ヤンデレヒッキー   作:kinkinkin

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こんなのゆきのんじゃないって言われそうですが、人間だったらこんなこと考えててもおかしくないかなぁっておもいました。


ヤンデレゆきのん

 

ーーー

由比ヶ浜さんが比企谷くんに恋していることは自明である。

 

 

自明というのは、特に証明などをしなくても明らかであることや、わかりきっていることのことを言うが、なんというか彼女はあからさまなのだ。女の子ならまず彼女の行動にピンとくるだろう。

 

 

彼女の恋心の芽生えるきっかけといえば、やはり私の乗っていた車が起こした事故なのだろう。

 

彼女からしてみれば自分が大事にしている犬が死んでしまうかどうかという時に、身を張ってかばってくれた人をどうして嫌えよう。むしろどんな嫌いな人でもそんなことをされたら大幅上昇修正せざるを得ないようなドラマチックな展開である。

 

加えて、図らずしてその助けられた側、助けた側の二人が一緒の部屋に頻繁に居るのだ。(まあ、助けられた側の努力によってとも言えるけども。) 存在を意識しないほうが可笑しい。

 

 

繰り返し言わせてもらうが、由比ヶ浜さんは比企谷君に明らかに恋をしている。本人は隠しているかもしれないがバレバレである。クラスでは極力互いに話しかけないように気を使っているというが、にじみ出るものに気づく人は気づくだろう。

 

あんな可愛くて優しい子なら比企谷君のような男の子でなくても選択肢はいくらでもあると思うのだけれども、好きになったものは仕方ないのだろう。私にはまだ解らないが恋は盲目というし、そういうものなんだろう。

 

それに、照れもあるのか、思ったように彼に近づけない彼女を見ているのは微笑ましい。

 

 

 

そんな彼女がとうとう勝負を仕掛けるらしい。

 

 

 

 

 

ーーー

 

由比ヶ浜さんが思いつめたような表情で私に相談してくる。明日の放課後に比企谷くんに告白するのだそうだ。

 

 

なんでもこのままじゃいけない、行動しないといけないと思った、らしい。いよいよこの二人のドラマに変化が訪れるのかと思うと感慨深い。比企谷くんはあれでいて頼もしい男の子だ。奉仕部の活動でもいざという時になんらかの答えを出してくれる。まあ、修学旅行の時のこともあるが、結果的に良しとしよう。ぼっちの彼と社交的な彼女。一匹狼の男の子と母性にあふれた女の子。なんとも綺麗に凸と凹がはまるではないか。

 

そんな、まるでテレビの中の登場人物をみるような気分で聞いていた時に由比ヶ浜さんから思わぬ質問が飛んで来る。

 

 

 

「ゆきのんはこれで本当にいいんだよね」

 

 

 

 

質問の意味がよくわからなかった。

 

「…? どういうこと?」

 

 

 

 

「…ううん!やっぱりいい!明日がんばるね!」

 

 

由比ヶ浜さんは横に首を振って否定しながら、慌てるように帰ってしまった。

 

 

そんな彼女を見ながら私は、彼女の質問を頭の中でもう一度巡らせる。

 

 

彼女が私に何か許可をとる必要があるだろうか?

あまりに事態を客観視しすぎていたからよくわからない。

 

その点を反省して、由比ヶ浜さんの告白を頭の中でシミュレートしてみる。

 

 

 

 

 

放課後の教室。部室に行こうとする比企谷君に由比ヶ浜さんが声をかけ、誰もいない教室に呼び出す。二人っきりの空間で、聞いているほうが恥ずかしくなるようなストレートな愛の言葉。そんな彼女の思いに応えるように、彼もまんざらでもない様子で顔を赤くしながら受け入れる。彼女は大喜びで今にも彼に抱きつきそうな様子だ。

 

 

 

 

 

 

そこまで想像していたら胸に引っかかるものを感じた。

 

これは、なんだろう。あまり良い気持ちのいい感情ではない。

なぜだろう。祝福すべきことにもかかわらず。

 

 

自分の気持ちがわからずに思考にふけっていると、気がついたら外が暗くなっていた。

 

 

 

 

いけない。早く帰らないと。

 

 

 

 

 

 

ーーー

それから、次の日になるまで、胸の違和感は継続していた。

 

夜のうちに自己分析しているうちになんとなくこの気持の成分がはっきりしてきた。

 

 

主な成分は「焦り」と「苛立ち」だ。あともう一つばかり何か混ざっているが、よくわからない。

 

 

 

さて、なぜ私は焦っているのか、なぜ苛立っているのか。

 

 

どうも可笑しい。彼女のことを応援しているはずなのに。親友の思いが成就するのが近いはずなのに。これまで彼女の努力を微笑ましく見守っていたはずなのに。

 

 

なぜこんなにも気持ちが晴れないのだろう。

 

 

 

 

 

 

ーーー

告白予定の放課後、自分でもわかるぐらい私は落ち着きがなかった。

 

 

由比ヶ浜さんの言っていたとおり先に部室で待っていたが、どうも読書する気にもならない。

紅茶でも入れよう、そう思って私はポットを手にとった。

 

 

その時だった。部屋に由比ヶ浜さんが入ってきたのは。

 

自分の指先が震えるのがわかった。ポットとフタが軽くぶつかり合い、陶器独特のカラッカラッとした音を小刻みに立てている。

 

