目覚めたのは、まだ朝陽が昇り切る前だった。
穏やかな寝息を立てるミサキとドッグミートを起こさぬように静かにタバコに火を点けると、ちゃぶ台の上にいたED-Eが音もなく宙に浮く。
「おはよう、ED-E。ミサキとドッグミートはまだ寝てるから静かにな」
「ぴっ」
それにしても、インターネットのない世界とはこんなにも不便なものなのか。
小学校高学年の頃にはそう裕福ではない我が家にも回線が引かれてパソコンがやって来たし、中学に上がってからは携帯を持たされていたのでわからない事はインターネットで調べるというのが癖になってしまっている。
さっき目を開いて一番最初に思ったのは、スマホでこの周辺の地図を呼び出そうという出来もしない事だった。
咥えタバコのまま、カーテンの隙間からさし込み始めている朝の光でデリバラーとコンバットライフルの装填を確認する。
「よし」
「わふぅーっ」
「起きたのか、ドッグミート」
「あんっ。はっはっはっ」
「朝から激しいなあ。あんま顔ばっか舐めてくれんな、タバコの火があぶねえ」
寝起きの一服を終え、ドッグミートとED-Eにミサキを見ていてくれるように頼んで台所へ。
試しておきたい事が、いくつかあるのだ。
「ヤカンはきれいな水で洗えばいいよな。問題は、コンロだ。石油やガスなんかの資源が枯渇して、家庭用の電化製品や自家用車まで核エネルギーで動かすようになっていた世界。フォールアウトNVじゃ核分裂バッテリーで、フォールアウト4では自作のジェネレータで家電を動かしてた。ミサキの9mmピストルには武器の耐久値、CNDが見えてたから、この世界にはフォールアウトNVの設定も適用されてるはず」
コンロから伸びるコードを辿る。
それは、俺達の暮らしていた世界ならコンセントのありそうな場所にある壁の小さな穴に向かって伸びていた。
「核分裂バッテリーがない?」
見事に予想が外れ、思わずため息が漏れる。
各家庭でプロパンガスのように核分裂バッテリーを使用して電気を使っていたと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
考えてみれば荒れ果てた廃墟の街には、倒れた電柱や切れた電線が横たわっていた。あれで電気を各家庭に送っていたという事か。
「まいったな。これじゃ、家電の一切を使えねえじゃんか。……待てよ」
フォールアウト4で街を改造したりするのに必要な、ゲーム内では持ち運びどころか動かす事すら出来ないワークショップという巨大なアイテムは俺のピップボーイのインベントリに100ほど入っている。
それが、もしも使えるなら。
「クラフト、ワークショップ・メニュー。……やった、出た。ははっ、ジェネレータが笑えるくらいあるな。にしても、ワークショップ・メニューがVATSと同じく目の前に浮かび上がって見えるなんて。見えてるのに触れねえって、不思議なもんだ」
選択中のジェネレータやそれを作るために必要な材料が目の前に浮かんで見えているので手を伸ばしてみるが、それはどうやっても手をすり抜けて触れられない。
「な、なにやってんのよ。朝っぱらからパラパラダンス? もう古いわよ、それ」
「おはようさん。ちょっとした確認だよ。水を出すから、そこの流しで顔を洗え」
「ん、ありがと」
いつの間にかセーラー服に着替えていたらしいミサキが洗顔したり髪を整えている間に、小さなジェネレータを台所の中央にあるテーブルの上に出した。
バスローブは洗濯をしてから返すと言っていたので、ピップボーイに入れたらしい。少し残念だなとは思うが、俺は変態ではないのでまあいいだろう。
「わあ、そんな大きい鉄の塊もピップボーイに入っちゃうんだ?」
「言っただろ。バグか仕様かわからんが俺のピップボーイはって。試しにこれ、収納してみな」
「わかった。よっ。はあっ! ええーいっ! ……ダメだ、入らない」
「やっぱりか。フォールアウト4の主人公の特徴はこのクラフトだろうからな」
「なら運び屋の特徴は?」
「そうだなあ。サイボーグ化して、殺人兵器になるとか」
「うええっ。そんなのなりたくないよー。……ねえ、アキラ」
「ん?」
身だしなみを整えたミサキが、自分の体を抱き締めるようにして眉を寄せている。
まるで、泣き出す前の子供のようだ。
そう思った途端ミサキを抱き締めようと体が動きかけたが、どうにか自制して煙草を咥える事に成功した。
「いきなりゲームの主人公と同じピップボーイ渡されてさ、コンパニオン? ってのと一緒にこんなバケモノだらけの世界に来た。その理由くらい、知りたいよね」
「まあな。しかも俺はピップボーイのインベントリが容量無視で、どこでもクラフトが出来るときてる。それぞれのキャラクターごとの特徴づけをされてるとしか思えねえな」
「101のアイツ、だっけ。その役の人もこっち来てるのかな」
「わからん。でもまあ何より、フォールアウトシリーズ未経験のミサキをこの世界に来た翌日に発見できて良かった」
「……ありがと。はぁ、考えても仕方ないか」
「だな」
「でもあたし達がこの世界に来た事に理由があるのなら、そうした存在がこの世界のどこかにいるなら」
「ああ。ぜってーにぶっ殺す」
「物騒ねえ。半殺しくらいにしといてあげなさいよ」
しばらく笑い合い、ワークショップ・メニューでジェネレータから電線を伸ばしてコンロに伸ばす。
