某月某日。
今日は祝日で、世間一般では休みとなっている。
当然、学生である私にとっても休日だ。
でも今日はいつもより早く目が覚めた。
朝からシャワーを浴びて、お弁当を作り、たっぷり時間をかけて服を選んだ。
どれも久しくやったことのない行い。でも今からするのは、全くの初体験。
デート。
正直言って、自分がそういった…普通の女の子らしいことをするとは思っていなかった。
しかも自分から誘って。
さらに言うと相手は
止めよう。あらためて意識すると恥ずかしくなってくる。
ちょうど目的地である噴水…待ち合わせ場所に到着したし、切り替えるとしよう。
時刻は9時30分。約束した時間の三十分前だ。
とはいえ相手は学園一の問題児と呼ばれている男の子。十分二十分は待たされ―――
「ね〜え〜一緒に遊ぼうよ〜、いつまでも来ない人なんてほっとけばいいじゃ〜ん」
「いやいや、俺が早く来すぎただけなんで」
「一回ぐらいドタキャンしたって許してくれるって!」
「そーゆーキャラの人でもないんすよ…」
問題児は噴水前で二人組の女性に熱心に誘われていた。
なぜかしら、無性に腹立たしい。
☆ ★ ☆
「絶対電話してねっ、約束だよ!」
「またね、秋山君」
一方的に話しかけてきた女子大生(自称)は、俺の手に自身の電話番号が書かれたメモを押し付けて去っていった。
やれやれ…やっと諦めてくれたか…三十分粘るって新記録だぞ。どんだけ飢えてんだ。
当然秋山は偽名。咄嗟に思いついたのが他になかった。
携帯が電池切れで番号交換は無理だって言ったら、せめて名前だけでも教えてくれって。もうしつこいのなんの。
俺はついさっき出会ったばかりの赤の他人に本名名乗るほど心を開けない。まあどうせもう会うことないからいいだろ。
あーあ。やっぱり早く来すぎたなー。家でもう少し時間潰すんだった。
「待たしてしまったようね」
ぼーっとしてたら横から声をかけられた。
誰か近づいてきてるのは気配で分かってたので、驚きはしない。
「おー、カイチョー。…なんか怒ってる?」
「なぜそう思うのかしら?」
「いやなんとなく」
表情はいつも通り無表情なんだけど背後に炎のようなオーラが――止めよう、やぶ蛇になりそうだ。
「で、どうすんだ今日は?」
「そうね…どうしましょうか?」
オイ
「ノープランかよ」
「こういうものは男がリードするものよ」
え〜マジで〜?普通誘った奴がある程度計画立ててるもんじゃないの?
不満が顔に出てたのか、雫が軽くため息をつく。
「瀬能君、初めてだろうからしょうがないけど、こういう細かい気配りができないのはマイナスよ。…私の彼氏にしたら矯正する必要がありそう」
「デートの経験ぐらい俺にもあるぁっ!」小馬鹿にしたような物言いに、つい声を荒げる。
まあ夢の中でだがな!
正直あれをデートと言っていいかは微妙だ。バッティング見学させてただけだし。
「…誰と?」
「へ?」
「デートの経験って、誰と行ったのかしら?」
雫が無表情のままじっとこちらを見――いやむしろ睨んで、問いかけてくる。
「ねえ、誰と?」
やだなにこの娘怖い。
見た目いつもと変わらないはずなのに、なにか…やると言ったらやる"スゴ味"があるッ。
やばい。具体的には文化祭時の紅音ちゃんくらいやばい。
本格的に身の危険を感じた俺は、「チョーシこきすぎました。ただの見栄です」とごめんなさいしてなんとか怒りを収めてもらった。
プライド?なにそれおいしいの?
☆ ★ ☆
ぺたぺたぺた……。ぺた…?ぺたぺたぺたぺたぺたっ!!
「ゲットー!!」
ギャアギャアギャアギャアっ!?
「やめなさい」
ため息ついかれた。
ここは県内でも有数の水族館。
電車に揺られてたどり着いた。
住んでるとこより緑が多く、水辺が近い。すぐ側の公園にはバーベキューができるエリアもあり、家族連れなどにも人気なスポットだ。
どこに行くかの候補地が思いつかなかったから雫に任せたんだが…正直悪くはない。
ふれあいコーナーって初体験なんだけど、普段はお眼にかかれない動物に触れるのは中々楽しいな。
「あなたぐらいよ、そんなに無邪気にペンギンと戯れる高校生は」
「少年の心を忘れないハイブリットな男。瀬能ナツルをどうぞよろしく」
宣伝しながら手に持ったペンギンを突き出す。
「子供っぽいだけでしょう」
あーあーうっさいうっさい。やだねー、枯れてる女って。
「そろそろ行くわよ」
雫は終始呆れ顏で、ふれあいコーナー出口に向かう。
俺はというと…
ギャア!
