Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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ガレージジャズ

 

 

 

 そんな高度な防犯システム、俺がいた時代でもなかったのではないだろうか。

 どうしたものかと思いながらスツールを2つと灰皿を出し、まずは一服して考えをまとめる。

 

「お。このラジオ、まだ動きそうだぞ」

「ふうん。どこの誰かは知らねえが、日が暮れるまではクラッシックを流してる変人がいるらしいんだ。それなら聴けるぞ」

「お上品なのは苦手でね。掃除が終わったら、蓄音機を持って来るさ。ジャズの名盤が、かなり積んであるんだ」

「こんな世界でレコード集めかよ。そんなだから、101のアイツにジャンク屋なんて言われんだ」

「ははっ。たしかにな」

 

 いい考えなんて簡単には浮かばないので、冷えたビールを2本出す。

 タバコもそうだが、酒量もこちらに来てかなり増えた。

 

「汗を掻いたビン。冷えてるんだなあ。くうっ、いいねえ」

「まだまだあるから、好きなだけ飲んでくれ」

「ありがたい。まあそう、暗い顔をすんなよ。金儲けなら手伝ってやるから」

「言っとくけどトラックで水を売り捌くのはムリだぞ?」

「うええっ。な、なんでだよ!?」

「小舟の里の長と101のアイツとの約束だとさ。3分の1にまで煮詰めればそれで浜松の水も飲めるそうだが、それに人手を使ってりゃどうしても値段は高くなる。だから、俺も安く水を売って小舟の里の資金にする事をまず考えたさ。水は誰に対してであろうが、無償で提供する。相手が敵でもだ。これは曲げられねえとよ」

「な、ならプロテクトロンをスピーチでだまくらかすか、後ろからズドン!」

「101のアイツは、ロボットは友達だってセイちゃんに教えてたらしい」

「俺とサクラがいつか来ると思ってか。トラブル体質のアイツらしい間の悪さだ。まったく、余計な事を……」

「で、金はいくらあるんだよ。ウルフギャング?」

「1万ちょっと、だな」

 

 足りないなんてもんじゃない。

 

「さっきアキラがガレージに出したタレットなら5万、建物まで付けたら新制帝国軍や浜松に住む金持ちは10万くらいまで出すと思うが」

「俺のタレットや建造物は一応だが外には情報の一切を漏らさねえようにって、防衛隊やメガトン特殊部隊以外の住民にまで布告されてる。それにいつかはバレてその技術を狙って攻めて来そうな、新制帝国軍と大正義団に対抗するための船を買いたいって話なんだぜ?」

「なら、女の子1人の気持ちをどうこう言ってられないだろう。国や社会というのは、そんなものだ」

「わかっちゃいるんだがねえ」

「にしても、アキラの力を隠してんのにあんなガレージ作っていいのかよ?」

「いいんじゃねーの。俺が小舟の里を留守にする事が多くなるまでには、どのみちもっと防備を固めなきゃ帰る場所がなくなる可能性があるし」

「……追う気なのか、101のアイツ?」

 

 ここではない日本や、そこで遊べたフォールアウトシリーズの話を聞いているウルフギャングなら、俺とミサキの簡単には言葉に出来ない101のアイツへの執着心のようなものも理解しやすいのかもしれない。

 俺にそう訊ねながらもウルフギャングの声色には、行くんだろうという決めつけのような響きを感じた。

 

「悪人じゃねえんだろ、101のアイツ?」

「ああ。それだけは断言できるな」

「なら、相手がどれだけ格上でも、押しかけて手を貸すしかねえわなあ」

「仲間意識か?」

「ミサキは、たぶんな。俺はだいぶ先にこっち来てるらしい101のアイツなら関東以北の情報も持ってるだろうし、こうなった原因に心当たりぐれえあるだろうから早く会いてえって考えもある」

「なるほど」

 

 お上品なのは嫌いだと言っていたウルフギャングが、ラジオのスイッチをオンにする。

 あちらの日本では聴き覚えのないクラシック曲だが、悪くはない。

 

「お邪魔かの?」

 

 そう言いながら店の引き戸を少し開けたのは、葉巻を咥えたジンさんだ。

 

「とんでもない。スツールと、冷えたグインネットをどうぞ」

「ありがたい。ウルフギャング殿に今の関東の様子を、ぜひとも教えてもらおうと思っての」

 

 ジンさんがウルフギャングの隣に座り、胸ポケットから新品の葉巻を出して差し出す。

 それを受け取ったウルフギャングは吸い口を噛み千切って床に吹き捨て、ジンさんが擦ったマッチで火を点けた。

 その横顔が、どこかジンさんに似ているのはなぜなのだろうか。

 

「恥ずかしながら、たいして変わってませんよ。100年、いや。300年ずっと同じかな」

「そうか」

「都内はグールが完全に押さえてるんで、人間はその周囲で細々と暮らしています」

「まあ、旧都内であっても、使える物資は今の人間の数を考えれば多いくらいじゃろう」

「それでも、グールがその知識をきちんと復興に役立てれば。それこそ、人間と協力してね」

「酷じゃろう。世界が終わった日、見捨てられたと感じながらその身を灼かれた者も多いと聞く」

「……まあ、そうですね」

 

 アキラ。今から掃除に行くねー。

 

「ああ、頼む。俺達はガレージで飲んでっからよ」

 

 わかったー。

 

