Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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磐田、森町、掛川

 

 

 

「悩んでも答えの出ねえ問題だなあ。って、森町にも中継器を設置したら藤枝市の手前まで電波が届く計算になりそうだぞ。とんでもねえな」

「徐々に中継点を伸ばしていけば、静岡と名古屋にもすぐに届くわよ」

「そんなん怖くてできっかっての。偵察して人口だの暮らしぶりだのを見た上で、そっから慎重に判断しねえと。そこまで行ったら、磐田の街だけの問題じゃねえ」

「そうなるわよねえ」

 

 荒野を歩き回ってその日の糧を探し、瓦礫の隙間で寝て暮らしていた人間が、小舟の里や磐田の街にやってきて暮らす。

 

 来る方も迎え入れる方も簡単でない事は、俺みたいなバカにでもわかる。

 だからこそカナタは磐田の街の住民を受け入れるだけでその後は個々の好きなように生きさせる政策が我慢ならなかったのだろうし、小舟の里は山師の滞在すら許さずこれまで発展できないでいた。

 

 どうするのが街とそこに生きる人々、これから少しでも良い環境を求めてこの地方を目指す人々にとって最も良いのかを考えていると、ワゴン車は磐田の街に到着していつもの正門を潜る。

 

 前回の買い物で金持ちへの妬みやナンパに懲りたのか、あまり欲しい商品がなかったのか、今日は全員で市長さんの執務室を訪ねるようだ。

 

 まず挨拶をして再会を喜び合い、茶が振舞われる。

 磐田の街の名物である緑茶を啜りながら、募集無線ビーコンを利用したラジオ放送の概要と、これからそれをどのように活用するつもりかを市長さんに話した。

 

「なるほどのう」

「磐田の街もこの計画に乗ってくれるなら、いずれは天竜の集落にもと考えてるんですが」

「それと、今日のうちに森町にもね」

「磐田の街と森町に中継器だけでなく、募集無線ビーコンそのものまで設置する意味はあるのかの?」

「はい。小舟の里のラジオの周波数とは違うそれでいつでも電波を飛ばせるようにして、緊急時に符丁で援軍要請なりなんなりを飛ばせるようにです。もちろん、新制帝国軍をどうにかできた後は、磐田の街は磐田の街でラジオ局を開設するなり、公務用の連絡手段にするなりすればいいんですし」

「ふむ。また借りばかりが増えるのう」

 

 て事は、OKか。

 

「募集無線ビーコンと中継器はなるべく高所で、あまり人の来ない場所。そしてラジオの放送用機器を置くのは屋内がいいかと。どこかありますか?」

「ふむ。可能ならここに置きたいがのう」

「なるほど。ちなみに、この部屋の上には何があるんですか?」

「なにもないのう。ただの屋根じゃ。一応は階段で上がったところに出口はあるが、特に使っておらんし危険だから施錠しとる」

「ならそこにジェネレーターとアンテナを置いてもいいですか?」

「もちろんじゃ」

「森町はどうするの、ナイスミドルな父上?」

「そんな機嫌を取らんでも好きにしていいわ、バカ娘」

「うふふ。じゃあ、さっさとやって森町に行きましょうか。少しでもセイちゃんの経験値を稼いでおきたいし」

「はいよ」

「待て待て。まずは人を呼んで配線のために天井に穴を」

「そんなのいらないわよ。うちのお殿様ならね」

 

 カナタのウインクに苦笑いを返し、まずは執務机の近くの壁に寄せて長テーブルを出した。

 そこに持ち運び型ではない通信機器を置いて、銅線を天井に向かって伸ばす。

 

「1メートルは突き抜けたから、これでいいか。市長さん、屋上に出るドアのカギをお借りしても?」

「う、うむ。アキラはつくづく規格外じゃのう……」

 

 放送機器の設置とそのテストは、セイちゃんの手伝いのおかげもあって15分ほどで終わった。

 セイちゃんは市長さんに渡す通信機器のマニュアルまで用意していてくれたので、磐田の街へ入ってからまだ1時間も経っていない。

 

「さて。いいんだよな、カナタ?」

「……納得はしていないけれどね。あんな表情で幼子のためだと言われたら、もう反対はできないわ」

「サンキュ。これをちょっと見てもらえますか、市長さん」

「ふむ」

 

 ソファーセットの横に立って、ワークショップ・メニューを開く。

 クラフトするのは、もちろん『ウォーターポンプ』だ。

 その水が溢れ出す予定のパイプの下に、『きれいな金属バケツ』も出す。

 

