私の世界は硬く冷たい   作:へっくすん165e83

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天才とか、傭兵とか、ネックレスとか

「そういえば、……なんというかそれでいいの?」

 

 私は大図書館の掃除をしながら小悪魔に問う。

 小悪魔は少々珍妙な格好で本の整理をしていた。

 右手に指輪を付け、首からロケットを下げている。

 頭にはティアラが乗っており、ポケットは不自然に膨らんでいた。

 そう、小悪魔は全ての分霊箱を身に着けている。

 

「机の上に置いておくわけにもいかないじゃないですか」

 

 小悪魔はそういうが、その表情は何処か誇らしげだ。

 

「なんというか、お宝マニア?」

 

「否定はしませんよ。元古物商の下働きとして」

 

 小悪魔が手を振るうと机の上に置かれた本が本棚に戻っていく。

 

「どれもこれも曰くのあるものばかりです。蘇りの石に、蛇語でしか開くことができないロケット、かぶると頭のよくなるティアラ、金のカップ」

 

 小悪魔は楽しそうにクルクル回る。

 体が女性のものになると、心も次第に女性に近づいていくのだろうか。

 小悪魔の動きには男性特有の重たい動作が見られなくなっている。

 口調こそ中性だが、しぐさは既に女性のそれだった。

 

「分霊箱はまだ1つも破壊していないのよね」

 

「はい、日記は破壊したと言ってしまってもいいのかもしれませんが」

 

 恰好こそチグハグではあるが、ティアラはそこそこ小悪魔に似合っているといえる。

 小悪魔はぴたりと動きを止めると、思い出したかのように私に言った。

 

「そういえば、これでヴォルデモートの魂は7つになったわけですよね。余分に作ってしまったハリー・ポッターと変化した日記でプラスマイナスゼロ。少しはパワーアップしたのかな?」

 

「そこまで7という数字にこだわる必要があるの?」

 

「願掛けみたいなものです。魔法界では7が最も強力な数字と言われている。そういえば、咲夜は今年成人ですよね」

 

 確かに私は今年で17になる。

 魔法界では17歳で成人したということになるのだ。

 マグルの世界、特にイギリスでは18歳で成人なので、魔法界の成人年齢は1年早い。

 小悪魔が言うには、それも7という数字が関わっているからだという話だ。

 

「年齢って言葉は私の体には通用しない気はするけどね。そもそも時間の流れは相対的なものだから——」

 

「理屈ではそうかもしれませんが、基準は大切ですよ。理詰めでは世界は回りません」

 

「知った風な口を利くじゃない」

 

「知った風な口を利くんです。少なくとも、咲夜より50年は長く生きていますので」

 

 小悪魔は綺麗に磨かれたティアラを自分の頭から取ると、私の頭の上に乗せる。

 

「うん、やはり私の赤髪よりも咲夜の銀髪の方が似合いますね。素敵ですよ」

 

 ティアラが頭の上に乗った途端、靄が晴れるように頭の中がスッキリとした。

 今ならどのような複雑な計算でも瞬時に行えそうな気がする。

 それと同時に、懐かしい感覚が心の中に響いた。

 

「貴方の魂を感じるわ。と言っても、今は別人か」

 

 妙に胸が暖かくなる。

 小悪魔は納得するように頷いていた。

 

「まだ私がハンサムだった頃に籠められたものですからね。と言っても、これを作った時少し顔が崩れてしまいましたが」

 

 私はティアラを小悪魔の頭の上に戻す。

 

「そういえば、ダンブルドアはパチュリー様を見つけることができたのよね? パチュリー様がそう簡単に見つかるとは思えないんだけど」

 

「咲夜の考えている通りですよ。パチュリー様は自分からダンブルドアの前に姿を現した。もっとも、ダンブルドアは自らが苦労して見つけ出したと思っていると思いますが。ダンブルドアと先生は古い友人なのです。ダンブルドア自身、純粋な気持ちで先生に協力を求めたのでしょう」

 

 小悪魔が手を振るうと図書館の机の上に1つの写真立てが現れる。

 その中にはホグワーツの制服を着ているパチュリー様と、若い頃のダンブルドアであろう青年、そして騎士団員のドージが写っていた。

 

「2人は親友とはいかないまでも、顔見知りだったようです。ダンブルドアは貪欲に名声を求め、先生は貪欲に知識を求めた。いや、今でも求め続けている。あの事件がなければダンブルドアは先生と肩を並べて研究をしていたかもしれません」

 

「あの事件?」

 

「そう、ダンブルドアの母親の死です。この話をするには少しダンブルドア家について先に話さなければならないでしょう」

 

 小悪魔は写真立ての前に腰かける。

 私もその向かい側に座った。

 そして時間を止め小悪魔と私の前に紅茶を用意する。

 時間停止を解除すると小悪魔は自然な動作でティーカップを手に取り一口飲んだ。

 

「ふむ、トリカブトですかね? ちょうど体調が優れていたところです」

 

 勿論私の分は毒を入れていない。

 小悪魔は苦しそうに咳ばらいを1つすると、ゆっくりと話し始めた。

 

「アリアナ・ダンブルドア。聞いたことはあるでしょう。貴方が私に調べろと言ったのですから」

 

「そうだっけ?」

 

「…………。まあいいでしょう」

 

 小悪魔はじとっとした目で私を見る。

 私は記憶を探るが、確かにそのようなことを頼んだような気がした。

 

「ごめんなさいね。生き返ってからその前の記憶が曖昧で」

 

「咲夜の魂は不安定そのものですから。それ故に死後の世界から引っ張り出せたともいえます」

 

「ちょっと待って、私はそっちの話のほうが気になるのだけれど——」

 

 私が小悪魔の話に口を挟むと、小悪魔は困ったように眉を顰めた。

 

「先生から聞いていないのですか? もしくはお嬢様からとか……」

 

