聴こえない頑張れを 握った両手に何度もくれた
適当に歩くこと数十分、とある公園にやって来た。
レジャー施設でもあるのか、周りにはバーベキューをする家族や、地面にシートを敷いてその上に腰掛けてる老人夫婦らしき姿が見られる。
その公園内にあるベンチに、二人並んで腰掛けた。
他の奴の目から見れば仲のいいカップルに映るだろう。
「腹減ったな…」
肉の焼ける匂いを嗅いで思わずつぶやく。
時計を確認したら、ちょうど12時を過ぎたあたりだった。通りで腹が減るわけだ。
「瀬能君、朝は食べたの?」
「実はあんまり…」
「ちゃんと食べなきゃ駄目よ」
俺の言葉に雫は眉をひそめる。
…分かってるけどさ……家にカレーしか無かったんだよ。
非常用のカップ麺すら一個も無かった。
仕方なく今朝は茶碗一杯分程度手を付けた。
…一度ダークサイド(カレー中毒)にまで堕ちたせいで、大量に食うことが出来ないんだよね。
中毒になった経緯を思い出そうともしたが、どんなに記憶を掘り返しても当時のことがまったく思い出せない。
お陰でどの位摂取すると再発するか検討もつかん。嫌だぞ気づいたら精神病棟にいたとか。
「本人以外絶対に開けられない冷蔵庫ってないかな…」
「どうしたのいきなり」
「水琴のやつが勝手に家に上がってカレー作るんだよ。だいたいは持ち込みなんだが、たまにうちにある食材使うんだ」
あれはホントにやめてほしい。
晩に使おうと思ってた食材がなくなってた上に、鍋の中になみなみとカレーが入れられてたのを見た時は恐怖を感じた。
ニンジンやじゃがいもが買い主を裏切って反旗を翻したのかと本気で思ったぞ。肉じゃがの予定だったのに…
「デート中にほかの女の子の名前をだすのは感心しないわね」
若干硬い口調で雫が咎める。
そんなもんかね?
「あなただって私と一緒の時に、私の口から他の男の子の名前が出たらいい気はしないでしょう」
「業務だと思う」
そもそもこいつに異性の知り合いっているのか?俺以外で。
見た感じ同性の友達自体少なそうだし。
「…………」
「いたたたたたたっ!おいコラなんだいきなり!?無言で太ももの内側つねんの止めろ!」
地味に痛いわ!
そこはどんなに力んでも固くならないんだぞ!
「瀬能君の常識とデリカシーのなさは異常ね」
「常に異なっているならそれが普通ってことだ。つーかなんか食いに行こうぜ、昼時なんだから。腹減ったよ」
「…こんなものがあるのだけど」
そう言って雫は肩にかけてたバックから、大きめの布に包まれた箱らしき物とステンレス製のボトルを取り出す。
「なにそれ。サリン?」
「はぁ…お弁当よ」
なにもため息つかんでも…ちょっとしたジョークじゃないか。
しかし弁当…弁当か…
「会長…」
「……なによ」
「俺が腹減ったって言ってから出したってことは空腹の俺に見せつけるように一人で食うつもりだな!この性悪女!」
「あなたじゃないんだからそんなことしないわよ!」
怒鳴られた。
そんなイメージ全くなさそうな奴に怒鳴られた。
こいつも大声出して怒ったりするんだな…表情に変化はほとんど無かったけど。
「俺の分もあんの?」
「私から誘ったのだから、当然でしょう。…逆になぜ今みたいな発想が出るのか理解に苦しむわ」
それは水琴のせいだねきっと。
「…まあいいわ。はいこれ」
そう言って手渡されたのは湿ったハンドタオル。おしぼりの代わりかな。
軽く礼を言って受け取り、それで手を拭いてる間に雫は包みを解き蓋を開ける。
中には俵型のおにぎりにウインナー、
普通にうまそうだ。素敵で無敵な生徒会長様は料理の分野でも完璧超人みたいだな。
少しは苦手なものがあった方が親しみやすくていいと思うんだけど。
☆ ★ ☆
しばしの間ランチタイム。貪るようにがっついた。
空腹だってのを差し引いてもこいつの料理はウマイよ。かなりウマイ。
なんか腹立つなってくらい。
「(もぐもぐ)…なかなかウマインじゃねーの〜?でもなんかよくわかんねーけど……味があんまりしねーよ…これ」
「あらそう?おかしいわね…トマトの味しない?」
「そこはチーズといっしょに口に入れるんですだろーがっ!!」
チーズは勿論モッツァレラで。
外人風に言ったらパーフェクトだな。
「チーズなんてないわよ…買ってきた方がいい?」
「どうしても食いてえわけじゃねーよ!」
ホント…!もうこいつはホントもう!
