けんぷファーt!   作:nick

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第32話 シークレットカオス

「あー酷い目にあった」

学校からの帰り道、誰ともなしにつぶやく。

 

ホントに酷い目にあった。学校に行く前までは「なし汁ヒャッハー」て気分だったのに。

まさか新年早々釜茹での刑にされるとは…石川五右衛門か俺は

 

ちなみに大釜の中身は、乳を原料として発酵させたものを煮溶かしたものだった。意味が分からない。

 

あいつら俺をフォンデュして食うつもりだったのか?

 

 

 

「あ…ナツルさん…」

 

 

 

自宅のすぐ側までやって来た時、急に声がした。

何者!?と一瞬思ったが、よくよく門の前を見てみると、正体は紅音だった。

 

「紅音ちゃん?なにしてんだこんなとこで」

「やっと帰ってきてくれました……」

 

 

話を訊くと、今日は図書委員の当番の日だったが、急に図書館が使えなくなったので事情を訊きに来たらしい。

ホントは学校で訊きたかったが俺に会えず、家まで押しかけたが扉に鍵がかかっていて中に入れず、ずっと外で待っていたとか。

正直少し、いやかなり怖い。

 

 

疲れてるから今度にしてほしいんだが、このまま帰すのは流石に外道すぎる気がするので、鍵を開けて彼女を家に招く。

 

その際近所の人に姿を見られてしまった。前に「おたくの水琴ちゃん元気ね〜」とか言ってきた主婦だ。なんて思われるかちょっと心配。

 

 

 

後日、「瀬能さん宅の息子は二人の美少女を取っ替え引っ替えしてる」等の噂が近所中に流れたようで、周りの住人の俺を見る目が変わった。

チャラ男扱いされるくらいなら草食系と舐められてた方がなんぼかましだ。

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

「びっくりしました、急に図書館が使用禁止になって…。ナツルさんのせいだったんですね」

「いや俺何もしてねぇから」

 

紅音を自室にあげて、図書館での経緯を説明してやったら、こんな反応が返ってきた。

 

俺がやったことっていったら紙を撒き散らしたことくらいなんだが、なんでみんな人を加害者扱いしたがんだろうか。

瀬能家の宿命か?(※日頃の行いのせいです)

 

 

「襲ってきたケンプファーって…」

「水琴。なんか金髪で刀振り回してたぞ」

「ほお。(シュヴェアト)ですか」

 

今まで会話に参加してなかったハラキリが口を挟んでくる。お前いたの?

 

「水琴さん…。赤なんですね……」

「ちらっとだが腕輪を確認した。間違いなく赤だ」

「あたし…戦いたくないです」

紅音は暗い表情をさせながら小さくこぼした。

 

彼女の言うことはもっともだ。

 

とっさのことでつい攻撃しちまったが、倒そうとは思わなかった。

恨みはあるが憎いわけじゃない。複雑な気持ちだ。

 

 

「なんとかならんかな」

「難しいでしょうねえ」

独り言のつもりだったが、ハラキリがいつものようにアイパッチを掻きながら答える。

 

「ですよね……」紅音が相槌をうつ。

 

重い空気が辺りに立ち込めた。

 

 

そうやってしばらく黙ってると、不意に階下がバタバタと騒がしくなる。何事?

 

 

「ナツルー!あがったよー!」

 

 

議題にあがってる水琴が部屋に突入してきた。

 

一気に気まずい。

つーか鍵はかけたはずだが…こいつまた勝手に外して侵入しやがったな。

 

「あ、紅音ちゃんもいたんだ。…どしたの二人とも黙って」

「いや……」

 

まさか敵対したお前のせいだとも言えない。

紅音なんかハンカチで目頭押さえてる。ちょっと大袈裟すぎじゃねーか?

 

「お前、なにしに来たんだよ」

「そうそう、二人ともケンプファーっていう戦うための存在?って知ってる?」

 

ガンッ

 

部屋の中央にあるテーブルに頬杖ついてたんだが、彼女のあっさりとした物言いに思わず手を滑らせて、顎を打った。紅音なんか眼鏡飛ばしたぞ。

 

 

「…何だって?」

「だからケンプファーよ、ケンプファー。前に見したでしょ、臓物アニマルのぬいぐるみ。あれが家に飾っといたら急に喋ってさー」

 

一息でまくし立て、なぜか机の上に目を移した。その先にはぬいぐるみの振りをするハラキリが。

 

「…そういえばあんたも持ってたわね、あれも喋る?」

 

水琴の言葉にハラキリがビクッとした、ように見えた。

 

