大森寧々は緊張していた。
「こ、これはお礼なんだから…特にそういう恋とかそういう奴じゃないから…」
その場には自分しかいない。
誰に話すまでも無く、1人言い訳を繰り返していた。
これは男鹿の姉が伝説の烈怒帝瑠初代総長美咲本人だと知った話がきっかけだ。
そして古市はよかったら自分が仲介役を務めて紹介すると言ってきた。
古市貴之。
男鹿の幼少期からついていっている智将と名高い男。
地毛の銀髪と男鹿の友人を何十年も過ごしているというある意味で凄い彼には幾つもの借りがある。
美和に始まり、プールでのこと。
千秋を助けて貰ったり、ゲームした時は家事やら雑用やら全部任せてしまった。
そして初代への紹介。
彼にはいつか何らかの形で恩を返そうと思っていた。
そんな時にクリスマスの話である。
聖石矢魔では3年は大体推薦で終わる。
そんな者たちの卒業前のお遊びといえる。
それに石矢魔も間借りとはいえ参加できるというのだ。
そして教室で古市はこんなことを言っていた。
「俺も出たいっすけどねー。相手がいませんから。それに喧嘩は勝てないっすけど、これならみんなと遊べますし…」
少し寂しそうに残念そうに彼は笑いながらそう言った。
そしてこれは恩を返すチャンスなのでは?と思った。
出たいと言っていた彼がイベントに出れる。
少しは恩を返せるのでは?
そう考えた。
少しは打算的な事も考え…
「いや!全然そういうのじゃないから!!」
何度目か分からない言い訳をする。
「何やってるんですか?」
「ひゃうっ!」
急に声をかけられ、情けない声を上げる。
「あ、貴方は…六騎聖の…!!」
「は、はい。元六騎聖の樫野諫冬です」
聖石矢魔の学生服に身を包んだ樫野諫冬がそこにいた。
「こっち石矢魔の教室だけど。何しに来たの?」
「貴之さんに話があって…」
「貴之さんって……」
「ああ、古市貴之さんです。クリスマスにイベントがあるので一緒に出れないか誘いに来たんです」
笑顔で話してくる。
そして少し頭の中に
私なんかより大人しそうで可愛い子が誘いに来ている。
私に勝ち目なんか……
「勝ち目とかそんなんじゃないから!!」
「えぇ!?」
「いや、ごめんなさい。少し混乱してて…」
「いえ、大丈夫です」
そんなんじゃない。
けど、こんなに反応を示してしまう。
男鹿じゃないけど、理解させられる。
これは、この感情は……
そしてそれなら負けたくないという気持ちも。
この子は今誘いに来た、といった。
それなら私が誘える可能性もある。
「樫野…さんって言ったわね」
「はい?」
「私は負けないから。私も古市を誘うつもりだから」
「………」
「あと少しで教室に来ると思うから。その時に決めましょう。どっちと出るか…」
「……決めるのは貴之さんです。でも、ただ奪われるつもりはありません」
ここに女の戦いの火蓋が切って落とされた。
「おはようございまーす」
古市の声。
「古市!クリスマスイベントに出ない?!」
「貴之さん!クリスマスイベント出ませんか?!」
呼び掛けはほぼ同時。
これなら後は彼がどちらを選ぶか。
理由を聞かれたら話すだけだ。
しかし、彼はどちらも選ばなかった。
「あ、すいません。俺、エントリー済ませちゃいまして……オータム、いや谷村さんと出るんですよ」
「「え?」」
「いやぁ〜前に家に遊びに行った時に弟さんたちにお願いされちゃいまして……本物のサンタクロースに会えるの楽しみにしてるみたいで…すみません」
「「ゑ?」」