超克騎士の前日譚<プリクォール>   作:放浪人

11 / 12
 この作品をお読みいただく読者の皆様、大変お久しぶりです若しくは始めまして。
 先ずは簡略な謝罪を。前回のプレ版を無しにすれば実に5ヶ月以上ぶりとなる更新となってしまいました。お待ちいただいた皆様、本当に申し訳ありません。

 前書きでこれ以上長々と語るのもあれなので、続きは後書きに書かせていただきます。
 それでは本編の方へどうぞ。

※プレ版をお読みになった方は真ん中ぐらいからが追加された内容なので、その部分までは飛ばしても構わないと思われます。修正部分は些細なものなので;
※今回の話は合間合間に書いたものなので文章が統一できていない可能性があります。出来る限り校正に努めましたが読み苦しい場合はご容赦ください。


朱羅篇 Ⅱ:赤朱は交われず ※正式投稿版

 ヴァーミリオン皇国はその名が示す通り、皇帝を最高権力者として戴き統治される君主制国家だ。

 そしてその皇帝とは、元クレーデルラント王国公爵ヴァーミリオン卿――即ち建国者にして初代ヴァーミリオン皇帝に連なる血縁者であり、また彼の血族達は等しく皇族という最上位階級に分類されている。

 

 王制・君主制としての歴史を重ねた国家は程度の差こそあれ、それを掲げる以上は実権の有る無しを二の次として、宗主たる王とその血族の権威がある一定を保たねばならない。そして権威というものは得てして、大多数が分かり易く何がしかの形で示される。

 王城や皇宮といった貴き者達の住いも、またその一つ。

 

 ヴァーミリオン皇国もその例外ではない。王権の象徴たる皇宮“セレスタルブルク”は首都フレアヴェルグの中央に築かれ、城下の街を一望できるように聳えている。

 

 第二次大戦時における侵略者の占領から祖国を奪還し、しかしそれから程なくしてその短くも壮絶だった人生に幕を引いてしまった救国の戦姫セレスティア・ヴァーミリオン――そんな彼女への追悼と敬愛を込めて、失陥からの再建に際してはその名に肖った命名が為されたというのが、セレスタルブルク(星天の城)の由来だ。

 

 第二次大戦が終結したばかりの再建当時は、皇宮や王城というカテゴリーにかろうじて当て嵌まる程度の質素なものだったそうだ。それが、当時は国外からの援助を受けねばならなかった国の実情と王権の凋落を顕すものでもあった。

 しかしそれもやがて、皇族と国民が一丸となって国を盛り立て経済力を回復させたことから少しずつ城の増改築が為され、今や皇族の住まいであり象徴(レガリア)という役割に恥じない絢爛さと荘厳さを備えるに至った。

 

 

 ――そのセレスタルブルクの一角に、ソルレイア・ヴァーミリオンは足を運んでいる。

 大理石製の長大な廊下、その中央に位置する扉。衛兵が両端に立ち守衛を務めているその扉の先にあるのは皇族達の専用として設けられた食堂で、父であるヴァーミリオン皇帝からの呼び出しを受けた場所だった。

 

 案内役の侍従を追随させながら足を運ぶと、壮年の女性――この城の侍従達を取り纏めている長が出迎える。

 

 

「お待ちしておりました、ソルレイア殿下」

「ご苦労」

 

 

 慇懃に(こうべ)を垂れる侍従長の礼を簡略に受け止める。

 遥かに年上の相手に対するソルレイアのそんな傲然さは、彼女自身の気質だけでなく、相手を少なからず知っていることにも由来していた。

 

 

「お前がいるということは、母上もおいでか」

「はい。皇妃様も既に中でお待ちです」

 

 

 確認の意味でソルレイアは尋ねた。

 この侍従達の統率者が、同時に己が母の側近でもあることは知っている。その彼女がこうしてここにいるということは、母もこの扉の向こうにいるということだ。

 

 相手の肯定を認めたソルレイアは、しかし今度は顔を顰めてもう一つのことを尋ねた。

 

 

「……父上もか」

「……はい。皇帝陛下も御席に」

「……そうか」

 

 

 やたらに間を含んだ会話。加えて、実年齢に不釣合いな冷厳さを備えているソルレイアもしかし、今はある種の感情をその顔に浮かべていた。

 そしてそれが良いものでないのは、苦々しい表情が物語っている。

 そんなソルレイアと言葉を交わした侍従長もまた、何とも言えない表情を浮かべて彼女を見ている。

 

 しばらくはそうしていた二人だが、短く息を吐いたソルレイアが視線を向け、そこに含まれた意を察した侍従長は表情を引き締めると、扉の方へと振り返った。

 

 

「皇帝陛下、ソルレイア殿下が御着きになられました」

『――うむ、通せ』

 

 

 扉越しのまま慇懃に告げられた侍従長の報せに、それなりの年齢と思しき男性の声が返される。簡潔なその一言に含まれた威厳が、扉越しに向き合う侍従長や近くにいた衛兵達の身を否応なく引き締めさせた。

 

 ――ただ一人、その声の主と最も近しい立場にあるソルレイアだけは、違う理由(・・・・)で身を引き締めていたが。

 

 「失礼致します」という断りの一言の後、食堂の扉が開けられる。そこから漏れた食堂内の照明や窓越しの陽光が、視覚に障らない程度の程よい加減でソルレイアの目を刺激した。

 扉を開けた侍従長はその場から退き、ソルレイアの邪魔にならない場所に立つ。それを受けて、遂にソルレイアはその足を食堂へと踏み入れ、そのまま一直線に自身の視界に入れている二人の人物へ向けて歩みを進める。

 片やどっしりと食卓の上座の一席に座ってこちらを見つめ、片やにこやかな満面の笑顔で手を振って歓迎の意を示していた。

 

 そしてその二人との距離がある程度近づくとそこで立ち止まり、隙の無い姿勢を維持したまま閉じていた口を開き凛とした声を発する。

 

 

「第一皇女ソルレイア・ヴァーミリオン、ただ今参内した」

 

 

 そう宣言しつつ見据えるのは、この部屋に一つだけの縦長な食卓、その上座に座る男性。

 獅子を連想させる茶色い髪と髯を蓄えた強面の風貌。その所々にはでき始めた小さな皺が見て取れ、彼が壮年期という年代に足を踏み入れていることが容易に分かる。

 

 もっとも、そんな外見を観察せずとも、ソルレイアはその男性の年齢など熟知していた。

 何故なら――――

 

 

「それで、今回の呼び出しはどういった用向きか? 父上」

 

 

  何故ならその人物こそ彼女の父親――即ちこの国の最高統治者である今代のヴァーミリオン皇帝“シリウス・ヴァーミリオン”なのだから。

 

 

「……うむ。よく来たな――」

 

 

