けんぷファーt!   作:nick

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番外話③ 天体観測

あたしには幼なじみがいる。

 

幼稚園からの付き合いのある、でもずっと一緒に育ってきた訳じゃない。

 

そんなおかしな関係の幼なじみが。

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

 

「あたし、また海外行くかもしんない」

「ふーん」

 

地元から引っ越してきて以来、ずっと変わらない自分の部屋のベッドに寝っころがる男は、一言返しただけでそれっきり反応がなかった。

マンガを読む手を止めようともしない。

 

「ちょっと、聞いてる?」

「聞いてるよ…」

 

あたしのムッとした物言いに、男は気怠げに視線をよこした。

 

「幼なじみが他のとこに行っちゃうのよ?『行かないで!』とかないわけ?」

「しょっちゅうだろーが。今更ねーよそんな感情」

 

真顔で「なにを言ってんだこいつ」と続きそうだ。こいつに何かを期待したのが間違いだったかな。

 

男―――ナツル―――はベッドの上でもぞもぞと胡座を組み、あたしに向き直る。

 

「でも中学入って2年ぐらいだろ?もう退学かよ」

「退学じゃないわよ、休学するつもり」

「似たようなもんだ」そう言って別のマンガに手を伸ばした。

 

ホントに関心がなさそうだ。そのことになぜか腹が立ってきた。

 

無言のまま立ち上がる。

 

「おいどうした?」

「帰る」

 

あたしの言葉このバカは「そうか」と言ってまたベッドに寝転がる。

 

「帰るんなら電気つけてってからにしてくれ、少し暗くなってきた」

「バカ!!」

 

バタン!と大きな音を立てて荒々しくドアを閉める。

なぜか知らないけどとてもムカムカする。なんで?

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

 

カツン

 

夜遅く。

自分の家で晩御飯を食べて、お風呂に入ってからしばらく。そろそろ寝ようと考えていた矢先に窓に何か当たる音がした。

 

気のせいかな?と思った瞬間、またカツンと音がする。

 

不思議に思い窓に近付く。するとまたカツンと音が、あたしは細心の注意を払ってカーテンをめくった。

 

そこには昼間自宅にお邪魔した幼なじみが、荷物を地面に置いてこちらを見上げて立っていた。

 

「ちょっと、なにしてんのよこんな時間にっ」

時間が時間なので声の音量を下げて話しかける。

 

するとナツルは手に持っていた小石(音の正体はこれを窓ガラスに投げてぶつけてたのだろう)を捨てる。

 

「天体観測」

「はあ?」

「いい天気だからよ、星を見に行こうぜ」

 

ごく普通に理由を喋る。まるでお肉がないからスーパーに買い物に行こう、みたいな誘い方だ。

 

「来ないならべつにいいけど」

「……行くわよ」

 

身支度するから待ってるように言ってカーテンを閉める。

なに考えてるかは知らないけど、つきあってやることにした。これも幼なじみの義務だ。

 

 

「おそっ」

「うっさい、女の子は時間かかんのよ」

 

しばらくして外に出ると、昼間とあまり違わない格好で立ってた。

 

「じゃ行くか」足元の荷物を肩にかけて背負い、さっさと歩きだす。

 

慌てて隣に並ぶ。勝手なとこは昔から全然変わってない。

 

「ね、なんで天体観測なんてしようと思ったの?」

「…………」

 

無視された。というより今は話す気がないようだ。

少しばかりムッとしたが、我慢して歩く。

 

そうしてしばらく…一時間くらい?無言で歩いていくと、開けた小高い丘の上についた。

 

「うわぁ……」

 

空がとてもよく見える。星の輝きが綺麗で、雲もほとんどない。絶好の観測日和だ。

 

「準備できたぞ」

 

ナツルが声をかけてきたので振り返ると、望遠鏡が設置されていた。あの荷物はこれだったようだ。

 

「こんなの持ってたっけ?」

「じーさんがくれた」

 

ナツルのお祖父さん。会ったことも話をしたこともあるけど、こんな物を所持するような人には見えなかった。

一体どんな理由で持ってたんだろう。

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

 

それからしばらくは二人交互に望遠鏡で星空を眺めた。

 

あの星は何等星、この星は何等星。たいした知識はないから全部適当。

 

流れ星を見たと言ったら年甲斐もなく望遠鏡を奪い合う。そうしてるうちに流れてしまい、二人で馬鹿みたいと笑いあった。

 

ここに連れてきた理由は聞かない。聞いてもどうせ答えてくれないだろうし、実はなんとなく分かっている。

 

「また、さ」

「あ?」

 

あたしの言葉に、望遠鏡で星を見てた彼は頭を上げ、こちらを向く。

 

「またこうして…、星を見に来ようよ」

きっと、こいつなりに気を使ってくれたんだと思う。だから…

 

 

「来年辺り流星群見られるって言うじゃない、あれここで見ようよ」

 

 

あたしはそう提案した。

 

こいつとこんな時間を過ごすのも悪くない…ううん、過ごしたい。

 

「気が向いたらな…」

「来る途中公園あったでしょ、あそこで待ち合わせ。うん、決定!」

「決定かよ」

 

それじゃしゃーねーか、と満更でもないように唇の両端を持ち上げ、ニっと笑う。

 

その笑顔を見たら胸がドキッとした。

 

「おっ、見ろよ水琴」

 

空を見上げ、何か見つけたのか近寄ってきた。そのままあたしの隣に移動して。

 