「ほんっとあんたは空気読めねーな!そういうところが嫌いなんだよ!」
あーあー、俺の気の済むままに付き合ってくれる奴どっかにいねーかな!
「…前から一度訊いてみたかったのだけど」
雫が真剣味を帯びた目を向ける。
「あなたの好みのタイプって、どんな人なのかしら?」
「ドラゴン・はがね・エスパー・ゴースト。あとほのおも好きだ」
「そういうのじゃなくて、恋人にするならどんな感じの娘がいいかってこと」
ああなんだそういう意味か。
しかしタイプ…タイプか。俺の好みのタイプ………
「…考えたこともなかったな」
ギャルゲーなんかでこのキャラいいなーとか思ったりはするけど、それは好みのタイプに入るのかな。
いやでも二次元がタイプってのはちょっと嫌だ。一線越えてる気がする。
「あら意外。てっきり楓や…美嶋さんみたいなのがタイプだって言うと思ってたわ」
美嶋って誰だっけ?
…………ああ、紅音ちゃんか。
「ん〜なんつーかな〜…紅音ちゃんは友達で相棒だし、沙倉はそんな目で見れないし……それ以前に愛や恋ってよくわかんないだよね俺」
「そうなの?」
「意味自体は知ってるけど」
愛:ためらわないこと。悔やまないこと。
恋:アフリカ南西部のカラハリ砂漠に住む民族。
辞書アプリで検索して実際に出たからな。初めはなにかと思ったぞ。
「まーアレだ。そのうち勝手に恋に落ちたりして愛を知るだろう。今のままでも問題はない」
「……あなたがそれでいいなら、別に構わないわ」
なんか含みのある言い方だなぁ。
「…………」
「…? どうかした?」
「んー…」
眠い。
腹一杯食った上に、昨日あんまり寝れなかったからなぁ。
あまりの眠気に思わず目をこする。
「眠いの?」
「ちょっちゅね…」
「いきなりなんで沖縄の…そういえば出身地だったわね」
なんで知ってんだ。
「睡眠も食事も、きちんと取らなきゃ駄目よ」
いやだから、食事は不可抗力なんだって。
「ん〜……」
あー、ダメだ。眠過ぎて頭回んねー。言葉が出ない。
寝るなーナツル。寝たら死ぬぞー……
☆ ★ ☆
「……っは!?」
突然の大声に意識が覚醒する。
……えっと…どうしたのかしら。
確か、昼食を取った後しばらくして…
その後私の方に横たわるように倒れてきて―――そうだ思い出した。彼の寝顔を見ているうちにつられて眠ってしまったのだ。
「……夢か…チッやるせねぇ…」
彼はそうつぶやきながら、片手で顔を覆う。
その仕草や雰囲気に、いつもの巫山戯た様子は一切無い。いったいどんな夢を見たのかしら。
私が起きていることに気づいていないようなので、目を瞑って寝ているふりをする。
勿論、僅かにまぶたを開いて様子は伺いはするけど。
狸寝入りをすることに、特に深い理由は無い。あえて言うなら好奇心?
………私も変わったものね。少し前ならこんなことしようとも思わなかったもの。
彼はまだ状況を把握出来ていないらしく、しばらくは同じ体勢でぼーっとしていた。
それから少しして、違和感を覚えたのか、色々と行動し始める。
のはいいのだけれど、私の太ももを触るのは止めて欲しいわね。くすぐったいわ。
「うぉぅっ!?」
目線がこちらを向いた瞬間、動きが数秒ほど止まった。
そしてようやく状況を把握したのか、奇声をあげて飛び起きる。
流石に少し傷ついたわ…もっと他にリアクション取りようは無かったのかしら。
彼は椅子に座ったままこちらに向き直ると、まじまじと見つめてくる。
「…会長?寝てんのか?……寝るんだな」
どういう意味かしら。
「つーかいくら意識ないからって男の前で無防備な姿さらすのはどうよ…不用心すぎだろ」
「意識のない女性になにかするような人じゃないでしょ?」
寝たふりを止めて話しかけると、彼は目に見えてびっくりしていた。
「…起きてたのか」
「おはよう。よく眠れた?」
「寝れたけどさ…」
空を見れば、茜色の空をカラスが鳴きながら飛んでいた。
だいたい6時間弱ほど眠っていたことになる。本当によく寝ていたものだ。
「なんでひざ枕なんて…」
「寝方が変だったから」
「ほっといてくれてよかったのに…つんのめって頭でも打ちゃ目も覚めただろうから」
それはそれで文句を言われそうだけど。
気まずそうにじと目で睨んでくる彼に、髪をかきあげながらうっすら微笑み、
「可愛かったわよ、寝顔」
そう言うと「くぁー…!」と唸りながら頭を抱えて身悶えだす。
「ふふふっ…そろそろ帰りましょうか。あまり遅くなると心配されるから」
「臓物アニマルにか」
「…親によ」
そんなことないでしょうけど。
まあ…どうでもいいことね。
ベンチに置いていた手提げを掴んで立ち上がる。
「瀬能君、もちろん家まで送ってくれるわよね?」
「ぅえ〜?」
「なんなら泊まってく?」
冗談目かしてそう言うと、より一層眉間に皺を寄せて嫌そうな顔を作る。
……そんなに嫌なの?
