Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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武装救急車はロマン

 

 

 

 俺達がセイちゃんの鉄を切る工具の音や溶接の音を聞きながら飲んでいるうちに、ウルフギャング夫妻の店の掃除は終わってあちらでも女性陣がおしゃべりしながら酒を飲み出したらしい。

 男が1人では居づらかろうと俺がアオさんを呼びに行くついでに酒やツマミ、サクラさんのオイルやミサイルを雑巾で磨き上げられたテーブルに出すと、それはもう喜ばれた。

 

「アオさんを連れて来ましたよ」

「どうも。お邪魔じゃありませんか?」

「なんのなんの。さあ、ここに腰を落ち着けてまずは一献」

「ありがとうございます」

 

 鉄パイプを切ったり溶接したりしていたセイちゃんが荷台に移動して作業を始めたので、ウルフギャングは俺がいたカウンターに移動したらしい。

 自分のスツールを出してその横に座ると、ウルフギャングに湯飲み茶碗を差し出された。中には透明の液体が入っていて、微かに揺れている。

 

「これは?」

「秘蔵の日本酒さ」

「へえ」

 

 飲んでみるとそれは、とても複雑な味がした。

 考えてみると俺はフォールアウト4の食べ物ばかり食べているので、米から作られた何かを口にするのはこちらに来て初めてかもしれない。

 

「シロメシ、食いてえなぁ……」

「北関東じゃ普通に作ってるから、こっちでもそのうち作ってる街を見つけられるだろう」

「マジか。まあ探せばそこらの家の冷蔵庫には炊いたメシが入ってんのかもしんねえが、気分的になあ」

「ちょっと田舎の方に行けば、田んぼはまだまだ残ってるんじゃないかな」

「それは楽しみだ。……敵は、西。日本海側が無事で生き残った人間が平和に暮らしてりゃ、いつか取引だって可能かもしれない」

「だな。関東にいても中山道より日本海側の話はとんと入って来なかったが、都会じゃないし大丈夫だろう」

「関東の都市部は、やっぱ酷いのか?」

「まあな。もうこの世界には瓦礫しかないんじゃないかって感じだ。所々にある瓦礫の隙間や小さな廃墟にクリーチャーが住み着き、新宿みたいな無事な地下街にはグールが暮らす。とても人間の入り込む場所はないよ」

「なるほどなあ」

 

 それでもグールが新天地へと向かわないのは、過去の遺物で充分に暮らしていけるからか。食べ物が腐らないとか、ヴォルトのように食料を作り出す機械があるとかだと、それがあるうちは冒険なんかせず生きるしかないのかもしれない。

 

「夢を抱きかけた事がある」

「へえ。夢か」

「そうだ。101のアイツが人間の集落をまとめ、国はムリでも大きな街を作る。俺は都内に散らばるグールを説得して、その街のために今の人類が失った知識を活かしてもらうんだ」

「……日本復活、か」

「ああ。アイツなら出来るかもと思った」

「でもフラれたと」

「ふふっ。それも、こっ酷くな」

「心配だったんだろう。エンクレイヴは知ってるよな?」

「もちろんだ」

「BOSの印象は?」

「あちらなりの正義の味方、かなあ。俺があっちにいたら反発するだろうが、まあ人々のためにはいてくれて良かったんだと思う」

 

 やはり、3しか知らないとそう思うか。

 

「リオンズってのは、BOSの目的を捨てた変わり者なんだ」

「そうなのか?」

「ああ。だからアウトキャストなんて分派が出来たんだよ」

「へえっ。そこまでは説明してくれなかったな、アイツ」

「ロストテクノロジーの保護。それが本来のBOSの目的だ。そのためなら、原住民なんてどうでもいいってな。役に立つテクノロジーが残っているなら、力のある者はそれを確保して自分がさらに力を持つために使おうとする。どこでもどんな時代でも、それは変わらねえと思うよ」

「……そんな連中が、日本にもいると?」

「いなきゃおかしいと、俺は思うがね。うちのミサキなんかは、日本人はそんな事しないなんて言いそうだが」

「アイツが暮らしてた、安全で豊かな日本。そんな夢のような世界でも、犯罪者はいたんだろ?」

「とーぜん」

 

 ウルフギャングが日本酒を呷る。

 俺達のいた世界ほどでなくとも、ウルフギャングが生まれた日本は太平洋戦争の敗戦から立ち上がった。フォールアウトシリーズの歴史なんてあちらでは気にしなかったが、それはこの辺りの廃墟の街並みの様子から見て確実だろう。

 その日本を、取り戻す。

 夢だとウルフギャングは自嘲気味に言ったが、俺には思いもつかなかった事だ。

 

「ははっ。難しいよなあ」

「1から国造り。でっかい夢だ。尊敬するよ」

「何も出来なきゃ、ただの妄想さ」

「本気でやろうとしたなら、そのために指の1本でも動かしたなら妄想じゃねえだろ」

「何も出来てないんだよ。俺には、その程度の力さえない」

「誰にもねえと思うよ、そんな力は」

「それでもアイツなら、101のアイツならって思ってしまったんだよ」

 

 ウルフギャングは自分に力がないと言い切ってもそれほど悔しそうにはしておらず、どちらかといえばうれしそうにガレージの天井を見上げた。

 天井ファンと電球が吊り下げられたそこに、101のアイツの面影でも思い浮かべているのだろうか。

 

「明日はどうすんだ、アキラ?」

「希望があればアオさんちのリフォームをして、セイちゃんを連れてレベル上げついでの探索かな」

「ならトラックで行こうぜ。4人でよ」

「ここまで長旅をして来て、あの襲撃騒ぎ。サクラさんだって疲れてんだ。しばらくは、せめて店をオープンして落ち着くまでは大人しくしてろって」

「つまらんなあ。でもまあ、それもそうか」

「そうだよ」

 

