あたしには幼なじみがいる。
幼稚園からの付き合いのある、でもずっと一緒に育ってきた訳じゃない。
そんなおかしな関係の幼なじみが。
☆ ★ ☆
「あたし、また海外行くかもしんない」
「ふーん」
地元から引っ越してきて以来、ずっと変わらない自分の部屋のベッドに寝っころがる男は、一言返しただけでそれっきり反応がなかった。
マンガを読む手を止めようともしない。
「ちょっと、聞いてる?」
「聞いてるよ…」
あたしのムッとした物言いに、男は気怠げに視線をよこした。
「幼なじみが他のとこに行っちゃうのよ?『行かないで!』とかないわけ?」
「しょっちゅうだろーが。今更ねーよそんな感情」
真顔で「なにを言ってんだこいつ」と続きそうだ。こいつに何かを期待したのが間違いだったかな。
男―――ナツル―――はベッドの上でもぞもぞと胡座を組み、あたしに向き直る。
「でも中学入って2年ぐらいだろ?もう退学かよ」
「退学じゃないわよ、休学するつもり」
「似たようなもんだ」そう言って別のマンガに手を伸ばした。
ホントに関心がなさそうだ。そのことになぜか腹が立ってきた。
無言のまま立ち上がる。
「おいどうした?」
「帰る」
あたしの言葉このバカは「そうか」と言ってまたベッドに寝転がる。
「帰るんなら電気つけてってからにしてくれ、少し暗くなってきた」
「バカ!!」
バタン!と大きな音を立てて荒々しくドアを閉める。
なぜか知らないけどとてもムカムカする。なんで?
☆ ★ ☆
カツン
夜遅く。
自分の家で晩御飯を食べて、お風呂に入ってからしばらく。そろそろ寝ようと考えていた矢先に窓に何か当たる音がした。
気のせいかな?と思った瞬間、またカツンと音がする。
不思議に思い窓に近付く。するとまたカツンと音が、あたしは細心の注意を払ってカーテンをめくった。
そこには昼間自宅にお邪魔した幼なじみが、荷物を地面に置いてこちらを見上げて立っていた。
「ちょっと、なにしてんのよこんな時間にっ」
時間が時間なので声の音量を下げて話しかける。
するとナツルは手に持っていた小石(音の正体はこれを窓ガラスに投げてぶつけてたのだろう)を捨てる。
「天体観測」
「はあ?」
「いい天気だからよ、星を見に行こうぜ」
ごく普通に理由を喋る。まるでお肉がないからスーパーに買い物に行こう、みたいな誘い方だ。
「来ないならべつにいいけど」
「……行くわよ」
身支度するから待ってるように言ってカーテンを閉める。
なに考えてるかは知らないけど、つきあってやることにした。これも幼なじみの義務だ。
「おそっ」
「うっさい、女の子は時間かかんのよ」
しばらくして外に出ると、昼間とあまり違わない格好で立ってた。
「じゃ行くか」足元の荷物を肩にかけて背負い、さっさと歩きだす。
慌てて隣に並ぶ。勝手なとこは昔から全然変わってない。
「ね、なんで天体観測なんてしようと思ったの?」
「…………」
無視された。というより今は話す気がないようだ。
少しばかりムッとしたが、我慢して歩く。
そうしてしばらく…一時間くらい?無言で歩いていくと、開けた小高い丘の上についた。
「うわぁ……」
空がとてもよく見える。星の輝きが綺麗で、雲もほとんどない。絶好の観測日和だ。
「準備できたぞ」
ナツルが声をかけてきたので振り返ると、望遠鏡が設置されていた。あの荷物はこれだったようだ。
「こんなの持ってたっけ?」
「じーさんがくれた」
ナツルのお祖父さん。会ったことも話をしたこともあるけど、こんな物を所持するような人には見えなかった。
一体どんな理由で持ってたんだろう。
☆ ★ ☆
それからしばらくは二人交互に望遠鏡で星空を眺めた。
あの星は何等星、この星は何等星。たいした知識はないから全部適当。
流れ星を見たと言ったら年甲斐もなく望遠鏡を奪い合う。そうしてるうちに流れてしまい、二人で馬鹿みたいと笑いあった。
ここに連れてきた理由は聞かない。聞いてもどうせ答えてくれないだろうし、実はなんとなく分かっている。
「また、さ」
「あ?」
あたしの言葉に、望遠鏡で星を見てた彼は頭を上げ、こちらを向く。
「またこうして…、星を見に来ようよ」
きっと、こいつなりに気を使ってくれたんだと思う。だから…
「来年辺り流星群見られるって言うじゃない、あれここで見ようよ」
あたしはそう提案した。
こいつとこんな時間を過ごすのも悪くない…ううん、過ごしたい。
「気が向いたらな…」
「来る途中公園あったでしょ、あそこで待ち合わせ。うん、決定!」
「決定かよ」
それじゃしゃーねーか、と満更でもないように唇の両端を持ち上げ、ニっと笑う。
その笑顔を見たら胸がドキッとした。
「おっ、見ろよ水琴」
空を見上げ、何か見つけたのか近寄ってきた。そのままあたしの隣に移動して。
