クニオがまた酔っ払って、2度目のダウン。
それに釣られた訳ではないだろうが、それなりに飲んでいたヤマト達3人も舟を漕ぎ始めたので、02号室のカギを渡し、そこで雑魚寝でもしていろと席を立たせた。
そうなると当たり前だが、テーブル席に残るのは俺とタイチだけ。
「ふいー。やっぱ、朝からしこたま飲むと効くっすねえ」
「タイチも部屋で寝てていいぞ」
「いえいえ。オイラの役目は、誰かさんの監視っすから」
「嫌な役目だなあ」
「にしし。ここは夕方になると、商売女達が客を引きに来るらしいっすからねえ。そんなトコにアキラ1人を置いとけないっす」
「そりゃあ楽しみだ」
どうしたって思い出すのは、フォールアウトNVのストリップ地区。
ここは日本なのであそこの娼婦ほど過激な衣装を着た女なんていないだろうが、ミニスカートのひとつでも身に着けていてくれたら目の保養になるのは間違いない。
「えっと、アキラ」
「んー?」
「あの3人に肩入れするの、止めないんっすね」
「もちろんだ。俺は逆にタイチに止められるかと思ってたからな。安心したよ」
「そうっすか」
「あっちで商人だの料理人だのの修行をするとしたら、どんくれえの金が要る?」
「どうっすかねえ。でも、お金はあればあるだけいいっすよ。給料なんて安いから、いつか独立する気なら今のうちから貯金しとかないと」
「なるほどね」
「……でも、難しいんっすよねえ。誰だってガマンばっかしたくないし、今を愉しみたいって思って当たり前っす。だから貯金なんてせず、お金が入ったら飲んで遊んで」
「まあ、そうなるわなあ」
俺だって同じだ。
「あとこの6人でパーティーを組むって話、くーちゃんも賛成してくれたっすよ」
「へえ」
「本当は今日のデビュー戦でヤマト達が逃げ帰ってきてから、4人でパーティーを組もうって誘うつもりだったそうっす」
「どいつもこいつも、お人好しな事だ」
「アキラだけには言われたくないっすねえ」
「うっせ。とりあえず、教育係は任せていいんだよな?」
「くーちゃんはまだしも、アキラに先生なんてできっこないっすからね。3人の護衛も含めてオイラがやるっす」
「そうかい。まずは適正武器の選定かな」
頷いたタイチがタバコを咥える。
それに火を点けてやると、タイチは昔の思い出をポツポツと語り出した。
病弱だった母親。
父の顔は知らない。
ただ父は強くて立派な人で、皆のために戦う人間なんだと教えられて育った。
その母が5歳の時に亡くなる。
泣いてばかりいたタイチを立体駐車場マンションの裏の湖岸に連れ出したのが、若き日のジンさんだった。
そこでタイチは、父と一緒に別の街で暮らさないかと言われたらしい。
「誰がオイラとかーちゃんを捨てた男に食わしてもらうもんかって思ったっす」
「なるほどな」
「オイラの父親。どっかの街の戦闘部隊にいるか、山師をやってるらしいんすよねえ」
「へえ」
「どっかの街からわざわざ剣を学ぶために来て、畜産区画の端っこにあるジンさんの剣術道場で、それこそほんの子供の頃から内弟子をやってて」
「じゃあ、腕もいいんだろうな」
「どうっすかねえ。オイラを身籠ったかーちゃんにその街に着いてくのを拒否されて、稽古で骨が折れても泣かなかった気の強い幼子が。それが成長して女を覚えて、もう17歳になったってのに泣きながらお酒を飲んでたんだそうっす」
「愛されてたんだなあ。おふくろさんも、タイチも」
どうだかと呟いたタイチが燃え尽きそうになっているタバコを灰皿で揉み消す。
「ワシの孫なら、もう泣くな。ジンさんはそう言って5歳のオイラを抱きしめてくれたっすよ」
