「ただいまー。って、もう飲んでんのかよ」
「祝いだからな」
「お祝い? なんのだよ?」
「ミライは俺の店で、ノゾは本館のボート整備室にあるご老体の店で是非とも働きたいって言うんでな。就職祝いだよ」
「へえ。話のはえーこって」
「あの、それでアキラさん。お願いがあるんですが」
「はいよ。聞かせてもらおうか」
ヤマトが立ち上がり、真剣な目で俺を見詰める。
そしてそのまま、かなりの勢いで限界まで頭を下げた。
「お願いします。ノゾとミライをこの小舟の里に住まわせて、2つのお店で下働きをさせてやってくださいっ!」
「そりゃあ俺が決められる事じゃねえな」
「知ってます。ジンさんとウルフギャングさんも、許可は小舟の里の長さんが出すって言ってました。そして、それは任せてくれていいと。悪いようにはしないから、心配しなくていいと」
「んじゃ、それでいいじゃねえか」
わざわざ俺に許可を取る必要なんて、毛ほどもない。
「えっと。でも、そうなるとせっかく組んだパーティーから2人も荷物持ちが抜けて」
「気にすんな気にすんな。それより問題なのは、昨日までいたノゾとミライなしで探索に出て、浜松の街の見張りなんかにそれをどう説明するかって事だぞ。そっちはどうすんだよ?」
「今日はこのメガトン基地の空き部屋に泊まっていいとタイチ先生に言われたので、梁山泊に戻らなければぼくらが浜松の街にいなかった証明になります。だから知り合いには2日かけて小舟の里にまで足を伸ばして、2人はそこで職を得たと言えば大丈夫です」
「なるほどねえ」
そうなると問題は小舟の里がふらっと現れた山師達を里の中に入れ、それだけでなく少年2人が職を得て定住したのを許したという話が浜松の街に広がりかねないという事だけか。
どうします?
そう視線で問いかけながらジンさんとウルフギャングを見遣ると、どちらにも大丈夫だ気にするなと言うように頷かれた。
「だからほら、アキラも飲め」
「どいつもこいつも、お人好しな事で」
「アキラにだけは言われたくないな」
「まったくじゃ」
「はいはい。でもま、そういう事なら先に2人の部屋を建てとかなくっちゃな」
「それなんだけどアキラくん。いっそウルフギャングさんの店の裏に、アパートかマンションでも建てちゃったらいいわ」
「アパートだぁ?」
「ええ。この調子だとこれからも若い子を拾ってくるんだろうし、土地代をボク達で払ってアパートを建てておくのよ。なんなら、筋肉オバサンの店の若い子達にもそこで仕事をさせればいいし」
「……さすがに急ぎすぎじゃねえか?」
「いいのよ。ですよね、ウルフギャングさん、ジンさん?」
「うむ」
「俺も賛成だな。まだ孤児院なんかは作れないが、成人した若者や成人間近の若い子達なら、住む部屋と仕事さえあればどうにか生きてゆける」
孤児院。
そんな施設を作れないだろうかと思った事がない訳ではない。
小舟の里ではまず見ない光景だが、磐田の街の観客席では痩せ細った子供が膝を抱えて、虚ろな瞳を伏せて壁際に座り込んだりしていたからだ。
俺が安全で豊かな日本で育ったからなのか知らないが、そんなのは見ているだけで叫び出したくなるような光景で、だからこそ俺は磐田の街や天竜にウォーターポンプを設置する事を決めた。
だが孤児院を作ったとして、そこの子供を食い物にしないと言い切れる大人がどれだけいるか。
そう考えると簡単には動けないというのが現状だ。
「っと。そうじゃねえな。今はアパートの話だ。土地代は年単位で前払いでもいいが、入居者なんてそんなにいるんかねえ」
「いるわよ。交易が始まれば人の行き来も増えるし、建てておいて損はないわ」
「ならまずはマアサさんに」
「さっき無線で話しておいたぞ。好きにしていいと言うておった」
「……出来レースかよ。そんじゃ建ててくるが、部屋数は?」
「1階の半分が歓談場所を兼ねた食堂と男女別の浴室。残り半分が短期滞在用の客室。2階が男性用の部屋で、3階が女性用。部屋はベッドと着替えスペースがあれば狭くていいから、各階に20ずつってところね」
「かなりの建物になるなあ」
「アキラくんなら余裕でしょ? マアサさんへの支払いはボクがやっておくわ」
「まあなあ」
並んで建っているウルフギャングの店とミキの店、そこからメガトン基地の間には、かなり広いスペースがある。
そこにカナタの注文通りの集合住宅を建てて戻ると、すでにクニオは酔っ払ってテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
どれだけ酒に弱いんだか。
「ねえ、アキラ」
「ん?」
「明日からは、あたしがファストトラベルで浜松の街に送り迎えしていい?」
「どうだろな。浜松の街にある梁山泊ってホテルの地下にある部屋は6人パーティー用らしいから、そこに俺とタイチとくーちゃんとヤマトが泊まるだろ。んでその部屋は内側から南京錠でカギをかけれるから、いいっちゃいいんだが。体育館のコートの酒場スペースで情報収集や山師達との顔繫ぎも必要なんだ」
「だーかーら、その部屋に戻ってからの話。アキラの居場所はあたしのピップボーイでわかるんだし」
「げっ。そういえばそうだったな」
げってなによとミサキはむくれるが、いくら愛する嫁さんにでも24時間、常に居場所がバレてるってのは精神衛生上よろしくない。
「でも、なんでいきなりミサキちゃんの地図がそんな風になったんすかね」
「わっかんねえなあ」