 小悪魔はまっすぐ私の顔を見る。

 私は静かに首を横に振った。

 

「……ではそちらから話しましょう。殺人を犯すと、その者の魂が引き裂かれるのです。分霊箱はその性質を利用した魔術ですが……まあそれはこの際置いておきましょう。つまり人を殺せば殺すほど、魂に傷が入ります。そのものの魂は人間のそれではなくなっていく。咲夜の場合引き裂かれた魂を分断し、箱に詰めたりはしていないので、魂が不安定な状態というところに保たれています」

 

「そんなの……いや、それはどうなの? もう星の数ほどの人間をこの手で殺してきているけど、私はまだ人間よ?」

 

「普通なら魂が異質なものに変化していてもおかしくはない。ですが咲夜の魂はまだ人間そのもの。それは罪の意識に関係してきています。憎しみや自らの利の為に人を殺しているわけではない。故に貴方の殺人には罪の意識は殆ど無いと言える」

 

 つまり効率よく人を殺しているということだろうか。

 

「だが何度も引き裂かれ、傷を負った魂はとても不安定なものです。それこそ自分の意思と関係なく人を殺してしまえるほどに。そんな体から浮いているような状態の魂だったからこそ、状態を曖昧にしてこちらの世界に引き戻すことができた。話を戻しますよ?」

 

 たしなめるような目で見られたので、私は少し肩を竦めた。

 

「アリアナ・ダンブルドア。ダンブルドア家崩壊の始まりにして、ダンブルドア自身の未来に一番影響を与えた人物の1人と言えるでしょう」

 

 机の上に1枚の写真が現れる。

 私はその人物に見覚えがあった。

 

「ホッグズ・ヘッドの肖像画……」

 

「その話も後程。まず、ダンブルドア家の家族構成です。都合によりアルバスという呼び名で話を進めますが——アルバスには弟と妹がいます。2つ下にアバーフォース、そのさらに2つ下にアリアナ。それに両親です。少々秘密主義な家庭ではありましたが、この頃の魔法族ではそれが普通なぐらいでした」

 

 小悪魔が手を振るうごとに机の上に写真が増えていく。

 その写真の中には何処から持ってきたものかわからないものも多かった。

 

「全ての始まりはアリアナが6歳だった頃に起こります。アリアナが家の裏庭で魔法を用いて遊んでいるときに、偶然それをマグルの少年たちに見られてしまったのです。哀れなことに、アリアナはこの少年たちに暴行されてしまいます。それ以降、アリアナはおかしくなってしまった。精神は不安定になり、魔力を制御できなくなった」

 

「アリアナの父親であるパーシバルはこのことに激怒し、娘に暴行を働いた少年たちに復讐しました。勿論、それは許されることではありません。パーシバルは魔法省に捕まり、アズカバンに収監されました。ダンブルドア家はアリアナを守るためにゴドリックの谷へと引っ越したのです。魔法省がアリアナの状態を知ったら、アリアナは一生聖マンゴに閉じ込められることになったでしょう。もしかしたら、ロックハートの隣にアリアナが並んでいるという状況もあり得たのかもしれませんね」

 

 小悪魔は楽しそうにクツクツ笑う。

 

「ですが、そうはならなかった。ダンブルドア家はアリアナが病気だと言い張り、家の中に軟禁したのです。時々狂気に取りつかれたようにおかしくなる妹を隠し、静かに暮らしていた。もっとも、アルバスとアバーフォースはホグワーツに通っていましたが。妹の世話ばかりだったアルバスは、ホグワーツで才能を開花させます。あらゆる賞を総なめにし、世界中の有名な魔法使いや偉人と手紙のやり取りをした。その中にはお嬢様もいたという話ですが、まあその話は今はいいでしょう。なんにしても、先生と共に首席でホグワーツを卒業しました。その先には輝かしい未来が待ち受けていたことでしょう!」

 

 やったー! と小悪魔は両手を上げる。

 だが、顔は笑っていない。

 

「……そうはならなかったのです。アリアナの発作は月日が流れるごとに酷くなっていきました。そして、ついにアリアナは母親であるケンドラを殺してしまいます。ダンブルドアはアバーフォースとアリアナの面倒を見るためにゴドリックに戻らざるを得なかったのです。それがなかったら、アルバスは違う道に進んでいったでしょう。めでたしめでたし」

 

「……ちょっと待って。もしそこで話が終わったら、ダンブルドアは今のような功績を残さなかったはずよ」

 

 私が指摘すると、小悪魔はニヤリと口を歪める。

 

「そう、ここで話は終わりません」

 

 机に写真が1枚増えた。

 私はこの魔法使いを知っている。

 

「グリンデルバルド。ダンブルドアが倒したとされる闇の魔法使いね。確か貴方よりも古い魔法使いだったかしら」

 

 ゲラート・グリンデルバルド、ヴォルデモートが現れなかったら史上最悪の闇の魔法使いであったと評される人物だ。

 1945年にヌルメンガードの戦いでダンブルドアに破れ、その後はヌルメンガードに収監されている。

 

「ゲラートとアルバスは、親友になったのです。と言っても、戦いの後ではなく、戦いのずっと前、アルバスがホグワーツを卒業し、家に帰ってきてすぐのことですが。アリアナの世話に辟易としていたアルバスは、ゲラートを自分と対等な話し相手として認識し、すぐに仲良くなりました。アルバスはこのとき自らと対等な存在というものに、初めて出会ったのです」

 

「パチュリー様とは会っているはずだけど?」

 

「アルバスは在学中、自分と先生との間にある、力の壁に気が付いていたことでしょう。アルバスが他のことに現を抜かしている間も、先生はひたすら知識と技術を求めていた。追いつこうと足掻いた跡も少なからず見つかりますが、追いつけるわけがありません。先生は友達も作らず、ただひたすらに知識だけを求めていたのですから。アルバスとゲラートはよく似ていました。能力も、知識も、そして思想も」

