Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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東の悪党

 

 

 

「あらあら。お薬が効きすぎちゃったかしら。これじゃあ、掛川駅には寄らない方がよさそうね」

「……どういう意味だ?」

「全員で森町に行くならついでに東の惨状とそこで暮らす人間の薄汚さを見せておこうと思ったのだけれど、それをしたら育ちのいい旦那様と先輩夫人達が落ち込んじゃいそう。だから、今日はやめときましょうって事」

「そんなにヒデエのかよ、掛川の連中って?」

「善人も多いわよ。どこの街も、それは一緒。ただ集落とも言えない、戦前の駅で寝起きしてる人間の何割かは、ボク達を見たらすかさず襲いかかってくるわね」

「悪党じゃねえのにか?」

「こんな美味しそうなエサを見たら、それで悪党になってもいいやってなるのよ」

「とんでもねえなあ……」

 

 掛川の南には標高はそれほどでもないが山があり、カナタはそれを迂回して袋井市を抜け海岸線に出るつもりらしい。

 土地勘のない俺がそれに異を唱えるはずもなく、ワゴン車はタレットが5回ほどフェラルとモングレルドッグを撃ち倒しただけで国道150号線へと乗り入れた。

 そうなればもうのんびりドライブ気分だと思ったのだが、このウェイストランドは物見遊山の観光など許してはくれないらしい。

 

「アキラくん」

「おう。停めてくれ」

 

 カナタがワゴン車のブレーキを踏む。

 

「なになに?」

「まだ名前が確認できる距離じゃねえが、たぶん悪党」

「……わあを」

「作戦は、アキラ? アタシの出番はあるんだろうな?」

「ワゴン車は少し戻って横道に隠す」

「妥当ね」

 

 ワゴン車が静かにバック走行を始める。

 国道150線の少し先、左側にある公園のような場所には人工的に作られたと思われる丘のようなものがあり、その頂上に木製の見張り台があって、そこに人影が見えたのだ。

 

 ソイツがだらけているから発見される前に準備を整える事ができそうだが、チラッとでも見られれば即戦闘になる可能性が高い。

 

「そこでワゴン車は待機。セイちゃんの護衛はミサキだ」

「えーっ!」

「文句があるなら、とっととミニガン以外の銃も使えるようになれ。ありゃどうしたって動きが悪くなるから、相手がよほどじゃねえと防衛に回されて当然だ」

「うふふ。帰ったら狙撃を教えるからね、ミサキ。それはもうビシビシと」

「カナタにはその狙撃で敵を減らしてもらう。特に左側の公園っぽい丘みてえな山みてえな、その頂上の見張り台にいるのを頼む」

「任せて。それと、見張り台からの視線は切れたわよ。ワゴン車はここでいい?」

「ああ」

 

 胸ポケットから煙草の箱を出し、シズクとカナタにも渡して火を点ける。

 最後の1本。

 そんな考えは欠片もないが、いつそうなってもおかしくないのが戦う事を選んだ人間の生き方なのだろう。

 

「アタシはカナタの護衛と、相手が向かって来てくれた時の迎撃役か。アキラ、ショットガンを預かってアサルトライフルを出してくれ」

「おう。んで俺なんだが、住宅の多そうな公園の裏手から奇襲してあの丘だか山だかを制圧」

 

 レベルが20になった俺は、浜松の街の偵察に出るため一気にポイントを使ってステータスの底上げとPerkの取得を行った。

 嫁さん達はもちろん、ジンさんとウルフギャングとタイチまでが、俺が浜松の街に偵察に出ると言うといい顔をしなかったからだ。

 

 ずいぶん前に上げたEND2と、それで取ったAQUABOY。

 

 それプラスSTRのステータスを2上昇させて5に。

 AGIのステータスを2上昇させて5に。

 

