は、幼い一輝からしても息がぴったりと思わずにはいられないコンビネーションだったとか。
……日本の伐刀者なら誰もが憧れて止まない英雄達の、そんな情けの無い姿から一輝が意図して意識の目を逸らしていたのは、言うまでもない。
あるいは、それが一輝の優しさだったのかも知れない。
「……別にお二人が喧嘩をしようが殺し合いをやらかそうが構いません。いい年なんてとっくに通り越した大人なんですから、どうぞ自己責任で好きになさってください。
――た・だ・し! 人様の迷惑にならないよう、無人の孤島かどこかでやるように! ましてやこんないたいけな子供の前でなんて論外です!!」
『はい……仰る通りです。はい』
曾孫主従によるダブル稲妻落しという制裁を受けた、救国の英雄二人。
現在は一回りや二回りどころではない歳下の曾孫の娘に揃って正座で座らされ、腰に手を当て仁王立ちで「私怒ってます」という顔の桜に、ただただ首を縦に振って恭順の意を示すばかりである。
黒鉄家関係者の人間はおろか、世の伐刀者達がこの光景を見たらば卒倒していたことだろう。
「次こんなことやらかしたら、
「お、おいやめろ桜、早まるんじゃねぇ! あれはあの『味覚異常な若作りババア』くらいしか喰えねえシロモンだ、断じて人間の食うモンなんかじゃねえっ!!」
「……思い出しただけで舌と胃が……ぐふっ……」
止めの釘刺しとばかりに一言付け足しておく桜だが、その一言を聞いた途端に雷蛾はそれまでの振る舞いが嘘のように慌てふためき、龍馬は龍馬で顔を青褪めると、右手で胃の部分、左手で口元を覆った。
これまでの開けっぴろげだった二人がここまで豹変するその麻婆とは如何なる代物なのかと、未だ現実逃避気味に想像していると、その答えは意外なことに隣にいた統真からもたらされた。
「ああ、あれか。俺もあの料理には感銘と衝撃を受けずに入られなかった。
食で身体を作るという考えは知っていたが、『食で身体を鍛える』ことが出来るとはな。あれは実にいい鍛錬になった。
桜、また今度頼む」
『化け物かお前は!?』
「はい、統真様が食べようとすると一輝さんが真似しかねませんから、しばらくはお預けです。
あれがまともな食べ物でないのは私も承知しているので」
感慨深げにそう語る統真の顔は真剣そのものであり、そんな彼の発言に大先達二人は心からの驚愕の声を上げる。こういう部分で彼を化け物呼ばわりする辺りは、流石は英雄だと讃えるべきか何かがズレていると言うべきか、難しいところだ。
さらっと件の料理を所望する統真だが、桜は語った通りの理由で拒否、実際に一輝も「どんな料理なんだろう」という子供らしい好奇心と、「兄さんが食べるなら自分も……」という兄への要らん憧れから食べてみたいと思ってしまったので、あえなくこの提案はお蔵入りとなった。
――少し後の未来、成長した一輝が遂にその料理を口に含んだ時、彼が何を想いどのような末路を辿ったかは、ここで語ることでもないだろう。
「では、私は夕飯の支度をいたしますので、今度は静かにしていてください。
お酒も駄目です。いいですね」
「ちぇ~」
「煉獄麻婆」
「はい飲みません絶対に」
最後にそう言いつけると、なおも渋る曽祖父をその一言で従順にさせてから、桜は再び龍馬邸の台所に去っていった。
「あーやれやれ……桜坊、すっかり桃歌に似てきたな。あれは親父の方に似たと思ったんだが」
「てててて……脳天がまだ痛むぞ。流石は俺の曾孫だなぁ」
「見っともねえザマで的外れな自慢してんじゃねえよ阿呆が。
あー、悪かったな
「あっ、てめ! なに一人だけいい格好つけてんだコラ!」
鳥頭よろしくもう少し前のことを忘れたのかまたも龍馬に突っ掛かるが、龍馬の方は自重しているのかスルーして一輝と向き合っている。
「い、いえ。ちょっと驚いただけで、そんなには……」
「そうか――と言っても、詫びるのはさっきのことだけじゃあないんだがな」
「え?」
「…………」
それまでとは一転して、ふざけた様子など微塵もない雰囲気となり、龍馬はまだ小さな一輝を見下ろす形で、その目をしっかりと見据えている。
一方の一輝は、そんな龍馬に身を硬くせずにはいられなかった。
そして再び龍馬が口を開く。
「すまんな。
「!?」
その言葉と共に、龍馬は幼い曾孫に頭を下げて詫びた。
そんな曽祖父の行動に一輝は驚きのあまり呆然となり、それを傍で見守る統真と雷峨は、静かに沈黙を通している。
「英雄だのなんだの言われちゃいるが、俺は――俺達はただ
故郷やそこで一緒に生まれ育った仲間を守って一緒に戦って、攻めて来る敵を倒して、手前勝手な『馬鹿』をやらかそうとしていた連中を止めて――そうしてたら周りから英雄だなんだと呼ばれるようになっちまった、ただ少しばかり戦いが上手いだけの人間なのさ。