 

 闇の魔法使いと思想が似ている。

 今のダンブルドアからは想像もつかないことだ。

 

「2人は出会ってすぐに意気投合し、やがて新しい魔法秩序の計画を練るようになったのです。アリアナの面倒を見ることを二の次にして。マグルを力で従属させ、魔法族の生きやすい世界を作る。ああ、私があと50年も早く生まれていたら、その話し合いの中に参加できたのに。なんにしても、2人は『より大きな善のため』という志で自らの思想を正当化し、そのような面白そうな計画を練っていきました。それと同時に、死の秘宝を求めたとも言われています」

 

「死の秘宝……パチュリー様の話では、ニワトコの杖に蘇りの石に透明マント、だったかしら」

 

「ええ、3つ集めれば死を克服することができる。アルバスがそれを求めたのには明確な理由がありました。その頃にはもうお嬢様によって死の予言をされたあとだったんです。アルバスは自らが生きながらえる手段として、死の秘宝を求めた」

 

 そのうちの1つがこれですが、と小悪魔は右手を差し出す。

 指輪に嵌っている黒い石、それが蘇りの石。

 私を死の世界から引き戻した媒体でもある。

 

「世界を統一するという計画に、アバーフォースは反対だったのでしょう。言い争いになり、ついには三つ巴の戦いへと発展する。魔力に感化されたのか、そのタイミングでアリアナは発作を起こし、気が付いた時には——」

 

 アリアナは、死んでいた。

 小悪魔はケタケタと笑い始める。

 

「喜劇にも程がありますよね? 結局この事件で頭を冷やしたアルバスは権力を持たないよう、持てないように学校の教師となります。グリンデルバルドはイギリスから逃走し、アバーフォースはパブのバーテンに。ホッグズ・ヘッドの店主は、アバーフォース・ダンブルドアなのです。いまだに妹のことが忘れられず、肖像画にして飾っているんですよ」

 

 私はあの肖像画を見たときの違和感を思い出す。

 ふと妹様に似ていると思ったが、それはあながち間違ってはいなかったのだ。

 2人の境遇は、似ていると言える。

 私は空になったティーカップに紅茶を注ぎ足す。

 小悪魔の方のカップには紅茶とともに少量のシアン化カリウムを入れた。

 

「どうも」

 

 小悪魔はそれを受け取り、一口味わう。

 

「ダンブルドアの人生がそこで狂わなければ、パチュリー様と共に研究をしていたとしても不思議ではなかったということね」

 

 私が確認を取ると、小悪魔はコクリと頷く。

 

「グリンデルバルドと出会っていなかったら、ダンブルドアは先生の力を借りてさらに強大な力を手にしていたことでしょう。魔法大臣になり様々な改革を進め……まあ全て仮定の話ですが」

 

「一体どこでそんな話を聞いたの? ダンブルドアが喋るとも思えないし、アバーフォース?」

 

「いえ、流石にノコノコと表に出ていこうとは思わないですよ」

 

 小悪魔は指輪を外すと手の平の上でコロコロと転がす。

 すると小悪魔の後ろにパーシバル、ケンドラ、アリアナの3人が姿を現した。

 アリアナは私の姿を見ると嬉しそうに手を振っている。

 

「本人から直接聞いただけです。いやぁ、便利ですよ。この蘇りの石は。この石のおかげで分霊箱探しも捗りましたし。わからないことがあれば死者に聞けばよいのです」

 

 小悪魔が指輪を嵌め直すと、3人は霧散するように消えた。

 

「私はこれが蘇りの石の本当の使い方だと思いますね。便利な情報ツール」

 

「ダンブルドアが見たらなんというかしら」

 

「悪魔の私に道徳を説くつもりですか?」

 

 小悪魔が肩を竦めるが、私は笑った。

 

「冗談。私もそれが一番賢い使い方だと思うわ」

 

 生きている者よりも死んでいる者の方が多く、生きている者もいずれは死ぬ。

 そう思えば死者と言うのは無限に増えていくと言えなくもない。

 つまり情報はこれからも限りなく増えていくのだ。

 

「ダンブルドアは力を恐れていたのかもしれません。権力を持つことを恐れたのと同じように。だから今まで先生を本気で探さなかった。ですがあと1年足らずで死ぬという今、そうも言っていられない状況なのでしょう」

 

 小悪魔が机を撫でると上に置いてあった写真や資料が消えていく。

 そしてティーカップの中身をグイと飲み干した。

 

「なんにしても、来年の6月には全てが終わるんです」

 

「そうね。そして、私たちにとっては始まりとも言える」

 

 私は立ち上がりティーカップを片付ける。

 

「では、私は館の掃除に戻るわ。また何か面白い情報がわかったら教えて頂戴」

 

「ええ、勿論。友達のよしみで」

 

「そうね、友達のよしみで」

 

 私は時間を止めて厨房へと向かう。

 夕食の準備が終わったら、魔法省にお嬢様からのお使いを済ませに行こう。

 クィレルの仕事ぶりも見ておきたい気がするし。

 私はそのまま時間の止まった紅魔館を歩いていった。

 

 

 

 

 

 ホグズミード行きが許可された休日の朝。

 ハリーたち3人は何故かパチュリーと共にフィルチの不審物検査を受けていた。

 何故ハリーたちがパチュリーと共に城から出ようとしているか、それは簡単な話である。

 玄関ホールに向かう途中で、ハーマイオニーとパチュリーが話し込んでしまい、あれよあれよという間にここまで流されてきただけである。

 4人は検査を受けると村までの道のりを歩いていく。

 パチュリーの魔術のおかげでパチュリーの周囲は異様に暖かかった。

 

「ですから幸運の液体による中毒性は麻薬と似た——……ハリー? なんで私たち外にいるの?」

 

