3日を働いて、1日の休み。
それがこの世界の、日本のスカベンジャーである山師達の生活サイクルなのだそうだ。
寝起きにする話かよと言ってやりたいが、相手がシズクなので話が唐突なのはいつもの事。
ドコドコうるさいジェネレーターの音を聞きながら電熱器に載っているヤカンの湯でインスタントコーヒーを淹れ、ソファーに座ってそれを啜る。
「で?」
「いやだから、今日は休みにしようって話だよ」
「今までは週1の休みですらジッとしてなかった脳筋に言われてもなあ」
「うるさい。とにかく、これからは3勤1休だ」
「へーへー、シズク姫様のおっしゃる通りにいたしますだ」
「うむ」
おそらくシズクが休ませたいのは、自分でも俺でもミサキやカナタでもなく、遠征後の休暇が終わってから修理にかかりっきりのセイちゃんなんだろう。
それをどうにかして明日で終えてその翌日からレベル上げに出たいと、昨日の作業を終えて晩メシを食いながら目を輝かせて言っていた。
あの様子ではレベル上げでもムチャをしそうなので、今から予防線を張っておくという感じか。
そう思っていると、そのセイちゃんを連れたミサキがリビングである2階に上がってきた。
「アキラ」
「ん?」
ソファーでインスタントコーヒーを飲んでいる俺の隣に座ったセイちゃんが、泣きそうな表情で名を呼ぶ。
「今日は休みって言われた」
「らしいね。俺もさっき聞いたよ」
「今日はセイの番だったのに……」
「あー」
お嫁さんが4人に、夫は1人。
しかも全員で共同生活。
誰もそれに不満はないらしいが、それでもそこは新婚家庭。
俺が探索に出る時は、日替わりで1人がそれに同行する事になっている。
だから今日はセイちゃんの修理を手伝いながら、森町にどういう防備を施すべきか地図とにらめっこしながら考えようと思っていたのだが。
「というか、セイちゃん」
「ん?」
「頑張って今日のうちに修理を終わらせて明日アキラくんと探索に出るより、明日2人でイチャイチャしながら修理できる方が得じゃない?」
「……かも」
「でしょう? それに今日だって休みとなれば旦那様が張り切ってくれるから。ね?」
「ん。アキラ」
「な、なにかな?」
「またトイレしたあと、セイのを」
「ストップ! スタァァップ!」
「うっわ、またって言ったし……」
「さすが、セイはアキラのツボを心得てるなあ」
「うふふ。ボク達も、後で同じ事をしてもらいましょうか」
「しねえっての!」
目の前のテーブルにあるマグカップと灰皿を脇に寄せ、そこに地図とノートを出した。
この地図は遠征前にも磐田の街や工場に印を付けた物なので、磐田の街であるスタジアムはすぐに見つかる。
次はそこから北上して、とりあえずの目印になる東名高速を探す。
「アキラ、探してるのはもしかして森町という集落か?」
「それだけじゃなく、天竜とかって集落も見ておこうかなってよ」
「おー。あたし達も行ってみたいねえ」
「アキラくん。もしかして、天竜に手を貸すつもりなの?」
「新制帝国軍とモメてるらしいからなあ。パイプ系の銃の提供でもして新制帝国軍の兵力を少しでも削れるんなら、まあ考えてもいいかなってよ」
「難しいと思うわよ」
「なんでだ?」
カナタは天竜に何度かバイクで行っているそうで、その集落の立地や大きさ、暮らしぶりと集落の兵士を兼ねる猟師の武装や仕事内容までを話してくれた。
集落は海から天竜川を遡り、東名高速を越えた先にある戦前の駅の周辺。
人口は300程度。
粗末ではあるが、いちおう防壁はある。
生活を支えるのは山での狩りと天竜川での漁、それと女子供の仕事である畑仕事。
漁師は刃物で武装しているくらいで、新制帝国軍と争いになってもあまり役には立たないらしい。
だが狩りをする猟師は30ほどもいて、そのすべてが戦前の猟銃で武装しているそうだ。
「すごいねえ」
「新制帝国軍のトラックに2、30の兵が乗せられていても、1台相手ならいい勝負をしそうだな」
「公園にあるってゆー古い機関車が気になる。セイも行きたい」
「毛皮を身に纏って野山を駆け回る30人の猟師、ねえ。獣面鬼まで狩るようじゃ、現代のマタギだな」
「それに何より面倒なのが、どいつもこいつもかなり排他的な性格って事よ。行商人のマネでもして訪れなきゃ、門前払いでもおかしくはないわね」
これは、諦めた方がよさそうか。
集落の位置からして磐田の街が新制帝国軍に攻められた時、森町の部隊と合流して北側から、せめて陽動か、襲ってくるクリーチャーからジローの部隊を守る後詰めだけでもしてくれたら。
そうすれば、東か南から新制帝国軍を殲滅するつもりで叩く事になる俺達が楽になりそうだと思ったのに。
「うーん……」
「まあ天竜の事なら、うちの小熊ちゃんに話を聞くといいわ」
「もしかしてジローは、もう天竜と連携を?」
カナタが肩を竦める。
