「やっとかよ。気を抜きすぎだぜ、兵隊さんよ」
スローモーションの世界で満面の笑みを浮かべる男。
同じくスローモーションで、腰かけていたコンテナの縁から腰を上げようとする男が2人。
残り3人は、まだ姿が見えない。
やはり第一案として提案した、俺の狙撃とジンさんの斬り込みでの殲滅を選択しなくて正解だったか。
残り3人がこのロケーション、悪党のコンテナ小屋を離れているのなら、銃声で襲撃を察知して下手をすれば3人が、そうでなくともおそらく1人は浜松へと走る。
俺達の目的は決して1人も残さず、可能ならば最後の1人をじっくりと尋問した後で始末する事だ。
ジンさんにはずいぶん前に、防衛部隊の指揮に使えるからと信号弾を撃ち出す『フレアガン』と、その弾である『フレア』を渡してあった。
いつもアーマードタキシードの内ポケットに入れているというそれが線路に飛んでこないうちは、予定通りに事を進めればそれでいい。
VATSをキャンセルして歩き出す。
「そこのガキ、止まれ!」
その大声にビクリと身を竦める芝居は、我ながら巧くできた。
もしかしたら俺には、役者の才能でもあるのだろうか。
「あ、悪党っ!?」
ガシャリと音を立てて買い物かごを石が転がる線路に置き、背負っていたボードを手に取る。
「へっ。勇ましいねえ。戦うってか、ええ?」
「オ、オラは行商人になったんだから、悪党の1人くれえ……」
男がニヤリと笑う。
背後に男と同じような、粗末な近接武器を持った2人が立ったからだろう。
分の良い賭けは、やはり俺達の勝ちだ。
前からここにいた悪党は銃を背負っていたというのに、悪党に偽装したこの連中は万が一にも新制帝国軍の兵士であるのを気取られぬよう、自分達をよりどこにでもいる悪党に見せかけるため、銃は持たずに姿を現した。
これならもし残り3人がどこかで銃を構えていても、線路脇に生い茂る背の高い草に身を隠しながら先行していたジンさんがそれを片付ける手はずになっている。
「じゃあ3人だったら、大人しく荷物と財布を置いてってくれるよな。行商人のお坊ちゃん?」
「ひひっ。ビビってるビビってる。ションベン漏らすんじゃねえぞー」
「おい、コイツ男のくせにかわいい顔してっからいいか? 戦前のメガネも俺好みだ」
「ひゃはっ。身ぐるみ剥された上に、ケツまで掘られんのかよ。よかったなぁ、お坊ちゃん?」
下卑た笑いを浮かべた男の首が飛ぶ。
その向こうで白刃を振るったジンさんも笑顔だ。
背後から忍び寄って、一撃で首を飛ばす。
そんな芸当が容易くできるはずがないのは、俺みたいな素人にもわかる。
まったく、どんな腕をしてるんだか……
晴れた朝空から真紅の雨が降るのを見ながらボードを投げ捨て、ショートカットに設定していたホッドロッド・フレイム塗装のX-01を装備。
この奥の手が必要な状況ではないと思うが、戦闘が開始されたらまずパワーアーマーを装備するという約束が守れないのなら絶対にこの作戦には乗らないとジンさんは言っていた。
同じくショートカットキーを操作するイメージでツーショット・コンバットライフルを出し、先頭の男の顔面を撃ち抜く。
兵士のくせにレベルが低かったのか、たった2射でその頭部は熟れた果実のように爆ぜてしまった。
俺はまた、人を殺したんだな。
だが、それがどうしたという気分だ。
守りたいものがあって、人から暴力で何かを奪う事しか考えないクズばかりの世界で生きるなら、そんなクズはこうして殺してしまった方がいい。
こうして人を殺す時の気分の悪さなんて、たまに夢に観て汗だくで跳ね起きる、ミサキやシズクやセイちゃんが犯されながら殺された時の絶望より100倍もマシだ。
「コイツは殺すでないぞ、アキラ」
「ええ。残り3人の居場所を吐いてもらわないと」
「ふふっ。その3人なら、コンテナの中で死出の旅路に出たばかりよ」
「は? あんな短時間でコンテナの3人を始末して、しかもそれを気づかれなかったんですか?」
ジンさんがニヤリと笑う。
これ以上ないほどのドヤ顔だ。
