ジンさんが事前に用意させたのか、立体駐車場マンションの壁に立てかけるようにして置かれたホワイトボードが見える。
ならばとその横に教官用の椅子と、正面に3人ずつが座れる長テーブル2つと椅子を6つ出した。
「アキラくん、例の本もお願いね」
「あいよ」
ピップボーイに入れてあるカナタの荷物から、『自動車運転教本』をテーブルに出す。
それに人数分のノートとペン、オマケでタバコと灰皿と飲み物も置いておく。
「それじゃ、まずは基本的な座学からかな」
ガラガラと音を立てながら、サクラさんがホワイトボードと長テーブルを守るような位置に移動する。
立体駐車場マンションの壁と長い直線道路の間にはそんな位置関係にしてもまだ余裕があるくらいのスペースがあるので、この教習所はこれからも活躍する事になるんだろう。
車両が増えればそれと同じだけ運転手も必要になるし、その育成に時間がかかるのは当たり前だ。
「これが一期生の初授業って感じか」
少し離れた土の上に原付バイクを2台と、カウルのないスポーティーなバイクを出す。
これの試しをして、運転の腕が落ちてなかったら俺は船着場の工事だ。
まずは原付バイク。
農家に軽トラが多いように、田舎にはカブが多かった。
なので俺も乗り慣れているし、バイク好きの親父に初めて運転を教えてもらった時に乗ったのもこれに似たカブだ。
跨ってキックでエンジンをかけ、ペダルを踏んでギアをローへ。
「なっつかしーなあ、おい」
セイちゃんカスタムの凄さは身をもって体験済みなので、そっとアクセルを回した。
土が剥き出しのスペースから直線道路に乗り上げ、車体がしっかり南を向いてからさらにアクセルを開ける。
「はっ、やっぱりな!」
新聞配達なんかに使うとは思えない、過剰なパワー。
それが原付バイクと俺を後ろから押す。
ウイリー。
浮き上がる前輪と崩れそうになるバランスを体重のかけ方で押さえ込む。
「回るなあ、おい」
セカンド。
サード。
それでもアクセルを開け続ければ、まだウイリーができそうだから怖い。
待つとも言えないほどの刹那アクセルを開けも閉めもしないでいると、前輪は素直にアスファルトに接地してくれた。
「さあて、実力を見せてもらおうか」
スピードメーターはとうの昔に振り切れている。
それでもまだフルには及んでいないアクセルを、ジワリと絞るように開けてゆく。
100。
120。
130、行ったか?
体感スピードが130と感じたところで、アクセルは全開になった。
「気に入ったぜ。俺がこれを使いてえくらいだ」
アクセルを徐々に戻す。
道はまだ先へと続いているが、このパワーと加速と最高速度をたしかめられればそれでいい。
Uターンをして、今度はのんびり青空教室へ戻った。
「いいですか。そこのバカみたいな運転をしないのが、車両を運用する上で何より大切なんです」
やけにバカを強調したウルフギャングにウインクを飛ばして、今度はネイキッドスポーツに乗り換える。
バイク好きだったというウルフギャングは、先に俺が試乗しているのが羨ましくって仕方ないんだろう。見せつけるようにエンジンを始動して、今度は迷惑にならない程度の空ぶかしをしてから直線道路へ出た。
この試乗と講習会は、マアサさんが許可してジンさんが住民への通達や必要な対応をした上でこの時間に行っている。
寝たきり状態の高齢者はいないそうだが足が不自由な人達はいるので、そういう人には介護役を付けた上で本館の方へ避難させて井戸端会議なんかをしてもらっているらしい。
赤ん坊や昼寝の必要な年頃の子供もだ。
なので遠慮なく、アクセルを開けた。
原付バイクとは比較にならないほどの加速。
それに200超えという、この荒れたアスファルトでは限界と思われる最高速度。
何よりこれほどのパワーを秘めているのに、それを感じさせないような素直な操縦性がたまらない。
ニコニコニヤニヤを隠し切れず青空教室へ戻ると、笑顔のカナタが俺に親指を立てた拳を見せ、羨ましくって仕方ない教官殿にちゃんとホワイトボードを見ろと注意されていた。
「堪能したようネ」
「そりゃあもう」
「うちのトラックを運転したがる様子なんてないから気づかなかったけド、アキラもスピードに魅入られたクチだったのネ」
「そうでもないですよ。俺は向こうじゃ、自分のバイクも買わずにゲームとかしてたんで」
どうだかと言うサクラさんの声を聞きながら直線道路を渡り、300年もマイアラークの侵入を拒み続けたフェンスの1つをピップボーイに入れる。