 冷淡かつ簡潔なソルレイアの問い掛けにそう返しながら、重厚な仕草でシリウスは立ち上がる。

 その厳かな顔に供わる双眸は、父親を見据えているソルレイアの視線と向き合うことで必然的に交わり――――

 

 

 

「会いたかったぞソルレイアァァァァァァァァ!!! 我が最愛のむすむぐぶぇっ!?!?」

「フンッ」

 

 

 

 唐突にその場からソルレイアへと物凄い勢いで飛び掛り、しかし直後には彼女の放った踵落としによって食堂の地面に顔を叩きつける結果と相成った。

 正確無比の一撃を受けたシリウスは、物理法則に逆らえるはずもなく大理石製の床に顔面から激突、顔の半分近くを埋めている。

 

 そんなとんでもない事態に、場は騒然――とはならない。かといって、あまりの惨事に言葉も無く沈黙しているという訳でもなかった。

 

 というのも――

 

 

「ブハァッ!! し、死ぬかと思った……っ!」

「チッ」

「舌打ち!? 今舌打った!? パパ死にそうだったというか危うく娘に殺されそうだったのに挙句その娘に舌打ちされた!?」

「汚物として燻蒸消毒しなかっただけありがたく思え」

「あれ? ワシ汚物扱い? 皇帝で父親なのに娘から汚物扱いなの!?」

「その娘に対して猥褻行為に及ぼうとした輩が何を喚いている。そんな下種が治める国などとっとと滅べばよかろう」

「違うからぁ!? これはちょっとした親子のスキンシップじゃから!! イヤらしい気持ちなんて本当に、まったく、これっぽっちも、アでもお前に魅力が無いなんて意味じゃないけえの? むしろいつどこで変な虫が付かんかとお父さんは心配で心配でオノレあのクソガキ人の娘に色目使いおってやっぱり戦争しかけたろうか……っ!」

 

 

 ――などというやり取りが、直後には平然と繰り広げられるからに他ならない。

 

 埋没していた床から息を吹き返したシリウスは、先程までの威厳に満ちた表情はどこへやら、顔中から血を垂れ流したまま嘆いては怒ってと変化に忙しない。しかし威厳は無くとも生命力だけは有り余っているのが、その会話で明白だった。

 

 そのシリウスの抗議を、しかし当然の報いと切り捨てる。それに対して更に弁明を試みるも、途中からは何やら一人で勝手に盛り上がっては物騒なことをブツブツと呟きだす始末である。

 

 ――これが一国の皇帝、それも“紅蓮の荒獅子”と恐れられ、ヴァーミリオンにその人ありと言われた伐刀者(ブレイザー)であるなどと、初見の者が見たならば誰も信じられないだろし、信じたくないだろう。

 

 そんな父親を絶対零度の視線で睥睨し、娘は次なる制裁へのカウントを内心で行い始めていた。腕を組んだまま上腕をトントンと叩く指の速さが少しずつ増し、表情に苛立ちが浮かび始めているのがその証左だった。

 次は踵落としどころではなく本当に燻蒸消毒なりが実行されることが、彼女の周囲が魔力の熱気により陽炎となっていることで分かる。

 

 

 しかしそんな惨事への秒読みに、救いの手を差し伸べる人物がいた。

 

 

 

「パァ~パァァァ~~~~?」

「ウヒィィッ!?」

 

 

 

 ――あくまで燻蒸消毒(ソルレイア)よりはマシな、という意味での救いではあるが。

 

 何とも情けない悲鳴を上げたシリウス、背後にはその原因となった赤い小柄な影が忍び寄っていた。

 

 

「どぉ~いうことですかぁ~? 実の娘に欲情ですかぁそうなんですかぁ~?」

「マ、ママ……!」

 

 

 シリウスが戦々恐々と振り向けば、そこにいるのは――赤い『小鬼』だった。

 もちろんそれは比喩でしかない。実際にそこにいるのは一人の人間、それも『小』という表現に適するような、子供とも言える小さな体躯の女性だった。

 しかし同時に『鬼』という表現が間違っていないと思える程の迫力を、その小柄な身体から放っていた。

 

 

「もうパパったら……この前もステラちゃんと一緒にお風呂に入るーとか言って、ルナちゃんもいる浴場に突入してOSHIOKIされたのに、まだ懲りてないんですかぁ~?」

「ぃいいいや違うんじゃ! これはそんなアレじゃなくて……!」

 

 

 向き合うシリウスと目線を合わせるためか、膝を抱えるようにしてその場に座る女性。その動きに合わせて白銀の髪飾りを頂くピーチブロンドの美髪は揺れ、身に纏う赤を基調とした色合いのドレスが心地の良い擦り音を発する。

 それから女性は両手で優しく、しかししっかりとした圧力を込めて、相手の顔を挟んで固定すれば、『ずいっ』と、ぶつかってしまいそうになるくらいに互いの顔を近づけさせた。

 結果、当然ながらシリウスはその女性と顔面接触スレスレの超至近距離で向き合う形となり――その、ハイライトを失い瞳孔が開ききった薄紅色の双眸を直視しなければならなくなった。

 

 

「ム・ネ? やっぱりお胸ですかぁ?

 ソラちゃんの普段は隠されているけどその実ボリュームたぁっぷりな、娘なのにママよりママらしい母性の象徴がいいんですかぁ? ステラちゃんも何となーく、将来は有望そうだし~?

 あぁ、つまりぃ~? ママはもう『俺お前じゃ勃たねえから。魂レベルで改善してから出直しな!』ってことですかぁ?」

「言ってないッ!? そんなことワシ一言も言っとらんぞママ! というか魂レベルでの胸の改善ってどういうこと!?

 だ、大体ワシがママ一筋だって知っとるじゃろ!? なあソルレイア!」

「知るか」

「ソルレイアァァァァーーーーッ!?!?!?」

「パ~パァ~~~~?」

「ヒィィィィーーーーッ!!!」

 

 

 勝手に盛り上がっていたシリウスへの応報なのか、こちらも勝手に話を盛り上げてシリウスを追い込んでいく。ただし恐ろしさの度合いは先程の比ではなかった。

 

 それに対してシリウスはというと必死に抗弁し己の無実を訴えつつ、後ろで彼らを見下ろしている娘に援護を求めるが返されたのは非情な切捨て。

 悲痛な声が上がり、しかし直後には女性のおどろおどろしい声によってそれが悲鳴へと変わっていく。

 

 そうした何とも言えない状況を、しかしソルレイア達三人から距離を置いた場所で待機している侍従長や侍従達は静観している。

 そんな彼女達の反応は、こうしたやり取りが日常的かそれに準じるほどありふれた光景であることを物語っていた。

 揃って呆れたり、侍従長などは頭が痛いと言わんばかりの様子なのは別として。

 

 