「うむ。熊にはできぬ芸当であろう?」
「さすがは剣鬼、って事ですねえ。俺なんかとは格が違う」
「け、剣鬼だとっ!?」
最後の1人が叫ぶ。
「へえ。やっぱジンさんを知ってんのか」
「あ、当たり前だ。だから俺達はこんなまどろっこしい事を、あっ!?」
「ハナっからバレてっから心配すんな、新制帝国軍の兵隊さん?」
「く、くそっ……」
「ジンさん、慣れておきたいんで尋問は俺が」
「……見るだけでもキツイじゃろうから、アキラにはコンテナの中にある銃なんかを回収してもらうつもりだったが」
「やらせてください。慣れなくっちゃならねえし、度胸もつけたいんで」
ふむ、と呟いたジンさんは、男の喉元に仲間の血で濡れた日本刀を当てたまま考え込んでいる。
コンバットライフル、パワーアーマー、それから中身ごと買い物かごをピップボーイに入れ、投げ捨てたボードを手に取った。
「それで吐かせるつもりかの?」
「はい。まずは利き手の指を1本ずつ、そしてもう片方の指。脱がせんのも面倒なんで両足を靴ごと叩き潰したら、次はキンタマを潰してやります」
「ひ、ひいっ!」
「のう、兵隊さんよ」
「な、なんでしょうかっ!?」
「この男、アキラはワシの息子のようなものでな。できるなら、あまり残酷な真似はさせたくないんじゃ。ここに派遣された経緯、ここに滞在してからした活動、浜松との連絡方法、それから今日までに浜松にした報告の内容をすべて話してくれるか?」
「話す、話すからそのイカレたガキを俺に近づけねえでくれっ!」
「ヒデエ言われようだ」
「まあ、あれだけ剥き出しの殺気を向けられればそうもなるじゃろ。では話せ」
「言っとくが俺にウソを言ってもすぐわかるぜ、上等兵のタドコロさん?」
「ひいっ! なっ、なんで俺の階級と名前を知ってやがんだっ!?」
ニヤリと、なるべく凶暴そうに見えるように笑みを浮かべてから、腕のピップボーイを男に見せる。
「この電脳少年は戦前の防衛軍、それも兵士の犯罪を取り締まる部隊に配備されてた一品でな。オマエの名前なんて見た瞬間にわかるし、ウソなんて言ったらそれもわかっちまうんだ。言葉には気をつけて話せよ? 俺も剣鬼も、ウソつきが大嫌いなんだ」
「わ、わかった。話す、ちゃんと本当の事だけっ」
俺のハッタリが効果的だったというより、ジンさんのネームバリューのおかげで、兵士はつらつらと話し出した。
上の連中の意見が割れたせいで手に入れ損ねた稼働品のトラック。
それをまた見かけたのは新制帝国軍の斥候でも山師達でもなく、浜松の街から徒歩で行ける範囲にあるいくつかの集落を回る行商人であったらしい。
街の酒場の噂話。
それを耳にした大佐とやらは、そこでようやく斥候部隊を東海道の左右に放つ。
そして俺達は、まんまと発見されたらしい。
川を挟んだ位置からなら、東海道から国道一号線の大きな橋も見えるのだ。
「なるほどね。たしかにあのロケーション、日本防衛軍陸軍検問所のある橋をトラックで走ってたら遠目からでも見えるか。斥候部隊なら双眼鏡くれえ持ってるだろうし」
「ああ。で斥候部隊はそれがしばらくして西に帰ってったから、おそらくトラックは小舟の里にあるって報告したらしい。その先は、豊橋までトラックを置けそうな街なんてねえから」
「なるほどのう。続けよ」
浜松の街の門前で、それも救助を乞う者からの略奪はするべきでなないと言っていたナントカ少佐という新制帝国軍の穏健派も、街から遠く離れた場所で事を起こすのだから上官の決定に口出しをするなと言われて頷くしかなかった。
「んで、なんで悪党のフリして線路を封鎖してんだよ? 東海道と国道一号線を見張るでもなく、小舟の里に接近してトラックを確認するでもなく。なんでここなんだ?」
「け、剣鬼に見つかったら皆殺しにされるって。だからここで行商人を捕まえて、傷めつけてから家とか吐かせて脅して、ソイツに偵察をさせようって兵長が」
「腰抜けだなあ」
「し、仕方がねえって。みんな、剣鬼と狂獣が生きてるうちは小舟の里と磐田に手は出せねえって言ってるんだ」
