優しいふりだっていいから、
もう一度笑ってみせて?
君が 思い出になる前に
忌塚大地。17歳。星鐵学院二年三組、男子バスケットボール部所属。
武器・
敵対する青のケンプファー・瀬能ナツルに挑むも、その最中他のケンプファーに倒されその生涯に幕を閉じた。
これは、そんな彼の最後の物語。
☆ ★ ☆
「大地さん、いつになったら青のケンプファーと戦ってくれるんですか?」
朝、学校に行く前に食事を取っていると、動物の死体をデフォルメしたぬいぐるみに小言を食らった。
フクドクカモノハシ。自前の毒で命を落とした、という設定がある臓物アニマルだ。
正直吐き気がする。
こんなのを家に置いておきたくはないが、自分のメッセンジャーだから仕方ない。
それに…みどりから貰った、数少ない思い出の品だ。手放したくない。
「ちょっと、聞いてるんですか大地さん」
「聞いてるよ」話半分に。
フクドクカモノハシがいるのはリビングのテーブルの上。普通なら大事になるかもと慌てるところだろうが、あいにくうちの両親は共働きのためこの家にいる人間は俺一人きり。
騒ぎにならなくてすむのはありがたいけど、この光景が日常になるくらいなら誰かいてくれた方がよかった。
「自分の使命を蔑ろにしでもらっては困りますよ。きちんと青の奴らを倒してくれなきゃ」
「それはもう何度も聞いたよ」
「聞いているのと理解しているのはわけが違います。この間のお昼など絶好のチャンスだったじゃないですか」
ちっ、またそれを持ってくるか…定期的に進捗状況を話してるのが仇になったな。
「前も言っただろ。やろうとしたら
「そんなこと言って、大地さんあなたもしかして相手に情でも移ったんじゃありませんか?」
「…………はあ?」
「ダメですよそんなの。そんなことじゃいつまでたってもみどりさんの仇は「黙れ」」
ペラペラとくだらない口をきいてくるぬいぐるみの顔を頭ごと鷲掴みにする。
「てめえごときがみどりをダシに使ってんじゃねえよ。首と胴体を引きちぎるぞ」
脅しでないことを証明するように、もう片方の手で体部分を握りしめる。
「ま、ま、ま、まってください。わかりました、分かりましたからっ」フクドクカモノハシが手足をバタつかせる。
それを見て胴体を掴んでいた手の力を抜いて、
「心配しなくてもきちんと方はつけるさ。ただ俺には俺のタイミングってのがあるんだよ…分かるか?」
カモノハシの頭を握りしめたまま自分の顔近くまで持ってきて語りかける。
表情に変化はないが怯えたような雰囲気で頭を上下させる(正確にはさせようとしてくる)ぬいぐるみを見て、部屋の隅に投げ捨てて解放する。
ふと壁の時計で時間を確認してみれば、時刻は7時をとうに過ぎていた。そろそろ出なきゃまずい。
今だに隅っこでガタガタと震えるカモノハシを無視して、カバンを手に取り玄関に移動する。
食器を片付けてないのに気がついたが、どうせ夜になっても誰も来ないので帰ってからやればいいかと思い、靴を履いた。
「いってきます」
返事が返ってこないのを承知で家に向かって声をかける。
扉に鍵をかけて道路に出ると、ちょうど箒を持って家から出てきた隣のおばさんと目が合った。
「あ、おはようございます」
「…おはようございます」愛想笑いをする。
それを見ておばさんもニコッと笑い、すぐに掃き掃除を始める。
これ以上会話が広がる気配はなさそうだ。
………つい数週間前までは、もう少し気軽にしゃべったりしてたんだけどな。
かすかな失望感を味わいながらも、視線をおばさんから外し、いつもの通学路を見据えて歩きだした。
☆ ★ ☆
『お先失礼しまーす』
『うぃーっす』
『あー疲れたー』
放課後。
バスケ部の練習を終え、着ていたユニフォームから制服に着替える。
『大地、お先ー』
「あ、お疲れー」
『つーか怪我してんだから休んでていいのに。大地さんマジ真面目』
「ははっ、落ち着かなくてな」
実は左手の怪我はかなり前から完治しているんだけど、腕輪を隠すために包帯ぐるぐる巻にしているため周囲からは今だに治っていないと思われている。
「じゃ、先に上がるから後片付けよろしくー」
『おつー』『へーい』
『さよならー』
部室でダベってる奴らと、体育館の掃除をしている奴らに挨拶をしてから外に出る。
いつもと変わらない。何気ない毎日の一コマ。
しかしこの日は、この時だけはいつもと違った。
「……あれ、大地。今帰りか?」
「―――っ、瀬能…!?」
体育館を出て、そのまま校門に向かうと、ちょうど昇降口から出て来た瀬能とばったり出くわした。
「奇遇だな。バスケ部っていつもこんな時間までやってんのか?」
「……お前こそ、なんでこんな時間まで残ってんだよ」
不愉快になってくる自分の心を押し殺して話しかける。
帰宅部の瀬能がこの時間に校舎から出てくるのはおかしい。
「反省文書かされてた」
「今の今までか?何やったんだよ」
「二限目の終わりから四限目までぶっ通しで寝てたからだってよ。それぐらいいいだろうに…」
後で聞いた話じゃ、起こそうとした先生をカウンターでノックアウトしたらしい。反省文で済んだのは寧ろ幸運だったんじゃないか?
