Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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初顔合わせ

 

 

 

「どしたよ、アニキ?」

 

 振り返りながらジローが言ったのは、天竜川を遡るようにバイクを走らせるようになって少し経った時の事だ。

 俺が先にバイクを停めたので、ジローは少し先にいる。

 ローでその差を詰めてからニュートラルに入れ、タバコを咥えてジローに箱とライターを渡した。

 

「キョロキョロしねえで聞け。デケエ声も出すな。40メートル先、斜面の茂みになんかいる」

 

 左は天竜川とその河原。

 右が草木の生い茂る斜面なのだが、その茂みに黄色のマーカーが6つ。

 

「数は?」

「6」

「ああ、そういう事か」

「どういう事だよ?」

「すぐにわかるって。おーい、磐田の街のジローを知ってるヤツいねえかーっ! 4年前まで天竜で肉屋をやってた、あのジローだ!」

 

 せっかく小声で相談したのに、いきなり大声で潜んでいる相手に呼びかけるとか。

 もし相手が新制帝国軍の偵察部隊だったらどうするんだと頭でもひっぱたいてやりたいが、揺れた茂みから単独で姿を現したのは壮年の、戦前の洋服の上に毛皮のベストのような物をまとった男だった。

 

「すぐに行くから、少し待て」

 

 よく通る低い声。

 それを発した銃を背負い、ジンさんやシズクのより短い日本刀を腰の後ろに差した男が、斜面を滑るようにして道路へと下りてきた。

 

「トシさんだったか。ひさしぶりだなあ」

「ああ。それで、そんな物に乗って天竜を訪れた理由は?」

「義理のアニキを、婆ちゃんに紹介しようと思ってさ。まだ死んでねえよな、婆ちゃん?」

「当たり前だ、バカ者」

 

 トシさんという男の視線が俺に向く。

 明らかに品定めをするような目つきだが、そんなのはされて当たり前だという心構えでこっちは出向いているので腹も立たない。

 

 ジローから返ってきたタバコの箱をトシさんに放り、ライターを見せると首を横に振られた。

 マッチを擦って紫煙を吐いたトシさんが箱を返そうとしたので、同じように首を横に振っておく。

 

「上の方々にもあげてください」

「なるほど。ありがたくいただこう」

 

 顔見知りではあるがパワーアーマーを装備して見るからに凶暴そうな武器を背負った男と、そのツレ。

 義理の兄だというその若い男はバイクに乗ってホルスターには拳銃も見えているが、とても強そうにも賢そうにも見えない。

 

 さて、どういう反応が返ってくるやら。

 

「……強いな。成長の途次ではあるが」

「さすがトシさん。こんな簡単に見抜くかよ」

「6人の手練れを前に、怯えも気負いも見せない。ジローのようなバカ者ならそうもできようが、この青年はバカには見えない。もし襲いかかられても、6人の手練れを叩きのめす自信があるんだろう」

「バカって言うなし」

「オマエ、どこ行ってもバカって言われてんのな……」

 

 叩きのめす自信なんてない。

 

 ただ、殺せるってだけだ。

 

 思っても口にはしない。

 黙って苦笑いだけ浮かべておく。

 

「トシさん達はこれから狩りかい?」

「いや、見回りだ」

「はじめましてで聞く事じゃねえとは思いますが、そんなに新制帝国軍の連中が来てるんですか?」

「……最後に来たのは、もうだいぶ前だ。あまりにしつこいので数人の腕を撃ち抜いたら、それからは来ていない」

「でも見回りをしていると」

「ああ。つまりはそういう事だ」

「なら、1秒でも早く天竜の長に話を聞いてもらわないと。こちらとしては、そういう事です」

「君はどこの街の人間なんだ? 磐田の街の者には見えん」

「小舟の里ですよ」

「……あの人の、剣鬼の街か。鬼が天狗か鳳凰の翼まで得たんじゃない事を祈るよ」

「トシさん、上の連中に下りて来いって言いなよ。荷台に4人、俺とアニキの後ろに2人乗れば、5分とかからず天竜だ。見回りならこの辺りまでだろ」

 

 トシさんが顎に指を当てて考えている。

 それにしても、渋い。

 

 これぞ大人の男!