「……は?」
「詳しくはオイラも知らないっす。あの頃は子供だったのに、それでも聞けなかったくらいっすからね」
「お、おいおい……」
「オイラの父親、ジンさんの大刀と銘だけじゃなく、拵えまで同じ脇差しを持ってるらしいんすよねえ。やっぱり、浜松の山師じゃないのかなあ。あんな上等な日本刀を持ってるヤツいないみたいっすもん」
ジンさんの孫。
そしてジンさんの息子。
「言われてみりゃ、あれは脇差しってヤツだよな。んで拵えって、鍔とか束の装飾だろ? ……そういや、そっくりじゃねえか。マジかよ、おい」
「アキラ、まさか?」
「心当たり、めっちゃあるわ」
「……マジっすかあ。いい機会だから2人だけで飲んでるうちに打ち明けただけなのに、まさかの知り合いっすか」
「い、いや。確定じゃねえだろうけどさ。その人があの街にいたって話も聞いてねえし」
「ちなみに、どんな男っすか?」
「文句なしにいい男で、強くて立派な人だなあ」
「……ふうん」
「だって俺、その人にフルカスタムのオーバーシアー・ガーディアン渡したし」
「そ、そこまで近しい人間っすか!?」
「おう。つかそれだと、俺とオマエは親戚じゃねえかよ。たまげたなあ」
ジンさんだとか親戚だとかは、俺もタイチも極端な小声で話している。
もちろん、小舟の里という名前も出したりしない。
「世の中って狭いんすねえ」
「だなあ。まあとりあえず、そのうち親父さんだと思われる人と会う機会は絶対にあるぞ。覚悟だけはしとけ」
「……うあー。楽しみなような、怖いような。まいったっすねえ」
まいったのはこっちだ。
もしもタイチの父親が天竜のトシさんであるなら、タイチはリンコさんの孫で、トシさんに何かあれば天竜の長を継ぐ立場の人間だという事になる。
「そんな男をこんなトコに連れ出してる身にもなれっての」
「言っとくけどこの話は絶対に内緒だし、それで態度を変えたりしたらぶん殴るっすよ?」
「わかってるって。ダチが俺を信じて打ち明けてくれたんだから、嫁さん連中にだって話すもんかよ」
「ならいいっすけどね」
それにしても、唐突に昔話なんか始めたと思ったら、なんつー爆弾を放り投げてくるんだか。
「あーもう。酔いが醒めたぞ、どうしてくれんだコラ」
「同じくっす。なんならヒマ潰しに、散歩でも行くっすか?」
「……そうすっか。ツマミは起きたら食えって、ほとんどヤマト達に持って行かせたし」
「なら行きましょうっす」
おうと返し、ジョッキを飲み干して腰を上げる。
タイチは焼酎の水割りだけでなく、残っていた何かの肉の塩焼きと塩茹でした葉野菜まで平らげてから席を立った。
料金はすべて前払いなので、手近にいたウェイトレスにごちそうさまと声をかけ、並んで梁山泊を、戦前の体育館を出る。
「とりあえず市場か?」
「んー。あっちは食材とか立ち食いの露店しかないんだから、スワコさんの店の奥の商店街の方がいいんじゃないっすか」
「りょーかい」
服屋、金物屋、瀬戸物屋、雑貨屋、中には本屋まであるが、どの店もスワコさんの店に比べると格段に小さく狭い。
それに品揃えも見ていて悲しくなるほどなので、商店街の半分も見て回らないうちに俺達は市場の方へと足を向けた。
辿り着いた市場は大盛況。
いくら商人ギルドの治める自治領のような区域が広いとはいえ、どうしてここまで人が多いんだと首を傾げるしかない。
「キツそうっすねえ、アキラ」
「気を抜くと、おえっぷってなりそうでな。風呂屋はねえのか、この街……」
「どうっすかねえ。RADの湯(だだの水だけど)、とかならあるんじゃないっすか」
