Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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錬金術師の間道

 

 

 ミサキ、シズク。

 遠征後の休暇を終えた俺は、その順番で2人と1組になって探索に出た。

 成果はどちらも上々。

 

 そして今日は、カナタと出かける予定だ。

 俺はマアサさんとジンさんに朝から面会を頼んで、その帰りにウルフギャングの店の前で待ち合わせ。合流してそのまま出発となる。

 

「やっぱ待たせたか。悪い」

「うふふ、いいのよ。好きな男を待つ時間、女はこういう気持ちなんだなって理解できたから」

「はいはい。それより、昨日セイちゃんが修理してた3台のバイクは見たよな?」

「もちろん」

「1時間程度のドライブにならどれを使う?」

「アキラくん風に言うと、アメリカン・バイクってやつね。3輪じゃ重いし遅いしすり抜けが面倒だし、スポーティーなのだと悪路に弱そう」

「りょーかい」

 

 いかにも大排気量、という感じのアメリカン・バイクを出す。

 キーは、カナタに放った。

 

「あら、本当にボクが運転でいいの?」

「安全運転でな。俺は中型までしか経験がねえし、しばらくは後ろでいい。メットかゴーグル、要るか?」

「眼鏡で充分でしょ、お互い」

「はいよ」

 

 エンジンが始動し、微笑んだカナタが視線で乗車を促したのでリアシートに乗り込む。

 アメリカン・バイクには初めて乗ったが、親父が大昔から乗っていた国産の旧車とはかなり違う乗り物だった。

 

 車高の低さのおかげか、車体の幅やタイヤが太いせいかはわからないが、安定感が凄い。

 カナタのほどよいくびれに手を添える必要もないほどだ。

 

「これは愉しめそうね」

「お、おい。安全運転だぞ? 絶対だからな!」

「はいはい。それで、ボクは愛しの王子様をどこにお連れすればいいのかしら?」

「磐田の街だ」

「あらあら。昨夜ミサキ達とこそこそ内緒話をして、朝からマアサさんの執務室を訪ねたと思ったら。なるほど、そういう事なのね」

「まあ、セイちゃんがまさかの3台すべて修理って離れ業をやってのけたからなあ」

「人が良過ぎるのは美徳じゃないって知ってる、アキラくん?」

「知らねえし、そんなんじゃねえから。ほら、いいからとっとと行って、可能なら森町って入植地も見物してから帰ろうぜ」

「王子様の、お望みのままに」

 

 タイヤが軋む。

 

「バッ、安全運転でっ!」

「もちろんよ」

 

 とんでもない加速。

 それを感じた瞬間、景色がすっ飛んでゆく。

 と思ったら、またタイヤが軋んで俺は前方に投げ出されそうになった。

 

 ウルフギャングの店から小舟の里の正門と呼べる駅前門までの距離は、わずか200メートル足らず。

 それを数秒で駆け抜けて門の前で急停車したアメリカン・バイクを、防衛部隊の連中がポカンとした表情で見ている。

 

「メガトン基地のアキラ、その第四夫人カナタ。開門を希望するわ」

「あ、っと。は、はいっ」

「門番のお姉さん、申し訳ねえ。こんなん驚くに決まってるよな」

「いえいえ。メガトン基地の人のやる事ですから」

 

 どういう意味だよとツッコミたかったが、門にバイクが通れるほどの隙間ができると、カナタは大声でありがとうと言いながらクラッチを繋いでアクセルを開けた。

 

「カナタ!」

「なぁに、あ・な・た?」

 

 まーたコイツは……

 

「新制帝国軍と浜松の街の山師と行商人。行き帰り、そのどれにも発見されたくねえんだ。可能か?」

「ムチャな注文ねえ」

 

 ボヤく声を聞きながら、いつも装備している『黒縁メガネ』を『サングラス』に代え、『ガンナーの迷彩バンダナ』を顔に巻いて鼻と口を隠す。

 

 近いうち浜松の街の偵察に出る予定なので、兵士にも行商人にも顔は覚えられたくない。

 こんなご時世だというのに稼働品のアメリカン・バイクに、それも美人の後ろへ色っぽい腰を抱きながら乗っていたら、顔くらいは覚えられてしまいそうだ。

 

「誰かさんならできるかなってよ」

「あら。なら、あの話を信じてくれたのね?」

「まさか」

「ふうん。ま、いいけど。ご褒美をくれるんならやって見せるわ。この辺りの道も、戦前の地図でなら頭に入ってるし」

「頼む」

 