 

 といった感じのイケオジじゃないか。

 30代40代の男が好みだという女なら、こんな魅力に一発でKOされてしまうかもしれない。

 

「ジローはこう言っているが」

「大歓迎です。よかったら、トシさんは俺の後ろにどうぞ」

「……なら、そうさせてもらうか。長とどこまで踏み込んだ話をするのかは知らんが、どうせ私が呼ばれる事になりそうだ」

 

 ピュイッ

 

 そんなトシさんの口笛が鳴ると、斜面の茂みから5人が姿を現す。

 

 男が3、女が2。

 若いのでも20代の後半で、ほとんどは30代に見える。

 

「なるほど。天竜の精鋭部隊でしたか」

「田舎なりの、だがね」

「相当なものでしょう。あの斜面を苦もなく、尻すら汚さずに下りながら。少しでも妙な動きをすれば、いつでも俺を撃てる構えで。刀はトシさんしか持ってないんですね」

「射撃の巧さで選んだ連中だからな。剣はそれほど使えない。抜刀隊は他にいるんだ」

「なるほど」

 

 低い声で短い指示が告げられると全員の目が鋭さを増したが、俺の後ろにはトシさんが乗ると聞くとその鋭さはだいぶ和らいだ。

 つまりは初対面の余所者である俺が悪さをしようとしても、その後ろにはトシさんがいるから大丈夫。すぐに腰の刀で喉でも掻っ切ってくれるという判断だろう。

 

「なんで笑ってんだよ、アニキ?」

「いや。やっぱ俺って運だけで生きてるなあってよ」

「なんでだよ?」

「こんな精鋭5人と、その信頼を一身に受ける指揮官に出会えた奇跡に感謝してるって事だ」

「ふうん。まあ、わからねえでもないかなあ」

「トシさん。この金具、ステップに足を置いてなるべく動かさないでくださいね。靴や裾もタイヤに挟まると危ないんで」

「ああ。動くバイクなんて初めて乗るが、そうなんだろうなとは思う。気をつけよう」

「ありがとうございます」

 

 全員の準備が整って、ジローの三輪バイクが走り出す。

 荷台の女2人の小さな歓声がかわいらしくて、思わず頬が緩んだ。

 どっちも年上美人だし。

 

 やがて右に見えていた斜面が途切れて戦前の民家が見えてくると、その手前のバリケードがバイクの足を止めさせた。

 どうやら天竜の集落には、車両が通る前提の門というものがないらしい。

 

「こっからは歩きだ。アニキ、俺のバイクも入れといてくれよ」

「おう」

「入れる?」

「あー。すぐにわかりますよ」

 

 浜松の街の偵察だけでなくこの天竜の集落を訪れた時、どのくらいまで手の内を見せるべきかウルフギャングの店で飲みながら話したが、他ならぬジンさんが『下手に隠すと友誼を結ぶなどできなくなる』と言ったので、全員の前でピップボーイにバイク2台を入れて見せた。

 

「ははっ。やっぱ驚くよなあ」

「バ、バカな。いくら電脳少年でも、こんな……」

「大丈夫大丈夫。うちのアニキはまだまだデタラメだから。こんなの気にしてたらキリがねえって」

 

 バリケードには通用口すらなく、ジローに続いてガードレールを2度跨いで天竜の集落に足を踏み入れた。

 それから俺だけが兵士に連行されているような感じで戦前の道路を進んだのだが、天竜の集落は思っていたよりずっと清潔で、戦前の建物もかなり活用しているらしい。

 

「スゲエ。子供が外で普通に遊んでる」

「この駅前は住居区画でね。まあ、この辺だからこそという感じだよ」

「そっか。アスファルトの道だからですね」

「そうなるな」

 

 当たり前だが、アスファルトの上で作物は育たない。

 だから土地の割りに人口が少ない小舟の里はまだしも、磐田の街では土のある場所は貴重な農作地だ。

 必然的に遊んでいる子供達は、建物内でしか見かけない。

 

「アニキ、ここが天竜の役場だ」

「役場ってか駅じゃねえか。小さいけど、なんとも趣がある感じの駅舎だなあ」

「少し待っていてくれ。長に面会の許可を取るから」

「お手数をかけますが、お願いします」

 

