運命の人 ―アカギ逸聞録―   作:天照院

3 / 9
青年期
囚われの心


 

 

 

 時は流れる。大学生になった薫は地元を離れ、大学から近い場所にあるアパートを借りて、春から一人暮らしを始めていた。

 父親や妹との暮らしが当たり前だった事もあり、一人で離れて暮らすのは正直少し寂しい。

 けれど、寂しいばかり言ってはいられない。折角大学まで入れてくれて、しかも一人暮らしをさせてもらっているのだ。ちゃんと勉強をして、ちゃんと卒業出来るように頑張らなくては。

 

「怠けてちゃ駄目よね!」

 

 自分にそう言い聞かせながら、棚に飾っている写真の父や妹、笑顔の母の写真を見つめた。

 

「ねえ、バイト探してるって言ってたよね?」

 

 大学で友人らと昼食の最中、その中の一人が切り出した。

 

「あ、うん」

 

 実は薫はバイトをしようかと考えていたのだ。全部父に出してもらっているのが何だか気が引けて、せめて自分の身の回りの物や食費を稼げれば、 少しでも父の負担を減らせる事が出来る。そう思って、この前友人達に相談していたのだった。

 

「駅前の近くにさ、レトロな喫茶店の店あるでしょ? その喫茶店のオーナーがウチのお祖父ちゃんの友達でさ、今バイトしてくれる人探してるって言ってたのよ」

「さっちゃんありがとう!!」

「困った時はお互い様だからね~」

「さっちゃん大好きー!」

 

 大学に入ってから仲良くなった友人の"さっちゃん"こと、佐知(さち)からの朗報により、空いた講義の時間を使って、薫は佐知と一緒に喫茶店に行く事にした。

 

「此処だよ。カメリア」

 

 大学から近い駅前の喫茶店、カメリアに到着し、佐知に案内されながら中へと入る。

 広い店ではないが、ゆったりと奥行き感のあるダークブラウンの空間に、白や黒をアクセントに入れたモダンで静かな店だった。

 

「マスター、この娘がバイト希望の佐鳥薫さん」

「初めまして。この喫茶店のオーナーでマスターもやってる近藤です」

 

 カウンター席に座っていた紳士の様な出で立ちのご老人が、此方に向かって姿勢正しく挨拶をした。そんな姿に圧倒され、薫は緊張の面持ちで頭を下げた。

 

「佐鳥薫です、初めまして!」

「そんなに固くならなくて良いさ」

 

 近藤は優しくにっこりと微笑み、薫の緊張を解そうとしてくれた。

 

カメリア(ここ)はゆったりとした安らぎのある店なんだ。キミも是非、リラックスしてくれると有り難いな」

 

 そんな近藤の言葉に、薫の緊張は不思議と解かれていく。

 

「さて──」

 

 そして本題のバイトの件である。

 近藤から時間帯や仕事内容等を教えてもらい、次に薫のバイトが出来る時間帯や、シフトの話をし合った。

 

「佐鳥さん、良ければ貴女に是非働いてもらいたいんだが、かまわないかね?」

 

 まさかの即採用に、薫は唖然とした。

 隣にいた佐知は『マスターさすがお目が高い』と一声上げ、薫と一緒に喜びを分かち合った。

 

「はい! わたし、一生懸命働きます! よろしくお願いします!」

「一生懸命な事は良いことだよ。只し、大学での勉強も頑張りなさい。 無理をせずにね」

 

 近藤はそう薫にエールを送るように、優しそうな笑顔で珈琲を入れてくれたのだった。

 

「さっちゃん、本当にありがとう! おかげであんなに素敵なお店でバイトが出来るよ」

 

 無事に働き場所となったカトレアを出た二人は、午後からの講義に向かう為、再び大学へと戻る道中を歩いていた。

 

「いいからいいから。マスター超良い人だし、ちょうど募集しててラッキーだったね。あ、バイト始めたらさ、皆で行くよカトレアに」

「うんうん!」

 

 友人との他愛ない会話を楽しみつつ、人通りの多い通りに出た時だった。

 前方から人に紛れて歩いてくる人物が、不意に薫の目に入った。

 

 ──え?

 

 まるで、雷にでも打たれてしまったような衝撃だった。薫はその場に立ち止まり、その根源を凝視した。

 

 白髪……。

 

 遠目からでもわかる白い髪の男。もしや、まさか。薫の脳裏に過るは白髪の少年、赤木しげるだった。

 徐々に距離が近付くにつれ、もしかしたらと、薫の心臓は動悸を増した。

 後数歩という時、話の途中で黙ったまま立ち止まる薫に、前にいた佐知が気付いた。

 

「どうしたの?」

 

 白髪の男とすれ違うとほぼ同時であった。薫は急いで振り向くと、息を飲んで白髪の男を呼び止めた。

 

「あ、あの、すみません!」

 

 思い立ったらどうしようもなく、本人であるかを知りたかった。呼び止められた男は立ち止まり、薫へと振り向いた。

 

「──何?」

「もしかして、あなたは、赤木しげる……さんではないですか?」

 

 震えそうになる唇を堪える。自分より背の高い男を見つめれば、佐知が慌てて薫に近寄り『ちょっと薫!』と、その腕を引っ張りながら焦っていた。

 

「人違いだ」

「え……」

 

 男は一言だけ答えると、何も無かったかのように踵を返して去って行った。

 

 人、違い……?

 

 薫は人混みにまぎれて消えていった方向をじっと見つめ、力が抜けそうになるのを佐知に支えられながら首を項垂れる。

 

「どうしたのよ急に。何なの?」

「……中学の時の、知り合いに似てたから。でも人違いだったみたい」

 

  赤木しげるの独特の雰囲気、あの男はそれを持っていた。特徴である白髪に、鋭い面持ち。

 

 あの人だと、思ったのに……。

 

 他人の空似であったのか。佐知と共に大学に戻ってからも、暫くは身に入らずに上の空であった。

 

 ──しげる君、またあなたに会いたい。

 

 あの日に去ってしまった赤木の姿が忘れられない。

 薫の心はあの頃のまま、今も赤木への想いに縛られていたのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。