借り物競争 ~柑條美玖~
「………そしたら一斉に開いて、スタートだよ!」
天音による開始の合図を聞き届けて、私は紙を開く。
「えっと『生徒会役員の引き籠り』…………」
ピンポイントな指定が来たみたいね。
と言っても、作ったのは私たちなんだから、当然中身は知っていたけど……
よぉし、とにかく莉桜の所へGO―だよ
暁荘の莉桜の部屋、私はそこで莉桜を説得していた。
「……それ、本気?」
「もちろん!ってわけで、行くよ、莉桜」
「いやいや、何でそうなるの。何のために今まで、表に立って活動しなかったのか、分かっているよね」
「うん、わかってるよ。けど最後の年ぐらい、いいじゃない!それに…」
「?それに何よ」
「あれは画面越しより、じかに覗く方が楽しそうじゃない?」
「……はぁ、しかないわね。付き合ってあげるわよ。けど、体力には自信ないからね」
何とか莉桜の、重い腰を上げさせることに成功した。
「真剣勝負に、時の運は付き物なんだよ!」
ゴールしてから、天音実況に対してコメントをする。
なんのお題を引くか、それはまさに時の運だとおもうんだよね。
それはそうと、順位は四位抜け。
ちょっと悔しいな。
そう思っていたら、天音から初耳な実況が聞えてきた。
「……理事長兼生徒の赤城莉桜なんだよ~……」
待遇からただの生徒じゃない、とは思っていたけど……
「莉桜って、理事長だったの?」
問いかけながら、莉桜の方を振り向く。
しかし莉桜は問いかけには答えなかった。
天音を睨んでいる。
……この反応だけで、天音の話は本当だったんだな~って思う。
「………私、帰る!」
そう言うと莉桜は一目散に、暁荘の自分の部屋に向かって行ってしまった。
注目されるのに慣れてないのに、天音が余計なことしたせいで、帰っちゃった。
「あとでフォローしなきゃ…」
借り物競争 ~歌風美音~
「古詠先輩、一緒に来て下さい!」
「ん?おれ?まぁいいけど……」
私は夜海先輩を連れ立って、ゴールに向かいました。
審判の人の判断は、クリア。
それもそうでしょう。だって、お題の内容は『恋人 もしくは 好きな人』だったんですから。
判断する材料はないんですから、私が連れ来た人がそうだと判断するしかないですもん。
私はアンカーの雪乃先輩へと、バトンタッチをしました。
そのあと、夜海先輩と待機列に並んで、競技終了まで待つ事になりました。
「先輩」
「ん?」
ここ最近、私たちを避けてきている先輩。
この機会を使って私は、今後のための布石を打つっておくことに決めました。
「先輩に大事な、お話があります。体育祭が終わった後、二人きりで話がしたいです」
「終わった後って言っても、片付けがあるだろ?もし早く終わったとしても、事後処理がある」
「つまり、約束できない、と言う事ですか」
「そうなるな」
先輩はやはり、理由をつけては距離を置こうとしているようです。
けれど今回はそうはいきません。何故なら……
「それなら大丈夫です。体育大会の事後処理については、赤城先輩が既に手を打っているそうです」
「…………」
「それに、私と夜海先輩が事後処理作業に参加しないのは、会長も了承済みです」
「……はぁ。わかったよ。そこまで根回しされていちゃ、きっと避けて通れないだろうし」
先輩は微笑みを浮かべながら、ようやく折れてくれた。その微笑みはどちらかと言うと、困り顔に近かった。
けれど最近の先輩の顔は、張り詰めた表情ばかりだったから、困り顔な微笑みでも、見ることが出来たのは、なんだかうれしい。
「で、どこで話すの?」
「そうですね………八幡神社、でどうでしょう?」
「あぁ、あっこの神社か……ん、わかったよ」
会長たちか作ってくれた機会
……まぁ、いいように遊ばれている気も、しないでもないですが……
とにかく、私は私にできるやり方で、先輩が作っている壁を壊してみせます。
「率直に聞きます。今の先輩は、一体どちらですか?」