「ええっと。これをまずドアにしてっと」
ドアを抜けた先に壁で囲った通路。
その通路の出口にまたドア。
そして湖面に続くなだらかな傾斜を利用して、なるべく段差がないようにコンクリートの土台を繋げてゆく。
「こんなもんかねえ」
陸地から10メートル。
湖面からの高さ、50センチ。
だいぶ簡素だがこれで船着場の出来上がりだ。
俺が死んだり、西日本へ旅立ったりする前には漁師の使う作業場やなんかも建てておきたいが、今のところはこれでいいだろう。
「新制帝国軍にネイビーシールズなんているはずもねえだろうが、ドアはしっかり施錠するようにしねえとな。タレットも多めに設置だ」
小舟の里、競艇場のあるこの島は人工的に作られたそれであるのか、メガトン基地のある島のちょうど反対側まで水路のようなものが伸びている。
あとでヒマを見つけて、メガトン基地にも船着場を作っておこう。
生れて初めて乗る軍用ボートは、後部に船外機を取り付けてそのスクリューの推進力で水上を進むタイプだ。
その操縦はレース用のボートとはかなり違う。
苦戦はしたがどうにか大きなボートを操れるようになってくると、直線道路で実技講習が始まっているのが見えた。
「よし、練習がてらメガトン基地の外壁を水面から確認しとくか。いや、どうせなら小舟の里がある島を一周だな」
もし俺の作った基地に綻びがあって、それで誰かが怪我でもしたら謝っても謝り切れやしない。
2人の子供と成人前の見習い隊員までが暮らすメガトン基地だから、念には念を入れて船着場もタレットに守ってもらおう。
磐田の街にあった観客席からフィールドに下りる階段のような感じで、防壁を跨いだ先を船着場にしようか。
いや、そんな面倒な事をしなくとも、防壁に出入り口を作るだけでいいのはわかってるが。
湖面に繋がる溜池のような水面の上に板を張った建物の1つに穴を開け、そこからシュッと跳び下りていかにも特殊部隊っぽく出動というのも捨てがたい。
クラフトで最も大事なのは、実用性とロマンの両立だ。
「まーた妙なのに乗ってますねえ、山師さん」
「これからこれが必要になりそうなんでなー。お仕事、お疲れさん」
どうせならミニスカートの若い女がよかったのに。
なんて失礼な事を考えながら、俺と同年代の男、北西橋の見張りを見上げながら水路に入る。
北西橋がこの島の西側最上部と陸地を繋ぎ、その先の西橋は島の西側中央部と陸地を繋ぐ。
新制帝国軍や大正義団の事がなくとも、4つの橋は小舟の里の守りの要。
左に見えている防壁もそうだ。
「っと、だいぶデカい穴があっからこのフェンスは交換しとくか」
大きいと言ってもモールラットすら潜り抜けられない程度の穴だが、交換しておいて損はない。
そうやってたまにフェンスを交換したりしながら島を一周すると、教習所でワゴン車と2台の原付バイクが走っているのが見えてきた。
「バイクはカズノブさんとハナちゃんのデコボコカップル。ワゴン車は、シズクか?」
遠目から見て特に危なそうな挙動はしていないし、助手席にはウルフギャングがいて、走るのは長い直線道路。
まあ大丈夫だろうと、自分のやるべき事に集中する。
「お、回せば意外とスピードが出るのな」
さすがは軍用という事なのか、レース用のボートとあまり変わらないスピードが出ているようだ。
しばらく直進して島から離れ、次は旋回を試す。
「旋回性はレース用のボートにだいぶ劣るな。ま、当たり前か」
何よりの問題は、水しぶきがかなり上がるという事だ。
小舟の里の周辺は101のアイツの浄水器のおかげで水しぶきを浴びても問題はないが、島から少し離れてしまえば濾過も煮沸もしていない水にはRADが含まれている。
AQUABOYというPerkのおかげでどれだけ水しぶきを浴びても平気な俺が操縦を担当するにしても、そうでない同乗者達をどうにかして水しぶきから守らなければ。
「まずは、セイちゃんに水しぶき対策を。あ、その前にアレを見てもらって、可能なら改造をしてもらわないとなあ。んじゃ俺達はその間、船外機工場を確保しとこうかねえ」
順番からすると明日はミサキと2人で探索に出る日だが、ミキとシズクとカナタにも着いて来てもらうか。
全員でなら、船外機工場の探索とその後の簡易陣地化は1日で終えられるかもしれない。
マイアラークやフェラル以上にヤバイクリーチャーがいるようなら、別の場所を探すだけだ。
ワゴン車なら全員が乗っても余裕があるし、それがいいな。
そんな事を考えながら船着場へ舳先を向けた。