 カナタの言う『あの話』。

 それは、荒唐無稽な夢物語。妄想の類の話だ。

 

 ゲームのような世界に迷い込んだ俺が言うかとカナタは呆れていたが、どう考えたってそんなバカな話が信じられるか。

 

 できる限りカナタの肩口から顔をのぞかせるようにして、前方をVATS索敵しながら進む。

 道を知っているというのは、どうやら本当のようだ。

 

 アメリカン・バイクは人工的に創られたようにも見える弁天島を過ぎて舞阪に入ると、国道一号線でもそれに連結する東海道でもない、そのちょうど中間を縫うように伸びる狭い道を迷いも見せず進んでいる。

 

「なんなら、天竜川をボートで渡る? 小舟の里と磐田の街が手を組んだのを知った新制帝国軍に少しでも頭を使える人間がいれば、あそこの橋を押さえるでしょうし」

「……まだその段階じゃねえさ。普通に橋を渡っていい」

「そう」

 

 初めて磐田方面を訪れたのは、アオさん一家とサクラさんを助けに行った時だ。

 その時にもし磐田まで足を伸ばしていたのなら渡ったのはずだったのは、海を背にして天竜川を見て2つ目の橋。

 2度目、ミキと出会った時は3つ目の橋を渡った。

 そしてこのルートであれば、おそらくアメリカン・バイクは海から見て1つ目の橋を渡って、磐田の旧市街へ入る事になる。

 

 小舟の里と磐田の街。

 それを流通で結ぶなら、その3つのルートのどれかを選ぶのが理想だ。

 

 3つ、あるいは4つくらいのルートを、取引のたびに無作為に選択して待ち伏せされる危険を減らす。

 もしくはルートを固定して、その道をタレットなどでしっかりと守る。

 

 どちらがいいのかはわからない。

 

 そもそも、修理が困難な世界で車両を襲撃するバカなんているのだろうかと俺なんかは思ってしまう。

 俺なら尾行をして持ち主が車両から離れるのを待つか、人質を取って殺されたくなければ車両を渡せと迫るはずだ。

 

「あれがイッコクか?」

「ええ。あれを渡っちゃえば、浜松の街の連中にはまず発見されないはず。慎重を期して、降りてから歩いて渡る?」

「カナタの判断でいい」

 

 新制帝国軍は、ウルフギャングが小舟の里に滞在しているか住み着いたと思っている。

 そして、磐田の街と浜松の街の商人はかなり活発に取引を行っているらしい。

 

 先のことはわからないが、まだ天竜川に架かる橋を見張ったり、封鎖したりする情勢ではないだろう。

 

 それどころか正直に言えば、たとえいつか新制帝国軍が小舟の里と磐田の街の同盟を快く思わず、全面的に、決定的に敵対したとしても、お互いそんな事をするほどの兵力なんてなさそうだ。

 

「ちょっとごめんなさい。……見張りはいない、か。フェラルが20と少しいるけど、走り抜けちゃうわね」

「頼む」

 

 国道一号線の手前で徐行程度までスピードを落としただけで、カナタは見張りがいないと確信し、さらにフェラル・グールの群れまで発見したようだ。

 

 VATS索敵のおかげで俺もフェラル・グールの存在には気づいていたが、VATSの探知範囲にいたのはわずか10ほど。

 その先の、それこそ車の残骸や店舗の駐車場の植え込みに隠れたフェラル・グールを、この知的美人な嫁さんはどうやって発見したというのか。

 

「言ったでしょう。ボクは、誰よりも索敵が得意だからスナイパーをしてるだけだって」

「人の心を読むな」

「わかりやすいんですもの。うちの旦那様ったら」

 

 アメリカン・バイクは工場地帯を突っ切るように進んでいる。

 その景色がありふれた住宅街のそれになって少しすると、今度は大きな団地が見えてきた。

 崩れかけている建物すらない、かなり状態の良い団地跡。

 

「こりゃスゲエ」

「団地の反対側は公園。その先にはまた大きな公園があって、海側には砂丘もあるのよ」

「へぇ。ここいらに集落は?」

「あったら通らないわよ」

 

 それほど大きくはない橋を渡った先にも、また団地と公園。

 左折して戦前の農地を通り、その先を右に折れると、フォールアウト4ならいかにもガンナーが根城にしていそうな橋が見えてきた。

 

