天竜の集落への訪問。
そこで現在の長であるリンコさんと、次代の責任者となるトシさんとの顔合わせ。
どちらも、これ以上はないと言えるほどの大成功だったんじゃないだろうか。
そして俺は今、夜が明け切らないうちに小舟の里の駅前門を出ようとしている。
「ずいぶんと早いのう」
「ジンさん。なんでこんな時間に」
「なあに。見送りはいらぬという話じゃったが、せめてワシくらいはと思っての」
「わざわざすんません」
「計画は、練れるだけ練った。アキラとタイチの腕も信用しとる。だが、充分に注意してゆくのじゃぞ」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうっす、ジンさん」
「うむ。ではゆくがよい、若武者達よ」
いってきますと声を揃え、少しだけ開いた門から駅前の小さなロータリーに出た。
「さあて。まずはのんびり歩くか、弟よ」
「そうっすねえ、兄さん」
本当なら俺が単独で出るはずだった浜松の街の偵察。
それにタイチが同行する事になったのは、正直あまりうれしい話ではない。
タイチの戦闘の腕がいいのは知っているし、気の合う同い年の男友達であるから2人で探索に出るのはいい。
だが、もしタイチに何かあったら。
その時、俺はカヨちゃんになんと言って謝ればいいのだろう。
考えても答えが出ないし、すぐにそんな不吉な事を考えている自分が嫌になってしまう。
「はぁ。俺の案はことごとく却下されっし、こんなんなら黙って書置きでもして小舟の里を出ればよかったぜ」
「そんなの間違いなく、数十分後にミサキちゃん達に取り押さえられて終わりっすよ」
「……たしかに」
タイチが苦笑いしながら、慰めるように俺の着ている『流れ者の服』の肩を叩く。
「でもこうやって服もお揃いにしたけど、ホントにオイラとアキラが兄弟に見えるんっすかねえ」
「どうだろうなあ」
防具は2人共、流れ者の服のみ。
武器はタイチがノーマル10mmピストル1丁に、サイレンサーとスコープを付けただけのハンティングライフル。俺はピップボーイを隠していないので、見えているのは両腰のデリバラーだけだ。
兄が電脳少年持ちの若い山師兄弟として、俺達は浜松の街に潜入する。
「うーん。やっぱり途中まではバイクの方がよかったっすかねえ」
「だから言ったろ。今からでも遅くねえから出すか?」
「ダメっす。ピップボーイは晒していいけど、タレットや車両は絶対に使っちゃいけないってジンさんとウルフギャングさんが言ってたんっすから」
「へいへい」
バイクならすぐだろうが、徒歩で浜松の街に行くとなると、どれほど時間がかかるやら。
「ミサキちゃん、オイラが同行するって言って怒ってなかったっすか?」
「別に。でも、なんでミサキが怒るんだよ?」
「あーっと。実はっすね……」
いつもウルフギャングのトラックやピップボーイに入っているバイクなんかで通る東海道は、ラジオでも聞きながら歩きたくなるくらい赤マーカーが見当たらない。
なので申し訳なさそうにしながら語るタイチの話は、いいヒマ潰しだ。
「なるほどねえ」
「思った事を言っただけっすけど、言い方がちょっと悪かったかなって思ってたんっす」
タイチの話は、こうだ。
特殊部隊とミサキ達が合同で探索に出ている時、休憩時間にミサキが俺の初取得PerkであるAQUABOYを、取る意味がわからないとまで言ってボヤいた。
するとそれを聞いたタイチは思わず立ち上がって、本音を言ってしまったらしい。
アキラが、悪党を撃ち殺しただけで倒れてしまうほど優しいオイラの友達が、なんで最初に水の中を移動できるPerkを取ったと思ってるんっすか!
小舟の里に何かあれば自分が1人で敵の後方に回り込んで、その敵を皆殺しにするつもりだからに決まってるっす!
そうまでする理由は小舟の里がミサキちゃんの帰る場所で、ミサキちゃんに人殺しをさせたくないし、小舟の里を守る人間が死ぬところを見て悲しむ事すらさせたくないって事なんっすよ!
なのに、なんでそんな言い方ができるんっすか!
