ウルフギャングが口の端を吊り上げながら出したのは、カラーリングこそ初めて見る色だが見覚えのある、あり過ぎる物だった。
それを俺の背後の荷台にいるセイちゃんに放り、ウルフギャングがタバコを消す。
俺はあまりに予想外で高額な報酬になんと言っていいかわからなくて、生唾を飲み込んだ。
「純白のピップボーイ……」
「国産品だから電脳少年な。機能は同じだが、VATSだけは使えない」
「売るとすりゃ、かなりの金額だろ。いくらだ?」
「値段なんて付けられるかって」
「そんな物を」
「アキラは独身だって話だが、女房が出来たらそれに値段を付けるか?」
「そういう問題じゃねえだろうに」
「そういう問題なんだよ。気に入ったかい、セイちゃん?」
「さすがに、これは受け取れない」
セイちゃんの声は固い。
101のアイツの弟子というくらいだから、ピップボーイの有用性は嫌ってほど知っているだろう。本音を言えば、有り金を叩いてでも手に入れたいはずだ。
「子供が遠慮なんてするもんじゃないぞ。ああ、もう大人でアキラの嫁だったか。セイちゃんは」
「ん。どんなプレイにも対応可能な第三夫人」
「そいつは羨ましい」
「……あ、なんだっテ?」
「な、なんでもねえって。それより楽しみだなあ、恋女房。初めて訪れる街ってのは、いくつになってもワクワクする」
「フン」
どうやらサクラさんは、嫉妬深い妻であるらしい。
ピップボーイなんてどれだけ金を積んでも手に入れられないお宝を持ったまま唸っているセイちゃんにどう声をかけるべきか悩んでいると、ウルフギャングのトラックは新居町駅に到着してしまった。
ドアを開ける。
「アキラっ!」
「おお。みんな揃ってお出迎えか。わざわざ悪いな」
ミサキとシズクとジンさんが並んでバリケードの門を出て、トラックに歩み寄る。その後ろから来たドッグミートは、俺の横をすり抜けたセイちゃんを見上げておかえりなさいとでも言うようにワンと吠えた。
「手紙を取りに行くのか、セイちゃん?」
「ん。駅から移動するなら、無線して」
「りょーかい。ドッグミート、セイちゃんの護衛を頼む」
「わんっ」
「ミサキ、EDーEは?」
「島の見回り。浜名湖からマイアラークが上がって来られないようになってるはずなのに、昨日の夜中に特殊部隊が場内放送で呼ばれて出動したでしょ。どこかに綻びがあるはずだから、それを朝から探してもらってるの」
「そういや、騒がしかったなあ。そんじゃ、まずウルフギャング達の紹介から始めっか」
「こんな場所でかの。せめてバリケードの内側に入らんか?」
「あー。でもここからじゃトラックが入れねえからなあ。これはウルフギャングの命綱だろうし」
「少し戻って駅前橋から里へ入る門に向かうか、いっそアキラのそれに入れておけばいいではないか」
「……え。他人の物、それもトラックなんて入んの?」
「ワシらにわかるはずがなかろうて。じゃが、コンクリートの土台があれだけ出て来るんじゃから大丈夫なんじゃないかのう」
「まあ。んー、でもなあ」
壊してしまう事はないにしても、命の次に大事にしているであろうトラックが目の前から消えればウルフギャングだって取り乱してしまうと思う。
「お、おい。なんかピップボーイのインベントリに、トラックを入れろって言ってるように聞こえたんだが?」
「そうだよ」
「バカを言うなって。いくら本家ピップボーイでも、車を入れるなんて出来てたまるか。そんな事が可能なら、商売や戦争のあり方が一変してるぞ」
「でも出来るんだよ、俺のだけは。ええっと、コンクリートの土台でいいか。……ほれ。もひとつおまけに、ほいっ」
「な、な、な……」
俺が出したコンクリートの土台を見てありえないと喚き出したウルフギャングを、サクラさんが固定武装のミサイルランチャーでぶん殴る。
たしかにバリケードの上の足場にはタレットを並べているので何が来ても小舟の里に逃げ込むくらいは簡単だが、それを知っているのは俺達だけなので良い判断だろう。
「ボウヤ、ってのはもう失礼だからやめましょうか。アキラ、いいからトラックをピップボーイのインベントリに入れてみテ」
「壊したりはしないと思いますが、いいんですか?」
「エエ」
「……出来るかわかんないけど、試すだけ試してみるか」
「わあっ。やっぱり入った」
「さすがだなあ、うちの旦那様は」
「う、そだろ……」
「入ったんだから仕方ねえさ。ちゃんとリストにウルフギャングのトラックと積荷一式って表示もあるし、まあ大丈夫だろ」
「駐車場のテーブルで、お茶でも飲みながら話そ」
「だな」
バリケードの門を抜けると、すぐに駅なので客待ちのタクシーや自家用車で誰かを迎えに来た人達が使っていた駐車場がある。
そこにはサン・テーブルのような物と椅子が置かれて普段は見張りをする防衛隊が休憩などに使っているのだが、ジンさんがいるからかすぐに場所を譲ってくれた。
飲み物を飲みながら互いに自己紹介を終えると、ちょうどいいタイミングで息を切らしたセイちゃんと嬉しそうなドッグミートが階段を駆け下りて来る。
「これ、手紙っ!」
「……悪いな、セイちゃん。ありがたく読ませてもらうよ」
「読み上げてよね、あたしは手がこんなんなんだかラ」
「わかってるって。……あいかわらず、字だけは几帳面だな」
「永遠の謎」