「やっぱ水って大事だよなあ。見ろよ、あの屋台。コップ1杯の水が、指2本分のストレートの焼酎とたいして変わらねえ値段だぞ」
「そんなもんっすよ。あっちも昔はそうだったっす」
同じ日本でも世界が違えば品もけっこう違うので、小学校のグランド全面にごちゃごちゃと配置された屋台や露店は、買い物をせずに冷やかして歩くだけでも時間が潰せる。
ただし、老いも若きも、男も、美人もそうでない女も、これほどに酷い体臭を放っていなければだ。
「もうダメ。ギブだギブ……」
「最初の頃に比べたら保った方っすかねえ」
「せっかく俺でも食えそうな、焼き鳥と漬物の屋台を見つけたんだがなあ」
今はアパートになっているという戦前のホテルを最後に遠目から見物し、仕方なく梁山泊に戻る。
ちなみにホテルはかなりしっかりとした建物で、さすがは金持ち専用といった感じだった。
「ありゃりゃ。カウンター近くのテーブル席はもう空いてないっすね」
「ならカウンターで飲むか? そっちなら空いてっぞ」
「いいっすよ」
梁山泊のカウンター席はスツールが20ほども並んでいるので、まだ空席は多い。
夕方にもなっていないのだから当然か。
その端っこに並んで腰を下ろし、広いカウンターの中を歩み寄ってきたマスターにまた焼酎の水割りを注文する。
「焼酎の水割りをジョッキで2つな、まいど。それより兄さん」
「アキラでいいですよ、マスター。こっちは弟のタイチです」
「そうか。んでもしかして、おたくら兄弟は『爆裂美姫』の関係者なのか?」
「なんです、それ?」
マスターが語り出す。
この辺りでは伝説となっている3人の山師。
『剣鬼』、『狂獣』、そしてその2人を唯一御せる女山師『爆裂美姫』の事を。
……なにやってくれてんの、あのジジババ。
3人パーティーで200の悪党を狩り尽くしたりすれば、それとほぼ同数の新制帝国軍の兵士達が未だに恐れるのもムリはない。
おかげで商人ギルドが所有する市役所、小学校、ビジネスホテルに新制帝国軍の兵士達が足を踏み入れる事がなくなったらしいが。
「へぇー。ハンパないっすねえ」
「だな。ま、俺達兄弟は根無し草の流れ者ですよ」
「そうか。装備がいいし電脳少年まで持ってるんで、もしかしてと思ってな。妙な事を訊ねて悪かった」
「いえいえ。それよりラジオを流してもいいですか? うるせえって苦情が来るようならすぐに片しますんで」
「ああ。それはいいが、ラジオなんて聞こえやしないぞ。ホロテープなら別だが」
「そうでもないですよ」
ピップボーイのラジオではなく、核分裂バッテリーが内蔵されているフォールアウト4のラジオをカウンターに出す。
するとすぐにジャズが流れ出し、カウンターで飲んでいる8人ほどの顔が一斉にこちらを向いた。
「ね?」
「こりゃ驚いたな。これはいつも聞けるのか?」
「ですね。まあほとんどが録音放送らしくって、10曲かそこらが繰り返し流れてるだけですけど」
「それでも充分だろう。こんな風に、まるで戦前のような気分で酒が飲めるなら客達も喜ぶ」
マスターの言葉に、カウンターで飲んでいる連中が頷く。
よし。
この浜松の街で一番と思われる酒場と宿でウルフギャングのラジオが評判となれば、この放送は新たな娯楽として定着してくれるかもしれない。
「ならこのラジオ、要ります?」
「う、売ってくれるのか?」
「まあ借りた部屋で使うもう1台は確保してあるんで。値付けは、ゆっくりでいいですよ」
「わかった。あとでスワコが顔を出すなら、アイツに目利きをしてもらう。なんたって本職だからな」
「了解です」