目覚めて朝から飲み始めた昨日の休日は、俺の理性を試す試練の日でもあったらしい。
ミサキは酔ってベッドでセーラー服のまま胡坐を掻きながら飲み続けたし、シズクは必要以上にくっついて俺の体に大きな胸を押し当てながら飲んでいた。
セイちゃんなどはその様子を見て対抗心を燃やしたのか、裸のままだった俺にだっこしながら飲ませろとまでせがんだのだ。
「んで、今日も雨でお休みですってか。あの部屋にいたら、絶対に理性が保たん」
シズクとセイちゃんも泊まったので、ミサキを含めた3人は俺達の部屋にいる。
さすがに2日連続で朝から飲む気はないらしいので安心したが、飲んでいなくてもやたらとシズクとセイちゃんがくっついて来るので逃げ出して来たのだ。
ミサキも無防備な姿で二日酔いの頭を抱えてベッドにいるものだから、チラチラと見えてどうにも落ち着かなかった。もし見えてもたかが布切れじゃねえかと言う諸氏のがおられるなら、テメエが童貞の時にも同じ事を言えたのかと拳で語り合っておきたい。
「わあ、アキラじゃないっすか。心配してたんっすよー」
「この声は」
「どこ行くっすか?」
「タイチ。心配してくれてたのか、ありがとな。里の見物だよ。市場には屋根があるって言うし。そっちは?」
「ヒマなんで飲みにでも行こうかなあっと。一緒にどうっすか?」
「酒かあ。あのメガネの、小柄なのに巨乳の女の子は?」
タイチが芝居がかった仕草で肩を竦める。
「フラれたか」
「違うっすよ。弟や妹の面倒を見なきゃいけないんで、忙しいだけっす」
「ま、そういう事にしとこうか」
「ムッ。そっちこそ、ちゃんと卒業したんっすか?」
「出来るかっつーの、タレットと女を交換するなんて。あの2人は後で説得するさ。考え直せってな」
「わかってないっすねえ。それはミサキさんに気を使った、方便ってヤツっす。隊長もセイちゃんも、アキラに惚れたんっすよ。美味しくいただけばいいじゃないっすか」
「こんな冴えない男に? あんな美人姉妹が? ないない」
雨だからか、市場には驚くほどの人が溢れていた。
身ぎれいにしている人間などそうはいないので、体臭や屋台の料理の匂い、それに酒の匂いが混じり合って凄い事になっている。とても、足を踏み入れる気にはなれない。
「俺、あそこ入る勇気ねえや……」
「人混みが苦手なんすか?」
「そんな感じ」
「なら、こっちっす」
タイチが先に立って向かったのは、市場の手前にある階段だった。
コンクリート製のそこを3階分ほど上がり、タイチは広いフロアに俺を導く。
「おーっ」
そこ大きなプールを見下ろして競艇のレースを観戦していた場所らしく、野球場のように階段状の客席がズラリと並んでいた。ガラスは割れている場所もあるが、養殖している魚にエサをやっている様子が問題なく見える。
「ここまで上がれば、屋台で買った物を飲み食いする連中もあまり来ないっす。観客席での寝泊りは禁じられてるし」
「なるほどねえ」
適当な椅子に並んで座り、付き合ってくれているタイチに冷えたビールをご馳走する。
「これは?」
「戦前の酒。しかも、海の向こうのな」
「へえっ。アキラは飲まないんっすか?」
「まだ朝だからなあ」
「友達なら、朝だろうが夜だろうが酌み交わしながら話すもんっすよ? 休みの日はね」
「……へいへい。ほら、乾杯」
「へへっ。乾杯っす」
部屋に戻って飲んでいたのがバレたら面倒そうだなとは思うが、それでもプールで雨に濡れながら仕事をしている住民を眺めつつビンを傾ける。
昨日今日で、テーブルの角や椅子の背凭れで栓を抜くのがずいぶんと上達したものだ。
「雨なのに大変だなあ」
「魚は雨でも関係なくごはんを食べるっすからね。それに設備保安の連中も、雨の日にしか出来ない点検とかあるらしいっすよ。雨で休みになるのは食料調達部隊とか、島の左側で農業や酪農をやってる連中っす」