 今回の件はクエストにはならなかったので経験値は敵を倒した分しか入らなかったが、そんなのは問題にならないくらいに様々な収穫があった。

 ウルフギャングにゆずられたセイちゃんのピップボーイもそうだし、東海道を天竜川駅の近くまで走ったのでピップボーイの地図には様々なロケーションが記載されている。その経験値だけでも、かなりのものだろう。

 

「クレイジーウルフギャング、見て」

「おお。もう終わったのか、セイちゃん。どれどれ」

 

 セイちゃんに呼ばれ、ウルフギャングがいそいそと席を立つ。

 ここで101のアイツの帰りを待ちながら店をやるにしてもトラックがあれば、たとえば昼間だけタクシーのように使って金を稼いだりも出来る。

 アオさん達に提示した給料はそれなりの額だったようなので、小舟の里の財政もメガトン特殊部隊のおかげで潤ってきているのだろう。そのくらいなら、里にも出せるはずだ。

 ならばメガトン特殊部隊がウルフギャングに金を払って少し遠くまで行ってから降ろしてもらうとか、逆に少し早く戻った俺とセイちゃんがトラックに乗せてもらって迎えに行くとか、ウルフギャングとサクラさんが負担に感じない程度になら手を貸してもらえる事も多い。

 

「うれしそうじゃのう、婿殿?」

「それはもう。また友人が増えたし、レベルも上がった。明日からが楽しみですよ」

「だのう。少しずつではあるが、何もかもが良くなってゆく。まるで、賢者が来た頃のようじゃ」

「数年後にはフォールアウト5の仕様に似た能力を持った人間が現れて、さらに良くなるかもしれませんよ」

「ほっほ。それは今から、孫を抱きながら出迎えるのが楽しみじゃな」

「いやあ。天才って、本当にいるんだなあ……」

 

 ウルフギャングはトラックの荷台から出て来ると、そうしみじみ言いながらスツールに戻った。

 セイちゃんは店に戻るのかと思ったがそのままジンさんの隣に座り、ちゃぶ台にノートを広げてさらさらとペンを走らせる。

 

「天才って、セイちゃんがか?」

「ああ。運転席と荷台の間に取り付けたパーツは、戦前の物だと言われても納得するような出来だったよ。取り付けの仕上がりも見事だった」

「ふうん。なあ、やっぱピップボーイを持ってる人間にSPESIALやスキルの数値、持ってるPerksなんかを聞くのは」

「服を脱いでケツの穴を広げて見せろって言うのと同義だわな」

「……聞いといて良かった。マジで」

「アキラにならいい。見る?」

 

 どどど、どっちを!?

 いやいや、落ち着け俺。SPESIALやPerksに決まってる。

 

「はいはい、お兄さんをからかわない。明日からレベル上げして、Perksを取得するのが楽しみだね。3のピップボーイの模造品なら、スキルもあるだろうし」

「でもPerksが、師匠に聞いてたのと違う」

「そうなの?」

「ん。師匠は車両整備とか改造とかのPerksはないって言ってた」

「そりゃフォールアウト3とNVと4には自家用車システムなんてないからね。それがPerksにあるの?」

「ある。ロボットの改造とか、戦闘に関係するのも」

「……なんでだろ」

「簡単な話さ。ここは、ゲームの世界じゃない。レベル1と表示された瞬間、人はピップボーイに様々な数値を読み取られてPerksが決められる。職人だったり研究者だったり、それこそ兵士だったりな。言ってみれば、ある程度の将来を提示されるんだよ。それも戦闘だけとか物作りだけとかって極端な提示のされ方じゃないから、そう心配はするなって買う時に言われたな」

「人間の将来が、こんな小さな機械にねえ。それが気に入らなかったら?」

「普通の人間として生きればいい。ピップボーイを持ってるのなんて、本当に少数なんだ。自分の能力が数値化されて見られるだけでも、買う価値はあるさ」

「ふうん」

 

 まあそうじゃなきゃこの世界でピップボーイを買えた連中は皆が皆、その危機にどこの誰とも知れない正義の味方が現れて助けてくれるような存在になってしまうか。

 少し経ってわかったのだが、セイちゃんがノートに書いていたのはウルフギャングのトラックの改造案だったらしい。

 

「これは……」

「どれどれ。へえ、こりゃ本格的だ。窓の防弾版はガラスがないから、1部分を内側に付けてスライド式にして戦闘時以外の視界を良好に。タイヤを狙撃されるのを防ぐ大型フェンダーを追加、それは敵を轢き殺せるほどの強度と鋭さを両立。。サクラさんを迅速に屋根に上げる昇降機に、その屋根の四方に可動領域を制限したタレットを積んで武装? うっは、こりゃ夢が広がるなあ。俺も救急車を手に入れて、バッキバキに武装したいぜ」

「どう、クレイジーウルフギャング?」

 

 ウルフギャングが大きく息を吐き、てのひらで顔を擦る仕草を見せてからタバコに火を点ける。

 

「あれっ。良い案だと思うんだが、気に入らねえのか?」

「逆だよ、逆」

「どういう意味、クレイジーウルフギャング?」

「こんな改造をするほどの資材も、それを組んでもらう工賃もとてもじゃないが払えない。サクラの体を探すのにうってつけの車両になるが、今までもそれにかなりの金を注ぎ込んでるから貯金なんてねえよ」

「資材なら出すぞ、俺が。どうせピップボーイで眠ってるだけだし、使えるなら使ってくれ」

「工賃も格安で、しかも月賦でいい」

「本気かよ……」

 

 


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