 ハーマイオニーが我に返ったように周囲を見回す。

 

「何かに取り憑かれてないか? ほら、ヴォルデモートとか」

 

 ロンは呆れたようにそう言った。

 

「とにかく何処か落ち着けるところに入ろう。三本の箒なんかどうだろう?」

 

 ハリーが村まで続く道を歩きながら提案する。

 ハーマイオニーがパチュリーに確認を取り、4人は三本の箒に入った。

 

「懐かしいわね。在学中に来ることはなかったけど」

 

 パチュリーはボソリと呟き、ハリーたちと共に丸テーブルにつく。

 

「ハリーとロンもバタービールでいいわね。ノーレッジ先生はどうします?」

 

「ワイン。赤でも白でも何でもいいわ」

 

 ハーマイオニーは皆に注文を取ると、カウンターの方に歩いて行った。

 

「普通気が付かないってことあるか? まあ随分会話に集中してたみたいだけど」

 

 ロンがハーマイオニーの背中を視線で追いながらハリーに言った。

 ハリーは苦笑いを浮かべ答える。

 

「まあ、わからなくもないよ。経験がある。先生、付き合わせてしまってすみません」

 

「気にしてないわ。何処にいようと、あまり変わらないもの」

 

 数分も経つとハーマイオニーはバタービールの瓶を3本抱えて戻ってくる。

 その後ろからこのパブの店主であるマダム・ロスメルタとトンクスがやってきた。

 マダム・ロスメルタは盆の上にワインを載せている。

 

「あまり上物じゃないけど、ごめんよ」

 

 マダム・ロスメルタはワインを置くとカウンターの方へと戻っていくが、トンクスはそのままハリーたちと同じテーブルに腰かけた。

 手にはファイアー・ウイスキーの小瓶を持っている。

 

「よっ! ハリー、ロン。久しぶりだね。お友達も一緒?」

 

 トンクスはパチュリーの方を見ながらケラケラと笑う。

 どうやら少しお酒が回っているようだ。

 

「トンクス、ダンブルドア先生から何も聞いていないの?」

 

 ハリーがバタービールを飲みながらトンクスに聞くが、トンクスは目を白黒させるだけだった。

 

「なんでダンブルドアの名前が出てくるのさ」

 

「トンクス、ここにいるのはパチュリー・ノーレッジ先生よ。魔法薬学の」

 

 ハーマイオニーがそう教えるが、トンクスは怪訝な顔をする。

 

「先生? まだホグワーツを卒業していないような年齢に見えるけど……」

 

 トンクスは赤くなった顔をごしごしと擦る。

 パチュリーはトンクスの頭に手を乗せた。

 途端にトンクスの赤かった顔が白く戻る。

 ハリーには何をしたのか分からなかったが、傍から見た限りでは一瞬で酔いを醒まさせたようにしか見えなかった。

 

「——ッ!? あ、あれ? ……一体何をしたの?」

 

 目をパチクリとさせながらトンクスがパチュリーに聞く。

 

「貴方の体からアルコールを適度に消失させただけよ。昼間っから酔っぱらってたら向こうの彼に怒られるわよ?」

 

 パチュリーが店の奥に視線を向ける。

 そこにはマダム・ロスメルタと話し込んでいるシリウスがいた。

 

「シリウス!!」

 

 今気が付いたのか、ハリーは嬉しそうに声を上げる。

 魔法大臣がクィレルに替わってから、シリウスの指名手配はすぐに解かれたのだ。

 シリウスはハリーの存在に気が付くとマダム・ロスメルタとの会話を打ち切ってハリーたちのテーブルに近づいてくる。

 

「やあハリー、学校生活はどうだ?」

 

「んー、まあボチボチだよ」

 

 シリウスは今、魔法戦士となって死喰い人を捕らえる仕事をしている。

 ようは魔法省に雇われている傭兵のようなものだ。

 闇祓いより待遇は悪いが、比較的自由に仕事ができるらしい。

 なんとも自由な、シリウスらしい仕事と言える。

 

「シリウスの方はどうなの?」

 

「最近はもっぱら調査ばかりだよ。連中も最近用心深くなってきている。相手も馬鹿じゃないってわけだ。……こちらの女性は?」

 

 シリウスはパチュリーを見ながらハリーに聞いた。

 女性と言ったのは、パチュリーがホグワーツの制服を着ていなかったためであろう。

 シリウスは少ない情報で、彼女を部外者と判断したわけだ。

 

「魔法薬学の先生だよ」

 

「パチュリー・ノーレッジよ」

 

 その名前を聞いてシリウスは目を剥く。

 

「パチュリー・ノーレッジって、あの『地図と地点』を書いたあのパチュリー・ノーレッジか?」

 

「あら、懐かしい本の名前が出てきたわね」

 

 シリウスはどうやらパチュリーの書いた本を読んだことがあるようだった。

 

「シリウスおじさん、ノーレッジ先生を知っているの?」

 

「彼女自身は知らないが、彼女の書いた本にはお世話になった。あの本がなければ、忍びの地図は完成しなかっただろう」

 

 シリウスはパチュリーとがっしり握手をする。

 ハリーはトランクの中に入れてある忍びの地図を思い出した。

 確かにあれには想像もつかないような魔法が使われている。

 

「会えて光栄だ。こんな少女だとは思わなかったがね」

 

「見た目だけ、少女でしょ? シリウスが子供の時に彼女の本が図書室にあったということはさ」

 

 トンクスが少し居心地悪そうに身を捩る。

 急にアルコールが抜けて、まだ落ち着かないらしい。

 パチュリーは自らダンブルドアと同期であることを明かし、シリウスにあの本の感想を聞いていた。

 そのあとも色々なことが話題に上がりすぐに時間が過ぎていく。

 

「っと、もうこんな時間か。城まで送るよ。最近は物騒だしね」

 