「あらあら。そんなの、愛ゆえに決まってるじゃないの」
「愛ねえ……」
「なんか文句あるの?」
「い、いや。そんなんねえけどよ」
「アキラは元から錬金術師っぽかったけど、これであたしもようやく運び屋らしくなったわ。えへへ」
ツンツンと袖が引かれる。
なにかと思って視線をやると、隣に座っているセイちゃんだ。
「どしたの、セイちゃん」
「プロテクトロン、もう倒した?」
「まだだねえ。危険区域には足を踏み入れてないんだ」
「そっか」
「もうくーちゃんやヤマトにピップボーイの容量を隠す必要はないから、倒したら必ず丸ごと持ち帰るよ」
「ん。待ってる」
「そういや、ヤマトは特殊部隊に就職すんのか?」
「いずれはそうさせてもらいたいと思ってます」
「んじゃしばらくは俺達と山師か」
「はい。足を引っ張るとは思いますが、よろしくお願いします」
「こちらこそだ」
「そういえばアキラ。メガトン基地の見学中、ヤマトをショウに紹介したんっすよ」
「歳も同じくれえだもんな」
「そうっすね。そしたらショウ、自分も連れてってくれって大騒ぎしてたっす。ヤマトがオイラ達と一緒でいいなら、俺だって連れてってくれてもいいじゃないかって」
小舟の里は浜松の街と違って、成人前の子供に簡単なアルバイト以上の労働を禁じている。
だからこそ成人前のショウは特殊部隊の見習いで、その仕事も正門の見張り程度という訳だ。
ショウはこんな世界で兵士を志した、それも男の子であるから気持ちはわかるが。
「アキラ達のパーティーならば、剣の使い手などいらぬからのう。逆にジャマなくらいじゃ」
「せめて成人してれば、銃器の訓練代わりに連れ出してもいいんですがねえ」
「浜松の街の山師が6人で行動するのは、獲物を持ち帰る量を少しでも多くするためだろうしな。ピップボーイの性能を隠す必要のないアキラがいれば、それも必要ない」
たしかに。
朝の酒場スペースでメシを食っていた山師達は、そのすべてがリュックや、下手をすれば海外へ自分探しに出かける連中が担いでいるような大きなバックパックを背負っていた。
解体したての肉を入れて持ち運ぶそれをロクに洗濯もしないのが、あの悪臭の一因でもあるのだろう。
「とりあえずショウには、いつか俺とタイチが探索か狩りに連れてってやるって言っとけ」
「りょーかいっす」
「そうすっと、明日からは4人パーティーだろ。どっちに向かう?」
「どっちに向かうも何も、明日はまた徒歩で浜松の街に行くに決まってるじゃないっすか。あまり早く戻っても怪しまれるだろうし、明日は移動だけで終わるっすよ」
「げえっ」
浜松の街のある旧市街ならクリーチャーを倒しても翌日にはまた獲物がそこにいるだろうが、戦前の田舎である浜松市の郊外はそうではない。
また徒歩で浜松の街に向かうとなると、とんでもなくヒマを持て余す事になるだろう。
「あたしがファストトラベルで送ってくんじゃダメなの、タイチくん?」
「誰かに見られたら大事っすからねえ。今のところ浜松の街で安全な場所は梁山泊の客室くらいで、今日はそこに部屋を取ってないからムリっす」
「連泊にしとくんだったなあ……」
「なんなら途中まで線路の上を歩けばいいんっすよ。教材もいるだろうし、行商人のために掃除をしとくのは悪くないっすから」
「なるほどねえ」
線路はまだしも、その横のスペースには草が生え放題。
フェラル・グールには期待できないだろうが、モングレルドッグや、運が良ければゲッコーも狩れるか。
「出発は昼過ぎでいいっすかね」
「あいよ。やっぱどれだけ計画を練っても、その通りにはいかねえもんだなあ」
「それが当然っすよ」
分厚いロードマップを出して、まずは小舟の里のページを開く。
「……東海道線の線路、舞阪までは東海道と並走か」
「そうっすねえ」
「駅は弁天島、舞阪、高塚と経由。んで成子交差点の手前で線路から下りる、って形だな」
「ここっすね。なら少し戻る事になっても、この道から北上した方がいいんじゃないっすか?」
「そしたらまた五社神社の悪党がジャマだぞ?」
「あ、そっか。ならこの『西浅田北』って交差点で線路から下りるのがいいっすね」
西なのに北とはこれ如何に。
そんな呟きを見事にスルーされたので、タバコを咥えて火を点ける。
まったく。こっちの連中はジョークを解するユーモアに欠けるから困るんだ。
「……広い道は最初だけで、あとはかなり狭い道を縫うようにして進むのか。そんな道を4人でゾロゾロ歩くのはちっとなあ」
「ならいっそこの高塚駅から北上して、佐鳴湖の手前を通って回り込むっすか?」
「あっ。佐鳴湖は、浜松の街の山師が多いですよ。碧血のカナヤマさん達が狩り場にしてるので」
「そうなんか。獲物は?」
「ゲコガエルのはずです」
「さすがヤマトっすね。情報の大切さをよく理解してるっす」
「そ、そんなたいそうなものじゃないですよ」
碧血の誓いというパーティーとは仲良くなっておきたいが、まるでおこぼれでも狙うように狩り場をかぶせる連中とは関わり合いにもなりたくない。
「もう面倒だからさ、この出仁須食堂ってロケーションにファストトラベルでよくない? あたしのピップボーイは拡大した場所をタップすると、そこにファストトラベルできるみたいだし」
「建物の中に飛ぶって事か。まあ壁の中にいるとか、椅子やテーブルと合体、なんて事はねえみてえだからそれでもいいが」
「でしょ。それでも人目が不安なら、少し早めに向こうに行ってファストトラベルによさそうなロケーションを探しといてよ」