「まさか。あの戦闘バカに、そんな交渉力も先を見越す考えもあるはずないわ」
「ぐへぇ」
「今ミキがやってる成人の儀式を、あの小熊は12の時から天竜でやったのよ」
「へえ。じゃあ、天竜には今もジローが管理するカナタ達の家の支店が?」
「それもまさか、ね。あの子はあの集落を拠点にして狩りをして、毛皮と余った肉を蒸気機関車の飾られている公園で売ってただけ。そんな店なんて、本人がいなくなったら仕入れもできないから潰したわよ」
「さすがっつーか、なんつーか。まあでも、ジローは天竜の猟師なんかと顔馴染みではあるんだな」
「そうなるわね。あの子は父親似だから、あちらの長がすぐに気づいて便宜を図ってくれたらしいわ。天竜の猟銃の弾の補充や簡単なメンテナンスは、うちの店が古くからやっていたから」
そうなると長との顔合わせくらいなら、ジローに頼んでも大丈夫か。
排他的な集落。
それも他に比べると兵士の数が多い集落なら、俺の話なんて歯牙にもかけない可能性は高い。
だが可能性が少しでもあるなら、0ではないのなら話してみるべきだろう。
「まーたなんかムチャな事を考えてそうな顔」
「アキラだからなあ」
「ん」
「うふふ。ちなみにアキラくん、天竜とコンタクトを取る狙いは?」
「ある程度の友好関係を築ければ、お互いに取引をする街が4つに増える」
「まあ、そうね。それで?」
「その取引で集落が潤う事を覚えれば、新制帝国軍と決定的に対立した時、多少の戦力は出してくれるかなってさ」
「どうかしらね。老人は頭が固いから」
天竜の長は老人か。
長く生きているからそれが当たり前なんだろうが、ジンさんや市長さんのように話がわかる老人なんてのはそうそういないだろう。
「まあそれがムリでも、新制帝国軍とモメてる天竜が攻められた時に連携を取りてえ。顔繫ぎだけでもしときゃ、援軍を無碍に帰したりはしねえだろうし」
「そこで新制帝国軍の数を少しでも削っておこうって肚なのね」
「だな。それがなくても、俺達が新制帝国軍一強って状態をどうにかできれば。そうなれば車両の運用や、新しい入植地を作るのもずっと楽になる」
「入植地ってアキラ、まさか街を作るつもりなのっ!?」
「フォールアウト4じゃ、そんなのがよくあったんだよ。俺もレベルが10んなったから、そろそろそっちにも手をつけていいだろ」
「アキラくんのクラフトなら、そんなの1晩で作れちゃうものね」
「小舟の里が一番遠いが、例えば天竜川の河岸に交易拠点を作ってよ。どの街ともそこで取引ができるようにするとか。もし天竜川を船で移動できるんなら、できなくても小舟の里か磐田の街のトラックが荷とその護衛を迎えに行くなら、天竜って集落の長も話くらいは聞くと思う」
リビングに静寂が満ちる。
全員が全員、それぞれに頭を働かせているらしい。
奇跡的に核の被害を免れた、それなりの地方都市。
そんなのがこの日本にいくつあるのかは知らないが、そこに住む連中で争うなんて愚の骨頂だ。
東には静岡県の県庁所在地である静岡。
その先の道は神奈川、そしてこの国の首都であった東京へと続く。
西には言うまでもなく大都会の名古屋。
そういった大都市は核で壊滅しているし、動く車両すら滅多に見ないのだから、日本海側やその途中にある山間部の街は実際の距離以上に遠い。
この地域は、陸の孤島のようなものだ。
まとまらなくて、力を合わせなくてどうする。
「そうか。わかったぞ、アキラ」
「うん?」
「アキラはウルフギャングが300年かけて描いた、あの賢者ですら自分ではムリだと言った夢を実現するつもりなんだな」
「……へ?」
「そ、それって101のアイツさんのノートに書いてた『日本再生計画』っ!?」
「アキラなら可能。セイも手伝う」
「あ、いや。そんな大それたもんじゃなくってだな……」
「決心してくれたのね。ボク達アキラの妻4人は、その大望のためにならどんな苦労にだって耐えてみせるわ」
「ん」
「応っ」
「アキラ、あたし達も頑張るから。なんでもするから、だから頑張ろうねっ!」
……今、なんでもって言った?
そんな冗談すら言えないくらい、女連中は勝手に盛り上がってしまっている。
もう俺を見る目なんて、イケメン俳優かアイドルに向ける視線かってくらいキラキラだ。
「ま、まあそんなのは遠い将来の話だからな?」
「うんっ。でも、いつかそんな未来が待ってるって考えたら、もっともっと頑張れる!」
「だなあ。戦前の暮らしとまではいかなくとも、せめてアタシ達とアキラの子供が人として暮らせる未来。それを手に入れるためなら、獣面鬼の群れにだって嬉々として突っ込んでみせるぞ」
「教育関係はミサキ。政治をするアキラくんに代わって軍を動かすのがシズク。セイちゃんには、機械文明の復興そのものを担ってもらって。ボクは、犯罪者や反乱分子の洗い出しとその始末ね。腕が鳴るわ」
「い、いやいや。おまえらはもっと、こう。な?」