「ねえ、アキラ。あれって貨物列車と踏切じゃない?」
「だな」
「やった。ワイルド・モングレル倒して、お昼ごはん食べてからまだ2時間だよ。夕方までに駅に着けるかも。いこっ」
「バカ、待てっ!」
強い語気で制止しながら、駆け出そうとしたミサキの腕を掴む。
「やっ。な、なにっ!?」
「いいからステルス、ってもわかんねえか。姿勢を低くしながら、そこの崩れたブロック塀の陰に。急げ」
「も、もうっ。いきなり強引すぎるってば」
脱線して倒れた貨物列車のコンテナは、雨風を凌げるいかにもな隠れ家だ。
ピップボーイのインベントリから、Strengthが3でも使えそうなスコープ付きのライフルを探す。
見つけて取り出したのは、スコープ付きレーザーライフル。
攻撃力60は少しばかり頼りない気がするが、ハンティングライフルやスナイパーライフルは重いのでこれでガマンするしかない。
崩れかけた民家のブロック塀に身を隠しながら、スコープでコンテナの周囲を舐めるように見回す。
「も、もしかして敵?」
「いかにもクリーチャーの巣になってそうな場所だからな。なんだと思ったんだ?」
「べ、別に。それでいるの、バケモノは?」
「まだわからん。少し様子を見るから、水でも飲んどけ」
「わかった。あの店にあった飴ちゃんもたーべよっと」
「駄菓子か。もし蛍光塗料みたいな色のがあっても、それだけは食うんじゃねえぞ」
「へ。なんで?」
「核物質が入ってるかもしんねえ」
「ええっ、子供向けのお菓子にっ!?」
「そんくれえイカレた世界なんだよ、ここは。飲み物食い物のHP回復量の下に、Radsって表示があるのは出来るだけ口にするな。放射能を除去する薬はあるが、気分的に良くはねえだろ」
「はあ、どんなゲームしてたのよ。気をつけるわ」
「そうしてくれ」
10分ほどしゃがんだステルス状態で辛抱強くスコープを覗き込んでいると、コンテナの入口から人影が出て来るのが見えた。
忌々しそうに空を見上げて腕を回し、その後はあくびをしながら腰を伸ばすような仕草をしている。
「……ビンゴ。やっぱり住み着いてやがった」
「それってあの気持ち悪いフェラル・グール、それともドッさんと違ってかわいらしさの欠片もないわんちゃん?」
「ドッさんって、ドッグミートの事かよ。そのどっちでもねえな。いたのは人間だ」
「わあっ。じゃあ、もう目的達成したも同然じゃない。挨拶して駅の場所か、近くの街がどこにあるか聞きましょ」
「相手の名前が悪党・ヤスで、銃を担いだ髭面の筋肉質なおっさんでもか?」
「あ、悪党?」
「そうだよ。さらっとしか話さなかったが、フォールアウトシリーズで経験値や金を稼ぐ一番簡単な方法は、レイダーって連中を殺して装備をすべて剥ぎ取る事だった」
「レイダー?」
「殺した人間の死体をオモチャにして家の前に飾ったり、人肉を食ってるって話もあったな。麻薬なんかをやりまくりの武装した、好戦的でイカレた連中だよ」
「うえっ。そのレイダーが、こっちじゃ悪党なの?」
「わからん。出来るならミサキに人殺しはさせたくねえし、進路を変えるか。線路の位置さえわかれば、今はそれでいい」
途中で橋も渡ったしワイルド・モングレルを倒した場所からは少し離れたが、位置的に線路を右に進めば陸橋かトンネルで川を渡るはずだ。
それらが歩いて渡れるかわからない以上、左に進んで駅を探す方が確実だろう。
「なんかゴメン。気を使わせて……」
「気にするな。人を殺したくねえのは、俺も一緒だ。行こう。なるべく頭を低くしてな」
「うん。どうか見つかりませんように」
真剣な声色の呟きに心の中で同意しつつ、来た道を工場の手前まで戻って右に曲がった。
たったそれだけ、わずか数分の移動でも、ミサキは息を荒げて額に汗まで浮かべている。
「水、まだあるか?」
