磐田の街に戻った俺はバイクのリアシートから降りると、まず3人にできるだけ心を込めて礼を述べた。
「ワシらでは使い道などない物じゃ、気にするな」
「それでもありがとうございました」
「うむ。では、やりたくもない市長仕事に戻るかのう。アキラ、たまには顔を出してワシを戦闘に連れてゆけよ? 約束じゃ」
「奥さん方に怒られない程度になら」
「うむ。それはワシもゴメンじゃ」
ひとしきり笑い合うと、市長さんは大きな手を振ってから建物へと消えていった。
どうやらバイクは、カナタさんがどこかにある保管場所に置きに行くらしい。
「アキラっ!」
聞き慣れた声。
それを追うように耳に届いた足音は、俺よりもずっと小さい。
セイちゃんだ。
息を切らしながら走るセイちゃんに、嬉し気にわんっと吠えたドッグミートが足にまとわりつくように並ぶ。
その向こうには、ED-Eを連れたミサキとシズクの姿も見えた。
「ただいま、セイちゃん」
「怪我、ない?」
「もちろん。それより、かなりの成果だよ。セイちゃんに頼りっきりになりすぎて怖いくらいだ」
「ホント? 早く見たいっ!」
らしからぬはしゃぎっぷりに、思わず頬が緩む。
「セイちゃん、でいいのかしら。持ち帰った車やバイクが見たいなら、ボクの家のガレージに来る?」
「……行く」
「そう。なら案内するわ。よかったら、サイドカーに乗って」
「いいの?」
「もちろん」
「やたっ」
セイちゃんがサイドカーに乗り込むと、カナタさんはまたエンジンをかけ、歩くような速度でバイクを走らせた。
バイクを押して歩くミキが、追いついたミサキとシズクに事の成り行きを説明しているのを眺めながら、俺もガレージに向かう。
大中小。
並んだそれが何とは言わないが、それぞれいい尻だ。
辿り着いたそこはセイちゃんにとって夢のような場所だったらしく、嬉々としてカナタさんの説明を聞きながら、ズズキバイク歴史館より広いスペースに置かれたバイク達を見て回り始める。
「先祖代々が使ってたバイク、こんなにきちんと保管してんだな」
「どれもこれも、ちょっと修理すれば動きそうに見えるが。ダメなのか、ミキ?」
「ですです。簡単なパーツは使い回したりもしてるから、もうただの置物なのです」
「ちょ、ちょっと待ってよ。もし、ここのバイクをセイが直したら……」
「なあに。磐田の街にメガトン特殊部隊の倍の人数の、それも全員がバイクに乗った精鋭部隊ができるだけだ」
市長さんには奥さんが複数いるようだし、磐田の街の戦闘部隊を率いているという次男にはまだ会っていない。
それでもミキ、イチロウさん、カナタさんを見る限り、もしそうなっても市長さんの息子や娘ならそう心配はしなくていいような気もする。
ガレージはスタジアムとは別の建物で、その大きなシャッターの前には戦前のサン・テーブルが置いてあった。
ビーチなんかに置いてあって、そこに座ったリア充達がこじゃれたカクテルで乾杯したりするやつだ。
灰皿がテーブルに乗っているので、そこに腰かけてタバコに火を点ける。
「バイクを置いたらお茶を持ってくるのです」
「いいって。缶コーヒーやらジュースやら飲めばいいんだから」
「あたしミルクティー」
「こっちはブラックのコーヒー、それとタバコ。アキラが咥えて火を点けたヤツで」
「な? ミキもこんな感じでいいんだよ。あとシズク、タバコぐれえ自分で火を点けろ」
「あはは。りょーかいなのです」
ミキがバイクを押してガレージに入ってゆく。
シズクはいつも通りだが、ミサキの様子はかなり違った。
なんというか、ピリピリしてるような印象だ。
「あーっと。なんかあったか、ミサキ?」
缶コーヒーを2本とミルクティーを出しながら問うと、ミサキの形の良い眉がピクリと動く。
「3人で買い物をしてたら、何人かに嫌味を言われてな。そして、その倍以上の男にナンパされたんだよ」
「さすが。うちの姫様達はモテるねえ」
「あんなのナンパですらないわよ。……あー、思い出したら腹立ってきた。顔は覚えてるからぶん殴りに行こうかしら」
「頼むからやめてくれっての」
殴るくらいで済ませてどうする。
ミキがガレージからこちらに歩いてくるのが見えた。セイちゃんは、まだカナタさんの案内で見学中のようだ。
飲み物はミサキと同じミルクティーでいいだろうと缶を空いている椅子の前に置くと、ミキは笑顔で礼を言ってからそこに腰を下ろす。
ミサキは磐田の街で嫌な思いをした事をミキに告げる気はないようで、笑顔を浮かべながら『アキラが迷惑かけたり、またムチャしたりしてなかった?』なんて訊いている。
偉いじゃないかという気分で、そんなミサキの頭を何度か撫でた。
「な、なによ。いきなり……」
「なんでもねえよ」
「ふうん。あっ」
「どした?」
「そ、その手のニオイとか嗅がないでよ?」
「するかボケェ!」
ちょっと褒めると、まあ褒めてはねえがコレだ。
シズクとミキの笑い声を聞きながら缶コーヒーを呷る。
それから手短にではあるが、お宝探しの日帰り旅行、その様子と成果を話して聞かせた。
「目的は果たしたんだな。さすがは自慢の旦那様だ」
「スッゴイねえ。どのくらい動くようになるんだろ」
「さあなあ。それはセイちゃんに見てもらわんと、なんとも」
「噂をすればなのです」
そう言って微笑んだミキの視線を追う。
