知るか。
黙って見てろ。
3と4。数字で言えば1しか違わなくても、少年だった俺が20になるまで待たされてようやく発売されたゲームの進化ってヤツを見せてやる。
「大口開けて、驚きやがれっ!」
爆発ショットガンのトリガーを引いた。
改造で拡散を抑えた小さな散弾がすべてヒットして、獣面鬼の体表が爆ぜる。
ごっそり減ったHPバーを見て、俺はヘルメットの中で会心の笑みを浮かべた。
フォールアウト4では下手をすればレベル3かそこら、今の俺より低いレベルでこのデスクローと戦わされる。普通にプレイしていたならパワーアーマーとミニガンのセットをクエストで支給されるように手に入れるのでいいが、縛りで「俺はヴォルト神拳の伝承者だぜぇ」とかやってたら目も当てられない。もう、ハヴォック神に祈るしか道はないのだ。
「な、なんて威力の散弾銃なのっ。あの子のコンバットショットガンの比じゃなイ……」
それが時の流れの残酷さだってんだよ。
「ははっ。だらしがねえなあ、先生さんよっ!」
やはり、敵が人間ではなくクリーチャーだと気が楽でいい。
人間の敵を倒すのには慣れたいが、殺すのには慣れたくはないというのが俺の本音だ。
2発、3発とトリガーを引いて獣面鬼のHPを削る。
もうそのHPバーは、残り半分を切っていた。
やれる。
ノーダメージで初見デス先生を撃破。
101のアイツとならそんな話で盛り上がれるだろうから、その証人になってくれるサクラさんによく見えるようにしてから倒そうか。
「ほらほら、こっちだ。もう手が届くんじゃねえか、先生?」
わざと接近し、トリガーを引かずに獣面鬼を煽る。
そんなふざけたマネをしながらも、俺はその肩から拳までをしっかりと見ていた。
……来る!
「あーらよっと」
ジェットパックを吹かし、獣面鬼の真上から散弾の雨を浴びせる。
ドスンと着地しながら、視界に入った白い機体のセントリーボットのカメラに向けて軽くガッツポーズ。
いつか101のアイツと酒でも飲む機会があれば、ぜひとも俺の華麗な回避と直上からの見事な攻撃を話して聞かせてやって欲しい。
そのサクラさんの白い機体は5mm弾の補充を終えたのか、前に2つ、後ろにそれより少し大きなのが1つある足に付いているタイヤを動かしてこちらに向かいかけ、ピタリと止まった。
「なんだ、あまりにも華麗で見惚れちまったか? 人妻はさすがにマズイって。……そういやNVじゃロボットの風俗があったし、フォールアウト4でもロボットと結婚してた男がいたよな」
「逃げなさい、ボウヤッ!」
何を言ってんだか。
このぶざまに這いつくばったデスクローはもう先生なんかじゃなく、ただの美味しい経験値だ。コイツを殺せば、またレベルアップで俺はレベル6になる。
帰りの助手席でPerksの検討を……
「ごえふっ!」
ああ、この景色は見た事がある。
それも最近。
密度が濃いので忘れがちだが、俺はこの世界に来てまだ1か月も経ってないのだ。
動画サイトで見た、事故に巻き込まれたバイクのドライブレコーダー。
この世界に来て初めての戦闘でやられた時と同じく、ミリしか残っていないHPバー。これで死んでないんだから、Luck10にはゲームでよくあるド根性的な隠しPerkでもあるのかもしれない。もしそうなら、Luckガン振りに感謝できそうだ。
それにあれだけ悩んで浜名湖の湖岸でEnduranceを2上げてAQUABOYを取得したからこそ、HPが上がっていて即死を免れたのだろう。
どれだけ迂闊でどれだけ能無しでも、この世界の俺には間違いなくツキがある。
それにしてもパワーアーマーを来た人間をぶっ飛ばすなんて、どんなバケモノだ。フル改造のX-01を殴り飛ばすなら、そんじょそこらのクリーチャーではないだろうが。
「おいおい、マジかよ……」
「なにやってんのよ、ボウヤ。死にたいんなら、少し先にある天竜川にでも身を投げなさイ」
「こんな世界に来ても、自殺願望はねえなあ。それよか奥さん、あれって」
「獣面鬼・母。駆け寄って顔を舐めてるところからすると、どうやら最初に襲って来たのは子供のようネ」
「……父もいんのか?」
「知らないわヨ」
「悪党はこの家族から逃げてここまで来たんか。なるほどねえ」
「勝てル?」