「ふうん。設備、か。それも見とかねえとなあ」
「山師なのにっすか?」
「俺は戦闘もこなすけど、街づくりなんかも得意なんだよ」
「へえっ。それは凄いっすねえ。ますます里にとって貴重な人材っす」
「出来る事は手伝うが、時間をそれにすべて使うつもりはねえなあ」
「当然っすよ。ああ、これ美味しいっすねえ」
「まだまだあるから、好きなだけ飲め」
「やった」
タイチと2人だけなら、いい機会だろうか。
出来るなら詳しい事情を聞いておきたい。
「……なあ、大正義団の事だけどよ」
「隊長達には聞き辛いっすよねえ」
「まあな。知ってる事だけでいいから、教えてくんねえか?」
「いいっすよー」
タイチの話によると、小舟の里からエネルギー武器やパワーアーマーを持ち出した連中は、賢者に心酔していた若い連中がほとんどらしい。
しかしその中に1人、30を過ぎた女がいる。
シズクの母親だ。
「娘を置いて出てって、隣の街を武力で支配。ほんで、たかるみてえにトラックで魚やチーズを買いに来るってか。なんつーか、スゲエ母ちゃんだな」
「大正義団のリーダー、ガイとソッチ系の噂もあったお人っすからねえ」
「マジかよ。甥と叔母だろ?」
「でもガイの方は、明らかに気があったっすよ」
「世も末だ、って、まんまそんな世界だったか。そんで、大正義団の目的は?」
「賢者さんに貰った武器は賢者さんのために使うべきだから、西を目指してその手伝いをしに行くって言って里を出たっすけど、4つほど向こうの駅で浜松より状態のいい街を見つけてそこを根城にしたらしいっすからねえ。もう、自分達がいい思いをして暮らす事しか頭にないんじゃないっすか」
「エサがありゃ志なんぞ捨てちまうか。……どうしようもねえな。そういや駅と言えば、浜松方面の線路に脱線した貨物列車があってな。そこに、悪党が住み着いてたぜ」
「昨夜、ミサキさんから聞いたっす。近いうち、オイラ達が討伐に出かけるしかないっすね。新制帝国軍は線路を歩いたりしないから、主に線路を歩く行商人が襲われでもしたら面倒っす」
「悪党の討伐も、食料調達部隊の仕事なのか」
どう考えても危険な役割だ。
その指揮官をシズクが、里の外まで同行して使える物とそうでない物を選別するのをセイちゃんがしているのは、母や兄が里を裏切った事と関係があるのだろうか。
もしそうなら、なんとか力になりたいが。
「大正義団になったのが賢者さんを長にして里を浜松より大きな街にするべきだって連中で、防衛部隊は魚の養殖や農業でなんとか生きていけるから里だけを守ろうって連中。オイラ達食料調達部隊は、自分達の力で少しずつでも暮らしを良くしていこうって考えの集まりっすからね。その3種類と腰抜けと怠け者。里の若い者は、だいたいそう分けられるっす」
「その3者なら、タイチ達の考えが好きだな」
「へへっ。それは嬉しいっす。だからホントは警察署にも、全員で行きたいんっすけどね」
「狭い建物に全員で突っ込んでもなあ。しかも槍や弓は、室内で使えねえし」
「でしょうねえ」
もういっそ、食料調達部隊を銃で武装した小舟の里の精鋭部隊にしてしまおうか。
「……悪くねえな」
「なにがっすか?」
「食料調達部隊の連中なら、大正義団みてえにゃならんだろ」
「それはそうっすけど、例えばタレットを浜松で売って全員分の銃を手に入れたとして、ジンさんや隊長はどう思うっすかねえ」
「失敗して学ぶのはいい。でも同じような状況を恐れるあまりロクに考えを尽くさず、反射的にダメだって結論を出すのは違うと思うんだよな」