結果は、結果は、どうなったのだろう。

 

 

 

 

 

「ゆきのんね。わたしね…。」

 

駄目だ、震えがとまらない。手元の茶具はより一層高い音を奏でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ヒッキーに断られちゃった。」

 

 

 

 

 

 

 

由比ヶ浜さんが比企谷君に振られたと聞いたときに私の紅茶をいれる指先に力が戻ってきた。

しかし、変化はそれだけではなかった。

 

 

胸がとてもあたたかくなっていたのだ。これまでの違和感が嘘だったように。

そして、次の瞬間気づいたのだ。なんと、私は由比ヶ浜さんが憎かったのだと。

 

なんということだろう。

友人と呼べるような存在を持たずに生きてきたこれまでの17年間、今にして思えば黒歴史とも呼べる同級生との断絶期間を経て、初めてできた親友。初めて心を許し、共に経験や喜びを分かちあい、同じ時間と場所を共有してきたこの素敵な女の子を私は憎んでいたのだ。「憎しみ」これが昨日までのもやもやの最後の成分だったのだ。

 

 

 

そうだ。今にして思えば、彼女の自分の気持ちを相手に伝えることのできる素直さ、

自分にないよさを持っている彼女の全てが憎かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとまちなさい。これはまずい。ちょっとや、そっとの自己嫌悪ではない。私はなんてひどい人間なのだろう。

 

私は必死で感情が顔そして声に出ないように取り繕う。

精一杯同情するような残念そうな表情と声で由比ヶ浜さんに声をかける。

 

 

 

 

「許せないわね。こんないい子を振るなんて。」

 

 

 

「ううん!別にいいの。うまくいく保証なんてどこにもなかったから覚悟はできていたの。でも後悔していないんだ!自分の気持ちを伝えられないでもやもやしている方が嫌だったから」

 

 

 

「そう…あなたって見た目どおり図太いのね…」

 

ほんっと、そんな折れない心が憎たらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうっ、見た目どおりに図太いってなんだし!!なんか悪口いわれている気分だよ!」

 

その私の持っていない明るさもウザったい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか部活の雰囲気が暗くなっちゃっても嫌だからさっ、気分変えないとね!ねえっ、ゆきのん。こんな結果になっちゃってヒッキーも気まずくて帰っちゃったから、今日は二人っきりだよ!二人っきりのデートしようか?甘いものでも食べに行こうよ!!」

 

私と違って場の空気に敏感でフォローがうまいところが癇に障る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいや、こんな良心の塊のような子に対して憎しみを覚えるなんて可笑しいのだ。

狂っているのは私なんだ。私が悪いんだ。こんな汚れた気持ちは一度リセットしないと。

 

 

 

 

 

「そうね。余計な邪魔者がいないところでゆっくり比企谷くんの悪口を言いまくりましょうか。」

私は必死に取り繕いながら、彼女の案に乗ることにした。

 

 

「もう、ゆきのん!だめだよ。ヒッキーだって悪気があって振ったんじゃないんだから。ほら、私結構あからさまだったみたいでさ。ヒッキーの中でも私が告白してきたらどうしようか前から考えてくれてたみたいだし…。ちゃんと考えてくれてたんだよ…。」

 

 

「まあ、確かにバレていないと思っていたのは本人くらいかしら。」

 

 

「そんなに!?うわ〜!!!なんか恥ずい〜!!!明日からクラスでどうすればいいかわかんないよ〜〜。優美子がヒッキーに絡まないといいけど…。」

 

 

 

 

よし。いつもどおり振る舞えている。

 

 

 

 

 

「じゃあね!早速ゲームしよう!名づけて”じゃんけんで負けたほうが部室の鍵を返しに行くゲーム”!!!」

 

 

「はあ、しようがないわね。つきあうわよ。今回だけよ。」

こめかみに手を当て呆れたように私は言う。

 

 

「いくよ〜。せ〜の。」

 

 

「「じゃんけんっぽんっ」!!」

 

 

 

 

 

ーーー

 

じゃんけんは私がチョキ、由比ヶ浜さんがパーだった。

私の勝ち。

 

 

由比ヶ浜さんが教員室に「やっぱりグーだしときゃよかったよ〜」とぼやきながら向かっていったのを見送り、一人になったところで私は一人目を閉じた。目を閉じて今日の心情の変化を復習していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、由比ヶ浜さんに告白されて、顔を赤くしながら受け入れる彼を想像する。

彼女も大喜びで今にも彼に抱きつきそうだ。

 

 

その次に、彼女の思いをきっぱりと断る彼を想像する。

彼女は顔をくちゃくちゃにして泣きそうな顔で理由を問いただす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、やっぱりそうだ。この感情にぴったりな言葉が見つかった。この一言でこの気持ちはお終いにしよう。狂ってて、悪いのはきっと私なんだから。明日からは普通の雪ノ下雪乃として二人に接することができるように。

 

 

 

そう気持ちを固めて、目を開けた。

 

思わず、抑えきれず、口元を吊り上げながら、おそらく第三者がみたらびっくりするほどの笑顔で、忌憚なく、誤解を恐れずに、私は思いの丈を注ぎ込んだ言葉を誰もいない空間につぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざまあみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、私は比企谷くんに告白して付き合う事になった。

 

 

 

 

ヤンデレゆきのん 終


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