「HPがミリしかねえのにか? ゲーミングPCを買えるくれえ金持ちだったらオワタ式もやりてえと思ってたが、現実でそんなドM縛りはカンベンだぜ」
「何を言ってるのかわかんないけど、やれないなら方法は1つね。さっき隙を見てあの人が私が守ってた家族を避難させてたから、さっさと逃げるわヨ」
「了解。頼むぜえ、母ちゃん。そのまま息子をペロペロしててくれよ……」
獣面鬼・母が子供を介抱しているので、サクラさんと並んで銃口を向けたままそろそろと後退する。
歩道橋には自転車を押して渡るための道路のようなものがあり、それは2台が擦れ違えそうなほどのものだったのでサクラさんでも問題なく渡れるだろう。
「よし、もうちょっとで歩道橋だ……」
「でも残念。元気なお母様がこっちを睨みつけてるわヨ」
「チッ。先に行ってくれ」
「そのHPで? さっきの不思議な武器を使うつもりでしょうけど、まだあたしを盾にする方が生き残れると思うわヨ?」
「女を盾にして生き残るくらいなら、ウェイストランドの荒野に屍を晒した方がマシだね。いいから早く。出発の準備を急がせて、それが終わったらクラクションで合図を」
「……男の子ねえ。でもま、気に入ったわ。死ぬんじゃないわヨ?」
「当たり前だっての」
ギャリギャリとタイヤの鳴る音を聞きながら、同じ固有効果の膝砕きでも今度はアサルトライフルを出して銃口を2匹の獣面鬼に向けた。
フォールアウト4でのデザインはあまり好きじゃないのでゲームではほとんど使わなかったが、こんなミリしか残っていないHPで贅沢は言ってられない。
クイックイジェクトドラムマガジンとパワフルオートレシーバーという改造もしてあるので、パワーアーマーのStrength上昇効果のおかげで狙いが付けられるなら、ミニガンより正確な射撃が出来るこの銃の方がいいだろう。
「来るか、母ちゃん。息子の仇は死にかけの美味そうなエサに見えるかもしれねえが、俺の最後っ屁はなかなかにキツイぞ?」
自分の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
汗が目に流れ込んで痛むが、ゲーマーの集中力がそんなもので揺らぐものか。
……来る!
「バカ野郎がっ!」
このウェイストランドでは、選択を間違えたのが自分であったとしても、大切な相手だけが無慈悲に殺されたりもしてしまうのに。
思いながらトリガーを引き、獣面鬼・母の走る速度がガクンと落ちたのを見てフラググレネードという手榴弾の装備をイメージした。これはまだ4桁以上あるので、これからもお世話になりそうだ。
アサルトライフルが消え、手の中にフラググレネードが現れる。
「恨むなら、判断を間違えた自分を恨みな」
小舟の里の南西橋と南東橋をコンクリートの土台で封鎖してその上にタレットを設置した時、メガトン特殊部隊の連中と一緒にフラググレネードの試し投げはしてある。
ピンを抜き、安全レバーを握り込んで思い切り投げた。
それは狙い通り獣面鬼・母ではなく、アスファルトに倒れ込んでいる獣面鬼の胸元に転がる。
3つほど投げたところで、最初の1発が爆発。
何が起こっているのかわからないだろうに足を引き摺りながら子供の元へと戻りかけた獣面鬼・母を視界に入れながら、さらに3発を投げて俺は踵を返した。
階段を駆け上がる途中で、レベルアップの効果音。
「よし。後は逃げるだけ、って。影?」
ゲームをしていると、プレイヤーが製作者の神経を疑う瞬間というのがままある。
まずはバカさ加減。テストプレイくらいしろよと思うバグは、特に海外のゲームに多い。
次に予算や人手が足りてなさそうなのに、それでもそれを作り続ける執念。
最後に、底意地の悪さだ。やっと勝った、そう思わせた直後にプレイヤーをあざ笑うかのようにピンチへと突き落とす演出は多い。
階段を上り切ればもう逃げ延びられるだろうと思っていた俺は、かなり長い歩道橋の橋の部分に足をかけながら思いっきり跳んだ。
轟音。
X-01の装甲が歩道橋を叩いた音ではない。
「グルゥ……」
舞い上がる砂塵。
その向こうで獣面鬼・母が、俺を睨む。
「ウソだろ。両足が重傷だってのに、ここまでジャンプしたってのかよ」
獣面鬼・母の瞳が言っている。
オマエだけは、殺すと。
ビーッ!