 トンクスが時計を見ながら立ち上がった。

 確かにそろそろ帰った方がよい時間帯である。

 ハリーは名残惜しそうにシリウスに別れを告げると、トンクスと共に城への道を歩き出す。

 

「でも、ああやって外で自由にしているシリウスを見ると、本当に無罪放免になったと実感するわ。いきいきしてるもの」

 

 ハーマイオニーが少し火照った顔で言う。

 バタービールの中には決してアルコールが入っていないわけではない。

 

「その点はクィレル様々かな? 彼が魔法大臣になった次の日には無罪の判決が出てたしね。しかも補償金付きで」

 

 トンクスは嬉しそうに言うが、ハリーたち3人は少し同意しかねるようだった。

 

「でも、クィレルはヴォルデモートの手下だった。本人は操られていたって言ってるけど」

 

 ハリーが怪訝な声を出すと、トンクスも真面目な表情になる。

 

「うん、ダンブルドアも警戒してる。でも今のところ不審な動きは全くないんだ。それと一応私の上司だし。産休の申請もすんなり通ったしね」

 

 トンクスはスッとお腹を撫でる。

 ハリーたち3人はその様子に驚いた。

 

「もう子供がいるの!? 夏に結婚式を挙げたばかりじゃないか!」

 

 ロンが大声を出す。

 そう、トンクスは今年の夏にルーピンと式を挙げたのだ。

 ハリーはてっきりトンクスはシリウスのことが好きなのではないかと思っていたので、夏休みにブラック邸でその情報を聞かされたときは面食らったものだ。

 

「夜は狼——ゲフンゲフン。なんにしても、今のところいい大臣だよあれは。物分かりもいいし。なんとあのハゲ頭の——」

 

「リーアン! 貴方には関係ないわ!!」

 

 突如前方から大声がする。

 そこではリーアンとケイティが小さな包みを巡って争っていた。

 

「あー、女の子って怖いね。私も女の子だけど」

 

 トンクスは冗談がましく言うが、どうもケイティの様子がおかしい。

 次の瞬間ケイティの体がふわりと宙に浮きあがる。

 その様子は何かおかしく、そして不気味だ。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 ケイティは両目をカッと見開き恐ろしい悲鳴を上げる。

 

「やっぱり何かおかしい! フィニート インカンターテム!」

 

 トンクスは杖をケイティに向け呪文を唱えるが、効果はないようだった。

 

「強力な呪いね」

 

 パチュリーがケイティに手を伸ばし手招きするように動かす。

 途端にケイティは穏やかな表情になり、ゆっくり地面へ下りてきて仰向けに横たわった。

 トンクスはケイティに駆け寄り状態を確認する。

 ロンは地面に落ちているネックレスに触れようと手を伸ばした。

 

「触っちゃだめだ!」

 

 ハリーがすぐさまその行動を制止する。

 ネックレスはまっすぐパチュリーの方へと引き寄せられ、彼女の素手の右手に収まった。

 

「とりあえず私はこの子をホグワーツの医務室に連れていくわ。ハリーたちはノーレッジ先生から離れないように! 先生、ハリーたちをよろしくお願い」

 

 トンクスはケイティを抱き上げると城の方へと走っていく。

 パチュリーはそんなことも気にせずにネックレスを観察していた。

 

「なんというか、チープ?」

 

「あの、先生。素手で触って大丈夫なのですか?」

 

 ハリーは恐る恐るパチュリーに尋ねる。

 

「素手では触ってないわよ。手のひらに薄く魔力を張っているわ。多分素手で触ったら即死ね」

 

 ついてきなさい、とパチュリーは城に向けて歩き出す。

 ハリーたちはリーアンを連れてパチュリーの後を追った。

 

「あのネックレス、見たことがあります。4年前にボージン・アンド・バークスで」

 

「そう、確かにあそこの店にお誂え向きな一品ね。こういう呪いは時間が経てば経つほど強力になっていくから。ケイティはどうしてこんなものを持っていたのかしら」

 

 そんなことわかるはずがないとハリーは思ったが、ここには当事者がいるのだ。

 リーアンは自分に声を掛けられたと気が付くと少しずつ話し始めた。

 

「そのことで口論になったの。ケイティは三本の箒のトイレから出てきたとき、それを持っていて……ホグワーツの誰かを驚かすものだって。それを自分が届けなきゃいけないって言ってたわ。そのときの顔がとても変だった……あ、あぁ、きっと服従の呪文に掛かっていたんだわ。私、それに気が付かなかった!」

 

 リーアンは体を震わせてすすり泣き始める。

 パチュリーは何か言いたげな表情を一瞬浮かべたが、すぐに言葉を飲み込んだ。

 レミリアに言われた2つの勢力のバランスを取るという言葉を思い出したのだろう。

 もうすぐホグワーツの門が見えてくるという段階で、城の石段をマクゴナガルが駆け下りてきた。

 その顔には相当な焦りの色が浮かんでいる。

 

「トンクスの話では貴方たち5人が目撃したと。……ああ、ノーレッジ先生が一緒でしたか。なんにしても今すぐ上の私の部屋まで来てください」

 

 そこからはマクゴナガルに引率されて城の中を歩いていく。

 そしてマクゴナガルの部屋に6人は入った。

 

「それで、なにが起こったのですか?」

 

 マクゴナガルがパチュリーに聞いた。

 パチュリーはリーアンから聞いた話と自分が見た光景を器用に組み合わせて説明していく。

 その間もずっとネックレスを握りしめたままだった。

 

「なるほど……リーアン、医務室においでなさい。マダム・ポンフリーが何かショックに効く物を出してくれるでしょう」

 

 マクゴナガルは一足先にリーアンを部屋から出す。

 

「その問題のネックレスというのは?」

 

 マクゴナガルが問うと、パチュリーは右手を持ち上げる。

 マクゴナガルはパチュリーが素手でネックレスを持っているのを見て、目を見開いた。

 