「でも、オイラ達だって人間っすから。もし隊長が妊娠でもしてオイラが部隊を預かって、好きな女にフラれたとする。そんで狩りにでも出かけた先でその女を力ずくでモノにして、どっかで悪党の真似事でも始めたらどうなるっすか。銃を手に入れたらその日から悪党になる連中なんて、アキラが思うよりもたくさんいるっすよ?」
「俺のダチは、そんな事しねえよ」
少しばかり気恥しいが、ダチと呼んだ相手の目を見ながら言い切る。
先に目を逸らしたのはタイチの方だった。
「クサイっすよ、アキラ?」
「知ってるよ」
「なんかこう、熱い男! って感じの臭いがプンプンしたっす」
「うっせえ」
「でも、嬉しかったっす」
「……そうかい」
「賢者さんは、武器や防具を大正義団の連中に渡したんじゃない。ジンさんと隊長に託したんっす。これで、人間らしく生きろって」
「戦わなきゃ、生きられもしねえ世界か」
「10を得たら5を奪われる。それをガマンするのが、生きるって事っす。この里の外では」
「気に入らねえな」
「まったくっす」
立ち上がる。
勢い良く、だ。
「うわっ。いきなりどうしたっすか?」
「銃を使える場所、行くぞ。賢者が武器を置いてったならあんだろ」
「そりゃあるっすけど、今は使われてないから荒れ放題っすよ?」
「銃が撃てりゃ、それでいい。隊員に銃を教える前に、副隊長の得意な武器を見つけとかねえとな。好きな女にカッコいい姿を見せる、いいチャンスじゃねえか」
「……へへっ。自慢じゃないけどレーザーライフルなら、誰より巧く使えたっすよ。まあ、隊長は別格っすけど」
「そのレーザーライフルはたぶん、セミオートだろ。実弾ライフル、それもフルオートならどうかな?」
「たぶん余裕っすよ」
「俺が満足できるほどの腕なら、タイチにピッタリの防具と好きな武器をくれてやるさ」
「へえ。ちなみにどんなのっすか?」
「装備してるだけで女にモテる」
少し違うような気もするが服で2帽子で1、全部位のアーマーを賢明にしておしゃれなメガネまでかけさせCharismaをドーピングすればちょっとは効果があるだろう。
見た目はダサくなりそうだが、俺の知ったこっちゃない。
「早く行くっすよ、アキラ。こっちっす!」
「へいへい。途端に張り切りやがって」
小舟の里の射撃場は人が多く暮らす競艇場の跡にではなく、駅から地下道を抜けて橋を渡った左側のヨットハーバーのような場所にあった。
橋から道路が島の突き当りまで伸びていてその右が丸ごと競艇場、左は農地や放牧地なのだそうだが、ヨットハーバーの辺りは特に使い道がないので放置されているらしい。
「結構いい感じじゃねえか。どうせなら、人を住ませりゃいいのに」
「ここいらは、たまにマイアラークが上がって来たりするっすからねえ。住民はそんな怖い思いをするくらいなら、立体駐車場マンションで暮らすっすよ」
「駐車場をマンションにしてんのか。やるなあ」
「賢者さんが改造を教えるまでは、観客席や通路で雑魚寝だったっすからねえ」
「うっは、雨でびしょ濡れだ。雑魚寝はキツイなあ」
競艇場を出た俺達が駆け込んだのは、ヨットハーバーの管理か何かをするための小さな建物の軒下だ。見えているのは、錆びて浸水しているのがほとんどの釣り船やクルーザー。
「あれっすよ、的は」
濡れ鼠になったタイチが顎で水面の方を示す。
そこにはどこから運び込んだのか、5つほど並んだバス停の時刻表があった。平成生まれの俺からすると古臭い道路標識のようなタイプなので、たしかにバス停の名前がペイントされている一番上の丸い部分は標的として狙いやすい。
高さもちょうど、マイアラークの頭くらいだ。
「よし、そんじゃやるか」
「これでカヨのハートはオイラのものに。ぐふふ。……ああっ、そんないきなり挟んじゃダメっす。カヨのはおっきくて柔らかいんだから。なーんてっ!」
「……カヨって子の貞操のために、タイチの防具は野球ユニフォームのままにしとくか」