「うん。ここまで来れば、もう平気?」
「とりあえずはな。でもヤツらだって、メシも食えば水も飲むだろう。それを探しに来て発見されても困るから、水分を補給したらもう少し進むぞ」
「実際に人間と戦った訳じゃないのに、そうなるかもしれないって思いながら歩くだけで凄く疲れたよ……」
「わかる。俺だってそうさ」
本音を言うと、生き残るためなら人殺しだってする覚悟はとうの昔に出来ている。やれるかどうかはまた別の話だが、心構えだけならしてあるのだ。
ミサキがきれいな水を飲むのを待って歩き出す。
しばらく進むと、右手に損傷の少ないコンクリート製の小さな建物が見えた。
「ねえ、あれって」
「こっちの世界の交番らしいな」
「交番ってさ、道案内のために壁に大きな地図が貼ってあるんだよ」
「そうなのか。なら、少し危険でも踏み込む価値はあるな。小さな銃声なら、悪党のコンテナにまでは聞こえねえだろうし」
両手で持っていたスコープ付きレーザーライフルを、消音器の付いた小型拳銃デリバラーに変える。
フォールアウト4の残念な仕様の1つに、装備している銃器を背負ったりホルスターに納めたりしてくれないというのがあった。
なので、デリバラーはずっと握っているしかない。
だがここはゲームのような現実世界なので、ホルスターは自作するなりすれば使えるだろう。今から楽しみだ。
「入口は開いてるな。EDーEの索敵能力は、ミサキのマーカーにも適用されてる。敵は?」
「黄色も赤もなし」
「よし。そんじゃ、俺が先頭で中を窺うぞ。大丈夫そうなら地図を見て、今夜の宿を探そう」
「わかった。気をつけてね、アキラ」
「そっちもな。数歩後を着いて来てくれ。ドッグミート、ミサキを頼むぞ。EDーEは俺のサポートを」
「わんっ」
「ぴいっ」
フォールアウトシリーズとは違うゲームの警官ゾンビという敵を思い出すと少し怖いが、あと3時間もすれば日が暮れる。
時間が惜しい。
「行くぞ」
すぐデリバラーの銃口を向けて撃てるように、顔の横に立てるようにして交番の入口を目指す。
背後から聞こえる息遣いから察すると、ミサキもずいぶんと緊張しているようだ。
疲労は溜まりやすいだろうが、散歩気分で怪我をしたり死んだりするよりはずっといい。
入口の壁に身を隠しながら覗き込んだ交番は、まるで世界が崩壊した日で時間が止まってしまったような感じだった。
「マーカーなし。死体も、ないな」
「おまわりさんの帽子が机の上にあるのにね。書きかけの書類も」
「地図は本当に大きいな。当時のだろうけど、これで目指すべき場所を決められる」
「まずは駅?」
「どうだろうな。地図を見てからだ」
「ん」
何も言わずともドッグミートが交番の外を、EDーEが奥にあるドアの向こうを警戒する体勢を取ってくれたので、ありがたくミサキと壁に貼られた大きな地図に目をやる。
どうやらここは浜名湖という湖が海とちょうど繋がる左側の、小さな半島のような場所であるらしい。
「見て、これ。線路を右に行くと浜松だって。うなぎパイだっけ、有名だよね」
「テレビで見た記憶があるな。それなりの都市じゃんか。東海道線の、新居町駅ってのが近いな」
「その近くに、けい、てい場?」
「競艇場な。でもこの世界は、石油なんかが枯渇して核エネルギーで車なんかを動かしてたんだ。汚染は大丈夫なのかねえ」
「ええっ。あれってそうなのっ!?」
「言ってなかったか。だから銃弾避けなんかに使ってると、炎上してボンってな。小さくても核爆発だ、気をつけろよ」
「……怖すぎでしょ、この世界」
人が集まって暮らしそうなのは地図で見る限り、駅と高校と少し離れた場所にある公園、そして競艇場だろうか。
「近いのは高校か」
「だね。あたし達が川の向こうに見たのは海じゃなくて、海に繋がる浜名湖の出口だったみたい」