「確か貴方の話では呪いが掛かっているネックレスだということでしたが?」

 

「というよりかはこのネックレスそのものが呪いね。素手で触ったら死ぬわよ」

 

 カチャンとネックレスを机に置く。

 

「先生、ダンブルドア校長にお目にかかれないでしょうか?」

 

 ハリーが何か深刻な表情でマクゴナガルに聞いた。

 

「ポッター、校長先生は月曜日までお留守です」

 

「留守!?」

 

「そうです、ポッター。お留守です!」

 

 ハリーの憤慨するような叫び声にマクゴナガルがピシッとした態度で返す。

 

「今回の恐ろしい事件に関しての貴方の言い分でしたら、私に言っても構わないはずです」

 

 ハリーは迷ったように視線を泳がす。

 だが意を決したのかマクゴナガルに打ち明けた。

 

「先生、僕はドラコ・マルフォイがケイティにネックレスを渡したのだと思います」

 

 一瞬間が空く。

 どうやらロンとハーマイオニーはあまりハリーの意見に賛同していないようで、そわそわと体を捩っていた。

 やがてマクゴナガルが沈黙を破る。

 

「ポッター、それは由々しき告発です。何か証拠があるのですか?」

 

「……いいえ、ですが、今年の夏休みに、僕はこれが売られていた店でマルフォイを見ました。その時にこれを買ったのだと思います。ボージン・アンド・バークスという店です。それに、マルフォイはその店で店主に何かの直し方を聞いているみたいでした」

 

「マルフォイはボージン・アンド・バークスにその物を持っていったのですか?」

 

 マクゴナガルは少し混乱しているようだった。

 

「いえ、マルフォイの話から推測するに、持ち歩くと目立つような大きなものだと思います。でもその時に同時に何かを買っていったんです。僕はそれがあのネックレスだと——」

 

「マルフォイは似たような包みを持って店から出たのですか?」

 

「いいえ、先生。マルフォイは店主にそれを店で保管するようにと言いました」

 

 マクゴナガルは何かを考え込むように俯いた。

 そして唐突にパチュリーに視線を向ける。

 

「ノーレッジ先生はこの件についてどう思われますか?」

 

 いきなり話を振られたにも関わらず、パチュリーは何の動揺もなく答える。

 

「犯人が誰にせよ、ケイティに直接あの包みを渡したとは考えられないわ。……これは服従の呪文を使い慣れていないと知らないことだと思うのだけど、服従の呪文を掛けられ、操られている者でも誰かに服従の呪文を掛けることができるの。つまり何者かを操って違う対象を間接的に服従させることができるってわけ。つまり実行犯を特定するのは限りなく難しいわね」

 

「間接的な服従の呪文……それは初耳です」

 

 マクゴナガルは明らかに動揺している。

 そのようなことを聞いたのは初めてだったからだ。

 

「それはそうだと思うわ。このような呪文の使い方は死喰い人の十八番で、彼らの中でしかやり取りされていない情報ですもの」

 

 じゃあそれを知っているパチュリーは何者なんだとこの場にいる全員が思ったが、口には出さなかった。

 

「……そういうことです、ポッター。マルフォイだけを疑うことはできません。ホグワーツの城の中での事件ならもう少し考慮しますが、この事件はホグズミードで起きたことです。部外者が入ってこれるあそこでわざわざ生徒を犯人にすることもないでしょう」

 

 マクゴナガル先生はそこまで言うと部屋を出ていく。

 多分ケイティの様子を見に行ったのだろう。

 

「ノーレッジ先生、ケイティは大丈夫なのでしょうか?」

 

 ハーマイオニーが心配そうに聞く。

 

「すぐに処置したから命に別状はないわ。明日には元気に動き回れると思うわよ」

 

 パチュリーは机の上に置いてあるネックレスを無造作にポケットの中に入れると椅子から立ち上がる。

 

「今日はもう休みなさい。精神的な疲労というものは放っておくと怪我より恐ろしいものになるから」

 

 そしてマクゴナガルの部屋に3人を残して部屋を出ていった。

 

「何というか、いつ見ても不思議な先生だよな。ダンブルドアぐらい皺くちゃだったらもう少し印象変わるのかな?」

 

 ロンがボソリと呟いたが、ハリーはそれを無視して椅子から立ち上がった。

 ここに残っている必要もないだろうということだろう。

 3人はそのまま部屋から出て、談話室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 2回目のダンブルドアとの個人授業は月曜日の午後8時に行われることになった。

 ハリーはガーゴイルに合言葉を言い校長室へと上がっていく。

 そしていつものようにドアを叩くと、入るように言われた。

 土曜日にダンブルドアが留守にしているというようなことをマクゴナガルが言っていたので、時間通り個人授業があるのかどうかハリーは心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 ダンブルドアはいつものように校長室の中にいる。

 

「わしの留守中、忙しかったようじゃの。ケイティの事件を目撃したのじゃな?」

 

「はい、先生。ですが昨日には既に大広間に顔を見せていました」

 

「彼女は幸運じゃった。ネックレスは皮膚のごく一部をかすっただけらしく、手袋に小さな穴が開いておった。首にかけたり、素手で掴んでいたらケイティは死んでおったじゃろう。即死じゃ。そして、何よりの幸運は、あの場にノーレッジ先生がいたことじゃな」

 

 ハリーはあの時の情景を思い出す。

 パチュリーが手をケイティに向けた瞬間、ケイティの症状が一瞬にしてよくなったのだ。

 

「彼女の処置がなかったらケイティは今頃聖マンゴに入院しておったじゃろう。彼女以上に呪いに詳しい魔法使いも居るまい。いや、彼女の知識はどの分野においても抜き出ておる」

 