「……正体が分かって待ち伏せしてたわけじゃなかったのか…」
「? なんか言ったか?」
「い、いや、なんでもない」
思わず口から出てしまった。
考えてみれば生徒会長の三郷雫も気づいてないんだ。こいつに勘付かれるはずがないか。
とりあえず一安心し、さっさとこの場から離れよう。
「…なあ、せっかくだし一緒に帰ろうぜ」
「え?」別れを告げようとした瞬間、逆に声をかけられた。
それは全く予想していなかった一言だった。
☆ ★ ☆
「……」
夕暮れに染まる川沿いの土手道を二人、無言で歩く。
瀬能が前を歩き、その2・3歩後ろを俺がついて行くように歩いている。
なんだこの状況。
なんで俺敵対してる側の人間と一緒に帰ってんだ?
ふと、奴の右手にはまっている青の腕輪が目に入った。
……今、一瞬で変身して
幸い辺りに人影はない。空も程よく暗くなりかけているし、絶好のチャンスだ。
……やるか…?……
思わず左手に力が入る。
「なあ大地」
「!?」
変身しようとした瞬間、瀬能が口を開いた。
「気のせいならいいんだけどよ…」
動揺する俺に構わず、言葉を選ぶかのようにゆっくりと話しかけてくる。
どうやら敵意を感じて先手を打ったってわけではないようだ。
…タイミングよすぎだろ。心臓が止まるかと思ったぞ……。
「お前、なんか悩みとか抱えてるんじゃないか?」
「……はあ?」
「いや、なんか俺に言いたい事がありそうに見えたから」
顔を見せずにそのまま、前を向いた状態で歩みだけを止める。
それにならって俺も足を止めた。
言いたい事?そんなの山ほどある。
悩み?そんなもの、こぼれ落ちそうなほど抱えている。
大体なんでお前がそんなことを言い出すんだ。原因のくせに。
自分の顔が強張り、腕が震えるほど拳を強く握りしめる。
無神経がカウンセラー面してんじゃねえよ。
「…失言、だったみたいだな」
「え?」
「悪い、忘れてくれ…またな。大地」
唐突にそう言い残し、瀬能は再び歩きはじめる。
その背中は哀愁が漂っていて―――俺は、追いかけることができなかった。
―――なぜだ。 最近よく思う。
瀬能、なんで…お前なんだ。
お前じゃなくて他の誰かだったら、なりふり構わず襲いかかったのに。
お前がもっと嫌な奴だったらよかったのに。
お前が…赤ならよかったのに。
そう強く、強く思う。
そう考える自分の心が、たまらなく嫌だ。
ギュッと包帯ごしに左手の腕輪を握りしめる。
前を行く瀬能はどんどん離れていき、ずいぶん小さくなってしまった。
「………またな、瀬能」
また、明日。
聞こえない程度にぽつりとつぶやいた。
ふとなんとなく…あの背中の持ち主が今どんな顔をしているのか無性に気になった。
そんなことを考える自分も、嫌だった。
☆ ★ ☆
あか。
あかい。
あかいあめがふっている。
すぐそこにてんじょうがみえているのに。
なんだ。なにがおきたんだっけ?
「…あ……あ…あぁっ…!」
ああそうか、せのう…なつるのたてになったんだっけ。
かんいっぱつだったな。
だいじょうぶだよ、なつるなら、やれるさ
「ウソだ…そんな…こんなこと……!」
「おまえをしんじる、おれを…しんじろ」
いまさらむしがよすぎるけどな。
「大地ぃぃぃっ!」
ぐらりとせかいがかたむいた。ちがう、おれがたおれたのか。
たおれるとちゅうでなにかせなかにあたった。
みあげるとそこに、いまにもなきだしそうな、くつうにたえるような、なつるのかおがあった。
……ああ、あのときも、こんなかおをしていたのかな。
みずしらずのあおのけんぷふぁーがじゅうをむけてくる。
しかし、たまがはっしゃされるまえに、なつるのからだがひかりにつつまれ、すがたがおとこからおんなにかわった。
なんだ、やればできるじゃないか。
あんしんしたせいかねむくなってきた。
……なにやらなつるがさけびながらかたつかんでゆさぶってくるが、もうよくきこえない。
そのかおはさっきとおなじ、ふあんげなひょうじょうをしている。
だいじょうぶ。
だいじょうぶだよ。
おまえにはなかまがいる。だからしんぱいないよ。
いまのおまえにならまかせていける。
…そうだ。いまのおれをみたら、みどりはなんていうだろうか。
おこるだろうか?なんでてきなんかかばっているんだと。
けいべつするだろうか?あんたってそういうおとこだったんだねって
そうおもわれても、しかたないよね。
ちょっと、あたまをさげにいこう。
このおもいを、わかってもらうまで、なんじかんも…なんねんかかろうとも。
―――なんで……
ああでも、やっぱり、
―――なんでだよ…
―――なんで…死ぬんだよ…!
しにたくないなって、おもっちゃうな。
いまのおまえにならまかせていける。
ブリーチ。市丸ギンの最後の台詞(思考?)今の君になら 任せて いける
ああでも、やっぱり、しにたくないなって、おもっちゃうな
ハガレン。ヴァンホーエンハイムの最後の台詞(思考)
番外話です。書いてから思いました、完全にこれ蛇足じゃね?と
まあ書いちゃったからには上げとこうかなと思い投稿しました。
今回の話は本編で大地がサラッと頭を掠めた『孤独を忘れさせてくれた帰り道』と最期の瞬間を大地視点で書いたものです。
死ぬ間際の人間の思考なんてまったく分からないので、後半はあえて全部ひらがな。読むのもしんどいいけど変換が使えなかったので書くのもしんどかったです。誤字脱字があったら申しわけない。
最後に
今回の話で切り裂きマリーさん(忌塚大地)編は終わりとなりますが、すべてのサブタイトルに共通点があります。分かりましたか?
ノーヒントで分かった方は相当なマニアです。作品への愛が感じられます。