「まあ、あれだよ」
「あれってなんっすか」
「ミサキはな、俺のカッコイイところより優しいところが好きらしい」
「は?」
タイチの足が止まったので振り返る。
するとその顔には、『なに言ってんだコイツ』と書いてあるのが見えるようだった。
「ノロケじゃねえぞ?」
「じゃなかったらなんなんっすか。ビックリして足を止めちゃったっすよ。時間ないのに」
「つまりあれだよ。俺の優しさなんてたいしたもんじゃねえんだから、ミサキは人の優しさを見抜くのが得意ってこった」
「たいしたものじゃないってのは同意しないっすけど、それが?」
「だーかーらー。ミサキならその場で気づいてただろうって話」
「なににっすか?」
「あれだよ、ほら。……俺のダチが、ミサキの軽口にですら腹を立ててくれた優しさに」
「っかーっ。まーたクサイ事を」
「うっせ。いいから歩け、愚弟」
「へへっ。でも、そうなのかもしんないっすねえ。オイラが言った後、ミサキちゃんは何度も謝ってくれたっすもん」
「だろ? だから、タイチがいつまでも気にしてたらミサキも困るっての」
「りょ-かいっす」
「あとさ」
「ん?」
「ありがとな。俺のために怒ってくれて」
タイチが俺の隣に並んで歩き出す。
その横顔が、20にしては幼さの残る頬が少し赤らんでいるように見えるのは、きっと俺の思い過ごしではないだろう。
「……だから、そういうクサイ事を言わないでくれってオイラは言ってるんっす」
「へいへい」
並んで最初の橋を渡り、人工的に整備されたと思われる弁天島へ。
この小舟の里の入植地第一候補の島には、戦前の公園やキャンプ場なんかがあるらしい。
難点を上げるとすれば島の最も奥にあるキャンプ場の横から、以前俺とED-Eがヤオ・グアイと思われる敵から逃げ出した県立自然公園のある半島のような場所に繋がっている事か。
「弁天島、気になるんっすか?」
「ああ。浜松の街と決定的に対立したら、そこの住民をクリーチャーから守る新制帝国軍は皆殺しにするしかねえ。そうなって今の浜松の街の住民が小舟の里に流れてくるようなら、ここを要塞化して入植地にすんのが一番かなってよ」
「簡単に言うっすねえ。ま、小舟の里から船でも行ける弁天島はたしかにいい場所っすけど」
「だろ? 県立自然公園に繋がる橋は封鎖しちまえばいいし」
「そうっすねー」
「っと、弁天島駅前のリゾート・マンションの前にフェラルがいるな」
見えているのは、たった2匹。
だが俺達はそのマンションの前を徒歩で通り過ぎる事になるので、可能なら狙撃で倒してしまう方がいいだろう。
フェラルがあれだけとは限らないし、大きなマンションの目と鼻の先には駅だってあるのだ。
「オイラの狙撃がどのくらい上達したかアキラに見せるチャンスっすね」
「つか、お互いのできる事をまず確認しとくべきだろ。半分こな」
「ケチっすねえ。なら、お先にどうぞっす」
「あいよ」
国産パワーアーマーどころか、アーマード軍用戦闘服すら着ていないのに狙撃。
これは、タイチにあれを見せておくいい機会だろう。
ピップボーイからツーショット・ガウスライフル、それもフルカスタムされたお気に入りの逸品を出す。
「うっわ。なんか腕がプルプルしてるっすよ?」
「重いんだってこれ。試しに持ってみろ」
「……あ、これはオイラもムリっす。なんとか撃てるけど、こんなので狙撃なんて」
「だろ? だからこうするんだ。貸してみろ」
ツーショット・ガウスライフルを受け取り、VATS起動。
奥にいるフェラル・グールの頭部への命中率、たった5パーセント。
それでも頭部を選択して、VATSを発動した。
「くたばれ」
スローモーションの世界で呟きながら、クリティカル・メーターを消費して攻撃。
哀れなフェラル・グールは俺とタイチに気づく時間すら与えられず、その頭部を爆散させられてアスファルトに崩れ落ちた。
「はいいっ!?」
「説明は後だ。残りが来るぞ」
「りょ、了解っす」
タイチが背負っていたハンティングライフルを構え、絞るようにトリガーを引く。
やはり、この辺りのクリーチャーはかなりレベルが低いらしい。
タイチが撃ったフェラル・グールは頭部が爆ぜたりこそしなかったが、眉間の辺りを撃ち抜かれてたった一射で絶命した。
「お見事。やるなあ、弟よ」
「はいはい。そんでさっきのはなんなんっすか? VATSなんでしょうけど、持ってるだけで腕をプルプルさせてた銃でよく命中したっすね」
歩き出し、索敵をしながら種明かしをする。
俺のピップボーイのVATSにはクリティカル・メーターというものが存在し、それを消費する事でいつでもクリティカル攻撃が可能。
そしてそのクリティカル攻撃時は、命中率が0でなければほぼ確実に命中。
こんな重くて威力のある銃だとVATS攻撃に必要なAPもかなりのものなので連発はできないが、こんな事もできるってのは覚えておいてくれ。
そう言うとタイチは盛大に溜息を溢し、『どこまでデタラメなんっすかと』肩を竦めながら呟いていた。
「って事で、クリティカル・メーターがすべて貯まるまでは俺がクリーチャーを倒すからな」
「なんっすかそれ、ズリイっ!」
「仕方ねえだろって。浜松の街に入る時は万全の状態で、って話し合いで決めただろうが」
だが期待していた弁天島駅の駅前にはクリーチャーが1匹もいない。
やはりこの東海道と、浜松の外れから小舟の里がある新居町駅までの東海道線の線路は、長年の行商などでクリーチャーがほぼ駆逐されてしまっているようだ。
その状況が一変したのは、俺達が東海道を使う時には避けて通る、『成子交差点』というロケーションを左に折れてすぐの事。
チュインッ
そんな音がする前に、俺はタイチを抱えるようにして戦前のお寺さんの駐車場へと駆け込んだ。
成子交差点の往時の信号機の、いい感じに片方の接合部が外れてぶら下がっていたポストアポカリプス感に浸っていた、せっかくのいい気分が台無しである。
「今のって銃撃っすか!?」
「ああ。100メートルくれえ先の歩道橋だ。見えてる悪党は3」
「まったく。これだから浜松の旧市街は。交差点を過ぎてすぐこれっすか」
「いいじゃねえか。これが、これこそが戦場の空気だ」
「はいはい。どうせオイラは撃てないんだから、さっさと終わらせてくださいっす」
「はいよ。俺もハンティングライフルでいいかな」
「宝物級とかはダメっすよ? ここはもう浜松の街の山師の縄張りなんっすから」
わかってるってと返し、車の残骸の陰から顔だけ出して歩道橋を覗き込む。
銃撃は来ない。
やはりゲームと、フォールアウト4とは仕様が違うようだ。
「まあ、あの超絶エイムを悪党が使えたら、それこそ山師なんて誰もやらねえだろうしな」