「アニキって、変なトコが鈍いよな」
「なんでだよ?」
「トシさんの顔を見てみなって。誰かに似てねえ?」
視線を動かしてトシさんを見遣る。
誰かに似ていると言われても、芸能人なんていないこの世界で、しかも知り合いの少ない俺に思い当る節なんて。
苦み走ったいい男。
トシさんの印象はそんな感じだ。
背が高くすらっとして背筋も伸びていて、銃だけじゃなく槍を使っても相当の腕なんだろうと一目で思わせる雰囲気。
それに毛皮のベストで隠れてはいるが、戦前のスーツもかなりオシャレな感じで。
……あれ?
「あーっと」
「誰かに似てるだろ? 俺も小舟の里に行くまで気づかなかったけど」
「えっと。そういう事、なんですかね……」
もしかして似てる人ってジンさん?
それに思い当ると、もうそうとしか見えなくなった。
痩せ型で長身で男前でオシャレで、背筋が伸びていていかにも腕のいい剣の使い手という雰囲気。
……この渋い男前が、セイちゃんの腹違いの兄?
「それは神様にしかわからないねえ。この子を孕んだ時は2人の避妊薬をこっそりビタミン剤とすり替えて、どっちにもたっぷりナカで吐き出させてやったから」
「一目瞭然だろって、婆ちゃん」
ババアって呼ぶんじゃないよ!
そう言いながら立ち上がった長さんに視線をやって、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
腕に、あまりに見慣れた物が装着されているのを見つけたからだ。
「ピップボーイ。いや、電脳少年の方か……」
「これかい? まだこのリンコ姐さんがどうしようもないバカで、いつか子供を産みたくなるだなんて想像もできなかった頃に見つけた物さ。少しでも知恵があればこの子に、トシにこれを渡せたのにね。タバコ、いいかい?」
「もちろんです。俺も吸わせてもらいますね」
「ああ。好きにやっとくれ」
俺とジローが並んで座っているように、天竜の長がトシさんの横に座った。
紫煙を吐きながら、不躾にならない程度に2人の顔へ交互に視線を移す。
見れば見るほど天竜の長は若く、トシさんはジンさんに似ている。
「なんつーか。いろいろと衝撃的すぎてどうしたもんやら……」
「若いねえ。ま、そんなところがかわいいんだが。はじめまして、ボウヤ。アタシが天竜の責任者、リンコだよ」
「お会いできて光栄です。俺はアキラ。小舟の里に住んでる、山師みたいな者です」
「ジンとタロが、ついに浜松を囲んでぶん殴る覚悟を決めた。なら、このリンコ姐さんも手を貸す以外の選択肢はないね。くたばる前によく決心してくれたと伝えておくれ」
「あ、いや。そうじゃなくてですね」
「ん?」
やはり俺は、交渉だなんだに決定的に向いてない。
こうまで予想外の事ばかりで、さらにその交渉相手のキャラクターに圧倒されているとなると、落ち着いて事実を語るくらいしかできそうにない。
なのでリンコさんとトシさんに、今のところ決まっている小舟の里と磐田の街の交易計画から順を追って話して聞かせた。
「なるほどねえ。どっちも根性のない事だよ」
「でも母さん、すぐにではなくとも新制帝国軍の一強体制をどうにかしようという話でもあるようですし。ここは協力すべきでは? そうでなくとも交易は、うちの益にもなるでしょう」
「まあね。それでボウヤ、天竜に何を望む?」
こうズバズバ斬り込まれてばかりでは、どうも面白くない。
「普通に交易を。それと3つ、天竜も入れれば4つの街と集落が通信での連絡体制を整えます。そしてもし天竜が攻められた時には、その通信を利用して逆に連中を叩き潰しトラックを奪うので。その助力をする許可をください」
リンコさんのつり眉がビクリと動く。
トシさんの方は、静かに思慮に沈んでいるような表情だ。
「そんな事ができるってのかい?」
「ええ」
「母さん。アキラ君は、2台のバイクを私の目の前で電脳少年に入れて見せたと言ったでしょう。おそらく、ハッタリじゃありませんよ」
「そんなのは目を見ればわかるさ。問題は、なぜそれほどの自信があるのにそれを誇らないのか。そういう事だよ」
「俺のいた世界は、どんな卑劣な犯罪者がいてもソイツに石を投げたりしたら、こっちまで逮捕されるような場所でしてね」
「……世界、ねえ」
俺の出自というか、違う世界から来た事まで話すかは、自分の判断で好きにしろとジンさん達は言っていた。
なので包み隠さず、本当の事を語る。
途中で出された茶で口を湿らせながら、できるだけ丁寧に、わかりやすく。
「と、こんな感じです」
「まるで御伽話じゃないか」
「まあ、自分でもたまに起きたら夢から覚めて、平和な日本のアパートにいるんじゃないかと怖くなります」
「怖くなる?」
「ええ。大好きだったゲームの舞台だからって理由だけじゃなく、俺はこの世界で生きていきたいと思ってるんで」
「とんだバカヤロウだね」
自分でも苦笑するしかない。
あんな平和な世界より、こんな荒廃した世界を選ぶなんて。
「はい。間違いなくバカです」
「本物の男ってのは、バカにしかなれない生き物だからね。そして女は、そんな男にこそ惚れるもんさ」
「はぁ」
「交易は、どこかだけが得をするんじゃないんなら受けよう」
「ありがとうございます」
「ラジオの設置もしていい。場所はトシに聞きな」
「はい」