私は石段に座った先輩を見て、訊ねました。
「一体何を言っているんだい?まるで俺に複数人格がある、みたいな聞き方じゃない」
やっぱり、私の思った通り返し。先輩の作っている壁の正体はやはり……
「はい。私はそう考えています」
「……ま、当たらずも遠からず、かな」
「ではやはり」
「複数人格がある、と言うよりは、色々な自分を演じている。そう言う方が正しいかな?」
そう言うと、先輩はいたずらがバレた子供のような表情を浮かべて、語りだしました。
「歌風さんはさぁ、自分が見ている世界は、どういった風に見える?」
「見ている世界ですか?そうですね…一言で言ってしまえば、輝いて見える、でしょうか?」
「うん、普通なら間違ってないよ。常に新しい出来事に触れて、ワクワクしている。それはとても輝かしいことだろうね。けど俺はそうじゃなかった。些細なケンカから、とてつもなく大切なものを失った。……その頃からかな?自分の見ている世界が暗く、曇って見えるようになったのは」
「それは、親友と仲たがいしたって言う」
「あぁ、そうだよ。…そっか、柑條から聞いたのか。なら話は早いな。その時の事がきっかけで、俺は人と言うものが信じられなくなった。でも、同時に信じたい、安らげる場所がほしい、とも思った。……結局は、独りよがりの身勝手だよ」
はぁとため息をつく先輩。けれど、肝心の事をまだ口にしていません。
「そうですね。身勝手だと思いますよ。……でも先輩、それで話が終わり、と言う訳はありませんよね?先輩が別の自分を演じて、人と接している訳をまだ、聞いていません」
私がハッキリと言い切ると、先輩はくくっくと笑い、先ほどとはまた違った喋り方をし始めました。
どうやら、別の自分を演じているみたいです。
「そーだった。簡単に説明してやるなら、他者が理想とする、自分を演じてきたんだよ。それは主に二つ。他者のために動く優等生と、他者と一定の距離を置いて行動する自分。これら二つはなぁ、結局自分の事を差し置いて、他人のために行動を起こす事が前提なんだよ。…さて問題だ。自分の事に余裕が無い者が、他者が勝手にイメージして出来た自分を演じていると、どうなるでしょう?」
「…息詰まって……本来の自分を見失う、でしょうか」
私が答えると先輩は拍手し、その通りと言いました。
「俺は、本来どのように他人と接していたのか、判らなくなった。結果的に残ったのは、他人のため演じる自分のみ。もう分かってきただろ?つまり自分と言う者を保つために、他者から必要とされる自分を演じ続けているのさ」
「先輩の言いたい事、少しは分かりました……ですが、おかしくないですか?他者から必要とされていたのに、急に距離をとっていくなんて!色々と矛盾してますよ!」
「そうだな、矛盾してるだろうなぁ。頼られることで、自分を実感できる。それと同時に、他者に迷惑をかけている、とも感じているんだ」
「………」
おそらく先輩が言いたいのは、共依存の関係の事でしょう。
先輩は誰かに頼られることによって、自分の存在価値を見出していた。
しかし依存する事に対する危機感を、直感的に感じ取り距離をつくった。
けれど、依存する相手がいなくなったことで、先輩は迷走を始めてしまった。
と言った具合でしょうか。
もしそうなら、先輩の精神状態は少し危険な状態ですね……
……けどまだ、間に合うはず。
「先輩、最後に一つ聞きます」
色々と言いましたが、ハッキリと聞いていない事があります。
それは
「先輩自身は、本当はどうしたいんですか?」
先輩の想い。今まで口にしていたのは、迷走から来た上辺の言葉だと私は感じました。
「俺が本当にしない事……」
先輩が芯からしたい事は、口にしていない
「……俺は」
もしそれが、依存であったとしても
「俺が行動するための理由が欲しい。……言い方あれだが、自分を任せられる誰かの下に就いて、その人を支え助けられる様になりたい」