「そうだ、突きの基本は脇を絞ってえぐりこむように打つ!腰を入れるのを忘れるなよ。狙う場所はその時々に変わるが、最も効果的なのは相手の顏、正中線だ」
ペンギンに空手を指導していた。
「なに物騒なこと教えてるの」
「攻撃で眉間を狙うのは当然だろ?」
冗談で教えたんだが思いのほか筋がいい。
始めて数分とは思えないほど空突き(正拳突きの反復練習)が堂に入っている。ペンギンにしとくのが勿体無いくらいだ。
「馬鹿なことしてないで行くわよ」
「お前の実力なら世界を取るのも難しくはない、しかしそのためには日々の鍛錬を「早く」分かった、分かったよ」
凍てつくような目で睨まれたため、急いで雫のほうへ移動する。
ギャー…
途端に悲しげな鳴き声が背後から上がる。
くっ…罪悪感が……!思わず足を止めたがすぐに、
「瀬能君」
雫の静かな、それでいて責め立てるような声と視線が突き刺さる。
ごめんよペギー…。心の中で謝罪しつつ、ふれあいコーナーを後にした。
「で、次はどこ行くんだカイチョー」
「…会長は止めなさい。学園じゃないのよ?」
「名字で呼べってか」
三郷さんって。
「…初めて会話した時に言わなかったかしら、雫でいいって」
そうだっけ?
「許可を貰ったとしてもケンプファーの時だけだな。普段から名前呼びしてたら逆さ磔にされる」
グリードの刑はもう嫌だ。
…釜茹でなんて普通一回やれば十分だろうに、なんで二度目を警戒しなきゃならんのだ。
(※普通の人間はそもそも釜茹でにされたりはしません。by作者)
「……ここも修正する必要があるわね…調教の道具を揃えた方がいいかしら」
「今なんか怖いこと言った!」
「まあ今はいいわ。それより隣を歩きなさい」
俺的には全然よくないんですけど。立ち位置も含めて。
現在雫の斜め後方を歩いているんだが、一緒にいるだけで周囲の眼がきつい。主に男の。
隣に並んだら視線の視線だけで穴が空きそうだ。
「彼氏は普通、隣を歩くものよ」
いつ彼氏になったんだ俺は。
口論をしてもいいんだが、正直時間の無駄になりそうだからあきらめて隣を歩く。
すると雫が近づいて俺の腕を組んで体を密着して――ってオイコラ!
「かかかかか会長!?なにおっ!?」
「彼氏彼女ならこれぐらい当然でしょ?」
「イヤイヤイヤイヤ…!」
いかん、視線の質が嫉妬から殺意レベルまで上がった。
「周囲の目が半端なく
「そんなの気にするほど繊細じゃないでしょ」
失敬な。俺の神経はそれはもう極細いんですよ?
そうまるでボルファのように。
※ボルファ:アモルファス金属細線。
アモルファス金属とは、ガラスのように元素の配列に規則性がなく、全く無秩序な金属で、高い強靱性・耐食性・軟磁性がある。
「それとも嫌かしら?こういうの」
「正直全然、悪くない」
腕に当たる柔らかい感触とか。
流石に恥ずかしいのか、いつもの無表情なのにほんのりと赤い雫の頬とか。
ぶっちゃけ至福です。本当にありがとうございます。
ただ時折聞こえる『チッ…』や『クソが…』といったささやきや、額に青筋立てながら指ポキ(手で指の関節を鳴らす行為)する奴はマジいらない。ストレス溜まるわ。
それだけならまだいいが(いいのか?)、中には物理的に訴えてくる馬鹿が出てくるかもしれん。
それを考えるとワク…ドキ…そわそわするな。
「オイオイ兄ちゃん、随分と見せつけてんじゃねえか」
そう丁度こんな感じで……っえ?
「そんな綺麗なおねいちゃんを独り占めしてよぉ…」
野太い声と共に、男が前方からゆっくりと近づいてくる。
ぱっと見日焼けしたエテモンだった。
その背後には取り巻きのようなのが二人いて、男の左右斜め後ろに、控えるように立っている。
見た目はジャリラとクレイジーサルサだった。
三匹…とも共通しているのは、服を着ているのとニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていることだ。
大方、俺の貧弱そうな外見と、雫になにをしようかの妄想が顔に出てるんだろう。普通に気持ち悪い。
…マンガみたいなテンプレ展開だ…
雫に抱きつかれたままそんなことを考える。こいつら一体いつの生まれだ。
つーか服装ダサッ、一昔前のヤンキーかよ。本当にいつ生まれ?