で、息子が次の当主になると、そのまま放り投げて出て来ちまった。まあその息子ってのは、俺とは違って黒鉄の在り方に馴染めていたようだがな」
そう己の過去を語る龍馬だが、先程の謝罪に反してそこに卑屈さはない。どこか懐かしさすら感じさせる苦い笑いで、淡々と己の『事実』を語っている。
「そういうところから見れば、俺の孫――厳やその周りの馬鹿共がお前にやらかしたことも、俺が加担したようなもんだ」
「そ、そんなこと……!」
「まあ、後悔はしてないんだがな」
「……へ?」
そう、自分を責めるような発言をする龍馬を一輝が止めにかかるが、次に出てきた言葉に目を点にしてしまった。
「する訳ないだろ。誰があんな陰気臭いところにいたがるか。家を出た時は清々したぞ」
「そんでその足で一緒にアメリカ渡って暴れ回ったんだったなぁ。懐かしいねえ、カルロスやソーの奴と一緒に屑マフィア潰したり、地方都市牛耳ってた汚職警官ども全滅させたりよぉ」
「…………」
まさかの堂々とした宣言に、一輝は唖然となる。龍馬に怒りを覚えたりはしていないが、流石にこういう展開になるとは思いも寄らなかった。
そうしていると、傍で見守っていた統真が険しい顔で口を挟んだ。
「妙な期待はするな、一輝。良くも悪くもこの老体らは自分に忠実だ」
「お前さんに言われたくはねえんだがな、おい」
「大英雄の名に甘んじておきながら
「悪かったな、生憎と自分で英雄を自称した覚えなどない。それに俺は政治の類が苦手なんだよ」
「為すべきことを為さなかったものの言い訳か? 見苦しい。苦手なら克服すればいい。それが通る立場も力もあっただろうが。出来ることをしなかった時点で言い訳だろう」
「言ってくれるじゃないか若造。ならお前は変えてみせると?」
「知れたことを。あのような蒙昧共がのさばり
誰も成し得んというのなら、俺が成すまでだ」
一気に加熱する曽祖父と曾孫の口論。片や相手の『不誠実』を容赦なく指摘し、片や飄々としつつもそれを受け止めている。
そんな二人の様子に、ある意味でことの発端になってしまった一輝はどうしていいか分からず、しかしせめて止めようと口を開く。
「あ、あの、二人とも、その、喧嘩は――――」
「ああ安心しろよぅ
「じゃ、じゃれ合い……?」
「ほれ、おめぇの爺様よく見ろ。ニヤけてんだろ? 嬉しいのさ、
おまぇの兄貴も……まあ、あんなツラだが、楽しそうだぜ? 多分な」
「…………」
それを、桜からの言いつけの為に酒ではなく茶を飲んでいた雷峨が留まらせ、そう指摘する。一輝には今一よく分からないが、確かに、『熱』はあっても『緊張』はそこになく、二人の様子も交わす言葉に反して嫌悪の類は存在しなかった。
「――っと、話が逸れちまったな。
まあ、それでだ
「一輝だ。己の曾孫の名前も覚えられない程に耄碌したのか、老体」
「ったく、分かった分かった――で、だ。一輝よ」
「は、はい!」
統真との対談を切り上げて本題に戻る龍馬だが、そこで再び統真に指摘を入れられてようやく一輝を名前で呼ぶ。
呼ばれた一輝はというと、改めて名で呼ばれたことに妙な緊張感を覚えて居住まいを正す。
「もう一度言うが、俺は自分のしてきた行動に後悔はない。反省すべき点はあった、と思うがな。
だが、お前が自分の受けた仕打ちや境遇を、まあ
言いたいことがあるなら、ここでぶち撒けとけ。お前の
そう言う龍馬の顔はそれまでと同じ飄々としたものだが、その中には真剣さが宿っている。適当なその場凌ぎの言葉でない、彼なりのある種の覚悟がそこにあるということが、何となくではあるが一輝にも感じられた。
そんな曽祖父の言葉を受け、しばし沈黙し顔を俯かせて考えていた一輝は、ふと兄を見上げると、しばしその顔を見つめる。それを受けた統真もまた、静かにその目を見つめ返した。
そして――――
「えっと……その、ぼくに難しいことは言えません、けど――――」
「けど? 言いたいことは遠慮なく言いなさい」
若干遠慮がちに口篭る一輝を、静かに龍馬が促す。
それを受けると、一輝は決意したように顔を上げ、言葉を紡いだ。
「ぼくは、龍馬さんを――お祖父ちゃんを恨んだりしません。恨む理由が、ないから」
「――――」
そんな一輝の言葉に、さしもの龍馬も目を丸くする。しかし何かを口にすることはなく、まだ何かを喋ろうとしている一輝の続きを待った。
「その……確かに、辛かったです。どんなに頑張っても、みんな――珠雫は違うけれど――からいないように扱われて、父さんには『何もするな』って言われて、閉じ込められて……もう、いなくなりたいって思ったこともありました」
「ああ、そうだな。それが普通だ」
「でも……言ってくれたんです、兄さんが」
「ほう?」