それが、私が好きになってしまった先輩である事には、変わりありません。
しかし、先輩にとって依存は建前であるのは、分かってしまいました。
そう、先輩はただ
「…そうですか。分かりました。では先輩」
いまだに上辺の願いを口にする先輩。
そんな
「私の想いも言います。よーく、聞いておいて下さいね」
一度深呼吸をして、落ち着て、その言葉を口に出します。
「先輩、私は……あなたの事が好きです。私と、付き合って下さい!」
先輩が
そして、私の想いが届くことを願って……
??? (会話のみ)
『お母さま、これまでの議事録の整理、終りました。要望通り、始まりから卒業までの間の議事録の中から、厳選したものをSPT上に、掲載しました』
「ありがとね、ナナ」
「いえ、このくらいは当然です。元々は議事録の管理が、私のお仕事ですから」
「あー、そう言えばそうね。でも今では、古詠のアシスタント、でしょ?」
『そうですね、バージョンアップして、議事録制作・整理以外の事も出来る様になりました』
「………」
『お母さま?』
「あっ…ごめん。アップして貰った議事録の話、チェックしてた。……こうやって見てみると、色々な事をやって来たんだね」
『そうですね。……あの、お母さま。二つ、聞いてもよろしいでしょうか』
「ん?なにかな?」
『なんで基本は、マスターの目線で書くように言われたのですか?議事録ですから、客観的な方が良かったのでは?』
「確かに、そうかもねぇ。でも……読み手は、誰かの目線からの話の方が、楽しめるでしょ?」
『……つまり、初めから掲載する事が目的だったんですね』
「そ。生徒会って、生徒の中から選挙で選ばれるでしょ?選ばれた後って、目に見えること以外何をしているのか、他の生徒たちは知らないし、分からない」
『なるほど。つまりお母さまは、生徒会の日常を、知って貰いたかったのですね』
「うん、だからこそ、普段から話題に事欠かなかった、古詠が主人公。誰も文句は言って無いし、問題もないね」
『本来なら、大ありでしょうけど……』
「まぁまぁ。で、もう一つは?」
『終盤のマスター、めちゃくちゃ過ぎません?正直何を言ってるのか分かりませんし』
「あぁ、それ?あなたは古詠から聞いたでしょ?」
『えぇ、「他者に頼らる事で存在意義を感じる。けど同時にそれは、相手に迷惑を掛けている事になる。他者に迷惑を掛けてまで、存在意義を求めたくないんだ」とか言ってました。
けど、それもよく分からなくって』
「そうねぇ、きっと『自分の意思はない』って言いたかったんじゃないかな?」
『ご自身の意思がない?』
「ようは、自分で何も決める事が出来ない
まぁ、拗らせちゃって、色々分かりにくいけどね」
『かまってちゃん、ってことでしょうか?』
「それも正解かな。ま、私も似たようなもんだけど、古詠と違ってちゃんと
『歌風美音は、あれでよかったんですかね?あの選択では』
「確かに強引に流れを作った節はあるけど……彼女は強く賢い子よ。最終的には、理解したうえで、大丈夫だと思ったから告白したのよ」
『……信じるしかない、と言う訳ですね』
「そうね。そこから先は、二人の物語なのよ」
約二年間お付き合いくださり、ありがとうございました。
今後書く時間が減る為、このお話はここで一区切りとさせていただきます。
今まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
毎月、私の想定していた人数より、多くの方が読んでくださった事には、驚きと感謝の気持ちでいっぱいです!
今後ですが不定期で、第二節として古詠以外の視点を上げようかな、とは考えています。
皆さんでしたら、誰視点のどんな話を読んでみたいですか?もしあれば、参考にしたいと思いますので、遠慮なく言ってみて下さい。
とまぁ、いつになるかは分かりませんが、もしその時があれば、またお付き合いしていただけると、幸いです。