 ――そうした事態を収拾したのは、ある意味でこの事態をもたらした要因の一人でもある人物だった。

 もっとも、うんざりとしているその表情は、そもそもこの事態そのものが不本意であることを示しているが。

 

 

「母上。それ(父上)をどうこうするのは勝手だが、こちらは呼び出されている身だ。くだらん茶番は後にしていただきたいのだが」

「あ、ごめんなさいねソラちゃん。すっかり待たせちゃって」

「た、助かった……」

「パパは後でたっっっぷりと、お話しましょうねぇ~? もちろん、二人っきりで」

「……………………ハイ」

 

 

 ソルレイアの言葉でそれまでのおどろおどろしい雰囲気から一転、女性――ヴァーミリオン皇妃“アストレア・ヴァーミリオン”は、朗らかな笑顔を浮かべて我が子へと意識を移した。

 ただし夫への制裁は一時的に中断しただけらしく、愛らしい笑顔に威圧感を滲ませながらシリウスに死刑宣告を突きつけることは忘れない。

 

 

「……母上、その呼び方は止めて頂きたいと申し上げたはずだが」

「えー、どうしてそんなに嫌がるの~? 可愛いじゃない、“ソラ”なんて。ステラちゃんが折角つけてくれたのにぃ」

「あの馬鹿娘が勝手に呼んだだけだ。私は不愉快極まりない」

「まったくもー。いつまでもそんなだと結婚できなくなっちゃうわよぉ~?」

「浅はかな雌の色香に誘われるような愚劣な雄などこちらから願い下げだ」

 

 

 そんな言葉を交わしながら、赤を基調とする母娘はテーブルの方へと歩き去っていく。

 

 

 

 

 

 ――その後ろにそれぞれが父親と夫を置き去りにしたまま。

 

 

「いやあの……そろそろ誰か、この怪我治して欲しいんじゃけど……」

 

 

 ポタポタと血を垂らしながらしょんぼりと呟かれたシリウスの声は、しかし彼の娘と妻に届くことはなかった。

 

 

 結局その後、様子を見かねた侍従長により最低限の応急処置が施されるのみであった。

 

 

 

 

 

                  †   †   †

 

 

 

 

 

「――それで、呼び出しの用件は何か?」

 

 

 とっとと済ませるに限る――そんな心境の表れか、会議の口火を切ったのはソルレイア自身だった。

 

 純白のテーブルクロスで覆われた横長の大食卓。その上座に家長であるシリウスが、その左右両側の席に妻のアストレアと娘のソルレイアがそれぞれ座り、三角形を象るように向き合う。

 食堂に集った親子三人による『家族会議』は、(ソルレイア)にしてみれば『くだらない茶番』と断ずるイザコザを経て漸く始められようとしていた。

 

 

「まあそう急がんでもいいじゃろ? ほれ、久々に顔を合わせられたんじゃけえ、先ずは三人で甘いすいーつでも」

「菓子諸共焼き払われたいわけか」

「ごめんなさいちゃんとやりますハイ」

 

 

 さっさと本題に入ろうとするソルレイアに対してそう提案するシリウスだが、魔力の熱を放ちながら向けられる娘の威圧に早くも観念した。

 青くなったその顔が脅しの信憑性を物語っている。彼女が有言実行の徒であることを父親はその身を以て知っているのだ。

 

 

「じゃあ、とりあえず今日のお任せスイーツを一個ずつお願いね~」

「畏まりました」

「……母上」

 

 

 と思いきや、焔を背負う修羅を前に平然と話を進める猛者が一人。

 思わず額に血管が浮かぶが、努めて冷静さを保つ。

 

 

「ほらほら、そんなに怖い顔しないの。せっかくお話しするんだから、甘いものの一つでもあった方がいいでしょ?」

「じゃろ、じゃろ!? やっぱりこういう時は甘いものを添えて親子団欒に」

「黙っていろ」

「調子に乗ってごめんなさい……」

 

 

 調子づく父親はとりあえず黙らせた。

 そうしている間に、母親は『プンスカ』とでも言いたげな様子でソルレイアに攻めかかる。

 

 

「どうせ『向こう』では味とか二の次三の次にしてるんでしょう? たまにはこういうのも食べないと!」

「そんな軟弱なものなど御免蒙る」

「もう、美味しいのにー。食わず嫌いはメッ!よ?」

 

 

 違う、そういう問題ではない。

 ピッと人差し指を上に立てては遥かに背丈の高い長女(自分)を見上げながら嗜める母親(アストレア)の姿に、色んな意味で頭痛を煩わずにはいられない。表には出さないが、胸中で嘆息を漏らした。

 

 ――この母親(アストレア)は苦手だ。

 鬱陶しいこと極まりない親馬鹿(シリウス)程ではないし方向性も違うが、必要がなければ進んで関わろうと思わない点においては同じだ。

 親と子である以上は生まれてこの方の付き合いである訳だが、いわゆる親近感といった類の感情を抱けた(ためし)は一度として存在しない。

 理由など、ソルレイアとて知らない。気づいた時にはそうだったのだ。そして、敢えて是正したいともするべきとも思ってはいない。

 

 周りの人間はおろか、ソルレイア当人ですらも「本当に親子なのか」と思える程にかけ離れた人格と性質。内面において彼女達は全く似ていないと言わざるを得なかった。

 あるいは、それこそが原因の一つと成り得ているのかも知れないが、真相はソルレイア自身にも分かり得ない事柄であり、また分かる必要性も感じてはいない。

 

 

「『向こう』の暮らしはどう? 何か不自由はしてない?」

 

 

 ――そんな益体もないことを頭の片隅で思い浮かべていれば、当の母親が話題を振ってくる。

 唐突な問いだったが、それで動揺するようなことはない。そんな軟弱な精神はしていないし、何よりこの類の質問は何十回とやり取りしている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「今までと然して変わりはせんよ、母上。

 必要なものは揃えているし、無ければ無いで補っている。そちらに聞かせるような類の物事などありはしない。

 そもそも、前にも同じ問いに同じ答えを言ったはずだが」

 

 

 辟易する――と顔に出している訳ではなかったが、言葉には自ずと相手の気遣いを煩わしがる心境が幾許か混ぜ入ったのを自覚する。

 しかしそんな指摘にも、対するアストレアはというと胸すら張って泰然と応えた。

 

 

「親は子供に何度でも同じ質問をするものよ?