「あれがベガ、アルタイル、デネブ…かな」

 

夏の大三角だ。でも、それよりも、すぐ側にナツルの顔がある。そう思っただけで今度は顔面が熱くなった。

きっと暗闇でも分かるくらい赤くなってるんだろうな。

 

それは、あたしが幼なじみへの思いを自覚した日。

そしてその思いを告白する、数カ月前の、誰にも話したことない話。

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

 

あれから二年ぐらいの月日が経った。

 

あたしは両親について外国に行き、数カ月ほど前久しぶりに日本に帰ってきた。

 

星を見に行く約束は結局破ってしまったけど、忘れっぽいあいつのことだ。どうせ覚えていないだろう。

 

今日は流星群が見れるとニュースに流れてたので、あの小高い丘で見てみようと家を出た。一応思い出の地でもあるし。

 

望遠鏡はないけど、ビニールシートなどは持ってきた。地面に敷いてその上にねっころがり空を見よう。

 

天気予報では今夜は晴れ、雨は降らないらしい。

 

街並みが少し変わってはいたけど、問題なく…昔通ったY字路についた。

 

 

 

『来る途中公園あったでしょ、あそこで待ち合わせ。うん、決定!』

『決定かよ。それじゃしゃーねーか』

 

 

 

ふと昔の会話が頭を過った。

 

右に行けばほぼ直通であの丘まで行ける。今もあの時と同じ道なりだったら。

 

左に行けば…公園がある。ただし道が入り組んでいるから、少し遠回りになるだろう。

 

あたしは立ち止まって、しばらく悩む。

 

効率を考えるなら迷わず右の道を行くべきだ。ただでさえこんな夜遅くに一人きりで外を歩くのは身の危険が…それに明日は平日。学校もある。

 

 

さっき自分でも思ったし。待ってる訳ないって、どうせ今ごろは深夜アニメ見てるかゲームしてるかグースカ寝てるに決まってる。

 

 

そもそもあの公園って今もあるの?ここに来るまでの道も結構変わってたし…行ったら工事中のフェンスが、とかなってたら凄いショックだ。

…見ない方がいいかな。

 

散々迷った後、あたしは……左の道を選んだ。

 

絶っっ対明日、ナツルの背中にタイキック入れてやる!

 

ちょっと不機嫌になりながら、ずんずんと道なりに進む。

 

そうして三つほど曲がり角を通り過ぎると、そこには昔見たままの公園がきちんと存在していて、

 

 

イヤホンを耳につけた男が、こちらに背を向けた状態で滑り台の上に座って空を見上げていた。

 

 

「ナ…ツル……?」

思わずつぶやいた。

 

それに気付いたのか、あいつはこっちを振り向き、音楽機器を操作してイヤホンを外しながら、

 

「おそっ」

 

昔と同じ台詞だった。

 

 

「なんで…」

「気が向いたから?」

 

滑り台を滑り下りて、こっちに歩いてくる。肩に望遠鏡が入ってるであろうバックを背負い。

 

「…いつから待ってたの?」

「さあね」

 

そう言うと腕時計を確認して。

 

「2年ちょい、それと1時間2分の遅刻だな」

 

遅すぎだろ、そうつぶやき歩き去ろうとする。行き先はあの丘の上だ。

 

あたしは慌てて並んで隣を歩く。

 

「ね、なんで待ってたの?」

「さっきも言っただろーが。気まぐれだよき・ま・ぐ・れ。偶然さね」

 

 

………………ぷっ

 

知ってる?ナツル。あんた嘘つくとき、半眼になるのよ?

 

今もそう。おどけたように手を振って肩を竦めているけど、その目は半分しか開いていない。

 

第一、「おそっ」とか言っといて偶然とか…どう考えてもおかしいじゃない。もっとマシな嘘つきなさいよ。

 

 

あとで分かったことだけど、ナツルはこの時期になると暇を見つけては待ってたらしい。

深夜に一人、滑り台で待つって…地味に重い。馬鹿じゃないの?

 

でも嬉しかった。

 

 

 

「ふふっ」

「何だいきなり…」

「べっつにー。あ、そうだ。カレー持ってきたんだけどあんたも食べる?」

「いらん」

 

 

「むー、かわいくないわねー。そういえば音楽なに聴いてたの?」

「バンプ。好きなんでね」

 

 

 

 

―――あたしには幼なじみがいる。

 

幼稚園からの付き合いのある、でもずっと一緒に育ってきた訳じゃない。

 

素行が悪く、性格も最悪。しょっちゅう喧嘩はするし、タバコも吸う。

 

でも憎めないし、不器用に優しい。

最低だけど最悪。

 

そんな幼なじみがいる。

 

 

…あたしの、好きな人。

 

 

 

 

 

 

 

 

始めようか 天体観測、二分後に君が来なくとも

『イマ』というほうき星、“きっと”二人追いかけている

 

 

 

 





グベホォッ!!(吐血)が…柄にもなくラブコメっぽいのを書いてしまったから反動が……オチらしいオチもないし、なんかシリアスっぽいし…

番外編第一弾から無駄にダメージを受けてしまった…このままで大丈夫か…?


まあアホな戯言はこの辺にしといて、改めまして。

宣言通り番外話デス。今回のは本編で若干ポジション食われかけてる幼なじみ、水琴のお話。
季節は夏ごろをイメージしています。つまり過去と未来の話。

書いた当時は夏だったんですよ…にじふぁんの時は






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