俺とタイチで偵察。
相手がもし敵であればアネゴとカズさんの2班を散らせて、3方向からの一斉射撃。
そんな作戦とも呼べないやり方しか思いついていなかったが、それにミサキとシズクが参加しても、班の1つの頭数が2人増えるというだけで問題はない。
普通に考えたら、逆にありがたいくらいか。
「んじゃ、頼むから前に出過ぎねえようにな。行こうぜ、タイチ。アネゴとカズさんは、俺とタイチの進行方向の左右にいつでも進める構えで追従を」
「あいよ」
「了解」
俺が姿勢を低くしたタイチと並んで這うような速度で歩き出すと、ミサキとシズクもステルス状態で数メートル後ろに続く。
この世界ではさっきまでトラックが進んでいた国道ですら、舗装されていてもそのアスファルトのひび割れた箇所などから雑草が伸びていたりする。
なので戦前の建物が1つ2つ残る進行方向は、俺達が少し屈めば身を隠せるほどの背の高い雑草が伸び放題だ。草の揺れで接近が気取られぬよう、慎重に進む。
「さあて、鬼が出るか蛇が出るか。悪党の生き残り程度なら、いい教材になるだろうが」
「ここんとこ小舟の里は羽振りがいいから、それを嗅ぎつけた商人とその護衛って可能性もあるっすね」
「それなら諸手を挙げて大歓迎さ」
「そっすねえ」
「そろそろ、朽ちかけた建物の前だな」
「右か左に回るっすか?」
「いや、ピップボーイから階段を出して屋根に上がる。そっからなら、視認も狙撃も楽なもんだろ」
「アキラ1人で終わらせちゃダメっすよ? アネゴとカズ兄はまだしも、その部下には何より実戦経験が必要なんっすから」
「わあってんよ。……階段設置、っと。こんなもんかな。上がろうぜ、タイチ」
「はいっす」
店にしては装飾が少なく、倉庫にしては建物が小さい。
そんな何に使われていたのかもわからない建物の屋根に上がって身を伏せ、静かに線路があるはずの方向に2人で顔を出すと、雑草の生い茂る空き地の向こうに線路が見えた。
その向こうは、朝の陽光を照り返す浜名湖の穏やかな水面だ。
線路に影が揺れている。
「悪党、っすかね」
「……見た目は、そうだな」
「そっか。アキラは見ただけでソイツが悪党かわかるんっすね」
「ああ。しかし連中、見た目は悪党だが」
「名前はどうなんっすか?」
「見えるのは6人だろ」
「そうっすね」
「苗字の下にそれぞれ、兵長、上等兵、一等兵、二等兵って表示されてんな。それに全員の腰にはホルスターが見える。なら連中が背負ってる布を巻きつけた細長い荷物は、小銃だと考えんのが妥当だな」
「そ、それって新制帝国軍のっ!」
「バカ、声がデケエ!」
「す、すんませんっす。で、どうするっすか?」
「ここで俺達だけで判断すんのは危険だろ。アネゴとカズさんの班を戻せ。俺は階段の下にいるミサキとシズクに話しとく」
「了解っす」
小声で返事をしながら、タイチが建物の後方左右にハンドサインを送る。
その仕草に間違いのない事と、それを見たアネゴとカズさんが了解とハンドサインを返すのを見てから、なるべく音を立てぬように階段を下りた。
線路までは50メートルほどの距離があったが、相手が軍人ならば用心はしておく方が良いだろう。
「アキラ、どうだった?」
「悪党に偽装した新制帝国軍だったよ」
「ええっ!?」
「偽装とは厄介な……」
「だから一旦、トラックに戻るぞ。どうすっか少し考えよう」
「新制帝国軍にトラックが発見される可能性は?」
「連中は線路を進んでる。線路からこの建物までは、約50メートル。そしてこっから国道まで、さらに50メートルだ。おそらく大丈夫だろうよ。途中には背の高い草や、建物もそれなりにあるし」
「わかった。なら、急いで戻ろう」
「ああ」
トラックの助手席に戻った俺は、まず最初にタバコを咥えて火を点けた。
煙を吐きながら荷台の後部から乗り込んだシズクとタイチを待ち、ウルフギャングとセイちゃんと屋根から下りてきたサクラさんにも悪党に偽装した新制帝国軍の事を伝える。
「新制帝国軍の兵隊が悪党に化けるなんて……」
「理由が知りたいわよねえ」
「だな。それがわかれば、連中の目的もおのずと見えてくる」
セイちゃん、ミサキ、シズクはそんな事を小声で話しているが、ウルフギャングはすぐには言葉を発しない。
「でも連中が小舟の里に接近すれば、どうしたってアキラの設置したタレットの索敵範囲に踏み込むわけでしょウ?」
「そうなんですよ、サクラさん。俺としては今の小舟の里がたった6人の、それこそ新制帝国軍の特殊部隊とでもいうべき存在にでも、簡単に被害を受ける心配はしてません。問題は、連中があと数時間も進めばタレットの存在に気付くという事です」
「アキラ、連中の名前は敵対色だったのか?」
「いや、黄色。いまんとこだけど」
「ならタレットはそいつらを攻撃しないんじゃないか?」
「大人しく退いてくれたらな。連中、タレットなんてモンは知らなくても銃の事はよく知ってるだろ。機械に銃身が取り付けられた兵器を見て、何もせずどっか行ってくれるとは思えねえんだよなあ」
「危険そうだから排除しようと動いても、欲を出して見た事もないが銃に類すると思われる兵器を手に入れようとしても、即敵対してタレットに撃ち抜かれる、か」