 (皇宮)を出て暮らしている娘の事だもの。毎日しても飽き足らないくらいだわ」

 

 

 ピッと人差し指を立てながら言う母親に、苦言を呈しても無意味であることを知っているので、今度こそ溜息を零してしまう。

 

 ソルレイアは現在、生まれ育ったこのセレスタルブルクを出て生活している。

 切っ掛けは今から2年前。ソルレイアがヴァーミリオン国立魔導学院の中等部に入学し、そこに備わっている寮での生活を希望したためである。

 

 ――というのは、『理由の片方』だ。

 

 

「ましてやその娘が若い身空で軍人になっちゃったんだから、心配しない親なんているものですか」

「……フン」

 

 

 そんな母の指摘に特に反論を返すことはせず、沈黙を選んだ。

 

 

 アストレアの言葉は何ら虚偽や誇張を含むものではない、ありのままの事実だった。

 表向きはヴァーミリオン魔導学院中等部に属する学生という身分のソルレイアだが、公にはされていないだけで歴としたヴァーミリオン皇国正規軍の軍人として籍を置いている。

 訓練兵や予備軍人などといったものではない、正規の将校としての地位を得ている上級軍人としてだ。

 

 そしてそれが成されたのが今より2年も前。彼女が僅か12歳の時の事だった。

 

 それが彼女の国では普通のこと――などという訳では断じて無い。

 切羽詰った戦時中ならいざ知らず、普通であれば他の大多数の国と同様に成人を果たした後、軍学校にて訓練課程を経て適性の検査や試験を受け、そこで初めて正規軍人として迎えられる。

 伐刀者であるならば元服制度に則り15歳の時点での登用もあり得るが、それもあくまで規律上の最低許容年齢であって、訓練や修学といった理由から結局は成人後となるのが通例。ましてや元服すらしていない年齢の者は、例え異能を備えようと対象外となる。

 

 ――にも関わらず、ソルレイアが僅か12という齢で軍属となれた理由。

 それは有体に言ってしまえば、彼女が既にいち早く元服対象として認定されたからに他ならない。

 

 当時――つまりは今から2年前。

 Aランクでも高位の魔力を備え、またそれは十全に揮える才能を持つことからソルレイアは既に伐刀者として期待されていたのだが、それでも元服前の『子供』でしかなかった。

 それが大きく変わることとなったのは、ソルレイアがある事件に関わったことが切っ掛けだった。

 国交親善の一員として赴いた他国での反体制勢力による大規模なテロ――その渦中に巻き込まれた人間の一人だった当時のソルレイアは、初の実戦でありながらその強大な力で敵対する者を尽く圧倒、更にはその場にいた兵士達の指揮まで行い、見事に状況を鎮圧してのけたのだ。

 

 これだけだったならば、周りが彼女の才能を讃えるか畏れるかのいずれかで済まされていたかも知れない。

 しかしその場にて、彼女の活躍を目にしていた『とある人物』が彼女に与えた『褒賞』が、あらゆるものを捻じ曲げてしまった。

 

 ――国際魔導騎士連盟、延いてはその加盟国群にも強い影響と発言力を持つその人物は、当時のソルレイアに『元服の前倒し』を提案したのだ。

 

 

 

『もはや君にその『役』は相応しくない――そう思わないかね、血染めの戦姫殿?』

 

 

 

「……ッ」

 

 

 思わず思考の中で再生された声に、アストレア達には悟られない程度に顔を顰める。

 2年前に一度だけ顔を会わせることとなった、『とある人物』。叶うなら、二度と顔を合わせるどころか思い出したくすらない、道化じみた、あるいは面の皮の厚い詐欺師のような人物。

 その言動の奇矯さと不愉快さから、不本意かつ腹立たしいことに、その存在は印象に残ってしまっていた。

 

 

「じゃから、じゃからワシは言ったじゃん! そんなの絶対ダメだって!」

「も~。まだ言ってるんですかパパ? あの時はああするしかお互い納得しなかったんですから仕方ないじゃないですか」

「納得などしとらんわい!」

 

 

 ――そうしている内にも勝手に夫婦で話が進んでいたらしく、またシリウスがギャアギャア喚き、それをアストレアが呆れ顔で宥めるという図が目の前にあった。

 

 アストレアが言っているのは、色々と悶着こそあったものの結局はいち早い元服を認められたソルレイアが、帰国後に軍への入隊を表明した折の騒動のこと。

 当時はES(小等学校)を卒業したばかりの長女が家を出る上、若い身空で軍人になるとなって当然の如く子煩悩のシリウスが騒ぎ流石の今回ばかりはと両者はかつて無い程に対立した。

 あわや伐刀者親子による本気の決闘にもなりかけたのだが、最終的には仲裁役を買って出たアストレアの執成(とりな)しにより平和的な解決へと落ち着いた。

 

 平時こそおっとりを越してぽやっ(・・・)としている彼女だが、そこはやはり一国の妃でありまた三児の母親であるらしく、両者が(不承不承ながらも)妥協できる条件を提示して事を治めてのけた一件は、今も皇宮では偉業として語られているらしい。

 

 

「それで? 本当に問題は無い?」

「ああ。煩わしい学徒生活が無ければな」

「それは駄目。ちゃんと約束したでしょう? 軍人さんになってもいいけど、学校も通い続ける、って」

「……フン」

 

 

 アストレアの指摘に苦い表情が浮かぶが、上等な返しを思い浮かべられずそのまま口を閉ざすしかなかった。

 

 皇宮外での生活と軍属。その二つを許諾する代わりとしてソルレイアは幾つかの条件を受け入れることとなった。

 その一つが『他の子供達と同じように学生生活を過ごすこと』――結果として、ソルレイアはヴァーミリオン国立魔導学院の中等部に入学し、今は三年生として在籍している。

 

 ソルレイアとしては成人としての権利を獲た以上、さっさと軍学校にでも入りたかったのだが、両親という人間の面倒臭さを知っていることから已む無く受け入れることにしたというのは、当時の心境だった。

 そもそも第一皇女という立場もあって相応の英才教育も受けているソルレイアは、同時に彼女自身の図抜けた聡明さもあり、当時既にハイスクールの学力を身に着けていた。

 それが余計に、彼女に学生でい続けることへの意味を失わせてもいた。

 

 当時のソルレイアもその事をアストレアに提示して無意味さを説いたのだが、そんな娘に母親が返した言葉は――

 

 

「あの時も言ったでしょう? 学校は勉強するだけの場じゃないの。歳の近い子達と同じ場所で学んだり関わったりすることにも、同じくらいの意味があるのよ?」

 ――つまりは、青春を謳歌(エンジョイ)しなさいってことなの♪」

「要らん世話だ」

「……ハッ! そ、そう言えばソルレイア、お前まさか学校の男に言い寄られたりしてはいおらんじゃろうな!? いるならすぐに言うんじゃぞ! そんな不届き(モン)はワシがこの手で一人残らず――」

「何度も言わせるな。黙っていろ父上」

「申し訳ありませんでした……」

 

 

 我が意を得たりとでも言わんばかりの母親(アストレア)に頭を痛め、隣で喚く馬鹿(シリウス)は黙らせつつ、言葉を続ける。

 

 