 AGIが1あれば所得可能で、セミオートピストルのダメージと射程が上がるGUNSLINGERを3段階まで。

 それでセミオートピストルのダメージがプラス60パーセント。射程は2段階伸びている。

 

 あとはすべてLUCKツリーから。

 クリティカルの追加ダメージが上がるBETTER CRITICALSを2段階まで上げて、クリティカルの追加ダメージを2倍に。

 

 CRITICAL BANKERを2段階取得で、クリティカルメーターを元からの1つプラス2つ分まで貯められるように。

 

 GLIM REAPER'S SPRINTを2段階取得で、VATSで敵を倒すと25パーセントの確率でアクションポイントが全回復するように。

 

 FOUR LEAF CLOVERを1段階で、VATS攻撃成功時に一定確率でクリティカルメーターが満タンになるように。

 

 そして最後にRICOCHETを1段階取って、自分の体力が低いほど確率が上がる『一定確率で遠距離攻撃を跳ね返して敵を倒す』、という能力を得ている。

 

 だから単独で迂回しての奇襲なんて、ムチャの内には入らない、のだが。

 

「そんなんさせると思うの?」

「迂回して背後から奇襲をかけるならセイも戦闘に参加すべき。ミサキも」

「だそうだぞ、指揮官様?」

 

 ……やっぱり反対されるか。

 予想はしていたが。

 

「ったく。んじゃ俺も最初は狙撃。で迎撃んなってからは状況を見ながら決める。それでいいな?」

「うふふ。どっちも過保護で面白いわね」

「カナタも迎撃が始まったら、慎重に身を隠しながら狙撃だぞ? シズクもだ」

「ええ」

「わかってるさ」

「よし。各自、ワゴン車のタレットには充分に注意しろ。最悪の場合はワゴン車でトンズラだ」

 

 まずワゴン車の荷台にセイちゃんの国産パワーアーマーを出し、装備してもらう。

 ミサキは俺が言わずとも後部座席で、なぜかピップボーイに入れておけるらしい自分の分をショートカットで装備していた。

 

「アキラ、どう?」

「似合ってるよ。セイちゃんには、やっぱり純白が似合うね」

「ん。帰ったら穿き替えとく」

「パワーアーマーの色の話だよ!?」

「アキラ、あたしはっ?」

「かわいいかわいい。やっぱ美少女JKはピンクだよな」

「えへへー」

「そんじゃ俺達は行くから、いつでもワゴン車で逃げ出せるようにな」

「ん」

「はーい」

 

 緊張感ねえなあ、そう思いながらワゴン車から降りる。

 

「カナタ、国産パワーアーマーと勝利の小銃と銃弾を出すぞ。他に必要な武器は?」

「特にないわ」

「あいよ。シズクは?」

「アサルトライフルは爆発と、そうでないの。2つくれ。遠距離と近距離で使い分ける。サイドアームは日本刀でいい。パワーアーマーを着て斬り込むと、動きが悪くなるんだがな。まあ、愛の重い夫を持つ身じゃ仕方ない」

「へいへい、りょーかい」

 

 カナタの国産パワーアーマーは迷彩のつもりなのかコンクリート色。

 シズクのは鮮やかな青だ。

 

 ジローがスーパースレッジをパワーアーマーの背中にアタッチメントで取り付けているのを見た俺は、車両の修理と整備を終えたセイちゃんに同じような物を作ってくれとお願いした。

 

 そうしたら戻ってきた戦前の国産パワーアーマーには金属製の部品にタイヤの切れ端を巻いたアタッチメントが取り付けられていただけでなく、それぞれの好みの色のカラーリングまでがなされていたという訳だ。

 

「俺も戦前の国産パワーアーマーに、……やっぱ最初はパーティースターターかねえ」

 

 返り血に塗れたような真紅の国産パワーアーマーをショートカットで装備。

 無意識で動かした拍子にギシッと音を立てた真っ赤な右手を見る。

 

