ヤンデレヒッキー   作:kinkinkin

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これがうちのヒッキーの捻ねデレです


ヤンデレヒッキー その2

ーーー

 

「いつまでそうしているの?」

 

頭の上の彼女の口からそんな声がかけられた。

 

「…まだこうしていたい。」

 

「本当にどこまで幼児退行するのかしらこの子は」

 

「…うるさい。」

 

額をグリグリと彼女の左胸に押し付ける。

 

「こら、ちょっとっ。痛いからやめなさいってばっ。もうっ」

 

焦るような彼女の声の後に、ふふっという微笑ましいものを見るかのような声が聞こえた。それと同時に雪乃の手が体の後ろに回され抱きしめられ、もう片方の手で俺の頭を撫でてきた。

 

「…っ」

 

思わず情けない甘えた声を出しそうになって必死になって飲み込んだ。

 

今この瞬間、雪乃の意識と両手は自分のためだけに使われているんだ。他の誰でもない自分に向けて彼女が愛情を注いでくれているんだ。

 

そう思うと酷く安心する自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

休日に雪乃のマンションを訪ね、手作りの昼食後にソファの上で彼女の細い体を抱きしめ、胸に顔をうずめてから、かれこれ1時間が立っていた。

 

セックスとは別に、性欲と切り離して行う愛の営み。始めたきっかけは俺が頼んだことだが、いつの間にかお決まりの行為になっていた。

 

最初はなんとなしにイチャつきの一環として始めたこの行為を、俺は相当気に入っている。

 

当初は私は胸が無いから、と渋っていた雪乃も今ではまんざらでも無さそうだ。実際問題、彼女は本人が言うほど胸が無いわけではない。小さいながらも女の子らしくちゃんとあるのだ。

 

 

 

性欲盛んなお年ごろだというのに、この時ばかりは不思議といやらしい気持ちにならず、いつまでも雪乃に素直に甘えていたいと思える。なんか無性に泣きつきながら愚痴を言いたくなる。

 

表現しづらいが、彼女に抱かれると自分の中の強がりが溶かされていくのを感じるのだ。嫌なことがあった時に、子供が泣きながら家に帰って母親に抱きつくように、心が丸裸になっているのだ。今、俺の口は相当緩くなっているだろう。

 

 

これが母性というものなのかと、ふと思った。

 

「なあ。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「お前良い母親になれそうだな。」

 

「……ほんとにどうしたの? らしくないわね。」

 

俺の唐突な発言にきょとんとしながらも、俺のことを心配する彼女を見て、自分の確信を深める。

 

一般的に見れば由比ヶ浜の方が母性があるように思えるのだろう

 

でもみんなから氷の人と評され、怖がられるこの女の子ほど一緒にいて安心できる人を俺は知らない。

 

やはり自分にはこの人しかいないのだと強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

雪乃に甘やかしてもらいながら、思わず雪乃との未来を脳裏に浮かべた。

 

このまま高校生のうちは学生らしく愛を深めよう。ああ、葉山の奴には金輪際雪乃に話しかけないように念押ししておかないとな。

 

大学生になったら一緒にキャンパスライフを送れたら最高だ。まあ、学力が違うから一緒の大学は厳しいかもしれないが、遠距離にならないようにしないと。

 

雪乃は大学生になったらもっと綺麗になるだろう。彼女の美しさに目がくらんだロクでもない男どもが狙ってくるのだろう。彼女のことを何も知らないくせに。

 

彼女がキャンパスで見知らぬ男と楽しげに話している光景が思い浮かんだ。ああ、そんな奴と話すんじゃない。お前も離れやがれ、殺すぞ。

 

 

「どうしたの?八幡。ただでさえ腐った目が一段と死んでるわよ。」

 

「…いや。なんでもない。」

 

「…そう。」

 

彼女は撫でるのを再開してくれる。

 

ああ、やっぱりこいつに撫でてもらうと安心する。彼女の鼓動を聞くと安堵のため息がでる。この合わせ技に勝る精神安定剤はないだろう。こうしていると雪乃が俺だけを見てくれているって信じることができてホッとする。

 

 

 

 

 

俺は再度未来に想いを馳せる。

 

大学を卒業して…。やっぱり就職するしかないか…。まあ、雪乃のためだし仕方ない。適当に就活して自活できるようになったら結婚する。ああ、まずプロポーズしなきゃな。雪ノ下家は俺のことを認めてくれるだろうか。雪ノ下さんに裏から手を回してもらうのが順当な作戦だろうか。

 

そして、愛し合う二人に子供が産まれる。二人の生活が三人の生活になるわけだ。雪乃に似てほしいな。俺に似たらロクなことにならないし。きっと子供は可愛いんだろうな。俺は雪乃と子供との生活を想像した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は良い父親になれるかな?」

 

「いまから不安に思うのは流石に気が早いと思うのだけれど……。我が子を愛する気持ちがあれば大丈夫よ。きっと。」

 

 

「…なら大丈夫だ。おまえとの子供だろ。俺が愛せないはずないからな。」

 

そういいながら俺はまた額をグリグリと左胸に押し付けた。

 

頭蓋骨を通じて雪乃の心音が伝わってくる。ああ。このまま、皮膚を突き破って心臓に直接顔をうずめられたらいいのに。

 

 

「もうっ。今日は一段と甘えん坊ね。でもダメよ。もうちょっとしたら夕食の買い物に行くから。だからもう少しよ。」

 

「おう。わかった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はさっき嘘をついた。

 

たぶん俺は雪乃との子を愛せない。

 

雪乃と結婚して子供ができる。それ自体はとても幸せなことだと思う。

 

でもそれは二人だけの世界の終わりも意味している。

 

もし子供が生まれて雪乃の愛情が我が子に向けられてしまったら、こんな感じで甘えられる頻度も少なくなるだろう。

 

自分の居場所が子供に奪われるシーンを想像した。雪乃の胸に抱きかかえられるように俺たちの子供がいる。子供を心底幸せそうにあやす雪乃。ついこの間まで俺に向けられていたはずの愛情が余すことなく我が子に注がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、想像の中で、嫉妬に駆られて我が子を絞め殺す自分の姿が脳裏をよぎった。

 

 

 

 

 

 

ああ、なんてこった。良い父親になんかなれないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、仕方ないだろう? 俺から雪乃を奪うからこうなるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

彼女はぼっちで俺もぼっちだ。

ぼっちとぼっちを足してもできあがるのは、二人ぼっち。

 

 

「なぁ、雪乃。1足す1はなんだっけ?」

 

「はぁ……。今日の八幡は本当に理解不能ね。2に決まってるでしょ。」

 

 

 

 

 

 

頭の中で反芻する。

 

1+1=2

 

 

 

 

 

 

 

ほら。3にはならない。

 

 

 

 

 

そんな当たり前のことを思いながら、俺は残り少ない今日の至福の時を堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤンデレヒッキー その2 終


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