 ダンブルドアは話しながらも記憶の準備をしていく。

 クリスタルの瓶から記憶を取り出すと憂いの篩の中へと落とした。

 

「先生、ケイティの事件のあとに、僕がドラコ・マルフォイについて言ったことをマクゴナガル先生からお聞きになりましたか?」

 

「君が疑っているということを先生が話してくださった」

 

 ダンブルドアは落ち着いた声色で言う。

 だがその声には僅かな動揺の色があった。

 

「それで、先生はどのように考えますか?」

 

「わしとしてはノーレッジ先生と同意見じゃよ、ハリー。ドラコがボージン・アンド・バークスで何かの修理法を聞いたのと、この件を結びつけるのは難しかろうて。それよりも今は我々の授業に集中するのじゃ」

 

 ハリーは少し不満そうな顔で立ち上がる。

 だが、今は授業に集中しなくてはならないというのはもっともな話だ。

 ハリーは前回の授業を思い出す。

 ダンブルドアの死の予言のことや、ヴォルデモートの分霊箱のこと。

 

「ハリー、実を言うとわしは既にヴォルデモートの分霊箱に関しては大体のことが分かっておる」

 

「どういうことですか?」

 

「本来ならば君自身にある程度の予想を立てて欲しかったのじゃが、そんな時間もなかろうて。わしは今年の初めから徐々にヴォルデモートに関する記憶を収集しておった。分霊箱がどのようなものなのか目星をつけるためにの。ハリー、記憶を辿る旅というのは、地道で時間の掛かるものなのじゃ。ことが差し迫ってなかったら、1つ1つをゆっくり見せてもよかったのじゃがのう」

 

 ダンブルドアは机の上に1冊の本を取り出す。

 そこに4つの絵柄が浮かび上がった。

 ぱっと見た感じ、それは指輪、ロケット、ティアラ、カップに見える。

 

「この指輪は……この前のスラグホーンの記憶の中でリドルがしていたものですか?」

 

「よう観察しとったようじゃの。これはマールヴォロ・ゴーントの指輪、ヴォルデモートの祖父の物じゃ。そしてサラザール・スリザリンのロケット、ヘルガ・ハッフルパフのカップ、ロウェナ・レイブンクローの髪飾り。これに合わせてリドルの日記、さらにはヴォルデモートの近くにいるナギニという蛇。わしはこれらがヴォルデモートの分霊箱だと推測しておる」

 

 ハリーは1つ2つと数を数え、わかっている分霊箱の数を数える。

 

「5、6。つまりもう全ての分霊箱の正体が分かっている?」

 

「あくまで推測じゃがな。しかし、ここで問題が1つ出てくる。実を言うとヴォルデモートの日記以外何処にあるのか全く分かっておらんのじゃ」

 

 ダンブルドアは朗らかに笑うが、ハリーには笑える状況だとは思えなかった。

 

「そこで今日は少しわしの過去を見てもらおうと思っておる。わしと、ノーレッジ先生の関係についての」

 

 ダンブルドアはハリーを憂いの篩へと誘導する。

 ハリーは水盆へと顔を付け、そのまま暗闇へと落ちていった。

 急に目の前が明るくなり、ハリーは立ちくらみを起こす。

 そこは9と4分の3番線だった。

 ホームには沢山の生徒が汽車へと乗り込んでいる。

 

「9と4分の3番線」

 

 ハリーの背後から急に声が聞こえた。

 そこには今年入学であろう小さな少年が立っている。

 ハリーは一瞬それが誰なのかわからなかったが、すぐに11歳のダンブルドアなのだろうとあたりをつける。

 ダンブルドアは大きな荷物を引きずって汽車の中へと入っていく。

 見送りはないのかとハリーは周囲を見回したが、ダンブルドアの見送りに来ている人物は1人もいなかった。

 ダンブルドアは通路を歩きながら空いているコンパートメントを探していく。

 この時点で同級生の友達はいなかったのだろう。

 少々人が少ないコンパートメントも無視してダンブルドアはどんどん奥へ奥へと進んでいった。

 やがてダンブルドアは本を読んでいる少女が1人座っているだけのコンパートメントを発見する。

 少し値踏みするように眉を顰めたが、やがてダンブルドアはそのコンパートメントに入った。

 

「ここ、いいかい?」

 

 ダンブルドアが聞くと少女は本から軽く視線を持ち上げて小さく頷く。

 何とも不愛想な少女だ。

 だが、ハリーはその姿にひどく見覚えがあった。

 今のパチュリー・ノーレッジをさらに数歳若くしたら、このような容姿になるだろう。

 ダンブルドアはパチュリーに声を掛けるべきかどうか迷っていたようだが、読書の邪魔をしては悪いと自分も荷物から本を取り出し読み始めた。

 その後は汽車が出発する時間まで会話もなく静かに時間が過ぎていく。

 やがて出発間近になったとき、急にコンパートメントのドアが開かれた。

 そこには顔を少し緑色にした少年が立っている。

 不安そうな表情をしており、ハリーはネビルみたいだと思った。

 

「あ、あの……ここ、いい?」

 

 少年が恐る恐る聞くとダンブルドアは笑顔で少年をコンパートメントに迎え入れる。

 パチュリーに許可を取った方がよかったかとダンブルドアはちらりと顔色を窺ったが、大して気にしていないようだった。

 

「ぼ、僕……エルファイアス・ドージ。今年からホグワーツなんだ」

 

「僕はアルバス・ダンブルドア。同じく今年からホグワーツだ」

 