「見れば見るほど不思議じゃのう」

「まあ、不思議なのはここからなんですけどね」

「ふむ」

 

 ウォーターポンプを静かに、ゆっくりと操作。

 すると、当たり前のように水がバケツに落ちてゆく。

 

「ね、不思議でしょう? なぜか呼び水とかなくてもこうやって使えるし」

「なあっ、なんじゃあっ!?」

「笑うしかないわよね。しかもその水、放射能で汚染されてないのよ」

「なんと……」

「市長さんとジンさんが言葉にせずとも誓い合った2つの街の同盟。それに敬意を表して、磐田の街と森町にこれを20ずつ進呈します。次に俺が来るまでに、設置場所を決めておいてください」

「言っておくけど、住民に好き勝手に使わせるようなのはおすすめしないわよ? どこからどう水が来ているかわからないから、そんな使い方をしたらいつ涸れるかわからないし」

「では今日は急いでるので、これで失礼しますね」

 

 全員で執務室を出る。

 最後に部屋を出た俺が振り返って『手紙の件、了解しました』と小声で言うと、呆然としたままだった市長さんが気を取り直したように意地の悪い笑みを浮かべて頷いたのが気になるが、今その意味をあれこれ悩んでも仕方ないだろう。

 

 雨が上がっているのは移動にはいいが、電波の確認的にはよろしくない。

 どうせなら降るか降らないかはっきりしてくれ、そう思いながら門の前にワゴン車を出す。

 

「さ、乗って。森町にも設置したら、東の瓦礫地帯でレベル上げよ」

「昼メシもそっちで食えそうなくらい時間があるなあ」

「ええ。小熊ちゃんには放送用の機器の説明なんてするだけムダだから、後で部隊の誰かが磐田の街に出向いて、親熊か兄熊が渡したマニュアルで使用法を教える事になると思うわ。だから森町への設置もすぐに終わるわよ」

 

 そうなると、使っていない建物を1つ借りてそこに放送室を作るだけじゃあダメか。

 物珍しさから適当に弄り回して壊したり、浜松の街にも電波が届くのにラジオがどうのこうのなんて会話を垂れ流されたらたまったもんじゃないだろう。

 

「あら、小熊ちゃんは出かけてるみたい」

 

 森町という入植地には、街を守る防壁がない。

 なのでパトロール中だったらしいジローの部下がワゴン車を見て、すわ何事かと駆け寄ってきたところでカナタが聞いてくれたのだが、そうなると少しばかり時間がかかる事になりそうだ。

 

「市長さんの許可はもらってるんですが、使ってない土地に、できれば街の中心に近い場所にちょっとした建物を建てたいんですよ。大丈夫だったりします?」

 

 ジローの部下は運転席のサイドウィンドウの前にいるのでカナタに体を預けるようにして身を乗り出しながらそう聞いたのだが、その部下さんから見えないからって妙な場所を撫でるのはやめてほしい。

 

 痴女か。

 今夜はそっち系のプレイをお願いします、バカヤロウ!

 

「隊長からは、カナタさんの旦那さんの望みにはいついかなる時でも応えろと言われています。なのでそれは構わないのですが、建物など建てる前に隊長が戻りますので」

「へーきですよ。10分かそこらで終わりますから」

「はっ?」

「すぐにわかるわよ。それで、場所はどこをどのくらい使っていいの? その施設は、貴方達の部隊がしっかり管理してもらう事になるわ」

「あ、はい。そうなると。……カナタさんはうちの隊宿舎、わかりますか?」

「もちろん。あの辺りならいいのね。たしかスーパーマーケットの向かいが広い駐車場になってたから、そこがベストだわ」

「下がアスファルトでは、柱を立てるのも一苦労じゃ?」

「いいのよ。じゃあ、悪いけど貴方だけでいいから隊宿舎に向かってちょうだい」

「は、はあ……」

 

 きっと驚くだろうねー、なんて嬉しそうに言うミサキの声を聞きながら、ワゴン車が先行するためにカナタはアクセルをそっと踏む。

 俺は勝手に戦前の小さな駅が街の中心だと思っていたのだが、そうではなく、天竜川の支流と思われるけっこう大きな川を渡った先にある戦前の農地が森町の中心であるらしい。

 

「県道にしちゃ道がいいし、チラホラとだが店や民家があるな」

「左にあったホームセンターが男達の宿舎。右のドラックストアが女用ね。で、一番大きな2階建てのスーパーマーケットが戦闘部隊の宿舎や武器庫、そして食料保管庫ね」

「やるなあ、カナタのご先祖様。拠点選びにセンスがある」

 