「――『努力した自分を誇れ』って……僕が努力し続ける限り、ちゃんと僕に応えてくれるって、言ってくれたんです」
そう言って、再び兄に視線を向ける。自分でかつてのことを口にしたのが気恥ずかしいのか遠慮がちな視線だが、そんな自分を見返してくる兄の視線から目は逸らさない。
「だから……『もういい』って言うわけじゃ、なくて……その……自分でもよく分からないんです、けど……その……ぼくは、大丈夫です。
ぼくは、これからも頑張っていきます。諦めずに」
精一杯言葉を探してもそれはたどたどしいものであったが、しかしその場にいる誰一人、その言葉を笑うものはいなかった。
「……そうか。良かったな、一輝」
「……はい!」
そんな曾孫の言葉を受けた龍馬はただそう返し、そんな龍馬に、一輝は屈託のない笑顔で応えた。
それを見てニッと笑うと、龍馬は一輝の髪をワシャワシャと撫で回す。
「うわっ!? お、お祖父ちゃ……!」
「ははっ、こりゃあ当面死ねそうにねえな。随分と『見たいもん』が増えちまった」
「呵呵、なぁに言ってやがる。オメェがそうそうくたばるタマかよ。
この
「あぁ、そんなこともあったか? まあ、その話は止めとけ。もう飯らしい」
そう言うと最初に龍馬、続けて雷峨と統真、最後に一輝が立ち上がり、夕食の為に居間へと足を運ぶ。
その際、龍馬は雷峨と一輝を先に行かせ、統真と並んだ。
「お前の悩みは飯の後に聞いてやる。それでいいな?」
「……ああ」
「それと」
「何だ」
「……ありがとうよ」
「礼など不要だ。全ては
「……そうかい。そんじゃあ、飯とするかね」
そう言って足を速めて先に向かう曽祖父を、統真は少し見眺めてから、自らも続いた。
はい、そういう訳で大英雄サムライ・リョーマさんでした。後は桜のお父さんと爺様。簡単に説明をば致しますと、
■龍馬の生存
少なくとも原作開始前には臨終されているらしい龍馬さん。前書きにも記しましたが、ここではオリキャラの戦友や今後の彼の『役割』のために原作でもちゃんと生きてもらうことにしました。
ご納得できない場合は、どっかのニートもどきが因果律歪めたとご容赦を;
言うまでもありませんが彼周りの事柄は、ある程度既知の原作内容からの推察を取り入れはしましたが開き直って(!)仕立てた、ほぼ勝手な独自設定ですのあしからず。
なお、統真の龍馬に対する言動ですが、別に本気でどうこう言っている訳ではありません(本心もありますが)。雷峨の言った通り、半分以上はじゃれ合いです。無自覚ですけど。
■日下部 爽滋
桜のお父さん。口調が丁寧なのでどこぞの神父を思い浮かべたり病弱だからと逆十字を想起したりされるかも知れませんが、全然違いますから;
爽滋さんに関してはlight系譜ではなく、PS2ゲーム『ゼノサーガシリーズ』のジン・ウヅキを病弱にした、とでも思っていただければ……うん、物凄い違和感が;
CVは言うまでもなく田中秀幸さん。
■雷峨
前話では回想でのみ触れられた英雄の一人。龍馬を「リョウ」と呼ぶほどには仲良しで、よく海外を渡り歩いたりしてます。日本にいる時は日下部家に入り浸ったり。
なおキャラクターモチーフですが、一応は神咒神威神楽の覇吐が一番強い割合ですね。女に情けなくはないですが、仲間が大好きな傾奇者という点では彼が最も近いです。
ちなみに桜が言及した人物『黎瑛』も彼らの戦友の一人という設定のオリジナルキャラクターです。こちらもいつか形にして出したいですね、龍馬さんと絡ませたりして。
ついでに
■黒鉄親子
王馬くんは、まあ、昔からこんな化物兄貴の前に晒されてきましたから、何かが突き抜けてしまったようで;
厳パパ?こんなものでしょう(しれっ) しかし3巻読んでみた時点での感想ですが、なんかFate/Zeroの切継と時臣の悪いところを足して割ったような感じですね、作者的には;
今回は前半の流れのようにギャグを多めにするつもりでしたが、なんか後半の龍馬周りがしんみりとしたものに;
龍馬と一輝の語り合いは、原作での短い触れ合いだけじゃない、「(曽)祖父と(曾)孫」として触れ合わせたかったと言う個人的な思いの結果です。結局は統真絡みになってますが、まあ主人公同士ですし;
今回は前回の流れに続く形で統真の「弱さ」への探求を起点としました。そうしている内にこの話も3話目;次回は、次回こそは締めくくられる予定です;
モチーフとなったキャラ達は、彼らは彼らで物語中に「気づいていく」こともありますが、統真は結局はまだ13歳の子供。ならばこういうことにもなるかな?という内容になりました。
……すんげえ今更ですけど、こいつまだ中学生ですらないんだよなあ;次話で入学するけど;
それではまた次回に。気長にお待ちくださいませ。