背中に冷たい汗が流れる。

 

紅音はすでにパニック状態だ。眼鏡をかけようとしてるようだが、(つる)の部分が自分の方を向いてない。コントか。

 

「喋るわけねーだろ」

「ま、普通そうよね」

 

なるべく普段通りの口調で否定すると、水琴はすぐさま視線を外す。どうやら興味をなくしたようだ。

 

ここで真実を話したら戦闘になりかねん。つーかなるだろ、多分。

 

 

「あの…水琴さん。悲しいとか辛いとかないんですか?」

 

紅音が眼鏡をキチンとかけて尋ねる。ようやく平常近くまで落ち着いたようだ。

 

「なんで?」

「なんでって…」

「楽しそうじゃない。サハリンでニヴフと争うよりよっぽど」

「海外でなにやってんのお前?」

 

民族間の溝を一層深めてるんじゃねーだろな。

 

つーかこいつ、一体なにしに来たんだ?ケンプファーになった自慢?

ありそうだな。昔からなにかあるたび報告してくるから。

 

 

その辺詳しく訊いてみようとしたが、突然、水琴は時計を見てなにかを決意したような顔をする。

 

 

「ナツル。ちょっとトイレ借りるね」

「女なんだから恥じらい持ってお手洗いとか言えよ」

「うっさい」

 

水琴はそのまま部屋から出ていった。

まだ了承してないんだが…まあいいか。

 

後には俺と紅音、ついでにハラキリの三人が残される。

 

「前向きな方ですねぇ」

 

黙ってぬいぐるみのふりしてたからか、ハラキリが肩を回して感想をもらした。もとからぬいぐるみのくせに、肩こんのか?

 

「昔っからああだからな…。悩みねえんじゃねーの?」

「そうですかね?」何が言いたいんだこの不良品。

 

「あの…、会長には言うんですか…?」

 

紅音の不安げな台詞に少し考える。

 

実はすでに教えてんだが…、どうすんのかなアイツ。

どう対処するかぼかされたが、水琴から情報引き出した後あっさり倒すかもしれん。

 

いくら過去に嫌な目にあってても付き合いは長い。消させるわけにはいかん。

 

「早々に対策を練る必要があるな…場合によっては会長と敵対するかもしれないから、腹だけは括っておいてくれ」

「…あたしは、ナツルさんのパートナーですから。ナツルさんと一緒に戦います」

 

紅音ははにかみながら、ハッキリと宣言する。

 

「ナツルさん、わたしお腹は切ってますよ?」

 

アホなこと抜かすハラキリは電灯の引っ張り紐で逆さに吊しておく。

 

「あ…あの……会長で思い出したんですけど」

「ん?」

「今度、沙倉さんの家に行くじゃないですか」

 

紅音は急に真剣な顔つきをしだした。

 

なんだ?なにか気になることでもあったのか?

まさか沙倉がケンプファー騒動に関わってるかもしれないってのに気づいたのか?

 

 

「あたし、なにか武器になるものを持っていった方がいいんでしょうか」

「……何を言っとるんだ君は」

 

身構えてたらとても物騒かつアホなことを口にしだした。

ホントに何考えてんだこいつ。

 

懸念していたこととまったく別な回答に思わず頭を抱えたくなる。

 

 

「だ・だって…、ナツルさんを守るって言ったし……。あたし力はないですけど、スタンガンとか使えば」

「落ち着け」いかんな、すでにヤンデレへの道を歩み始めてる。

 

出会ったばっかのころはなんかこう…清純とゆーか、大人しい印象だったのに。

時の流れは残酷だ。

 

「それとも薬で眠らせて…、そのあと縄で……」

 

縄でどうするつもりなんだ一体。

 

「そんなもん必要ない。適当にお菓子でも持ってけばいいだろ」

「え…?毒ですか……?」

 

否定で言ったのに物騒な方向に持っていきやがった。

かわいそうに…、長年四組(あんなとこ)にいたせいで頭がやられたようだ。環境の被害者だな。

 

紅音はその後もしきりにぶつぶつと「大事になるけどガスで…」とか「いざとなったら他の人の迷惑になるけど自宅に火を…」などと危ない台詞を延々と喋り続けていた。

 

俺の周りはこんなんばっかか。

 

 

「類は友を呼ぶ、というやつですかね」

 

ハラキリ、逆さに吊るすだけじゃ足りないみたいだな。

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

 

しかし水琴の奴遅いな。ハラキリに追加でオプション(ガムテープ+爆竹)装備させたのにまだ戻ってこない。戻ってきた瞬間に火を付けて反応を見ようと思ったのに。

 

そこで嫌な予感がした。あいつまさか……!