 本当に、セイちゃんが塗り替えてくれてよかった。

 

 ピンク色の右手。

 青い左手。

 白い右足。

 灰色の左足。

 その他は艶消しの黒。 

 

 この国産パワーアーマーに俺自身はほとんど使わないアタッチメントを念のためにと取り付けてもらうと、そんな奇妙奇天烈な塗装で返ってきたのだ。

 そんなの、とてもじゃないが恥ずかしくて着ていられない。

 いつも使うX-01がホッドロッドフレイム塗装だからと頼み込み、セイちゃんにこの色に塗り直してもらって正解だ。

 

「戦場でこんな目立つペイントなんて、どこぞの赤備えじゃあるまいし。考え過ぎって言うか、なんと言うか。いい根性をしてるわよねえ。うちの殿様兼旦那様は」

「なんの事やら」

「胸部分のドクロがかっこいいぞ、アキラ」

 

 そのドクロマークは、いつだったか俺が手慰みに描いた落書きが元になっている。

 

 ドクロの額にSARという文字を刻んだ意匠は日本版BOSを気取った訳じゃないが、なんというか、俺の心の中にしかない旗とか紋章のようなものだ。

 その意味は、まだ誰にも話していない。

 

「ありがとよ。シズクも青が似合うぞ。カナタ、遮蔽物の高さはどうする?」

「高さはアスファルトから1メートル。コンクリートの土台を1つでいいわ」

「あいよ」

 

 横道のコンクリートの壁から、まず顔だけ出して国道150号線を覗き込む。

 悪党と思われる見張りの男はなぜか俺達のいる東ではなく西ばかり見ているので、運が悪くなければ先制攻撃ができそうだ。

 

 道路の真ん中にコンクリートの土台を設置。

 その奥に足音を殺して駆け込む。

 

 俺にカナタ、シズクと続いて遮蔽物に身を隠したのを確認し、まずはパーティースターターをアスファルトに置いた。

 

「はい、アキラくん」

「サンキュ」

 

 渡された勝利の小銃を持ち、そっと遮蔽物から顔を出す。

 ヴィクトリーライフルの模造品と思われるこの銃には当然スコープが取り付けられているので、まずはそのレティクルを見張りの男に重ねた。

 

「どうだ、アキラ?」

「……悪党で正解だな」

「なら、遠慮はいらないわね」

「ああ。カナタの好きなタイミングで攻撃開始だ」

 

 勝利の小銃を俺から受け取ったカナタが、リビングでコーヒーでも淹れに行くような気軽さで立ち上がる。

 それにパーティースターターを担いだ俺と、スコープが付いた爆発のアサルトライフルを構えたシズクが続く。

 

「そんなに磐田か浜松から掛川に向かう行商人が待ち遠しいの? おバカさん、だからこうやって死ぬのよ」

 

 銃声。

 

 磐田や浜松の行商人がそんなに東へ向かって商売をするものなのかと訊ねたいが、今はそんな場合じゃない。

 

「右か。左か。でもこれほど廃墟があるんだから、公園で野宿してるって可能性はねえだろ。さっさと経験値になりに来いよ」

「右だ、アキラ!」

「おう。好きに撃ちまくれ」

「公園のケアは任せて」

「助かる」

 

 シズクの爆発のアサルトライフルが火を吹く。

 しかも距離が遠いから、いつか教えたタップ撃ちでだ。やはり本職の剣だけでなく、射撃の腕前にもセンスを感じる。

 

 悪党の仲間が駆け出してきたのは広い駐車場の先にあるそう大きくはない社屋かなにかで、その悪党は爆発の特殊効果で千切れかけてしまった片脚を引き摺りながら金網フェンスに身を隠す。

 

 肉と骨が千切れた切断面から血が噴き出すのが見えて心が怖気づきかけるが、そんなじゃ好きな女なんて守れやしないぞと自分に言い聞かせ、決して目は逸らさなかった。

 