 ブレーキ。

 

「停まったって事は、あのいかにもな橋にゃやっぱり?」

「いるわね。釣りとマイアラーク狩りだけでも暮らしてはいけるのに、旅人や行商人を見ると襲いかかってくるバカな悪党が」

「サクッと殲滅しとこうって事か」

「ええ。アキラくんにスナイパーという兵種の使い方を覚えてもらう、いいチャンスだわ」

「俺なんぞが人を使う気なんかねえよ」

「あら。じゃあ戦争になったらボク達は小舟の里で監禁でもされるの?」

「そうは言わねえがよ」

 

 ミサキ、シズク、セイちゃん。

 それとこのカナタに戦争なんてして欲しくないからこそ、俺は……

 

「メガトン基地の特殊部隊とジローの部隊に手を貸して戦争の早期終結。わかるけど、少しでも間が開けばお嫁さん達は動くわよ? おそらく、ウルフギャング夫妻と一緒にね」

「カナタが説得して止めりゃいいさ」

「それはムリよ」

「なんでだよ?」

「ボクはアキラくんと動くもの」

「勝手に決めんな」

「ダーメ。それで、作戦は? 悪党の数は10から20。武装は手入れもしていない戦前の小銃と拳銃がせいぜいで、3分の2は鈍器なんかよ」

 

 橋で暮らす10や20のレイダーなんて、フォールアウト4では主人公の小遣い稼ぎに蹂躙されるような存在だ。

 倒すのは簡単だが。

 

「橋の先は?」

「工場や農耕地、それに郊外の住宅街。今の磐田の街までの距離を3としたら、ここは2。そんな感じね。残り1の途中からは店や住宅が密集していて、磐田の手前で東海道本線の線路も越えるわ」

 

 となると、トラックなんかで交易をするにしても、ここはまず使わないルートか。

 

「旧市街の様子は?」

「このバイクを取りに行った時に見た通りよ。それなりのフェラル・グール、たまに見かける巨大ローチ。忘れた頃に吠え声を聴くモングレルドッグ。大きな店なんかにはイカレちゃったプロテクトロンなんかもいるけど、旧市街を駆け抜けるだけなら手は出してこないわね」

「ったく、その覚えの早さは何なんだ。フォールアウト4の用語を俺と同じくらい理解なんて、ミサキでもしてねえってのに」

「うふふ。好きな男の事は、なんでも知りたがるのが女よ。言葉なんかをマネするのもそう」

「へいへい。デスクローは出ねえのか? 出会った時、ミキはあれに追われてたが」

「高速道路、戦前の東名高速の向こうに広がる森や山に近寄りすぎたからよ。デスクローは狩りをして暮らす肉食動物だから、フェラル・グールの多い市街地より、獣型や虫型の獲物が多い山間部で暮らすわ」

「なるほどねえ」

 

 距離こそ少し増すが、危険はそれほどでもないと。

 

 新制帝国軍だろうが小舟の里だろうが、トラックで磐田の街に移動するならばまず通らない道。

 そしてそこが封鎖されていれば誰もがそこをトラックで通り抜けるとは思わないが、俺が同行していれば簡単にそれが可能となる。

 

「決めたみたいね」

「ああ。このルートはバイク専用にするぞ。そう見せかけて、ヤバイ時はトラックも使うんだがよ」

「それで?」

「セイちゃんのレベル上げには時間がかかるし、そもそもニコイチ修理でしか直せねえバイクなんかを蘇らせるPerkなんて手に入るかわからん。でもな」

「あの子なら手に入れてしまうかも、そう思っちゃうわよね。どうしても期待してしまうの」

 

 カナタが苦笑する。

 

「そうなんだよ。だからここはバイクが小舟の里から磐田の街へ急行するような事態の時に使う、その逆の時も使えるルートとして覚えておこうぜ」

「緊急時の伝令。それと、バイク部隊の強襲ルート。そしていざとなれば、新制帝国軍と戦闘が始まった時にはアキラくんと一緒にトラックが通る隠し通路、って事ね」

「そうなるな」

「アキラくんなら、トラックがすり抜けられない幅を残して橋を封鎖するなんて簡単だものね」

「そうなるな。だったらコンクリートで、まずは遮蔽物を作るぞ」

「そこから狙撃ね。任せてちょうだい」

 

 


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