「同感だ。なになに。クレイジーウルフギャングへ。ここに寄ったという事は、関東のめぼしい企業や軍部の研究施設は回り切ったという事だろう。こちらはあいかわらず、せかせか歩き回っては日銭を稼いで適当に暮らしている。本当はこの小舟の里も通り過ぎるだけの予定だったんだが、出会ってすぐ打ち解けていい友人になった連中があまりに苦労しているんで、山師をやりながら里の地盤固めに協力する事にしてね。それも出来る限り、と言っても本当に力が及ばず申し訳ないんだが、まあ自分なりに出来る限りの事はしたので、近くにある空軍基地でサクラの体を探してからまた旅に出ようと思っていたんだ。だが、状況が変わった。それも、ちょっとヤバイ方にね」
そこまで言って、ウルフギャングが水を口に運ぶ。
「あの子がこんな言い方をするなんて、よほどの事があったのネ」
「らしいな。続きを読むぞ。……フォールアウト3の事は、ウルフギャングなら良く覚えているだろう。あのゲームの話を、オマエは少年のように目を輝かせて聞いていたからな。あれに出た、スーパーミュータントだ。福島から旅してきて東海地方に入るまで出会わなかったんで、日本にはいないと思ってたんだが、それは間違いだったようだよ。しかも連中はアサルトライフルやミサイルランチャーで武装していて、30ほどでまとまって行動していた。厄介だろう? だからちょっと、西の様子を見てこようと思う。もし入れ違いになったら困るから、ウルフギャングはこの里か浜松辺りで武器屋でも開いて、いつものようにイチャイチャしながら気長に待っていてくれ。この先、ここまで東海道に残したサインはもう危険で残せそうにない。スーパーミュータントには知性があるし、もし日本人から作られたのでなければ英語を読める可能性は高いからね。では、また会えるのを楽しみに、偵察ついでに人類の敵を虐殺しに行って来るよ。よりにもよってウルフギャングに憧れた変わり者と、その変わり者の夫を健気に支える優しく強く美しき妻サクラへ。101のアイツより」
ここで待てときたか。
レベル20のキャップまで到達しているレールライフル使いと、軍用セントリーボット。
その2人がトラックやパワーアーマーというロストテクノロジーを使いこなしても、この先へ進むのは危険だというのが大先輩である101のアイツの判断なら、俺やサクラがそれを追うのはやはりまだまだ先になりそうだ。
「困ったわねえ。いつか会いに行く時、あの落書きが唯一の手掛かりになったのに」
「まあなあ。そんでどうすんだ、ウルフギャング?」
「アイツの判断なら、その言葉に従うしかないさ。浜松の新制帝国軍にはもうこりごりだから、この街で受け入れてもらえるなら山師でもやるかな」
「101のアイツは武器屋をやれって書いてたけど、いいのかよ?」
「アキラには借りが出来たからな。その恩人が、まだレベル1桁だろ。トラックに乗せて連れ回して、まずはレベル上げをするさ。サクラは手がこんなだから、店番なんてムリだし」
「いやいや。俺はボートを持ってるから」
「ほう。あ、そういえばここ競艇場だもんな」
「まあな。そんで武器屋のダンナ、ちっとばかしお話が」
「いいぞ。金なら有り金を渡すし、商品もすべて渡す。元々、サクラを助けてもらえるならそうするつもりだったんだ」
「いらんいらん。300年も商人と山師の中間みてえな事をしてたなら、現金はたんまり持ってんだろ。いくらある? そして俺が空を飛びながら獣面鬼を倒したあの武器と防具を、いくらで買う?」
「アキラ、空なんて飛べるのっ!?」
「そこじゃないだろ、ミサキ。獣面鬼を倒したとはどういう事だ。まさかあの悪魔から逃げず、立ち向かったとでも言うのかっ!?」
これは、説明が面倒そうだ。
左右に座ったミサキとシズクに耳元でがなり立てられながらどうしたものかと考えていると、パンパンと手を打ち鳴らしてジンさんが皆の注目を集めた。
「そこまでじゃ。まだ春とはいえ、このようにかわいらしい子供達をいつまでも屋外には置いておけぬ。とりあえず、メガトン基地へ移動じゃ」
「俺達の部屋なら広いから、そこで話しますか。夜までには、俺が2家族分の部屋を用意するんで。アオさんと奥さんのコトリさんを基地で雇えないか相談もしたいし」
「うむ。では、行こうかの」
ぞろぞろと連れ立って駅の通路を通り、駅前橋を渡る。
メガトン基地は橋を渡って左なのでそちらに向かおうとすると、そこにある建物の前でウルフギャングが足を止めた。
「どした、ウルフギャング?」
「いや。立ち飲み屋かなんかだった建物だと思うんだが、なんで使ってないのかとな」
「単純に立地が悪いからだろ。住民は競艇場に繋がってる立体駐車場をマンションに改造して住んでるし、店が多い市場は競艇場に入ってすぐのエントランスホールだ。住民の職場も競艇場の外にあるのはこの少し先、左側の農地や放牧地がほとんどだろうし。ここを通るのなんて、防衛隊か特殊部隊の連中だけだろ」
「瓦礫が多いけどトラックを置くスペースはあるし、家賃が安いならここを借りて住むのもいいな」
「酒を出すなら、俺もジンさんも飲みに来るぞ?」
「アキラのレベル上げに同行しない日は、それもいいなあ。相手は防衛隊と特殊部隊の連中か。武器も売る飲み屋に集まっては騒ぐ兵士達と、カウンターの中グラスを拭きながら咥えタバコでその喧騒とジャズを聴くウルフギャング。……うん、悪くないな」