 気にするなと言ってトシさんが駅舎に入ってゆく。

 残された精鋭部隊の5人はトシさんに俺からだと言って渡されて分け合ったタバコを吸いながらも、さっきの手品のようなバイクの収納が気になって仕方ないらしく、俺の監視などおざなりにして、得意気に語り出したジローの義兄自慢を聞いて笑ったり頷いたりしているようだ。

 

「頼むから、あんま変な事まで言うんじゃねえぞ……」

 

 そんな俺の願いはしっかり届いたし、それどころかこんな短時間の立ち話で天竜の精鋭が俺を見る目には、ほんの少しではあるが優しい光が灯ったような気がする。

 もしかするとこの小熊は、気はいいがどこに行ってもバカと呼ばれる義弟は、誰もが思っているような単純な男ではないのかもしれない。

 

 娯楽の少ないこの世界、それだけでなく強者が頼りにされるこんな集落では、精鋭部隊の連中が噂話として余所者の人となりを少しでも好意的に語ったなら、案外簡単に俺という存在を受け入れてくれるんじゃないだろうか。

 これが計算した上での言動なら、そうでなくともそれが効果的な事を少しでも考えの内に入れているなら、ジローはただ勇猛なだけの男ではない。

 

「待たせたな。入ってくれ」

「ありがとうございます。ジローはどうする?」

「婆ちゃんの顔を見てくに決まってるさ」

「りょーかい」

 

 駅舎は木造の小さな建物で、階段を上がるとホームまでが目に入る。

 

「言っておくが、電車はどれも動かないぞ。今は作業場だったり住居だったり、メシ屋や飲み屋だったりする」

「電車をそんな風に利用してるんですか。いいですね」

 

 いつかセイちゃんを連れてこよう。

 そう考えながらホームではなく、駅舎の中に案内された。

 

 戦前のまま、『駅長室』という札がぶら下がった部屋に入ると、正面のデスクで腕組みをしている中年の女が獰猛ささえ感じさせるような笑みを浮かべる。

 

「えーっと?」

「くくっ。やっぱりかあ」

「まあ、こうなるのは当然だろう」

「はい?」

「アニキ、この人が天竜の長だって」

「うっそだろオマエ!? 婆ちゃんって、こんなわけえ人が!?」

「あ?」

 

 ヤバイ。

 こんな失礼な初対面じゃ。

 

「す、すんません」

「ボウヤ」

「あ、はい。アキラです。はじめまして」

「そんなのはいいんだよ。今、なんて言った?」

「ええっと。ウソだろって……」

「その後だよ」

 

 白髪の1本もない、黒くて長い髪。

 こんなのを、ワンレンとか言うんだったか。

 シズクほどではないが大きいお胸の谷間を強調した服を着ているし、とてもこの人がジンさんや市長さんと同年代だなんて思えないだろう。

 行ってても40代の半ば、そうとしか見えない。

 

 下手をしたら、どちらかの娘だと言われた方が納得できそうだ。

 

「……こんな若くて美しい女性を婆ちゃんなんて呼ぶジローは、今夜にでもくたばりやがれと」

「よし、気に入った! 今夜はそこの小熊と一緒にかわいがってやるからね。期待しときな」

 

 いえ、マジで結構です。

 相手がこんな熟女AVに出てそうなエロい美人さんでも、セックスなんかより大事な話があるからこうして訪ねたんだし。

 

「まず座るといい。アキラ君。ジローも」

「ありがとうございます」

 

 執務机の手前には、対面型のソファーセットが置いてある。

 ありがたくそこに腰を下ろさせてもらう。

 

「あの堅物は、ジンのヤツは元気かい?」

「ええ。まだまだ現役です」

 

 いろんな意味で。

 

「そうかい。タロの息子と、ジンの弟子。あの頃みたいに同時に咥え込めると思うと濡れるねえ」

「あ、いや。俺はジンさんの弟子ではないし、今日は遅くとも3時にはお暇しますんで」

「本気で言ってるのかい?」

「え、ええ」

「母さん、アキラ君が困ってるでしょう。からかうのはそのくらいに」

 

 母さん!?

 母さんって、母親の母さん!?

 

 


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