「それと新制帝国軍のクズを叩く時は、アタシも仲間に入れるんだよ?」
いいんですか、とトシさんに視線で問う。
「言っても聞かないだろうし、こんなでも電脳少年持ちの現役山師だからね。好きに使ってやってくれ」
「はあ」
「それと、婆ちゃんなんて呼んだら承知しないよ?」
「了解です、リンコ姐さん」
「いいね。もういっぺん言ってみな」
「わかりました、美人のリンコ姐さん」
「もうひと声」
「美人でエロくておっぱいの大きいリンコ姐さん、了解です」
「リンコ姐さん大好き」
「……リ、リンコ姐さん大好き」
「リンコ姐さん、なんだか僕、リンコ姐さんを見てたらおちんち、いたっ。親を殴るとはどうゆう了見だい、この堅物息子!」
この世界の年寄りって、どうしてこんなにはっちゃけたお方が多いんだろう。
「あっ、もしかしてジジイとババアだからか……」
「だーれぐぁババアだってぇ?」
「あ、いや。違くて。リンコ姐さんは元気なだけじゃなくとびきり若いから気にならないけど、ジンさんも市長さんも異常に強くて元気でしょう? それってもしかして電脳少年がないからレベルがわからないだけで、実際はレベルがカンストしてるからなのかなって」
「なーに当たり前の事を言ってんだか。リンコ姐さんだってこの電脳少年を見つけた時、すでにレベル12だったからね。そんなの当然さ」
なるほど、そういう事か。
フォールアウト4の主人公を男性キャラクターにすると、戦争時は英雄扱いされていた元軍人という設定でゲームが始まる。
それなのにコールドスリープから目覚めてレベル1からゲーム開始となるので勘違いしていたが、そういえば主人公が目覚めた後の連邦には、ピップボーイを持っていないのにレベルが高いレイダーやガンナーがいくらでもいた。
となるとこれは、早目にPerceptionが3で取得可能なAWARENESSを取った方がいいのかもしれない。
そうすれば敵だけでなく、味方のレベルも知る事ができるだろう。
MMOのガチ勢のようにレベルがすべてでそれこそが強さだなんて言うつもりはさらさらないが、メガトン特殊部隊の編成をするタイチなんかに全員のそれを伝えられれば、今よりずっと連中だけでの探索が安全になるかもしれない。
「あとはゲームとみてえに、俺のレベルと敵のレベルが連動してない仕様である事を祈るしかないか……」
もしゲームと同じなら、ヤバイなんてもんじゃない。
『伝説の』という形容詞が付いた敵は、たとえ強さ的には最下層のレイダーであっても、主人公と同じようにレベルキャップが設定されていないからだ。
そんなクソヤロウとレベルキャップが20でしかないシズクやセイちゃん、カナタなんかが対峙する事を想像すると、それだけで背筋を悪寒が這い上がった。
「大丈夫か、アキラ君。顔色が悪いが」
「あ、ああ。大丈夫ですよ。ちょっと最悪の想像をしちまっただけですんで。それと、俺の特技はピップボーイになんでも入れられるってだけじゃありませんで」
「ほう?」
立ち上がる。
実際に見てもらった方が早いし、このリンコさんの仕事部屋にもウォーターポンプがあればいろいろと便利なはず。
「ここでいいかな」
「へへっ。婆ちゃんもトシさんも驚くんだろうなあ」
部屋の隅。
そこにウォーターポンプを設置して、ついでにきれいな金属バケツも出した。
「な、なんと……」
「んでこれをガチャガチャすると、……ほら。こんな風に水が出るんです。それも、RADがない安全な水が」
「……呆れたボウヤだねえ」
「さっき話したゲームじゃ、土の上にしか設置できないんですけどね。なぜかこの世界じゃ建物内にも設置可能で、配管もカンペキにされてます」
「で、こんなのを見せて、しかも使い勝手の悪いこんな室内に設置したって事は、その不思議な手押しポンプを他にもいくつかくれてやってもいいぞって事だろう。そのための要求は? 言ってみな」
やっぱりそうなるのか。
「なにも」
「なんだって?」
「本音を言うと、たかが水を飲みたいだけ飲めない子供なんか見ていたくないって身勝手な理由です。だからこれをあと20、そちらが指定した場所に設置しますよ。磐田の街と森町にも同じだけ設置しますけど、俺はそれで報酬を得ようとは思ってません」
「うちにもっ!?」
「そんなバカな……」
そう呟いたトシさんが唸る。
リンコさんの方は新しいタバコを咥えてマッチで火を点け、紫煙を吐きながらじっと俺の目を見るだけだ。
ジローだけが見るからにソワソワしているが、それはシカトでいい。
カナタとチヨコちゃんの計画との兼ね合いもあるので、森町の水はまず話し合いをしてからだ。
「俺は知らなかったんですが、ジンさんと市長さんは大昔から小舟の里と磐田の街が手を取り合って、それこそどちらかに危機が訪れた時には兵まで派遣する同盟を組みたがってたみたいです。リンコ姐さんもそうなんですよね?」
「……まあね。滅多に言葉にはしなかったけど、ジンが小舟の里の女に入れ込んでからは3人が3人ともそれを願ってたさ」
「だからこれはその、お年寄りの夢が叶ったお祝いって事でいいかなって」
「誰が年寄りだ」
「はいはい。それに年寄りの夢を継ぐのは、若い者の仕事ですからね。いつか長という立場を継ぐトシさんの心証を少しでも良くしときたいって打算もありますよ。だから遠慮なんてせず、気軽に貰ってやってください」