「そうなると思う。んでそうなって、生き残りが1人でもいれば」
「翌日辺りには、小舟の里が有用な新兵器を手に入れたと新制帝国軍に知られる。争いの火種になるかもな」
新制帝国軍との全面抗争。
小舟の里ではいつかそんな日が来るだろうとマアサさんですら覚悟はしているのだが、俺としてはそうなるまでに、まだまだ小舟の里の戦力を充実させておきたいというのが本音だ。
「……30分くれ、ウルフギャング」
「却下だ」
「なんでだよ!?」
ウルフギャングが俺のアーマード軍用戦闘服の胸ポケットからタバコの箱を取り、自分のライターで火を点けて箱を戻す。
「シズクちゃん、セイちゃん」
「ん」
「なんです?」
「もし自分の夫が、まだレベル1桁でしかない夫が、本職の軍人6人を皆殺しにしてくるから30分だけ時間をくれと言ってきたらどうする?」
「とりあえず、ぶん殴って身の程を教えてやりますね。セイは電脳少年のおかげでHPを見れるので、手加減を間違えて殺してしまう確率は低いでしょう」
「こえーよ!」
「それじゃ足りない。ふーふは常に一緒に行動するべきだと、縛り上げてカラダに教えてあげるべき」
「だとさ、アキラ」
「そう言われてもなあ……」
悪党に偽装した新制帝国軍の連中は、粗末な鈍器や剣だけでなく銃も持っていたのだ。
銃を持ったそれなりの腕をした敵が6人となると、パワーアーマーを装備した俺が単騎で出るのが最も安全だろう。
「今回は初の遠征って事で、事前にマアサさんやジンさんも含めたメンバーで考えられる限りの打ち合わせはしてあっただろ」
「ああ」
「その時に、俺達がいない時に新制帝国軍や大正義団がちょっかいをかけて来たらどうするかも話し合ったはずだ。特殊部隊を6人もメガトンに残したのは、それに対処するためだったんだし」
「ジンさんに留守番の6人を預けて、悪党に偽装した新制帝国軍を見張らせるのか」
「それが一番だと思うぞ」
「……かもな。シズクとタイチはどう思う?」
「爺様なら巧くやるさ。こんな状況を知らせるための符丁もしっかり決めてある」
「ですね。新制帝国軍が悪党に化けてるって事は、まだ新制帝国軍として正面から攻めてくるような状況ではないって事っす。敵の動きを見極めるためにも、ジンさんにお願いするのが最善じゃないっすかねえ」
「なるほど。誰か反対意見のあるヤツは?」
30秒ほど待ってみたが、声は上がらない。
「んじゃ、俺はメガトン基地に無線をするかな。ウルフギャング、ゆっくりなら舞阪方面に進んでもいいぞ」
「進んで無線の届く範囲から出てしまったらマズくないか?」
「ここはまだ、こないだメガトン基地に無線した検問所より小舟の里に近い。問題ねえよ」
「わかった。それじゃ、エンジンをかけるぞ。すぐに動くからミサキちゃん達は転んだりしないようにしてくれ」
ミサキ達の返事を聞きながら無線機を持ち上げ、心の中で符丁を思い返しながらボタンを押し込んだ。
「こちらアルファ。応答せよ、マイク。繰り返す。こちらアルファ。応答せよ、マイク」
ノイズ。
はっ、はい。
こ、こちらマイク。感度良好。
ジュンちゃんの声が固い。
無線を飛ばした俺が自分をアルファと呼ぶ時は、何かしらの緊急事態で会話のほとんどは符丁でする事になってるのだから無理もないか。
新制帝国軍が無線を使用しているという話は誰も聞いた事がないというが、念には念を入れてこうする事に決めたのだ。
「E-2、トーマスの足元にカメレオンがシックス。パーティーにはまだ早いが、マイクの暇人連中をジュリエットの部屋に行かせてくれ。オーバーバイト・タートルズだ。ジュリエットなら、喜々としてやってくれる」
了解。復唱します。
口調こそ固いが、ジュンちゃんは一語一句間違えず俺の言葉を繰り返した。
あとは、ジンさんが巧くやるだろう。
俺達は向こうの心配より、もう数十分で始まる探索に集中するべきだ。
「あーい、よろしく」
「ずいぶんと簡単な伝達だな?」
「Eは東方向、これはEの何々って言わないなら東海道って意味。2は1つ目の橋から2つ目の橋の間。トーマスの足元はまんま線路。カメレオンは本来の姿じゃない相手。浜松方面から来たのに修飾語がないなら、相手は新制帝国軍。パーティーにはまだ早いってのは避けられるなら戦闘は避けてくれ、オーバーバイト・タートルズは出歯亀って意味だ。んで、タレットの攻撃を新制帝国軍に見られたら生き残りは絶対に浜松に帰さないってのは確定事項だからな。ジンさんなら、こんくらいの伝言で大丈夫だろ」
「なるほどな。お、橋に入るぞ。ここを越えたら舞阪だ」
「漁港は東海道からすぐだからな。タイチ、気持ちを切り替えてしっかり指揮を頼むぜ?」
「もちろんっすよ。せっかく特殊部隊に偵察から安全確保まで任せてもらえたんだから、意地でも巧くやって見せるっす」
「頼もしいねえ」
舞阪漁港に到着してトラックが停車したら、俺は荷台の上でいつでも狙撃を開始できる状態でセイちゃんの出番を待つつもりだ。
情けないが俺に修理可能な設備など見分けられはしないので、どうしたってセイちゃんに出てもらうしかない。
それが目下の悩みの種なのだが、すぐに俺が知識を得るなんてのは無理な話。しばらくはセイちゃんに頼るしかないだろう。