セイちゃんとカナタさんだ。
ミルクティーを2缶追加で出し、歩み寄る2人に手で示す。
「アキラ」
「バイク歴史館の見学は終わったんだね。じゃあ次は俺が」
「ん。でもアキラは筋肉じぃじが呼んでた」
「それって市長さん?」
「ん」
「館内放送は、音割れが酷いから音量を絞ってるのよ。戦前のままなら、ここまで聞こえたんでしょうけどね」
「なるほど」
「それで、うちの次男が磐田の街に戻ってきたから、アキラくんと顔合わせをさせたいって言うのよ。大丈夫かしら?」
ピップボーイの時計を見る。
まだ正午を少し回ったくらいの時間だ。
「平気ですよ。出発までには余裕があります」
「ありがとう。かわいらしいお嫁さん達は、ボクが責任を持って接待するわ。まあ、この街で出せるご馳走なんてたかが知れているけれど。ミキ、浮気熊の執務室にアキラくんを案内して」
「はいなのです」
次男は戦闘部隊の指揮官。
なら、ミキに武器をプレゼントするついでに、次男にも何か渡しておこうか。
そう考えながら腰を上げると、ミルクティーを出したというのに、なぜか俺の缶コーヒーを飲んで苦いと顔を顰めていたセイちゃんに袖を掴まれた。
「どしたの、セイちゃん?」
「クルマとバイク、たくさんピップボーイに入ってるって聞いた。状態が良さそうで、アキラが最初に乗りたいの出して」
「あー」
ガレージになっている建物と磐田の街の防壁の間には、二車線道路くらいの幅があるので出そうと思えば出せるか。
「カナタ姉、いい?」
セイちゃんは、カナタさんをカナタ姉と呼ぶ事にしたらしい。
会ったばかりだというのに。
どっちもIntが高そうだし、相性がいいのか。
「もちろんよ。足りない工具も、好きに使っていいし」
「やた」
「そういう事なら、んー。……こっちかな、先に」
少し離れて、俺が今でも運転できそうな車を出す。
「わあっ、よく見かける車と違って全然キレイ。でも、なんで軽トラック?」
「乗り慣れてんだよ。田舎の農家の次男坊だから」
「へえっ」
「ん。アキラが戻るまで、できるだけやっとく」
「出発は3時くらい。んで小舟の里に戻るんだから、本格的にやるのは休暇明けとかでいいからね?」
「ん」
「じゃあ案内するのです」
ミキが歩き出す。
隣に並びながら、その腰にあるハンドガンを確認した。
ホクブ製のオートマチック。
どちらもそれだ。
「ミキ、拳銃と小銃とその中間みたいな銃だったらどれがいい?」
「プレゼントの話なら、本当に気にしないでくださいなのです」
「気持ちだよ、気持ち。それにあの市長さんの様子じゃ、小舟の里に行くのも許してもらえたみてえだし」
「でもだからって」
「いいから。柏木先生を堕とすなら小舟の里にはたまに顔を出すんだろうから、武器は少しでもいいのを持ってて欲しいんだよ」
「おとすなんて、そんなのまだミキには早いのです。はや、……早いのです!」
「はいはい。んで、どれがいいんだよ?」
俺のピップボーイに入っている武器はこの世界、日本で見つかるそれとはだいぶ違うので、ずいぶんと迷っているミキにそれらをザッとではあるが説明する。
それが終わってミキが結論を出す前に、俺達は目的地へとたどり着いた。
「ここなのです」
ノック。
すぐにドアが開いて、イチロウさんが俺達を部屋に招き入れてくれる。
「オマエがアキラかっ!」
「うっわ、やっぱデケエ。そうですよ。はじめまして。市長さん達には、出会ったばかりだというのにお世話になってます」
「アキラのが年上なんだから敬語はよせって。俺は次男のジロー、よろしくな。ほら、ここ座ってまず乾杯でもしようぜ」
「あーっと。すんません、この後に予定があるんで酒は」
「そんじゃ残念だけど茶で乾杯だ。兄貴、茶を!」
「は、はぁ……」
「やかましい弟ですみませんね。とりあえずソファーにおかけください」
「ありがとうございます」
俺がソファーに腰を下ろすと、3兄妹が対面に座った。
お茶の用意をしてくれたのが本当にイチロウさんなのには驚くが、この人はきっと昔から面倒見のいい長兄なんだろう。こんなのも弟に甘えられているようで、悪い気分ではないのかもしれない。
立派な執務机から移動した市長さんが、俺達全員を等分に見渡せる位置のソファーに腰を下ろす。
「すまんのう、アキラ。わざわざ呼び立ててしまったのも、18にもなってはしゃぐバカ息子の事も」
「いえいえ。磐田の街の守りを一手に引き受ける息子さんとは、こちらも会っておきたかったですから」
「それよりアキラ、もうカナタ姉さんのケツくらい揉んだのか? あの歳まで熟成させた膜を破る機会なんてそうねえんだからよ、年増でもできるだけかわいがってやってくれよな!」
「はぁっ?」
何を勘違いしてんだか、この小型のヤオ・グアイは。
「まったく、まだ話もしとらんのに。このバカ息子が」
「話?」
「うむ。あれが、カナタが女でなかったなら。そうであっても、もう少し漠然としか生きられぬ者達の気持ちをわかってやれたなら、ワシはカナタにこの街の市長という立場を任せるつもりじゃった」
思わずイチロウさんに視線をやる。
すると多少の苦笑いが混ざった感じではあるが、マジメな表情で頷かれた。
「はあ、それが俺と何の関係が……」
これはヤバイ。
嫌な予感がビンビンする。
ここにはいないのに、ED-Eの警報ブザーが聞こえるようだ。