「ゲーム世界が現実になると、スケールが違い過ぎて笑えるな。死ぬまで探索しても関東や近畿には辿り着かねえんじゃねえか、これ」
「動く車でもあれば別なんだろうけどねえ」
「戦争の影響が少ないせいか、思ったより街並みが残ってる。車じゃ進めねえ道も多そうだぞ」
「なるほど。どうするの、近くの高校に行ってみる?」
「ああ。そこがあまりにも危険そうか人がいないなら、北上して橋を渡って駅。そしてそこからすぐの競艇場かな」
「暗くなる前に、宿も探さないとね」
「だな。急いで交番の奥を漁るから、休憩でもしといてくれ」
「手伝うよ?」
「探索にもコツがあるんだよ。今度ゆっくり教えてやるさ。手取り足取り、な」
「はあっ。アキラって、たまにエロオヤジみたいな事を言うよね」
「女子高生からしたら、成人した男なんてみんなオヤジだろうに。じゃあ、大人しく駄菓子でも食って待ってな」
この世界の交番は、俺が思っていたような施設とはずいぶんと違っていた。
「おいおい、交番に牢屋があんのかよ」
牢は空だが、壁際にある机の辺りには1人分の白骨が転がっていた。色褪せた制服もあるので、これが警官だろう。
机の上には、4発の銃弾が規則正しく並んでいる。
「銃は床に落ちてる。ホクブ38口径リボルバー。自殺でもしたのかな、成仏してくれ。銃とホルスターは、ありがたく使わせてもらう」
ついでのように手錠とそのカギもピップボーイのインベントリに入れ、机を手早く漁った。書類、筆記用具、ノート、エロ本。
当時の文化を理解する必要がないとは言い切れないので、本だけはいただいておいた。
写真が白黒でも、貴重なオカズになってくれるだろう。
ラッキーラッキー。
「アキラー。やっぱ手伝うよー?」
「ひゃあっ!」
「なんて声を出してんのよ……」
「も、目的の銃とホルスターはいただいた。時間もねえし、行こうぜ。ほら、早く早く」
交番を出て向かった高校は、遠くからスコープで一瞥しただけで近づく事すら諦めた。
校門の向こうに見えたグラウンドを、数えるのもバカらしく思えるほどのフェラル・グール達が歩き回っていたからだ。
なので橋を渡って駅に向かう事にしたのだが、その橋が視界に入った途端ミサキが大声を上げる。
「アキラ、あれっ!」
「見えてるっての。マイアラークと戦ってるの、人間だよな? いつの時代の兵士だっつーの……」
こちら側から橋を渡ろうとしている、ヤドカリとカニを足して割ったような2メートルほどのクリーチャー、マイアラーク。
数は、3。
その侵入を防ごうとしているのか人間達は10ほどの槍のような武器を並べてマイアラークの顔を突き、その背後から弓を射ているようだ。
車の残骸の上で抜き身の日本刀を振り回しているのが、人間側の指揮官か。
「車の屋根にいるの、女の人だよね?」
「ああ。指揮官みてえだ。なのに肩に戦国時代の大鎧から取ったような防具を着けて、武器は日本刀。銃は貴重品なのかもなあ。とりあえず、あの狩りが終わるまで待つぞ」
「手伝わなくていいの?」
「こっちから撃って流れ弾が人間を傷つければ即敵対、上手く介入しても獲物を横取りすんじゃねえって言われる可能性がある。終わったら俺が話しに行くから、まあのんびり待とうぜ」
「見てるだけでいいのかなあ。頑張れ、お侍さん達……」
小奇麗な格好をしているのは車の残骸の上にいる女だけで、後は汚れきった服を着て武器を振るう雑兵のような連中だ。
煙草を咥えて火を点けてから戦いの場に視線を戻すと、指揮官らしき女と目が合った。
距離はおよそ、200メートル。
「いい目をしてやがる」
それに俺より少し年上のようではあるがすこぶる美人で、胸と尻の大きさと張りも見事なものだ。手にしている抜き身の日本刀のような、きつめの眼差しがたまらない。