「そういう冗談はあまり言わない方がいいぞ。特に異性には」
「大丈夫よ。あなた以外に言ったことないから」
「ほう…そうか……なあ会長」
「なにかしら」
「なんでそこまで俺に構うんだ?」
さぁぁぁ……
両膝に肘を付き、真っ直ぐにこちらを見つめてくる彼と私の間を風が吹き抜けていく。
「今思えば…文化祭の準備期間中からかな、接し方が明らかに変わってた」
「…そう?」
「そうだよ。それまでは"うまく利用できればいい"的なかんじだったけど今は"協力してもらえるように仲良くなろう"って風に見えるもん」
……そうだったかしら。
「文化祭前ってえと…大地の件くらいしかないな。なんだ?親友亡くした俺に同情しちゃったか?」
自嘲気味に口角を上げて、からかうような言葉を投げかけてくる。
…別に隠すようなことじゃないし、口止めもされていない。
なにより彼には知る権利がある。いい機会だから話してしまおう。
「確かに忌塚君は関係してるけど、あくまでもそれはきっかけよ」
「? どういう…」
「頼まれてたのよ、彼に」
ふと思い出す。
血が流れるわき腹を片手で押さえながらも、壁を支えに階段を登る少女…忌塚大地のことを。
―――笑ってください。…非情にも、非道にもなれないくせに、復讐をしようとした愚か者を…
目の前の
―――会長、…俺からも最後にひとつ。言わせてください
―――なにかしら
「『少しでいいんで、ナツルのこと、気にかけてやってください。
強そうに見えるけど…強くあろうとしてるけど、実際は強くないから』」
「―――!」
私が台詞を言い終えた時、彼の変化は劇的だった。
体勢はそのままだったけど、目がこぼれ落ちそうなほど大きく見開かれる。
瞳孔まで開いているようで、余計に瞳が大きく見える。
彼との付き合いはそれほど長くはないが、今までに見たことがない表情だ。
「…っんで……」
ぽつりと小さくつぶやく。
それと共に、一筋の涙が頬を流れていった。
「なんで、俺を…!俺はっ…俺に……! 意味わかんねーょ…!」
涙は止まる様子を見せず、ぼろぼろと流れ続ける。
「なんでだよ…なんで!…なんで…!」
拳を握り締め、座ったままうつ伏せになるように身体を前に倒す。
その身体は小さく震えていた。
「瀬能君…」
「なんでだよ…!!…なんで…なんで……!! 」
一拍置いた後、彼はがばっと音がなりそうな勢いで上半身を起こし、空を仰いで叫んだ。
「なんでなんだよおぉぉーーーーーーーーーー―――!!!!!」
☆ ★ ☆
その後も彼は、何度も「なんで」を繰り返しながら、人目をはばからず泣き続けた。
溜め込んでいた分を全て出し切るように…ただひたすら。
それほどまでに忌塚君は、
掛け替えのない人との別れ…私も体験はしたことがあるけど、彼のように泣き叫びまではしなかった。
彼が感性豊か
それは分からない。
ただ、そこまで想われる忌塚君と、そこまで想える彼が―――
少し、羨ましかった。
「…なかなかウマインじゃねーの〜?でもなんかよくわかんねーけど……味があんまりしねーよ…これ」
ジョジョ第四部、億泰の台詞。トニオさんの料理を食べた時に使われてます。
あんな料理食って…食って……食いたいかどうかは微妙かな。
44話目です(番外話とかあるから本当はもっと話数あるけど)。今回は久々に大地の話題を出してみました。
本当はクリスマスに合わせて番外SSをUPさせたかったんですが、無理そうだったので単発で投稿させていただきました。
年内にUPできたらいいなぁ…