その電線をハイライトする光がコンロの穴すらない部分で接続不可の赤から白に変わったので選択ボタンを押すイメージを思い浮かべると、何もない部分に電線が繋がった。
「うわ、なにそれ」
「錬金術師なんて揶揄されてた、フォールアウト4の主人公の得意技だな。クラフトってんだよ」
「呆れた。もしかして、そのドコドコうるさい機械に繋いだからコンロが使えるの?」
「それを試すんだよ。大丈夫だとは思うが、少し離れてろ」
「わ、わかった」
緊張した表情のミサキに見守られ、コンロのスイッチを操作する。
見れば台所の入口からドッグミートとED-Eも、なんだなんだとでも言うように俺を見ているようだ。
コンロの電熱器が、徐々に赤くなってゆく。
咥えて火を点けずにいた煙草の先を押し当てて息を吸い込んでから顔を上げると、嬉しそうなミサキがヤカンを持ち上げて流し台に向かった。
タバコに火を点けられるならお湯も沸かせる、そんな判断だろう。
「水、まだあるか?」
「うん。ねえ、せっかくならさ」
「わかってるよ。インスタントコーヒーはあるかわからんが、日本の一般家庭ならお茶っ葉と急須くれえはあるだろ。探しとくから、このマグカップも洗っといてくれ」
「うんっ。朝は寒いから、温かい飲み物が欲しかったんだよねえ」
「フォールアウト4には、お湯ってアイテムがねえからな」
「なるほどねー」
お茶とインスタントコーヒーは、すぐに見つかった。
それだけでは満足できない俺は台所の棚をすべて漁り、2人でならしばらくはケチらず使えそうなほどの各種調味料までいただいて茶の間に戻る。
「味噌と醤油まで手に入れられるとはな。物が腐らねえ世界って最高だぜ」
「ホントは日本酒と焼酎の方が嬉しかったくせに」
「今は酔っぱらえる場所すらねえからなあ。こんな昔ながらの民家じゃなく、しっかり施錠できるマンションでもあれば別だが」
「朝ごはん食べたら、駅を探すんだよね?」
「ああ。まずはこの辺の地理を確認しねえと。そういや、ミサキはここに来る前どこに住んでたんだ?」
「都内だよ。世田谷」
「……東京かあ」
「連れてってなんて言わないから大丈夫。この世界の東京は、下手をすれば爆弾で更地なんでしょ」
「さすがにそれはねえと思うが、まあ放射能は酷いだろうな。そして、そういう場所には」
「より強いクリーチャーがいる、でしょ。東京と名古屋には気軽に行けそうもないね」
「だな。それより、考えたくなかった放射能ってのを言葉に発して思い出した。回復アイテムや放射能を除去する薬、水やメシをミサキのピップボーイにも入れとけ。武器防具はメシ食って、外で試してからだ」
「ありがと。……与えてもらうばっかでゴメンね」
「たまたま俺の方が物資を持ってたってだけさ。逆なら俺が、ミサキにおんぶにだっこだ」
「ふふっ。それも楽しそう」
「カンベンしてくれ。アイテムをテーブルに出すぞ」
「うん」
ミサキは緑茶を、俺はインスタントコーヒーを啜りながら朝メシを食った。
食休みの後、そろそろ出かけようかという段になって、茶の間にあるちゃぶ台どころか畳までピップボーイに入れた俺をミサキが呆れ顔で見ている。
「根こそぎかっさらうんだねえ」
「元の住民も、使えるヤツが使ってくれた方が喜ぶ。ミサキはドッグミートとEDーEを連れて、店に散乱してる飲み食いできそうな物を回収しとけ」
「アキラは?」
「ダニがいそうだったんでスルーしてたが、布団なんかも寝室にはあった。服や日用品、畳まで全部いただくさ」
「遠慮しないのねえ。でも、神棚や仏壇には手を出しちゃダメよ? こんな世界にたった2人しかいないとしても、あたしとアキラは良識ある時代の日本人なんだから」
「……そんな考え方はした事なかったな。わかったよ」
この木下商店で暮らしていたのは、母と幼い娘の2人家族だったらしい。
寝室の写真立てにある白黒写真には、娘が赤ん坊の時にしか父と思われる男が映っていなかった。
神棚や仏壇に手を合わせつつ、タンスの中身などもしっかりといただく。
服は和服もあったが、ほとんどが洋服だったので洗濯をすればミサキが使える物もあるだろう。
白やベージュといった地味な色合いが多い女物の下着はどうしようか迷ったが、あまり見ないようにしてピップボーイに突っ込んでおいた。
「こんなもんかな。悪いねえ、旦那さん。こういう事が死者への冒涜だとしても、畳や洋服、日用品なんかを1から作る余裕のない今の人類はこうするしかねえんだ。許せ」
仏壇で微笑む優しそうな男の白黒写真に言って、なにやら騒がしい店舗へと向かう。
そこではミサキがドッグミートとじゃれ合いながら、駄菓子をそれは嬉しそうに頬張っていた。
やれやれといった感じで宙に浮いていたEDーEが俺を見つけ、ぴいっと電子音を鳴らす。
「朝メシ食ったばかりだろうに。太るぞ?」
「あ、甘い物は別腹なのよっ」
「はいはい。そんじゃ外で射撃訓練といきますか。Strengthが10もあるミサキなら、レジェンダリーのスナイパーライフルやコンバットショットガンどころか、ミニガンまで使えるかもな」
「それを使えれば、あたしでもアキラの役に立てる?」
ミサキの目は真剣だ。
「……そういう事は考えなくていい。役に立つとか立たねえとか、そんなのは他人との関わり合いの時にだけ気にすればいいんだ。俺とミサキは、その、なんだ。もう、仲間なんだからよ」
「うんっ!」