 本当ならスーパーマーケットの屋上と2階にアンテナと通信機器を設置したいが、ジローの部下にその許可をくれといっても困らせてしまうだけだろう。

 なので広い駐車場の真ん中に詰めれば50人ほどが入れるくらいの囲いを作り、そこに小屋を建てて森町の放送室にして、その横に見張り台を兼ねたそれなりに高さのある放送塔を建てておいた。

 

 使い勝手が悪ければ次に来た時にでも作り直せばいいし、俺は明日か明後日にはまたこの森町を訪れるつもりでいる。

 今日はこれくらいでいいだろう。

 

 歩いて宿舎に着いたジローの部下は目の玉が飛び出すんじゃないかと心配になるくらい驚いていたが、カナタはじゃあねとだけ言ってワゴン車に戻ってしまう。

 

「あーっと。これ、その囲いに入るためのカギと中にある小屋のカギです。ジローにはこれを渡して、勝手に中の機械を弄ったりせず、まず何人か市長さんのところにやって使い方を覚えてもらうようにと伝えてください」

「わ、わかりますた。一字一句間違いなく、隊長に伝えます」

「よろしくお願いします。じゃあ、俺達はこれで」

 

 噛んだ事にすら気づかないのに本当に大丈夫かよとは思うが、まあここは信じるしかないだろう。

 俺がワゴン車に乗り込むと、カナタはすぐに駐車場を出てやけに立派な県道を進み出した。

 

「この道を少し行くと森町の駅や天竜の集落が利用している天竜二俣駅のある、天竜浜名湖鉄道の線路に突き当たるわ」

「へえ」

「そしてその線路を南東に向かうと、掛川の駅」

「たしか東海道本線も通ってたよな? 掛川って」

「ええ。レベル上げならその辺でいいけど、瓦礫見物がしたいならもっと東がいいわね」

「そんな悪趣味な事はしねえさ。適当なところで、沿岸に向かってくれ。掛川の旧市街、その街並みがどのくれえ損傷してるかだけ見れればいい」

「海沿いならマイアラークも狩れるだろうしな。フェラルを経験値にするより食える獲物を少しでも持ち帰りたいぞ、アタシは」

「さすがねえ、シズクは。了解。ならまず掛川から国道150号まで出て、マイアラークが甲羅干ししてそうな道でも探しましょう」

 

 マイアラークって、甲羅干しすんのか……

 

 のどかな田舎道を、ワゴン車は軽快に進む。

 交通量が少なかったと思われる道は、車の残骸すら稀なのでとても進みやすい。

 

「お。掛川球場だってよ」

「フェラルならかなりいるかもだけど、寄る?」

「今日はいいさ。そのうちレベル上げにでも使うから、場所だけ覚えとく」

「そう。この辺りを過ぎれば山や森が少なくなるから、今日はデスクロー先生の個人授業はなさそうね」

「ふうん。どれどれ……」

 

 ロードマップを出して現在位置を確認してみる。

 するとたしかに掛川球場を過ぎると住宅が多くなっているようで、それなりに店やなんかもあるようだ。

 

 個人的には自動車学校とユマハの工場が気になるが、時間配分を考えると今日そこを探索するには少しばかりムリがある。

 それと自動車学校の近くにあるスーパーマーケットと誰かさん達がお気に入りのハンバーグレストランの事は、絶対に口にしないでおこう。

 あると知れば漁らせろとうるさいだろうし。

 

「そろそろよ」

「何がだ?」

「スピードを落とすから、戦前の住宅を見てみて」

「おう」

 

 ワゴン車が徐行とまではいかないが、戦前の法定速度には達しないだろうというくらいに速度を落とす。

 

「うっわ。どの家も崩れてはいないけどボロボロだねえ」

「しかも同じ方向がな。特に屋根が酷いって事は、爆風の被害か?」

「どうかしら。それよりは、東の瓦礫が飛んできてこうなったって言われた方が納得できるかもね」

「なるほどねえ」

 

 核実験のキノコ雲なんかはテレビで見た気はするし、広島長崎の原爆投下前と投下後の航空写真なんかは脳裏に焼き付いている。

 あれを考えたらあり得なくもないかと思いながら、タバコを咥えて火を点けた。

 

「見てるだけで哀しくなっちゃうね……」

 

 ミサキの呟きには誰もが同感のようで、車内に沈黙が満ちる。

 

 


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