「……問題は無い。煩わしくはあるが、この程度もこなせないで己の我を通せるなどと思ってはいないからな。こちらから辞めるつもりも姑息な策を弄する気も無い。

 望み通り、高等部を修了するまで務める――それでいいのだろう?」

「……そう。なら、良かったわ」

 

 

 そう言いつつも、少女の如く愛らしい顔に寂しげな笑みを浮かべるアストレアは、しかしすぐにそれを普段通りの明るい笑顔で覆い隠した。

 その様子をはっきりと目にしていたソルレイアだが、それをどうこう問い質すつもりはなかった。

 

 

「後は、もう少しちょくちょく顔を見せに来てくれたら嬉しいんだけどな~?」

「私は暇ではない」

「何を言うとるソルレイア! 家族同士が集まるより大事なことなんぞありはしな――」

「黙れ焼き払うぞ」

「ハイ…………」

 

 

 懲りずに口を挟んでくるシリウスを塵でも見るような目で()めつけ、言葉の内容に反して絶対零度の一言を叩きつける。

 

 そんな(ソルレイア)に落ち込み項垂れること四度目となる父親(シリウス)を、(アストレア)が「パパ、あんまりしつこいと本当に嫌われちゃいますよ~?」とトドメを指しつつ、その頭をよしよしと撫でて慰めていた。

 侍従達も遠巻きにその様子を、表情にこそ出さないものの微笑ましいものを見る目で見守っている。

 

 

 そんな、和やかで平穏な日常の光景。『陽だまり』とでも形容すべきその日常模様が、心なしか今までより目映く感じられ。

 

 

 ――やはり、此処(陽だまり)は好かないな。

 

 

 と、胸中で独り呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、話というのは馬鹿娘(ステラ)のことか?」

 

 

 一通りの話を終えた後、そう切り出した。

 

 口にした内容は、呼び出しを受けた時点で想定していたもの。そしてそれが正鵠を射ていたことは、それまでの情けない顔を引き締めるシリウスの変容が物語っていた。

 アストレアもその辺りの空気は読んでいるらしく、静かに居住まいを正す。

 

 弛緩した空気を入れ替えるためか「ゴホン」と重く一つ咳払いをした後、シリウスが頷いた。

 

 

「うむ……お前がステラを鍛え始めてから、もう一ヶ月なわけじゃが……」

 

 

 それまでとは様相を変え真面目な面持ちで語ろうとするシリウスだが、続くであろう言葉を途中で言い淀ませてしまう。

 

 すると彼をフォローするかのように、アストレアが話題を挟む。

 

 

「あの時は本当に驚いたわね~。ステラちゃんったら、突然あんなこと言い出すんだもの」

 

 

 そんなアストレアの注釈に、ソルレイアの脳裡が当時のことを無意識的に想起する。

 

 

 ――一ヶ月より前の、とある日。

 その日もとある用件から呼び出しを受けて皇宮に足を運んでいだソルレイアは、用を済ませてさっさと戻ろう(・・・)としたところを不快な呼び名で自分を呼ぶ声に足を止められた。

 自分をそう呼ぶ怖いもの知らずな馬鹿者など、この国には知る限りで一人しかいない。

 苛立ちを隠さず振り向きざまに睨みつければ、視線の先の相手は案の上の人物。自身の半分程の背丈しかないそいつは、小さく悲鳴を上げて竦み上がった。

 

 しかし目尻に涙を浮かべながらも次の瞬間にはキッと睨み返し、その相手――歳の離れた幼い妹は、あらん限りの声量で吼えた――――

 

 

「『あたしを鍛えて』なんて言い出すから、ビックリしちゃったわ。パパやダン達なんて大慌てだったし」

「当たり前じゃ! ステラはまだ5歳なんじゃぞ!? 大怪我などしたらどうするんじゃい!!」

 

 

 親夫婦の会話を沈黙で聞き流しつつ、脳裏では回想が続く。

 

 

 『自分を鍛えてほしい』――そうソルレイアに直談判するステラ、そしてその怖いもの知らずの暴挙を慌てて止めようとする大人達。今は目の前でのほほんと語る(アストレア)もまた、あの時は目を丸くしていていたことを記憶している。

 例外だったのは、後方で事態を静かに見守っていた双子の妹だけだったか。

 

 そんな騒然となった場でただ一人、確固たる意志を真紅の双眸に宿すその娘に、ソルレイアは――――

 

 

「でも、ソルレイアちゃんがステラちゃんのお願いを聞いてあげたことには正直、もっとビックリしちゃった。フフ、あの時のステラちゃんの喜びようったら!」

「そこら辺の奴らよりは鍛え甲斐がありそうだった、だから請け負ってやったまでのことだ」

「もう、素直じゃない(ツンデレな)んだから~♪」

 

 

 「こういうところはステラちゃんと似てるのよねぇ♪」と、それは楽しそうに笑う母親を睨めつけるが、親としての貫禄かそれとも彼女個人が太い胆を持っているのか、意に介した様子はない。

 

 と、二人の会話にシリウスが入り込む。

 

 

「楽しそうに言うがなぁママ、ワシは心配で仕方なかったんじゃぞ!?

 お前もお前じゃソルレイア。まだ5歳の子供をあんな風に――」

「私が手ずから鍛えてやるのだ、その程度もできなくては話しにならんだろう。私とて暇ではない。

 それとも、私が時間を持て余しているとでも思っているのではあるまいな? 父上」

 

 

 批難気味に言ってくるシリウスにそう返せば、「ぬぅ……」と言葉を詰まらせる。ソルレイアの語った言葉が正しいことは、その反応が示していた。

 

 

 ――『子供の遊びに付き合ってやる暇はない』

 

 冷然とそう告げて踵を返せば、「遊びなんかじゃない」と言いながら追い縋って来る。

 そのまま、城門まで喚きながらついて来る妹がいい加減に煩わしく、そこで何となく想定した(・・・・・・・・)訓練内容(・・・・)を突きつけた。

 

 ――『次に私が来るまでこれをこなし続けられたのなら、手ずから鍛えてやる』

 

 その言葉だけを妹に言い渡して、しかし返答は聞くことなくソルレイアはその場を後にした。

 

 言い渡した内容は、常識から照らし合わせれば間違っても5歳の子供になどやらせるべきではない、それこそ成人でも達成に相応の時間と労力を要する代物。

 話を聞いた大人達が揃って顔を青くしたのだから、如何程のものかは語るに及ばないだろう。

 

 別段に「これなら諦めるだろう」などといった小賢しい(はかりごと)を巡らせた訳ではない。

 理由はソルレイア自身が語った通り。己に時間を割かせるのなら生半可な覚悟など言語道断、故にこそその覚悟があるかどうかを見極める必要があり、その気概を試す必要があった。

 早い話が、出来るならよし、出来ないのであればそれまで――それだけのことだった。

 

 そして再び足を運ぶこととなった一週間後、ソルレイアが目にしたのは――――

 

 

「――でも、ステラちゃんもちゃんとやり遂げたのよねぇ。

 毎日ゲーゲー吐いて全身筋肉痛になって、何度もやめるよう周りに言われて。それでも『ソラ姉のようになるんだ』って言って聞かなくて」

「…………」

 

 

 ――あたし、ちゃんと、できた、よ?