待っていたクラクション。
俺が起き上がると、両足から血を噴き出させながら獣面鬼・母がそれを追った。
急げ、急げっ。
爪が掠りでもしたら、俺はそこでゲームオーバーだ。
そうなればあちらの日本でゲームのほとんどを、フォールアウトシリーズをプレイした経験のないミサキはいつ帰るかもわからない101のアイツを小舟の里で待ち続ける事になってしまう。
早鐘のように鳴る、己の鼓動。フイゴを吹くような呼吸。
パワーアーマーの鈍重とも感じる足音。
聞こえるのは、それだけではない。
X-01の集音マイクは、たしかに拾っているのだ。
もう1つの足音を。
「間に合えっ!」
パチンコ店を取り囲んでいた悪党と戦闘を開始した時の恥ずかしいミスで、低Agilityでのジェットパックの挙動は掴んでいる。
ウルフギャングのトラックが移動していない事を祈りながら、恐怖でカチカチと鳴ってしまいそうな歯を食いしばって跳んだ。
すぐに、ジェットパックを吹かす。
「南無三っ!」
歩道橋の床が見えなくなる。
青い空。
雑草。
ひび割れたアスファルト。
降りた時と同じ場所でエンジンをかけ、俺を待つトラック。
「パワーアーマー、収納っ!」
ここへ向かう途中でウルフギャングが言っていたように、荷台の屋根にはハッチが取り付けられて周囲には落下防止の手摺りもあった。
そこに着地する瞬間、パワーアーマーを装備解除したので落下ダメージが入ってゲームオーバーという最悪の展開が頭をよぎるが、人様の宝物をパワーアーマーの着地でぶっ壊す訳にはいかない。
「……いてえっ。けど生きてるっ。出せ。急いでだ。ヤツは、デスクローはまだ跳べるぞっ!」
控え目にだが荷台の屋根をバンバンと叩きながら叫ぶと、ウルフギャングのトラックは俺に気を使う事などなくタイヤを軋ませて走り出した。
「いてっ。今のでくたばったらどうしてくれんだよ、ったく」
手摺りに頭をぶつけたので、愚痴を言いながらピップボーイを操作。
お目当ての物を見つけ、俺は唇の端を吊り上げた。
「最初で最後のプレゼントだぜ、母ちゃん。コイツはな、ビッグボーイってんだ。1粒で2度おいしいから、遠慮なく受け取ってくれ」
フォールアウト4の大都会は、戦前の野球場を利用したダイヤモンドシティという街だ。
そこの武器屋で売っているこのビッグボーイは、他のレジェンダリー武器ならばツーショットという冠名が付く固有効果を持ち合わせたヌカランチャー。
つまり、1発を発射すればある程度の距離でもう1発の弾が分裂したように出現する。
ヌカランチャーは小型の核弾頭を撃ち出す種類の武器なので、これならば正真正銘のバケモノ獣面鬼・母でも無事では済まないだろう。
俺を追ってジャンプした獣面鬼・母はトラックが走り出してもなお、子供の仇である俺を殺そうと田舎道で懸命に足を動かしている。
「まだちっと近いか。……ああ、タバコが潰れちまってる。ま、吸えりゃいい」
ひん曲がったタバコに火を点けて、紫煙を燻らせながら獣面鬼・母との距離が離れるのを待った。
とある一味で最も好きなのは、当たり前ではあるが髭面のリボルバー使い。コスプレがしたいなんて思った事はないが、あんな渋い男になったつもりでビッグボーイを持ち上げる。
「あばよ、母ちゃん」