「あれがベガ、アルタイル、デネブ…かな」
夏の大三角だ。でも、それよりも、すぐ側にナツルの顔がある。そう思っただけで今度は顔面が熱くなった。
きっと暗闇でも分かるくらい赤くなってるんだろうな。
それは、あたしが幼なじみへの思いを自覚した日。
そしてその思いを告白する、数カ月前の、誰にも話したことない話。
☆ ★ ☆
あれから二年ぐらいの月日が経った。
あたしは両親について外国に行き、数カ月ほど前久しぶりに日本に帰ってきた。
星を見に行く約束は結局破ってしまったけど、忘れっぽいあいつのことだ。どうせ覚えていないだろう。
今日は流星群が見れるとニュースに流れてたので、あの小高い丘で見てみようと家を出た。一応思い出の地でもあるし。
望遠鏡はないけど、ビニールシートなどは持ってきた。地面に敷いてその上にねっころがり空を見よう。
天気予報では今夜は晴れ、雨は降らないらしい。
街並みが少し変わってはいたけど、問題なく…昔通ったY字路についた。
『来る途中公園あったでしょ、あそこで待ち合わせ。うん、決定!』
『決定かよ。それじゃしゃーねーか』
ふと昔の会話が頭を過った。
右に行けばほぼ直通であの丘まで行ける。今もあの時と同じ道なりだったら。
左に行けば…公園がある。ただし道が入り組んでいるから、少し遠回りになるだろう。
あたしは立ち止まって、しばらく悩む。
効率を考えるなら迷わず右の道を行くべきだ。ただでさえこんな夜遅くに一人きりで外を歩くのは身の危険が…それに明日は平日。学校もある。
さっき自分でも思ったし。待ってる訳ないって、どうせ今ごろは深夜アニメ見てるかゲームしてるかグースカ寝てるに決まってる。
そもそもあの公園って今もあるの?ここに来るまでの道も結構変わってたし…行ったら工事中のフェンスが、とかなってたら凄いショックだ。
…見ない方がいいかな。
散々迷った後、あたしは……左の道を選んだ。
絶っっ対明日、ナツルの背中にタイキック入れてやる!
ちょっと不機嫌になりながら、ずんずんと道なりに進む。
そうして三つほど曲がり角を通り過ぎると、そこには昔見たままの公園がきちんと存在していて、
イヤホンを耳につけた男が、こちらに背を向けた状態で滑り台の上に座って空を見上げていた。
「ナ…ツル……?」
思わずつぶやいた。
それに気付いたのか、あいつはこっちを振り向き、音楽機器を操作してイヤホンを外しながら、
「おそっ」
昔と同じ台詞だった。
「なんで…」
「気が向いたから?」
滑り台を滑り下りて、こっちに歩いてくる。肩に望遠鏡が入ってるであろうバックを背負い。
「…いつから待ってたの?」
「さあね」
そう言うと腕時計を確認して。
「2年ちょい、それと1時間2分の遅刻だな」
遅すぎだろ、そうつぶやき歩き去ろうとする。行き先はあの丘の上だ。
あたしは慌てて並んで隣を歩く。
「ね、なんで待ってたの?」
「さっきも言っただろーが。気まぐれだよき・ま・ぐ・れ。偶然さね」
………………ぷっ
知ってる?ナツル。あんた嘘つくとき、半眼になるのよ?
今もそう。おどけたように手を振って肩を竦めているけど、その目は半分しか開いていない。
第一、「おそっ」とか言っといて偶然とか…どう考えてもおかしいじゃない。もっとマシな嘘つきなさいよ。
あとで分かったことだけど、ナツルはこの時期になると暇を見つけては待ってたらしい。
深夜に一人、滑り台で待つって…地味に重い。馬鹿じゃないの?
でも嬉しかった。
「ふふっ」
「何だいきなり…」
「べっつにー。あ、そうだ。カレー持ってきたんだけどあんたも食べる?」
「いらん」
「むー、かわいくないわねー。そういえば音楽なに聴いてたの?」
「バンプ。好きなんでね」
―――あたしには幼なじみがいる。
幼稚園からの付き合いのある、でもずっと一緒に育ってきた訳じゃない。
素行が悪く、性格も最悪。しょっちゅう喧嘩はするし、タバコも吸う。
でも憎めないし、不器用に優しい。
最低だけど最悪。
そんな幼なじみがいる。
…あたしの、好きな人。
始めようか 天体観測、二分後に君が来なくとも
『イマ』というほうき星、“きっと”二人追いかけている
グベホォッ!!(吐血)が…柄にもなくラブコメっぽいのを書いてしまったから反動が……オチらしいオチもないし、なんかシリアスっぽいし…
番外編第一弾から無駄にダメージを受けてしまった…このままで大丈夫か…?
まあアホな戯言はこの辺にしといて、改めまして。
宣言通り番外話デス。今回のは本編で若干ポジション食われかけてる幼なじみ、水琴のお話。
季節は夏ごろをイメージしています。つまり過去と未来の話。
書いた当時は夏だったんですよ…にじふぁんの時は