 ――あたしも、なれる、よね……? ソラ姉、みたいな、すご、い、伐刀者(ブレイザー)に。

 

 血豆だらけの両手足と発声すらやっとな筋肉痛を抱えながら、ステラはそうソルレイアに訊ねた。

 

 ソルレイアが定期的に皇宮へ足を運ぶようになったのは、その日からのことだ。

 

 

「それで、その馬鹿娘がどうかしたのか」

 

 

 ――気づけば自分までもが本題から逸れかけていたことに気づき、思わず額に皺が寄る。

 それを悟らせないようにしつつ、強引にでも話を進ませるべくそう切り出した。

 

 

「う、うむ……訓練の様子などは逐一報告を受けているんじゃが……その、やはり本人(お前)の方からちゃんと聞きたくてな?

 で、どうなんじゃ? ステラは」

 

 

 シリウスのその問いに対し、「フン」と息を吐いた後に答える。

 

 

「気概は見所がある、素養も悪くはない。まあ見込みはあるといったところだ」

「あ、あそこまでやらせていながらそれだけなのか?」

 

 

 この話題(ステラの鍛錬)に関しては親馬鹿の気を含めても正常と言うべき反応を示すシリウスに、しかしつまらなさ気に今一度鼻を鳴らして切り返しの言葉を口にする。

 

 

「そもそもあんなもの(今の鍛錬)は下地作りでしかない。あの程度もこなせないのなら、それこそ話にならん」

「訓練が終わった後はまともに動けなくなるのに!?」

 

 

 訓練が終わった後には疲労困憊で禄に歩くこともできなくなる末娘を思い浮かべながら、シリウスが驚愕の悲鳴を上げた。

 が、娘の方はというとそんな父親に対しても泰然としており、それどころかカウンターを叩き込んだ。

 

 

どこぞの某か(親馬鹿な皇帝)がわざわざ水使いの宮廷医を差し向けているようだからな。それくらいが丁度よかろう?」

「ギクゥッ!?」

 

 

 暗に「分かっているんだぞ」という意図を込めた言葉と目を向ければ、あるのは心の臓を鷲掴みにでもされたかのような間抜け面。

 そしてその間抜け面の父親(シリウス)が、毎日訓練の後には娘をわざわざ宮廷医の伐刀者に治療させていることなどとっくに知っている。

 それをどうこう言わなかったのは実際に有用ではあると判断したからだが、そんなことをわざわざ口に出す理由など微塵も存在しない。調子に乗ることが目に見えている。

 

 そこで話を一旦切ると、幾許かの間を挟んで後にシリウスから新しい話題を向けられる。

 

 

「……『共鳴』の方はどうじゃ」

 

 

 そう尋ねるシリウス、そしてそれを見守るアストレアの様子からは、それまでと一転して不安が色濃く見て取れた。

 

 

 『共鳴』というその言葉が指し示すのは、物理的現象や人間心理といった既知の意味合いではない。魔力という超常の資質を生まれ持ちそれに由来する異能を振るう、普遍の理から外れた因果(可能性)を宿す者達――伐刀者のみに当て嵌まる言葉だ。

 

 伐刀者を伐刀者足らしめる所以は大まかにしてもいくつかで挙げられる。そしてそれら総ての元を辿って行き着くのは、その身に背負う運命に規模が比例するとされる伐刀者の根源にして起源たる要素――『魔力』に他ならない。

 

 魔力は、基本的には同じように魔力を備える存在にしか感知できないという性質を持つ。

 生来から高い危機察知能力と本能を持つ動物、非伐刀者でも先天的な高い感受性(タレント)や後天的に研ぎ澄まされた感覚(センス)を身に着けた者達はその限りでもないが、それが実践された割合自体も少ない。

 

 対して伐刀者同士は、特殊な要因が加わらなければその魔力によって互いを敏感に感知できる。

 個々の魔力量と才能・技量によって精度・規模の変動や例外的事象は起こり得るものの、伐刀者ならば誰もが備える基本能力(スタンダード)以前の、もはや『当たり前に付随する現象』。

 

 そして、この『伐刀者は伐刀者を感知する』という現象から派生したものが共鳴であるとされている。

 

 わざわざ分類されて名づけられた共鳴という現象が、単に伐刀者が伐刀者を感じ取ることと差異があるのは言うまでもない。

 その最大の差異とは、魔力に目覚めた伐刀者と未覚醒の伐刀者(・・・・・・・)が――もしくは、未覚醒伐刀者(・・・・・・)同士(・・)が互いの『眠っている魔力(・・・・・・・)を感じ取る』ことに他ならない。

 

 ――これだけ言えば伐刀者という存在の身辺が危ぶまれる可能性も思い浮かぶかも知れないが、しかし実際はそれ程でもない。

 

 眠れる同族(伐刀者)を見分ける共鳴現象――しかしその『発生率』と『対象』を鑑みれば、そこまで大それたものではないということが分かる。

 何しろ、現象自体が伐刀者の発現割合よりも遥かに低い確率を示す非常にレアなケースであり、対象も数少ない事例の大半が近親者。身内を売り飛ばすといった陰惨な家庭事情でもなければ問題になる事はほとんど無いと言って良い。

 それでも、伐刀者を戦力とする犯罪組織“解放軍(リベリオン)”による拉致誘拐や一部の反伐刀者団体の過激な活動を懸念して、声高に言いふらすような人間はいないが。

 

 強いて言うなら、世界を二分している“国際魔導騎士連盟(リーグ)”と“大国同盟(ユニオン)”のお偉方からも「個人情報の尊重と伐刀者を狙う犯罪組織・反伐刀者団体に対する保安として、一等親族間以外にはなるべく報じないように」と言い渡されている程度。

 それでも一応はと、「もし現象があった場合は各国の支部に連絡するように」と義務付けられてはいるのだが。

 

 

 ――少しの沈黙を挟んで後、想定済みのその質問に対して想定済みの答えを返す。

 

 

「前と同じだ、『近い』としか言えん。

 そもそも馬鹿娘以外に例がないのだ、基準など立てようもない」

「ソルレイアちゃんだけだものねぇ、ステラちゃんの力を感じ取れるのって」

 

 

 共鳴という現象を通して把握できるのは、先ず相手に魔力があるかどうか。それ以外では、感じ取る側の尺度によるおおまかかつ感覚的ものではあるが、いつ魔力に目覚めるか、そしてその規模がどれ程のものか、といったものに限られる。

 