「さ、女共が掃除に来ます。ガレージで飲み直しましょう。ウルフギャング、ご自慢のジャズを聴かせろよ?」

「いやいや。俺が借りた店を掃除してくれるのに、俺が酒をかっ喰らってたんじゃ」

「ジャズ。まさかトラックに、ジュークボックスでも?」

「あ、いや。蓄音機とレコードですがね」

「それは楽しみじゃ。さあ、ゆこうぞ。婿殿、酒はあるな?」

「たんまり。ツマミもね」

「よしよし。今夜は男だけで、心ゆくまで酌み交わそうぞ」

「いいですねえ」

 

 渋るウルフギャングの背中を押すようにしてガレージに場所を移す。

 

「ちょっと待ってくださいねえ。今後も男だけの飲み会で使えるように、セッティングしちまうんで」

「おいおいアキラ、ここガレージだよな?」

「知るか。カウンターに、畳とちゃぶ台も置くか。おい、ウルフギャング。畳は四隅にレールライフル撃ち込んで固定しろよ」

 

 俺がカウンターのスツールで、ジンさんが畳の上で胡坐を掻いて飲み出すと、ウルフギャングは諦めたのかトラックの荷台の後ろを開けて蓄音機からジャズを流してくれた。

 ウルフギャングはそのまま荷台の縁に座ったので、ウイスキーのビンを投げ渡す。

 

「ラッパ飲みかよ」

「たまにはいいさ。ねえ、ジンさん」

「うむ。では、乾杯といこうかの」

 

 何にとは言わなかったが、俺達はそれぞれに酒を掲げてそれを呷った。

 

「なあ、アキラ」

「んー?」

「目的の船が売ってるってプロテクトロンの所に、俺を連れて行けよ。すぐにじゃなくていいから」

「レールライフルでズドン、か?」

「アキラはそれをしたくないんだろ。だからしないさ」

「ホントかねえ」

「約束するっての」

「へいへい。じゃ、そのうちドライブがてらな」

「頼むぞ、本当に」

 

 グールが戦前の知識を活用しての復興。

 先ほどウルフギャングが言ったそれを、俺は今まで考えた事がなかった。

 フォールアウトシリーズで戦前の知識は、ヴォルトという核シェルターで生き残ったエリートがその子孫達にテクノロジーを受け継がせたと思われる描写が多かったような気がする。

 グールもそれなりに登場したが気のいい修理工の兄ちゃんだったり、ギャングのような荒くれ者だったりしたのばかりが記憶に残っているのだ。

 だがこちらの東京に当時どれだけの人間が暮らしていて、どれだけがグールになったのかはわからないが、その連中がその気になれば今の人類の暮らしはもっと良くなるのだろうか。

 ウルフギャングはそうしないグールを恥じているようだが、そんなのはこの優しい友人の責任でなどあるはずがない。

 

「ところで婿殿。まだ誰にも手を付けておらぬようじゃが、女の抱き方がわからぬならここで教えてやるぞい?」

「へえ。どう見ても3人の嫁を囲ってるのに、まだなのか」

「言うてやってくれ、ウルフギャング殿。この老い先短いジジイに、孫も抱かせず死ねと言うのかと」

「防衛隊ほっぽらかして特殊部隊の連中と毎日狩りに出てる人が、何を言ってるんですか」

「……アキラ、これだけは言っておく」

「あん?」

「小さいのも早いのも、被っちゃってたってそれは恥じゃないんだぞ?」

「短小でも早漏でも包茎でもねえよ、タコ!」

「ならなぜ、誰も抱かぬのじゃ?」

「昼間あんな戦闘をしたんだから今なんて、もうあの子達と寝室にしけ込んでるのが普通だぞ。それも、3人まとめてな」

「まったくじゃ」

 

 この2人になら俺の本性、違う世界に来て力を手に入れた途端に自分が神だなんて言ってしまう薄汚さを曝け出してもいいが、それよりもっと簡単な説明がある。

 101のアイツ。

 どう考えても、ミサキとシズクとセイちゃんにはその男こそふさわしい。

 俺が真剣にそう告げると、2人は酒瓶を抱えて笑い転げた。

 ウルフギャングなど、むせて呼吸困難になりかけてもまだ笑っている。

 

「笑い過ぎだっての……」

「だ、だってよ。くははっ」

「いやいや、これはまた。どうしたものかのう、ウルフギャング殿?」

「放置に決まってるでしょう!」

「やれやれ」

 

 何が面白いのか知らないが、2人はそれからもニヤニヤしながら酒を飲み続けた。

 

「いた」

「お、セイ。どうしたんじゃ?」

「これのお礼に、トラックを整備して改造したい。ウルフギャング、いい?」

 

 そう言って上げた左腕には、白いカラーリングの国産ピップボーイがあった。

 どうやらそれは、セイちゃんが使う事になったらしい。

 

「整備はいいが、改造なんてこれ以上は」

「壁には、意味がある」

「は、はあ?」

 

 助けを求めるように視線を向けられても、俺とジンさんにもセイちゃんの言わんとする事など見当もつかない。

 

「ええっと、どういう意味? セイちゃん」

「運転席の後部と荷台の前部をぶち抜いて、隙間にコールタールに浸した服を詰めた。それが、師匠の改造」

「ああ、そうなってたねえ。で、それがなんなの?」

「だから、壁にも意味はある。トラックにCNDは表示されないけど、壁を含めた強度で設計されてるからもう限界」

「こ、壊れるって事かい?」

「このままだと」

「……それだけは困るな」

「セイちゃん、それを直せるの?」

「ん。ピップボーイに工具を入れられるようになったから、どこでも修理や改造が出来る」

「ありがたいっ!」

「じゃあ、よろしく頼むね」

「ん」

 

 


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