 ダンブルドアという名前を聞いてドージはピクリと反応する。

 ハリーは知らないことだが、パーシバル・ダンブルドアがマグルの少年を襲ってアズカバンに入れられたことはそこそこ有名な話だった。

 ドージは遠慮がちにパチュリーの方を見る。

 パチュリーはこのコンパートメントに自分以外はいないと思っているかのように、ダンブルドアとドージの話に関心を示さなかった。

 ダンブルドアはパチュリーにわからないように小さく肩を竦めて見せる。

 ドージはどう反応していいか分からず曖昧に笑った。

 急に白い靄に覆われたかと思うと、またスッと靄が晴れる。

 時間が進んだのだとハリーは認識した。

 既にホグワーツ特急は草原を進んでおり、日も高く昇っている。

 ダンブルドアとドージは楽しそうに話し込んでおり、パチュリーは相変わらず本を読んでいた。

 しばらくすると車内販売の魔女がコンパートメントの扉を叩く。

 

「坊ちゃん嬢ちゃんら、何か買うかえ?」

 

 ダンブルドアは定番のお菓子をいくつか買い込み、ドージと分け合った。

 そして不意に思いついたのかカエルチョコレートをパチュリーに差し出す。

 パチュリーは手に持っているのはなんだと言わんばかりにチョコレートを見つめた。

 

「ほら、あげるよ。何も食べないとお腹が鳴るぞ?」

 

 ダンブルドアの言葉でパチュリーはようやくそれが自分へ贈られたものだと認識する。

 ダンブルドアの手からカエルチョコレートを手に取った。

 

「……ありがと」

 

 ガタゴトという汽車の音で掻き消えそうなほど小さな声だったが、ハリーには不思議とはっきりお礼の言葉が聞こえた。

 ダンブルドアも満足そうに頷くとドージと話し始める。

 パチュリーはチョコの箱を回したりひっくり返したりして一通り眺めると、中からチョコを取り出し口の中に入れた。

 

「…………」

 

 口をもごもごとしながらパチュリーは読書を再開させる。

 その顔は心なしか嬉しそうだった。

 次の瞬間ハリーは暗闇の中を舞い上がり、校長室へと戻ってくる。

 

「先生、今の記憶は……」

 

 ハリーは先ほど見た光景を思い出し、少し疲れ気味に椅子に腰かけた。

 

「わしとドージ、そしてパチュリーとの出会いじゃ。ドージとは同じくグリフィンドール寮だったため、付き合いも多かった。じゃがパチュリーはレイブンクローの寮だったため、交流も少なくてのう。なんと彼女の名前を知ったのは、わしが2年生になった時なのじゃよ。それまでわしは彼女の名前すら知らないような間柄だったわけじゃ。ただ同じコンパートメントに座り、カエルチョコレートをあげただけの間柄じゃ」

 

 ハリーはダンブルドアとパチュリーの勧誘に行ったときのことを思い出す。

 カエルチョコレート1つ分の仕事はする。

 彼女が言っていたのはこれのことだったのだ。

 

「ノーレッジ先生は今でもダンブルドア先生があげたチョコのことを覚えている?」

 

「彼女は変わらない。今も、昔もの。見た目も、性格も。彼女にとっては、ホグワーツに入学したことも、つい昨日の出来事のようなものなのかもしれん」

 

「先生、それは……えっと、大切なことなのでしょうか?」

 

 ハリーは、今見た記憶の価値がよくわからなかった。

 ダンブルドアの過去というには、あまりにも普通すぎる内容だった。

 わざわざハリーに見せる意味が分からない。

 

「彼女の関心を引くというのはそれはそれは難しいことなのじゃ。彼女が何を考えているのか、どうすれば仲間に引き入れることができるのか。言ってしまえば、恋のようなものなのかもしれんの。もっとも、そのままの意味で捉えるでないぞ? 彼女の心を掴むことが、この先起きる戦いには重要なのじゃ」

 

 ハリーは前回の授業でダンブルドアが言っていたことを思い出した。

 彼女が闇の陣営に全面的に協力すれば、魔法界は一晩と持たないと。

 彼女自身が、彼女の知識そのものが強力な兵器なのだと、ダンブルドアは言いたいのだろう。

 

「彼女のご機嫌を取ればいい。そういうことですか?」

 

「それは違う。難しい問題じゃろうて。友人とよく話し合い、正しい答えを見つけるのじゃ。今日はここまでにしようかの」

 

 ダンブルドアは憂いの篩の中から記憶を取り出すと、小瓶へと戻す。

 ハリーは今得た情報を整理しつつ校長室を後にした。

 

 

 

 

 

「じゃあダンブルドアはノーレッジ先生を口説き落とせって、そう言ってるわけか?」

 

 誰もいなくなった夜の談話室にロンのそんな声が響く。

 

「いや、そうじゃないと思うわ。ようは気に入られろってことでしょ?」

 

 ハーマイオニーがロンの勘違いを指摘した。

 ハリーはダンブルドアの言葉通り今日の個人授業のことを2人に話して聞かせていたのだ。

 

「同じだろ?」

 

「全然違うわ」

 

 ハーマイオニーがぴしゃりと告げる。

 

「でもなんでダンブルドアがそのようなことを僕に話したのか、よくわからないんだ。ノーレッジ先生の知識や能力が凄いことは学校中の誰もが知っていることだけど、教師という時点でもうダンブルドアの味方のようなものだろう?」

 

 3人は首を捻る。

 ダンブルドアが何を考えているのか、よくわからないといった表情だ。

 

「私としては例のあの人の分霊箱のほうが気になるわ。特にホグワーツの創設者に関わる品々は追跡しやすいと思う。どうして例のあの人はそのような目立つものを分霊箱にしたのかしら」

 

「逆に聞くけど、例のあの人が空き缶に自分の魂を隠すと思うか?」

 

 ハーマイオニーの疑問に考え無しのロンが言った。

 だが、不思議とハリーはロンの意見に納得してしまう。

 あのヴォルデモートが何でもないようなものに自分の魂を隠すとは思えないと。

 これ以上考えても何かしらの結論は出ないと判断し、ハリーたちは寝室へと上がる。

 何をしていいのか、何をすべきなのかわからないままハリーは眠りへと落ちていった。

 


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