「ははっ。金網に隠れたくらいで、この爆発アサルトライフルから逃れられるものかっ!」

「公園に人影なし。どうやらあれは、ただの見張り台みたいね。そっちにも気を配りながら、パラパラ出て来てる連中を狙撃するわよ」

「頼む」

 

 本当なら、この2人に人殺しなどさせたくはない。

 仕方なくだとしても人殺しをさせるくらいなら自分で悪党達のいる駐車場に突っ込んで爆発ミニガンの弾をプレゼントしてやりたいが、俺が弱いうちは決してそれを許してはくれないだろう。

 

 早く強くなりたい。

 

 そう思いながら、ヘルメットの中で唇を噛み締めて待つ。

 

「アキラくん。思ってたより多いわよ。駐車場に30ほどの悪党が集結」

「好都合さ」

 

 だから待った。

 惚れた女に人殺しをさせながら、待ったんだ。

 

「リロード!」

「任せて」

 

 シズクの爆発アサルトライフルの銃声が途切れ、その隙間を埋めるようにカナタが放つスナイパーライフルの銃声が響く。

 

 それを聞きながらコンクリートの土台の、L字の底面から側面にしゃがみ歩きで移動し、パーティースターターを構えて上半身だけを出した。

 目標捕捉コンピューターで、少し奥にいる悪党をマーキング。

 すぐに身を隠し、雲の多い空にパーティースターターを向ける。

 

「くらえっ」

 

 ミサイル発射。

 

 これで、目標を追尾してくれるミサイルはマーキングした悪党に一直線。

 そのミサイルはもちろん周囲の悪党を巻き込みながら爆発してくれる。

 

 2度、3度、最後の1発となる4度目までそれを繰り返す途中でドカンドカンと爆発音が鳴ったが、悪党が全滅するまでには至っていないらしい。

 まだ双方の銃声は鳴り止まないのだ。

 

「これがミサイルランチャーか。いい威力だ。アタシも練習をしておきたいな」

「いつでも付き合うさ。さて、前に出るかこのまま待つか。それともワゴン車で迂回して先に進むか」

「小舟の里にも来てくれる行商人が、ここの生き残りに襲われたらと思うとどうしてもな」

「そうね。ボクも殲滅に賛成」

「……わかった。少し待ってろ」

 

 パーティースターターを収納して、懐かしの『スプレー・アンド・プレイ』を装備。

 これはオーバーシアー・ガーディアンと同じくキャップで買えるユニーク武器で、その強さから特に初見プレイの時はかなり世話になったものだ。

 

 コッキング。

 セーフティ解除。

 スプレー・アンド・プレイをいつでも撃てる状態にして、クラフト・メニューを開く。

 

「おいおい。コンクリートを宙に浮かせながら前進って。反則なんてものじゃないぞ……」

「アキラくんだから。そのうち、この辺りの悪党達もそう言い出しそうね」

 

 俺だけならいいが、後に2人が続くならこうでもしないと怖くて逃げ出したくなる。

 

「こんくれえか」

 

 コンクリートの土台を、今度は120センチくらいの高さで設置。

 ハンドサインなり来いと言うなりすればいいだけだが、そうはせずにまたL字の側面から顔を出してスプレー・アンド・プレイの銃口を駐車場へ向けた。

 

 どうやら悪党達は、駐車場にいくつかあるトラックの残骸に身を隠しているらしい。

 

「アキラ、突っ込むか?」

 

 俺が撃たないので大丈夫だと判断したのか、新しいコンクリートの土台の陰に駆け込んできたシズクが小声で言う。

 

 そうだなと返そうとした俺の目に飛び込んで来たのは、薄汚い男の頭上に浮かぶ『熟練の悪党』という初めて目にする単語。

 それとその熟練の悪党がトラックの陰から飛び出し、渾身の力で投げつけようとしている火炎ビンだった。

 

 


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