 

「ふえ……ナツルさん!?」

思考の海から帰ってきた紅音が、突然の俺の行動に驚愕の声をあげたが無視。

 

急いで階段を下り、一階に到着。目差すのはトイレではなく…

 

 

「あ、ナツル」

 

水琴はリビングのすぐ近くにいた。いてくれなくてよかったのに………

 

「もうすぐカレーができるから、待っててね」

 

台所から満開のヒマワリのような笑顔でそう(のたま)いやがった。

 

「あ…ああああぁ………」

感が外れることを願ってたのに…

 

つーかよくこの短時間で作ったな。降りてから20分も経ってねーぞ。

 

「どしたのナツル?いきなり座りこんじゃって」

 

水琴は近づいてきて、地面に膝と手をつき絶望にうちひしがれる俺の顔を覗きこんできた。

 

「キサマア……!」その頭を両手でわしづかみにしてシェイクする。

 

「俺の、家に、カレーを、持ち込むんじゃねえって、言っただろー、ガっ!!」

 

正確には言ってないけど態度で分かれ。

 

「ちょ!、ナツっ!、やめっ…!」

ガックンガックンと勢いよく前後に揺られ、水琴は息絶え絶えだ。そのままチーズになってしまえ。

 

「ナツルさんっ!?すとっ、ストップです!!」

 

あとから追い付いてきた紅音に後ろから羽交い締めにされ、引っぺがされる。ブルータス、お前もかっ!

 

 

「もー、いきなり何すんのよ!」

解放された水琴が食ってかかる。

 

俺は紅音を引きはがしながら怒りに震えた。

「キサマが言うか…キサマがっ!」

 

俺をカレー中毒にしたくせに。

夜な夜なカレーを求めるあまり拘束抜けと脱獄のスキルを得てしまった奴の気持ちが分かるか?

退院日医者に「君のおかげで病院の警備システムの質が上がったよ」って言われたぞ。その後すぐ「君の将来が不安だ」とも言われたが

 

林間学校も修学旅行も、臭い嗅ぐのもヤバイんじゃと思ってガスマスク常備して行った。

 

そのせいか一時期あだ名が「青ムーチョ」だった。ヘイホーの方が好きなんだけどな。

 

 

「何よ、言いたい放題言っちゃって…少し食べたくせにっ」

「あれで分かったのか?」お玉一杯分くらいしか減ってないはずだぞ。

 

いちいち量を覚えているのか?こいつは大雑把ではあるが感がいいから…いやでも

 

俺の台詞に水琴は、一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐににんまりと嬉しそうな表情を見せる。

オイ、まさか…

 

「なんだもうナツルったら〜。なんだかんだ言って食べてるんじゃないもー素直じゃないんだから〜」

 

 

あ、やっぱりだ、コイツカマかけやがったな!!

 

 

肩といわず背中といわず、バシバシと無遠慮に叩いてくる水琴になんとなく敗北感を覚える。

勝ち誇ったようなドヤ顔が憎たらしい。殴ってしまいそうだ。

 

「ね、ね、どうだった食べた感想は?美味しかった?」

「ギリギリまで体重落として世界戦に臨み、逆転勝利したあとに口に入れたおにぎりみたいな味がしたよ」

「つまり美味しかったのね」

 

否定はしないけどあんな説明で分かったのか?

 

 

「ふふ〜♪ ん、ちょうどいいから晩ご飯に食べてこ。紅音ちゃんも食べる?」

「えっ…、でも」

「いいから、代わりに消費してくれ」

 

 

食えるようになったとはいえ量が量だ、軽く専門店くらいある。いつも思うがどんだけ気合入れてんだよ。

我が家の鍋たちを解放させてやるためにも、早く無くなるにこしたことはない。

 

つーかすでに三つの皿にご飯をよそってるし。俺の分はせめて茶碗にして。

 

 

 

     ☆     ★     ☆

 

 

 

「このカレー。すごくおいしいです」

「でしょでしょっ?いやー、分かってくれる人がいてうれしいよ。ナツルは?」

「カレーってこんな味がしたんだな」

「なによその感想…そうだ、今日男子部が騒がしかったけどなんかあったの?」

「別に対したことはねーよ、ちょっと俺が煮だったチーズの中に鎖で縛られて放り込まれたくらいだ」

「それって対したことないんですか…?」

 

 

数分後、俺と紅音と水琴は、カレーを食いながら談笑に花を咲かしていた。

 