 ソルレイアとステラの共鳴も、その例に漏れるものではなかった。分かったのはソルレイアが口にした通り、ステラ・ヴァーミリオンの伐刀者としての目覚めはそう遠くないということ。

 ――そして、Aランクであるソルレイアをして『強大』と感じさせる、少なくともその魔力量は姉と同じか、あるいはそれ以上である、ということだけが分かっている。

 

 そして、その数少ない事実こそシリウスとアストレアに不安と危惧を抱かせる要因でもある。

 

 物事は度が過ぎれば毒となる。ともすればAランクでも最上級の魔力量を誇るソルレイアをも上回っているかも知れない魔力、それを僅か5歳の娘が宿している。

 親としてはもはや才能云々以前に子供の安否の方が心配でならないのだろう。技量に合わない魔力に振り回されて自滅した伐刀者の例など、古来より現代に至るまで枚挙に暇がないのだから。

 

 ――もっとも。

 齢3歳で膨大な魔力に目覚めそれを制御してのけた怪物が、その姉であるのだが。

 

 

 ――閑話休題。

 

 不安を示す二人に対して、ソルレイアの返す言葉は変わらず淡白なもの。しかしそんな素っ気無いソルレイアの反応が図らずもシリウスとアストレアの不安を和らげたらしく、二人は「ホッ」と小さな安堵の息を漏らしていた。

 

 愛娘を純粋に案ずるものであろうそんな二人の様相を淡々と見据えながら、言葉を続ける。

 

 

「いずれにしても、馬鹿娘の件(ステラの鍛錬)で問題はない。故に変えるべき点も存在しない――少なくとも、それが私の判断だ。

 それが気に食わんと言うなら馬鹿娘を説得して止めさせるなりされればよかろう。本人が嫌がるものを無理強いするほど私は暇ではない」

 

 

 告げたその言葉は、ソルレイアの胸中では最初から決まり切っていた返答でもあった。

 

 アストレアはまだしもシリウスは随分と鍛錬の険しさに気を揉んでいるようだが、そもそもソルレイアに言わせれば余計な世話でしかないというのが言い分だ。

 ステラに施している鍛錬は、確かに『5歳の子供』に対しては埒外の代物だろう。ソルレイアとてそれくらいの常識も良識も知っている。

 

 それでもそんな鍛錬をやらせているのは、それが『5歳の子供』には不適切でも『ステラ・ヴァーミリオン』には必要なものと看做しているからに他ならない。

 

 

「いやしかしじゃのう……」

「言っておくが父上、アレ(ステラ)に生半可な鍛錬が意味を成すなどと思わないことだ。

 私はアレに必要なことを必要なだけやらせている――それだけでしかない。

 そんなことは分かっているはずだが?」

 

 

 そう断言すれば、いよいよシリウスに返す言葉はなくなったらしく、苦心を宿した表情で口を閉ざした。

 

 

 そもそもにして、ソルレイアがステラに施している鍛錬の基準も、そしてステラ自身が求めている目標の値もまた、シリウスの求める限度とは埋め難い隔たりがある。

 姉が前提とし、そして図らずも妹が求めているのは、遥かな高みの領域――Aランクでも最上位という大魔力を己が物として十全自在に統べなければならない『強者』としての在り方。

 

 忌憚なく言ってしまえば、同じ伐刀者であっても凡庸な(Cランクの)領域までしか及べなかったシリウスとは、見据えた前提も辿るべき道程も大きく相違しているのだ。

 

 何も『魔力こそが絶対』などといった短絡的思想に傾倒している訳ではない。しかし同時に、生まれ持ってしまった魔力量がその伐刀者の行く末をある程度左右する以上は、畢竟その道程もまた変動せざるを得ない。

 なればこそ、ステラ・ヴァーミリオンという存在に施す鍛錬の過酷さは必定のものでもある――少なくともソルレイア・ヴァーミリオンは、そう断ずる。

 

 

 それを、少なくとも理屈としては理解しているであろうが故に表情を歪めているシリウスが示すのは、けれど苦渋を含んだ沈黙。

 

 一国の長たる立場が許容し、伐刀者の経験が肯定し、そして父親としての想いがそれを否定している――ソルレイアもそんな胸中を推察する程度には、シリウス・ヴァーミリオンという父親を把握してはいた。

 

 

 潮時か――心地好さとは程遠い沈黙の中でそう思い、この場を幕引くための言葉を口にする。

 

 

「……話が馬鹿娘のことだけなら、これで失礼させていただく。

 何度も言うが、私は暇ではない」

「お、おい、ソルレイア――――」

 

 

 そう言って席を発とうとするソルレイアを慌てて引きとめようとしたシリウスはしかし、烈火を宿しているかのような真紅の双眸に正面から見据えられる。

 

 ――用があるならさっさと言え。無いのなら手間取らせるな。

 

 そんな言外の言葉を向けられれば、『用』と言える程の話題を持たないからか、それとも気圧されたのか、発しようとした制止の言葉を飲み込み、口を噤んだ。

 

 その様子に、これ以上交わす言葉もないと判断したソルレイアは席から腰を上げ――

 

 

「ねえ、ソルレイアちゃん」

 

 

 ――ようとして、自身と向かい合って座るアストレアの制止に再び思い止まらねばならなかった。

 

 苛立ちを込めた視線を向ければ、しかしそこにいるアストレアは動じることなく微笑みながら受け止めるだけ。

 そんな母親には有言無言のいずれだろうと無意味だと考え、ならばとっとと済ませようと自分を呼び止めた理由を問いただそうとして、

 

 

「ソルレイアちゃんは今、充ち足りてる?」

「…………」

 

 

 向けられたその言葉に、沈黙で返すしかなかった。

 唐突なその問いの意味を掴み損ねたから。

 

 

「……質問の意図を理解しかねるが」

「う~ん、そのままの意味だったんだけどなあ。要は、楽しく過ごせているかってこと」

 

 

 問い返されて、アストレアの顔に浮かぶ苦笑。そんな母親を怪訝な顔で見返すが、すぐにそれを元の不機嫌なものに戻した。

 

 

「楽しいも何も無い。私は私がすべきと思ったことをしているだけだ。楽しい詰まらんで務まるものか」

「……そっか」

 

 

 にべもなくそう答えればアストレアの顔に浮かぶ、どこか寂しげな微笑。

 それを見咎めて眉間に皺を寄せるソルレイアだが、何かを言うことはなく今度こそ席から立ち上がる。

 これ以上この場にいる意味など己には存在しないと、そう断じて。

 

 

「話がそれだけならこれで終わりだ」

「ソルレイアちゃん」

 

 

 そのまま身を翻し扉の方へと歩を進めようとしたソルレイアは、再度自身の名を呼んだアストレアの声にその場で振り向く。

 三度行動を妨げられたその表情は、しかし存外に落ち着き払ったもの。紅の双眸はただ静かにアストレアを見据えていた。

 先程とは違いそこに苛立ちの色が伺えないのは、アストレアの殊更に穏やかな声色に何かを感じたからか。

 