思わず腹を抱えて大爆笑しそうになるのを直立不動のまま必死に堪える。
俺の顔が強張って身体が震えだすと、なにか勘違いしたのか取り巻き二匹がゲスい笑みを一層深くする。
「ゲヘヘ、こ、こいつ、震えてるんだな、」
「ビビってんだろ?それより女の方見ろよ。マジでマブイぜ」
「ブフっ」やべ、ちょっと吹いちゃった。
テンプレ過ぎる!顔を手で覆って明後日の方向に背けると、三匹はますます調子に乗ったのか、
「どうかちたんでちゅかボクぅ〜?もしかして助けでも期待ちてるんでちか〜?」
「む、む、無理なんだな。あ、アニキは空手の地区大会で優勝したことがあるんだな。何人束になっても、も、も、問題ないんだな」
「がははっ、よせやい本当のことを!」
―――一気に笑気が失せ、身体の震えが止まった。
「…ふぅん?」
顔を覆っていた手を外し、三匹に向き直る。
改めて見るとホント…人類の進化から取り残されたんじゃない?って顔つきだ。
「それはそれは、遠路はるばるゴクローさんです」
「あぁ?どういう意味だそりゃ」
「あんた程度が優勝できる地区なんだ。よっぽどど田舎から来たんだろ?」そう考えると色々納得だな。外見も言動も。
1秒後…エテモンは何を言われたのか理解できてないのか、反応はない。
2秒後…まだ反応なし。
3…4…5秒後、やっと理解したのか、顔が徐々に赤くなっていき、わなわなと全身が震えるだす。
そして6秒後。
「っ…のガキャァァアッ!!」叫ぶと同時に殴りかかってくる。
その拳はただ振り回すだけの拳ではなく、きちんとした“型”…空手の上段突きの形で、俺の顔を狙っていた。
ああ…腹立たしい。
ガシッ
飛んで来た拳を片手で捕まえる。
掌は使わずに五指のみで固定してるから片手ってのはいささか語弊がある気がするが…まあいいか。
ちなみに捕獲には右手を使用しております。雫がずっと左腕にしがみついてるからしょうがないよね。
…こういうときぐらい離してくれてもいいんでないの?支障がないからいいけど。
「思った通り。ぬるい拳だな」
「あぁ?」
状況に頭が追いついていないのか、エテモンが間の抜けた声を出す。危機感のない奴だ。
「くだらねぇことに武道使ってんじゃねえよクソが。帯の締め方から出直してこい」
そう言って躊躇なく指に力を込め
パキャッ、と卵が割れるような音がした。
「ぎぃああああああああっっ!!?」
エテモンが潰された拳を押さえて床に崩れ落ちる。
掴んでいた手を離すとこちら側に転がって来たので、足のつま先で蹴り飛ばす。
すると膝を丸めてうずくまるような姿勢を取り、そのまま動かなくなった。
プルプルと細かく震えてはいるから死んじゃいねーだろ。
「あ…兄貴ーーー!?」
「ア、アニキ!た・た・大変なんだな!」
取り巻きの二匹が慌てて駆け寄る。
しかしその後はどうしたらいいのか分からないらしく、ただオロオロと狼狽えるだけだ。救急車ぐらい呼んでやれ。
「ふん…行こうぜ、会長」
流石に少々目立ちすぎたのか、徐々にに周りがざわつき出す。
それから逃げるように、三匹組から背を向けて歩き出す。
引き止める奴はいなかった。
☆ ★ ☆
「らしくなかったわね」
水族館から出てしばらく離れた後、雫が急に口を開いた。
「なにが」
「さっきのよ。あなたならもっと簡単にあしらえたでしょう」
「ああ、そのことか…」
足を止めずに先ほどのことを思い返す。
どうでもいいけどいい加減腕離してくんないかな。
「あれ位いつものことだろう」
「否定はしないわ」
しないんかい。
「でも、いつもは問答無用で素早くやるでしょう。挑発する必要はなかったはずよ」
「……そうだっけ?」
「それに、あなた明らかに怒ってたでしょう。どうして?」
「…下卑た眼であんたを見てたのに腹が立って―――」
「だとしたら嬉しいけど、違うでしょ」
「…………」
「言いづらいことなのかしら?」
「…そういうわけじゃないけどさ…」
そう言って目を閉じ、上を向いて空を仰ぐ。
「武ってさ、戈を止めるって書くじゃん。漢字で」
初めて成り立ちを教わったのはいつだったか…確か物心ついたときだったかな。
「その元になった…最初の武の使い手。どんな気持ちで使ったんだろうな」
止められた戈は形が変わっている。
きっと並々ならぬ覚悟があったんだろう。
書きやすいようにするためって言われたらどうしようもないけどね。
「それを考えるとな…なんか、くだらねーことに使いたくねえんだよ」
無論、どうしても引けない場面に陥ったら躊躇せず使う。
たとえその結果、命を奪うことになろうとも。
後悔だけは、したくない。
「だから、遊び半分に使ってる奴見ると腹立つんだよ」
今の自分があるのはーとか言うつもりはないが、少なからず影響を受けてたのは間違いないだろう。
だから、馬鹿にする奴を許す訳にはいかない。
「瀬能君あなた…この前ヒアブリライオンに武術を使ってなかった?」
「あれは人間じゃないからセーフだ」
ナツルさん人外相手に手抜きができるほど器用じゃないですから。
気づけば二ヶ月ほど間が空いていたようで久々に投稿しました。
待っていた方は申し訳ない。
そうでもない方は…いてもいいけど、口には出さないでね?
どうでもいいこと
通勤で電車に乗っていた時、暇だから過去に投稿したのを読み返してみた。
主人公(ナツル)の性格が破綻しすぎててちょっと引いた。
こんなの書いたっけかな…?って素直に思いました。これも一つの黒歴史。
やめる気ないけどね。