と言っても俺は、数年ぶりのカレーを舌に馴染ませるのに集中してるため、あまり会話に参加できていない。たまに話題を振られても相槌を打つ程度だ。

 

「ケーキは駅前のお店がおいしいんですよ」

「へー。あ、今度一緒に食べに行こうよ」

「はいっ」

 

たっぷり時間と労力をかけて茶碗一杯分のカレーを食い終えると、二人はもはや間に割り込む隙がないほどの女子トークモードに入っていた。

空返事しかしない俺は空気にされてしまった。かなり疎外感。

 

仕方なくテレビをつける。ニュース番組だ。

 

 

『……駅にひと月前オープンした都市型温泉施設は、大変な人気を誇っています。今晩は都市に回帰するリゾートの特集です』

 

 

テーマソングが流れ、施設の設備らしいものの映像が映し出される。

女二人もテレビに視線を向け。

 

「これってあれよね、近くの駅にできた新しいやつ」

「そうですね…。そういえば、建設途中のビルがありました」

 

ああ、あれか。確かずっと工事用のめかくしフェンスがあったはずだが、そういえばなくなってたな。

 

「今度行ってみようかなぁ…、きっと綺麗だよね」

「できたてですから、そのはずですよ」

 

いかん、また空気と化してしまう。

 

「そういや水琴。ケンプファーは戦うための存在っつったけど、理由は知ってんのか」

「えっ、あー」俺の唐突な質問に、スプーンをくわえて思い出すようにしばらくうなり。

 

「なんかね、負けたらこまるんだって」

「そりゃそうだろ」

俺らだって敗北=消滅なんだから。

 

「そうじゃなくて…勝つことで世界が救われるとか…、あれっ?国だったっけ」

 

知らんわい。

 

しかし水琴の言葉に考えこむ。世界が救われる?始めて聞く情報だぞ。

思わず紅音の様子をチラッと伺うと、相手も俺を見てたようで目があった。

 

 

(紅音ちゃん、今のどう思う?)

とりあえずアイコンタクトをはかる。

 

(えっ、そんな)

(紅音ちゃん?)

(困ります。水琴さんだっているのに……)

(…………)

(で…でも…ナツルさんがどうしてもって言うなら……)

 

見事に通じてない。しかも勝手に暴走し始めた。

 

紅音の考えてることは、顔を赤くして悶えてるからまず間違いないだろう。

 

 

「あ、あとあたしは監視役だって言ってた」

まだ話続いてたんだ。

 

「なんか、味方のなかに裏切り者がいるんだって。で、監視しながら敵を倒せって」

 

裏切り者…は多分雫のことだろう。ここまで言って名前が出てこないんだ、誰がそうかまでは知らんようだな。

 

水琴のメッセンジャー…チッソクノライヌだったか?も重要なところで情報が欠落してるみたいだな。俺がモデレーターだったら裏切り者の情報の方を優先させるぞ。

 

…逆になんでケンプファーが戦う必要性を詰め込んだんだ?裏切り者を倒させるつもりがないのか?

うーむ、分からん。

 

 

「あ、そうだ敵といえば今日戦ったんだった」

 

図書館でのことだろう。背中に冷たい汗が流れる。

 

「なんか火みたいなの使う奴だったんだけどさ、性格超悪いのよ。もう最悪」八つ当たり気味にカレーを掻っ込む。

 

そーとー怒ってんなこりゃ。顔を狙ったからか?

 

「しかも悪知恵ばっか働いてさ、逃げ足も速くて倒せなかったのよ」

 

プンスカ、と擬音がでるくらい頬を膨らませ不愉快をあらわにする水琴。すいませんね、悪知恵ばっかで。

 

「ね、どんなのか教えてあげよっか」

「いらん」

「ナツルも知ってる超有名人。『教えてください水琴様』って言ったら教えてあげてもいいよ」

「あーあーハイハイ、オシエテクダサイミコトサマー」

「んっー、もうっ」

 

ミコトサマはそう言ってそっぽを向いた。へそを曲げたようだ。

まあいいや、ほっとこう。

 

ちなみに紅音がずっと会話に参加してないのは、妄想に旅立ちそのまま帰ってきてないからだ。

 

こっちもほっといていいや、なんか幸せそうだし。

 




ナツル昔は精神病院時代にサラコナーとか呼ばれていた過去が…もちろんございません。
脱出方法がわからずT-1000みたいに通過してるんじゃ?的な疑いは持たれてたかもしれませんが(人間技じゃねーだろbyナツル)

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