 

「身体には気をつけてね? それと――いつでも帰ってらっしゃい。ここはあなたの家なんだから」

「――――」

 

 

 慈母の微笑み、そんな表現がそのまま当て嵌まるような母性に満ちた微笑で語りかけるアストレアを数秒ほど沈黙と共に見据えたソルレイアは、

 

 

「……失礼する」

 

 

 ただそれだけを告げると、そのまま歩き去っていく。

 父母や侍従達の視線が己に向けられていることは手に取るように把握できたが、それらを歯牙に掛けることはなく、足取りは淀ませることもないまま扉の方へと一直線に。

 そうして扉の左右に控えていた侍従によって開けられた扉を潜り、廊下へと出る。

 

 変わらず背中に覚え慣れた視線を感じつつ、来た時と何ら変わりのない広々とした廊下の景色が視界に入った。

 それを何となく見眺めてから、背後の扉が閉まるよりも前にその場から歩き去る。

 

 

 ――やはり好かんな、此処は。

 

 

 そんな独白だけが、彼女の胸中で呟かれる。

 当然、形にされなかったその言葉を耳にした者は、誰一人いなかった。

 




 遅れた言い訳やら謝罪やらは解説の後に……え、いらない? OTL


■皇宮の名前
▼原作では特に明記されていないので捏造。由来は本編でも書いた通り、名前だけ出ているオリキャラのセレスティアに因んだ、ということになっています。
 意味は

 Celestial(天体の)【英語】 + Burg(城)【独語】 = 星天の城。

 ……この語学力と中二力の無さよ(遠い目
 ちなみにBurgは城は城でも城塞とのことですが、細かいことは気になさらず。
 あ、骸骨のお城は関係ないですので。……今のところは(ボソッ
▼あと冒頭のうんちくは厨二っぽさ出したかっただけです、はい……。


■馬鹿親
▼親馬鹿で馬鹿親なシリウスさん。原作最新刊に登場したばかりのキャラで描写もアレなものしかないので、ソルレイアとの絡みもあってこんな感じに……;
▼原作準拠でランクはC、“紅蓮の荒獅子”とか言われて、原作ではステラが魔力に目覚めるまで皇国最強だったらしい。安定のキャラギャップで次巻では荒獅子の雄姿を見れることを願います。
▼原作では登場シーンの少なさからかステラを殊更に溺愛しているように見えましたが、ここでは未登場の次女含め三姉妹全員溺愛しています。何度どやされても復活する程度には(白目)
 そして妻には勝てない、基本的に。


■幼妻賢母(爆)
▼ロリママ。新刊表紙見た時に確信したね、こいつは人妻だって。俺は詳しいんd(ry
 ぽやっとしたお母様。でもヤンデレで夫にゾッコンのご様子。おのれシリウス!!!!
▼こちらもシリウス程ではないにしろ描写が少ないのでオリジナル要素で肉付けしてます。特に今回の話では娘のソルレイアへの母親としての苦悩を描きたいのでギャグ要素は少なめに……うん?
▼まだ弱めとはいえ少佐リスペクトのソルレイアに正面から向き合える胆力の持ち主。ソルレイアも諸事情込みでだが苦手としている。


■ソルレイアの……
 大きいです。少なくとも末の妹よりも大きくなります。
 だって双子の片方が絶壁なんだもn(ズブシャッ


■ソルレイアの軍属・元服問題
▼今回の描写は前日譚でのソルレイアの設定『統真達と同世代』・『軍人の少女』という要項を説明が主になってしまいましたね。作者的には必要かなと思って書きましたが、もう少しスマートにならんものなのか己は;
▼元服の早倒しは原作にない独自設定ですが、まあ普通にいそうですね。こういう世界観には大抵。なのでソルレイアは才能も功績もあって、それで文中にもあった『とある人物』の後押しでそれが認められた、という流れです。
▼そして元服ができたので成人としての権利も獲得。なのでさっさと軍に入りました。一兵卒ではなく歴とした士官です。
 ぶっちゃけ戦時でもないのに未成年がありえねえだろとなるでしょうが、そこはファンタジー世界ならではの浪漫ということでご容赦を。


■『とある人物』
▼某ニートではない……ような似たようなもののような……とりあえずウザい。今後も方々で出てきそうな……


■共鳴
 何気に掘り下げられた設定。簡単要約すれば『伐刀者同士限定のレーダー』(?)。発生例はそこまで多くなく極めて感覚的なものである為、


■騎士連盟のルビ:リーグ
 原作には存在しないが、対立勢力である反乱軍がリベリオンで大国同盟はユニオンとちゃんとあるのにこっちだけ無いのも物足りなかったので勝手に命名。
 名称の由来は『連盟・同盟』の英語であるleagueから。


■親子関係
 今回の話で一番表現したかったけど出来ている気がしない要素。
 要はソルレイアは両親が嫌いという訳ではないけど価値観の差から敬遠気味、両親はそんな娘を大事に思っているけど接し方を見出せず空振り気味という、親子のすれ違いを言いたかったのですOTL


■今回の話って要は?
①ソルレイアの軍人設定の大まかな経緯解説
②ソルレイア・ステラ姉妹の馴れ初め語り
③親子三人のすれ違い模様の描写
 これだけ。これだけのために計5ヶ月をかけた己のアレ具合に死にたくなる(遠い目




 さて、先ずはお読み頂きありがとうございました。
 そして以前からお読みいただいている皆様、大変お待たせしました。5ヶ月もの遅延にプレ版という姑息な手まで使ってなおこのザマ、深くお詫び申し上げます。

 遅れた理由を申し上げますとありきたりなもので、リアルの都合です。ジリ貧金無し時間無しの一歩か二歩手前の身の上なもので、今回は、あるいは今回も合間合間の時間で書かせていただいた結果でございます。
 しかもその結果として文章も滅茶苦茶気味なのだからもう……内容も充実とは言い難く……OTL

 それでも何とかギリギリ水準の完成に持ち込めたのが今回の更新となりました。
 ぶっちゃけ今後もどうなることか不安でたまりません。「その分原作が進むからいいよね!」なんて口が裂けても言えない……!

 と、どうでもいい作者の弁明改め言い訳語りとなりましたが、改めてもう一度の謝罪を。
 この作品は自分の作品でも最も高い評価を頂いており、ほぼ99%嗜好に走っている内容なのでちゃんと完結させたいとは思っております。
 果たしてそれがいつになるかは皆目見当もつきませんが、皆様もお忙しい人生の片手間に見守って楽しんで頂ければ幸いと思っております。

 それではまた次回にお会いしましょう……可及的早めに……出来るなら……可能な限り……おそらくは……メイビィ…………OTL

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。