「ふうん。さすがだねえ。んで、最初に来た行商人が俺か?」
「ああ、そうだ。だから俺達はここで寝起きするようになってから、特に何もしちゃいねえ。司令部への報告だってな」
「連絡方法はよ?」
「偵察が上手くいったら、全員で浜松に帰る予定だった。報告はそれからなんだよ」
「ジンさん?」
「まあよかろう」
「ちゃ、ちゃんと話したんだ。殺さねえよな、な? ちゃんと話した俺を殺したりなんかしねえよな!?」
どうしてそう思えるんだ、そんな都合のいい事があるか。
そう言い放つ代わりに、ボードを持ち上げた。
俺が近接武器で戦うなんて、ガスが充満した工場なんかにどうしても踏み込まなくっちゃならないような事態でもなければあるはずもないが、戦う事を、そんな生き方を選んだのなら経験しておいて損はないだろう。
「アキラ、それはいかんぞ」
「どうしてです?」
「望んで殺される者など、そうはおらん。だがそれでも、敵は殺すしかない。そうせねば敵を殺す役目を負った者がそんな悲しい生き方を選ぶ理由になった、守るべき何かが、生かして帰した敵に壊される」
「ええ。だから」
「話は最後まで聞くのじゃ。敵は憎い。だが、本当ならばそれを殺すまではしたくないと思うのが大多数の人間じゃ」
「でしょうね。でも誰かが殺さなくっちゃいけねえなら、だったら俺が」
「うむ。それが、誰かにさせるくらいなら自分がというのが、優しさだとは言い切れぬ。じゃがワシは、そんな選択をしてしまうような男となら良い友人になれると思っておる」
見つめ合う。
「……せめて苦しませずに。ジンさんのダチなら、そう思うんでしょうね。どれだけ殺しても、自分が殺されかけた後だって、可能な限りはそうしようとする」
「わかってくれるか?」
「ええ」
ボードを収納。
代わりに出したのは、改造も重さも見ずに選んだ.44ピストル。
「やめてくれ。死にたくねぇ。死にたくねえんだ……」
「俺も殺したくはねえ。でも、そうしなきゃさっきの俺みてえに、暴力で脅されて不幸になる人間が出る」
「もうしねえよ。軍も抜ける、だからっ」
「俺はまだガキだが、それなりに世の中を見てきた。許してやりてえがな。そんな事をしてちゃ、許した人間の中から、また人を不幸にする人間が出るって知ってんだよ」
それでも許すのが俺の育った世界。
このクソッタレなウェイストランドでも、そうなのかもしれない。
「でも、俺は殺すぞ。戦前の日本程度じゃねえ。いつかこの世界に、女子供が安心して暮らせる理想郷でも見つけるまでは」
「や、やめっ……」
「あばよ」
銃声。
男は、最後の声すら上げなかった。
「ありがとう、アキラ」
「上手く、苦しませずに殺してやる事はできたんでしょうかね。確実に殺すなら脳幹を狙えって言葉を思い出してそうしたけど、正確な位置なんて俺にゃわかんねえから」
「苦しまず逝った。間違いなくの」
「ならよかった、かな。次は、なんだっけ。……ああ、まだ悪党の生活痕があればそれは残して、新制帝国軍の死体だけ見つからないように埋めるんだ」
「まだ朝じゃ。ワシがするで休んでおけ」
「冗談でしょ? こうすりゃ1秒もかからねえってのに」
目の前に倒れていた死体が消える。
「ふむ。ならせめて、海にでも流してやるかの」
「それだと発見される可能性があるんじゃ?」
「浜松に、海へ近づく者などおらぬよ。兵士もじゃ」
「了解」
新制帝国軍6人分の装備と死体。
それをピップボーイに入れて戻った東海道で軽トラを出すと、ジンさんはいい場所があると言って道を教えてくれた。
小さい、埠頭というよりは桟橋といった風情の船着場。
海に突き出る形で伸びるその行き止まりに、死体ともう使えそうにない装備なんかを流す。
「海、キレイだな。世界がこんな風になっても……」
軽トラの窓を全開にして、タバコを3本灰にした。
その間、ジンさんは何も言わない。
黙って並んで海を見ながら、俺はこんな時間、無言でいる間にすら、ジンさんに何かを教わっているような気分だった。